========= 七耀暦1205年9月15日 =========
帝国とノーザンブリア自治州の間で、戦争が始まりそうな状態らしい。
事の発端は、内戦時に猟兵団『北の猟兵』がアルバレア公爵の命令によってケルディックを焼き討ちにした事に遡る。
ケルディックの一件に対して、帝国政府、いや、オズボーン宰相が実行犯である北の猟兵と、その母体であるノーザンブリア自治州に対して多額の賠償請求をした。
もちろん北の猟兵団とノーザンブリア自治州は同一の組織では無い。しかし、過去の災害によって崩壊したノーザンブリア自治州の経済は、実質は、元ノーザンブリアの正規軍であった北の猟兵の国外での活動とその利益によってどうにか成り立っている状態であるため、二つの組織は表裏一体と言える。それ故に、宰相は自治州へとその責を問うたのだ。
しかし、経済崩壊しているノーザンブリアに多額の賠償金を払えるはずもなく、自治州内で勃発した議会と猟兵団の一悶着の末、帝国からの請求を跳ね除ける結論に至った。
それに抗議する形で、オズボーン宰相がノーザンブリアに攻め入ろうとしている、と言う経緯だ。
ケルディックの件は、実行した猟兵団側にも一応責はあるのだろうが、それでも実際に命令を下したのがその地の領主であったアルバレア公爵なのだから、言い掛かりも甚だしい。
さらにノーザンブリア侵攻に投入される戦力として、正規軍ではなく、旧貴族連合が予定されているらしい。
内戦の後、ラマール州の海上要塞に籠城していた旧貴族連合総司令官『黄金の羅刹』オーレリア将軍、『黒旋風』ウォレス将軍達に、領邦軍存続を条件にノーザンブリアの攻略を引き受けさせたのだ。
年初にはクロスベルを併合して、今度はノーザンブリアまでもを支配下に置こうとしている。
その上、オズボーン宰相に敵対する旧貴族連合の戦力を有効活用して、あわよくば弱体化まで図った上でだ。
あまりにも強引かつ、筋の通らない侵略戦争だと思う。
だが、今の帝国ではそれが成り立ってしまう。
念話で事情を教えてくれたロゼさんは「これもまだ本格的な『巨イナル黄昏』ではないじゃろう。一端であることは確かであるが」と言っていた。
ここまでの事態になっても、まだ呪いの『一端』でしかないのだ。嫌になる。
帝国とノーザンブリアの戦いには、俺も参加しようと思う。
戦争に巻き込まれる民間人を一人でも多く助け、そして呪いによって理不尽に戦わされる軍人を一人でも多くどうにかする。
『呪い』に関しては具体的な策はないが、それが放置して良い理由にはならない。
とは言え、まだ修行の終わりが見えない中、何の打開策がないまま戦場に行っても無意味だ。
先ずは修行を完了させる。そして、俺に何が出来るかを考え続けよう。
追記。
夜中、ノーザンブリアに行こうと思ってる事は隠して、駄目元で爺ちゃんに呪いのことを相談した。爺ちゃんの剣であれば、呪いであっても切れるのではないかと聞いてみたが、
「そう都合良く斬れる訳ないじゃろうが。しかし、己の魂を侵す呪いなのであれば、その者の魂の在り方によっては押さえ込むことも、引き剥がすことも不可能ではない。それには先ず、その本質に向き合い、識る必要があるがの」
とのことだった。
本質に向き合う。
色々と考えてみたが、見たことも体感したこともない『呪い』の本質なんて、分かるはずもない。
今まで呪いの被害をどうにかする事だけを考えていたが、先ずは『呪い』そのものと向き合ってみるべきなのかも知れない。
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========= 七耀暦1205年10月19日 =========
アイゼンガルド連峰に篭り始めて、約四ヶ月が経った。
修行は未だ、終わっていない。
しかし、おそらく近いうちに帝国とノーザンブリアの戦いが始まる。
