========= 七耀暦1206年7月17日 =========
今日の夜、皇城で行われた祝賀祭の最中、皇帝陛下が共和国のスパイと目される人物の手によって銃撃され、意識不明の重体となった。
それはつまり、黄昏の始まりの地への道が開かれ、大陸全土を巻き込んだ戦争が始まる事を意味していた。
黒の史書には黄昏が始まる場所、黒キ星杯の出現についてこう記されている。
『贄により古の血が流されし刻、《黒キ星杯》への道が開かれん』
史書に記された黄昏の引き金は、連動した帝国の表の事情、つまりは共和国、延いては大陸全土を巻き込んだ全面戦争の始まりとも言える。
それ故に俺達は『古の血』とは皇族、『贄』とは共和国の人間、つまりは帝都に潜入していたハーキュリーズのことを示すのだと予想していた。
どうせ地精や宰相は、戦争を強引に推し進める言い掛かりを、ハーキュリーズとは別に用意している。
ならば『呪い』に侵された共和国人の手によって皇族が害され、言い掛かりでも何でも無く、本当の意味で取り返しのつかない開戦の切っ掛けを作ってしまう事にならないように、ハーキュリーズの人達には可能な限り帝国を脱出してもらう。
その想定の下に今日まで動いていたが、しかし今となってはそれは甘かったとしか言えない。
宰相達は、俺達が保護できなかったハーキュリーズのメンバーを、呪いとは関係なく皇帝陛下暗殺の実行犯として仕立て上げるつもりだったのだ。
俺は『呪い』にばかり気を取られ、人間を操る方法なんてその他にも掃いて捨てる程あるという当たり前の事実を見落としていた。
だけど、まだ本当の意味で最悪の状態にはなっていない。
皇帝陛下を撃ったのはハーキュリーズではなく、トールズⅦ組として祝賀祭に招待されていたアッシュだった。
アッシュが、自らの手を汚してまで最悪の事態だけは回避してくれたのだ。
共和国人の手による皇帝陛下の暗殺という、取り返しのつかない最悪の事態を。
「すまねえ……俺にはあの時、あれしか思いつかなかった。言い訳にしかならねえが、宰相の野郎に、俺が皇帝を撃たなくても代わりにあの特殊部隊の奴らが来るだけだなんて言われてよ……戦争だけは回避しなきゃならねえって思って、共和国の奴らに殺られる前に、俺が死なねえように皇帝を撃っちまえばなんてクソみたいな策しか浮かばなくて、結局はこのザマだ。……なんつーか、ほんとに笑えねえ話だぜ。あの内戦の時、大して強くもねえクセにバカみたいに必死に、それこそ何で動けるのか分からねえような状態になっても、それでも諦めないで這ってでも前に進んで戦い続けるあんたに会って、ガキの頃から聞こえてた『一番悪いヤツを殺せって』って声や、十四年前にハーメルを、俺の故郷を消した奴らへ殺意と湧き上がる衝動、何よりもこの左目の疼きと戦うって決めてよ、そんで最近はもう殆ど疼きも消えてたんだ。だから最後のケジメに、ハーメルをなかった事にしやがった皇帝と宰相に詫びを入れさせようと、奴らが集まってた部屋に忍び込んだら、こんな事になっちまった。ハッ……何が、戦争だけは回避しなきゃならねえ、だよ。皇帝を撃った時、俺は特殊部隊の奴から盗んでた共和国製の銃を使っちまったんだ。冷静に考えたら、俺が開戦の引き金を引いちまってるじゃねえか……」
夜、皇帝暗殺の容疑で囚われたアッシュの様子を見るために牢屋に忍び込めば、アッシュは座り込み悲嘆に暮れていた。
霊視によってアッシュの左目を見てみれば、そこに僅かながらに『呪い』の残滓が視えた。もしも俺がもっと早くにアッシュの呪いに気づいていれば、こうはならなかったかも知れない。
確かに宰相に誘導されたからと言っても、共和国の人間よりも先に自分が皇帝陛下を撃つなんて方法以外に、いくらでもやり方はあったのだろう。
だが、それを選ばせない強制力こそが呪いの力だ。
そして歪められた因果に選ばれた『贄』であったアッシュに、その強制力を回避する術はなかったのだろう。
だが、アッシュは呪いと戦った。
理不尽に闘争を強要する呪いに抗って、『皇帝暗殺は共和国人の仕業ではない』という戦争を回避することが出来る僅かな可能性を、自らの意思で手繰り寄せた。
だから、アッシュの戦いは無駄なんかじゃない。むしろ俺の致命的なミスを、アッシュは救ってくれた。そう伝えるとアッシュは、
「よく分からねえけどよ……あんたや姉貴、それにシュバルツァー達は内戦の後からもずっと戦い続けてる。俺もトールズに入って、ちょっとはそれに関わってきたつもりだ。それも全部、俺のせいで終わったと思ってた。だが、まだ終わりじゃねえんだな?」
絶望で泣きそうだった顔を上げて、そう聞いてきた。
だから俺は「アッシュのお陰で、これで心置きなく最後の戦いに臨める。だからありがとう」と事実を伝えると、アッシュは安心したように意識を失った。
もともと『贄』たる呪いによって与えられていた負荷に加えて、戦争の引き金を引いてしまった罪悪感で精神を削られていたのだろう。
霊力の消耗具合からも数日は意識を取り戻しそうにないと判断して、俺はその場を後にした。
本当なら牢屋から出してあげたかったが、そうしてしまうと帝都がより混乱してしまう。
それに、明日の作戦が成功すれば帝国の呪いは消える。
そして鋼の至宝と呪いの事が公表できるようになれば、アッシュの罪もどうにかなる。むしろ共和国との間に遺恨を残さないように自らを犠牲にしてまで立ち回ったアッシュは、感謝されて然るべきだろう。
そのためにも、明日に備えて最後の準備を整えよう。
手甲と、小太刀の手入れ。
ARCUS、対物ライフル、拳銃の整備。
各種弾丸、爆薬、薬の確認。
全ては、明日に掛かっている。
頑張ろう。
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========= 七耀暦1206年7月25日 =========
今後の動きを整理するためにも、一週間前の事を整理しておこうと思う。
7月18日。
あの日、オズボーン宰相、ルーファス総督、セドリック皇子によって、カルバード共和国によって皇帝が瀕死の重傷を負ったという真っ赤な嘘が帝国全土に発表された。
