凡人の軌跡   作:kuku_kuku

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内戦編:七耀暦1204年12月後半

 ========= 七耀暦1204年12月30日 =========

 

 オリビエさん達に保護された日から、九日も経っていた。

 あの日行われた手術は成功したが、しかし自身で思っていたよりも状態はかなり悪かったようで、俺は今日までずっと眠り続けていたとのこと。

 

 体内に残っていた銃弾や瓦礫などの異物の摘出、体内外の多数の傷の縫合、失っていた血の輸血、七輝教会が調合した高価な薬による体力の回復。致命的なものは全て対処して頂けたお陰で、痛みを無視すれば体を動かせるまで回復していた。

 

 深夜に目が覚めてから情報を集めようとキャンプ地を歩いていると、俺の治療にあたってくれた教会の司祭様に見つかって怒られ、テントに連れ戻された。

 司祭様は傷の状態、治療内容を淡々と説明した後「峠を越えたとは言え、今無理に動けばまた傷が開く。絶対安静だから何もするな」という説教と、「責任者を呼んでくるから大人しくしていなさい」という指示を残して去って行った。

 

 十分もしないうちにオリビエさんとアルゼイド子爵がテントに現れ、「目が覚めてよかった」と心配の声をかけてくれた後、内戦と士官学院の皆の状況を教えてくれた。

 

 俺が最後にまともな情報を得てから、ほぼ一ヶ月。その間に、内戦の状況は大きく動いていたようだ。

 

 一ヶ月前は貴族連合がほぼ全土を制圧していた東部は、今や全ての地域が中立の姿勢を取っているという。

 

 四大名門ログナー侯爵が治める北東部ノルティア州では、九日前にログナー侯爵が貴族連合からの脱退と内戦への不干渉を宣言した。

 ログナー侯爵家の娘でもあるアンゼリカ先輩を中心として決起した、多くの領民と領邦軍による功績だ。

 

 四大名門アルバレア公爵が治める南東部クロイツェン州では、五日前にアルバレア公爵の失脚によって暫定的に領主代行となったユーシスによって、こちらも貴族連合からの脱退と中立の宣言がされた。

 アルバレア公爵の失脚は、自らの領地であるケルディックを自身の命令によって焼き討ちにしたことが理由だという。公爵はその愚行で貴族連合からも切り捨てられ、アルフィン皇女殿下の名の下に多数の罪によって逮捕されたのだ。

 

 帝国東部の平定の功労者は、トワ会長が艦長を務める紅き翼カレイジャスであるという。

 Ⅶ組の皆や、アンゼリカ先輩、ジョルジュ部長、その他多くの学生達は、『オリヴァルト皇子の象徴』とも言える紅き翼カレイジャスで各地を飛び回り、同乗するアルフィン皇女殿下の名の下に、東部の内戦からの解放を成し遂げた。

 アルバレア公爵によるケルディックの焼き討ちの際にも迅速に駆け付け、町は火に呑まれたものの、全住民は見事に避難させてみせた。住人の中に重傷者は数名いるが、死者はいないという。

 ノルティア州、クロイツェン州の解放など、東部における分岐点には必ず紅き翼と、そしてリィンが駆る灰の騎神の存在があり、今や内戦における『希望の翼』とまで讃えられているという。

 

 そして今日は、トリスタと、トールズ士官学院の解放まで成し遂げた。

 

「正直、彼らには頭が上がらないよ。君のクラスメイトや先輩達の行動力と、リィン君と灰の騎神という内戦におけるジョーカーの存在。そしてこの二ヶ月でトワ君とカレイジャスを基点に帝国東部全土に張り巡らされた、内戦の終息を願う人々の通信網。それらが美しく組み合わさって、今やカレイジャスはまさしく東部の平和を守る『希望の翼』そのものさ」

 

