凡人の軌跡   作:kuku_kuku

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大戦編:七耀暦1206年8月中盤

 ========= 七耀暦1206年8月15日 =========

 

 タングラム要塞での戦いは、今日で切り上げることになった。

 

 修行のお陰もあり、ある程度の成果も得られた。

 

 当然払えた呪いは数えられる程度だが、呪いに侵されていた要塞の司令官と戦えたし、魔煌騎兵を三体破壊する事も出来た。

 呪いが濃い事は確かだが、要塞が特異点でもない確信が持てた事もあり、「これ以上はね、軍の警戒網から逃げられそうにないの。だから今晩と明日で私の用事を終わらせて、もう一箇所の特異点の候補場所っていう所に行ったら、一度クロスベルから離れようと思うんだ」というトワ先輩の方針に従うことにした。

 

 落ち着いて考えてみると、今まで捕まっていなかった事の方が異常だったのだ。

 軍の暗号通信を傍受したり導力ネット経由で情報局のデータベースを見てるのは知っていたが、それでも限界があるだろうと思い、改めてどうやって警戒網を掻い潜っているのかとトワ先輩に聞くと「クロスベルの導力ネットで知り合った人も協力してくれて、一緒に情報操作してるんだ。特務支援課の人達とも関わりがあるみたいで、その人経由で私達が隠れられる場所の確保とか、色々と手伝ってもらってたんだよ」と教えてくれた。

 

 特務支援課の話は以前にクロスベルでツァイトさんの情報を集めている時に色々と聞いたが、まさかクロスベルの英雄と呼ぶに相応しい人達が協力してくれているとは夢にも思っていなかった。

 詳細を聞けば、特務支援課だけでなく、リベールの異変をオリビエさんと共に解決した遊撃士の人達も、この事態をどうにかするために独自に動いているという話だった。

 

 頼もしい限りだ。

 

 そんな事を聞きながらトワ先輩が運転する車で横になっていると、夜の聖ウルスラ大学病院に連れて来られ、精密検査を受けさせられた。

 何でも病院にはトワ先輩の教え子が看護師として潜伏しているようで、その生徒の手引なのだとか。

 

 診察してくれた先生からは「今すぐ死ぬわけではない」とお墨付きも貰え、ずっと俺の怪我を心配していたトワ先輩も「もう、勝手に最後だけ切り取らないのっ! 全体的に問題だらけって言われてるんだから、せめて今日と明日は安静にしてるようにね! 訓練も絶対にダメだよっ!」と少し怒りながらも納得してくれた。

 

 今日はこのまま一日強制的に入院させられる事に決まった。

 せっかくなのでゆっくり休ませてもらおう。

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 ========= 七耀暦1206年8月16日 =========

 

 今日病院で、ユーゲント陛下に会った。

 アッシュに撃たれた陛下は聖ウルスラ大学病院に入院していたのだ。命に別状はないようだが、体内に残った弾丸を摘出しなければその限りではないようで、絶対安静の状態だという。

 

 トワ先輩の用事とは陛下に会うことで、俺もその場に立ち会った。

 

 朝に俺にその事を説明してくれたトワ先輩は、看護師の制服に着替えていた。

 エレボニア帝国の皇帝が入院している以上、軍の警戒も厳しい。そのため先輩は看護師として、俺は入院患者として目立たずに病院内を移動する作戦とのことだったが、流石に無理があった。

 

 先輩ははっきり言って見た目だけだと十代半ばにしか見えない。「えへへへ、どう? 似合ってるかな?」と少し恥ずかしそうに聞いてきた先輩に、正直に「とても似合ってますが看護師には見えません」と伝えると、固まってしまった。

 看護師として病院に潜伏していた先輩の教え子も「私もそう思います。何と言うか……その、幼過ぎてコスプレにしか見えませんので……」と一緒に止めてくれた事もあり、先輩は少し泣きそうになりながらも大人しく着替えてくれた。

 

 陛下との面会は、何の障害もなく順調に終わった。

 

 全てが終われば、アッシュを罪に問わないように取り計らって頂くようにお願いしようとしていたが、むしろ陛下の方からその話を俺にして来た。

 俺は陛下に会うのは初めてだったが、陛下は俺のことを知っていたのだ。そしてアッシュがどういう思いで自分を撃ったのかも。

 