それと同時に人々を戦争に駆り立てるべく演説が行われ、そしてカルバード共和国との戦争に備えて『国家総動員法』を近日中に成立させるという宣言が成された。
共和国が皇帝暗殺という暴挙に出たと信じ込む帝都の多くの人々は、呪いの影響もあって共和国への憎しみを口々に叫び、帝都は闘争の熱気に包まれた。
そしてその歪んだ帝都の熱気と連動して、黒キ星杯はこの次元に顕現した。
宰相、地精、結社、西風、赤い星座。
それら全ての勢力が結託して、クロスベルの古代遺物である『鐘』を使って別次元にあった黒キ星杯を共鳴させ、カレル離宮を媒体に星杯を顕現させたのだ。
そして、黒キ星杯の出現によって霊脈は大きく乱れ、そして暴走するかのように活性化し、多数の幻獣や魔煌兵が帝都に出現。
もともと黒キ星杯が顕現してしまえば、そうなることは見えていた。
故に俺達は計画通り、それぞれが動き始めた。
ロゼさんは、計画の要である『楔』の最終調整。
ヴィータさんは、協力者であるトマス教官と共に新旧Ⅶ組に帝都で起きている異変について説明し、そして黒キ星杯へと皆を導く。
クロウ先輩は、オルディーネさんの封印を解くために、星杯の出現と同時にガレリア要塞の攻略を開始。
そして俺は援軍として駆け付けてくれた隠れ里の人達と手分けして、幻獣と魔煌兵の対処。
幻獣と魔煌兵の出現場所は、予めロゼさんとヴィータさん、里の皆の魔術で誘導されていた。
しかしそれでも中には、何も対策をしていなかった街中に現れる個体もいた。
用意していた導力バイクで帝都中を走り回って幾度も戦ったが、ヴェスタ通りでの戦いのことはよく覚えている。
トワ先輩とどこか顔立ちが似ている女性とその家族を、どうにか助けることが出来た。学生時代に先輩から聞いた、叔母さんと叔父さん、そして従兄弟の男の子だったのだと思う。
そして、そこでジンゴとアシュリーさんにも再会した。
二人が建物の屋根からライフルや対戦車砲で支援してくれたお陰で、誰も死なせることなくその場を切り抜けることが出来たのだ。
「よー、久しぶりだなー。ほらケルベロス、番犬の先輩だぞ―。ちゃんと挨拶しろな―」
「今回使った弾、あんたに付けとくよ。ジンゴも独立して人手が足りないんだ。終わったら借金分は働いてもらうよ」
ジンゴは子犬を抱えて手を振り、アシュリーさんも相変わらず理不尽な事を言っていたが、助けられた以上何も言えなかった。
それからも、騎神の相克を成すために必要となる『闘争』による熱量と霊力の確保と、そして大前提となる帝都の人々の安全の確保のために、各機甲師団、ヴィータさんの表の協力者であるオーレリア将軍とウォレス将軍が率いる統合地方軍が到着するまでの間、必死で戦った。
そしてしばらくの後、帝都の通りに大量の機甲兵が流れ混んできて、
「直接顔を合わせるのは、ノーザンブリア以来か。ふふ、かつて『指し手』に大局に影響はないと切り捨てられたと聞くそなたが、今や魔女殿の切り札の一枚とはな。ここは今から私の戦場だ。狂犬、そなたはそなたの戦場に往くが良い」
駆け付けてくるなり、幻獣を一太刀で切り伏せた黄金の機甲兵から、オーレリア将軍のそんな声が聞こえた。
ノーザンブリアでは敵として何度も戦い、そして見逃された相手。かつてはどうしようもない敵として立ち塞がった将軍が、今は帝都の人達を守るために戦ってくれている事実は、それだけで心強かった。
そして、問題はここからだった。
バイクで向かったカレル離宮、悍ましい黒い霊力に満ちた巨大な繭のような黒キ星杯の前には、既にⅦ組の姿はなかった。
新旧Ⅶ組だけが先行して結界で覆われた星杯に入り、待ち受ける結社や宰相の陣営と既に戦いを開始している。それ以外のヴィータさんやトマス教官を含む面々は、星杯の前でそれを守る敵勢力と交戦していた。
黒キ星杯に攻め入ろうとする、ヴィータさん、トマス教官、リベールの遊撃士アガットさんや、その他の協力者達。
そして第二分校の生徒と、それを率いるトワ先輩たち教官陣。
対するは、トールズ本校の生徒と、結社、西風、赤い星座。
そして、ジョルジュ部長と、妙な仮面を被ったアンゼリカ先輩だった。
ジョルジュ部長が操る人形兵器、ミリアムのそれと同じ戦術殻が、明確な攻撃の意思を以ってトワ先輩に迫るのを見た時は、理解がまるで追いつかなかった。
バイクを走らせながら対物ライフルで迎撃し、そしてトワ先輩の横に辿り着いた所で、今度はアンゼリカ先輩が一気に間合を詰めて俺に拳を突き出してきた。
「ふふふ、与えられた役割とは言え、可憐な子猫ちゃんを甚振るのは私の信条に反すると思っていてね。私の獲物の前でその登場の仕方は気に食わないが、丁度いい所に来てくれたとお礼を言っておこうか」
咄嗟にバイクから飛び降りて数度打ち合えば、アンゼリカ先輩は大きく後退してジョルジュ部長の横に戻った。
アンゼリカ先輩が何を言っているかまるで理解出来なかったが、何はともあれ無事に生きていてくれた事実に喜び、しかし何故この状況で俺やトワ先輩を攻撃するのかを問いかけると、
「君にも改めて名乗らせてもらおうか。僕の本当の名前は銅のゲオルグ。黄昏を完遂させるためだけに全てを偽って生きてきた、地精の一人さ」
「そして私は紅のロスヴァイセという。偽りの名前と地精に使役される役目のみを持った、ただの駒さ」
そんな意味の分からないことを言ってきた。
思わずトワ先輩を見ると、静かに首を横に振られた。
続いてヴィータさんを見ると「そこの教官さん以外、クロウのお友達が揃いも揃ってこんなのばかりだったとはね。こうなった今、土台から覆される可能性すらあるわ」と、忌々しそうに舌打ちをされた。
ジョルジュ部長が地精の一員だったということは、クロウ先輩の生存を敵が把握している可能性が高いと、ヴィータさんはそう判断したのだろう。
だが、
「ジョルジュ君、アンちゃんも。言いたいことも聞きたいことも沢山あるけど、それでも今は何も聞かないよ。だから、今は戦おう」
二人に対して魔導銃を構えながら、「手伝ってくれるよね?」と俺にそう問いかけてくるトワ先輩も、そして俺も、先輩達が裏切ることはないと信じていた。