「ふふ、あの直向きさと人徳がなければ、今のカレイジャスに情報という名の翼は在り得なかっただろう。約束以上の成果を挙げた彼女に報いることができて、私も一安心だ。自身が西部に行っても何も出来ないからと言って、そなたのことを我らに託し、自らが艦長としてカレイジャスを駆り東部の民の救ってみせると宣言したあの度量は天晴だった」 

 

 オリビエさんとアルゼイド子爵は、東部の状況と学院の皆の様子をそう教えてくれた。

 

 本当にすごい。Ⅶ組の皆も、先輩たちも、学院の生徒たちも。

 勿論その功績は、オリビエさん達が昔から築き上げてきた様々な土台の上にあるものだ。だがそれでも、実行してみせたのは皆だ。東部の戦いを終わらせてしまったなんて、西部で右往左往しているだけだった俺とは大違いだ。

 

 それに、トワ会長を守るなんて大それた事を言っておいて、守られているのは俺の方だった。

 この戦争の中、オリビエさん達が俺を救うためにどれだけ必死になってくれたかなんて、言われなくても分かる。そして、オリビエさん達の貴重な時間を作ってくれたのは、トワ会長達だ。

 不甲斐なさ過ぎて、落ち込んでしまう。

 

「君も本当に良くやってくれたね。サザーランドからラマールに来るまでの間に、君に助けられたという多くの人に会ったよ。彼らは今も無事に生きている。それに、君が先行してラマール州各地に設置してくれた中継器のお陰で、中立派として動いてくれている第七機甲師団も、もちろん僕達も、大いに助かった。改めてお礼を言わせてもらうよ」

 

 オリビエさんは俺が落ち込んでいると思ったのだろう。そうやって、労ってくれた。

 

「西部も、たった今進行中の作戦で一時的にではあるが休戦に持ち込めそうな状態だ。殿下の注力により、貴族連合、正規軍ともに粗方根回しも済んでいる。そして明日、いや、もう今日だな。カレイジャスが帝都のカレル離宮に幽閉された皇帝陛下を救出する作戦を実行する。そうすれば陛下の名の下に、この内戦も終わりを迎えることになるだろう」 

 

 明日の帝都解放作戦では、正規軍である第三機甲師団、第四機甲師団も、オリビエさん率いる中立派勢力に協力する手筈になっているという。

 内戦不干渉を宣言した東部から帝都以西へと撤退した貴族連合を、正規軍が抑えている間に、今や中立派の象徴であるカレイジャスが陛下を助け出す。そして、そのカレイジャスから陛下に内戦の終結を宣言して頂く。

 それが作戦の概要とのこと。

 

 合理的ではあるものの、いささか強引な作戦だと思ったが、これ以上内戦を長引かせる訳には行かない理由があった。

 

 内戦開始直後から不安定だったクロスベルの状況が落ち着いてしまったため、カルバート共和国からの干渉が始まってしまいそうなのだとか。

 謎の大量破壊兵器や、クロスベルを覆う不可思議な障壁や、『碧の大樹』と呼ばれる巨大な光る樹のようなものの出現。知らない間に多くの不可思議な現象が起きていたクロスベルが境界にあったお陰で、今まではカルバート共和国のことを考える必要がなかったが、これからはそうは行かない。

 だからこそ、東部が完全に開放された今、陛下直々に内戦の終了を宣言して頂き、カルバート共和国との戦争にまでこの内戦を発展させないようする。

 

 そういう、一刻を争う状況なのだという。

 

 オリビエさん、護衛のミュラーさん、アルゼイド子爵、トヴァルさんと言った『自由への風』の主要メンバーも、西部戦線における作戦完了を見届け次第、帝都に向かうという。

 本当ならカレイジャスと事前に合流しておきたかったが、西部の状況がそれを許さなかったため、作戦開始後に現地で合流する手筈になっている。

 

 内戦の終結の道筋を聞いて、俺も明日の帝都への同行を願い出た。

 もう、俺に出来ることなんてほぼないのだろう。だが、それでも、見届けたいと思った。

 おそらく作戦の肝となる陛下奪還の場に、クロウ先輩が立ちはだかるだろう。

 

