========= 七耀暦1205年11月18日 =========
「よく眠れた? 昨日はごめんね。私、お話の途中で寝ちゃったみたいで」
朝目が覚めると、トワ会長が目の前で静かに笑っていた。
昨日の事が幻覚では無かったのだと、この時になってようやく実感できた。
昨日の説明通り手持ちの医薬品を使って髪を脱色し、簡易テントなどを撤去し終えたのは、まだ日が昇る前だった。
そこからトワ会長が足に使っていた小型のトラックに乗って、キルヴァの外に作られた避難住民のキャンプに連れて行かれた。
キャンプはある程度の規模の大きさで、家を失ったキルヴァの住民や、その他の都市や町、村から避難してきた人々などが集まって暮らしている。
とは言え、この戦争は普通ではあり得ない程早期に決着が着いたため、人々の命も含めて街にも被害は少ない。そのため、帝国と自治州の間で今後の事が決められ事態が完全に終息するまでの、ある程度先が見えた状態での一時的な仮住まいに過ぎないらしい。
「私もね、最初は先遣隊としてこっちに来る予定だったんだよ。もし戦争が長期化しちゃった場合は、レミフェリア公国側の国境に沢山の難民が流れる可能性が高かったから、その支援のために。でも、こんなことをノーザンブリアの人たちに言っちゃったら怒られちゃうけど、戦争が早く終わったお陰で、あのキャンプも長期化する心配はなさそうなんだ」
遠くに見える都市の外に形成されたキャンプを見ながら、トワ会長がそう教えてくれた。
「軍にも政府にも入らないで、別の立場からちゃんと今の帝国に向き合おうって決めた以上は、やっぱりこの戦争からは目を背けちゃダメだと思ったんだ。色々な人に助けてもらって、それでどうにかレミフェリア経由でね」
支援のためとは言え、勝戦国の人間であるトワ会長が敗戦国であるノーザンブリアにいるのは危険ではないかとも思ったが、立場的にはレミフェリア公国を主体とする団体の一員として来ているらしい。また、キャンプ運営の主体がレミフェリアであるため、このキャンプへの帝国側の干渉も監視も少なく、そして帝国に戻る時もレミフェリアを経由する計画であるため、俺のことも誤魔化しが効くのだと言う。
キャンプに着いた後はレミフェリアから派遣された医者の先生に診察と治療をしてもらい、全治二週間だと言われた。
手足の骨折に関しても、あとは安静にしておけば治るだろうとのこと。
このキャンプに匿ってもらう以上は少しでも恩を返そうと、導力器の簡単な整備や修理をさせて貰うことにした。
どうせ怪我が治らないうちは、まともに鍛錬をすることも魔獣討伐をすることも出来ないのだ。今は、精一杯出来ることをやろうと思う。
ちなみにトワ会長は、怪我人の治療の手伝いや、キャンプ運営のための各種資材、食料、人材管理に、住人間の揉め事の仲裁など、生徒会にいた時よりもさらに忙しそうにしていた。
不謹慎かも知れないが、士官学院での生活や学院祭の時の事を思い出して、少しだけ嬉しくなった。
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========= 七耀暦1205年11月22日 =========
今日、避難住民の子供からリンゴをもらった。
導力灯の修理をしている最中、急に十人程度から囲まれたため少し焦ったが、ただお礼を言われただけだった。
リンゴをくれた子の家族は避難中に、俺がオーレリア将軍の部隊を戦っている姿を遠くから見ていたらしい。
その一団の中には北の猟兵に所属している人も紛れていたようで、髪の色を変えた程度では欺けなかったらしい。
最後に一人残ったその人は、「結社が何を企んでるのか俺は知らないが、助けられた事は事実だからな」と誤解していたので、あんな頭のおかしい人たちとは関わりはなく、単純にオーレリア将軍たちを止めようとしただけだと訂正すると「は? じゃあ、あんた本当に個人的に? 頭おかしいんじゃ……いや、まあ、それを言うと帝国人のトワちゃんも同じか……」と、首を傾げながら帰って行った。
