凡人の軌跡   作:kuku_kuku

18 / 35
激動編:七耀暦1206年4月〜6月前半

 ========= 七耀暦1206年4月1日 =========

 

「よ、久しぶりだな。随分と身長も伸びたじゃねえか」

 

 再会時のクロウ先輩の第一声は、そんな軽い挨拶だった。

 念話で定期的に会話をしていたため久しぶりという感じはなかったが、直接顔を合わせるのは一年ぶりだ。その上、先輩が変装のため髪を黒色に染めていたこともあり、一瞬だけ別人かと思ってしまった。

 

「流石に私はもう見慣れてしまったけどね。そういう貴方も、随分と老け込んでしまったようだけど、婆様にやられたの?」

 

 久しぶりね、と先輩の隣に立つヴィータさんは小さく笑いながら、俺の白くなった頭をぺしぺしと叩いてきた。

 

 髪の件は、ノーザンブリアでトワ先輩に脱色してもらったと説明した。今では伸びてきた髪も、色が抜け落ちている。もともと内戦の後から部分的にそうなっていたが、それがこの一年でいつの間にか全体に及んで来て、それっきりという経緯だ。

 

 ロゼさんからは「一度は死ぬ寸前まで生命力も霊力も枯渇した上に、懲りずにまた今回も無茶をしたのじゃ。多少寿命が減って若白髪になった程度で済んで、むしろ幸運と思うことじゃな」と怒られたと話せば、クロウ先輩は溜息を吐いて、ヴィータさんは顔を強張らせた。

 

「聞いてはいたけどよ、ノーザンブリアでもまた死にかけてたんだってな。それ以外にも結社と戦り合ったっつー話だし、あんま無茶ばっかりすんじゃねえぞ? いや、まあ、結社の件は完全にヴィータのせいだから……何と言うか、すまねえ。ほら、お前もちゃんと謝れよ」

 

「う……はいはい、謝ればいいんでしょう? ごめんなさいね。私だって、それはちょっとは悪かったと思っているわよ」

 

 聞けばクロウ先輩とヴィータさんは、その件で大喧嘩したらしい。

 クロウ先輩の存在を霞ませるために俺を囮として大々的に使ったと、先輩がその事を知ったのはつい先日だったとのこと。そして一時は離婚の危機にまで喧嘩が発展したらしいが、最終的にはより仲が深まったのだとか。

 

 結果的には良かったのだろうが、何と言うか解せない。

 

 とは言え、その事でヴィータさんを責めるつもりはない。

 俺はやるべき事をやっていただけだが、それが結果的にクロウ先輩達の助けになったのであれば、これからも気にせずに囮として使ってくれて構わない。

 それに、ヴィータさんは自身の使い魔にして大きな戦力ででもあるグリアノスを、ノーザンブリアにまで遣わせてくれた。そのお陰でトワ先輩に再会できて、そして結果的に後遺症も残らず今も戦うことが出来ている。

 

 そう伝えると、ヴィータさんが気まずそうに目を逸した。

 

「だから言っただろ? こいつはこう言うに決まってるから、むしろ罪悪感で苦しむ事になるのはお前だって」

 

「もう十分に反省してるわよ。ほら、今日は早めに訓練は引き上げて夕食にしましょう。お土産にリベールの名酒もあるのよ。これ以上婆様を待たせて駄々を捏ねられても困るでしょう?」

 

 先に戻って準備をすると誤魔化し気味にヴィータさんはそう言い残して、里に戻って行った。

 

 夜にはクロウ先輩、ヴィータさん、ロゼさんと酒を飲みながらこの一年の事を話した。

 一年の大半を山や試練の場に籠もって過ごしていた俺とは違い、クロウ先輩達は様々な所を巡ったという。

 

 ロゼさん経由で教えてもらっていたが、改めて結社、オズボーン宰相、地精の企みについても聞いた。

 

 この一年はどの勢力も水面下での活動に重きを置いていたが、そろそろ各勢力は本格的に動き出そうとしているようだ。

 先輩達が集めた情報と、そして霊脈の動きからするに、残された時間はそう多くないらしい。

 

 全ては、あと数カ月の後に始まってしまう。

 

 そのため俺達も、明日からは計画の核となるゼムリアストーン集めを本格的に開始しなければならない。

 

 ゼムリアストーンで作った三本の巨大な『楔』に、それぞれ焔、空、幻を司る聖獣の加護を宿し、封印の要とする。

 そのためには大量のゼムリアストーンが必要となるため、帝国各地にある精霊窟なる遺跡を巡る必要がある。精霊窟とは、かつての地精と魔女が騎神を生み出すために、その材料である大量のゼムリアストーンを生成するために作り上げた施設なのだとか。

 

 遺跡巡りは、結社やオズボーン宰相たちへの偽装も兼ねて、俺とヴィータさんで行う予定だ。俺がまだ蒼の騎神を諦めていないというカバーストーリーを各勢力に信じさせるための、偽装工作も兼ねて。

 

「貴方が表で暴れれば暴れるほどクロウの影が薄まる。そう因果が巡るように入念に準備をしてきたから、今回はその総仕上げの意味もあるわ」

 