「アッシュ・カーバイド……あの若者には、直接会って謝罪しなければならないな。そして彼が兄と姉と慕っていた、そなた達にも」

 

 陛下はそう言って、俺と先輩に頭を下げて、謝罪してきた。

 

 エレボニア帝国の皇帝には、代々黒の史書が伝えられている。

 だから知ってしまったこれから起きることについて、つまりは黒の史書に書かれた黄昏と、そして何時か始まると分かっていた世界大戦について、陛下はもう抗う事を諦めてしまっていたと言う。

 そしてアッシュが呪いに抗って戦い、例え僅かでも戦争を回避できる可能性を手繰り寄せようとしたその姿に、因果に流されるままとなっていた自身が情けなくなってしまったと、そう後悔されていた。

 

 そんな陛下に対して、トワ先輩は「私は呪いについては、よくわかっていません。人の精神に干渉して闘争を求めさせるとか、帝国が闘争に向かうように強制させるとか、そういうモノという事もつい最近知ったばかりです」と切り出した。

 

「ですが、今の帝国の人達の状態や、どうにか戦争を食い止めようと動いていたレーグニッツ帝都知事やその協力者達が、普通ならありえないようなトラブルやミスで自然と失敗してしまった現状や、十四年前のリベールとの百日戦役が始まるまでの、現代国家としては考えられないほど杜撰な流れで、その強制力の恐ろしさは分かっているつもりです。ですから、大変失礼な発言になってしまいますが、陛下が諦められてしまったのも、無理はないかと思います」

 

 トワ先輩の言葉に、頭を下げ続けていた陛下は、顔を上げた。

 そんな陛下に跪いて、先輩は続けた。

 

「でも、諦めないで、ずっと呪いと戦ってる人もいます。傷だらけになって、死にそうになっても、ずっとずっと呪いと戦ってる人がいるんです」

 

 ですから陛下も、もう一度戦って下さい。

 

 トワ先輩は、陛下にそう言った。

 陛下は一瞬唖然としたが、しかしすぐに小さく笑い始めた。

 

「ふふふ……、はははは! これが私が無くしてしまった若さというものか。そうだな……ああ、そうだろう。そなたの言う通りだ。こんな様では、オリヴァルトにも笑われてしまうというものだろう」

 

 そして笑い過ぎて腹の傷が傷んだのが小さく呻いて傷を押さえた陛下は、真剣な眼差しで「呪いが解き放たれ、戦争へと強制力が働く今の帝国で、既に全権を宰相に委ねた余に出来ることなどもうたかが知れている。史書に書かれた黄昏の、その先。まだ紡がれていないこの先の物語は、ミルディーヌ公女やかのドライケルス帝と同じ騎神に選ばれたリィン・シュバルツァーら若き英雄たちに任せようと考えていたが……私にもまだ出来ることがあるか。いいだろう。考えがあるのであればエレボニア帝国皇帝として協力しよう……いや、協力させてくれ。オリヴァルトが見出した『希望の翼』よ」と、そう言ってくれた。

 

 トワ先輩はそんな陛下に深く頭を下げて、陛下にARCUSを渡した。

 

「ありがとうございますっ! 近日中に体内に残った弾丸の摘出手術があると伺ってまいます。先ずは何よりも陛下自身が御快復されることに専念下さい。それが帝国にとって、何よりの力になるはずです。その後もしも陛下のお力をお貸しいただけるのであれば、大変恐縮ですが、これで私にご連絡を頂ければ」

 

 こうして、先輩と陛下の面会は無事に終わった。

 病院を出た後先輩は「私……生きてるよね……? あははは……不敬罪で死んでないよね?」とかなり憔悴していたが、看護師の制服を来て空回っていたのも緊張が極限まで達してしまっていたからのようだ。

 

 その後は昔に俺が金の騎神の起動者となるための試練に挑んだ湿地帯に向かった。

 もともとロゼさんとも話していた『特異点』の候補地点だったが、無事にそこで黒いプレロマ草が咲き乱れる特異点を発見できた。

 

