不死斬りの刃   作:YSHS

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因縁の火種:前編

【0】

 

「これを……」

 

 珠世に会わされた少女、変若の御子が差し出してきたのは、二つの書物『永旅経』。

 

「これは……仙峰寺の経典か」

 

「はい。あなたが、届けてくださった物です……」

 

 狼の居た葦名には金剛山・仙峰寺という場所があった。何を血迷ったか、不死の実験のために人の身を使う外道の研究をする、狂気に魅入られた集団だ。

 

 御子に示された所に、狼は目を通す。

 

 まず『蟲賜りの章』では、死ねずの呪い『蟲憑き』というものに触れられていた。それに拠れば、仙峰寺の開祖である仙峰上人は、はるか西方より来訪されし竜より不死の蟲を賜り、爾来その身について煩悶していた。

 

 二つ目『竜の帰郷の章』では、仙峰上人は生き果てたのち、不死とは人の身に余るものであり、在るべき所に帰すべきだと結論し、竜胤の揺り籠となる存在が、竜胤の御子を宿し、竜の帰郷を望む旨がしたためられていた。

 

「これが、私の使命なのでした。彼らはあまりに永過ぎた模索のさなか魔境に陥り、いつしか不死に魅入られ外道に落ちれども、本来私は、このために生まれてきたはずだったのです。されど――」

 

 語ってから御子は、更に話を繋げようとする際、喉から絞り出すような悔恨の声を出し、

 

「私は、あの人たちが、どうしても憎かった……。みんなを死なせ、その屍の上に私を据えた、あの外道たちを!……」

 

 胸の前で両手の拳を握りしめ、彼女は自らの情念を吐露した。

 

「その憎悪ばかりに囚われ、向き合うこととも向き合わず、自らの務めから……私の存在の意味からも、目を背けた。そのために、今度こそ私は、不毛な死の上に鎮座する不浄の象徴となり、而して今度こそみんなの死が無駄なものとなり果ててしまった!……」

 

 このように結んで、以後御子はしおれ返った。

 

 溜まった澱を吐き出そうともがけど、それでも内に残るやりきれない思いからは、解放されていない。

 

 彼女の言うように、死んでいった子供たちについては、まさしく仙峰寺の坊主たちの罪である。されど、生き残った変若の御子の彼女からすれば、自身は、その子供たちの犠牲の上にある命であり、それ故に罪悪感を抱く。

 

 何の罪咎も無いはずの少女には、甚だ重く、理不尽で、辛過ぎる因業なのだ。

 

 とても割り切れるものではない。浅はかな言葉で、救い切れるものではない。

 

 狼はただ一言、

 

「幸せに生きろ」

 

 とだけ掛けた。

 

 唐突な言葉に、御子は俯かせていた顔を上げ、呆然と狼を見上げた。

 

 待てども待てども、彼はそれ以上何も言わなかった。故に御子は、彼の言葉が含蓄することが分からなかった。

 

 それでも、それは彼女の心に染み入り、確実に、雁字搦めになっていた懊悩に幾ばくかのほつれを生んだ。

 

 どの道、当座で彼女を救う道は無い。ついては意味など話すべくもない。いずれ分かることだ。

 

 そこに至って初めて、狼の言葉は実を結ぶであろう。

 

【1】

 

「イィーヤアァーッ! ヤクザアァーッ! 警察は何やってるんだよォーッ! 何のための暴対法*1だよォーッ!」

 

 狼を指差し汚い高音の悲鳴を上げる、タンポポみたいな頭の少年・我妻善逸は先ほどまで、往来の真ん中で涙と鼻水を顔に塗れさせながら若い娘に縋り付き求婚をするという、みっともない姿を晒していた。

 

 見かねた炭治郎が止めに入ると、善逸は狼の姿を認めるや、これまた失礼極まりないことに、いきなりヤクザ呼ばわりをして、それから何か訳の分からないことを言って再び喚き出し、今の叫びであった。

 

 で、そこへ、炭治郎にあてがわれた伝令用の特殊な鳥――鎹烏から、この善逸と一緒に指定場所へ向かい、現地にてもう一人の隊士と合流しろとのお達しが来、それで炭治郎一行は善逸を加えて目的地へ赴いたのであった。

 

 場所は、鬱蒼とした森の中にある、寂しげな一軒家。なかなかに広い屋敷だ。正面から見た限りでは、その奥行きはよく分からない。どこまで続いているか。

 

「血の臭いがする……」

 

 屋敷を前にして、炭治郎がスンと鼻を動かした。

 