 そう説明を締め括ったヴィータさんは、悪そうな笑みを浮かべていた。

 ======================================

 

 

 ========= 七耀暦1206年4月15日 =========

 

 精霊洞を巡ってゼムリアストーンを集める旅の中で、トリスタに立ち寄った。

 遠目に見たトールズ士官学院の雰囲気は、以前と大きく変わっていた。

 

 今年度からトールズ士官学院は、所謂本当の士官学院に変わってしまったらしい。

 トールズ特有のカリキュラムであった自由行動日や部活も廃止され、今や完全に軍人を育成する事に特化した施設となっている。

 

 しかし、トールズのこれまでの在り方が消えてしまう事を良しとしなかったオリビエさんの尽力により、本校の改革と並行してトールズの第Ⅱ分校が設立された。

 世間では、留学生や事情持ち、成績下位者などを集めた『二軍』などと呼ばれているが、俺の知っているトールズの在り方は、どうやらこの分校に受け継がれているらしい。

 

 その一方で分校には、オリビエさんの思いとは別に、各方面の思惑も絡んでいるようだ。

 

「要するに、檻ということね。帝国政府にとって脅威と成り得る人物を体よく一箇所に繋ぎ止め、おまけに生徒という足枷まで付けることが出来る、とても高価なね。元貴族連合軍総司令にしてノーザンブリア併合を成し遂げた『黄金の羅刹』オーレリア将軍が校長を務め、帝国の若き英雄『灰の騎士』リィン・シュバルツァー、クロスベルの英雄にして赤い星座出身の『赤い死神』ランドルフ・オルランド、東部平定と内戦終結の立役者にして、剣と翼を失ったオリヴァルト皇子に残された最後の『希望の翼』トワ・ハーシェルを教官として擁する学院。よくもまあ、裏に表に影響力のある有名所を、尤もらしく綺麗に一箇所に集める大義名目を見つけたものね」

 

 ヴィータさんは、そうやって苦笑していた。

 

 確かな実績があるが、それ以上に政府に都合の良い英雄として担がれてしまっているリィンとトワ先輩が、軍人として拘束されるのではなく、教員としてかつてのトールズの精神を生徒たちに教えている。

 それだけ聞けばとても良いことに聞こえるが、裏の事情を聞いてしまえば不穏なものにしか感じられなかった。

 

 個人的にはオズボーン宰相達の思惑と同等以上にオーレリア将軍の存在自体に危機感を覚えたが、ヴィータさん曰く「安心しなさい。彼女も今は、以前に言った表側の協力者の一人よ。少なくとも敵対する心配はないし、貴方が心配している二人の味方と言っても間違いではないわ」との事。

 

 敵としてはどうしようもない人だったが、そういう事であれば、これほど心強い味方はそういないだろう。

 

 また、今日ヴィータさんから教えてもらって初めて知ったが、オリビエさんも内戦以降その勢力を宰相の手によって大きく削がれたらしい。

 オリビエさんの一番の友人にして絶対の守護の剣でもあったミュラーさんも、半年前にオリビエさんの護衛の任を解かれてしまった。もっと言うと、ヴァンダール家自体が、王族守護役から外されている。

 そして『紅き翼』カレイジャスもオリビエさんの手を離れ、同じく艦長を務めていたアルゼイド子爵にも監視がついている。

 

 まさしく『剣』と『翼』を奪われてしまった状態だ。

 

 だけど、俺は知っている。

 オリビエさんは、その程度で諦める人ではない。あの人はどんな時でも陽気に歌い、そして自らの信念を貫き通す人だ。

 そんなオリビエさんが信じているミュラーさんや、あのアルゼイド子爵だって、同じく諦めないはずだ。

 

 そして、それは皆も同じだろう。

 トワ先輩は、己に出来ることをやると俺に宣言した。俺とクロウ先輩の力になってみせると、約束してくれた。

 リィンも、そしてⅦ組の皆も、先輩たちも、皆それぞれの立場故に苦労しているようだが、それでも己に出来ることを必死にやっている。

 

 だから俺も、俺に出来ることを頑張ろう。

 ======================================

 

 

 ========= 七耀暦1206年4月29日 =========

 

 今日、予定していた全ての精霊窟を回り終え、予定量を越えるゼムリアストーンを確保する事が出来た。

 

 久しぶりにサザーラント州にある隠れ里に戻って来たが、つい先日までトールズの第Ⅱ分校が演習で近くに来ていたらしい。

 

 そしてサザーラント州では結社が暗躍しており、リィンが担任を務める新Ⅶ組が結社と衝突した。

 さらには地精の一派となった『西風の旅団』や、リィンを助けるためにサザーラントに来ていたフィー、ラウラ、エリオット、そしてリベールの遊撃士まで巻き込んでの戦いになっていたようで、本格的に各勢力が動き始めたようだ。

 

