士官学院編:七耀暦1204年4月
========= 七耀暦1204年3月31日 =========
学生となった今日から、日記を再開することにした。
今日は入学式だった。学院に向かう途中で薄々気づいていたのだが、俺はどうやらキワモノを集めたクラスに入れられたようだ。色々と納得できない。
サラ・バレスタイン教官。教官からして、「オリエンテーリングはみんなで受けなきゃ」とか言って俺を旧校舎地下へ続く穴に蹴落としたクレイジーな人。
マキアス・レーグニッツ。貴族に見境なしに噛み付くキメてる感じの狂犬。革新派である帝都知事の息子だが、いくら何でも反貴族精神が過激すぎる。
エマ・ミルスティン。猫に話しかけるちょっとやばい女の人。というか何言ってるかわからんが猫も喋ってた。腹話術かもしれない。
アリサ・R。いきなり助けられた相手にビンタをかます過激な女。たぶん噂で聞いたラインフォルトグループの家出令嬢。
ユーシス・アルバレア。四大名門アルバレアの一族。狂犬の煽りへの耐性はかなり低い。
フィー・クラウゼル。どこででも寝る猫みたいな女の子。少し変わった子だが、たぶん猟兵。強い。
エリオット・クレイグ。革新派の軍部重鎮でもある「紅毛のクレイグ」の息子。
ラウラ・S・アルゼイド。『光の剣匠』の娘。強い。
ガイウス・ウォーゼル。ノルド出身の留学生。いい人。
そして、リィン・シュバルツァー。八葉の後継者。き・い・て・な・い。本当に聞いてない。やめてほしい。鬱になる。
特科クラスⅦ組は、控えめに言って変人と面倒な背景を持つ人の集団だった。
このクラス自体の目的である次世代新型オーブメントARCUSの運用試験のために適正の高い者を集めた結果のクラス編成との話だったが、絶対にウソだ。面倒くさい人間を集めた問題児クラスに決まってる。
まあ、教官含めて実力者揃いなようなので、強くなるための環境としては申し分ないので問題ない。
実戦形式のオリエンテーリングで使用した学院内にある遺跡も、修行の場としては理想的だ。
日記もつけ終わったし、今日は訓練して寝ることにする。
追記。
訓練終わりに自室に戻る際、寮のロビーで晩酌中のサラ教官に遭遇した。
ちょうどいいから今から戦闘訓練、主に格闘と拳銃の扱いについて教えてほしいと頼んだら「いやよ! あんた今何時だと思ってんの!?」とすごい顔で即答された。
解せない。「ちょっと付き合いなさいよ!」と誘ってきたのは教官なのに。
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========= 七耀暦1204年4月10日 =========
クラスメイトがキワモノ揃いというのは早とちりだったようだ。
この学院、頭おかしい人ばかりだ。だからクラスメイトのみんなは、むしろ一般的な生徒だったのだ。
「最近君のせいで愛しのトワに会えない時間が多くなっていることに気づいてね。今日はいつもより早めに片付けさせてもらうよ!」
そんな台詞を吐きながら俺は今日もアンゼリカ先輩にボコボコにされた。サラ教官に再度訓練をお願いしたところこの先輩を紹介されたのだ。
泰斗流の使い手として優秀な先輩だが、学院内外にハーレムを作っている四大名門ログナー侯爵家の令嬢という個性の塊。
高度な政治的判断の末に泰斗流を俺に伝授することにしたと語った先輩だが、「単位」という教官の言葉はしっかり聞こえていた。
「おらおらー、また狙いが甘くなってんぞー」
棒読みで競馬新聞片手に適当に銃弾をばら撒くクロウ先輩にもボコボコにされた。この先輩もサラ教官に買収された一人だが、こっちはギャンブルで負けた分を帳消しにするというさらに酷い理由で俺に銃の稽古をつけてくれている。まあ、生徒とギャンブルしてる教官が一番酷いが。
二人共俺に稽古をつけてくれるのはありがたいが、二対一は理不尽だと思う。しっかりと稽古をつけてくれた後のおまけの実戦訓練だから、文句はないが。
「君はこの後は剣術の訓練かい? ほどほどにしておきなよ」
「お前、毎日毎日訓練て、ほんとに学生やる気あんのかよ……。学生なんて人生最後の夏休みみたいなもんだぜ。今のうちに遊んでおかないでどうすんだよ」
「まあ、我々は遊びすぎて夏休みがもう一年延長する間際だったのだけどね!」
ハッハッハッ、とそんな台詞とともに笑いながら去って行った個性あふれる二人の先輩。