 この内戦が始まったその日に、俺は指針を決めた。

 

 

 一つ。リィンを探し、カレイジャスと連携して保護する。また、並行して、西部に逃げた学院生がいれば、これも必要に応じて保護する。

 

 二つ。カレイジャスに、定期的に西部の情報を伝える。

 

 三つ。内戦によって被害を受ける人がいれば、少しでも多く助ける。

 

 四つ。クロウ先輩をぶん殴る。

 

 

 俺自身は、大したことは出来なかった。でも、それでも、結果的に三つ目までは達成できた。

 

 だから、あとはクロウ先輩と決着をつけなければならない。

 先輩を殴って連れ戻して、またあの何時もの学院生活を共に送る。

 

 だから俺も帝都に連れて行って下さいと、オリビエさんとアルゼイド子爵に頭を下げた。

 オリビエさんは大きく溜息を吐いて、アルゼイド子爵は頭を抱えた。

 そして二人は目配せをして、小さく頷き合って笑った。

 

「はははは……やはりこうなったか。君は言っても止まらないだろうとは思っていたよ。とは言え、まともに動けない者を連れて行くわけにはいかない。だからここは一つ、『光の剣匠』殿に見極めていただくとしよう」

 

「紅き翼に風を与えたその意気や良し。だが、殿下の仰る通り、その体ではただの無駄死にだ。それでも行くと言うのならば、私に一太刀浴びせて証明してみせろ」

 

 帝都に行くために、アルゼイド子爵から一本を取る。

 八月には攻撃を掠らせることすら出来なかった相手に一撃を加えることが、どれだけ困難なことかは理解していた。

 そして俺に、長時間戦える体力はなかった。

 

 だから、初手に今までの全てを賭けて臨んだ。

 

 戦いが始まると同時に、銃を抜いて牽制。

 当然のように大剣で銃弾が弾かれるのを確認する前に、閃光弾を投げて視界を奪う。

 気配を殺し一気に間合いを詰める。

 目を瞑った状態にも関わらず的確に俺を両断する軌跡で真横に薙ぎ払われた剣を沈んで躱し、拳の間合いの内側に踏み込む。

 一瞬の間で上段に構えられた大剣が振り下ろされるが、さらに一歩踏み込みながら化勁で受け流し、彼我の間合いを零にする。

 練った気を拳に込め、子爵の腹脇に押し当てる。

 

 そこで子爵は初めて、淡く浮かべていた笑みを消して、俺の拳を腕で払いながら大きく後退した。

 

 故に、俺はさらに一歩踏み込み、居合いを放った。

 

 だが、気づいた時には俺の首に子爵の剣が添えられていた。

 

 俺の、負けだった。

 

 届かなかったと、そうようやく理解が及んだ時、

 

「見事だ、無刀の剣士よ。この身に刀傷を受けたことなど、久方ぶりだ。そこに無かったはずの残月、確かに見届けたぞ」

 

 子爵は左腕の袖を捲くって、切り裂かれた傷を見せて小さく笑った。そして俺の頭を撫でて、地面に座らせた。

 

「さあ、包帯を取り替えてやろう。西部戦線の休戦を見届けて出発するまで、まだ時間はある。その間に少しでも失った体力を取り戻せ」

 

 最初から、オリビエさんもアルゼイド子爵も、俺を連れて行ってくれる気だったのだろう。

 オリビエさんが呼んでくれた司祭様から三人で怒られながら手当てを受けた後、操縦士の人たちに担架に乗せられて向かった帝都行きの小型の飛行艇には、すでに導力バイクが積み込まれていた。

 そして帝都に着くまでは寝ていろと、導力バイクの横に強制的に寝かされた。

 

