凡人の軌跡   作:kuku_kuku

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大戦編:七耀暦1206年8月序盤

 ========= 七耀暦1206年7月26日 =========

 

 今朝、トワ先輩と今後のことについて話し合い、俺達が現状においてどう動くべきかを決めた。

 最初はクロウ先輩達と一度合流しようかとも思っていたが、俺と先輩はこのまま二人で帝国中を回る。

 

 帝国中を回るにはそれなりの移動手段が必要だが、そこはトワ先輩が解決してくれた。

 ここ数日どこかに行っていたトワ先輩は、かなり驚いたが小型の高速飛行艇に乗って帰って来たのだ。

 

 これからの方針を決めるにあたって、トワ先輩とこれまでの事や、自分たちの思いなど、色々な事を話した。

 

 トワ先輩がこの一年半考えてきた事、そして俺が考えてきた事。

 そして、二人がこれからどうして行きたいかを。

 

 トワ先輩はこの一年半、独自に帝国の未来を見据えて動いていたと話してくれた。

 先輩は士官学院を卒業後、内戦時に『希望の翼』として築き上げた人脈と情報網を、帝国内外で活動するNGOの一員として更に広げていたらしい。時には逆にNGOという肩書を隠れ蓑にもしながら。

 

「あの内戦の後にね、二人が戻って来れない理由を私なりに考えてみたんだ。リィン君達から最後に煌魔城で何があったかも聞いてから、あのひどかった内戦でさえもまだ氷山の一角なのかなって予感もあったし」

 

 だからその予感を確かめるために、ここ十数年の帝国各地の経済、政治、そして人の流れを追いかけて、そこに帝国内外各地の協力者から得た情報を重ねたらしい。

 そしてそこから見えてきたのは、帝国によって徐々に秘密裏に進められていた大陸全土を巻き込んだ世界大戦のための準備と、そしてそれが間もなく完了してしまう事実だったと言う。

 

 トワ先輩が語ってくれたその結論は、あのヴィータさんが『まるで盤面を読むかの如く未来を見通す、アルノールの古き血の極みが成せる異能』と称した力を持つ次期カイエン公爵が予想した、俺達の計画が失敗した時に訪れるであろう未来と一致していた。

 

「レミフェリア公国、カルバート共和国、リベール王国を中心に、その他の国にも秘密裏にアプローチがあったみたいだから、世界大戦の準備を進めるオズボーン宰相達に対抗しようとして、ずっと宰相と戦ってきたオリヴァルト皇子とはまた違う別の勢力が動いているのはわかってたんだ。でもまさか、全部の計画を立ててたのがミュゼちゃんだったなんて驚いちゃったよ。改めてこうやって本当の事を聞くと、やっぱりミュゼちゃん、すごい子だったんだね」

 

 先輩は元自分の教え子にして現リィンの教え子、『指し手』ことミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンを嬉しそうにそう褒めちぎっていたが、俺からするとその動きを把握できているトワ先輩も大概だと思う。情報戦の心得は昔に授業で習った程度だが、どう考えてもおかしいのではないだろうか。

 

「ううん。私は色んな人から教えてもらった事をまとめて、そこから今の流れを予想しただけ。だから宰相とミュゼちゃんの狙いが何なのかは分かっても、それをどうこう出来るわけじゃないんだ。本当にすごい人って言うのは多分、あの二人やオリヴァルト皇子のように、ずっと前から今の状況を読み切って、それに合わせて準備をしてきていた人達なんだと思う。だから三人と立っている場所からして違う私に用意出来たのは、この飛行艇とか、それくらいのものだけなんだ」

 

 トワ先輩はそう落ち込んでいたが、今現在俺とトワ先輩が乗っている小型の高速飛行艇は、貴族でも何でもないはずのトワ先輩が秘密裏に個人の資産で用意出来るはずがないものだ。

 かつて帝国解放戦線、クロウ先輩たちが運用していたRFグループの飛行艇と同型だったこともあり、アリサやアンゼリカ先輩も絡んでるのかとも思って聞いてみれば「この子はサザーラントの貴族の人と、リベールの一般企業の人に助けてもらって、それで手に入れたんだ」と首を振っていたが、それはそれで余計意味が分からない。

 

「明日から二日間は、帝国東部を中心に回ろうと思うんだ。その後の二日で西部かな。かなり厳しい日程になるけど、この四日間で主要都市は一通り回って、少なくともトールズの卒業生、可能なら内戦の時に協力してくれた人、NGO時代に知り合った人達の所には一通り顔を出して、みんなで情報共有出来るように準備しておきたいんだ。そのうち情報局の方で広域通信も妨害、傍受されちゃうようになるから、近距離通信か直接会っての口頭での情報交換がメインになっちゃうけど、それでも現状はそれが一番確実になると思うから」

 

 国家総動員法が可決される前、まだ軍の飛行艇の警戒態勢がトワ先輩が把握できてるパターンのうちに、どうしてもそれだけは終わらせておきたいと、トワ先輩はそう語った。

 

 今更ではあるが、改めてトワ先輩はすごい人だと思った。

 共和国との戦争について発表されて、まだ十日だ。

 それでここまで動けている、動けるように以前から準備をしていたのだから、俺とは見えている物からして違うのだろう。

 

 本当に頼もしい。

 そしてそんなトワ先輩のために俺が出来ることなど、大してないのだろう。

 

 そう思って、俺は自分の考えと共に、トワ先輩に別れの挨拶をした。

 

 ずっと前、煌魔城での戦いで命を取り留めた時から、俺がどうするかはすでに決めていた。

 

 理不尽な戦いに巻き込まれる人達を守る。戦いたくないのに理不尽に戦わされる人たちも、等しく守る。

 そのために、『呪い』と戦う。

 

