========= 七耀暦1206年6月23日 =========
18日の深夜から19日にかけて、ラマール州では想像以上の大騒動が起きた。
発端は、深夜に開始されたの結社と北の猟兵の作戦行動だ。
結社と北の猟兵は、オルディスの郊外で保管されていた四基の列車砲を強奪する暴挙に出た。
見張っていた北の猟兵の大隊を尾行した結果、その現場に居合わせたのだが、隠密行動を意識しすぎて距離を大きく取り過ぎたのが仇となり、現場に辿り着く前に全ては終わってしまっていた。
列車砲の警備をしていたバラッド侯爵の私兵は強襲によって蹴散らされ、肝心の列車砲は、突如空に現れた神機によってどこかへと転移させられた。
その時になって、ようやく北の猟兵が何をしようとしているかを把握した。
結社の作戦ということで神機を軸に何かをすると、俺を含め全員がそう思い込んでいたが、そうではなかったのだ。
内戦の罪で捕まったカイエン公爵の代理として、現在ラマール州の暫定統治者を務めるバラッド侯爵が、帝国政府における己の立場を盤石のものとするために作らせていた四門の列車砲。
かつてガレリア要塞に配備されいた旧型の列車砲でも、クロスベルという大都市を滅ぼせる射程と威力を誇っていたが、今回奪われたものはその新型だ。
その列車砲があれば、ラマール州を火の海に変えることも容易い。
ノーザンブリアを占領した実行者が揃うこのラマール州で、北の猟兵がそれを強奪した。嫌でも最悪な未来を想像してしまった。
緊急事態のため急いでトワ先輩に通信を入れようとしたが、何処かに妨害装置が配置されているらしく繋がらなかった。そのため先ずはロゼさんに念話で連絡を入れた。
ロゼさんが現状、表で派手に動くことが出来ないことは承知しているが、せめて列車砲の転移先だけでも探ってくれと頼み込めば、事態の深刻さを把握したロゼさんはすぐに動いてくれた。
「遠見には多少時間がかかる。お主はその間、いざという時の足を探しておくが良い。昨日、お主に渡しておいた転移術用の媒体は使ってしまったじゃろう?」
ロゼさんの忠告に従ってラクウェルに走って戻り、内戦時にバイクを直してくれたジャンク屋に行けば、古いがまだ走れる導力車があったので、有り金とセピスを店主に全て渡して無理やりその導力車を譲り受けた。
途中でロゼさんから列車砲の場所についてと、
「列車砲とやらは任せたぞ。砲門の方向からして狙いはオルディスじゃろう。お主のクラスメイト達にも念の為状況は伝わるようにしておくが、妾が手伝えるのはそれくらいじゃ。計画の詰めで……いや、これは妾個人の問題か……兎に角、二日は戻れん。二百五十年ぶりに、本気の喧嘩をせねばならんからのう」
そんな連絡があり、そして街の外に隠しておいた対物ライフルを回収した頃には、もう夜が明け始めており、空も明るくなっていた。
列車砲の転移先である峡谷に続く悪路は、途中からは車では進む事ができず、岩場の影に車を隠して徒歩で向かった。
そり立つ岩場に設置された列車砲を目視できる距離まで来た所で、しかし轟音が鳴り響き、列車砲から砲弾が発射されてしまった。
間に合わなかったと後悔しながら、その場で対物ライフルで通常弾を列車砲に撃ち込んでみたが、効果はない。
規格外のサイズの砲弾を射出する列車砲の強度は機甲兵や戦車の比ではなく、いくら対物ライフルの威力が上がっていようと、それだけでは足りなかった。
そのため、本来は対騎神戦を想定して用意していたゼムリアストーン製の弾丸を使った。
特殊弾の威力は想定通り発揮され、どうにか命中させる事が出来た砲門を軽々と抉り貫いて、一基の列車砲を無力化する事に成功した。
しかし特殊弾はその一発限りで、その上、列車砲の近くにいた赤い星座と思われる赤い装備に身を包んだ猟兵から俺自身が狙撃され始めたこともあり、狙撃による列車砲の無力化は諦めざるを得なかった。
所詮は付け焼き刃の俺の狙撃とは違い、ほぼ百発百中の精度でこちらを的確に撃ってくる男の腕は凄まじかった。
持ち運びには適していない導力ライフルを岩場に放棄して、直接列車砲を壊すために峡谷を走り抜け進んでいると、北の猟兵の小隊が迎撃に来た。
「まさかここまで早く一基潰されるとはな。知らない顔だが、遊撃士か?」
そう問いかけて来る北の猟兵に、名乗る名前も所属もない俺は何も返せず、ノーザンブリアの報復でオルディスを狙うのかと逆に問いかければ、
「ああ、そうだ。あの異変以来、猟兵として手を汚してまで守り続けた故郷を我らは失った……! 怒りと喪失感を埋めるには、我らの誇りを示すには、最早こうするしかないのだ!」
猟兵達は迷いを振り切るようにそう叫び、襲い掛かって来た。
あの人達にとって、ノーザンブリアは本当に大事な故郷だったのだろう。
北の猟兵達は、下らない呪いなんてものに操られているわけではなく、自分たちの意思で闘争を選んだのだと、この時はっきりと確信した。
故郷と言えるほど大事な場所は俺にはないが、大切なモノを失う事の悲しみと無力感、そして痛みは俺にも分かる。
大切なモノと共に戦う理由を失ってしまった彼らが、それ故に戦いを求めているのなら、かつては同じ思いで剣を取った俺が相手になろうと覚悟を決めた。
それに、ラマール州の人々を傷つけさせる訳には行かない。
三人の猟兵に先行して、二体の軍用魔獣が仕掛けてきたが、訓練されているとは言え所詮は人が手懐ける事が出来る程度の獣。歩法で彼我の間合を錯覚させ、混乱した敵の懐に潜り込むと同時に発勁と居合いで二匹の命を断った。