そんな二人の先輩の後ろ姿に、俺は確信したのだ。トールズ士官学院とは俺が今まで会ってきた人たちとは一味違う、悪く言えば頭のおかしい人たち、よく言えば個性的な人たちが集う場所だったのだと。
学校なんて人生で初めて通う上に、ここは普通の学校とは異なる優秀な生徒が集うトールズ士官学院だ。人伝に聞いた学校の勝手なイメージでのみで「頭おかしい」なんて言っていたことには、深く反省すべきだ。
二人の先輩もクラスメイトも、優秀なことには違いない。少なくとも俺より才能はあるように思う。
才能のある人間は少し変わっていることが多いとも聞く。「頭おかしい」なんて言葉で片付けていた俺のほうが、ここでは異分子なのだろう。
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========= 七耀暦1204年4月17日 =========
明日は自由行動日だと通達があった。
街の外で実戦訓練に励もうと思っていたのだが、訓練中にサラ教官に捕まって今日から生徒会長の仕事を手伝えと指令を受けた。
「クロウとアンゼリカに週三で訓練つけてもらってるでしょ? その授業料よ」
とのことだ。
生徒会の仕事と言われても良くわからないし、俺が適任とも思えない。魔獣の討伐などなら喜んで引き受けることができるのだがと一応断りを入れたが、
「ああ、それなら大丈夫よ。そういうのもあるし、町の人のちょっとした依頼がメインになると思うから。それなら得意でしょ?」
色々と織り込み済みだったようだ。まあ、そういうことならやぶさかではないのだが、生徒会ってそういうものなのだろうか。魔獣討伐も町の人からの依頼も、学院には無関係な気がするが。
「今からちょっと生徒会室に顔出して来なさい。会長はまだ残って仕事してるだろうから。それじゃあ私は飲み直してくるわ」
そう言って立ち去って行ったサラ教官はすでに酒臭かった。
もう学院の施設はほぼ明かりが消えていたので本当にまだ仕事中なのかと訝しみながら後生徒会室を訪れたところ、ちょうど帰ろうとしているトワ会長に遭遇した。
トワ会長から寮へ帰る道すがら、いくつかのことを教えてもらった。
サラ教官が言っていたように、生徒会には魔獣の討伐から町の人のお使いまで幅広く依頼が寄せられること。
サラ教官は言わなかったが、教官達からの雑用も依頼されること。
そして、Ⅶ組として自発的に生徒会の依頼を受ける要望を出しており、代表としてリィンが窓口を務めることになったこと。「特科クラス」の名に相応しい生徒として自らを高めようという理由で。
不思議だ。俺もⅦ組の一員なのに。知らなかった。何でだ。ハブられているのだろうか。
「き、きっと違うよ! たまたままだ連絡が行ってなかっただけだと思うな! ほ、ほら、聞いてるよ! アンちゃんとクロウ君から、いつも訓練で忙しくしてるって 」
あわあわしならがそう言ってくれるトワ先輩に、むしろ何だか複雑な気分になった。
その日はリィン宛の依頼書を預かり、第二学生寮の前で別れた。
俺の生徒会の手伝いはⅦ組の件とは別件で考えているとのことで、会長とは明日改めて生徒会室で落ち合うことになった。
追記。
ベッドに入った後で、ふと思い出した。
俺、まだまともにクラスメイトと授業や業務連絡以外の会話をしたことがなかった。ハブられるとか以前の問題だ。
頭のおかしい集団だと決め込んで俺の方から最初は避けていたし、授業が終わればすぐに訓練に行っていたこともあり、日常会話を誰ともしていなかった。
明日以降、みんなに謝っておこう。
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========= 七耀暦1204年4月18日 =========
今日の日中は生徒会からの依頼である魔獣の討伐と、セピスの収集のための魔獣狩りに費やした。
生徒会がセピスを集める理由が分からなかったが、必要としているのは学院の技術部とのこと。
「技術部はいわゆるオーブメント工房でね。学院内外問わず、あらゆるオーブメントの整備・調整をしてるんだ。だから慢性的に不足しがちなセピスをこうして集めてると言うわけさ」
セピスの納入先である技術棟で、技術部の部長を務めているというジョルジュ先輩からそう説明を受けた。生徒会もそうだが、技術部も随分とトリスタの街に密着した組織だ。
「それにしても随分多く集めてくれたんだね。クロウとアンから聞いてたけど、勤勉と言うべきか加減を知らないと言うべきか……」
