凡人の軌跡   作:kuku_kuku

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放浪編:七耀暦1205年3月

 ========= 七耀暦1205年3月9日 =========

 

 俺とクロウ先輩は、内戦終結の折に死んでしまった。

 

 『十月戦役』と呼ばれる二ヶ月間に渡る内戦は、囚われていた皇帝陛下を救い出し、首謀者を捕らえた二人の英雄の力によって終結。

 

 内戦の首謀者は、内戦を隠れ蓑に陛下を殺害し、自らが帝国の支配者へと成り代わろうとしていたカイエン公爵。

 英雄の一人は、正規軍と協力し、最新鋭の機体『灰の騎神』を駆って帝国東部を内戦から解放し、首謀者を捉えることで内戦を終わらせた『灰の騎士』リィン・シュバルツァー。

 そして英雄の片割れは、貴族連合に所属し、『蒼の騎神』を駆って帝国西部の安寧を守り、そしてもう一人の英雄と協力して貴族連合をも欺いていたカイエン公を捕らえた『蒼の騎士』クロウ・アームブラスト。

 

 二人の英雄はこの内戦がカイエン公に仕組まれたものであったことを突き止め、最後には『蒼の騎士』の犠牲のもと、見事にカイエン公が秘密裏に用意していた大量破壊兵器を破壊。そうして、『十月戦役』に終止符が打たれた。

 

 と、世間一般的にはそう言うことになっているようだった。

 

 そして、世間一般的では無い真実としては、以下のようなことになっているらしい。

 

 カイエン公の暴走によって出現した『終焉の魔王』を倒し、核となっていたセドリック皇子を救い出したあの後、致命傷を負った俺とクロウ先輩は魔女ヴィータ・クロチルダによって運び込まれた専門の施設で治療を受けた。

 しかし、二週間後にはその甲斐もなく両名とも命を落とし、魔女の手によって両名の遺品としてARCUSが士官学院の生徒たちの元へと返還された。

 

「……で、だ。結局、あの後、実は生きていた『鉄血宰相』ギリアス・オズボーンの野郎によって、内戦のゴタゴタは綺麗に片付けられ、その勢いのままクロスベルまで併合。おまけにクロスベルの総督には実はこっちも『鉄血の子供たち』の筆頭だったつーオチのルーファス・アルバレアが就任。ま、内戦が終わって蓋を開けてみれば、この内戦を本当に仕組んだ奴が誰だったかなんて一目瞭然だな。貴族派はカイエン公がほぼ全部の罪を被ったとは言え大幅な弱体化。貴族連合に消耗させられた革新派以外の正規軍と、避難民の救済やら何やらで相当な資金を吐き出しちまった中立派勢力も弱体化。俺の半生を賭けた奴とのゲームは俺の完敗。そして帝国全土を巻き込んだゲームでも、結局はオズボーン一派の総取りってのが結末だ」

 

「さらに補足すると、私達『結社』の計画も、彼に奪われてしまったわ。内戦という闘争を糧に生み出された場で、蒼と灰によって擬似的な相克を成す。世界を滅ぼさずに事だけを成すための最善手は、呆気なく失敗しちゃったの」

 

 蒼の騎士ことクロウ先輩と魔女ことヴィータさんは、内戦終結から今日までのことを、優雅に紅茶を飲みながら溜息混じりに語ってくれた。

 

 正直目が覚めたばかりでそんな壮大な話しを聞かされたので、内容を理解するのに相当な時間を要した。結局一通り聞き終わって、そもそもの大前提として死んだことになっているクロウ先輩が生きていたことに驚きを覚え、そして俺自身も生きていることに驚いていると「はぁ……ほんとお前は相変わらずだな。そこからかよ。どこかの馬鹿が無茶しやがったせいで、遺言めいた台詞まで吐いちまったクセにこうしてちゃっかり生き延びちまったっつーの」と、クロウ先輩から頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。

 

「実際、あなたもクロウも世間的には死んでるわ。帝都にお墓だってちゃんとあるのだから」

 