しかし北の猟兵の連携の練度は高く、魔獣ほど簡単には行かなかった。
一人をどうにか倒す間に五人の別小隊が駆け付けて来たため、構図は七対一へと変わる。
しかし猟兵の多くは大剣と小銃と言った大振りな武器を得物としていたこともあり、一人の猟兵に張り付いて射線を遮ることで、どうにか常に一対一の状況を作り出すように立ち回った。
かなりの傷を負ったが、それでも残り四人まで減らした所で、今度は十人ほどの増援が来た。
必死で戦ったが単独ではどうしようもなく、圧倒的な戦力差と手数に徐々に手傷を負わされて、最終的にはまともに攻撃に転じることすらままならず、防戦一方の状態で囲まれてしまった。
正攻法ではどう足掻いてもその包囲から脱出する術はなく、仕方なく自滅覚悟で手榴弾をばら撒き全方位を爆発させることで無理やり包囲を崩した。
爆炎で死なないように全力で闘気でダメージを軽減させ、発生させた結界の足場を踏んで跳躍し、離脱ついでに蹴りを放ち、離れていた所にいたため爆発から逃れていた一人の意識を奪った。
爆発で傷口が抉れ、そして焼かれた痛みが遅れてやって来て、一瞬だけ目が霞んで意識を失いそうになった。どうにか耐えて銃を抜こうとしたその時、
「お前……まさかあの時の、機甲兵と戦っていた奴か……?」
同じく爆発で傷を負って膝を着いた一人の猟兵がそう尋ねて来た。
俺はその人の事を知らなかったが、相手は俺の事をノーザンブリアで見ていたようだ。
「そうか……帝国人という噂は本当だったのか……」
別の猟兵もそう言って構えていた大剣を下ろし、何が可笑しいのか大きく笑い始めた。
「死兵になった俺達の最後の敵があの時の亡霊なんて、何でこう皮肉が効いてるんだろうな……」
そしてそう呟いたかと思うと、今度は悔しそうに地面に大剣を叩き付けて叫んだ。
「クソがっ! 何で、何で来たのがお前なんだよ! 帝国人に一矢報いて、それで胸を張って戦場で死んでやろうと思ってたのに……何でノーザンブリアのために戦ってくれたお前が来るんだよ……」
何故と聞かれても、列車砲の被害を食い止めるためだ。
それに、これが帝国のせいで始まった北方戦役の続きである以上、あの戦争に少しとは言え関わった俺も最後まで戦うのは当然の道理だ。
そして、死に場所を求めていると北の猟兵はそう言ったが、その絶望があの侵略戦争に端を発するものであるのなら、例え死にたがっていようとも俺はあの時と変わらず死者を一人でも減らすように動くまでだ。
そう返すと「本当に何なんだよ、お前は……。帝国にじゃなくてお前に敗けたんなら、もう最後に残った戦う理由まで無くなっちまったじゃねえか」と、猟兵達は武器を捨ててしまった。
このまま続けていても俺が勝つ可能性は低かったのに、何故戦うことを辞めたのかと疑問をぶつけると、「お前がまだ戦い足りないんなら、ジュノー海上要塞を攻めてる同胞達と戦ってくれないか? いや、だが、あの時は殺されても死なない亡霊のような奴かと思ってたが……すまない、今のは忘れてくれ」と返された。
聞けば、目的はジュノー海上要塞を陥落させてかつての貴族連合に勝つ事で、列車砲はあくまでも要塞から統合地方軍を峡谷おびき出すための囮でしか無かったとの事。
だから列車砲が直接オルディスを狙うことはないと、猟兵達はそう言っていた。
そしてロゼさんからも「お主のクラスメイト達やトールズ第Ⅱ、それに統合地方軍や遊撃士も峡谷に向かっておるようじゃ。あと三十分もせんうちにそちらに到着するじゃろう」と念話で連絡があった。
そうであるならば、列車砲を破壊する術も峡谷の防衛戦を突破できる力も俺には無い以上、この場は皆に任せて、俺は猟兵達の望み通りジュノー海上要塞であの戦争の続きをする事に決めた。
北の猟兵達にそう伝えると「い、いや……だがお前、そんな状態で行っても……」と、今度は何故か俺を止めようとして来たので、会話している時間が勿体無いと無視してその場を離脱しようとすれば、突然薬を投げ渡された。
流石に狙いが分からず構えを取って警戒すると、「毒じゃない。俺達から死に場所を奪ったお前に、この場で死なれても困るだけだ……」と返された。
何を思っての行動なのか結局は分からなかったが、攻撃の意思が無いことは確かだったため、一旦疑問は飲み込んでその場から撤退した。
導力ライフルを回収して、隠していた車へと戻り、簡単な応急処置だけ済ませた。
かなり深い傷もあったが、出血は導力魔法と包帯で無理やり止めて、貰った薬だけ飲んでジュノー海上要塞へと車を走らせた。
道中で峡谷へ向かう皆に遭遇して余計な混乱を招くのを避けるため、道とは言えないような悪路を苦労して時に迂回しつつも可能な限り早く運転したが、これが車ではなくバイクであればと何度もそんな考えが頭をよぎったのを覚えている。今後の事を考えると、ロゼさんにまた転移術用の御守を作って頂く事は必須としても、やはりバイクも手に入れておくべきだろう。
ジュノー海上要塞に着くと、そこは既に陥落した後で、二つの旗がその印として掲げられていた。結社の旗と、かつてノーザンブリアが自治州以前の大公国であった時の旗だ。
そして海上の要塞へと続く唯一の道である橋には、西風の旅団と、ここ数日北の猟兵と戦いを繰り広げていた黒装束の猟兵団が陣を敷いていた。
彼らに見つからないように車を隠して徒歩で近づいて見たが、要塞への入り口が一箇所しかない以上は正面から行くしか無い。