 寝ていろとは言われたが、ついさっきまでずっと寝ていたこともありすぐには眠れなかった。

 色々な朗報で浮き立っていた心も、戦いで高ぶった精神も、無茶な動きで開いた傷の痛みもある。

 だが、日記を書いているうちに、それらも徐々に収まってきた。

 薬と導力魔法ですでに血は止まって、徐々に痛みが引いてきてはいるので、もう少しで眠れるだろう。

 

 帝都での戦いに備えて、体を休めよう。

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 ========= 七耀暦1204年12月31日 =========

 

 頭がぼんやりして来た。

 ここが何処かもわからないし、これからどうなるかも分からない。

 

 それでも、まだ死ねない。死なせるわけにはいかない。だから言われた通り、意識を保つために、日記を書く。

 

 

 

 

 昨日というよりも今日の明け方に眠りに落ちてから、意識を取り戻した時には昼を越えていた。

 

 帝都まで後少しという所で、貴族連合の軍用艇から攻撃を受けていたのだ。

 回避行動で船内が揺れ、俺はその衝撃で目を覚ましたらしい。

 

「まあ、ある意味予定通りに攻撃を受けてしまってね。今日の作戦開始は十二時丁度。もう一時間も遅刻さ。カレイジャスへの負担を下げるための作戦通りではあるのだけれど、それだけだとあまりにも華がないからね」

 

 敵襲は折込済みだったらしく、待ち伏せていた味方の援護で、再び飛行艇は帝都へ進路を取ったばかりのようだった。

 

 帝都に着くまでの間に装備を整え導力バイクの調子を確認していると、異変が起きた。

 遠くに見える帝都から緋い光の柱が立ち上り、瞬く前に皇城がその姿を禍々しく変貌させる。

 

「あれは……そうか、身喰らう蛇の目的はあれだったのか」

 

 オリビエさんが言うには、『リベールの異変』と同じく女神の至宝に関係する何かだろうとのこと。

 そしてその異変には、リィンやクロウ先輩の『騎神』も関わっているはずだという。

 

 下手をすれば内戦よりももっと悲惨な何かが起きる可能性があると、オリビエさんはそう断言した。

 

 状況を探るためにカレイジャスとの通信を試みようとしても、帝都周辺の導力波が乱れているようでどことも繋がらない。

 そのためオリビエさんの判断により、オリビエさん、アルゼイド子爵、トヴァルさん、ミュラーさんの四人で異変を食い止めるべく、変貌した皇城へと乗り込むこととなった。

 

「気にするな。こういうのは大人に任せとけばいいんだよ。お前は先ずはカレイジャスの無事を確かめることに注力してくれ」

 

 一人でも戦力は多いほうが良いのではないかと思う一方で、帝都に近づいても空に姿が見えないカレイジャスが心配だった。

 そんな思いを見透かしたように、トヴァルさんがそう言ってくれたのだ。

 

 四人は皇城前の大通りで、低空飛行させた飛行艇から飛び降りて行った。

 その際に帝都の様子を確認したのだが、至る所に『魔煌兵』と呼ばれる機甲兵のような巨大な人型の兵器が現れ、暴れまわっていた。

 オリビエさんの情報によると、内戦直後から現れていた新型の巨大魔獣達『幻獣』と同じように帝国各地で現れ始めたものだという。

 帝都を占領していた貴族連合はその対処にあたっているようで、周囲に住民の姿はない。

 

 そんな中、飛行艇の操縦士の方が、帝都の東部に黒い煙を上げるカレイジャスが着地しているのを発見した。西部には同様に、貴族連合軍の母艦パンタグリュエルが。

 住民も東西のその二つの艦の周囲に集まりつつあるようで、帝都のこの異変に対して休戦し、住民の避難活動を行っていた。

 

 すぐに進路を変えてもらい、そしてカレイジャスから離れた場所に、トワ会長の姿を見つけた。

 倒れ伏した子どもと母親を守って、一体の魔煌兵の前に立ち塞がっていた。

 