 ヴィータさんの補足によると、俺とクロウ先輩は文字通り世間的には死んでいるようだ。内戦時に色々と仕出かしてしまったクロウ先輩のことを考え、ヴィータさんがそうなるように仕向けたらしい。また、正直全てを正しく把握出来ているとは思えないのだが、他にも思惑があっての行動とのことだ。

 

 内戦は無事に終わったが、今回の内戦の根底にある事態はまだ何も終わっていないという。

 クロウ先輩とリィンの騎神。緋の騎神を核として出現した紅き終焉の魔王。そしてそれらを元に結社が成そうとしていた『幻焔計画』と、それを乗っ取ったオズボーン宰相の思惑。

 それらは全て、この帝国の根底にある、女神の至宝に纏わる呪いと祝福によって結びついているのだという。

 

 お伽噺として語られていた、大昔に女神が遣わしたという女神の至宝は実在した。

 帝国にも『焔』と『大地』の至宝があり、至宝の眷属である『魔女』と『地精』たちは至宝の恩恵によって繁栄を謳歌していた。

 しかし時代が進むにつれて二つの眷属たちは争い始め、人々の闘争という願いに応えた至宝もまた争い、その果てに二つの至宝が混ざり合うことで『鋼』の至宝『巨イナル一』が錬成された。

 だがそれは到底人の手に負えるような代物ではなく、魔女と地精は協力して鋼の至宝を灰、蒼、緋、紫、銀、金、黒の七の騎神に分けて封印することで、平和を取り戻した。

 

 だが、鋼の至宝に纏わる話はそれで終わりではなかった。

 騎神の一体である、黒の騎神『イシュメルガ』は、長い時間の中で悪意を伴う意思を持つようになった。イシュメルガの目的は唯一つ。七体に別れた騎神を争いの果てに一つに再錬成し、自らが『巨イナル一』に至ること。

 至宝の再錬成には途轍もないエネルギーを要し、鋼の至宝が生み出された時と同じく、それは人々の闘争という強い願いによってのみ成される。

 故にイシュメルガは長い年月を賭して、帝国全土に争いを呼ぶ呪いをばら撒き、人々を争わせ、騎神の相克を果たすためのステージを作り上げようと画策してきたのだと言う。

 

 その途轍もない計画の名は、『巨イナル黄昏』と呼ばれている。

 

「結社の……いえ、私が主導した計画は、『巨イナル黄昏』を介さずに擬似的に、内戦という釜で蒼と灰による相克を成し、巨イナル一を再錬成することだった。だけど今、その計画はギリアス・オズボーンに乗っ取られたわ。イシュメルガの呪いに侵されたギリアス・オズボーンは、この先間違いなく帝国の外へと争いを広げ、この大陸全土を巻き込んで『巨イナル黄昏』を完遂させるでしょうね。まあ、一言で現すなら、それが世界の終わりね」

 

「だが、まだ手はある。『巨イナル黄昏』には、俺とオルディーネの参戦も必要になってくる。この先どう動くにしろ、死んだはずの俺達の存在は切り札に成り得る。だからこそヴィータがこうして世界中を欺いて俺を匿うついでに、巻き込まれたお前も一緒に殺されちまったってわけだ」

 

「そうね。私はこの先、おそらく結社を抜けることになるわ。目的は一緒だけど、その過程に同意は出来ない。まだ最終判断は下されていないけど、結社はオズボーン宰相と組んで、世界の表ではゼムリア大陸全土に侵略戦争を仕掛け、裏ではその闘争をもって『巨イナル黄昏』を完遂させることになるでしょうね。だから私は、それを阻止するつもりよ。表からは、ある人物と組んで帝国の侵略を防ぎ、裏からは旦那様と協力してイシュメルガを討ち、鋼の至宝を安全な状態で再錬成する」

 

 ヴィータさんとクロウ先輩は、まるで出来の悪い物語のような真実をそう締めくくった。

 そして、これからの事を俺に問いかけて来た。

 