そう腹を括って、何時でも戦えるように準備を整え、正面から西風の前に進み出た。
「本当に生きとったんか、子犬君。相変わらずボロボロやけど、峡谷方面で統合地方軍と一戦やらかして来たんか? いや、それにしては早いのう」
「今は魔女の飼い犬と聞いたが、俺達と戦いに来たのか?」
内戦の最後、変貌した皇城でシャロンさんとクレア大尉と戦っていた、『罠使い』と『破壊獣』と称される西風の旅団の二人が、そう楽しそうに尋ねて来る。
当時は貴族連合の所属だと思っていたが、実際はその時から帝国政府、もっと言うと地精に雇われていた二人だ。
そして二人の中心には、こちらも楽しそうに笑みを浮かべる、紫の騎神の起動者となることで不死者として蘇った西風の『猟兵王』が立っていた。
地精は最終的な敵ではあるが、今は彼らと戦うよりも優先する事がある。
そう思って「北の猟兵と戦いに来た」とだけ伝えると、猟兵王は笑みを崩さずに首を横に振った。
「お前さんも分かってんだろう? 今回のこの実験とやらは、前からラマールで戦り合っていた俺達と結社の戦いだってな。北の猟兵にしても、こいつらの獲物だ。遅れて横からしゃしゃり出て来たお前さんに、わざわざこの場を譲る道理もねえ。そもそも灰の小僧ならともかく、お前程度お呼びじゃねえんだよ」
闘気を向き出しにして威圧してくる猟兵王は、対峙するだけでも分かるほどの隔絶した実力者だった。
だが、俺も引くわけには行かなかった。
結社の実験なんて関係ない。それにこれは、北方戦役の続きだ。あの戦争に参戦していなかった西風こそ、横からしゃしゃり出て来るのは筋が通らない。
思ったままにそう返して何時でも始められるように構えを取ると、しかし、予想に反して猟兵王は少しだけ驚いた顔をして武器を下ろした。
「クク、確かに一理あるか。これが北方戦争の続きって言うんなら、部外者は俺達の方だわな。まあ、いいぜ。フィーと仲良くやってもらってる義理もある。今回はサービスだ」
そして「ほら、行けよ」と道を開けてくれた。
罠かとも疑ったが、そもそも猟兵王一人だけでも俺程度を殺すことなど簡単に出来る以上、そんな回りくどい事をする理由など無い。
「安心しろ。子犬……とはもう言えんが、いずれにしろ、お前が死んだら俺達の出番になるだけの話だ」
破壊獣が敵意はないと宣言し、罠使いも同意するように「せやから、精々気張りや」とひらひらと手を振る。
この要塞に俺一人が乗り込んだ所で、誤差に過ぎないと思っての選択だったのだろう。事実その通りなので何も言うことは出来なかったが、譲ってくれるというのならありがたく頂くと告げて、要塞へと進んだ。
そこからは、北の猟兵と、そして結社の人形兵器との戦闘の繰り返しだった。
複雑な構造の要塞を出鱈目に走り回り、幾度も北の猟兵達と戦った。
峡谷でのやり取りと似たような事も起きれば、容赦のない本気の命の奪い合いにもなった。
待ち伏せていた猟兵達と正面から戦い、時には撤退し、時には要塞の壁を爆弾で吹き飛ばして奇襲した。
ただ只管戦い続け、どれだけ時間が経ったか分からなくなった頃、遠くでオーレリア将軍とサラ教官、そして悲痛な北の猟兵の声が聞こえた。
オーレリア将軍をノーザンブリアの仇として打ち取り復讐を果たすと叫ぶ猟兵に、そんなことをしても何もならないと止めるサラ教官。
そしてそんな教官を制止して、オーレリア将軍は自らこそがノーザンブリアを滅ぼした張本人であると名乗りを上げて、
「そなたらの悔恨と慙愧、そして憎悪の全てを引き受けよう。黄金の羅刹が首級、刈り取れるものなら取ってみよ!」
と、自らの手であの戦争の決着を果たすと宣言した。
ノーザンブリアを落としたオーレリア将軍と、かつては北の猟兵として故郷のために戦っていたサラ教官。
俺よりも余程この戦争の続きを果たすに相応しい二人の人間が、この要塞に来てくれていたと知った。
その決着くらいは見届けようと、どうにか身体を動かして声のする方に辿り着いた時には、戦いは終わっていた。
戦いに勝ち、最後まで立っていたのは、オーレリア将軍とサラ教官、そしてリィン、ユーシス、ガイウス、ミリアムの六人。
そして敗者は、北の猟兵達だった。
北の猟兵達は全員同じように、死に場所を求めて海上要塞に戦いに来た。故に、戦いに破れた猟兵達が選ぼうとしたのは、自決する道。
しかしそれはリィンによって力ずくで阻まれ、そしてサラ教官の「甘ったれてんじゃないわよ!」という泣きそうな悲痛な呼び掛けで、猟兵達は動きを止めた。
サラ教官は、まるで己自身に言い聞かせるように、語った。
北の猟兵は、自分達は、誇りのために命を賭けていたのでは無いはずだ。
故郷の貧しさを、誰かの空腹をほんの少しでも紛らわせるために、子供たちを少しでも笑顔にできる二束三文の金を稼ぐために、血と硝煙に塗れた生き方を選んだはずだ。
「だったら最後まで、その欺瞞を貫いてみせなさいよ……! そうじゃなかったら大佐が……パパが余りにも浮かばれないじゃない……」
泣き崩れるサラ教官に、北の猟兵達も思う所があったのだろう、最後には「バレスタイン大佐の娘よ、お前が来たことを……女神に感謝しよう」と言い残して、満身創痍の状態でどうにか保っていた意識を手放した。
最大の仇であるオーレリア将軍とかつての仲間だったサラ教官に正面から破れ、北の猟兵にとっての北方戦争はそれでようやく終わりを迎えた。