 会長の姿を見つけた時点で、操縦士の方にお願いしてすぐさま会長のもとに向かってもらった。

 

「トワ、頼むから今は逃げてくれ! アンが今そっちに向かっている! 周囲の住民もありったけ乗せた! 機関部もどうにかした! もう飛べるんだ! 艦長の君がいないでどうする!?」

 

 カレイジャスの拡声器からはジョルジュ部長の悲痛な叫び声が響き、カレイジャスの方から走ってくるアンゼリカ先輩の姿も見えた。危機的な状況に、世界が真っ暗になるような思いだった。

 

 魔煌兵の剣をどうにか避けたトワ会長が地面に倒れ、そして再び剣が振り下ろされる寸前、ぎりぎりで割って入る事が出来た。

 飛空艇から飛び降りながら敵に銃を撃ち、そして振り下ろされた剣を交差した両腕の手甲で受け止め、衝撃を地面に流す。全身の傷口が開き血が吹き出たが、トワ会長は無事だった。

 

「あ……あ……」

 

 トワ会長のそんな小さな声が背中越しに聞こえた時、会長が生きていてくれた事実に泣きそうになった。

 そして、目の前の魔煌兵に殺意が湧いた。

 

 受け止めた剣を横に流し、魔煌兵の足に練り上げた気を全て込めた零勁を叩き込む。

 

「ははははっ! 今、このタイミングで来るか! 本当によくやった、よくやってくれた! 私は君の師として、友として、誇りに思うよ!」

 

 そして膝を着いた魔煌兵の核を、高らかに笑うアンゼリカ先輩が膨大な闘気を纏った飛び蹴りで貫いた。

 

 動きを止めた魔煌兵を警戒していると、背後から軽い衝撃が走った。

 

「生きてた……生きていてくれた……っ! ずっとずっと、心配してたんだよ……! 連絡も全然取れなくなって、アッシュ君は動ける方が不思議なくらい怪我だらけだったって……でも、助けられたって人もいっぱいいて……やっと見つかったと思ったら、今度は意識が戻らないって……っ! 私、ずっと一人で頑張ってるって知ってたのに、何もしてあげられなくって……」

 

 涙を流しながら支離滅裂なことを言うトワ会長が、背中に抱き付いていた。

 

「でも……でも、約束守ってくれた! 私を助けてくれた! 生きて帰って来てくれた!」

 

 大泣きするトワ会長の姿に、後悔が押し寄せてきて何も言えなくなってしまった。

 

 トワ会長は優しい人だ。一ヶ月前を最後に連絡を断った俺を、ずっと案じてくれていたのだろう。

 西部で死にそうになった時でも、俺ばかりが一方的にトワ会長との約束に助けられた。でも、一方で会長は、ずっとずっと生きているかも死んでいるかも分からない俺を、心配し続けてくれていたのだろう。

 『希望の翼』と呼ばれるほど功績を挙げたカレイジャスを率いて、皆からの期待に応え続ける重圧をその小さな肩で受け止めながらも、何時ものように笑顔で元気に振る舞って、そんな中でも俺なんかのために心を痛めてくれていたのだろう。

 

 そう思うと、「心配をおかけして申し訳ありませんした。トワ会長のおかげで……トワ会長との約束があったから諦めずに済んで、トワ会長の思いでオリビエさん達が助けてくれたから、何とか生きて帰ってくることができました」そう謝ることしか出来なかった。

 

「ううん……。助けられたのは私の方だよ。ごめんね、こんな情けない姿を見せちゃって。でも、もう大丈夫だよっ! えへへへ、何時もどおりみたいでよかった。安心したら、何だか元気が出てきちゃったよ」

 

 正面を向いてトワ会長に頭を下げると、会長は涙を拭って笑顔を見せてくれた。

 