「それで、あなたはどうしたいのかしら? 選択肢は三つよ。一つ目は、私の表側の協力者の下で、ギリアス・オズボーン率いる帝国と戦う道。これが一番オススメね。協力者の子からも、西部戦線の狂犬としてのあなたに話が来ているわ。一部の住民からは随分と感謝されているようだから、あなた程度の個人戦力では何一つ役に立たないこれからの激動の時代において、戦い以外で人の役に立てる合理的な道よ。二つ目は、このまま日常に戻る道。表側の協力者に頼めば、色々と取り計らってくれるわ。灰の起動者やその仲間たちの下に戻り、この終末のお伽噺を、内戦の時みたいに仲良く第三勢力として戦い抜く道。こっちも、まあ、良いんじゃないかしら? オリヴァルト皇子やⅦ組の子たち、その協力者たちには、私はこれでも結構期待しているの。そして三つ目は、私やクロウに協力し、裏の世界で至宝を巡る戦いにその身を投じる道。正直、これは私が反対ね。私の旦那様を助けてくれたことは感謝しているわ。だけど今更あなた一人が加わった所で、足手まといにしかならないわ」

 

 示された選択肢はその三つだった。

 クロウ先輩を見ると「こいつの毒舌は気にすんな。お前が何をしたいのか考えて、その上で納得できる選択をしたんなら、俺はそれを尊重するさ」と苦笑していた。

 

 少し悩んだが、答えは意外とすぐに出た。

 

 一つ目は、嫌だった。

 ヴィータさんの言葉を信じれば、今度は内戦以上の戦争が世界規模で発生するのだろう。

 俄には信じ難いが、至宝の『呪い』によって強制的に戦わされる帝国の人を殺して、世界を守る。呪いだが何だか知らないが、戦いたくもないのに戦わされていた人たちは、内戦で嫌と言うほど見てきた。だから、嫌だ。

 

 二つ目を選ぶには、俺は無能だった。

 俺には、力も、権力も、財力も、後ろ盾も、技能も、何もない。そんな俺が第三勢力として何かを成せるとは、到底思えなかった。

 

 三つ目を選ぶにしては、あまりにも無力だった。

 騎神や、その他の超常的な力に立ち向かえるだけの戦力が、俺にはない。

 

 だから、俺に選べるのは四つ目の選択肢だけだった。

 今度は内戦の時とは違う。理不尽な戦いに巻き込まれる人達を守る。戦いたくないのに理不尽に戦わされる人たちも、等しく守る。そしてそれを成せるだけの力をつける。

 

「ちょっと……真面目に考えてるの? 今は真剣な話をしてるのよ? 戦いたくない人を守るって、だからそれはイシュメルガの呪いが元凶で、その元凶をどうにかしないとダメだって聞いていなかったの?」

 

 ヴィータさんからはそう苛立ち気味に呆れられたが、だけど今の俺に出来ることは本当にそれしかないと思うのだ。それに呪いと言っても、抗う方法はあるはずだ。呪いが絶対的な力なら、すでに事は成されているはずだ。

 

「まあ、人の本能に働きかける呪いのようだから、絶対的なものと言うわけではないわ。直接乗っ取られでもしない限りはね。だけど、人の闘争の理由なら、それこそ腐るほどあるわ」

 

 戦いたいと思っている人間は、俺を含めて勝手に戦えばいいと思う。だけど、そう思っていない人間だっている。婆ちゃんやトワ会長みたいに、戦うことから目を背けなくても、それでも戦うことを忌避して、自らが傷ついてでも戦わない選択肢を選ぶ人だっている。だから、望まぬ戦いを理不尽に強制される人のために、代わりに俺が戦う理由を奪ってでも戦いを止める。

 

「……正直、落胆したわ。あなた、狂犬なんて呼ばれてるくせに、頭の中はお花畑なのね? 確かに闘争の理由を一つ一つ潰せば、呪いが呪いとして成立はしなくなるわ。だけどそれが」

 

「いいと思うぜ、俺は」

 

 完全に怒りを露わにしたヴィータさんを遮って、クロウ先輩がそう言ってくれた。

 