残す敵は天守閣に陣取る結社のみと、リィン達は急いで要塞を先に進んで行ったが、北方戦役の決着が着いた以上はここで俺に出来ることは無いと判断して、俺はその先には進まずに海上要塞から脱出する事に決めた。
まともに戦える状態では無くなっていたこともあり、せめて多少は動けるようになるまでは隠れながら引き返そうと決めたその時、もと来た通路の方から一人の北の猟兵が俺に近づいて来た。
流石にこの状態だと危険だと思いながらも銃に手を伸ばしたが、その人は「戦うつもりはない」とだけ言って俺を無視して通り過ぎて、倒れた北の猟兵達の安否を確認した。
そして、全員死んでいないことを確認した後、こちらに戻って来て、想定外な事に俺の治療を申し出てきた。
何故俺を助けるのかと問うと「俺達に、北の猟兵としての戦場を与えてくれたお前に感謝してるからだ。それにしても……当然ではあるんだが、亡霊の正体がただの死にかけの人間だったとはな」と返された。
しかし、オーレリア将軍とサラ教官がここに来ていた以上、俺はむしろ余計な事をしてしまっただけなのでは無いかと聞けば、「サラの言葉を、まだ意識のあった奴はみんな聞いて、それで満足しちまったさ。それに、お前が半年前と同じく今回も俺達のために戦ってくれた事も知ってる。だから、余計な事なんかじゃない。みんな、お前には感謝している」と、そう言ってくれた。
ノーザンブリアの戦いで、結局俺は何も出来なかったと思っていた。
だから、当事者だった北の猟兵にそう言って貰えて、少しだけ驚いた。
俺の傷を手当てをしてくれたその人は、すぐにその場を後にして他の北の猟兵達と、占領された要塞を守っていた統合地方軍の兵士の様子を見に行った。
あの戦争が今日やっと終わって、その上で命を拾われてしまった以上は、一人でも多くの命を救おうと思うと、あの人はそう言っていた。
治療と休憩のお陰で少しはまともに動けるようになったこともあり、海上要塞からの脱出を決行した。
唯一の出口の側に飛行艦が停まっていたため正面突破は諦め、海に飛び込み近くの海岸まで泳ぎ、そこから隠していた車を回収して、ようやくオルディスの裏通りの宿屋に辿り着いた。
海水や汚れを落として最低限の傷の処置をすれば、もう体力の限界だったこともあり、すぐに眠ってしまった。
意識を取り戻した時には既に夕日が沈みかけており、そこからしばらくは痛みで浅い眠りと覚醒を繰り返していると、部屋の外に気配を感じて飛び起きた。
何時でも撃てるように銃を抜いて扉を少し開けると、
「あ、ごめんね。起こしちゃったかな? 動けるなら、開けてもらってもいいかな……?」
完全に想定外なことに、トワ先輩の顔が見えて思わず持っていた銃を落としてしまった。
前にも似たような事があったが、それでも驚いて呆然としていると、今度は舌打ちと共に「姉貴、どいてな。こういう時は蹴破った方が早いんだよ!」と不穏な声。
色々と危ないと思い急いでドアを開けると、部屋の外にはトワ先輩とアッシュが立っており、目が合った瞬間二人共大きく安堵して溜息を吐いていた。
「よかった……。あ、でもすぐに横になってねっ。傷口、開いちゃってるから」
トワ先輩は肩に掛けていた救急箱から消毒液と麻酔、針、糸を取り出して、混乱する俺を無理やりベッドに押し倒し、問答無用で手早く処置をし始めた。
何故二人が宿にいるのか理解できず混乱していると、アッシュが「よう兄弟。あんた、昔から行動が何一つ変わってねえな」と笑いながら状況を説明してくれた。
トワ先輩は、北の猟兵がラマール州で戦っていると把握した時から、俺がラマール州に来ることを想定していたらしい。
そして状況的に、俺が大怪我をして医者にも行けずに困る可能性が高いと予想し、士官学院の演習中にも俺の行動を密かに探り、今こうしてこの場を突き止めたのだと言う。
「あははは、結局はオーレリア分校長が……ううん、またあの時みたいに、親切な人が教えてくれたんだけどね。あ、分校長からの伝言も預かってるんだよ」
こほん、とトワ先輩を小さく咳をして「『此度の戦、大儀であった。そのようなつもりでなかった事は承知しているが、それでもかつての我が居城を守り、そして今日まで北方戦役を戦い抜いたその勇姿、しかと見届けさせてもらったぞ。そなたへの褒美はもう手配した。存分に癒やされるが良い』、とのことです。ご褒美? は本人に言えば伝わるって言われたけど、何のことか分かるかな?」と、将軍の伝言を伝えてくれた。
まるで何のことか分からなかったが、状況は理解できた。
将軍はあの北の猟兵との戦いの時、俺が近くにいた事に気付いていたらしい。
それを協力者であるヴィータさんに伝え、そしてヴィータさん経由で今の俺の場所を突き止め、最終的にそれがトワ先輩まで伝わったのだ。
そしてアッシュは「俺の方はあの化物女が姉貴に、そなたの飼い犬がー、なんて話しているのを聞いちまってよ。追いかけてみたら案の定ってわけだ。あんたが実は生きてるって話は最近ちょくちょく噂になってたが、まさか本当だったとはな。まあもっとも、たった今死にそうになってるみてーだけどな」と、皮肉げに笑っていた。
「もう、アッシュ君。またそんな憎まれ口、ダメだよ? 心配してくれてるのは分かってるんだけど、今日だって勝手に抜け出して着いて来て……一応、また反省文出してもらうからね? それに、私の事はちゃんと教官って呼びなさいっ!」
「へいへい、夜に仕事抜け出して男と逢引するオトナなハーシェル教官殿」
「あ、あい……っ!? ち、違いますっ! これは純粋に心配してっ!」