「ご両人、感動の再会に水をさして悪いんだが、そろそろカレイジャスに戻らないかい? それにしても弟子よ、師匠にも何か言うことは無いのかい? 私だってこう見えて随分と心配したんだよ。君を思って無理に気丈に振る舞うトワがたまに私に見せてくれていた涙でご飯三杯おかわ……嘘だからトワ、嘘だからやめてくれ」

 

 平常運転のアンゼリカ先輩を、無言のまま両手でぽかぽか叩くトワ会長。

 

「いや、君たち。ほんとにもう戻って来てくれないかな? 嬉しいのは分かるけど、脱出する絶好の機会だから」

 

 アンゼリカ先輩のARCUSからはジョルジュ先輩の大きな溜息。

 

 異常な事態が進行している帝都の中にあっても、何時もの日常に戻ってこれたと、そう思えた。

 

 後はこれで、Ⅶ組の皆と合流して、クロウ先輩を連れ戻すだけだ。

 

 そう思って、変わり果てた皇城を見れば、

 

「……止めても、無駄だよね? 行くんだよね、クロウ君に会いに」

 

 トワ会長が、そう問いかけて来た。会長に頷いて返すと、アンゼリカ先輩が手甲を渡してきた。

 

「これを持って行きたまえ。ゼムリアストーンという鉱石でジョルジュが作ったものだ。先程の戦闘で、君のは壊れてしまっているだろう? 私達はあの馬鹿が仕出かしたこのお祭り騒ぎで、被害者を出さないように動く義務がある。だからⅦ組の一員として、そして私達三人の代表として、代わりに君がこれを着けてあの馬鹿をぶん殴ってふん縛って連れて帰って来てくれ」

 

 ARCUSからは「僕の分まで頼んだよ。そして、くれぐれも無茶だけはしないように。いいね?」とジョルジュ先輩が続いた。

 

 トワ会長から導力魔法で治療を受けつつ、上空で待機していた飛空艇から導力バイクを降ろしてもらった。

 

 そして「もう一回約束して? 今後はクロウ君と一緒に、生きて帰ってくるって」とトワ会長に抱き締められ、導力バイクで皇城に向かった。

 

 皇城前の広場では士官学院生と、マカロフ教官、トマス教官、ナイトハルト教官と、そしてミュラーさんが魔煌兵と戦いを繰り広げていた。

 帝都の住民の避難が完了するまで、広場に魔煌兵を押し留めるつもりのようだ。

 

「三人はⅦ組を追って先に入った! そのまま突っ切れ!」

 

 ミュラーさんの掛け声とともに皆が皇城までの道を拓いてくれたお陰で、最短距離で皇城に入ることが出来た。

 

 そしてまるで遺跡のような魔獣が彷徨く城内を導力バイクで無理やり走り抜け、上へ上へと登っていった。

 一階ではオリビエさんとトヴァルさんが、結社の怪盗ブルブランと甲冑を纏った女剣士と戦いを繰り広げていた。

 

 二人は無言で頷き、昇降機から敵を引き離してくれた。

 

 二階では二人の猟兵と遭遇したが、シャロンさんとクレア大尉が助けてくれた。

 

「生きて、おられたのですね……。ここは私にお任せ下さい」

 

「はあ、君が西部戦線の子犬君かいな。うちのフィーに随分懐いとるっていう」

 

「あらあら。可愛い野良犬さんの間違いでしょう? あと、私にだって懐いてくれているんですよ?」

 

 シャロンさんが鋼糸で猟兵と俺の間に網の結界を作り、

 

「正しくは西部戦線の狂犬ですね……まあ、あなた方からすると、どちらも同じなのでしょうが」

 

 クレア大尉が銃で猟兵の動きを妨害する。

 

 そうして出来た隙間を通って、三階へ向かった。

 

 三階にはとてつもない熱風が立ち込め、遠くから剣戟の音が鳴り響いていた。

 

 嫌でも伝わる凄まじい闘気のぶつかり合いに心を乱していると「立ち止まるな! そなたの戦場はこの先だ!」というアルゼイド子爵の覇気に満ちた声で、我に返った。

 