 だから今日の夜には、敵に囚われてしまったリィンとセリーヌを探しながら、共和国との戦いの最前線であるクロスベルに向かおうと思っている。だからここでお別れですと、そう伝えるとトワ先輩は、初めて見るような悲痛な面持ちで俺の手を握って来た。

 

「今から、ひどいこと言うね。私のこと、すごいって言ってくれたけど、私はそんなんじゃないんだ。だって私は、最初から人の力を当てにしてる。今だって、そうなんだ」

 

 突然の事に驚いていると、トワ先輩はそのまま俺に抱き付いてきた。

 

「何回も考えたんだ。世界全部を巻き込んだ戦いが始まっちゃうって、その可能性に気づいた時から。私に何が出来るだろうって。何回も何回も」

 

 トワ先輩は泣きそうになるのを堪えるように、謝るように、続けた。

 

「でもね、結局浮かんだのは一つだけ。それ以外は何もまともな考えが浮かばなかったの。もっと何年も前から気がついてたら、もしかしたらやり方はあったかも知れないんだけどね。だけど考えついたのは、結局一つだけだったんだ。全部を巻き込むような戦争が始まっちゃったら、私に何が出来るだろうって考えた時、真っ先に思い浮かんだのは、内戦の後に帝国を回った時に会った、貴族連合や正規軍の兵士の人達の言葉だったんだ」

 

 内戦で、自分たちが何のために戦っていたのか分からなくなった。

 大義があると思って始めた戦いで、護るべき民を戦火に巻き込んで自分の手で殺した。

 敵だと思っていた相手は、その実、民を救うために戦っていた。

 だから今となっては、あの戦争に意味がなかったと、そう思ってしまっている。

 

 先輩は「そんな事を言ってる人が、何人もいたんだ」と言っていた。

 

「だからね、戦うしかないと思ったんだ。共和国の人と戦うって意味じゃなくてね、帝国で戦争に行こうとしている人と向き合って、その人が何のために戦おうとしているのかと向き合って、その上でその人と戦う事が大事なんだって、そう思ったんだ。もちろん、色々と考えた結果、自分で戦うことを選んだ人だっていたはずだよ。でもあの内戦で、少なくとも私が話しを聞いたその人達は、後悔してた。ちゃんと戦争に向き合わないで、ただ押し付けられちゃった大義とか憎しみを理由に戦争を始めたことを。さっき、呪いと戦うって言ってたよね? たぶん私が考えてる事も一緒なんじゃないかなって、そう思うんだ。でもね……私には一人で戦う力がないの。それに、本当の意味で戦うことと向き合って来なかった私には、その資格がないと思うんだ」

 

 トワ先輩は抱き付いていた俺から離れて、そして決心したように涙に濡れた真剣な目でこちらを見てきた。 

 

「だから、私に貴方の命を下さい」

 

 そして、そんな事を言ってきた。

 

「ひどい事を言ってるって、わかってる。あの内戦の時みたいに、また死ぬような怪我だってしちゃうかも知れない。だけど……それでも、私に戦う力を貸して下さい。私だけだと、駄目なの。だから、一緒に戦って下さいっ!」

 

 トワ先輩は、そう言って俺に頭を下げて来た。

 

 正直、色々な意味でかなり驚いた。

 トワ先輩が語ったその道は、表において世界大戦という大局をどうする事も出来ず、裏において至宝という根本的な原因をどうする事も出来ず、ただ目の前の戦いを選ぶ事しか出来なかった俺が選んだ道と同じだった。

 かつてヴィータさんにお花畑と言われ、指し手には「たかが何の力もない一人の人間が小さなグラスで大海の水を掬い出そうとする行為に、私は意味を見い出せません」と言われた道だ。

 

 独自の情報網に加えて各勢力への人脈、影響力、そして例え俺が何人いても敵わないような様々な能力を持つトワ先輩が、その道を選んだ事をすぐには信じることが出来なかった。

 

 トワ先輩の言葉を理解するのに時間がかかり過ぎて、トワ先輩が「ごめんね……そうだよね……やっぱり、ダメだよね」と落ち込み始めた所で、漸く我に返って返答できた。

 

 俺からしたら、それは願ってもない話だった。

 トワ先輩が飛行艇や情報面で色々と手伝ってくれるなら、一人で戦うよりも遥かに効率が良い。

 それに元より、内戦中はトワ先輩との約束で生きることを諦めずに済んで、そして文字通りトワ先輩やアンゼリカ先輩、ジョルジュ部長に命を救われた身だ。その後もノーザンブリアでも、オルディスでも助けてもらった。

 最早俺の命はトワ先輩のものと言っても過言ではないのだから、好きに使ってくれて構わない。

 

 そう伝えるとトワ先輩は「あ、あれ……? あ、ち、違うのっ! 命を下さいって言うのは言葉の綾で……!」としばらく混乱していたが、その後、落ち着いて今後の動きについて二人で結論を出せた。

 

 明日から俺達の目的は、唯一つ。

 始まってしまう世界大戦の被害を、少しでも小さくする事だけだ。

 

 そして俺達がやることは、大きく三つ。

 

 一つ目は、帝国の情勢について情報収集。

 

 黄昏は、大陸全土を巻き込んだ闘争の始まりを意味している。宰相達は先日の演説でも触れた国家総動員法の大義名分の下に、帝国の全てを戦争へと投入する準備を始めるだろう。

 その流れを食い止める術は現状ないが、それでも状況を知らないことには動きようもない。

 それにトワ先輩は、先日の星杯の一件で散り散りになった自分の教え子を探し出し、そして安全を確認する必要もある。

 