楽しそうに会話するトワ先輩とアッシュに、正直かなり戸惑ったし何故か無性に苛ついた。
そもそも姉貴って何だ。
アッシュにそう尋ねると「勘違いすんなよ。俺はあんたとの約束を果てしてるだけだぜ? あんたが兄弟だから、教官殿の事を姉貴って呼んでるんだよ」と返してきた。
俺はアッシュに、内戦の時にトワ会長達がラクウェルを尋ねて来たら、その時は協力して欲しいと頼んでいた。
アッシュは俺が死んでも、今まで律儀にその約束を守り続けてくれていたのだ。
アッシュの律儀さは知っていたが、それでも改めてお礼を言わずにはいられなかった。
「ったく、あんたら二人は本当に調子狂わせやがるな……。まあ、聞きたいことは山ほどあるが、流石にシュバルツァーの野郎も無断外泊は許さねえだろうし、あの化物女の粋なプレゼントも俺がいたんじゃ白けちまう。つーわけで、ここらで俺は退散させてもらうとするぜ。お泊りする教官殿を反面教師にしてな」
「わ、私だってちゃんと帰りますっ……!」
トワ先輩もアッシュももう帰ってしまうのかと思ってしまい、「忙しいのにありがとうございました。名残惜しいですが、先輩もアッシュも元気で」と、お礼と共につい未練を口に出してしまえば、「そこんところは安心していいぜ。演習の後始末も終わってる上に、休暇を取らねえそこのワーカーホリックには分校長直々に強制休暇命令が出てんだ。おあつらえ向きに、明日の朝一でのオルディスでの任務付きでな。で、ここまで弱ってるボロボロの捨て犬みてえな奴を放って、誰が何時帰るって?」とアッシュが尋ねる。
そしてトワ先輩は「あう……明日の午前中には、帰ります……」と、すぐに帰るわけではないと答えた。
アッシュはトワ会長の言葉に満足したように頷き「じゃあな、兄貴。また会おうぜ。まあ、この馬鹿げた状況だ。すぐに会うことになりそうだけどな」と、それだけ言い残して帰って行った。
「もう……アッシュくん、悪い子じゃないんだけどね」
苦笑するトワ先輩に引き止めてしまって申し訳ないと謝ると、
「私こそ、急に来ちゃってごめんね? 熱も下がらないだろうし、何があるかわからないから、今日くらいは様子を見ておこうと思ったんだけど、迷惑だったらすぐに帰るからねっ」
と、トワ先輩が焦ったような、そして不安そうな顔をしていたので、「そう言ってくれるのであれば……先輩の負担にならないのであれば、ずっといて欲しいです」と、頭がぼんやりしていたのであまり覚えていないが、そう答えたような気がする。
「だ、だからまたそうやって……っ! と、とにかく、縫合終わらせちゃうから、大人しくしてるようにっ!」
そうぼやきながらトワ先輩は、傷の縫合や火傷への対処などを丁寧にやってくれた。
処置の最中には「実はね、アンちゃんとジョルジュ君も帝国に戻って来てるんだ。アンちゃんなんて今この街にいて、ログナー侯爵の代理で領邦会議に出席してるんだよ」と、楽しそうにアンゼリカ先輩とジョルジュ部長の話しをしてくれた。同じく、トールズの演習で出向いた先で再会した、全員元気でやっているというⅦ組の皆の事も。
俺もつい先日ミリアムと会ったと話せば、「あはは、やっぱり。ミリアムちゃん、すっごく嬉しそうにしてたから。秘密だけど良い事があったって何回も自慢して、ユーシス君に怒られちゃうくらい」と笑っていた。
傷の処置が終われば、トワ会長は消化の良い簡単な食事まで作ってくれた。
あの時とはまた状況が違うが、ノーザンブリアで先輩に助けられた時と同じように、昂っていた精神が安らぐのを感じた。
「ふふ、ノーザンブリアの時のこと、もう半年以上前になるんだね。あの後からバタバタしてたから、何だかまだ昨日のことみたいに思い出せちゃうな」
先輩も、この半年はとても忙しかったと言っていた。
教官としての仕事の他に、個人的にこれからのために色々とやっているらしい。「まだ完全には形になってないから、もうちょっとだけ秘密にさせてね?」と詳細は教えてくれなかったが。
また学生時代みたいに無茶をしてるんじゃないかと心配すれば、「うーん……心配してくれるのは嬉しいけど、その台詞はそのままお返ししたいかな」とジットリした目で注意された。
だが、解せない。それは俺の台詞だと思う。アッシュも先輩のことをワーカーホリックなどと言っていたし。
「む、私だって、ちゃんとお休みはとってるんだよ? 行きつけのパン屋さんも出来たし、毎朝の休憩の時なんてそこで読書したりもしてるし。あ、そのパン屋さんね、若い夫婦で切り盛りしてる小さなお店なんだけど、パンも珈琲もすっごく美味しいんだ」
全部終わったらその時は一緒に行こうね、とトワ先輩は笑っていた。だが、休暇と休憩は違うのではないだろうか。
先輩から分校やリーヴスの街の事を聞いているうちに、俺はいつの間にかその日は寝てしまっていた。
朝起きるとトワ先輩はベッドに寄りかかって眠っていたので、起こさないように静かに先輩の寝顔を眺めていた。
起きた先輩からは少し怒られてしまったが、何と言うか癒やされた。
その時になって、オーレリア将軍の言う褒美が何かようやく理解できた。
存分に癒やされろと言うことは、つまりトワ先輩をここに向かわせてくれたその事自体が、俺への褒美だったのだろう。
その日の朝には仕事があるトワ先輩とは別れ、俺もオルディスに長居する訳には行かなかったので、車をラクウェルのジャンク屋に返して徒歩でラマール州を後にした。