一応、俺のことは秘密にしてくれるらしい。
夜に今日あった事をトワ会長に話すと「その子ね、私の所に相談に来たんだよ。何か恩返しをしたいって。今のノーザンブリアだとリンゴはすっごく貴重だから、それだけ感謝されてるってことなんだよ」と教えてくれて、「よかったね」と嬉しそうに笑っていた。
そして、トワ会長が帝国の人間だとバレているが大丈夫なのかと尋ねると「今は大丈夫だよ。正直に言うと、最初はちょっとだけ、ね……帝国人が何をしに来たんだって、そんな感じのことも言われたけど、最近はちゃんと受け入れてもらえてるんだ」と、少し言いにくそうに、トワ会長はそう打ち明けてくれた。
内戦時、トワ会長はケルディックの一件で北の猟兵の人たちと面識があり、そこから素性がバレたとのこと。だが今では一般住民の人達とも、色々な事情で避難住民に紛れている猟兵団の人達とも、上手くやれていると言う。
流石トワ会長だ。
それでもやはり、侵略国である帝国出身のトワ会長をよく思わない人はいるだろう。だから何かあった時は、昔にも約束したようにトワ会長は絶対に俺が守りますと伝えると、少し慌てたトワ会長に小声で叱られた。
「もうっ! いきなりそんなこと言うなんて反則だよ……。それにここじゃあ私達、ノーザンブリアで初めて会った事になってるんだからねっ! 会長呼びも禁止ですっ!」
確かに周囲に人の気配が無いとは言え、迂闊だったと反省した。
トワ会長と再会してから気が緩んでしまっている自覚がある。トワ会長からは初日に「トワさん」と呼ぶように言われていたが、気恥ずかしくて未だにその呼び方も出来ていない。
会長にそう伝えると「うぅ……言われてみると、確かにちょっと私も恥ずかしいかも……。でもハーシェルさんって呼ばれるのも、それはそれでちょっと嫌かな。ふふ、じゃあ、他の子たちみたいに、トワお姉ちゃんなんて」と言われたが、それは俺が嫌だったので断った。
昔、「弟みたい」と言われた記憶もあるし、トワ会長からすればそれは今も変わらないのだろうが、先日トワ会長の事を改めて異性として好きだと自覚してしまった俺からすると、それは嫌だった。
とは言っても、事故のようなものだが、一度は結婚を申し込む前に断られている身。ゴネても仕方ない。
嘘ではあるが、ここでは今NGOに所属していることになっているので、一応は先輩と後輩の関係に当たる。なので「トワ先輩」と呼ばせて欲しいと願い出れば、「うん、そうだね。それなら私も大丈夫そうかな? えへへへ、ちょっと残念だけどね」と許可を貰えた。
まあ、会長は「お姉ちゃん」呼びが良かったらしいが。
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========= 七耀暦1205年12月4日 =========
ようやく怪我も治り動けるようになって来たので、魔獣避けの導力灯の広範囲への設置ついでに、キャンプ地周辺の魔獣を討伐しながらリハビリを行った。
怪我で動けない間も、瞑想と内気功は欠かさず行っていたお陰もあり、そこまで体力は落ちていない。
オーレリア将軍たちとの戦闘を反芻し、動きの無駄を削り、八葉の基礎を俺自身の動きに落とし込んで行く。
ノーザンブリアでの戦闘経験は、ちゃんと俺自身の糧にもなっていた。
リハビリを終えた後は、この二週間と少しを共に過ごした人達に、挨拶をして回った。
レミフェリア公国から派遣されたNGO団体は、明日の昼、ここを発つことになっている。
つい先日、ノーザンブリアが帝国に帰属することが正式に決まったのだ。
そのため、このキャンプ地も帝国軍によって近い内に解体され、住民たちは避難生活を終えて自分たちの街に戻る。