などと呆れ気味に言われたが、あの二人自身を基準にすると誰でも勤勉扱いされる。あと、昨日から少し気になっていたのだが、どうやらアンゼリカ先輩、クロウ先輩、トワ先輩、ジョルジュ先輩の四人は一年時からの腐れ縁とのこと。俺についてあることもないこともジョルジュ先輩とトワ先輩にリークされているのだとか。不安だ。
ジョルジュ先輩から今日のお礼にと、オーブメントのスロットを開封してもらった。これで新しいアーツを使うことができる。
この学院に来て初めてオーブメントを使い始めたが、戦闘においてかなり便利なものだと改めて実感した。アーツについてもある程度は使えるように訓練する必要があるし、オーブメント自体も最低限のメンテナンスはできるようになっておくべきだと思う。
作業中のジョルジュ先輩とそんな会話をしていたら、ありがたいことにメンテについては彼が指導役を買って出てくれた。これからもセピスの収集依頼は定期的にあるとのことなので、そのタイミングで指導してもらおう。
依頼完了の報告をトワ会長にした後は、今日の戦闘を思い返しながら泰斗流の基本動作を繰り返し訓練した。
まだ泰斗流と銃を習い始めて十数日程度な上、実戦での使用は今日が初。しかし、ある程度の手応えは感じていた。老師から無手がまだ一番ましと言われた意味を、何となく実感する。単純に刀という繊細な獲物を自身の肉体の延長として使いこなせる才能が俺にはないのだろう。己の肉体をそのまま武器とする方が、まだシンプルで望みがある。
それ故に、思い悩んでしまう。
無手の格闘術の方が自分には向いている。だからと言って三年間毎日鍛え続けた剣術を捨てることには抵抗がある。しかし、剣に縋りながら無手を極めるなんて器用なこと、俺には絶対にできない。
「今日はお手伝いありがとう。何か悩みごと?」
トワ会長が声をかけて来たのは、俺がそんな今後の在り方について悩んでいるときだった。生徒会の仕事終わりに、俺がまだ残っているか気になりわざわざ学生会館からグラウンドまで遠回りをして様子を見に来てくれたのだ。
自分一人で悩むより、冷静な他人の意見を参考にしたほうが良いこともある。そう思いトワ会長に、つらつらと相談した。
師匠から破門され、剣の道を諦めろと言われたこと。
自分でも、剣よりも無手の方が向いている自覚があること。
実際に今日の戦闘で、アンゼリカ先輩の泰斗流をメインとして、クロウ先輩の教えを受けた銃を補助に使うスタイルに確かな手応えを感じたこと。
合理的に強くなることを考えれば、剣は今すぐにでも捨てるべきだとわかっていること。
だが、愛着のある剣の道を諦めることに無念な思いがあること。無駄だとはわかっていても、もしかしたらという気持ちがあること。
「……私は武術のことはよくわからないけど、今すぐにどっちか一つに決めないとだめなことなのかな? えっとね、先延ばしにするって意味じゃなくて、選択肢を狭めないために。私は、あとたった二年の学生の間だけだと思うんだ。遠回りにはなっちゃうかもだけど、やりたいことや出来ることは全部やってみて、時間をかけてでも自分にとって大切なことを選ぶことができるのは。だから、学生の間は剣術も格闘術も、それに部活とか他の色々な事もやってみて、結論はそれからでも遅くはないんじゃないかな?」
それに、とトワ会長は続けた。
もしかしたら、別のもっと素敵な三択目が見つかるかもしれないし。
小さな子どもに言い聞かせるようにそう締めくくってトワ会長は、少しだけ得意気に笑っていた。
ちょっとだけ呆然としてしまった俺に慌てて「きゅ、急にごめんね! アンちゃんとクロウ君から、学生の本分を忘れた不届き者がいるんだー! って、実はちょっと前から聞いていたから……」と何故か言い訳をしていたトワ先輩。この先輩、すごくいい人だ。
トワ先輩の言葉に、確かに一理あると納得した。そもそも冷静に考えてみると泰斗流でうまく立ち回れた要因として、今までの剣術による戦闘経験が大きい。それ故に、剣を続けてもそれが全てが無駄になることはない。
それに彼女の言う通り、何もかもが中途半端な俺に、そもそもまともな選択ができるなんて自惚れもいいところだろう。二年は長すぎるとしても、色々と試していく中で、剣よりも素直に自信と愛着を持って選べる道や、無手や銃よりも向いている戦い方が見つかるかもしれない。