隠れ里へと戻り、クロウ先輩にトワ先輩の事を話したら「お前、ちゃんとそういう所も成長してたんだな。学生時代のお前だったら、『結局ご褒美が何の事が分かりませんでした。試合でもしてくれる予定だったんでしょうか』とか頭おかしい事しか言わなかっただろうに。お兄さん、感激だぜ」と褒められたが、それはそれで何か解せない。
「ま、トワの方は相変わらずみたいだけどな。お前も苦労しそうだな」
トワ先輩の事や、先輩経由で聞いたアンゼリカ先輩、ジョルジュ部長の事を話せば、クロウ先輩はそう言って楽しそうに笑っていた。
一通り報告が終わると、
「ほらよ。せいぜい感謝してくれよ? お前がいない間、訓練相手もいなくて暇を持て余しちまってた俺が代わりに作っといてやったぜ。残った鉱石の量からして、作れてもあと五発。それを合わせても十発だけだ。騎神と戦り合うにはちと心許ないが、まあ、ないよりかはマシだろ」
先輩はそう言って、ゼムリアストーン製の特殊弾を五発渡してくれた。
計画のためとは言え、自由に動けないクロウ先輩も、色々ともどかしいのだろう。
しかし、それもあと少しの辛抱だ。
あと少しで、全てが終わる。
そのために今は、頑張ろう。
先ずは、怪我の完治と、特殊弾の増産からだ。
追記。
北の猟兵達は、主犯格の人は投獄されるが、その他の人達はバラバラに軍に編入される事になったようだ。
オーレリア将軍の口添えと、北の猟兵という強力な戦力を取り入れたかった帝国政府の思いが一致した結果の措置だった。
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========= 七耀暦1206年6月27日 =========
隠れ里の霊薬と霊力に満ちた温泉のお陰もあり、傷は完全に塞がった。
まだ痛む所はあるし、無理をすれば傷も開きそうだが、それでも我慢すれば何時も通り動けるため問題ない。
そのため今日は、先日の戦いを振り返りながら、あの時の感覚を忘れないように繰り返し型の鍛錬を行った。
海上要塞での北の猟兵達との連戦、極限状態だったあの戦いの中で、爺ちゃんが示してくれた『無月』がようやく見えてきたと思う。
全ての動きが淀み無く繋がり、氣が全身を巡る感覚。
俺自身の動きと、八葉の型、泰斗の技。それら全てが、ようやく一つになったと実感出来た。
手合わせをしてくれたクロウ先輩からも「やるじゃねえか。今なら一般的な流派で言えば奥伝、俗に言う達人級の実力はあると思うぜ」と言ってもらえた。
「まあもっとも、そこからが長えんだがな。俺もお前もまだまだだって事だ」
しかしクロウ先輩の言う通り、達人級と言えど上には上がいくらでもいる。
泰斗流の奥義皆伝者であるキリカさん、ヴァルターさんには、俺ではまだ到底勝つことなんて出来ないだろう。
俺よりも圧倒的に強いクロウ先輩でさえも、爺ちゃんやアルゼイド子爵、オーレリア将軍のように『理』に至った人間には、まだまだ届かない。
そもそも俺は未だ、『理』がどういうものか分からない状態だ。先は長い。
手合わせの後は、対物ライフルを用いた戦闘訓練を行った。
これも先日の列車砲の件、正確には赤い星座の狙撃手との戦いで学んだ事だが、俺に狙撃は向いていない。
正確に言うと、長距離から動かない的にならまだどうにか当てることが出来るが、動く敵に当てる事は絶望的だ。
あの凄腕の狙撃手ですらも、回避に専念した俺をあの距離から捉える事は出来ていなかった。それを踏まえると、俺が騎神を相手取って長距離から特殊弾を当てることは不可能に近いだろう。
そうであるならば、苦肉の策になるが、やはり拳銃のような中距離を想定した運用をするしかない。
重たく反動が凄まじいライフルを持っての高機動戦闘は難しいが、それでもロゼさんから教えてもらった障壁を駆使すればどうにか形になりそうだ。
例え動きながらでも、障壁でライフルを支え、そして反動も無理やり殺す事も出来る。
対人戦であればどうしても動きに隙が出来るため、そこまでして対物ライフルを使うメリットなどないが、対騎神戦ならば話は別だ。
多少の隙を許容しようとも、それくらいのリスクくらいは覚悟しなければ、そもそも話にならない。
もう余り時間はないが、どうにか形にしよう。
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========= 七耀暦1206年7月7日 =========
この数日で、今まで帝国で不穏な動きを見せていた結社や猟兵達が、何の動きも見せなくなった。
そして、
「先日のラマールでの実験の結果を以って、結社は正式に地精とオズボーン宰相……正確には、黒のイシュメルガの軍門に下ったわ。私以外の使徒の満場一致でね。まあ、最初から分かりきっていた事だけれど。つまり、決戦は今月の夏至祭。霊脈の歪みの中心、帝都で、『黄昏』が始まるわ」
「その前触れとして、200年前と同じく暗黒竜の呪いが再び帝都を襲うじゃろう。こうはなって欲しくなかったが、先日のラクウェルの霊脈の状況で確信した。状況は200年前と同じ、いや、それよりも悪い。妾もまだ魔女の長として存在しておらんかったが、むしろ900年前の再現と言うべきなのじゃろうな。活性化した霊脈と呪いによってかの暗黒竜は受肉して蘇り、人の子の魂は呪いに侵され、竜の眷属と化し、そしてそれは人から人へと感染する。900年前に帝都が死都へと堕ちた時の再現と言うわけじゃな。まあもっとも、その暗黒竜すらも、正確にはイシュメルガの呪いの一部だったわけじゃが」