今日、食料を買いにユミルに下りた際、開戦間近だと言う噂が真しやかに囁かれていた。
明日、ノーザンブリアに行く事を爺ちゃんに打ち明けよう。
修行中の身でありながら、しかも国同士の戦争に何の力も無い一個人で向き合う事の愚かさは、自分でも分かっている。
許してもらえないかも知れないが、それでも、これだけが今の俺に出来ることだ。
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========= 七耀暦1205年10月20日 =========
「ならぬ。漸く八葉の基礎を一通り修め終わった段階。まだそれを己の動きに落とし込めてもおらん。『理』など遥か遠く、達人級にも至らぬ身で何が出来る」
爺ちゃんに『呪い』と戦うためにノーザンブリアに行くと伝えれば、一言で切り捨てられた。
だけど、俺はこの時のために爺ちゃんに鍛えてもらったのだ。己の弱さは十分に理解しているが、ここで動かなければきっと俺は一生後悔する。
そう伝えると、「ならば儂を納得させて見せろ。無力なお主を戦場に送り出し無駄死にさせたとなれば、儂とて死んでも死にきれんわ」と、爺ちゃんは溜息を吐きながら剣を抜いた。
この七ヶ月、爺ちゃんが留守にしていた十数日を除いて、ほぼ毎日手合わせをしていた。
その経験もあって、以前では到底考えられなかったが、今ではある程度は試合の体を成せるようになっていた。
体術の修行のため、今日までは手合わせでは使用を控えていた二丁の拳銃も使い、何合も打ち合った。
修行を始めた最初の頃は、実戦の中において俺の薄皮一枚だけを斬り裂く離れ業をやってのけながら手を抜いていた爺ちゃんも、今日ばかりは、ある程度本気で戦ってくれたように思う。
完全な真剣勝負とまでは行かないが、それでも気を抜けば本当に腕の一本程度は切り落とされるような殺気を以って、戦いに臨んでくれていた。
最終的に、何度目になるか分からない剣と拳の衝突の末、両者とも僅かに体勢を崩した。
爺ちゃんはそれを好機だと判断し、鋭く一歩踏み込み、上に弾かれた刃を再度振り下ろしてきた。
対する俺も狙いは同じで、受けた衝撃を螺旋の動きに転換して抜き放った小太刀で迎え撃った。
結果は、居合いを放った小太刀ごと切り裂かれた、俺の敗けだった。
「ふむ……まあ、よかろう。合格じゃ。よくぞ儂の刀に傷を入れたと、一応褒めておこうかの」
しかし勝敗とは別に、ほんの僅かに欠けた己の太刀を確認しながら、爺ちゃんはそう言って笑った。
そして、お守り代わりに爺ちゃんが持たせてくれた小太刀を折ってしまって、落ち込んでいた俺の頭を撫でて、
「後で手厚く供養してやるがよい。それも名刀であった事は確かじゃが、その役割はもう十分過ぎるほど果たした。最期までお主の命を守れたのは本望じゃろう。今日からは其奴の代わりに、これを持って行くが良い」
爺ちゃんは荷物の中から一本の小太刀を取り出して、俺に渡してくれた。
「その手甲と同じ鉱石で名匠が鍛えた一刀じゃ。銘は『無月』と言う。お主のために打ってもらった一振りじゃが、まあ、これもまた巡り合わせじゃろう」
受け取った小太刀は、驚くほど手に馴染んだ。そして、素人目に見ても名刀だと分かる程の代物だった。
「二年前にお主に授けた『残月』は、守りの型。真に大事なものを見極め、守るための剣じゃ。しかし、既に生涯を賭して守るべき者を定め、今やそれ以外の者にも手を伸ばそうと足掻くお主には、もう『残月』は不要じゃろう」
どこまでも優しい眼差しを俺に向けて、爺ちゃんは言ってくれた。
「お主には確かに、力も才もない。儂が八葉の後継として見込んだリィンのように、『無明の闇に刹那の閃きをもたらす剣』にはなれん。じゃがお主は、無明の闇、光遮る曇天にあっても、例え届かないと識りながら、それでも愚直に世を照さんとする月の如き強さを持っておる」
その在り方は、小太刀の銘と同じじゃ、と爺ちゃんは続けた。