「結社の目的は、簡単に言うと地精の『黄昏』の実現性の見極めね。相克と至宝の再錬成を成せる熱が『闘争』によって生まれるか否か、至宝並の霊力を必要とする神機の起動実験と、そしてその神機と騎神の『闘争』を通して確かめているの。ああ、貴方は知らなかったわね。内戦直前にガレリア要塞を崩壊させた大量破壊兵器、至宝をエネルギー源とする事で騎神以上の力を発揮する、結社が誇る最新魔導科学の結晶が神機よ」

 

 ヴィータさんによるとこの先、結社は帝国の各地でこの実験を行い、最終的に地精達の計画に合流するべきかの結論を出すとのこと。とは言え、実際は念押し確認程度の意味合いらしく、結社が地精と手を汲むことは既に確定路線のようだ。

 

 ヴィータさんやロゼさんは、この結社の『実験』には干渉しないとの事だ。あくまでも監視に留めると言う二人に「トワ先輩やリィン、それに何の関係もない人々に危害が加わるようなら、妨害したい」と伝えると、死なない程度に勝手にしろと言われた。

 二人としても動きたいが、計画を考えるとそうは行かないというのが現状らしい。その分、俺は動けば動くほど囮として際立つこともあり、むしろ応援してくれるとのこと。

 

 クロウ先輩も「今は俺も下手に動けねえ。代わりは任せたぜ。その分、空いた時間で存分に訓練に付き合ってやるよ。あのライフルの扱いもまだまだのようだしな」と、少しだけもどかしそうにしならがも、そう言ってくれた。

 

 

 明日からは、集めたゼムリアストーンの加工を行う。

 隠れ里にはこの一ヶ月の間で、クロウ先輩の指揮の下、ゼムリアストーンの加工設備が作り上げられていた。

 俺とクロウ先輩は里の人達と協力しながら『楔』を作り、その『楔』にロゼさんとヴィータさんが術式と加護を宿していく。

 

 以前に知識としてはジョルジュ先輩からゼムリアストーンの加工方法については習ったことがあるが、俺も含めて皆、実際の加工は初の試みとなる。

 計画を秘密裏に進めるために外部の人間に頼る訳にも行かず、『楔』の作成は簡単には行かない見込みだ。

 

「ジョルジュの奴がいてくれれば楽に確実に出来るんだが、こればっかりは仕方ねえか。ま、あいつの弟子のお前に期待させてもらうぜ」

 

 と、クロウ先輩は笑っていた。

 責任重大だ。

 ======================================

 

 ========= 七耀暦1206年5月8日 =========

 

 『楔』の作成は難航している。

 約5アージュという騎神並の巨大な『楔』を作る前に、半分のサイズの物を試作してみたが、強度が足りない。

 

 もともとゼムリアストーンという最高硬度かつ、霊力の結晶とも言える特殊な素材を使っているから、物理的に壊すことは不可能に近い。

 しかし、魔女の魔術と聖獣の加護を宿すには物質的な硬度だけでは不十分なようで、それぞれの力が外に溢れ出してしまい、内部から崩壊してしまうのだ。

 

 どうしたものかと皆で頭を悩ませていると、

 

「どちらかと言うと、この問題は私と婆様の領分ね。丁度いいわ、当てがないわけでもないの。結社の次の試しの地でもある、錬金術師達の執念が作り上げた魔都クロスベル。トールズの次の演習先で、エマも来るつもりのようだし、私も十日程度行って来るわ」

 

 と、ヴィータさんがそんな提案をして来た。

 クロスベルには、魔女のそれとは別の背景を持つ錬金術という技術を、継承、発展させて来た一族がいると言う。

 そして彼らの技術を取り入れれば、強度の問題もどうにかなる可能性があるとの事。

 

 早速クロスベルに旅立ったヴィータさんを見送った後は、念の為、加工方法の改善にも取り組む事になった。

 

 こんな事になるならジョルジュ部長にもっと色々と教わっておくべきだったと、今更ながらに後悔している。

 ジョルジュ部長がここにいてくれたら、こんな時でも、苦戦しながらも楽しそうに問題を解決してしまうのだろう。

 

 技術棟でジョルジュ部長を中心に、皆でバイクの整備をしていた時の事を思い出し、少し懐かしくなった。

 この至宝を巡る戦いが終われば、また先輩たちと集まって、今度は俺も最初から参加させてもらって、一緒に何か作ってみるのも楽しそうだ。

 

 

 追記。

 

 夜、ふと思い出して、ロゼさんに質問した。

 

 ロゼさんは俺の「委員長に全く事情を話していないようだが本当に大丈夫なのか」という疑問に、「あっ。うむ、これも修行の一環じゃ。自らの手でリィン・シュバルツァー等と共に真実に辿り着き、そしてこの戦いで己が何を成すかを決める事にこそ意味がある。そうして初めて、我らとは異なる可能性を手繰り寄せることができるのじゃ」と返した。

 

 不安だ。「あっ」って何だ。

 ======================================

 

 

 ========= 七耀暦1206年5月15日 =========

 

 ヴィータさんの帰りを待ちつつ、最近はクロウ先輩と訓練に明け暮れている。

 