「そんな臭いする? それより、変な音聞こえないか。鼓みたいな……」

 

 未だ怯えた顔で善逸が、耳をそばだてた。

 

 狼には、ほんの僅かばかりだが、不穏なモノが感じられた。不穏な音、或いは不吉な臭い。二人ほどではないだろうがそれがあるらしいのは分かる。

 

 炭治郎は鼻がよく利く。それこそ、人の感情すら感じとれるくらいである。

 

 狼が見受けたところ、善逸は、炭治郎とは別に耳が大層良いらしい。それも、人から発する音から、その人物の人格まで。当初、炭治郎や狼に、耳を向けるように顔を傾けていたのは、そのためだろう。

 

 と、そこへ、

 

「おい、何だテメエら」

 

 不意に横から、随分と勝気な青年の声が掛かった。

 

 三人が振り向くと、何とも可愛らしい少女――否、美青年が、腕組みをして立っていた。

 

「えっ、可愛い! 女の子……じゃないのか……、声からして……」

 

 その彼を少女と見紛った善逸は、一瞬、喜色に顔を晴れさせた。が、須臾にして、この美青年が男であることを悟り、一気に落胆の様相を見せた。

 

 当の青年はこれが気に入らなかったのか、

 

「ア?」

 

 と、顔に似合わないドスを聞かせた唸り声を上げ、

 

「んだ、その辛気臭ぇツラはぁ……。そんなに俺がガッカリか? つうか、んな俺がなよなよしてっかコラ! アァ?」

 

 こう恫喝されて、ヒッと善逸は情けない悲鳴を上げて炭治郎の後ろに隠れた。

 

 普通ならこんなにも可愛らしい顔立ちは羨ましがられるものだが、この青年はあまり気に入っていない模様。

 

「その羽織っている女性物の着物……たしか最終選別で居たな。最後に居なかったものだから、てっきり選抜は通れなかったものかと……」

 

 炭治郎は、青年の格好をしげしげと見ながら言った。

 

 青年は上半身には肌着を着ず、代わりに女物の着物を地肌に羽織っていた。一見して気付きにくいが、よく見ると履いているのは隊服のズボンだ。

 

 最終選別でも同じ格好をしていたので、炭治郎も忘れるはずがなかった。

 

 青年の名は嘴平伊之助。炭治郎と善逸とは、同期であり、先刻の伝令にて言及された合流者であった。

 

「あ? んなの聞いてねえし、そもそもこの俺様に助けなんて要らねえ!」

 

「いや伝令は最後まで聞けよ」

 

 善逸がツッコんだ。今しがた伊之助相手に浮足立っていたとは思えない、鮮やかなツッコミだった。

 

「んで、それより、そこのガキどもは何だ」

 

 と伊之助が顔を向けた先には、二人の子供が居た。兄と妹のきょうだいだろうか。二人とも、木の陰に隠れてこちらを窺っていた。

 

 見知らぬ相手を前に、警戒しているらしい。特に、容貌が厳めしい狼には、強い緊張を見せている。

 

「おや、君たち、こんな所で何をしているんだい?」

 

 炭治郎が、優しい声でその子供たちに歩み寄っていった。対して狼は、彼らから視線を外し、関心が無いように見せた。後は炭治郎がどうにかしてくれるだろう。

 

 兄妹の名前は、正一とてる子と言った。本来は、清というもう一人の兄が居たのだが、鬼と遭遇してしまい、連れ去られてしまったのだという。その際鬼は、正一とてる子の二人には目もくれず、清のみを連れて行ったのだそうだ。稀血という、鬼にとって好ましく、また通常の人間を喰うより遥かに多大な力を得ることが出来る血を、清という少年は持っているようだ。

 

「んで、お前らの兄貴をさらったって鬼はこの屋敷ん中ってわけだな。ようし! ならとっとと行くぞオラ! 猪突猛進ッ!」

 

 聞くや否や伊之助は、炭治郎らが制止しようと動くより前に、屋敷の中に突撃したのであった。

 

「行っちゃったよ……」

 

「行っちゃったな……」

 

 いささかの間、二人は呆気に取られていたが、その後気を取り直して炭治郎が、

 

「さて!」

 

 と切り替えるように、この兄妹を日陰まで連れて行くと、背中に負っていた木箱をそばに置き、

 

「君たちはここで待っていて。何かあったら、この木箱の中が、守ってくれるはず」

 

 兄妹に語り掛けるも、二人は怪訝な顔で箱と炭治郎を交互に見やるばかりだった。

 