家を失った人達も各都市の避難施設で一時的に受け入れられ、そこから帝国による復興事業の一環として建設される住宅に随時移るのだとか。
トワ先輩によると、ノーザンブリアにはこれから帝国の資本が入り、そこから本格的な経済復興が始まると言う。
経済的観点からだけ見ると、戦争前よりもノーザンブリアは豊かになるはずだ。
それで救われる人もいれば、犠牲になる人もいる。
この先、ノーザンブリアがどうなるかは、俺にはよく分からない。
だけど、このキャンプの皆には、少しでも幸せになって欲しいと思う。
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========= 七耀暦1205年12月8日 =========
今日、レミフェリア公国でトワ先輩と別れた。
トワ先輩にも、NGOの皆にも、本当に色々とお世話になってしまった。
俺の治療をしてくれた先生のツテで、レミフェリア公国の国籍まで用意してもらい、これで帝国に再度密入国せずに済むようになった。
とは言え、その用意してくれた国籍自体が正規のルートで用意したものではないらしいので、密入国と言えば密入国だが。
トワ先輩がノーザンブリアに行くために辿り着いた団体は、根本的には有能で良い人達の集まりだが、目的のためには灰色の手段も迷わず使う、清濁併せ呑む人達だった。
先輩は飛行船で帝国に発ったが、俺はノルドを経由してから帝国に戻る予定だ。
ノーザンブリアでの戦争で視たあの黒い霊力が、ノルド方面に集まっている。
ノルドは帝国と共和国の境界にあり、両国がその領土を狙っている言わば危険地帯だ。呪いの影響で、戦地となってしまってもおかしくはないだろう。
「それじゃあ、元気でね。私もね、私なりに出来ることを精一杯頑張ってみるつもりだから、今は一緒に行けない。一緒に行っても、今の私だと力になれない。でもこの先、きっと二人の力になって見せるからっ!」
そう言って抱き締めてくれたトワ先輩を見送った後、俺も徒歩でノルドへと向かった。
明後日にはノルドに着くだろう。
そこでロゼさんとも合流する事になっている。
ロゼさんも、俺の目にも視えるほど強まっている呪いを、一度視ておきたいのだと言う。
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========= 七耀暦1205年12月14日 =========
先日、ノルドでガイウスの故郷の集落が、共和国の軍用艇に襲われた。
その目的は不明だが、第七機甲師団の守りを突破して、共和国の軍用艇がノルドへと侵攻してきた。
そしてノルドの民の集落に対して、軍用艇は砲撃を開始した。
ガイウスの姿を遠目でもいいから見ておこうと近くに来ていた俺も、いきなりそんな暴挙に出た共和国の船をどうにかしようとした。
しかし駆け付けはしたものの、拳銃も射程外。かつてアンゼリカ先輩から習い、八葉の緋空斬を取り入れようやく実戦で使い物になり始めた蹴りによる遠当てを放ったが、巧夫が足りない。遠く離れた空を飛ぶ相手を斬り裂くには、威力がまるで足りなかった。
遠くではガイウスが何とか故郷を守ろうと、槍を投げたり導力魔法で対抗していたが、やはり絶望的な間合をどうすることもできなかった。
結局俺達は何も出来ず、助けに来てくれたガイウスの恩師である七耀教会のバルクホルン神父という方が、ロゼさんやヴィータさんともまた異なる術を使い、軍用艇を退けられた。
しかしバルクホルン神父は、軍用艇の砲撃からガイウスを守って亡くなられてしまった。
最期にバルクホルン神父から膨大な霊力がガイウスに流れ込むと、バルクホルン神父は事切れ、ガイウスも気を失ってしまった。
二人を砲撃を逃れたテントに運んでいると、ガイウスの父が馬で駆け付けて来たため、何があったかを彼に伝えて俺はその場を後にした。