「前にも言っただろ? こいつは馬鹿だって。だけど一度決めたら死んでもそれを貫き通す馬鹿だ。内戦の時だってこいつは、俺を含めたダチを全員守って、その上で一人でも多くの人たちを救うなんて、今時そこらのお子様だって言わねえようなことを宣言して、事実、本当に俺も、数なんてそれこそ数えれるほどだろうが、それでもラマールの一般人も、軍人も救っちまいやがった。だから、こいつはやると言ったらやるさ。いいじゃねえか。お前の協力者が表から、俺とお前と婆様達が裏から、そしてあいつらが第三の道から。この巫山戯たお伽噺を演じる役どころは、それでもう満席だろ? 俺達がどこかで見ないようにしていた舞台の外に、こいつは自ら進んで降りるって言ってんだから」

 

「だけど……! ……まったく……でも、まあ、そうね。どの勢力にいてもいなくても、大局には影響がないのは確かだものね。少し待ってなさい。表の協力者にも、一応そう伝えておくわ」

 

 ヴィータさんはそう言い残して、俺が寝かされていた寝室の外に出ていってしまった。

 クロウ先輩は起き上がれるなら風呂に入ってこいと着替えを渡してくれて、「悪いな。だけどあいつも、ああ見えてもお前のこと心配してくれてたんだぜ」と続けた。

 温泉があるとのことで建物から出て、不思議な町並みを見ながらクロウ先輩に連れられて歩いていると、ヴィータさんが「待ってなさいって言ったの、聞いてなかったのかしら?」と後ろから声をかけてきた。

 

「協力者からの伝言よ。『たかが何の力もない一人の人間が小さなグラスで大海の水を掬い出そうとする行為に、私は意味を見い出せません』とのことよ。まあ、それが普通の反応よね」

 

 とのことだった。

 

 その後、一人で露天風呂に入って身支度を整え、俺が寝かされていた家に戻ると食事が用意されていた。そして、小さな金髪の女の子がはしゃいでいた。

 

「おお! 婿殿婿殿! 妾のペットが戻ってきたぞ!」

 

「だから婆様、もう飼い主はいるって説明しただろ? それにたまに思い出したかのように餌やるだけじゃあ、飼い主とは言えねえって」

 

 そして、クロウ先輩と意味不明な会話を繰り広げていた。本当に解せない。

 

 意味不明なまま食事をする事になれば、何故かしきりに流動食をスプーンに掬って俺に食べさせて来ようとする少女。聞けば、その少女が委員長とヴィータさんの育ての親で、『焔』の眷属、魔女の長であるローゼリアさんだという。

 何でも俺とクロウ先輩の命を救ってくれた恩人で、ここ最近、たまに薄っすらと意識を取り戻しては暴れていた俺を気まぐれに押さえつけては、介抱もしてくれていたのだとか。

 

「……うなされながら暴れるあなたと遊んでるうちに、何か野良犬を手懐けた達成感のようなものに浸っちゃったみたいでね。気まぐれに世話をして行っては喜んでるのよ」

 

「うるさいぞ放蕩娘よ。妾はちゃんと世話してる。ちゃんと飼える」

 

「自分の食生活もままならない人が何を言ってるんだか。エマが出ていってから悲惨な生活送ってたようじゃない!」

 

「これからは婿殿が世話してくれるから問題ないじゃろうが! 婿殿のハンバーガーがあれば妾は生きていける!」

 

 女神の至宝の話もそうだが、情報量が多すぎて嫌になる。本当に色々と解せない。

 

 少し気にはなっていたがクロウ先輩が何故、旦那様や婿殿と呼ばれているのか聞いてみると、

 

「あー……その、なんつーかな。ヴィータと婆様は喧嘩しててな、最初は俺とお前の治療にも乗り気じゃなかったようなんだ。で、ヴィータの奴が血迷って、俺のことを自分の旦那だから身内と思って助けろなんて言っちまったみたいで……」

 

 気がつけばクロウ・アームブラストは死んで、クロウ・クロチルダになっていたという。

 

 この辺りで頭が痛くなってきて、一度寝ることにした。

 

 目が覚めて状況整理のために日記に書き起こしていたが、やはり各方面全体的に意味不明な状況だ。

 

 もう一度寝よう。

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 ========= 七耀暦1205年3月15日 =========

 

 この数日で、学院の皆の様子と、俺自身の状態について整理できた。

 