だから先輩に短く「勿論です」とだけ答えて、ヴィータさんにもこのまま作戦は続行しましょうと伝えた。
「まったく、貴方も全く同じ事を言うのね。いいわ、どちらにしろもう引き返せない。現状、戦力的に押されてるわ。決行まで後十分、私は最後の準備に取り掛かる。だから貴方はそれまで、せいぜい戦場を掻き乱しなさい」
「何か企んでるようだけど、させないよ。それに今更そんな奴が出て」
ヴィータさんとトマス教官が相手をしていた結社の執行者『道化師』が何か話す前に、道化師とその隣に立つ鉄機隊の三人の女騎士達に四つの手榴弾を投げつけ、抜き放ち様に二丁の拳銃で弾丸をばら撒いて爆発させる。
続けて、アガットさんと、小型の人形兵器に乗り込んだアガットさんの恋人が相手をしていた、西風の『罠使い』と『破壊獣』にも同じく手榴弾と拳銃の残りの弾を全て撃ち込んだ。
そして分校の教官である鉄道憲兵隊ミハエル少佐と、クロスベルの英雄であるランドルフ・オルランドさん、そしてその仲間であるティオ・プラトーさんが相手取る赤い星座に、バイクに詰んでいた対戦車砲を一気に全弾撃ち込み、持ち替えた対物ライフルでトールズ本校の生徒が駆る機甲兵三機の頭部のセンサーを打ち抜いた。
次いで俺に向かって迫りくるアンゼリカ先輩を閃光弾で牽制し、トワ先輩を抱えて大きく後退。
トワ先輩はそのままジョルジュ部長が操る戦術殻に導力魔法をぶつけ、同時に混乱する分校の生徒たちに指示を飛ばす。
「馬鹿野郎! てめえ、あの時のクソガキか! いきなり現れて無茶苦茶しやがるんじゃねえよ!! それに生きてたんならあのスチャラカ皇子に一言くらい言ってやれってんだ!!」
「ア、アガットさん、落ち着いて下さい! そ、それにほら、お陰様で体勢も立て直せましたし」
アガットさんからは色々な意味で怒られたが、しかしアガットさんはそれでも少しだけ笑ってくれていた。
リベールでオリビエさんに拾われた時に会った以来だから、もう数年以上前になるのに、俺のことを覚えてくれていたようだ。
「人様が話している最中に、礼儀がなってないね。流石にちょっと驚いたけ」
爆炎から余裕の笑みを浮かべて無傷で出てきた道化師に、トワ先輩を下ろしたその足で一歩で近づき、その顔を狙って拳を突き出すが、突如出現した結界によって防がれてしまう。
だが、それも織り込み済みだ。
ヴィータさんから事前に道化師の手の内と、対策は聞いている。
一つ。道化師に話しをさせるな。
二つ。何かあればすぐに結界を張るから、その結界を破って顔面を殴れ。
ヴィータさんから教えられた通り、結界の術式の核を発勁で打ち砕き、左の拳をその顔面に叩き付けた。
会心の手応えに道化師が吹き飛ぶのを確認し、そしてそこで漸く一息つけた。
「ほんとに成長したなあ、狂犬君。油断しとったわ、乱戦と奇襲は君の得意分野やったってのに。これじゃあ猟兵として失格や」
「今回は油断を恥じるより、相手を褒めるべきだろうな。所詮は勝ち戦と思って慢心していた俺達や星座とは違い、奴は本気で戦争をする気で準備をしていたのだ」
だが、ここまで隙をついて、ここまで物量に物を言わせても、それでも敵はやはり強かった。
こちらも余裕と言った様子で笑う西風の二人も、赤い星座にも、大きなダメージはない。全員、まだ十分に戦える状態だった。
しかし、敵陣営に傾きかけていた戦況を、一度止めさせることは出来た。
ヴィータさんに言われた時間まで、あと数分。それまで少しでも数を減らそうと思い構えを正した時、追い風が吹いた。
紅き翼カレイジャスが、カレル離宮に到着したのだ。
皆がカレイジャスと、そしてそれを駆るオリビエさん達の到着に歓喜の声を上げる中、カレイジャスからは「こちら巡洋艦カレイジャスである。結社の構成員、並びに猟兵団は即刻戦闘を中止せよ!」とアルゼイド子爵の声が響く。
戦場にいた全ての人が動きを止めて、カレイジャスを見上げていた。
戦艦としてのカレイジャスの兵力、そしてそれに乗るオリビエさん、アルゼイド子爵、トヴァルさんの武力と影響力。
味方はその頼もしさに安堵の息を吐き、敵は警戒して戦況を読もうと動きを止める。
これで最後の作戦を始めるための表側の準備は全て整ったと、そう思った時、しかしそれは起こった。
カレイジャスが、爆発したのだ。
真っ赤な爆炎が何度も空を染め上げ、カレイジャスは爆散して、そして、堕ちた。
「嘘……だろ……」
「い、いや……」
「こ、こんなのって……」
驚愕に目を見開くアガットさんと、分校の生徒たち。そして、敵であるはずの結社の鉄機隊デュバリィさん。
誰もが呆然と燃え上がりながら堕ちるカレイジャスを見る中、トワ先輩が静かに声を上げた。
「あれ……ジョルジュ君が……?」
そしてジョルジュ部長は、
「ああ。だから言っただろう。最初から、全てを偽って生きてきたって」
淡々とそう答えた。
だから、俺とトワ先輩は絶望に染まりかけた頭を切り替え、次の行動に移すことが出来た。
俺はトワ先輩に小さく「行ってきます」とだけ伝えて、対物ライフルを拾ってヴィータさんの下に走る。
「みんな、まだだよ! まだ終わってない! だから今は立って、戦おう!」
そしてそう叫ぶトワ先輩に答えるように、黒キ星杯の上空に蒼の転移陣が出現する。
そしてそこから現れたのは、三本の『楔』を従えた蒼の騎神、クロウ先輩とロゼさんだった。
「予定は狂ったけれど、このまま作戦は決行、今からが第二段階よ。ライサンダー卿、それに貴女達、この場はお任せします」
そう言葉を残したヴィータさんの転移術によって俺達もオルディーネさんの所に飛び、そしてトマス教官の匣とロゼさんの魔術でこじ開けた星杯を覆う結界の隙間を通って、精霊の道を通って転移で内部に侵入する。
「すまねえ。想像以上に霊脈が歪んでたようで、精霊の道を開くのが遅れちまった」
「じゃが、間に合ったようじゃな。お主の恩人の事は残念じゃったが、今は切り替えるんじゃぞ?」
クロウ先輩とロゼさんはカレイジャスの件を気遣ってくれたが、問題ないですとだけ答えて、オルディーネさんの肩に乗った状態で対物ライフルに特殊弾を装填する。