その後は転移術でノルドに来たロゼさんと合流し、しばらくは調べ物があるというロゼさんと共にノルドに滞在する事になった。
ロゼさんが調べ物をしている間、俺はただ無力を悔やみながら訓練を続けていた。
そして今日、調べ物を終えたというロゼさんから、幾つかの事を聞かされた。
バルクホルン神父が七耀教会の所属であったこと。そしてただの神父ではなく、女神の至宝や古代異物といった『裏』に対処するために存在する星杯騎士団の守護騎士であったこと。
そして軍用艇を退けた力は、はるか昔から教会で密かに受け継がれてきた法術と『聖痕』という異能の力で、その異能は今、ガイウスに受け継がれたという。
そしてトールズの教官であったトマス教官も、実は帝国の異変を調査するために潜入していた星杯騎士団の守護騎士の一人であり、昨日ノルドにやって来たトマス教官が、ガイウスを守護騎士として鍛えるために教会の総本山アルテリア法国へと連れて行ったとのことだった。
「昔は魔女と教会も争ったりしとったんじゃが、今は『匣使い』の小僧と協力関係にあっての。それで昨日は情報交換のために会っておったんじゃ。まあ、お主と婿殿の事はあの小僧も知らんがな」
ロゼさんは、そう説明を締め括った。
そして俺にニヤリと笑いながら「お主、聖痕の話しを聞いて、羨ましいと思ったか?」と尋ねてきた。
軍用艇を容易く退けたあの力があれば、確かに今回のような事態になっても出来ることが広がる。そういう意味では、そんな便利な力が貰えると言うなら断るわけがない。
そう答えると、ロゼさんは「ならば明日から妾と、クロスベル旅行じゃな」と笑った。
意味が分からず首を傾げていると「条件が整いつつあっての。聖痕は与えてやれんが、代わりにお主を騎神へと導いてやろう」と、ロゼさんはそう言った。
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========= 七耀暦1205年12月17日 =========
「ヴィータも婿殿も無駄に新婚旅行だけしておった訳じゃなく、各地で色々と調べて来ておっての。騎神の行方、黒の工房……いや、地精共の狙い、そして地精の主となったギリアス・オズボーンの狙い、ある程度の事は分かって来たんじゃ」
クロスベルへと向かう旅の中で、ロゼさんは俺がノーザンブリアに行ってから判明した事を教えてくれた。
巨イナル黄昏を導こうとしている『黒の工房』の正体は、かつて『大地の至宝』の眷属であった地精だった。
そして地精と、オズボーン宰相が目指している、巨イナル黄昏へと至るための具体的な道筋も見えてきた。
今現在、強まって来ているとは言え、『呪い』は本来の規模の極一部であるらしい。
鋼の至宝『巨イナル一』の無限とも言える力に、黒の騎神イシュメルガの悪意が『闘争』という指向性を与えたものが帝国の呪いだ。
本来であれば帝国全土を瞬く間に呑み込むその呪いを喰い止めているのは、かつて大地の至宝を見守っていた『大地の聖獣』だ。呪いをその身に受け止め、別の存在となりながらも、聖獣は今でも別次元で深い眠りについている。
『巨イナル黄昏』とは、呪いを堰き止めているこの聖獣を殺す事によって、呪いを帝国全土にばら撒くこと事から始まり、呪いに染まった人間の闘争を焔とし、七体の騎神を相克で一つに鍛え直し、イシュメルガが『巨イナル一』へと至ることで終わりを迎える。
そして『闘争』を望むイシュメルガによって、世界はさらなる戦火に呑まれ、終焉が始まる。
「結社も、地精共の計画に乗ることを決めたようじゃ。まだ合流こそはしておらんがの。故にヴィータも、結社から完全に離反した」
ロゼさんは巨イナル黄昏の事実と共に、クロウ先輩、ヴィータさん、ロゼさんのこれからの計画についても教えてくれた。