 手合わせをしたり、狙撃の訓練をつけてもらったり、ゼムリアストーン加工用の労力として何処かから調達して来ていた機甲兵の操縦訓練をしたりと、かなり充実した時間を送っている。

 

 狙撃に関してはある程度は使い物になるようになって来た。士官学院時代も基本的な事は授業で習っていたし、ノーザンブリアでもそれなりに使っていたので、取り回しや実戦での使い所はある程度心得ている。

 

「それにしてもお前、いくら何でも操縦下手すぎるだろ。確かに適正の有り無しは大きいけどよ、生身で戦った方が強いってのは流石に初めて聞いたぜ。内戦の時にそれなりの数の軍人を見て来たんだがな……」

 

 一方で、機甲兵での戦闘訓練に関しては、クロウ先輩から諦めた方がいいと言われた。

 動かすこと自体は出来るが、正直な話、これで戦闘を行えるとはまるで思えない。

 

 機甲兵には、ある程度自動でこちらの動きをフィードバックしてくれるシステムが搭載されているが、それにしてもこんなバランスを保つだけでも精一杯な機体で、皆はどうやってあれほど機敏に動くことが出来るのか理解に苦しむ。

 そもそも機甲兵では、俺の基本的な戦術である発勁を打つことが出来ない。その点でも、俺には向いていないと思うとクロウ先輩に言うと、

 

「あー……、ゼリカの奴は、乗ったその日に実戦で発勁をぶちかましたって話だぜ?」

 

 と、意味が分からないことを言われた。解せない。

 

 まあ、付け焼き刃の機甲兵で戦うよりも、今は自力を伸ばすほうが確実だろう。

 

 今では基本的に、クロウ先輩が機甲兵を操縦して、俺は力不足ではあるがその戦闘相手を務めている。

 俺のための対機甲兵戦、クロウ先輩のための騎神による戦闘、その二つの目的を兼ねた戦闘訓練だ。

 機甲兵で騎神の代わりになるのかと不思議に思ったが、元より機甲兵はクロウ先輩の騎神を参考に作られたため、その操縦方法には一部通ずる所があるらしい。

 

 クロウ先輩の騎神である蒼の騎神オルディーネさんは、あの内戦最後の戦いの後、正規軍によって回収されて今は新ガレリア要塞地下に厳重に封印されている。

 そんなオルディーネさんと訓練をする事ができないため、クロウ先輩は騎神による戦いの勘を鈍らせないようにと、頻繁に機甲兵に乗っていた。

 

 その封印されているはずのオルディーネさんは、完全に休眠状態に入ったと見せかけているが、実は裏では、ロゼさんやヴィータさんのサポートがあれば念話で会話することも可能だ。

 俺もいつの間にかオルディーネさんの『準起動者』なるものになっていたこともあり、オルディーネさんとは何度か会話させて貰ったことがある。

 

 オルディーネさんは、金の騎神に選ばれなかったことについて相談した俺に、「他の騎神の起動者の選定基準は分からぬが、もしも仮にクロウが死ぬような事があれば、準起動者である汝を次の起動者として認めてやっても良いぞ」と冗談まじりに言うほど人間くさい。その上「準起動者よ、頼りにしているぞ。これから始まる他の騎神との相克、クロウが最後まで生き残れるよう共に尽力するとしよう」とまで言ってくれる、とてもいい人だ。

 

 オルディーネさんの期待を裏切らないためにも、俺も微力ながら対騎神戦を想定して、何か出来ることがないかを模索しよう。

 ======================================

 

 ========= 七耀暦1206年5月28日 =========

 

 長さ5アージュの長大な『楔』が、今日、ついに完成した。

 ヴィータさんが持ち帰ってきた錬金術の技術により、『楔』の霊力的観点での強度問題が無事に解決したのだ。

 

 これで大地の聖獣が己ごと別次元に封じることでどうにか堰き止めている『呪い』の大半を、完全な形で封じ込めるための目処がたった。

 あとは地精と宰相の一派が聖獣を葬り『巨イナル黄昏』を引き起こすため、この次元に無理やり聖獣を呼び出すタイミングに合わせて、その計画を乗っ取るだけだ。

 

 また、ヴィータさんがクロスベルから持ち帰って来たのは、錬金術だけではなかった。

 黄昏に至るのに必要な最も大事なプロセスにして、今まで謎のままだった聖獣を殺害する方法を突き止めたのだ。

 

 詳しい原理は分からないが、聖獣を滅ぼすことは人の手では不可能らしい。

 

 しかし、黄昏は聖獣を滅ぼすことによって始まると、因果律によって決まっていると言う。

 ヴィータさんやロゼさんがたまに発する『因果律』という言葉。本来因果というのは絶対のものではないが、呪いを操る黒のイシュメルガにはその因果をも操作する力があり、そして実質それは世界の行く末を操っているに等しいのだとか。

 そしてその因果律を記述する力を持つ『黒の史書』と呼ばれる古代遺物には、『穢れし聖獣が終末の剣に貫かれ、その血が星杯を充たす刻、《巨イナル黄昏》は始まらん』と既に記載されてしまっている。

 