「八葉を捨て、その上で八葉の基礎を修めたことで、お主が愚直に鍛え続けた居合いもまた、泰斗や他の戦術と同じく確固たる別の技として昇華された。無手の間合いを逃れた先には隠れた刃があり、その刃が脅威であるからこそ、また無手も深まる。それまさしく無刀にして『無月』。お主の進むべき道は、もう見えておるじゃろう。あとは実戦で練り上げるが良い」
最初から俺がノーザンブリアに行こうとしていることなど、爺ちゃんはお見通しだったのだ。
ゼムリアストーン製の小太刀まで用意してくれていた上に、色々と融通してくれる商人がルーレに滞在している事も教えてくれた。小太刀を届けてくれたのも、その商人なのだとか。
何から何まで、本当に爺ちゃんには頭が上がらない。
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========= 七耀暦1205年10月21日 =========
爺ちゃんが教えてくれた商人は、クロスベルを拠点にしていると言うブローカーの少女だった。
ルーレで連絡役を務めていたジンゴという女の子に、夜中に街道の外れで小型の飛空艇を止めて待っているからと聞いて来てみれば、ジンゴ本人がブローカーとして出迎えてくれた。
これが商品だと見せてくれたコンテナの中には、対戦車ライフル、ロケットランチャー、各種爆弾類、弾薬。そしてあまり店には並ばない高価な薬まで、ありとあらゆるものが揃っていた。
使えそうな物を端から物色していると、「お客、猟兵って訳でもなさそうだし、一人で戦争でもおっ始めるつもりかー?」と、ジンゴがそう興味深そうに訪ねてきた。
間違えてはいなかったので、似たようなものだと返せば、「変なやつだなー」と笑われた。
聞けば十一歳でブローカーをやっていると言う変人に言われたくない。全く持って解せない。
買いたい物は色々あるが、ノーザンブリアに密入国する事を考えれば、あまりにも荷物が多すぎてもどうしようもない。
そう思って悩んでいると、ジンゴが「ルーレで手に入れたんだが、こいつなんてどうだ? 内戦時にも小回りを活かして単身で敵陣に自滅覚悟で特攻かけて離脱するなんて、そんな頭のおかしいお手軽自爆テロ戦術として、秘密裏に試験運用されてたっつー曰く付きの代物だぞー」と、奥に連れて行ってくれた。
「都市伝説はともかく、春に一般販売される量産前の試作車だから、そこそこレア物だぞ―。まあ、軍には既にそこそこの台数配備されてるし、裏ではすでに結構な台数がもう流れてるから、激レアって訳ではねーけどなー」
カバーが取り払われたそこには、バイクがあった。
迷わずに購入したいと伝えれば、「ちょっとした冗談だったのに、お客、本気かー? その都市伝説だと、内戦でこいつを使ってた奴は頭のおかしい狂人で、その時の無茶が祟って死んじまったって話だぞー? ま、ジンゴは別に止めねーけどなー」と言われた。
解せない。都市伝説でもないし、内戦で使っていたのは俺だし、死んでもいないし、別に俺の頭はおかしくない。いや、確かに死んだ事にはなっているが。
武器や装備一式と、バイクの代金の支払い時にこの七ヶ月、魔獣との戦いで大量に集まったセピスを出せば「手数料分はしっかり貰うかんなー。まったく、現金で払えよなー。しかも若干足りてねーしよー。絶対に返しに来いよー」と怒られたが、どうにかノーザンブリアに行く準備が整った。
ジンゴと別れた後、街道から外れて試運転も兼ねてノーザンブリア方面にバイクを走らせた。
ジョルジュ部長のバイクほどではないが、なかなかいいバイクだった。
夜にはクロウ先輩、ヴィータさん、ロゼさんに念話で現状報告をした。
「お前な、バイク買ったって、そんな販売前のもんに乗ってたら目立っちまうじゃねえか!」