「妾達は、この計画を徹底的に妨害する」
ロゼさん達の計画は、大まかに以下の二つにある。
一つ。巨イナル黄昏を引き起こす基点となる、大地の聖獣を完全な形で封印する。これには実は『焔の眷属』の長であると同時に、焔の至宝を見守る聖獣でもあったローゼリアさんの力、他の至宝を見守る聖獣達の力も借りて実行する予定だと言う。
クロウ先輩とヴィータさんがリベールにいるのも、『空』を司る聖獣の協力を得るためなのだとか。そしてクロスベルにも『幻』の聖獣がいるため、今回のクロスベル旅行はその目的も兼ねていると言う。
二つ。大地の聖獣を封印後、七体の騎神を擬似的な相克によって『巨イナル一』として再錬成し、そして別次元にある『巨イナル一』をこの次元において顕現させた状態で完全に破壊する。
そのためには、七体の騎神を目覚めさせる必要と、そして少なくとも相克に勝ち抜くために、戦力的に半数の騎神を自分たちの陣営へと引き込む必要があるという。
そしてこの騎神についても、クロスベルに来た目的の一つだった。
七体ある騎神は、今代においては既に六体が目覚めている。
蒼は、クロウ先輩。
灰は、リィン。
黒は、オズボーン宰相。
紅は、オズボーン宰相の陣営に取り込まれたと言うセドリック皇子。
紫は、地精の手によって騎神と繋がることで不死者として蘇った、フィーの義父である猟兵王。
銀は、結社の使徒の一人でもあり、かつて『槍の聖女』でもあった、不死者リアンヌ・サンドロット。
そしてクロウ先輩、ヴィータさん、ロゼさんは、俺を金の騎神の起動者にしようと思っていると語った。
騎神は『エレボニア帝国』と重なる別次元に封じられていると言う。
故に、封印の場所も分からず、現代において唯一契約者のいない状態の『金の騎神エル=プラドー』へと続く試練の場であっても、今の帝国領となったクロスベルに在る強い霊脈を活用すれば、ロゼさんなら無理やり開くことが出来るのだとか。
今、ロゼさんは一人で秘密裏に、エベル湖南岸で試練の場を開く準備を行っている。
既にオズボーン宰相達が目をつけているのか、警備が厳しいようだが、ロゼさんにかかればそれくらいどうと言うこともないらしい。
一方で俺は、現状手伝えることもないため、試練を受けるまではクロスベルで仕事に励んでいる。
ノーザンブリアに行く前にジンゴにしてしまった借金を返済するために、ジンゴの実家がクロスベルで経営する店『ナインヴァリ』に行ったら、何時の間に膨れ上がっていた利子の分としてそれから強制的に住み込みで働かされているのだ。
「タダで金を借りようなんて甘いぞー。しっかり働けな―」
「今夜は取引だから、予定は空けておきな。何時もなら猟兵を雇うんだが、まあ、その分はまるまる支払ってやるよ」
「ママ、こいつはジンゴのだぞー。取り分はジンゴが決めるかんなー」
「九対一でいいかい?」
などと、ジンゴと母親のアシュリーさんが、どう考えても俺の人権を無視した会話をしていたが、借金をしている人間に人権はないため仕方がない。
追加で武器、弾薬、薬を融通してもらった上に、その他にも色々な情報や裏ルートなどを教えてもらっているのだから、ある意味その料金のようなものだろう。
勉強にもなるし、護衛任務で実戦経験も積める。
そう思えば、職場環境としては理想的かも知れない。
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========= 七耀暦1205年12月31日 =========
ナインヴァリでの労働と鍛錬を繰り返していたが、今日、ロゼさんから試練の準備が整ったと連絡があった。
明日からは泊まり込みで試練に臨むため、しばらく仕事を休ませて欲しいとジンゴにお願いすると、「じゃあその分は給料から引いとくかんな―」と言われた。
解せない。