そして精霊の道を通る最中、ヴィータさんとロゼさんが星杯の中の状況を確認するために、遠見の魔術を空間に投影すれば、最悪に近い状況が映し出された。
Ⅶ組の皆は星杯の各所で、結社や宰相の懐刀であるルーファス・アルバレアと戦いを繰り広げていた。
そして星杯の底、黒の聖獣が眠るそこでは、黒の聖獣が灰の騎神を組み敷き、あろう事かゼムリアストーンで構成された騎神の装甲を捕食していた。
そしてそれを止めに入ったアルティナ・オライオンを襲おうとする聖獣に、ミリアムが操るアガートラムが一撃を入れる。
「ど、どうして……! 私の役目です、それは! 剣となるのも、リィンさんたちを守るのも!」
「まーまー、お姉ちゃんに任せときなって」
荒ぶる聖獣を前に悲痛な声を上げる妹に対して、ミリアムはそう笑って返した。
「スペック的には同等、ちゃんと役目は果たせるよ。ううん、役目なんてどうでもいい。リィンにユーシス、アリサにフィーにラウラにいいんちょ。マキアスにエリオットにガイウス、サラにアーちゃんも。それに、あの二人だって。僕がみんな、守ってみせる!」
ミリアムは、覚悟していたのだろう。
聖獣を葬るには自分か妹が『終末の剣』に至るしかないと知って、そして自らがその役目を引き受けるために、聖獣の前に出たのだ。
そして、聖獣がその巨大な鉤爪の標的としてミリアムに狙いを定め、
「やめろ、ミリアム!!」
「やめてくれええええっ!!!」
全てを悟ったリィンとユーシスの絶叫が響く中、精霊の道の終点が見えた。
星杯の底、ロゼさん達の言葉を借りるなら因果が収束するその場所に、転移が完了したのだ。
「やらせねえよ!!」
そしてクロウ先輩が駆る蒼の騎神オルディーネさんが振るう双刃剣が、振り下ろされた聖獣の爪を弾いた。
俺もオルディーネさんの肩から飛び、練り上げた闘気を拳に乗せて黒の聖獣の顎に全力の発勁を食らわせた。
次いでロゼさんとヴィータさんが、三本の巨大な『楔』を聖獣を囲うように地面に打ち込み、封印のための術式を展開する。
こうして、黒の聖獣を封印するための第一段階が完了した。
「あ、あ……。ほ、本当に二人なのか……?」
「なーに呆けてんだよ、リィン。ちっとばかし遅刻したようだが、50ミラの利子はこれで返したぜ。それに、休んでる暇はねえぞ。このクソッタレな御伽噺はここからが本番だ」
呆然として俺達に問いかけるリィンに、クロウ先輩は悪戯っぽく笑って返して、灰の騎神に手を貸して、立ち上がらせた。
「あははは、本当に来てくれたんだ……」
「ミリアム、無事か!?」
「ユ、ユーシス、苦しい……!」
そして力なく笑うミリアムを、上層から駆け付けてきたユーシスが抱きしめて、そして俺とクロウ先輩に向き直った。
「貴様ら二人には、この一年半で言いたいことが山程ある!! だが、だが……、本当によくやってくれた!」
泣きそうなユーシスという珍しいものが見れた事には驚いたが、それほどミリアムを大事に思っていたのだろう。
「悪い悪い。だが、積もる話はまた後でな。なあ、そうだろう? 鉄血に、地精の長さんよ」
そう言ってギリアス・オズボーン宰相と、地精の長、黒のアルベリヒにクロウ先輩は双刃剣を向けた。
「クロウ・アームブラスト! 何故、何故貴様が生きている!? 蒼の騎神の部品として繋がれるのは一人のはず! それは起動者に成り損なったそこの出来損ないの不死者のはずだ!」
「あ? 何を勘違いしてるか知らねえが、あいにくとこいつは、生身で無茶やり続けて死ななかっただけのただの馬鹿だぜ? まあ、不死者に成り損なったのは俺の方だったってわけだ」
目を見開いて叫ぶ地精の長に、クロウ先輩は楽しそうに、本当に楽しそうに笑う。
この一年半、一番もどかしい思いをしたのは間違いなくクロウ先輩だ。だから、待ちに待ったこの瞬間に、先輩は全てを賭けていた。
「見事だ、クロウ・アームブラスト。二年前にも君にしてやられたが、まさかこの時を狙い続けていたとはな。聖獣を封じるつもりのようだが、まだそれだけで終わりではないのだろう?」
そして、クロウ先輩に応えるように進み出たオズボーン宰相に、先輩は続ける。
「ああ。内戦の時はあんたにしてやられたが、リターンマッチだ。改めてゲームを挑ませてもらうぜ。騎神を出しな、黒のイシュメルガの起動者に、他の奴らもよ。今この場で、騎神の相克を成させてもらうぜ」
「先程は少し取り乱してしまったが、大層な登場をした割には何を馬鹿な事を言っている。まだ闘争が足りない。不十分な熱では、完全な状態での巨イナル一の再錬成が成されない可能性が高い。それに貴様達にあるのは灰と蒼の二機のみ。こちらには我らが主に加えて、まだ複数の騎神が控えている。まるで話にならないな」
地精の長は呆れたように肩をすくめ、そして「来たまえ。そして、聖獣を捕らえているあの結界を破壊しろ」と上層に向かって声をかける。
その声に応えるように、二人の人間が上層から飛び降り、そして転移させた紫と銀の騎神に乗り込み、並び立つ蒼と灰の騎神の前に立ちはだかった。
そしてさらに、この地に満ちる膨大な霊力によって復活を果たした緋の騎神が、その横に並ぶ。
紫は、西風の猟兵王。
銀は、結社のリアンヌ・サンドロット。
緋は、宰相陣営に組み込まれ、今や『鉄血の子供たち』の一人となったセドリック皇子。
「さあ、どうする蒼の騎士。これで三対二。貴様に勝ち目は」
「リアンヌ、何を遊んでおる?」
地精の長の言葉を遮り、封印術式の負荷で額に汗を浮かべるロゼさんが、銀の騎神に向かって「早うせい」と子供のように唇を尖らせた。
「いえ、数奇な運命を辿った貴女の義理のお孫さんと、そしてあの時の幼子を、もう一度正面から見ておこうと思いましてね。さて、これで三対二ですね。さあ、ドライケルス。イシュメルガを出してはどうですか。今こそ漆黒の悪意と、その因果を断ち切らせて頂きます」
そして、銀の騎神からリアンヌさんがそう返し、クロウ先輩の横に並び槍を突き出した。
俄には信じ難いが、オズボーン宰相はかの獅子心皇帝ドライケルスの生まれ変わりなのだという。