 この一年で帝国の各地に散らばった黒の史書をクロウ先輩たちが集め、そして協力者である教会のトマス教官がその記載内容を解析した結果、地精達の狙いが判明したのだが、黒の史書に書かれた内容だけでは肝心の具体的な聖獣を滅ぼす方法、『終末の剣』なる物の正体がずっと分かっていなかったのだ。

 

「地精、黒の工房が錬金術を取り入れることで完成させた人造人間。ミリアム・オライオンとアルティナ・オライオンが、その『終末の剣』に至る素体と見て間違い無さそうね」

 

「無から生まれ、人として生き、そして人としての生を終える時、無垢なる魂は『根源たる虚無』、概念兵装へと至る、か。黒の史書に、因果に刻まれた『終末の剣』が、人の子による生命の創造の果てに至るモノとは、最早呆れるしかない執念じゃな」

 

「胸糞悪い話だな。あいつが、あいつらがそんな下らねえ武器になるために生み出されて、少なくともどっちか一人は死ぬってか? ふざけんじゃねえよ」

 

 ヴィータさんの説明に、ロゼさんとクロウ先輩は怒りを露わにしていた。

 一方で俺は、初めて聞く情報ばかりでなかなか理解が追いついていなかった。

 そもそもミリアムと、そして内戦時は宰相の一派として動いていたというミリアムの妹が人造人間という話からして初耳だった。

 

 だけど、少なくとも一つだけ理解できている事がある。

 

 ミリアムは、Ⅶ組の一員だ。そして、俺はミリアムにも幸せになってもらいたいと思っている。

 

 だからクロウ先輩、ヴィータさん、ロゼさんがこの一年で進めてきた、『巨イナル黄昏』を妨害する計画を、何としてでも絶対に成功させてみせる。

 

 因果律だか何だか知らないが、ミリアムは絶対に殺させない。

 ======================================

 

 ========= 七耀暦1206年6月15日 =========

 

 以前から考えていた、騎神への対抗策が形になる可能性が出てきた。

 

 余ったゼムリアストーンをライフルの弾丸として加工して、ロゼさんとヴィータさんに魔術を込めて貰うことに成功した。

 黒の工房製の対物導力ライフルに関しても、各部品をゼムリアストーン製に置き換え、銃本体の耐久性の問題で導力機構にかけられていたリミッターも外した。

 

 騎神の素材もゼムリアストーンである以上、二人の膨大な霊力、魔力が込められた同じ材質の弾丸を、反動で撃った本人にまでダメージが入るほどの威力で発射すれば、例え騎神であろうと撃ち抜ける可能性は十分以上にある。

 

 銃弾が騎神に通じるのであれば、例え達人級の起動者達が駆る騎神が相手であっても、クロウ先輩の援護に成り得る。また、戦術次第ではあるが、銃撃を牽制として騎神の間合に踏み込み、そして同じくゼムリアストーン製の手甲に練り上げた氣を乗せ、発勁として攻撃を通すことも、短刀によって傷を入れることも不可能ではないだろう。

 

「一発で下手すりゃあ一生遊んで暮らせる金額の弾丸……いや、今回で帝国中のゼムリアストーンを取り尽くした事を考えるともう値段はつけらねえが、どっちにしろ正気の沙汰じゃねえな。ま、金の力で騎神をぶん殴れるなら、むしろ安いくらいか」

 

 クロウ先輩はそう言って笑っていたが、有用性は自体は認めてくれている。

 金額面以外の問題としては、弾丸一発の製造に膨大な時間が必要であるため現状まだ一発しか作れていない事と、威力と引き換えに精度が低下したライフルを俺がまだ使い熟せていない事だ。

 

 弾丸は、戦いまでにあと数発は作れる見込みだ。

 あとは俺がライフルを用いた戦術を、どれだけ磨き上げることが出来るかにかかっている。

 ======================================

 

 

 ========= 七耀暦1206年6月17日 =========

 

 今日はロゼさんと共に、ラマール州の州都オルディスに来ていた。

 

 目的は四つ。

 三度目となる結社の実験の地であるオルディスの監視と、霊脈の異変の調査、トールズ第Ⅱの演習でこの地を訪れる事になっているトワ先輩とリィンに危険が及んだ際の保険。

 そして、実験のため闘争を引き起こそうとする結社と、それを食い止めようとする帝国政府の戦いに、結社側の戦力として参戦している『北の猟兵』達について探るためだ。

 

 ノーザンブリアが帝国に併合された時、北の猟兵は解体されて大半は帝国軍に吸収される形となったが、それを良しとしなかった人達がいた。

 その脱退組が、帝国政府に雇われた別の猟兵団と、オルディス、ラクウェル周辺の僻地でここ数日戦いを繰り広げているらしい。

 

 北方戦役は、小さいとは言え呪いの影響下にあった。

 そうであるならば、あの戦争に参加したかつての貴族連合軍が、今は統合地方軍として拠点を構えるジュノー海上要塞もあるこのラマールの地で、同じく戦争の当事者だった北の猟兵が戦っている現状、そこに呪いの影があってもおかしくない。