 二つ目は、リィンとセリーヌさんの救出。

 

 リィンとセリーヌさんはおそらく、地精の本拠地に囚われている。

 幸か不幸か、リィンは灰の起動者だ。

 地精の目的が騎神の相克の果てにある『巨イナル一』の再錬成である以上、少なくとも相克の準備が整うまで、言い換えれば帝国の人々の闘争による熱が大陸全土に満ちるその時までは身の安全は保証されるはずだ。

 

 地精の本拠地はロゼさん達が数百年に渡って探して来たが、未だに見つけることが出来ていない。だがそれでも、二人を見つけ出すために先ずは少しでも情報を集めようと思う。

 

 そして三つ目は、黄昏と呪いの影響の確認と、そして呪いとの戦い。

 

 ノーザンブリアでの戦いで、俺は知っている。

 『呪い』は理不尽だ。理不尽に人の心を侵し、そして悪戯に人を闘争へと駆り立て、そしてそれは新たな憎しみと更なる闘争を呼ぶ。

 

 闘争こそが、呪いの本質だ。

 

 だが、人は呪いに抗うことが出来る。

 かつてノーザンブリアで呪いに侵された兵士は、戦う理由に向き合ったことで、結果として呪いに打ち克った。

 

 だからあの時と、やることは同じだ。

 呪いに侵され、本当に戦う覚悟も意思もないのに闘争を求める人がいれば、俺はその人達と戦う。

 戦って戦って、偽物の闘争の意思を打ち砕き、呪いの影響下から人々を開放する。

 

 そして今の俺には、大地の聖獣の加護が宿った、爺ちゃんがくれた『無月』がある。

 これがあれば、人から引き剥がされた呪いを封印することもできるという確信がある。

 百万以上にもなるであろう帝国軍に対して、一人一人と戦う事が焼け石に水である事は百も承知ではあるが、これが俺にしか出来ない唯一の事だろう。

 

 以上、三つ。

 帝国中を回って表と裏双方に対して情報収集を行い、そして俺はトワ先輩のバックアップを受けつつ、呪いと戦う。

 

 これが、当面の行動方針にして、俺がやるべき事だ。

 

 そしてそれが、俺が皆と幸せになる道だと、トワ先輩を幸せに出来る道なのだと、そう思う。

 

 

 

 追記。

 

 クロウ先輩に今日の事を報告すると「お前ら二人、この状況で切羽詰まってんのか呑気なのか分かんねーな」と呆れられた。解せない。俺は真面目だ。

 

 また、Ⅶ組の皆が目を覚ましたらしい。

 

「ミリアムの事は……ユーシスから一発殴られちまったよ。まあ、律儀にあいつも『俺が何も出来なかったせいだ』つって殴り返してくれなんて言ってたけどな。だけどあいつら全員、まだ折れちゃあいねえ。先ずはリィンと黒猫を取り戻す事からだってそう言って、今日から早速、十日も寝込んじまって鈍った身体を鍛え直し始めてる」

 

 俺達は、事実としてミリアムを殺してしまった。

 その事がユーシスを始めとしたⅦ組の皆に大きな傷を与えてしまう事は覚悟していたが、それでも皆、諦めていない。

 この現状を見据え、皆も動き出している。

 

 新Ⅶ組の生徒達はまだ目覚めていないようだが、そのうち目を覚ますだろうとのこと。

 帝都の拘置所に囚われていたアッシュについても、星杯の騒動の際にオーレリア将軍が脱獄させ、将軍達や指し手が帝都から旗艦として奪取した戦艦パンタグリュエルで保護されているようだ。

 

 一方で、星杯の時は協力してくれたリアンヌさんとは、現在連絡がつかないらしい。

 ロゼさんは「計画が失敗した以上、真っ当な相克で騎神同士の殺し合いをする必要があるからの。あ奴の事じゃ、婿殿や……ドライケルスの息子であるリィン・シュバルツァーの前に、越えるべき壁として立ちはだかろうとでも思っておるんじゃろう」そう言って溜息を吐いていた。

 

 情報を集める中で、結社の動向とは別にリアンヌさん達の情報も集めておこうと思う。

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 ========= 七耀暦1206年7月31日 =========

 

 今日、トワ先輩が予定していた帝国各地の主要都市を回り終わった。

 

 各地の協力者同士で情報を共有し、そしてそれをトワ先輩が集め、さらに帝国全土の協力者へとその情報を伝える。

 帝国全土の情報を集める事を目的としたその仕組みによって、先輩の元には大量の情報が集まっていた。

 

 この数日ですでにトワ先輩は、トールズ第Ⅱ分校の生徒全員の居場所を突き止めて、そして全員の安否を確認し終わっている。

 現在、アッシュによる皇帝暗殺未遂事件の関係者という建前で、分校関係者は指名手配されているが、生徒達はそんな状況の中それぞれが各地に潜伏して情報収集などの活動をするなど、自らの意思で動き始めているらしい。

 先輩やリィンの教え子達は、皆逞しいようだ。

 

 また、黄昏の影響についても多くの情報が集まっていた。

 

 皇帝暗殺は共和国の仕業であり、共和国は憎むべき帝国の敵である。

 

 政府がそう誘導している事もあるのだろうが、呪いによって多くの人々がそう言った言葉を繰り返し、徐々に戦争への熱気が高まっているようだ。

 そしてそれを煽るようなタイミングで、明日8月1日、ついに国家総動員法の施行が発表される。

 

 帝国は、明日を以って大きく変わることになるだろう。

 物も、金も、人も、全てが戦争へと投入される。

 そして人々の熱狂も、開戦に向けて急激に高まるだろう。

 