 木箱に入っているのは禰豆子だ。鬼となり昼間は陽の下を歩けないため、ここに入っている。が、事情を知らない兄妹からすれば、炭治郎が訳の分からないことを言っているようにしか思えないだろう。

 

 炭治郎もそれを分かっているから、手のひらで狼を指して、

 

「この人も一緒に居てくれるし、大丈夫だ。狼さん、すみませんけど、この子たちを見ていてあげてくれませんか」

 

「承知した」

 

 このように、狼も護衛に付くと提案をした。

 

 これに不服を唱えたのが、

 

「エーッ! 待ってくれよぉ、この強そうな人居なかったらヤバイじゃん! 危ないじゃん! なあ炭治郎、考え直せよぉ!」

 

 善逸である。その懇願は、最早命乞いの域に入っているくらい、必死さが伝わってくる。

 

 で、流石の炭治郎も、この善逸の情けなさに業を煮やし、平時にあってならあり得ない厳しい面相を以って、善逸を引き摺っていった。後には、この兄妹と、箱に入った禰豆子と、狼の四人だけが残された。

 

 甚だ気まずい。

 

 大抵の子供にも言えるが、この兄妹が、大の大人に、それもいつも仏頂面な男に話しかけられるほどの気さくさと胆力を持ち合わせているはずがなかった。ただチラチラと狼の様子を、監視するかのように窺うのが精いっぱいだった。

 

 狼のほうも、自身の強面を自覚していればこそ、腰を降ろして目を瞑り、なるたけ兄妹の方に視線を向けないよう努める。

 

 狼も、竈門一家と過ごしていた間、子供の面倒を見たこともあったが、やはり子守が得意になるということはなかったらしい。

 

 と、物思いに耽っていると、ふと狼の耳と鼻に、草木が煤けるきな臭いにおいと、チリチリという音が届いてきた。

 

 その方へ目を向ければ、そこには奇妙な炎が棚引いていた。

 

「これは……」

 

 そう口に出すと、遅れて兄妹のほうも気が付き、

 

「ヒッ」

 

 と息を呑んで後ずさった。動揺のあまり、何かに躓いて、てる子のほうが尻もちをついた。

 

 その燃え盛る音は、直後に、唸るような勢いで強まった。恐ろしい怪物が、大口開けて獲物を飲み込まんとする勢いだ。

 

 これに怯えて、兄妹は脇目も振らず逃げ出した。それを狼が追おうとするも、件の炎が二人に襲い掛かったため、咄嗟に狼は、あらかじめ忍義手に装着していた大きな鉄扇を広げた。

 

 円を描いて広げられる鉄扇が、ひと回りして大きな傘となった。紅蓮の朱雀が描かれた傘の縁からは、回転を追うような鋭い火が走り出でた。襲い来る炎はその火円に吸い寄せられてゆき、傘の回転が収まるに伴って燃焼を殺された。

 

 義手忍具『朱雀の紅蓮傘』

 

 のべつ幕なしに襲い来る炎を危なげなく捌き切って、鉄傘を畳み狼は振り返った。兄妹は無事に炎とは距離を置けた。ところが、その、兄妹が走り向かっている先は、先刻炭治郎たちが入っていった、鬼の居る屋敷の玄関であった。

 

 直感で狼は危機を感じ取り、二人の後を追った。二人は既に屋敷へ足を踏み入れ、薄暗い中へ消えていった。それに狼も続いて飛び込み、彼の手が兄妹の肩を掴もうとする寸前、どこからか鳴り響いた鼓の音と共に、目の前で扉が閉まったのであった。

 

 すぐさま扉を開けるも、その先には何も居なかった。それどころか、全く別の場所に繋がっていた。これは玄関から入ってすぐにあるような部屋ではなかった。

 

 身を翻して狼は、背後にあった玄関の扉を開けたが、またしてもそこには、外ではなく別の部屋があった。まんまと閉じ込められてしまった。無防備にも狼は、禰豆子を一人で外に置いてきてしまった。

 

 こうなればするべきことはただ一つ。闇雲にでも、とにかく屋敷を探し回り、急いで鬼の打倒、もしくは兄妹の捜索に、どこからか脱出して禰豆子の回収。この三つ。

 

 このように定めて、狼は走り出した。いちいち襖や障子を礼儀正しく開けている暇など無いため、体当たりや蹴りで破ったり、楔丸で切り開いていった。

 

 薄暗く、異様に広い屋敷。人を喰らわんとする鬼の潜んでいそうな不気味なこの空間を、牙を剥き出しにした狼が疾走す。

*1
暴対法施行は平成四年




 新要素『現代人感覚インストール』
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