「ふふん! 安心せい、婿殿。こんなこともあろうかと、妾がプレゼントしたローブには隠形の術式を編み込んでおる。移動に使うだけなら十分じゃろう。ただし戦闘時には意味をなさんから気をつけるんじゃぞ」
「クロウも婆様も、先ずは無計画にノーザンブリアに行くことを止めなさいよ……。いい? 何があっても今回は私達は手助け出来ないわよ? ノーザンブリアの件は結社も一枚噛んでいるから、まだ完全に結社から抜けた訳ではない現状、干渉はしないわ。クロウも、まだ今は表に出るわけには行かない。何より私達は今リベールにいるから、そっちに行くことが出来ない。安全なルートくらいは教えて上げられるけど、それしか出来ないわよ?」
と、色々と心配や助言をもらった。三人からは、危なくなったら迷わず御守の転移術を起動して逃げろと、繰り返し何度も忠告された。
明日からは、ヴィータさんが教えてくれたルートでノーザンブリアに入り、情報収集を始めよう。
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========= 七耀暦1205年11月2日 =========
クロウ先輩たちからの情報によると、明日、オーレリア将軍とウォレス将軍が率いる100からなる機甲兵部隊が、国境であるドニエブル門を突破してノーザンブリアに侵攻を開始するようだ。
ノーザンブリアには既にサラ教官を含む高位遊撃士が派遣され、各地で住民の避難が始まっている。だが、まだ全ての地域、とりわけ首都ハリアスクの避難は全く終わっていない状態らしい。
民間人の保護に素性も分からない俺が協力しても、意味がないどころか邪魔にしかならないだろう。
ARCUSでサラ教官に避難状況を聞いた所、「あと二日……いえ、一日は欲しいわね。それで少なくともキルヴァとリヴィリはどうにか……って、あんた何でノーザンブリアまで通信が……あ、待ちなさい!」との事だった。
だから俺は、オーレリア将軍の部隊と戦うことにした。
北の猟兵は結社と手を組んでおり、多数の人形兵器で各地の守りを固めている。
しかし人形兵器と機甲兵では、機甲兵の戦力が圧倒的に勝っている。
西部戦線を全て掌握したあのオーレリア将軍が指揮する部隊なら、たちまちその守りを突破してしまうだろう。
元より国力、軍事力の差は歴然。端から勝敗が分かりきっているこの戦争において、俺がやるべき事は以下の二つだ。
一つ。機甲兵部隊と戦い、住民の避難が完了するまでの時間を一秒でも長く稼ぐこと。
二つ。帝国を蝕む『呪い』を見極め、それによって戦わされている帝国人がいるのなら、どうにか戦いを止めさせる。
何もまともに準備が出来なかった、内戦の時とは違う。
俺自身も、少しは強くなれた。
対機甲兵用のライフルやロケットランチャーも用意した。
これで多少なりとも、『呪い』に対峙する大前提である戦場で戦えるはずだ。
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========= 七耀暦1205年11月3日 =========
想定通り、ドニエブル門はたった半日程度で攻略されたようで、機甲兵部隊は小都市キルヴァへと続く街道を進軍して来た。
用意していたロケットランチャーを全て撃ち込み、街道に予め設置していた煙幕で視界を塞ぎ、爆弾で追撃した。
しかし流石の練度で、部隊は大した動揺も見せずに素早く迎撃のための陣を展開し直した。
しかし歩兵一人による奇襲とは思ってもいなかったのだろう、煙幕に紛れて容易く接近し、一機に発勁を打ち込んで無力化する事が出来た。
だが、順調に行ったのはあくまでもそこまで。
後は何十機もの機甲兵に囲まれ、まともに攻撃に移ることも出来ず、どうにか致命傷を避けながら防戦に徹することしか出来なかった。
十分程度粘った所で、部隊の大半は伏兵もおらず危険もないと判断したようで、キルヴァ方面へと進軍を再開した。
残ったのは五機と、金色の機甲兵のみ。