 それに連動するように帝国全土の霊脈が活性化して、各地に黒いプレロマ草が咲き始めた。

 そして赤いプレロマ草の時と同じく、次元が揺らいでいる黒いプレロマ草の周辺には、幻獣や魔煌兵も出現している。

 

 街でトワ先輩が情報収集をしている間、俺は主にそれらの対処にあたっていた。

 

 ロゼさんにプレロマ草の件について報告すると、ロゼさんもその件は既に把握していた。

 ロゼさんの指示で霊脈が乱れた地域の調査に行っているクロウ先輩も、同じような現象に遭遇しているらしい。

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 ========= 七耀暦1206年8月2日 =========

 

 黒いプレロマ草が、リィンとセリーヌさんの居場所に繋がる可能性が出てきた。

 

 リィンとセリーヌさんが囚われているであろう地精の本拠地は、何百年も前からロゼさん達が調べていて、そしてクロウ先輩とヴィータさんもこの一年半で探していたが、今もなお見つけることが出来ていない。

 

 魔女の霊視をも欺く仕掛けが施されている事が、その最も大きな原因だという。

 

 しかし黄昏の影響で帝国全土の霊脈が乱れ、そして黒いプレロマ草が咲き乱れ『特異点』とでも言うほど活性化した場所が各地に出現し始めている現状、そこを基点にして帝国全土に対して霊視を行うことで、逆に霊視によって見通せない地点を探し出すことが可能なのだという。

 

 リハビリを終えたⅦ組の皆も、今日からプレロマ草を探すために各地に旅立ったと言う。

 新Ⅶ組の生徒たちの目も覚め、リハビリを終え次第、それに協力するらしい。

 

 飛行艇という足を持つ俺達は、明日からクロスベルに行く予定だ。

 プレロマ草はもともとクロスベル由来の霊草で、そしてクロスベルには強い霊脈もある。

 

 特異点となっている可能性は、かなり高いはずだ。

 

 さらにクロスベルには共和国との国境もあるため、戦争の最前線になる。

 もうしばらくすると警戒も強まり、空路からでもクロスベルに渡ることは困難になるだろう。

 

 今のうちにクロスベルに渡ってしまった方が、何かと都合が良い。

 

 それに、各地でついに民間人からの徴兵が始まってしまった今、呪いの影響を直接この目で見ておく必要もある。

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 ========= 七耀暦1206年8月5日 =========

 

 クロスベルを見て回った。

 呪いの影響は都市にも村にも出ていたが、中でも共和国との戦争の最前線となる、国境を守るタングラム要塞の状況は悲惨だった。

 

 要塞には数万人規模の兵士が集結しつつあり、その数は日々徴兵によって今も増加していっている。並行して、戦車や機甲兵、列車砲の配備も終わりつつあり、開戦の準備は着々と進んでいる。

 だがそれよりも何よりも、呪いの影響が日々強まりつつある現段階に置いて、既に一割近くの兵士に黒い霊力が纏わり付いているような状態だった。

 

「あの黒い靄みたいなのが、全部の元凶、呪いなんだね……」

 

 そんなトワ先輩の言葉で気づいたが、最早霊視に頼らずともはっきりと視認出来るレベルで呪い侵されている人もいた。

 遠目に要塞を霊視で視ると、黒い霊力が要塞を覆っているように思えるほど色濃く呪いの影響が出ている。

 

 そんな状況である事に加えて、要塞がリィン達へと繋がる『特異点』の可能性も捨てきれないため、俺は明日、タングラム要塞に乗り込む事に決めた。

 

 作戦は至って単純だ。

 

 正面突破して要塞に侵入し、呪いに侵された人と戦う。

 呪いの影響下にない人との戦闘は、要塞の各所にある排水管や通気口などの隠し通路を駆使する事で、極力避ける。

 そして後は死なないように戦い続け、死ぬ前に要塞から脱出する。

 

 以前、ジュノー海上要塞で北の猟兵と戦った時と同じ要領だ。

 以前は要塞の構造を把握出来ておらず想定外の戦闘などに苦しめられたが、今回は要塞内の進行経路も、いざという時の脱出経路、その後の逃走経路も、全てトワ先輩が導いてくれる。

 

 俺はただ、目の前の戦いに集中出来る。

 最悪の場合は、ロゼさんの転移術が込められた御守もある。

 

 最初はトワ先輩も一緒に行くと言って聞いてくれなかったが、むしろ先輩の方が俺以上に後方支援の必要性を知っていた事もあり、「ちょっとでも無理だと思ったら、その時は私もすぐに行かせてもらうからねっ! ぜったいに、嘘だけはつかないでねっ!」と、何度もそう言われたが最終的には俺が一人で侵入する事に納得してくれた。

 

 

 追記。

 

 当然のように受け入れてしまっていたが、トワ先輩はどうやって軍事機密である要塞の、それも国境を守る最重要拠点とも言えるタングラム要塞の設計図を手に入れたのだろう。

 気になってしまいトワ先輩に聞いてみたが「大まかな構造は情報局のデータベースに図面があったから、それをそのまま使わせてもらってて、機密区画の情報は、要塞を設計した人達から直接教えてもらってたんだ」と何時もの笑顔で返された。

 

 何だろう。これは、俺がおかしいのだろうか。

 最近、よく分からなくなって来た。

 

 だが、頼もしい限りだ。

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 ========= 七耀暦1206年8月6日 =========

 

 要塞での戦いは、あまり上手く行っていない。

 深手を負ってしまったが、しかしまだ戦える。

 

 正面から要塞に乗り込むことは、想定以上に困難だった。

 しかし今回の反省を活かせば、まだどうにか道はあるだろう。

 

 この一年半で強くなった俺であれば、絶対に活路はある。

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 ========= 七耀暦1206年8月7日 =========