ヴィータさんとロゼさんによって、最終決戦の日と、その過程で発生する過去帝都を滅ぼした事件の再現についてが断定された。
「黄昏と連動して、表では共和国との戦争が始まる。あとは戦争の大義名分となる口実だけだが、最近帝都に共和国のスパイが大量に入り込んだっつ―噂だ。この一年半、クロスベルとノーザンブリアを併合して、そんで税制を変えて集めた膨大な金を軍事費にして戦争の準備を始めてる帝国が、いつ喧嘩を吹っ掛けて来るかを探るのが目的の可能性が高いが、帝国に入っちまった以上、呪いの影響で何をしでかしてもおかしくはねえ。ちと弱い気もするが、このスパイの存在自体を口実に、ノーザンブリアの時みたいな言い掛かりで戦争が始められちまう可能性もある」
クロウ先輩からは、黄昏によって始まる闘争の引き金となる不穏分子の存在が知らされた。
俺達は、来る帝都夏至祭、一年で最も霊脈が活性化するその日に向けて、各々準備を開始する事となった。
俺は帝都で、戦争開始の引き金と成り得る共和国のスパイへの対処。
ロゼさんも帝都で、かつての因縁があるという暗黒竜への対処と決着。
ヴィータさんは各地で、地精と結社の動向を探り、そしてこの一年半準備してきた作戦を決行するための最終調整。
クロウ先輩は新ガレリア要塞に赴き、封印されたオルディーネさんを決戦のその日に奪還するための準備。
次に全員が揃うのは、作戦決行日、帝都でだ。
ついにクロウ先輩達が、あの内戦の終わりから今まで進めてきた計画が始まる。
呪いを堰き止めてくれている大地の聖獣は、別次元に隠された『黒キ星杯』で眠っている。
敵が聖獣を葬るために星杯をこの次元に引きずり出したその時が、作戦の開始となる。
聖獣を星杯ごと『楔』で封印し、そして黄昏を目指す敵対勢力と俺達の戦いによって星杯を闘争で満たし、その場で全ての騎神の相克を成す。
そして『巨イナル一』としてこの次元において再錬成された最後の騎神と、それに宿る黒のイシュメルガの悪意を、総力をもって破壊する。
俺は当初、呪いによって理不尽な戦いを強いられる人達をどうにかする事だけを目的としていた。
クロウ先輩達を手伝う道を、力のなさ故に選ぶことが出来なかった。
たが、今は違う。
クロウ先輩達の計画に微力ではあるが協力する事が出来る程度には、この一年と半年で、強くなれた。
対騎神戦への切り札である特殊弾も、10発用意できた。
何としても、作戦は成功させてみせる。
追記。
「あ、しまった。明日の朝にはエマが帰って来ると言っておったのを忘れておった……。ほれ、妾達は今夜から帝都に急ぐぞ。ヴィータと婿殿も、早う発つのじゃぞ」
夕食中、ロゼさんがいきなりそんなことを言い始めた。
ロゼさんが唐突なのにはもう慣れたが、流石にどうかと思う。
改めてロゼさんとヴィータさんに委員長に事情を話さなくても良いのかと聞いたが、
「別にあの子を除け者にしているわけではないのよ。あの子は、私達が失敗した時の保険。一番最初に言ったでしょう? Ⅶ組の子たちや貴方とクロウのお友達、それにオリヴァルト皇子達には期待しているって。この巫山戯たお伽噺は、彼ら、特にリィン君を中心に因果が巡っている。その因果に強く干渉してしまえば、私達の計画へも影響が出かねないの。それに心配しなくても、彼らは自分たちで真実に辿り着いて、因果が収束する場所にやって来るわ。まあ、婆様はそれだけじゃなくて、今更事情を説明するには秘密にして来た事が多すぎて、エマに怒られる事が目に見えてるから逃げようとしているようだけど」
「し、失敬な! それは妾だけじゃなくて、ヴィータも同罪じゃろうが! 未だに蛇の盟主とやらには忠誠を誓っておるなどと不安な事ばかり言うし、お主の方が色々と酷いわ! それにお主、婿殿とのことだって無理やり結婚したようなものじゃと聞いたぞ! 婿殿、こんな蛇みたいな娘、何時返品してくれても良いからの!」
「な!? その話は今全然関係ないじゃない! て言うか、誰から聞いたのよ!?」
「ふふん。お主らが新婚旅行などと言って遊んでおる間、妾達は妾達で楽しくやっておったのじゃ。のう?」
「貴方、この前だって愛しの彼女をプレゼントして上げたのに……分かってるんでしょうね?」
結果、何故か俺が被害を受けた。解せない。
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========= 七耀暦1206年7月15日 =========
帝都に潜入した共和国のスパイは、百人にも及ぶ規模だった。
帝都の地下に張り巡らされた地下道を拠点として活動する彼らは、情報局や憲兵隊からも逃れ続けており、今日まで誰一人として捕まっていなかった。
一人一人の練度も高く、新型の戦術オーブメントを使うことで自身の幻影まで作り出す事も可能で、地下道の隠し通路までもを活用する彼らを捕まえるには並大抵の実力では不可能だったのだ。
そして今日、リィンが率いる新Ⅶ組と、そしてトールズ本校のセドリック皇子が所属するクラスが、演習の一環として共和国のスパイ三名の捕縛に成功したらしい。
明日からはトールズ両校に加えて、限定的に活動許可が下りた遊撃士、そしてカレイジャスも協力して共和国への対処を行うようだ。
一方で俺は、すでに共和国のスパイを追いかけることを止めていた。
今日までの間に共和国のスパイと何度か交戦したが、現状で『呪い』の影は視えなかった。