黄金の機甲兵にはオーレリア将軍が乗っていたようだが、参戦はせずに俺と残りの五機の戦いをただ見守っていた。
その後、一体の機甲兵の脚部の関節を小太刀で断ち切り、どうにか機動力を奪ったが、戦闘が継続できたのはそこまでだった。直撃はしなかったものの、背後から機甲兵の槍の一撃を食らったことで吹き飛ばされた。
これ以上、少数だけをこの場で足止めをしても無駄だと判断して、バイクの隠し場所まで後退して一旦逃げることにした。
しかし、脚部を損傷させた機甲兵が一機だけ小隊から離れ、深手を負った俺に止めを刺そうと追って来た。「深追いの必要はない! 罠の可能性も在ある。一人程度捨て置け」と金色の機甲兵から発せられたオーレリア将軍の声をも無視し、俺に剣を振り下ろしてきた。
それこそが呪いであるようで、霊視によってのみ認識できる黒い靄が、機甲兵の操縦席付近に視えた。
どうにか剣を躱して、機甲兵に何故この大義名分のない戦いに参加したのかと問いかけると、
「軍人として命令に従うのは当然だ! それに貴様ら北の猟兵は我が国の町を焼き討ちにした! 大義ならある!」
そう、怒りに満ちた答えが返ってきた。そして単身奇襲を仕掛けた俺の目的を訪ねて来たため、俺も返した。
ノーザンブリアの人たちが逃げるための時間稼ぎに来た。
本当は戦いたくないと思っている人を、力ずくでも戦えなくするために来た。
帝国に蔓延する歪んだ熱気に当てられ、薄っぺらいでっち上げられた偽物の大義を振りかざし、理由も目的も無く戦う人を止めるために来た。
そう叫び返した俺に、怒りなのか呪いの影響なのか、明らかに鈍くなった太刀筋で機甲兵は剣を我武者羅に振り回し始めた。
機甲兵の巨体はそれだけでも脅威であるが、術理のない剣に脅威はない。
ある程度の負傷は覚悟して剣を受け、隙だらけの懐に潜り込み、損傷していない方の脚部に零勁を打ち込み、完全に機動力を奪う事に成功した。
しかしダメージが大きく、素早くこの場を逃げることが出来なくなっていた俺の前に、単身、剣を抜いたオーレリア将軍が黄金の機甲兵から降りて立ち塞がった。
「どういう仕組みかは理解できないが、先程の動きで確信した。そなた、あの時の狂犬か。一年前から随分と腕を上げた上に、気配もまるで違う。ふふ、面妖だが、今こうして対面してもなお、同一人物だと認識出来ない。狂犬が亡霊として、戦場を求めて地獄の底から這い出て来たという訳か」
そして、俺が生きていることを確信している人間以外は、確実に欺けるとロゼさんが断言した眼鏡の魔術を無視して、俺を俺だと見抜いて来た。意味が分からない。
「そう焦るな。どうせ、十月戦役もこの戦争も一端に過ぎない、大いなる渦の裏側に巻き込まれでもしているのだろう。今はこうして襲撃者とそれを迎え撃つ一軍の将という立場だが、そなたが西部戦線の亡霊であるなら話は別だ。先程の啖呵も聞いた。亡霊の秘密は我が胸にのみ止めておいてやろう。その代わり、せいぜい利用させて貰うぞ」
全てを切り裂きそうな覇気と共に嗤い、オーレリア将軍は剣を納め、視線を背後に向けた。
「今は行くがいい。そして、また戦場で相見えよう。北の猟兵と結社の玩具だけでは、この先の戦いに耐え得る強さと志を持った兵を鍛えるには、熱が足りないと思っていた所だ。そなたと言う薪を戦場に焚べ、その焔をもって我が軍を鍛え直させてもらうぞ。だが、次は容赦はしない。地獄に叩き返されたくなければ、せいぜい足掻くが良い」
それだけ告げて、オーレリア将軍は、今日の奇襲で中破させた計四機の機甲兵から操縦者を回収して、本隊を追って去って行った。
俺には、オーレリア将軍が帝国の裏の現状まで含めて、どこまで見通しているのかは分からない。
だが、あの人は理由もなく戦っている訳でも、呪いに侵されて戦っている訳でもないことだけは分かった。
戦場に来いと言うのなら、こちらこそ望む所だ。