 

 新型の機甲兵『魔煌機兵』にやられた。

 つい先日正式に配備されたばかりの機体らしいが、性能は従来のものと比較にならない。

 

 霊力、それも呪いでもある黒い霊力を利用して動く魔導科学を応用した機体らしく、それが機体性能を底上げしている。

 

 機構が分からない以上、機甲兵相手の戦術をそのまま使うことが出来ない。

 

 霊視によって魔導の核らしき物は視えたが、それを打ち砕けばどうにか出来るかまでは確信は持てない。

 ある程度のダメージは覚悟で、色々と試してみる必要がある。

 

 そして最悪な事に、黒い霊力で動く魔煌機兵は、操縦者への呪いの侵食を加速させているようだ。

 闘争がまた次の闘争を呼ぶ『黄昏』に相応しい機体と言える。

 

 これも黄昏を完全なものとするための、地精の一手なのだろう。

 

 だが、今、呪いから逃げて戦うことを止める訳にはいかない。

 魔煌機兵の戦力と汚染に怯んで戦うことを止めても、意味がないのだ。

 

 幸い、まだ動けない程の怪我は負っていない。

 

 弱点さえ分かってしまえば、機甲兵同様にどうにか出来る可能性は高い。

 

 大丈夫だ。

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 ========= 七耀暦1206年8月10日 =========

 

 タングラム要塞での戦いは、行き詰まっている。

 

 トワ先輩の指示は完璧だ。

 俺が生きているのも、捕まらずに済んでいるのも、全てトワ先輩が指示をくれる要塞内の侵攻経路や撤退経路、搬入物資に紛れさせて運び込ませていた逃走用のバイクなどの支援のお陰だ。

 

 だが、根本的に俺の力が足りていない。

 俺の今の実力では、まともに呪いとの戦いの場に立つことが出来ないのだ。

 

 秘密裏に要塞に潜入して、兵士たちを一人一人始末するだけであれば、トワ先輩の指示さえあればまだどうにかなる可能性はある。

 

 しかし今回は、呪いと正面から向き合わなければ、意味がないのだ。

 

 呪いで無作為に闘争を求める人達に、その想いは本当に己のものなのかを問い、そしてその人達と戦って呪いを払い、引き剥がされた呪いを小太刀によって断ち切り俺自身に封印する。

 その試み自体は成功しているが、しかし今の俺の戦闘能力だと、百人の呪いを払っている間に千人が呪いに侵される。

 

 どう考えても、力が足りていない。呪いの汚染に対して、まるで封印が間に合っていない。

 

 本来の目的である呪いの影響下にある兵士達との戦いの前に、越えるべき関門が多すぎて、現状まともに呪いと戦えていないのだ。

 正門から堂々と戦いに赴いて、どうにか守りを掻い潜って要塞に踏み込んでも、やはり大半は呪いの影響下にない人達との戦いになってしまう。

 その人達から逃げ回ったり無力化するために戦っている間に、次々と傷を負ってしまい、戦闘継続が出来なくなってしまう。

 

 今日までに離脱を繰り返しながら八回要塞を攻めたが、ついに今日、トワ先輩から「戦う道を選ばせた私に止める資格なんてないのは分かってる……。でも……、それでも、お願いだから一度ちゃんと治療させてっ! じゃないと死んじゃうよっ!」と、強制的に休息を言い渡されてしまった。

 

 日々濃くなる黒い霊力に、日々多くなる呪いに侵された人々の数に、最初は休んでいる暇などないと反論した。

 しかし落ち着いて振り返ってみると、明らかに初日に比べて効率が落ちていたのは確かだ。納得せざるを得なかった。

 

 焦っても、意味がないのは分かっている。

 冷静になって、どうにか打開策を考えなければならない。

 

 しかし、どうしても無力感が押し寄せてくる。

 

 何が『無月』が見えてきただ。

 何が達人級だ。

 何が騎神と戦えただ。

 

 肝心の呪いと戦うための力が、俺には足りていない。

 

 強くなったと、強くなれたと思っていた。

 それなのに、強さが足りない。

 

 

 追記。

 

 いつの間にか寝てしまっていた。

 慌てて目を覚まして戦いの準備を整えようとしたが、ふと、机に突っ伏して眠るトワ先輩に気付いた。

 

 机には細部にまで先輩の書き込みがされたタングラム要塞の図面、帝国各地の情報がまとめられた書類、それにアップルパイと、先輩のメモが置いてあった。

 

 メモには「ごめんね、結局何の力にもなれなくて。せめてこれだけはお腹に入れて下さい」と、そう書かれていた。

 

 一気に冷静になると同時に、後悔した。

 

 俺は一人で何を焦っていたのだろう。

 

 以前から、何一つ成長していない。

 守ると約束したのに、幸せにすると自身に誓ったのに、俺は今も相変わらずトワ先輩に助けられてばかりだ。

 

 そうだ。

 

 結局、俺は以前からずっと、弱いままなのだ。

 爺ちゃんに助けられたあの日から、いや、婆ちゃんに拾われたあの時から、ずっと弱いままなのだ。

 

 俺が今まで生きてこられたのは、強かったからではない。強くなったからではない。

 

 ずっと助けてもらっていたからだ。

 

 婆ちゃん、旦那様達、爺ちゃんやオリビエさんに、遊撃士の人達。

 トールズで出会ったⅦ組の皆やサラ教官、シャロンさん。アルゼイド子爵に、ミュラーさん、トヴァルさん。

 ヴィータさん、ロゼさん、隠れ里の皆。

 そしてクロウ先輩やアンゼリカ先輩、ジョルジュ部長、トワ先輩。

 

 沢山の人達に、助けてもらった。

 