お礼と、「これまで以上に剣、無手、銃全ての訓練に励もう」と新たにした思いを伝えると、トワ会長はなぜか複雑そうな顔をしていた。
ちなみに訓練を再開しようとしたら「今、何時だと思ってるのかな? もう21時過ぎてるよ? もう少しちゃんと休もうね?」とジトっとした目で怒られたので、大人しく会長と学院を出て寮に帰った。
追記。
真夜中に目が覚めたとき、ふと思った。
解せない。「もう少しちゃんと休もうね?」と怒られたが、先輩にだけは言われたくない。
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========= 七耀暦1204年4月21日 =========
今日は実技テストがあった。
テスト内容は、Ⅶ組の設立目的の一つでもある次世代新型オーブメントARCUSによる『戦術リンク』の運用実験を兼ねた、クラスメイトとの共闘。
俺はフィー、アリサ、マキアスと四人で組んで試験に臨んだ。
戦術リンクは密な訓練を必要とせずに、他者と思考、状態を共有することで共闘をサポートするシステムだ。しかしだからと言って、システム頼りにするのは頂けない。
他の組が戦闘相手である妙な機械人形と戦っている順番待ちの間に、改めて三人に自己の戦闘スタイルを伝えた。オリエンテーリングのガーゴイル戦では危ない場面で剣を使ったが、基本的には体術と銃を主体にしているからだ。
そして、最初は頭がおかしい奴らだと思って皆を避けていた自身の器の小ささと考えの浅さを詫びて、これからは共に戦う同志として協力関係を結びたいと願い出た。
「……ん、いいよ。でもちょっと昼寝してたくらいで変わってるって言われるのは遺憾。特に学院一の変人に」
「恩知らずの暴力女……そうだけど、そうなんだけど……屈辱だわ」
「き、君は……っ! 貴族嫌いは認めるが、ラリった狂犬だと!? 狂ってるのは自分じゃないか!」
狂ってるとか変人とか言われた。やはり独特な感性のクラスメイトからしたら、俺のほうが変わって見えるようだ。アリサとマキアスとはむしろ距離が離れたような気がするが、フィーとは少し分かり合えた気がする。
短剣と銃を組み合わせた武器を扱うフィーとの相性は良かった。中距離からの銃撃で相手を崩し、隙をついて一瞬で距離を詰め短剣で仕留めるフィー。超近距離戦闘を軸として立ち回り、敵が距離を取ろうとすれば銃で牽制しながら己の間合いに持ち込む俺。戦術リンクによる連携により、近、中距離で入れ替わり立ち代わり相手取ることで、機械人形を封殺できた。
まあ、集団戦闘に慣れていて個人戦力もずば抜けているフィーが終始フォローに徹してくれ、大いに助けられた形の戦いだったが、他のチームと比べると結果はまずますだった。
テスト後にはⅦ組の独自カリキュラムである特別実習について伝達があった。具体的な内容については伏せられたままだが、学院外の実習先でクラスメイトと共に用意された課題に取り組む演習が始まるとのこと。
実習はA班、B班に分かれて行う。俺はリィン、アリサ、ラウラ、エリオットと同じA班で、交易町ケルディックが実習先だ。
班分けはある程度戦力が均等になるようにしつつ、あえて不和がある者同士が同じになるようにしているようだ。
リィンとアリサはオリエンテーリング時の暴力事件から仲違いをしている。
マキアスとユーシスは、マキアスの行き過ぎた反貴族精神のせいで険悪だ。
そして俺は一方的にだが、リィンに対して思うところがある。
実習を成功させるためにも、各自蟠りを解消させろということだろう。
まあ、リィンに関しては、最終的に超えるべき一つの壁というだけで別に嫌っているわけではない。
アリサにはすでに問題児だと思って避けていたことを謝罪をした。もう問題ない。
ラウラとエリオットに関しては最初から特に思うところもない。単純にまだ会話したことがないだけだから、特に問題ない。
A班に関して言えば、俺個人の人間関係は特に問題なそうだ。
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========= 七耀暦1204年4月24日 =========
特別実習日一日目。
課題でもあったリィンとアリサの不和は、出発前に解消していたようだ。集合場所である駅に着いた時にはすでに皆集まって仲良く談笑していた。