俺の給料は歩合制だったはずだ。引かれたらマイナスになるのではないだろうか。意味がわからない。
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========= 七耀暦1206年1月20日 =========
金の騎神へと続く試練は、苛烈を極めた。
トールズ士官学院の旧校舎の時は、Ⅶ組の皆と試練に臨んだ。
しかし今回は一人で試練を越えて、各階層の主と戦わなければならなかった。
そして今日、やっと最後の試練に到達したが、巨大な影には勝つことが出来ず、ぎりぎりで割り込んでくれたロゼさんの力でどうにか逃げ帰ることが出来た。
今の俺だと、単独で最終試練を越えることは出来ない。
以前から、機甲兵を相手取る時や、特に先日のノルドの軍用艇との一件で痛感していたが、相手が巨大すぎると俺の間合に持ちんでも攻撃が十分に通らない。
これが爺ちゃんであれば、間合など関係なく全てを切り裂けるだろう。
黒スーツの人の発勁であれば、例え足からでも任意の場所に勁による衝撃を伝える事が出来るだろう。
俺の零勁でも、動きの遅い相手や、奇襲を仕掛けることができれば機甲兵であっても、脚部からその中枢部に攻撃を通すことは出来る。
しかし騎神や、あの『影』は、鉄の塊である機甲兵のように単調ではない。まるで生物のように、衝撃を流される。
少なくとも直接その中心部に拳を当てなければ、今の俺では届かない。
しかし巨体が相手となると、空中では踏み込みを行うことが出来ないため、どうしても十分に氣を拳に乗せることが出来ない。
かと言って遠距離の攻撃手段である、蹴りによる遠当ても、銃撃も、威力が足りない。
ロゼさんに相談した所「ふむ、要は一瞬だけでも足場が欲しいんじゃろう? それなら何とかなるかも知れんぞ」と言われた。
「『匣使い』の小僧の術を見て、あの速度であれだけの結界を張れるのは面白いと、ちと研究しておったんじゃ。聖痕の力あってのものなのじゃろうが、妾達の術の特性上、術式も詠唱もなしとなると、本来の結界としての強度にはまるで届かん。実際に攻撃を防ぐためにも使えんし、そもそも、お主らなら闘気で防いだほうが早いし確実じゃろう。しかしのう、一瞬の足場としては使えるかもしれんぞ。所詮は手品の延長とは思っておったが……ふむ、何事も使いようじゃな」
そして、一度は匙を投げられた魔術を、再度教えて貰える事になった。
明日からは試練の場で訓練しながら、ロゼさんに魔術を教わり、そして一日の締めとして最終試練の『影』に挑む生活をしようと思う。
金の騎神まで、あと一歩だ。
騎神があれば、一年前は選ぶ事が出来なかった、クロウ先輩達の力になって『裏』と戦う道を選ぶことも出来る。
頑張ろう。
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========= 七耀暦1206年2月10日 =========
「前にも言ったが、お主、本当に才能ないのう」
ロゼさんから毎日のように溜息を吐かれながらも、ようやく一瞬だけ足場を作ることが出来るようになった。
踏み込めば一度で壊れてしまうが、それでも一撃を叩き込むための足場としてなら十分に使うことが出来る。
後は『影』との実戦で練り上げよう。
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========= 七耀暦1206年2月21日 =========
今日、最終試練をどうにか乗り越える事が出来た。
しかし、俺は金の騎神の起動者として、選ばれなかった。
「ふむ……まあ、予想しておらんかった訳ではない。仕方ないじゃろう」
そもそも今回の試練は、ロゼさんが無理やり干渉して開いたものだ。
過去のロゼさんが見てきた試練も、そしてリィンやクロウ先輩の時も、起動者となったその人を『試練』自体が迎え入れた。