 だから、今まで生きて来られたのだ。

 

 変なプライドは捨てよう。

 

 以前、先輩達も言ってくれたではないか。

 

 俺に、大きな事は出来ない。

 出来ることは、諦めず、折れず、積み重ね、足掻き続ける事だけだ。

 

 だから先ずはトワ先輩のアップルパイを食べて、失った体力を取り戻そう。

 

 そして、ちゃんと考えよう。

 諦めずに現実に向き合って、足掻くために。

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 ========= 七耀暦1206年8月13日 =========

 

 二日前、トワ先輩にそれまでの無茶を謝罪して、改めて要塞攻略のために協力して下さいと申し出た。

 

 そして先ずは消耗した装備を整えるために二人で車に乗ってクロスベルに向かおうとした所、結社のヴァルターさんに遭遇した。

 

 急な襲撃に街道から外れて逃げようとしたが、タイヤを破壊された。

 そしてヴァルターさんは俺が車から降りるなり、氣による遠当てを放ち、そして間合を詰めて殺意を込めた拳を繰り出してきた。

 

 どうにか防いだ俺にヴァルターさんは、「前みたいな暇潰しじゃなく、今日は執行者としての仕事だ。風の剣聖や銀、特務支援課とやらに加えて、単身で要塞に突っ込む馬鹿にこれ以上クロスベルで暴れられると面倒って奴らがいるらしくてな。育ちきるまで待とうかとも思ってたが……てめえ、退屈なだけの雑魚に成り下がっちまいやがって。今日で殺すぜ」そう面白く無さそうに吐き捨てた。

 

 そして、一方的にそれだけ告げて、ヴァルターさんは以前と異なり殺意を剥き出しにして襲い掛かって来た。

 本気のヴァルターさんの実力は凄まじく、防戦一方にならざるを得なかった。

 化勁で受け流し、歩法で拳の間合のさらにその内側に入り込もうとするが、しかし相手の体術は全てにおいて俺を上回っている。

 

 体勢を崩した俺に一撃を入れようとしたヴァルターさんに、トワ先輩が魔導銃で牽制してくれて事なきを得たが、しかしそんな先輩に対して、ヴァルターさんは蹴りによる遠当てを、それも完全な殺意を乗せて放った。

 

 どうにかそれに俺も遠当てを放ち逸らすことが出来たが、一瞬目の前が真っ暗になった。

 そして次の瞬間には怒りと共に踏み込み、ヴァルターさんに零勁を叩き込んだ。

 

「ククク……昨日は要塞攻めなんて馬鹿げた事をやってた割に、死んだような腑抜けた面をしてやがったクセによ。何があったか知らねえが、一晩で随分とマシになってやがる」

 

 しかしヴァルターさんは俺の渾身の一撃を軽々とを受け流し、そして口角を釣り上げて「だが、まだまだだ」と笑う。

 そして何時かのように回り蹴りを放ち、強引に俺を引き剥がした。

 

「何で俺に攻撃が届かねえと思う?」

 

 ヴァルターさんはそう問いかけながら、俺へと攻撃を繰り返す。

 

「泰斗の技を、お前が扱えてねえからだ。八葉の『螺旋』だったか。剣聖のそれとはまた違うようだが、お前の動きの基点はそれだ。歩法にしても泰斗の縮地じゃなく、『疾風』ってのが見え隠れしてる。さっきの零勁の氣の運用も、泰斗のそれじゃなく八葉の流れが混ざってる。雑魚同士なら十分に通用したんだろうが、縮地からの流れで撃てねえ零勁じゃあ、受け流してくれって言ってるようなもんだぜ」

 

 ヴァルターさんの拳を受け流すはずだった化勁は、しかしその拳を受け流せず、間合を詰めようと動こうとする前に、ヴァルターさんが一歩先に踏み込んできた。

 

「泰斗なんてのは黴の生えた古臭え流派だ。だがそれでも、数百年の研鑽の上に成り立ってる。その型には、その構えには、その動きには意味がある。泰斗の技は、泰斗の基礎から放たれるからこそ意味があるんだよ」

 

 そしてヴァルターさんは、お返しとばかりに零勁を放ってきた。俺はそれを、ほんの僅かに受け流せはしたが、まともに食らって大きく後ろに吹き飛んだ。

 

 呼吸すらまともに出来ず蹲る俺を見ながら、ヴァルターさんは煙草に火を点けて紫煙を吐き出す。

 トワ先輩が駆け寄って来て導力魔法で回復してくれたので、どうにか立つことは出来た。

 

「たかが二年程度でお前みたいな才能の欠片もないような雑魚をここまで鍛え上げた『剣仙』は計り知れねえが、それでも所詮は剣術家だ。無手に関し……あ? ああ、そういう事かよ」

 

 俺が回復するのを待っていたヴァルターさんは、途中で何かに気付いたように舌打ちをして、煙草を投げ捨てた。

 

「前言撤回するぜ。お前がクソ雑魚なことには変わりはねえが、お前の師匠は聞いてた以上に面白そうで、いけ好かねえジジイらしいな。おい、なに休んでんたよ狂犬? もう休憩は十分だろうが。お前が来ねえなら、そこの女を殺すぞ」

 

 トワ先輩に向けられた殺気を散らすように、俺は銃を抜き放ち間合を詰めながら乱射する。

 そして再度、ヴァルターさんに練り上げた氣を拳に乗せて発勁を放つが、いとも簡単にそれは受け流される。

 

「だから言ってんだろうが、てめえに泰斗の技は使い熟せねえってよ!」

 

 そして、俺が習った泰斗の動きにはない、軽快で軽やかな、小刻みな足運びで間合を半歩離し、そして鋭い踏み込みと共に拳と蹴りの連打を浴びせられた。

 