 先ず、学院は平穏を取り戻したようだ。授業も再開され、リィンを除く皆は日常を取り戻している。

 リィンに関しては英雄としてオズボーン宰相に利用される立場になってしまったようで、帝国が吸収したクロスベルを巡る共和国との戦いに英雄『灰の騎士』として駆り出されていた。

 リィンのことは心配だし、クロスベルの情勢についても不安が残るが、それでも皆が無事に生きて日常に戻ったことはこの上なく嬉しい。

 

 そして俺は、まるまる二ヶ月以上も寝ていたため、体が相当弱っていた。

 クロウ先輩と軽く試合をしたり、俺達が保護されていた魔女の隠れ里エリンにある遺跡で魔獣と闘ったりして、ある程度リハビリを終えた。

 ロゼさんとヴィータさんの魔法のおかげで幸いな事に後遺症はなく、内戦時に無茶をしたため寿命が減った程度で、それ以外は以前と変わらずに戦うことができる。

 

 そしてこの先のことを考えて、先日ロゼさんに魔法を教えてくれないかとお願いをして、今は魔法の修行に取り組んでいる。

 一度死にかけたこともあってか、霊力を感じることが出来るようになったため、少し望みがあるようだ。

 

 体調が万全の状態に戻れば、先日決めた通り、俺はこの先の超常的な動乱においても戦えるようになるために、先ずは可能な限り強くなろうと考えている。

 クロウ先輩とヴィータさんによると、クロスベルのことが落ち着いた今、次の大きな戦いまでには多少の猶予があるとのこと。

 そのうちに、少しでも強くなろうと思う。

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 ========= 七耀暦1205年3月23日 =========

 

「才能、まるでないのう。無理じゃ。諦めろ」

 

 最初は乗り気で教えてくれていたロゼさんから、十日も経たずに修行を打ち切られた。

 霊力は見えるし、感じられる。だが、それを術として構築することが全く出来ない。

 

 それでも修行を続ければ、どうにかなるのではないかと食い下がってみたが、

 

「言ったじゃろう、才能がないと。数年頑張れば手品程度のことなら出来るようになるかも知れんが、それがこの先、何の役に立つ。それならまだ武術を極め、唯一出来るようになった霊視をもって、術の核を破壊できるようになった方が余程建設的じゃ。霊力も魔力も導力も武術家の操る闘気も、根源を辿れば同一のもの。練り上げる過程と生じる結果の規模が異なれど、辿り着く所は同じじゃ」

 

 そう切り捨てられた。

 

 だが、学んだことは無駄ではなかった。

 ロゼさんの言う通り、魔法についても、要は導力器と同じだ。

 術式は回路で、導力は霊力。そして回路を壊せば導力器が止まるのと同じく、魔術も止まる。

 そして霊力も気も、根源は同じ。見て感じられるのであれば、発勁によってそれを打ち砕くことは可能だった。

 

 やってみろとロゼさんが発現させた簡易的な結界を、発勁によって破壊する。

 以前は苦しめられた結界を、簡易的なものとは言え、破ることが出来たことは大きな前進だった。

 

 そして、この数日で完全に以前と同じ以上に動けるようにもなった。

 

 クロウ先輩との稽古を終えてそれを実感したので、急ではあるが俺は明日には隠れ里から出ることに決めた。

 このまま生きていることは隠して、爺ちゃんを探す。そして以前言ってもらった通り、修行を再開してもらう。

 

 そのことを訓練終わりにクロウ先輩に話した後、共に温泉に入りながら体をほぐしていると、クロウ先輩が謝ってきた。

 

「悪いな。俺の都合にお前も付き合わせちまって。お前が選んだ道なら、別に生きてることを隠す必要はない。本当ならトワたちに会いに行きたいだろ?」

 

 トワ会長に、皆に会いたいのは事実だが、世間的には死んでいる方が動きやすいことは確かだ。だが、嘘をつくことになるのは申し訳ない気持ちになると、そうクロウ先輩に返せば、

 