 特異点は今まで視たこともないほど霊脈が活性化し、そして乱れていた。

 

 ロゼさんから特異点について教えられた時に転移術で送られてきた『楔』を打ち込んで、俺達はすぐにクロスベルから脱出して、東のカルバートを経由して、補給のためリベールのボースに戻った。

 

 特異点の事をクロウ先輩達に報告すると、どうやら俺達が担当していたクロスベルが最後の特異点だったようで、明日にはついに地精の本拠地が判明するらしい。

 いくらロゼさんとは言え数百年かかっても分からなかった場所をそんな早くに見つける事が出来るのかと驚いていると、

 

「いや……ぶっちゃけ俺も理解が追いついてねえんだが、婆様がお前と行ったクロスベル旅行で知り合ったっつーお子様とそのお友達が、なんつーか凄まじいお子様達でよ。端から見るとお子様三人組が遊んでるように見えるんだが……里の連中も完全に引いちまうような速度で解析が進んでんだとよ。一人はクロスベルの零の至宝だったつーお子様で、もう一人は元結社の執行者って話だが……最近、もう何でもありだな」

 

 と、呆れたように溜息を吐いていた。

 特務支援課がクロスベルを救った際の騒動の中心だった、クロスベルの錬金術師が創った至宝だった少女は、今は至宝としての力を失っているが『因果が視える』という能力を持っているらしい。

 ツァイトさんを探す中でその少女と知り合っていたロゼさんがコンタクトを取り、その少女に協力を申し出た所、元執行者の天才的頭脳を持つ少女もおまけで着いて来たのだとか。「おまけ」とは言えないほど活躍しているらしいが。

 

 何にせよ、その人達のお陰もあり、明日にはリィンとセリーヌさんの救出作戦と決行できるとの事。

 

 だが、俺は地精の本拠地に乗り込まない方がいいだろう。

 そうクロウ先輩に報告すれば「お前、今、どれくらい侵食が進んでんだ?」と問い詰められた。

 

 呪いを自分に封印するのは、当初からの想定通り、無害ではなかった。

 とは言え、頭の中でただ「戦え、恨め、憎め」などと繰り返されて煩いのと、頭痛がするくらいで済んでいるが。

 それに「戦え」などと今更言われなくても、俺は自分の意思で戦っているから、そんなことを言われても困る。

 

 おそらく大地の聖獣の加護もあり、そこまで影響は受けていないのだろう。

 

 しかし、『贄』としてイシュメルガに選ばれたリィンに、この呪いがどういう影響を与えるかは不明だ。

 念の為、近づかないにこしたことはない。

 

 そう事情を説明すると、クロウ先輩から「まあ……大丈夫だって言うんならそうなんだろうし、話してる限りは妙な所はなさそうだが、お前の大丈夫はいまいち信用ならねえからな……」などと言われたが、解せない。

 

 少なくともつい先日まで全く大丈夫じゃない状態だった人に言われても困る。そう返すと、「明日の朝にまた作戦会議だ。あと、トワにもちゃんと呪いの状況は伝えとけよ」と一方的に念話を切られた。

 

 各種補給の手配を終えて戻って来た先輩に伝えると、今日の深夜にはボースを出発し、西の海に抜けて北上し、ジュライ方面から帝国に入る事になった。

 現在リベールと帝国の国境では、帝国側の大規模軍事演習が実施されており、少なくとも簡単に国境上空を越えられるような状態ではないとの事。

 

「開戦と同時に、リベールを通過して共和国に入る作戦みたいだね。タングラム要塞ほど最前線じゃないけど、それでもたぶん、タイタス門も似たような状況かも……」

 

 と、トワ先輩は教えてくれた。

 明日のことが終われば、一度、タイタス門の状況も視ておくべきだろう。

 

 何にせよ、先ずはリィンとセリーヌさんの救出だ。

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 ========= 七耀暦1206年8月18日 =========

 

 今日の明け方、リィンとセリーヌさんが無事に地精の本拠地から救出されたと連絡があった。

 

 地精の本拠地である研究施設は、ラマール州のミルサンテ近くの山脈地帯の地下深くに隠されていた。

 そこに新旧Ⅶ組の皆とヴィータさん、オーレリア将軍、アガットさんといった協力者が、隠れ里の総力を結集した大規模転移術によって直接乗り込み、囚われていた二人を解放したのだ。