「お前には見せた事がなかった、これが一度は泰斗を捨てた俺の戦い方だ。せいぜいその節穴同然の目を見開いて、よく見るんだな!」

 

 武器を使わない格闘術は、無手であるからこそ攻撃から攻撃の間が極端に短い。

 それは俺自身もよく知っている。

 だかヴァルターさんの連撃は、俺の知るどの攻撃よりも早く、捌き切ることなど到底出来なかった。

 しかも一撃一撃が重く、そしてそこには、型は違えど確かに泰斗の剛の拳が在る。

 

「零距離に踏み込まざるをえないお前には、他の奴らと違って一歩下がるなんて選択肢が無い以上、これを捌けなけりゃあ死ぬだけだ! 殴られること前提のそのウザってえ体捌きも、螺旋を取り入れた化勁も、速度か威力で上回れば後は畳み掛けて簡単に崩せちまう。てめえの受け流すだけの化勁じゃあ、何時までたっても追いつけねえぞ!」

 

 全てを防ぐ事を諦め、数発は喰らう覚悟で防御を固め、零距離の間合いに一歩踏み込み、拳を突き出す。

 

「何だよ、その腑抜けた一撃はよ!? これだから才能のねえクソガキは! この至近距離じゃあ拳に速度と重みを乗せられるわけがねえってこともわかんねえのか!? この間合で敵を殺してえなら、こうすんだよ!」

 

 当たりはしたがまるで効いた様子のないヴァルターさんは、そのままの間合に踏みとどまった状態で、身体の回転と闘気の運用で威力を出す発勁を放つ。俺も対抗して発勁を放とうとするが、しかしまるで追いつけない。氣を練り上げる前に、ヴァルターさんの一撃を脇腹に食らい、大きく後ろに下がらされる。

 

「ハッ。遅すぎて話にならねえ。わざわざ発勁を撃とうなんて意識することからして間違えてんだよ」

 

 苦し紛れに蹴りによる遠当てを放ったが、後からヴァルターさんが放った一撃によって掻き消され、そして続けて放たれた第二撃によってさらに大きく吹き飛ばされた。

 

「何だそりゃあ? 舐めてんのかよ、おい。流石にここまでヤられりゃあ、お前でも理解出来ただろう? 上辺だけの泰斗の技に頼ってるようじゃあ、殺されるだけだってな」

 

 ヴァルターさんはそう吐き捨て、再び連撃を繰り出してきた。

 

 そこからは、ずっとヴァルターさんに殴られ続けた。

 そして、俺がこれまで培って来た全ての技を、型を、尽く正面から打ち破られた。

 

 ヴァルターさんは、言った。

 そして拳で教えてくれた。

 

 俺の攻撃手段の中核である泰斗の技では、これ以上先は見込めないと。

 

 ヴァルターさんの連撃は、今までの化勁だけでは捌き切れなかった。

 そして、俺が得意とする超至近距離戦闘における要であった零勁も、軽く受け流される。

 発勁にしても、遠当てにしても、ヴァルターさんの方が早く鋭く正確に撃てる。

 

 だからこそ、泰斗の技を捨てる必要がある。

 ヴァルターさんが見せてくれたように、泰斗の技を捨て、そしてその極意を別の形に昇華させる必要がある。

 

 ヴァルターさんは、そう教えてくれた。

 

 何時間戦っていたのか、その時はそんな事を気にする余裕はなかった。

 辺りが暗くなって、そして朝が来た。

 トワ先輩に治療をしてもらいながら、ヴァルターさんとただ繰り返し戦い続けた。

 

 視界はぼやけ、身体は悲鳴を上げ続けていた。

 だが、意識だけははっきりとしていた。

 

 そして何時しか、先輩に回復してもらわずとも戦い続けられるようになっていた。

 

「だから隙を作んじゃねえって言ってんだろうが! この間合いで戦う以上、溜めが必要な攻撃はいらねえ! 減らすだけじゃなくて、捨てろ! 安易に楽な道を選ぶな! 結局無駄な攻撃する分体力が減るってことくらい言わなくても分かれよ、この馬鹿が! お前が放っていいのは、溜めのない発勁だけだ! そうだ、発勁を打ち分けろ! 駆け引きがしたけりゃあ、全部発勁の打ち分けで事足りる!! 発勁を大仰な技として考えるな! 一挙手一投足まで全部呼吸するように氣を行き渡らせろ!」

 

 今まで安易に敵を一撃で沈めるためと考えて放っていた、隙の大きい踏み込みや、身体の捻り、溜めを必要とする打撃や蹴りを全て捨てた。

 攻撃は全て最小限の足運び、身体の回転と体重移動だけで放てる技に絞り、そしてそれら全てに氣をのせ発勁として放つ。

 そうすることで、漸くヴァルターさんに攻撃を届かす事が出来た。

 

「多少はマシになって来やがったな。そうだ。受け流すだけじゃなく、それを次の一手に繋げろ。敵の一撃を自分の攻撃で迎え撃って、それで身を守れ。てめえのその気持ち悪い動きは、肉を切らせて骨を断つを地で行ってんだ。そもそも防御とか攻撃とか切り分けて考えんじゃねえ」

 

 鋭く早い一撃を、時には氣と螺旋で受け流し、攻撃へと転化してこちらからも打って出る。そして時にはこちらから攻撃を放ち、相手に防御させ、その反動をもって再び攻撃へと繋げる。

 そうする事で、ヴァルターさんの連撃を、致命傷だけは避けて捌けるようになっていた。

 

 そして、ヴァルターさんに正面から尽く破られた泰斗の技も、新たな形が見てきた。

 