つまりは、最初から俺には、騎神に選ばれるための何らかの資格が足りていなかったのだ。
「試練については、妾も把握出来ておらん事が多い。多少ずるをしようが、実際に試練を乗り越えてしまえば良いと判断した妾のミスじゃろう。じゃからな、ほら、元気を出さんか」
と、ロゼさんは俺を慰めてくれた。
リィンもクロウ先輩も、ロゼさんが過去に導いたと言う起動者達も、最後の試練を一度で乗り越えている。
一方で俺は、通算百回以上は挑んで、ようやくだ。
それだけ回数を熟せば、誰でも試練など通過出来てしまうだろう。
資格もない上に、そんなずるをした人間を、騎神だって自らの駆り手として選びはしないだろう。
所詮、俺には騎神など過ぎた力だったのだ。
リィンのように異能を背負っている訳でもない俺が、安易に人知を越えた力を得る事が出来るなんて、そんな都合の良い話があるはずがなかったのだ。
だが、試練を乗り越えた事で、俺自身、少しは強くなることが出来た。
切り替えていこう。
追記。
一月半ぶりに試練の場から出て、夜にはロゼさんから東方料理を出すクロスベルの東通りにある龍老飯店でご飯を奢って頂いた。
「ほらほら、今日はたくさん食べて飲むのじゃ。明日からは妾はツァイトを探すからのう、暫くはお別れじゃ。今日はこの一月半頑張ったお主への慰労会、存分に楽しむが良い」
ロゼさんは終始、落ち込んでいる俺を気遣ってくれて、宿泊施設も兼ねている店の個室で酒を注いでくれた。
今は「肝臓が死ぬ」と言って一人寝てしまったが、お陰で十分元気になれた。
明日からは俺も俺でナインヴァリで働きながら、『神狼ツァイト』なる聖獣の情報を集めよう。
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========= 七耀暦1206年3月10日 =========
色々と集めた情報と、ロゼさんの話しを合わせると、神狼ツァイトはどうやら警察犬として働いていたらしい。
かつてクロスベルで様々な事件を解決して、クロスベルの英雄と呼ばれている特務支援課所属の警察犬として、クロスベルの人達に認知されていた。
しかし帝国政府、そしてクロスベル州の総督であるルーファス・アルバレアの意向によって、指名手配されてしまった特務支援課の人達と同じく、今はクロスベルから姿を消しているらしい。
ロゼさんは居場所に何か思い当たる所があるらしく、今はクロスベル州の各地を回っている。
一方で俺は、ナインヴァリの仕事で今日、結社の黒スーツの人に遭遇した。
クロスベルの北の山間で取引があるからとアシュリーさんの護衛としてついて行けば、その取引先が結社だったのだ。
黒スーツの人、結社の執行者である『痩せ狼』ヴァルターさんは、俺が生きていることを知っていたようで、商談が終わるまでの間と言っていきなり俺に襲い掛かってきた。
「くくく、しばらく見ねえ内にやっと名前負けしねえようになったじゃねえか。ノーザンブリアでも魔女の指示で馬鹿なことをやってたって聞いたぜ?」
内戦の時から俺自身かなり強くなったと思っていたが、それでもやはり実力差は明白だった。
どうにかヴァルターさんの攻撃を受け流し、そして打ち込み、隙があれば小太刀を抜く意思を見せて牽制をする。
一方的にやられることは無かったが、発勁の打ち合いの末、俺が吹き飛ばされ勝敗は決した。
「どうした? 勝ち目はねえってわかってんだろうが。さっさと騎神とやらを出せよ。そのためにノーザンブリアで暴れて、こんな場所でコソコソやってたんだろう?」
その時は何故俺の生存を結社が把握しているのかも、騎神のことが何故バレているかも分からなかったが「俺は騎神に選ばれなかった」と返すと、ヴァルターさんは面白く無さそうに舌打ちした。