そして前世から黒の騎神イシュメルガの悪意に蝕まれ、この時代においてオズボーン宰相として、ついにその呪いに屈した。
かつてドライケルス帝と共に戦い、彼と共に生きる約束をしていたリアンヌさんは、イシュメルガを滅ぼしドライケルス帝の魂を開放できるその時のために、不死者となって二百五十年生き続けてきたのだ。
そしてかつての友であったロゼさんと、結社の同輩であったヴィータさんの説得に応じて、最後の戦いにこちらの陣営として立ってくれていた。
「ふふふ。そうか、ここまで用意をしていたか。リアンヌ、お前が立ち塞がるのであれば、確かに私が出るしかないようだな。全く以って見事だ、クロウ・アームブラストよ」
そしてついに、オズボーン宰相は全ての元凶である黒の騎神イシュメルガを呼び出した。
「正直、俺には何が何やらまるで理解が追いつかない。オズボーン宰相が……父が、ドライケルス帝? それに、結社の使徒でもある貴女が今ここで味方に付く事も、俄には信じることができません。だが、クロウ。信じて良いんだな?」
「ああ。悪いな、リィン。終わったら全部話す。だから今は、戦ってくれ。お前の力が必要だ」
大きく息を吐いたリィンは、クロウ先輩のその言葉に、折れたゼムリアストーンの太刀を構え直し、己に喝を入れた。
「新旧Ⅶ組総員! 俺に力を貸してくれ! これより、敵騎神三体の討伐を開始する!」
リィンの言葉に応えるように、戦術リンクを通して皆の霊力が集い、ゼムリアストーンの太刀の刀身を形作る。
六体の騎神が集い、そしてぶつかり合おうとする最中、しかし灰の騎神の背後から突如現れた巨大な剣が出現した。
その剣は銀の騎神が振るった槍で弾かれたが、しかし想定外の攻撃に全員が動きを止める。
「ふむ、仕留め損なったか。だが、まあいい」
そしてそこには、金の騎神が立っていた。
騎神を駆るのは、ルーファス・アルバレア。鉄血宰相の懐刀、『鉄血の子供たち』の筆頭だった。
「君にはお礼を言わないといけないね。君が試練の場を開いてくれたお陰で、私はこの時この場所において騎神の起動者として在れる。クロウ・アームブラストの策も、これで終わりだろう。絶対戦力である騎神を覆す策はもうないはずだ」
ルーファス・アルバレアは、俺にそうやって声を掛けて、黒、緋、紫の騎神の横に並び立つ。
「アハハ、これで騎神が四体。圧倒的じゃないか! これが力だ! あの時以上の! さあ、リィンさんにクロウさん、鋼の聖女! どうするつもりかな!」
緋の騎神から、そう狂ったように笑うセドリック皇子の声が聞こえた。
だが、それもクロウ先輩達の読み通りだった。
だから俺は対物ライフルを片手で構え、かねてからの予定通り、緋の騎神の前に立ち塞がった。
「は……?」
呆けるセドリック皇子を無視して、クロウ先輩は宣言する。
「散々勿体ぶってくれやがった奴らがいたが、これで漸く役者が揃ったってわけだ。正真正銘、こいつが俺達の最後の切り札。これで四対四だぜ。さあ、始めるとしようか、相克を」
その宣言と同寺、俺は緋の騎神に、特殊弾を撃った。
蒼の騎神は第二形態へと移行し、僅かに動きを止めていた金の騎神を一気に仕留めるべく双刃剣を振るう。
灰の騎神は、「お前ら、とことん狂ってやがるな! だが、そうじゃなきゃなあ!!」と笑う紫の騎神と、獲物をぶつけ合う。
そして、銀の騎神と黒の騎神は、無言のまま槍と剣で鍔迫り合いを始めた。
作戦の最終段階における俺の役割は唯一つ。緋の騎神テスタ=ロッサを食い止め、そして打ち勝つ事だけだ。
達人級の起動者が駆る騎神に、俺程度の力では勝つことは出来ない。
だが、呪いと力に溺れたセドリック皇子が相手であれば、そして内戦の最後に破壊され、黒キ聖杯に満ちる霊力で蘇ったばかりで、その内包する霊力も十全でない緋の騎神が相手であれば、僅かだが勝機はあった。
特殊弾によって腕を貫かれた緋の騎神は、怒り狂って『千の武器を操る魔人』の名に相応しい緋の能力を解き放ってきた。
空中から射出されて迫りくる幾多もの武器を、歩法と化勁によって躱して受け流す。
確かに威力も数も凄いが、まともに制御もできていない能力など、素人が撃つ銃と大差ない。
千の武器の能力を使った後の反動を狙い、走りながら三発の特殊弾を打ち込む。
ゼムリアストーン製と思われる騎士剣を盾にされ直撃はしなかったが、それでも騎士剣に大きく罅を入れることには成功。
そのまま対物ライフルを手放し、間合に踏み込んで、小太刀を抜く。
そして、俺を突き殺そうとする巨大な騎士剣、宮廷剣術の型から放たれたそれを、半歩だけ身体を捻り躱した。
セドリック皇子の宮廷剣術は、天賦の才を感じさせる鋭さであったが、まるで鍛錬が足りていなかった。抜き放った居合いにより、突き出された罅割れた騎士剣を断ち切った。
「な、馬鹿な!?」
再び緋の騎神は千の武器を放とうとして来たが、遅い上にその技は間合に入ってしまえばもう意味はなかった。
飛んでくる二本の剣を躱し切ることができず腹部と足を切り裂かれたが、無視してさらに一歩踏み込んで跳躍し、騎神の核に全力の零勁を撃ち込んだ。
だが、腐っても騎神。それだけで勝負は決まらず、セドリック皇子は空に逃げた。
「な、何なんだ貴方は! 貴方は英雄じゃないはずだ! 才能もなく、所詮は騎神に選ばれなかった落ちこぼれ! それが何でこの騎神同士の戦いの場に立っている!? あの時だってそうだ! 何で、何でそんな何の資格も持たない貴方が、ここにいる!!」
空から能力によって作った弓によって連続で矢を放ってくるが、所詮はそれも付け焼き刃。狙いを見据えて躱してしまえば、致命傷になるような当たり方をするはずもない。
だから対物ライフルを拾い、空に浮かぶ騎神を狙い二発の特殊弾を撃つ。
特殊弾の危険性を把握した皇子は、防ぐことは諦め大きく回避行動を取ったが、それこそが狙い通りだった。
空中に作った結界の足場を踏み、空へと駆け上がり、そして油断しきった緋の騎神に、再度発勁を打ち込む。
そして、騎神の身体を蹴って頭上を取り、七発目の特殊弾を脳天に撃ち込んだ。
最初は騎神相手という事で気負っていたが、資格がどうとかよく分からない事ばかり気にして、圧倒的な力に溺れて振り回され、自分の意思で戦ってもいない相手に敗けるはずがなかった。