「あいつら三人と、たぶん三人を通してⅦ組の連中も、俺とお前が生きてるって気づいてるぜ。俺達の治療が間に合ったのは、ARCUSとオルディーネを通してあの三人が俺達に霊力を分け続けてくれたからなんだとよ。俺が目を覚ました段階で、ヴィータがARCUSを遺品として持って行ったんだが」

 

 笑いながら「その時ゼリカの奴なんて、『二人に首洗って待ってろと伝えてくれたまえ』なんて言いやがったらしいぜ」と恐ろしいことを教えてくれた。

 正直、ほとぼりが冷めるまでは帰らなくてもいいかとも思った。

 

 クロウ先輩の結婚の報告をすればアンゼリカ先輩に殴られずに誤魔化せるだろうかと言えば「それはそれで俺がぶん殴られそうだな……。死んだふりして実は結婚して楽しくやってましたなんて知られたら、それこそ本気で殺されちまう」と、クロウ先輩は真面目な顔で悩み始めた。

 

「ま、何か『蒼の騎士』なんて都合のいい名前だけ独り歩きしちまってるが、全部終わったら正式に出る所には出るつもりだ。ヴィータには悪いが、それがケジメってもんだろ。もしも刑務所から出て来られたら、約束通り改めてお前らにぶん殴られてやるよ。都合の良い話だが、それでチャラにしてくれや。そんでその後に、また前みたいにあいつらやⅦ組の連中と集まって、今度は酒でも飲もうぜ」

 

 ここ最近あまり元気のなかったクロウ先輩は、まるで学院にいた時の様ににそうやってふざけた様子で笑った。

 

 

 

 追記。

 

 夕食後に「お世話になりました。明日にはここを出て、剣の師匠を探します」と伝えれば、ロゼさんに「家出か!? 妾のせいか!? それとも新婚のこやつらに気を使ってか!? 妾だって我慢しとるんじゃから、それくらい我慢せい!!」とごねられた。

 ヴィータさんは頭を抱えていた。

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 ========= 七耀暦1205年3月25日 =========

 

 餞別を渡すから数日待てというロゼさんに止められる形で、出発が二日遅れた。

 ロゼさんは魔法を使って爺ちゃんの居場所を突き止めてくれた上に、俺を別人に錯覚させる魔法がかかった眼鏡と、様々な加護がついた服、一度だけ転移術を使うことが出来るお守りを持たせてくれた。

 

「婆様、甘やかしすぎじゃないかしら……?」

 

「お主にもエマにも旅立ちの時には色々と持たせてやったじゃろう? お主の旦那の命を救った恩人なんじゃ。それくらい当然じゃろう。むしろ何も準備してない放蕩娘の教育を間違えたと後悔しておるわ」

 

「ぐっ……こんな時だけ正論を……。いいわよ、これを持っていきなさい。霊力をこめて念じれば、私に伝わるようになってるわ」

 

 ヴィータさんは、新しいARCUSと、青い大きな羽を持たせてくれた。聞けばヴィータさんの使い魔の羽なのだとか。

 

「俺からはこいつだな。いくらその眼鏡があっても、見るやつが見れば戦い方でバレちまうこともある」

 

 そしてクロウ先輩からは、学院生としてのクロウ先輩が使っていた愛銃の片割れを渡された。

 

 三人には、この十日間本当にお世話になった。

 ヴィータさんとロゼさんに至っては、命まで救ってくれ、その後根気強く二ヶ月以上も看護して頂いた。

 

 改めて今までの感謝を伝えると、ロゼさんと、そしてヴィータさんまでも涙ぐんでいた。

 この人たちは、本当にいい人だ。

 

 明日からは、久しぶりの徒歩での一人旅だ。

 予定通り行けば、五日でかつての家に、爺ちゃんの仮住まいに到着する。

 

 爺ちゃんは、怒るだろうか。

 せっかく示してくれたトールズという道なのに、死んで中退という中途半端な状態で辞めてしまった俺を。

 卒業したら修行をつけてくれるという約束だったが、中退の場合でも大丈夫なのだろうか。

 

 心配だ。

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2.5部編を始めるにあたり、年を跨くと各話のタイトルでごちゃごちゃしてることに気づいてしまったので、全話のタイトルを年を入れたものに差し替えました。
 ※内容は変わっていません。
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