『呪い』に侵された人間がこの戦場にいて、そしてそれを認識出来ることが分かった以上、その人たちを止める事が、俺がやるべき事だ。
少し休憩したお陰で体力も回復出来たし、傷も塞いだ。薬も効いている。
夜襲なら、内戦の時に数えられないほど経験した。
これからが本番だ。
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========= 七耀暦1205年11月7日 =========
今日、オーレリア将軍たちがノーザンブリアの首都ハリアスクを包囲し、戦いは一時膠着状態となった。
北の猟兵が、まだ住人の避難の完了していない都市内に大型人形兵器を展開した上で都市を完全封鎖し、徹底抗戦の構えを取ったのだ。
オーレリア将軍は首都突入まで今日から一週間の猶予を設け、その間に帝国の情報局が北の猟兵との交渉に望むとのこと。
また、情報局の交渉の裏では、決裂時の保険として、サラ教官を始めとする遊撃士と政府からの要請で駆り出されたリィンによる、議事堂を占拠している北の猟兵の幹部拘束作戦が計画されていると言う。
俺に出来ることは、もう何もないだろう。
全財産をつぎ込んでジンゴから買った武器も全て無くなり、ロゼさんの転移術の御守も昨日の戦いで一時離脱する際に使ってしまった上に、さらに今朝の戦いで足の骨も折れてしまったので、もうまともに戦うことも出来ない。
左腕が折れただけなら、まだどうにかなっていたが、足までとなると移動すらままならない。
開戦初日から今まで、幾度と無くオーレリア将軍の部隊と戦い、侵攻の邪魔をし続けた。
とは言え、その効果など無いに等しい速度でオーレリア将軍達はハリアスクまでに存在する都市を攻略し、開戦からたった五日で敵の本陣に王手をかけている状態だ。
住民の避難のための時間を一秒でも長く稼ぐなどと言っておきながら、ほぼその目的は達成出来なかった。
ただ、サラ教官達の活躍によって、将軍たちが攻略した都市における一般住民の被害はほぼ無かったらしい。流石、教官だ。
教官の元生徒として誇らしいし、戦争に巻き込まれ何の罪もない人が死んでしまうなんて事にならず、本当に良かった。
一方で、オーレリア将軍達との戦いで、たった一つだが得た物もあった。
機甲兵部隊や、歩兵部隊の中で、『呪い』と思われる黒い霊力の靄がかかった軍人が二十人程度いた。
そのうちの十人くらいは、戦いを重ねる中で徐々に靄が薄れていくのが視えた。
そして「戦う覚悟のない者は今すぐ武器を捨て戦場を去れ! 覚悟を持たずに剣を振るう愚か者は、たとえ味方であっても我が道を遮る障害にしかならぬ! 故に覚悟も無くこの場に立つ者は、私自らが切り捨てる!」と言うオーレリア将軍の気迫に武器を落とし、完全に黒い霊力が晴れた人もいた。
ヴィータさんは『呪い』が人の闘争を促すと言っていた。しかし同時に、闘争の中でこそ『呪い』を払える可能性があると分かった。
爺ちゃん言う通り、本質に向き合う事が大事なのだろう。
視て、戦って、何となく分かった。
呪いの本質は、『闘争』だ。
だからこそ、オーレリア将軍の闘争の覚悟を問う声でその呪いと向き合い、そして結果として武器を捨てる道を選んだ人がいた。
呪いに抗うことは、きっと出来る。
その事が分かっただけでも、ノーザンブリアに俺が来た意味があったと、そう思えた。
だから、今は少し休もう。
バイクがあるとは言え、左腕と右腕がまともに動かない状態では、道として体を成していない国境の抜け道を通ることは難しい。
血も足りていないし、自身の霊力が枯渇しているのを感じる。
人里から外れた国境付近にまで来たのだ。ここなら誰にも邪魔されずに、ゆっくり休めるはずだ。
しばらくは体調の回復を優先して、帝国に戻るのはそれからだ。