これなら余程、ノーザンブリアで戦った機甲兵の方が強かっただろう。
騎神の中を巡る霊力の流れが一時的に止まったことを霊視で確認しながら、そのまま騎神の肩に着地し、金と紫の騎神を狙撃した。
セドリック皇子とは違い、二人は僅かな動作で特殊弾を躱したが、それでも十分に効果はあった。
先輩とリィンはその隙をついて、戦術リンクによる連携で同時に交差するように踏み込み技を放ち、金と紫の騎神をまとめて切り裂いた。
散々クロウ先輩と訓練をして来たのだ。そして、道は違えたがリィンは八葉の同門。戦術リンクなど繋いでいなくても、二人が何時、どう援護を求めているかなど分かり切っていた。
端から長期戦を狙うつもりなど、俺達には毛頭なかった。短期決戦のみを狙い、そしてそれは成ったのだ。
緋、金、紫の騎神が動きを止め、作戦は最終段階へと移行した。
決戦の場に立つのは、灰、蒼、銀と、全ての元凶である黒の騎神のみ。
「よくやったぞ、三人共。聖獣の封印もあと少しじゃ」
「ええ、私ももう覚悟はできている。決めてしまいなさい」
「さあ、リィン・シュバルツァー。私がイシュメルガを押さえている間に、四体の騎神の核を貫き相克を果たしなさい。闘争の果てに、条件は満たされたはずです。そして私の銀の騎神も打ち破り、六体の騎神の力を束ねた唯一の生者である貴方の手で、全てを、イシュメルガを終わらせるのです」
ロゼさん、ヴィータさん、リアンヌさんの言葉に、リィンは躊躇いがちに言葉を返す。
「いえ、ですが……クロウ、何で俺なんだ? これはお前が始めた戦いのはずだ。それに唯一生者である俺の手でとはどういう意味だ!?」
同じく俺も意味が分からなかった。
そんな俺達にクロウ先輩は笑って、何でも無い事のように告げた。
「お前にも今まで言ってなかったが、俺は内戦のあの日から、もう半分死んでんだよ。今はオルディーネに生かされてるに過ぎねえ。だからこの戦いが終われば、後は死んでくだけの身だ」
その言葉は、あまりにも衝撃だった。
俺はこの一年半、そんな事は何も聞かされていなかった。
「勘違いすんなよ、すぐに死ぬわけじゃねえ。一年か二年かくらいは持つだろうが、まあ、半分死んでる事は確かだ。だから、リィン。これからを生きるお前の手で、決着をつけてくれや。安心しろ、相克が成されても、生身にはなっちまうが俺達もフォローくらいはしてやれる」
先輩は覚悟を決めて、ずっとそのつもりで準備をして来たのだろう。
だから俺もリィンも、何も言うことが出来なかった。
太刀を構えて「わかった」と小さく答えたリィンに、クロウ先輩は満足そうに頷いた。
そして闘争によって膨大な霊力が満ちた空間で、倒れた三体の騎神が共鳴するように光を放ち始めた。相克を、灰の騎神が他の騎神を吸収する準備が整ったのだ。
俺の聞いていた結末とは違うが、それでも黒の騎神と、その他の全ての騎神の力を束ねた灰の騎神の、最後の戦いが始まるとそう思った時、しかし問題は起こった。
黒のイシュメルガから、オズボーン宰相の愉快そうな笑い声が響いた。
「見事だ。重ねて言うが、誠に見事だ。ここまでの策を練り実行したクロウ・アームブラスト。聖獣の加護を集め、星杯の封印を成した焔の眷属。只の人の身でありながら、執念の果てに騎神を打ち破った狂犬。この千載一遇の瞬間を、二百五十年という長き時間に渡り待ち続けたリアンヌ。そして、土壇場で最後の盤面に立ち、その役割を全うしたリィンを始めとするⅦ組諸君。この戦い、間違いなく我らの敗けだ」
「我が主、い、いや、ギリアス・オズボーン、何を言っている……」
オズボーン宰相の声に、地精の長が狼狽える。
しかし宰相は長を無視して、言葉を続けた。
「聖獣達の加護によって、黒の聖獣ごと完全に閉じた星杯を闘争で満たし、熱を圧縮、増幅、還元することで相克を成す。そしてその果てに『巨イナル一』をこの黒キ星杯を媒体として再錬成し、それを討つ。それは確かに黄昏を介さずに相克を成し、そしてイシュメルガを滅ぼす唯一の手段だっただろう。この私が辿り着くことが叶わなかった道だ」
正確にこちらの狙いを言い当てたオズボーン宰相は、「しかし」と静かに否定の言葉を発した。
「しかし、惜しい。諸君らは、帝国の呪いの元凶であるイシュメルガという存在の力を見誤った。いや、正確に言うならば、その存在の矮小さと臆病さを、見誤ってしまったのだ」
黒い霊力がイシュメルガから吹き上がり、そして警戒する俺達に言い聞かせるように、宰相は続けた。
「イシュメルガは、弱き者だ。滅ぼされる可能性があると知った今、己の生存に全てを賭ける。そしてその逃げ道は、万が一の時の保険は、私を黒の起動者として堕としたあの日に、すでに蒔かれていた。残念だが、この勝負、我らの敗けではあったが、諸君らの勝ちと言う訳でもない」
無念だ、と宰相はそう続けた。そしてイシュメルガから湧き上がった黒い霊力、呪いが、リィンを、灰の騎神を包み込んだ。
「が、がああああああああああああああああ!」
そして響き渡るリィンの絶叫と、そして突如荒れ狂る灰の騎神。
そして穢れた黒に染まった灰の騎神は、『楔』を基点に発生して聖獣を封じ込めていた結界に、その太刀をでたらめに叩き付け始めた。
「い、いかん! 取り押さえろ! 結界が持たん!」
「鬼の力、いえ、イシュメルガの呪いが暴走しているわ! 止められない!」
ロゼさんとヴィータさんの焦った声が響き、クロウ先輩がリィンを止めようとするが、しかし間に合わなかった。
結界は切り裂かれ、そして黒の聖獣が解き放たれてしまった。
「ふう、やっと動けるようになったが……まあ、今はこいつを押さえるのが俺の仕事かね」
そして最悪な状況は続き、イシュメルガから霊力の供給を受けた他の騎神達が再度立ち上がり始めた。
猟兵王は荒れ狂うリィンと灰の騎神を羽交い締めにして静観を決め込むようだったが、ルーファス・アルバレアとセドリック皇子は再び戦うつもりのようで、得物を手に取った。