「あ? じゃあ蒼の騎神とやらもまだ浮いてんのかよ……まあ、いい。白けた。今日は帰るぜ」
丁度アシュリーさんの取引も終わったようで、その場は解散となった。
色々と意味が分からずにヴィータさんに今日の事を報告すれば、
「貴方がノーザンブリアでいきなり正体を見破られなんてするから、少し予定を変更したのよ。貴方の存在を囮に、クロウの生存だけは完全に隠す方向にね。黄金の羅刹は貴方が言っていた通り誰にも漏らしていないようだけど、結社にはある程度すぐにでも看破されると思って、まだ当時は完全に離反してなかった立場を使って嘘のストーリーを作っておいたの」
内戦後、一命を取り留めていた俺はヴィータさんの軍門に下り、蒼の騎神の起動者となるべく各地で試練を受けていたことにされていた。
ノーザンブリアの一件もヴィータさんによる試練の一環で、クロスベルに来たのも『金の騎神』ではなく『蒼の騎神』を継ぐためと思わせるために。
そういう事は早く言って欲しい。ヴァルターさんには「騎神に選ばれなかった」としか言わなかったが、危うく全てバレてしまう所だったと言えば「貴方ね……どうやったら結社の取引の場に偶然居合わせる事になんてなるのよ。変に情報を持たせない方がバレる可能性は少ないと思ってのに、完全に裏目に出ちゃったじゃないの……」と逆に怒られた。
解せない。
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========= 七耀暦1206年3月15日 =========
今日、クロスベルを発つ事になった。
ロゼさんが、ついに神狼ツァイトさんを見つけたのだ。
俺もロゼさんの転移術で、次元の狭間という所に連れて行かれてツァイトさんに対面した。
「この犬っころが、お主を連れて来いと煩くてのう」
ぼやくロゼさんを無視して、ツァイトさんは俺を試すように暫く無言のまま睨み続けた。
そして数分の後「本当に来るとはな。まあ、いいだろう」とそれだけ言って、ツァイトさんはロゼさんに霊力の塊のようなものを渡した。
「おい犬っころ、これは何じゃ。貴様、何を企んでおる」
「害はない。約束を果たしただけだ」
「……まあ、よい。妾達はもう行くぞ」
全く意味が分からないやり取りもされたが、大地の聖獣ごと呪いを完全に封じ込めるため、ツァイトさんはその力を無事に貸してくれたようだった。
数分程度の短い会合が終わった後は、この三ヶ月お世話になったジンゴとアシュリーさんに挨拶をした。
この三ヶ月で無事に借金も返し終わり、その上、お土産まで持たせてくれた。
「前の取引で手に入れた、黒の工房って所のライフルで、一発で飛行船も落とせるって代物だ。まあ、従業員としては中々優秀だったから、ボーナスだと思いな」
「ほら、ジンゴからもボーナスだぞー。ジンゴも四月からは帝国で支店出す予定だから、向こうに戻っても買ってけなー」
アシュリーさんは卸先がなさそうという事で一丁のライフルを、ジンゴは管理番号がないARCUSの新型を餞別として渡してくれた。
三ヶ月の給料なんてライフルの値段だけで吹き飛びそうだと恐縮していたが「上客にはこうして首輪付けるんだぞー」というジンゴの言葉に、恐縮するのを止めた。
明日からは隠れ里に戻って、約一年ぶりにクロウ先輩とヴィータさんと合流する。
計画には大量のゼムリアストーンが必要らしく、皆で手分けして集める事になっている。
しばらくは各勢力も大きくは動かないようで、俺もやる事は特に無い。
戦いに備えて鍛錬を続け、騎神の件で力になれなかった分は、しっかりと働こう。
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次回からⅢ、Ⅳ部となります。
あと数話で完結予定ですので、引き続き読んで頂ければと思います。
誤字報告を下さった皆様、ありがとうございました。