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========= 七耀暦1205年11月17日 =========
トワ会長が、今、俺の目の前で寝ている。
想定外であまりにも突然の再会に、今でも夢でないかと思ってしまう。
今日の午前中、一週間前から体調の回復のために拠点としていた簡易テントで、何かが近づいてくる気配に気づいて飛び起きてみれば、外にはトワ会長がいた。
意味が分からずに固まっていると、涙ぐんだトワ会長に無理やり寝かされ、問答無用でまだ癒えていなかった傷の治療を始められた。
「また一人でこんな無茶して……でも、今度もちゃんと生きていてくれたんだね……」
そう言ってトワ会長は、雑に済ませていた傷の縫合をやり直して、包帯を換えてくれた。
事情を聞けばトワ会長は、所属している非政府組織の活動の一環として、難民保護と復興支援のためにノーザンブリアに来たのだとか。
そして現地で再会したサラ教官の様子が妙だった事で俺がノーザンブリアにいることを察して、探しに来てくれたのだ。
「色々と情報を集めてると、内戦の時に見た青い鳥が来たんだ。もしかしてって思って追いかけて、それでようやく見つけられたんだよ」
そしてそんなトワ会長を、ヴィータさんの使い魔であるグリアノスが導いてくれたからこその再会だったようだ。
トワ会長は一通りの治療と、持ってきた食材で簡単な食事を作ってくれた後、
「私は一度町に戻って、受け入れの下準備をしてくるね! 難民として一度保護しちゃった方が、変に疑われずに済むと思うんだ。よく分かってないけど、その眼鏡があれば別人に見えるんだよね? あとは髪の色も変えちゃえば上手く紛れ込めると思う。だからぜったいに、ここで大人しく待っているようにっ!」
そう言い残して、車に乗って去って行ってしまった。
そして夕方には再度テントに戻ってきて、明日の朝にキルヴァに向かうと聞かされた。
骨折に関しても町で医者にちゃんとした治療をしてもらい、その上でほとぼりが冷めるまでは難民としてキルヴァで保護してもらう。
そしてトワ会長達がノーザンブリアを離れる予定の来月、NGOの一員として帝国に戻る。
たった数時間でそこまでの準備と根回しを終えたトワ会長には、驚かされてばかりだ。
バイクは目立つという理由で、トワ会長が一人で解体作業を始めてしまったため、俺も手伝うことを申し出たが「ダメだよっ! 酷い怪我なんだから、ちゃんと寝てなきゃ!」と断られてしまった。
その後数時間かけてバイクを解体し、使える部品だけは車に運んで、あとは地面に埋めたトワ会長は、流石に疲れ果てていた。
その状態で再び俺の包帯を取り替えてくれて、目が冴えて眠ることが出来ない俺を無理やり横にして、俺が眠くなるまでと言って色々な事を話してくれた。
帝国とノーザンブリアの戦争が、二日前には終結していたこと。
ハリアスクに放たれていた人形兵器が暴走し、それに対処したリィンが『鬼』の力を暴走させ、今は意識を失ってしまっていること。
リィンとサラ教官達の功績で、ハリアスクの被害も極めて軽微であること。
そんなノーザンブリアにおける戦争の顛末と、トワ会長と別れた一年前から今までのことをお互いに話している内に、トワ会長は眠ってしまった。
トワ会長は、俺とクロウ先輩の事情を聞かなかった。
俺達が皆から隠れて何かをやっていることを知っているから、その事については一切触れずに、そして咎めずに、ただ俺の心配をしてくれて、再会を喜んでくれた。
小さな手で、俺の服をしっかりと握り締めて眠るトワ会長の顔を見ていると、それだけで何だか暖かい気持ちになって来る。
戦争の熱に当てられて過敏になっていた精神が、安らいで行くのがはっきりと分かる。
今日、改めて自覚した。
俺は、トワ会長のことが大好きなんだ。
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