「ふふふ、これで黒の聖獣は解き放たれた。多少は想定外の事もあったが、それでも後は終末の剣で聖獣を葬れば全て予定通りだ。さあ、セドリック皇子、今こそOzを殺し終末の剣を!」
地精の長が緋の騎神に告げ、無言のままセドリック皇子はミリアム達に近づく。
「終わりのようですね。殿は私が引き受けます。ロゼ、貴女は子供らを連れて逃げて下さい」
そしてリアンヌさんの言葉に、俺達は作戦の失敗を改めて突き付けられ、ロゼさんが舌打ちをしてミリアムとその妹の足元に転移陣を展開する。
だが、宰相は、いや、イシュメルガはそれを許さなかった。
一瞬でロゼさんの所に移動し、ロゼさんを大剣で切り裂こうとする。
リアンヌさんがどうにか槍で受け止めたが、膨大な霊力のぶつかり合いで不完全だった術式は解除された。
「おいお前ら、ミリアム達を連れて逃げろ! その二人が殺されたら終わりだ!」
クロウ先輩がユーシスとリィンの教え子達にそう叫び、金の騎神を抑える。
俺も再び緋の騎神に最後の特殊弾を撃って牽制したが、それは空に現れた巨大な盾で防がれた。
「ふふ、不意を付かれさえしなければこんな物か。今度こそ、貴方ごとアルティナ・オライオンを殺して差し上げますよ。所詮は英雄になれない偽物の悪足掻き、ここで終わらせて頂く!」
切り札である特殊弾を全部使い切ってしまった俺とは対象的に、新たな剣を能力で作り出した緋の騎神。
後は自力でやるしかないと構えを取った時、俺の前にミリアムが進み出た。
「ミリアム、何をやっている! お前が殺されれば、それが黄昏の引き金になるんだぞ!」
ミリアムを逃がそうとするユーシスがそう叫ぶが、ミリアムは静かに首を振った。
「ううん。どっちにしろ、あの聖獣を放ってはおけないよ。だから、僕、やるよ」
「ミ、ミリアムさん……?」
呆然とするユーシスとアルティナ・オライオン、そして興味深そうに状況を見守るセドリック皇子。
そんな三人を無視して、ミリアムは俺に問いかけて来た。
「ねえ。前にさ、情報局員の僕の事、信じてくれるって言ったよね? それって今でも変わってない?」
意図が分からず「当然だから、今はユーシス達と一緒に逃げてくれ」と返して無理やり退かそうとすると、ミリアムは「じゃあ」と俺にしか聞こえないように小さな声で続けた。
「先輩たちの事も、信じられる?」
今まで見たことがないくらい真剣な眼差しでそう尋ねるミリアムに、俺は動きを止めしまった。
「僕はね、色々知っちゃった後だったから、正直に言うと信じられなかった。だから、僕が信じてるⅦ組のクラスメイトだった君とクロウに、決めて欲しいんだ。もしも、先輩たちを信じられるなら、二人が僕を殺して」
その言葉は、準契約者として繋がっているクロウ先輩にも聞こえていた。
一瞬意味が分からず思考が止まってしまったが、ミリアムは構わずに続ける。
「二人が、僕を殺す。それがもしもこの状況になっちゃった時、黄昏をどうにか出来る唯一の手段になるんだって。それに、僕も死ぬわけじゃないって、そう言ってた」
俺もクロウ先輩も、理解していた。
聖獣を殺すことが出来る終末の剣は、必要だ。
封印が失敗してしまった以上、目を覚ました黒の聖獣は今ここで殺すしかない。
引き換えに黄昏が始まってしまうが、それでも殺す術のない黒の聖獣、それも呪いの集合体であるそれが外に出てしまえば、結局は帝国は、世界は滅んでしまう。
だから、俺とクロウ先輩はミリアムの言葉に頷いた。
何よりも、ミリアムが言う先輩達とは、ジョルジュ部長とアンゼリカ先輩だ。
ジョルジュ部長が「唯一の手段」と言った以上、それは確かな事だ。
そしてあのアンゼリカ先輩が、例え世界が滅ぶことになろうと、ミリアムのような女の子の命を引き換えにするはずがない。
ジョルジュ部長もアンゼリカ先輩も、相変わらず無茶苦茶だ。その先輩たちの言葉を信じてくれたミリアムには、感謝してもしきれない。
「本当にいいんだな、ミリアム? 俺が最後の最後でミスっちまったせいで、お前をこんな目に合わせちまう事になって、正直謝罪の言葉もねえが……」
「ううん、いいよ。二人ならそう言ってくれるって、僕の背中を押してくれるって、実は僕も信じてたし。それにもしも嘘だったとしても、この状況じゃあ僕がやるしかないもんね! それにどうせ死んじゃうなら、せっかくなら僕を助けてくれた二人に殺されたいしさ。ごめんね、ユーシス、アーちゃん! これは僕が望んだ事だから、二人に文句は言わないでね! 僕、ちょっと世界を救ってくるよ!」
ミリアムは俺とクロウ先輩の返事に嬉しそうに頷いて、そしてユーシスと妹に手を振った。
「ミリアム、お前、何を言ってるんだ……」
「ミ、ミリアムさん……」
呆然とするユーシスとミリアムの妹を無視して、俺は小太刀でミリアムの頸動脈を切り裂き、クロウ先輩は心臓を突き刺した。
きっと、痛みも苦しみもなかったと思う。
「な、楔が……!?」
「こ、これは!? あの犬っころ、何か仕込んだと思っておったがどういう事じゃ!?」
ヴィータさんとロゼさんが驚愕の声を上げた直後、ミリアムの遺体とアガートラム、そして蒼の騎神と、そして俺の小太刀までもが光を放ち、そして三本の聖獣の加護が宿った『楔』が共鳴し、星杯全体が眩い光と膨大な霊力の奔流に包まれたと思った瞬間、そこには巨大な一本の剣が浮いていた。
「これが終末の剣……確かにこれなら行けそうだな。ミリアムの奴、リィンが使うことを見越してこうなったみたいだが、今は俺が使わせてもらうぜ!」
そしてそれを手に取ったクロウ先輩は、金と緋の騎神を無視して黒の聖獣へと向かい、その首を刎ねた。
ミリアムの剣の力は凄まじく、ゼムリアストーン製の武器では傷をつけることすら出来なかった聖獣を、一太刀で葬ってしまった。
聖獣によって堰き止められていた『呪い』が黒キ聖杯を満たし、そしてそれは一気に外へと溢れ出した。
そして聖獣を失ったことで星杯は実体を保てなくなり、崩壊が始まった。
「ええい、ヴィータ、エマ! 手伝え! 今は脱出じゃ!」
誰もが突然の事態に呆気に取られる中、ロゼさんの一喝だけが大きく響き渡った。
エマ委員長が星杯の各所で敵と戦っていた旧Ⅶ組を転移術でロゼさんの下に集め、そして外への転移の準備を始める。