 そして呪いによって理不尽に闘争を強制されている人がいるなら、俺がやるべき事はその呪いと戦うことだ。

 

 そう思って、霊脈の調査をするロゼさんとは別行動をして、オルディス近郊の海岸近くで見つけた作戦行動中の北の猟兵らしき四人を遠くから見張っていると、リィンが率いる新Ⅶ組も現れ戦闘が始まった。

 リィン達の演習目的に、暗躍する猟兵達の動向調査が含まれているとヴィータさんから聞いていたが、それにしてもまさかこんな場所で唐突にリィンを見ることになるとは思っていなかった。

 

 最初は新Ⅶ組が数の有意もあり優勢だったが、北の猟兵側に増援が現れたことで形勢は逆転した。

 助太刀に入ろうかとも思ったが、そこにユーシスとミリアムが駆け付けて来たお陰で状況は好転し、その場は北の猟兵が撤退する形で事なきを得た。

 

 リィン、ユーシス、ミリアム。

 三人の姿を見るのは一年と半年ぶりだが、ミリアム以外は身長も伸びて少し大人になっていた。

 ユーシスとミリアムは、オルディスで開催される領邦会議に参加するためにこちらに来ていたのだろう。

 帝国貴族にとってはこの一年の方針を決める大事な会議だが、今の状況的に無事にそれが終えられるのか少し不安だ。

 

 そしてかなり驚いたが、内戦の時にラクウェルでお世話になったアッシュがトールズに入学しており、そして新Ⅶ組の一員となっていた。

 相変わらず表面上は悪ぶっているが、戦闘ではクラスメイトの少女をさり気なく庇うなど、影では友人を思いやる良い人のままのようだった。

 

 もう少しだけリィン達の様子も見ていたかったが、逃げた北の猟兵を追うためにすぐにその場を後にした。

 結局北の猟兵は、敵対する猟兵団に対する偵察任務を目的としていただけのようで特に不審な様子もなく、少なくともその場にいた十六人には呪いも視えなかった。

 

 北の猟兵がプロテクターなどの装備を外して、隠していた導力車に乗ってオルディスに入って行った時点で尾行は諦めた。

 ロゼさんとの合流時間も迫っていた事もあり、俺もオルディスの宿に戻った。

 

「状況は四月のサザーラント、先月のクロスベルと同じで、霊脈が活性化しておる。霊場で神機とやらに霊力を供給できる条件は揃っておるようじゃ。明日は朝からブリオニア島に向かうとするかの」

 

 ロゼさん曰く、この付近でも最も強い霊脈があるのがブリオニア島であるため、神機があるとしたらそこに間違いないらしい。

 実験の邪魔をする意味もないので結社と戦うことはないが、状況だけは見ておくべきだろう。

 

「おそらくこの地にも赤いプレロマ草が咲いておるじゃろうな。幻獣や魔煌兵が出現しそうなほど歪んでおる場所もいくつか見つけた」

 

 プレロマ草とはもともと、クロスベルの幻の至宝に由来する霊草らしい。それがクロスベル併合によって霊的に帝国とクロスベルが繋がったことで、内戦以降歪んでしまった帝国の霊脈をさらに歪め、活性化させる原因となっているらしい。

 

 ロゼさんが「妾はもう一度外に出て、プレロマ草の処理と湧き出た幻獣共の対処にあたるが、お主も来るか?」と誘ってくれたので、両陣営の猟兵団の拠点探しと、そもそもの目的を探りたかった事もあり、一緒に各地を巡って三体の幻獣と二体の魔煌兵と戦った。

 

 猟兵団の調査に関しては拠点はラクウェルの近郊で発見できたが、肝心の目的が分からなかった。

 明日、ブリオニア島で結社の動向を探った後、すぐにラクウェルに向かおう。

 ======================================

 

 

 ========= 七耀暦1206年6月18日 =========

 

 ブリオニア島で、結社と戦闘になった。

 

 もともと隠れて神機への霊力の供給状況だけを探ってすぐに帰る予定だったのだが、結社の潜伏地として当たりをつけたミリアムがブリオニアに来たことで、想定外な事態になった。

 ブリオニア島には精霊窟のような次元の間に隠された遺跡があり、結社はそこで神機へ霊力を供給していたのだが、遺跡に入ろうとする結社の人間を発見してしまったミリアムと結社の人間で戦いになり、負けてしまったミリアムが捕らえられてしまった。

 

 遺跡の前に落ちていたミリアムの鞄を見つけた事でその事態を把握して、急遽ミリアムを救出するために遺跡に入ることにした。

 

「すまぬが、妾は今の時点で直接この流れに干渉する訳に行かぬ。出来ることは、お主が遺跡に入る手伝いをしてやる事くらいじゃ」

 

 計画の囮として機能する俺とは違い、計画のためにロゼさんは軽々しく動くわけには行かない。

 申し訳無さそうに謝ってくるロゼさんに気にしないで下さいと伝えれば、ロゼさんはかすかに視える次元の揺らぎを指し示して、そこに結界の核を破壊する時と同じ要領で打てと教えてくれた。

 