 蹴りによって氣を刃として放つ遠当ても、ヴァルターさんが同じく放つその技で容易く切り裂かれる。

 だから一撃目の刃は囮として、その背後に二丁の拳銃からばら撒く弾丸や、八葉の肆ノ型によってさらに研ぎすませた第二の刃を隠して放つことで、対抗した。

 

「それでいい。てめえの動きはどう足掻いても純粋な格闘術じゃねえ。剣士なら斬ることを考えろ、銃を使うならそれを活かせ」

 

 そして、かつて泰斗流の奥義である零勁としては放っていた寸勁も、八葉の螺旋の動きと疾風による歩法から繋がるように、極限まで無駄を削り、そして氣を通すことだけを考えて特化させた。

 

「人間やそこらの魔獣を殺すのに威力は必要ねえ。必要なのは確実に練り上げた氣を通して、そんで身体の中心で爆発させる速度だけだ。仮に避けられたとしても、その腰にぶら下げた大層な小太刀もある。それに、機甲兵だったか? ああいうデカイだけの玩具を壊してえなら、そん時はそん時で後先考えずに全力でやればいい」

 

 ヴァルターはそうやってずっと俺と戦い続けてくれて、そして俺が試行錯誤しならが泰斗の動きを爺ちゃんが示してくれた『無月』の型へと昇華させるのを手伝ってくれた。

 戦いを通して手探りで練り上げた技の粗を正面から叩き潰し、そして時には言葉で指摘し、確固たる一つの技に至るまで研磨してくれた。

 

 そして、最後、漸く本気のヴァルターさんと打ち合えるようになった頃、ヴァルターさんは言ってくれた。

 

「ハッ。剣仙っつージジイがどこまでを見越して仕上げをしてなかったのかわからねえが、まあ、いい。おい、狂犬。ここからが本当の死合だが……そろそろ、自分の技の名くらい分かって来てんだろうな? 何も流派の技名ってのは、伝承のためにつけてるんじゃねえ。名は体を表す。逆に言えば、名もつけられえような技は、ただのお遊びだ」

 

 泰斗とは違う構えで、ヴァルターさんは俺に向き合った。

 

 自然と、ヴァルターさんの言葉が腹に落ちた。

 俺自身の動きと、八葉一刀流、泰斗流を一つにまとめ上げ鍛え直し、『無月』と爺ちゃんが名付けてくれた俺の型。

 そして『無月』からのみ成り立つ、ヴァルターさんが研磨してくた技。

 

 自然と、こうあるべきだと、技の名は決まっていた。

 

 俺の様子にヴァルターさんは「じゃあ、せいぜい足掻いてみな!」と笑い、最後の立会が始まった。

 

 『朧』という名が浮かんだ。

 回し蹴りから巨大な氣の刃を放ち、一太刀目に隠れるように逆の後ろ回し蹴りから鋭く研ぎ澄ませたニの太刀と、銃弾を放つ。

 

 初めてまともな回避行動を取ったヴァルターさんが攻撃に移る前に、間合いを詰める。

 

 カウンターで連撃が放たれるが、それを捌きながら、さらに間合いを詰める。

 

 『叢雲』という名が浮かんだ。

 群れを成す雲が如く途切れること無く、受け流した力を利用して発勁を放ち、そして発勁を以って敵の攻撃を止める。

 

 『無明』という名が浮かんだ。

 攻撃を発勁によって止めたその一瞬の隙に、幾度も縮地を繰り返すことでヴァルターさんの視界から消え、背後から拳を押し当て寸勁を放つ。

 

 寸前で反応されて前に飛ばれる事で氣を完全に通す事は出来なかったが、ヴァルターさんを追って小太刀を抜き放ち、居合いを放った。

 

 そして、ついに『無月』は完成した。

 

 そう確かな手応えを感じた瞬間、全ての力を使い果たしてしまっていたようで、俺は倒れ動くことが出来なくなってしまった。

 

 脇腹を切り裂かれたヴァルターさんは、まだ立っていた。

 だが構えていた拳を下ろして「命拾いしたな。俺は腹が満た……いいや、腹が減ったんで、帰らせてもらうとするぜ」と、煙草に火を点けて後ろを向いて歩き去ってしまった。

 

 俺はその背中に「ありがとうございました、師匠」と礼を言ったが、「あ? 巫山戯てんじゃねえぞ。てめえの師匠になった覚えはねえ。勝手なこと言ってやがると、飯の前にてめえを殺すぞ」と本気の殺意を向けられ怒られてしまった。

 

 ヴァルターさんは否定したが、俺はヴァルターさんに大事なことを教わった。

 内戦の時にも、零勁の打ち方と、本当の化勁の在り方を教えてくれたのはヴァルターさんだ。

 そして俺が『無月』の在るべき姿を見い出せたのも、間違いなくヴァルターさんのお陰なのだから。

 

「お疲れ様。結社の人だって言うから最初はすごく焦っちゃったけど、いい先生だったんだね。買い出しは私が今晩のうちに済ませておくから、一回飛行艇に戻ろっか?」

 

 トワ先輩は優しくそうやって笑いながら、俺の治療をして、車のタイヤをスペアに変えて飛行艇に連れて戻ってくれた。

 

 飛行艇に戻る途中から意識を失っていたが、目を覚ますとすでに一夜明けており、トワ先輩が傷の処置や装備の補充も済ませてくれていた。

 

 今日の午後からは、再びタングラム要塞で呪いと戦う予定だ。

 

 もう、焦りも奢りもない。

 トワ先輩とヴァルターさんのお陰で、大事な初心を思い出せたし、抗う力も手に入れる事が出来た。

 

 だから精一杯、頑張ろうと思う。

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