そのため俺に出来ることはあまりないと判断し、ロゼさんの手伝いをして地下でプレロマ草の除去に励んでいた。
しかし今日、紅いプレロマ草が霊脈を通して『呪い』を纏った魔獣を出現させ、そして共和国のスパイ達が襲われる現場に遭遇した。
どうにか撃退したがどうやら俺がいた場所だけでなく、地下のいたる所で同じことが起きてしまっていたようで、共和国のスパイ達によると仲間と連絡が取れなくなってしまったらしい。
完全に『呪い』に支配されてしまうと、その人間は肉体の限界を無視して生者を襲い闘争を求める操り人形と化してしまう。共和国のスパイがそうなってしまえばそれだけで戦争の引き金に成りかねないと説明し、スパイの人達には共和国に帰ってもらえないかと説得した。
共和国のスパイ、正式名称はハーキュリーズという特殊部隊だったようだが、その人達は目の前で発生した常識では考えられない事態に対して、作戦続行がむしろ悪手と判断し、撤退を約束してくれた。
俺も可能な限り残りのハーキュリーズのメンバーを助け、退路を伝えて合流させると約束し、その場を後にした。
地下を一通り回ってみたが、しかし、呪いに侵されたハーキュリーズの人達を見つけることは出来なかった。
「眷属と化した人間は、その呪いに侵された場所ならば霊脈を通って好きに移動できる。地下で見つけられなかったのはそのせいじゃろう。妾の方も暗黒竜復活を回避できんかと色々と試してみたが、やはり無理そうじゃ。当初の予定通り、受肉した暗黒竜そのものを葬るしかないのう」
合流したロゼさんは大きく溜息を吐いて、「想定はしておったが、力を取り戻しつつある暗黒竜と戦うには、ちと戦力が足りぬ。今の妾でも、お主に手伝ってもらえば十分やれるじゃろうが、あくまでもこれは前哨戦。本番はその後じゃ。怪我をしてしまっては本末転倒になる。そこでじゃ」と、悪い笑顔を浮かべた。
「エマも含め、お主らの仲間は、やはり因果の中心におるようじゃ。見事に全員がこの地に集結しておる。だからこそ暗黒竜の対処は、Ⅶ組に任せようと思っておる。イシュメルガとの戦いにも巻き込まれる事がほぼ確定しておる以上、試練にはもって来いじゃろう。900年前に緋の騎神や妾の先代達がすでに討ち取った暗黒竜の残滓、それも不完全なそれ程度乗り越えられんで、この先を戦えるとは思えんからのう」
以前のラマール州でもそうだったが、リィン達は必ず帝国で発生している異変のその中心へと現れる。それが、リィンを中心に因果が巡るという事なのだろう。
明日はロゼさんがリィン達Ⅶ組を暗黒竜の所に導き、そして俺は呪いに侵されたハーキュリーズの人達を一人でも多く助けるために動くことになった。
だが、ロゼさんは乗り越えて当然の試練と言いはしたが、いざという時のために俺もその場には同席させてもらう。
相手は全ての元凶でもある『呪い』の集合体のようなものなのだ。
俺一人が加わっても大した戦力にはならないだろうが、それでもⅦ組の誰かが死んでしまうかもしれない事態になった時、その現場にいないせいで助けることが出来ないのは嫌だ。
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========= 七耀暦1206年7月16日 =========
暗黒竜は、見事新旧Ⅶ組の手によって葬られた。
俺の心配は無事、杞憂に終わった。
隠れて皆の戦いぶりを見ていたが、皆、学生時代より遥かに強くなっていた。
リィンは見事に鬼の力を使いこなし、ラウラもフィーも達人級の強さを身に着けていた。
もしかすると三人を追い越すことが出来たかもしれないと思っていたが、おそらくまだ勝てないだろう。
ガイウスも守護騎士としての力をまだ隠していたし、委員長も霊力だけならヴィータさんに並ぶまでになっていた。
他の皆も、戦う事からは離れていただろうに、それでも確実に学生時代よりも腕を上げていた。
アッシュを始めとするリィンの教え子たちも、皆、実力者揃いだった。
イシュメルガや、地精、オズボーン宰相達に、結社。
敵は強大だが、それでもⅦ組の皆も共に戦ってくれるなら、勝率は大きく上がるだろう。
ヴィータさん曰く、霊的観点からも結社や宰相達の動向からも、今から数日のうちに最後の戦いが始まるとの事。
それまでの間俺は、今日助けたハーキュリーズの人達が、帝国から無事に脱出出来るように手伝う予定だ。
一部のメンバーは軍に捕らえられてしまっているが、そちらは遊撃士協会が介入したこともあり、一応国際法に基づいた捕虜としての扱いを受けられるようなので、特に心配する事はなさそうだ。
追記
ヴィータさんから連絡があった。
ルーレにいるはずのアンゼリカ先輩とジョルジュ部長が、先月末から行方不明になっていたらしい。
余程の事がない限り、あの先輩たちがどうにかなるとは到底思えないが、今の帝国の現状だと何が起きても可怪しくない。
潜伏中のハーキュリーズの人に連絡を取ってみたが、共和国関連ではそんな情報はないとのこと。
帝国政府や結社、地精も怪しいが、何故このタイミングであの二人を狙うのか分からない。
手がかりも何もないようで、調べようにも何も調べることが出来ない状態だ。
作戦開始も近く、今は帝都を離れる事も出来ない。
心配だ。
そして何もする事が出来ない自分が、ただただ腹立たしい。
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