ケルディックまでは人生初の導力列車で向かったのだが、かなり快適で浅くではあるが睡眠を取ることができた。これなら朝の訓練を軽くする必要はなかったと少し後悔。
現地に着くと拠点となる宿の女将さんから、魔獣討伐や街道の導力灯の交換、薬の素材採集といった依頼を渡された。必須の依頼もあるが、そうでない依頼もある。
どの依頼をこなすかも、どうやってこなすかも自分たちの判断に任せると、引率として一時的に同行して来ていたサラ教官は告げた。
自らの判断をもとに柔軟に物事に当たる。実習の目的はどうやら、遊撃士に求められるような力を養うことのようだ。サラ教官も元は遊撃士だから、馴染みのある形式を実習に採用したのかもしれない。
「依頼を通してこの町について色々理解を深めろというのも、実習の目的の一つなんだと思う」
生徒会からの依頼で似たようなことをやっていたリィンも、似たような意見だった。
それにしても士官学校のカリキュラムとしては異端だ。トールズはそこら辺が緩いと有名だが、とは言え軍人を育てる学校で遊撃士のような人材を育ててしまって大丈夫なのだろうか。
依頼に関しては全件特に問題なく消化できた。
しかし、依頼後に訪れたケルディック名物の大市で、ちょとしたトラブルに巻き込まれた。大市の増税に端を発する、増税に反発する商人たちへの領主からの圧力が原因のトラブルのようだった。
学院に入る前にクロイツェン州の他の街でも領主と領民の対立を見てきた。ケルディックも例に漏れず同じらしい。
クロイツェン州領主、四大名門アルバレア公爵家。覚えておいた方がいいのかもしれない。
A班揃っての夕食中、Ⅶ組の選抜基準とトールズ士官学院への入学理由が話題になった。
目標としている人物に近づくためと言うラウラ。
自立するためだと言うアリサ。家出じゃなかったのかと意外に思って聞くと殺意の籠もった目で睨まれた。不思議だ。
理由は明言しなかったが、希望の進路ではなかったと言うエリオット。
自分探しのためと言うリィン。
今まで一度も会話をしたことがなかったからか、緊張気味にエリオットは俺にも話を向けて来てくれた。
「あはははは……強くなるためって、それはみんな知ってると思うけど」
俺の返答によく分からないが引きつった笑みを浮かべるエリオット。他の三人も大きく頷いていた。解せない。何故みんな知ってるのだろう。またアンゼリカ先輩とクロウ先輩の仕業か。
実習の課題でもあるレポートも仕上げたので、軽めに訓練をして今日は寝ることにする。
追記。
まだ少し冷静になれない。
宿のカウンターで水を貰い、心を落ち着かせる。
頭を整理するために、日記に書き下す。
訓練を終えて部屋に戻ろうとしたところで、リィンとラウラが揉めているところを見かけた。そして二人の会話を聞いた。聞いてしまった。
あいつは、リィンは何を言っているのだ。
「そなた……いや、そなた達は、どうして本気を出さない? そなた達の剣、そして太刀筋。八葉一刀流に間違いないな?」
噂に聞く八葉一刀流は、こんなものではないはずだ。そう訪ねたラウラに、リィンはあろうことかふざけたことを抜かした。
「俺は……ただの初伝止まりさ。確かに一時期、ユン老師に師事していたこともある。だが。剣の道に限界を感じて老師から修行を打ち切られた身だ。八葉の名を汚していることは承知しているが、これが俺の限界だ」
お前は何を言ってるんだ。
修行を終えたから、老師に認められたから初伝を授かったんだろうが。
お前には八葉を極めることができる才能があり、事実老師から八葉の後継者と認められているだろうが。
破門され剣を捨てろと言われた俺とは、違うだろうが。
なのに何でお前は、そんなところで諦めて止まっているんだ。
老師。俺は、こんな奴に勝つこともできないって言うんですか。
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========= 七耀暦1204年4月25日 =========
特別実習日二日目。
昨日のリィンとラウラの揉め事は朝には解消した。リィンが己の「ただの初伝止まり」と言う、八葉を、そして剣を軽んじる発言について謝罪する形で。
俺も一晩寝たら気持ちを整理できた。所詮は破門された身。八葉の後継者がどう育とうが俺にはもう関係のない話だ。結局のところは、超えるべき壁の一つというだけ。
ただ、一つだけ決めたことがある。ただの嫉妬と僻みではあるが、リィンには絶対に負けないと、固くそう決心した。