 無事に遺跡をこの次元に引きずり出す事に成功して、「念の為、保険も準備しておく。駄目だと判断すれば、すぐに転移術で逃げるんじゃぞ」と送り出してくれたロゼさんの声を後ろに、すぐさま遺跡に入った。

 

 遺跡の中では、ミリアムが結界に囚われており、騎神よりも二回りは大きい巨大な人型兵器、神機が霊脈から立ち昇る膨大な霊力の中に鎮座していた。そして、それを守るように立つ『鉄機隊』を名乗る三人組の甲冑の女騎士。

 

 三人に気付かれる前に遠くから手榴弾を投擲し、二丁の拳銃で銃弾をばら撒いた。

 しかし一人一人が俺よりも強そうで達人級の強さを誇る鉄機隊に、奇襲は大した効果を上げることが出来なかった。

 

「我ら鉄機隊に卑怯な手は通用しませんわよ! 侵入者、名を名乗りなさい! 身喰らう蛇の第七柱直属、鉄機隊筆頭隊士デュバリィが丁重にって何をしやがるんですの!?」

 

 俺程度は何時でも倒せると考えていたのだろう。余裕綽々と言った感じで名乗りを上げるデュバリィと名乗った剣士に、再度銃を打ち込みながら一気に間合を詰める。

 しかし、いくら油断しているとは言え相手も流石の腕前で、そう簡単には行かなかった。敵の得物である剣の間合を踏み越え零距離に持ち込んだが、一撃で決めることは出来ず、繰り出す拳を上手く盾で逸らされた。

 

「痩せ狼と同じ技! あなたが例の狂犬ですわね! くっ! 名乗りも上げずに襲いかかるなど剣士の風上にも置けない野良犬ですわね! 我が剣の錆にして」

 

「え、え、えええっ!? う、うそっ!? 何でここにいるのさ!?」

 

「ええい! 煩いですわ! どいつもこいつも人様が話している最中に割り込むなんて、何て礼儀の、ぐっ!」

 

 残りの二人に手出しをさせないように、超近距離戦闘の間合を保ったまま打ち合う最中、相変わらず余裕そうに話し続ける剣士が、ミリアムの声にほんの僅かに気を逸らされたその隙に、盾越しに零勁を叩き込んだ。

 身を逸らされ衝撃は完全には通らなかったが、後は一気に畳み掛けるだけと判断して短刀を抜こうとしたが、横合いから絶妙なタイミングで放たれた弓矢によって強制的に攻撃を邪魔された。

 

 牽制の意味が大きい弓矢が脇腹に突き刺さることは無視して無理やり居合いを放ったが、繰り出した一撃は剣士の甲冑と腹部を浅く切り裂いただけに終わり、仕留めきる事は出来なかった。

 

「まさか回避行動すら取らずにそのまま踏み込むなんて……ふふ、噂通りの狂犬のようね」

 

「ああ。格下と見ていると、足元を掬われかねんな。デュバリィ、星洸陣で一気に行くぞ」

 

 弓とハルバードを得物とする残り二人が言うや否や、鉄機隊の三人が戦術リンクとは異なるが、それと似たような霊力の流れによって繋がった。

 

「気をつけて! 僕もあれにやられたから!」

 

 ミリアムの警告にこれ以上は危険と判断し、「我ら鉄機隊が結社最強とも謳われれる所以、その身で存分に」と剣士が言葉を続けている最中に閃光弾を投げて、ミリアムを閉じ込めている結界まで一気に走った。

 そしてロゼさん直伝の結界破壊によって結界を破り、ミリアムとアガートラームを抱えて転移術を発動した。

 

「ちょっ、えっ、ええ!? 結界をどうやって、っと言うか、嘘でしょう!? これだけ一方的にやらかして逃げるつもりですの!?」

 

 最後までデュバリィという剣士は騒がしくしていたが、元より結社の実験を妨害するつもりなどなく、ミリアムの救出だけが目的だったのだから当然の行動だ。

 卑怯者、礼儀知らず、と少し傷つくような暴言を吐かれつつも、無事に遺跡の外、ブリオニア島の裏手に転移することが出来た。

 

「あははは、何か色々と良くわからないけど、助けてくれてありがとう! 久しぶりだね!」

 

 肩に担いでいたミリアムはそう言って楽しそうに笑い「身長も伸びたし髪の色も変わったしすっごく強くなったけど、全然変わってなくて安心したよ! 本当に生きててよかった!」と、嬉しそうに俺の頭をベシベシと叩いて来た。 

 

 その後は砂浜に並んで座り、ロゼさんが来てくれるまでの間、ミリアムがこの一年間と半年の皆の様子を語って聞かせてくれた。

 各方面から皆の今の所属などは聞いていたが、それでも直接皆と共に時間を過ごしてきたミリアムから聞く話は、聞いているだけでもとても楽しいものだった。

 

 一通り皆の近況を語り終えたミリアムは、少し言い難そうに「あのね、どうしても一つだけ教えて欲しい事があるんだ」と切り出してきた。

 