 そして四階、頂上へと続く剥き出しの螺旋回廊へと上がった所で、更なる異変が起きた。上階から押し寄せてくる紅い波が眼下の帝都全土を覆い、そして至る所で人々が倒れ始めるのが見えた。

 

 これがオリビエさんの言っていた、女神の至宝にまつわる異変なのかも知れない。

 紅い波が体に触れるたびに体内で練っていた気が根こそぎ奪われそうになるのに抵抗しながら、導力バイクを飛ばした。

 

 そして、襲ってくる魔獣をどうにか捌きつつ、ようやく皇城の頂上へと辿り着いた。

 

 そこにはまるでお伽噺の地獄のような場所で、灰、蒼、そして緋の騎神が戦闘を繰り広げる光景と、静かに佇むエマの姉にして結社の幹部である魔女ヴィータ・クロチルダと、傷だらけの姿で膝つきそれを見守るⅦ組の皆の姿があった。

 

 想像していなかった三体の騎神の姿にすぐに理解を諦め、皆に状況を問うとフィーから「赤いのと髭面だけが敵!」、サラ教官から「髭は無視しなさい!」と端的な答えが返ってきた。

 

 すでに体力が限界に近かったこともあり、何も考えないまま敵の緋の騎神へと導力バイクを走らせた。

 

 並び立つ灰と蒼の騎神。蒼の騎神から「道は俺が拓く。行け、リィン!」というクロウ先輩の声が聞こえると同時、蒼の騎神が間合いを詰めるため走り、緋の騎神が迎撃を始めた。

 空中から出現して飛来する光る何本もの剣を、蒼の騎神が双刃剣を回転させて防ぐ最中、緋の騎神が槍のような尾を地面に突き刺そうとするのが見えた。

 

 俺は加速させた導力バイクから飛び降り、十分に速度の乗ったバイクを緋の騎神にぶつけた。そして蒼の騎神と緋の騎神の間に入り、地面から突き出された槍をアンゼリカ先輩からもらった手甲でどうにか受け流した。

 騎神の一撃は、機甲兵のそれとも、魔煌兵のそれともまるで違った。かつて無いほど綺麗に力を流せたにも関わらず、それでも脇腹が抉られ、守ったと思った蒼の騎神も同じく脇腹を大きく抉られていた。

 

「バ、バカかお前……! 生身でなんつーことを……!」

 

 導力バイクが凄まじい音を立てて爆発する音にかき消されながらも、クロウ先輩の俺を心配するような声がARCUSを通してはっきりと聞こえた。

 そして、ARCUSによる戦術リンクで、クロウ先輩が致命傷を追ったことを察した。

 

 導力バイクの爆発に巻き込まれても、緋の騎神には傷一つ無かった。

 そして再び打ち出される光る剣を、蒼の騎神が振るう双刃剣が打ち払う。

 俺も意識が飛びそうになりながらも、しかし、クロウ先輩と繋がったARCUSにより、ようやく現状を正しく理解した。

 

 俺達の役目は、時間稼ぎだ。隙を作れば、後はリィンと灰の騎神が緋の騎神、正確にはかつて250年前に帝国に厄災を齎し封印されたという『終焉の魔王』の核に取り込まれたセドリック皇子を取り出せば、この事態は終息を迎えることが出来る。

 

 迫りくる光る剣からクロウ先輩が守ってくれる中、手持ちのありったけの手榴弾を緋の騎神に投げつけ、銃で打ち抜いて爆発させ、ほんの少しだけでも意識を俺に向かわせようと足掻いた。

 

「二人とも!」

 

 俺達を心配するリィンの声に「俺もこいつもカスッただけだ! 立ち止まんな! 前を向いて、お前にしか出来ないことをやれ!」とクロウ先輩が怒鳴り返し、それに応えたリィンが緋の騎神に止めを刺した。