二日目の依頼も特に問題なく終了した。
しかし昨日の大市でのトラブルがまだ水面下では続いていたようで、少し大事になっていた。
昨日、重複してしまった露店の出店場所をめぐり争い合っていた二人の商人。彼らの店が夜のうちに荒らされ商品が盗まれ、二人は互いを犯人扱いして暴力沙汰になったのだ。
特別実習の一環として調査を進めた結果、増税に反発する商人たちへの圧力として、領邦軍が裏で糸を引き大市の妨害を企てていたことが判明した。
盗まれた商品が運び込まれた先として調査に赴いたルナリア自然公園という森の奥では、推測通り軍に雇われた犯人たちが隠れ潜んでいた。
銃で武装はしていたがまともに戦える腕は持っておらず、問題なく現行犯逮捕として制圧した。もちろんARCUSの録音機能を使い、楽しげに盗んだ商品でいくら儲けが出るか語っていた音声は記録済み。「簡単な上に便利だから」とオーブメント技術習得の教材として、ジョルジュ先輩の指導のもとに改造した機能だが、実に便利だ。クズな人間を相手取る際は、証拠を押さえ口先で誤魔化されないようにするのが一番だ。
問題はその後に起きた。森の主と思われる強力な魔獣が襲ってきた上に、苦戦しながらも倒したかと思えば、駆け付けてきた領邦軍に俺達が容疑者扱いされて取り囲まれた。
領邦軍の暗躍に気づいた俺達に罪を着せ、事件を揉み消す。
決まりだと思った。こいつらはクズだ。権力を振りかざし、守るべき住民を脅かすクズだ。
音声記録を使えば最低限俺達が犯人でないことだけは証明できるが、それだけでは諸悪の根源である領邦軍、ひいてはアルバレア公爵家には何も影響を与えることは出来ないだろう。
どう動くべきかと悩んでいる最中に、次いで現場に現れた正規軍鉄道憲兵隊の取りなしによって事態は収束した。
両軍いがみ合っている様子だったが、正規軍と領邦軍の、革新派と貴族派の対立は今に始まったことではない。確執鉄道憲兵隊の慣れた様子からするに、帝国では似たような事が多々発生ているのかもしれない。
鉄道憲兵隊による事情聴取の席では、実行犯達の事実上の自供音声のみを提出して早々に開放された。領邦軍の脅迫とも自供とも取れるやり取りも記録はしていたが、所詮は末端の発言。大したネタになるわけでもないし、そんな中途半端なものを出されても扱いに困るだけだろう。
「それにしても、正直なところ余計なことをしてしまったかもしれません。ああいったトラブルも含めての特別実習かもしれませんから。証拠も押さえていたので、時間はかかったかもしれませんが独力でどうにか出来ていたでしょうし」
鉄道憲兵隊のクレア大尉は、別れ際にそんなことを言っていた。正規軍は俺達の実習についてもケルディックの実情についても把握した上で、最後まで事態を静観していたようだ。「流石に領邦軍に捕まるなんてところまでは考えてないわよ」とは再度様子を見に戻ってきたサラ教官の発言だったが、学院側も正規軍側も色々と織り込み済みの状態でⅦ組の特別実習は成り立っているようだ。
帰りの列車の中では、サラ教官から改めて特別実習について説明があった。
現地の実態を掴むための情報収集能力、問題に対して自発的に行動を起こす判断力と決断力、問題解決能力を持つ人材の育成。それが特別実習、ひいてはⅦ組設立の目的の半分らしい。
サラ教官も隠す気はないようだが、それは軍人と言うよりも遊撃士の在り方だ。教官の言うもう半分の目的は、そこら辺の各方面に対して複雑そうな事情が絡んでいるのだろう。正規軍でもあるクレア大尉は「Ⅶ組には期待している」なんて牽制とも取れる発言をサラ教官にしていたし。
まあ、誰のどんな思惑でこのクラスが作られたのかはよく分からないが、別にどうでもいい。ただ、リィンが所属するこのクラスに俺を配属してくれたことには感謝だ。おかげで明確な目標が出来た。
森の主との戦いでリィンが見せた八葉の剣技は、老師の奥義にも通ずるものがある、手放しで賞賛するしかない圧巻の太刀筋だった。
今の俺には、到底真似出来ない剣技だ。そして八葉を極めることが出来ない俺には、一生辿り着けない領域でもあるのかもしれない。
しかし、だからと言って強くなることを諦めはしない。
『真の八葉を完成させる一刀』と、老師にそう称されたリィン・シュバルツァーを超える。
それが当面の目標だ。
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