「二人が裏で何かをやろうとしてるのは、僕も卒業の時に会長達から聞いて知ってたんだ。で、二人が生きてる事を隠したがってる事も、情報局も本当に二人が死んだと信じ切ってる状態って事も知ってた。でもさ、それなのに何で僕にその事を教えたの? 直接じゃないけど、僕も含めたⅦ組の皆に伝わるって分かってたんだよね? 僕が情報局に、二人が生きてるってバラすとは思わなかったの?」

 

 少し不安そうにそう問いかけて来たミリアムに、ミリアムがⅦ組の不利益になることはしないと、そうクロウ先輩が判断したからだろうと伝えると、ミリアムは「え、クロウが……?」と呆気に取られていた。

 

 クロウ先輩は「一回死にかけて分かったが、トワ達もⅦ組の連中も、本気で俺達のことを思ってくれてた。だったら、二度もあいつらに嘘吐くわけには行かねえだろ?」と言っていた。

 直接クロウ先輩から聞いたわけではないし、改めてその事について話したわけでもないが、Ⅶ組の皆や先輩たちは俺達が不利になるような事はしないと、そう判断したに決まっている。

 

 そうミリアムに伝えると、

 

「あはは……そっか、そうだよね。二人も、Ⅶ組のメンバーなんだもんね。そうだよね……うん、やっぱり秘密にしてて正解だったんだ! ありがとう!」

 

 何故かミリアムは若干涙ぐんで俺にお礼を言いながら、抱き付いてきた。

 

 ミリアムとは、彼女の編入から内戦が始まるまでの短い時間しか、Ⅶ組として学院生活を共にしなかった。こうして二人で落ち着いて会話するのも初めてで、他の皆に比べるとどうしても少し距離があったように思っていたが、今日のことでその距離も縮まったように思う。

 

 俺がミリアムを含めたⅦ組の皆に幸せになってもらいたいと思っているように、ミリアムもまた俺とクロウ先輩を含んだⅦ組のことを思ってくれていた。

 事実、ミリアムは情報局に俺達の生存を話していないのだから。

 

「ねえねえ、今日のこと、ユーシスには話してもいいかな? ユーシスもね、ずっと気にしてたんだよ!」

 

 じゃれついて来るミリアムは、卒業してからは特にユーシスと仲良くやっているようだ。「最近は会議の前ってこともあって、ずっとこんな風に眉間に皺寄せて難しそうな顔してるんだ」と、ミリアムは楽しそうにユーシスの事を話していた。

 だが、極力俺のことは話さないでくれと言うと、「あっ! ユーシスに連絡するの忘れてた! ユーシス、心配してるかな……」と、今度はいそいそとARCUSⅡを取り出して連絡を始めた。

 

「って、あれ? ここブリオニア島なのに、何で普通の通信の方も使えるんだろう?」

 

 そうミリアムが首を傾げ始めた時、ロゼさんから念話で「ミリアム・オライオンの捜索で島に来ていたリィン・シュバルツァーと教え子達が、結社の娘共と遭遇して戦闘になっておる」と伝えてくれた。

 

 ミリアムにその事を伝えると、ミリアムは「僕、行ってくるね! 大丈夫、今日あったことは秘密にしておくから!」とアガートラームに乗って飛び去って行ってしまった。

 

 俺も様子を見に行こうと思ったが、転移してきたロゼさんに「ほれ、動くな。あの娘の手前無理をしておったんじゃろうが、その脇腹の傷、浅いわけではあるまい?」と、強制的に止められてしまった。

 鉄機隊の実力を知ってしまった以上、生徒たちを庇いながらではリィンとミリアムでも危険ではないかと思ったが「安心せい。保険を準備しておくと言ったじゃろう? 新たな守護騎士殿がもう向かっておる」と、ロゼさんから再度止められた。

 

 保険とはガイウスの事だったようで、それならば怪我を負った俺が無理に行っても邪魔になる可能性があると思い直し、素直に治療を受けることにした。

 治療をしている僅かな時間で戦いは終わったようで、リィンや生徒たち、そしてミリアム、ガイウスが、遺跡から出てきて、ボートに乗って無事に島を去って行った。

 

 結社の神機の起動準備も終わったようで、島に充満していた膨大な霊力も、穏やかなものとなっている。

 決着は、明日以降の戦いに持ち越しという事になったらしい。

 

 その後は俺はロゼさんに転移術でラクウェルに送ってもらい、昨日からの予定通り北の猟兵の目的について探ることにした。

 

 この地で結社が戦いを引き起こそうとしている事は既に事実として判明しているが、その具体的な内容を把握出来ていない。

 結社側に属する北の猟兵と、宰相側が雇った猟兵同士の戦いだけではなく、神機も絡んで何かしらを企ている事は分かっているが、それが何かが分からない。

 

 そのため今夜から、北の猟兵の陣営を見張るつもりだ。

 

 栄養補給と、装備の補充、点検も済ませた。

 ロゼさんの魔術で、脇腹に受けた矢の傷も完全に癒えた。

 

 戦闘になる可能性はかなり高い。

 

 気を引き締め直そう。

 ======================================


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。