「私は例の保険の準備に入るわ。だからここでお別れだけど、クロウ……後で連絡して」
「ああ……俺も話さなきゃならねえことがある」
ヴィータさんとクロウ先輩は短いやり取りを終え、それぞれ行動を開始した。
ヴィータさんはリィンの教え子の一人を招き、転移陣を構築する。
クロウ先輩は終末の剣を、リアンヌさんは槍を構えて、未だ暴走を続けるリィンを取り返すために他の騎神の動きを牽制する。
だが、すぐに星杯が崩壊する事を把握した敵の陣営も、騎神と結社の転移術によって離脱の準備を始めてしまった。
「ったく、仕方ないわね……!」
それを追いかけるようにセリーヌさんが飛び出し、結局リィンとセリーヌさんを巻き込む形で、敵は星杯から姿を消してしまった。
そんな中、事態に混乱する生徒の一人が声を荒げた。
「ちょ、ちょっと……! ミュゼ! どういうこと!? あなた、何でその人と二人で!」
「ユウナさん、クルトさん、アルティナさんも。残念ですがここでお別れです。計画が失敗に終わり、黄昏は始まった今、全ての盤面を動かす必要が出てきました。皆さんと過ごせたこの数カ月は、私にとっても宝物です。どうか健やかに」
ヴィータさんと一緒に転移しようとしていた学生、ヴィータさんの表の協力者にしてスポンサーだった『指し手』こと次期カイエン公爵は、他の生徒たちにそう別れを告げて、ヴィータさんの転移術で去って行った。
呆然とする生徒たちと、そして俺とクロウ先輩に何かを言いかけようとするⅦ組の面々は、しかしサラ教官の「全部後にしなさい! 今は脱出が先でしょう! クロウ、任せていいのね?」という言葉で押し黙る。
「ああ。お前らは今から俺とオルディーネで、魔女の隠れ里に一緒に転移させる。委員長は手伝ってくれ。これだけ霊力が乱れてると、お前の補助がなきゃ正確に飛べねえ。婆様は、外の奴らのこと頼んだぜ。ああ、お前も行って来い、あいつのこと心配だろ?」
そこにクロウ先輩が有無を言わせず皆に動きを伝え、ロゼさんと俺以外を隠れ里へと転移させた。
俺はロゼさんと共に星杯の外、こちらも空間ごと崩壊する星杯の影響下で時空が歪んでいる状態の場所に出た。
外でも星杯によって異次元化された空間の崩壊はすでに始まっており、トマス教官が匣で皆を安全な場所に飛ばされるように術を使い続けている状態だった。
トワ先輩も生徒たちが一人にならないように誘導している最中で、どうにか合流することが出来た。
「ここまで空間が歪めば、もう狙った場所に転移させる事は不可能じゃ! ある程度はイストミアの近くに飛ばす! 焼け石に水じゃが結界は全力で張っておけ! そして後日、改めて戻って来い!」
そして生徒たちを全員飛ばし終えた後、焦るロゼさんによって俺はトワ先輩と共に二人でイストミア大森林、隠れ里の南にあるリベールとの国境近くに飛ばされた。
その後は、騎神戦と結界の維持で使い果たした霊力の消耗が激しかった俺は、トワ先輩に介抱される形でリベールに落ち延びた。
転移後は意識が朦朧としており、トワ先輩がどうやって皇帝暗殺によって警戒が高まっている状況下で国境を越えたのかはよく分かっていないが、気づけば商業都市ボースに辿り着いていたのだ。
こうして一年と半年を賭けて準備してきた、全てを終わらせるための計画は、失敗した。
だが、まだ全てが終わった訳はない。
共和国との全面戦争に関しては、アッシュが僅かな希望を繋いでくれた。
そして、黄昏とイシュメルガに関しても、まだどうにか可能性がある。
ジョルジュ部長とアンゼリカ先輩が見出し、そしてミリアムが信じた道だ。
あの時、ミリアムがその命と魂を終末の剣へと昇華させた時、俺は確かに霊視によって視た。
聖獣の加護が宿った三本の『楔』が消失し、それと引き換えにミリアムは剣へと至った。
概念武装。この次元に実体として存在しないモノと、ロゼさんがそう言っていたミリアムの終末の剣は、確かにあの場に膨大な霊力と聖獣の加護を宿した状態で、実体として存在していた。
そして聖獣の加護はミリアムにだけではなく、クロウ先輩と、俺の小太刀にも宿っている。
「ヴィータにも、婆様にも検討がつかねえって話だが……崩壊しかけていた俺の魂って奴が、元に戻っちまったらしい。聖獣の加護の力らしいが、詳細はあいつらをとっ捕まえてみるしかねえだろうな。お前の方はどうだ?」
オルディーネさんを介した念話で、クロウ先輩はそう言っていた。
そして俺もどう説明していいか分からないが、小太刀から大地の聖獣の加護を感じる。
そして、その聖獣を侵していた『呪い』を、小太刀からと、そして俺自身の身体からも同時に感じることが出来る。
まだ確かな事は分からないが、この加護はかつて大地の聖獣がそうしてくれたように、『呪い』を己に封じ込めるための力なのだと思う。
リィンのような鬼の力、正確にはイシュメルガの呪いだったそれと同じようなモノかとも思ったが、どうやら違うようだ。
ただイシュメルガの悪意を俺自身に封じ込める事ができるだけの力だが、今の帝国の状況下においてはそれは計り知れない大きな意味を持っている。
だから計画を完遂させることが出来なかった俺達ではあるが、まだ出来ることはある。
俺の怪我も治り、そして霊力も回復した。
今晩には、一人で何処かに行っていたトワ先輩も戻ってくる。
トワ先輩は「二人の力になってみせるって、前に約束したよね? 内戦の時、私は何もしてあげる事が出来なかった。でも、今ならきっと力になれると思うんだ。だから三日だけ待っててっ!」と、そう言っていた。
今はまだ新旧Ⅶ組の皆も、最後の戦いで力を使い果たしたため眠りについているらしいが、皆生きている。
リィンとセリーヌさんも敵に連れされてしまったが、まだどこかで生きているとオルディーネさんが言っていた。
だから、まだ終わってはいない。
終わらせない。
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第Ⅲ部、完です。
次からが最終章となりますので、引き続きよろしくお願いします。
また、誤字脱字の報告を下さった皆様、ありがとうございました。