 リィンが駆る灰の騎神によって振るわれた、八葉一刀流の奥義。後継者の証である七の型から放たれる『夢想覇斬』の鮮やかな剣閃が、見事に緋の騎神を切り裂き、そして騎神の核を抉り出してみせた。

 

 地獄のような光景と終焉の魔王が溶けて消え、セドリック皇子は無事に救い出された。皆がセドリック皇子に駆け寄りその安否が確かめられた。

 

「霊力も消耗してるけど、危険なほどじゃないわ。しばらく寝かせておくのね」

 

 セリーヌさんのそんな声に、これでようやく全てが終わったと思った瞬間、体から力が抜けて立ち上がれなくなってしまった。

 そして同じく、クロウ先輩も崩れ落ちた蒼の騎神から出てきて、隣に横たわった。

 

「まったく……何でお前まで一緒に腹に大穴開けちまってんだよ……」

 

 息も絶え絶えにそう喋るクロウ先輩の治療をしようとしたが、「動かないで! うそ……。傷を、血を止めなきゃ……」と悲痛な声を上げるフィーに動きを止められた。

 

 皆が駆け寄って来て、委員長とセリーヌさんが俺とクロウ先輩の治療を始めてくれた。

 だが、二人の表情からするに、もう手遅れに近い状態のようだった。「もう、二人とも霊力が……」という委員長の悲痛な声が聞こえた。

 

「悪いな……こいつまで巻き込んじまって……。色々あったが、お前らと過ごした時間、楽しかったぜ」

 

 まるで遺言かのような台詞を吐くクロウ先輩の頭を叩こうとしても、腕が上がらないどころか声も出せなかった。

 

「これから先、お前らは色々あんだろう。俺は立ち止まっちまった。……だがお前らは、まっすぐ前を向いて歩いて行け……」

 

 諦めてしまったようなクロウ先輩にどうにか声を届けようとした時、ARCUSが共鳴した。そして、ほんの僅かに体に力が入り、腕が動いた。

 

 そして隣で横たわるクロウ先輩の頭に、拳を当てることが出来た。先輩たちと約束したのだ。だから、殴って連れ帰らないといけない。

 

「霊力が……オルディーネと準起動者を通じて……これなら! エマ、ありったけの力で二人の血を止めなさい! 霊力の供給はいいわ!」

 

 魔女ヴィータがそんな言葉を発して、委員長に指示を出した。

 助かるのかと問う皆を無視して、魔女ヴィータは俺に言葉を続けた。

 

「クロウを助けたいなら、意識を失わないことね。今から唯一望みがある場所に転移するわ。あなたはその間、意識を失わずにオルディーネの準起動者達……クロウの友人達との霊力のパスを保ち続けなさい」

 

 何一つ意味が分からなかったが、魔女ヴィータはそう言った。そして理屈も仕組みも理解できないが、トワ会長、アンゼリカ先輩、ジョルジュ部長がARCUS経由で応援してくれているような幻聴が聞こえた。

 

「この二人は、今日ここで死んだわ。無駄な希望は持たないことね」

 

 Ⅶ組の皆の心配する声を魔女ヴィータがはっきりと否定するのを聞きながら、光に包まれたかと思えば気づけばクロウ先輩と魔女ヴィータと共に、森の中に移動していた。

 

 そして、魔女ヴィータはすぐに戻るから絶対に気絶するなと言い残し、俺達を残して去って行った。

 

 あれからどれだけ時間が経ったのか。

 徐々に意識が朦朧とする中、どうにか動く手で日記を書いて意識を保つ。

 

 俺は、もう死なない。

 そして、クロウ先輩も死なせない。

 

 この内戦で俺は無力だった。多くの人が死んでいくのを、どうすることも出来なかった。

 だからクロウ先輩と俺の命だけは、絶対に救ってみせる。

 

 意識を保つだけでクロウ先輩を救えると言うのなら、何日だって耐えてみせる。

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