 

 俺とトワ先輩も、小型飛行艇で地精や宰相達の陣営の一部を引き付ける陽動役として参戦した。

 

 『贄』として直接イシュメルガの干渉を受けるリィンは、鬼の力を暴走させて己を失った状態だったが、ARCUSの戦術リンクによって騎神と霊脈を介して霊的に繋がった皆の呼び掛けに応え、己を取り戻すことが出来たようだ。

 

 俺も一瞬リィンと繋がったが、呪いの影響を受けた俺の存在は害にしかならないと判断し、無理やりリンクを断ち切ったのでその時の詳細は把握していない。

 

 だが一瞬だけ繋がった時に、リィンの気持ちは伝わって来た。

 リィンは自分が呪いに屈したせいで黄昏が始まってしまったのだと、そしてそのせいで俺とクロウ先輩にミリアムを殺させてしまったのだと、そう自責の念で潰れそうになっていた。

 

 だけどそんなリィンは、前を向いてしっかりと立ち上がったと、同じくリィンと繋がっていたトワ先輩が教えてくれた。

 

 皆の呼びかけと、そして終末の剣となってしまいながらも自意識を失っていなかったミリアムの言葉で、リィンはもう一度立ち上がる事が出来た。

 

 そしてリィンは、地精の本拠地でイシュメルガの依代にして自身の実の父でもあるオズボーン宰相に、「自分が引き金を引いた事で始まってしまった黄昏は、自分の手で必ず終わらせる。共にあると言ってくれたⅦ組の皆や、力を貸してくれる人達と共に、貴方が言う『世界を絶望で染め上げる昏き終末の御伽噺』の結末は、必ず変えてみせる」と、そう宣言したようだ。

 

 事の顛末を話してくれたトワ先輩は、心底安心して、そして嬉しそうにしていた。

 

 リィンとセリーヌさんが無事に助かったことは素直に喜ばしいが、同時に少しだけ罪悪感も覚えている。

 

 リィンの助けになる事が出来ない俺とは違って、トワ先輩は地精の本拠地に乗り込むことだって出来たのだ。

 本当ならトワ先輩も、敵に捕まった上に苦しんでいるリィンの所に、一番に駆け付けたかったのだろう。

 

 それを、一人ではまともに陽動もこなせない俺に付き合って、裏役に徹してくれたのだと、後になって気付いた。

 全てを単独で完結できるトワ先輩と違って、俺だと操舵は出来ても、索敵、通信、武器管制までは手が回らない。そんな状態で飛行艇による陽動をしても、ただの動く的でしかない。

 

 申し訳なくなり、せめて隠れ里にいるリィンに一目会って来てはどうかと尋ねたが「ううん、クロウ君や他のみんなもついてるし、リィン君なら大丈夫だよ。それは呪いの事は心配だけど、ああなったリィン君は強いって私もちゃんと知ってるから。ふふ、Ⅶ組のみんな程じゃないかもだけど、私だって今はリィン君の同僚なんだよ?」と、先輩は楽しそうに微笑みながら首を横に振った。

 

 あの内戦を共にカレイジャスで駆け抜け、そして今はトールズ士官学院の教官という同じ場所に立っているのだ。トワ先輩とリィンの間には、確かな信頼関係があるのだろう。

 

 無粋だったと反省すると同時に、今更ではあるが先輩に信頼されて想われているリィンが羨ましくなった。

 

 だが、リィンを羨んでいる暇はない。

 今は戦いに集中しよう。

 

 今日の深夜には、タングラム要塞でやったのと同じように、タイタス門で戦う予定だ。

 

 そろそろ日記を切り上げて、装備の点検をしよう。

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 ========= 七耀暦1206年8月22日 =========

 

 クロウ先輩とリィン、蒼と灰の騎神による相克が行われたと報せがあった。

 

 黒キ星杯での作戦が失敗した以上、正当な手順を踏んで騎神の相克を終わらせ、鋼の至宝をこの次元において再錬成した上で滅する事でしか、イシュメルガという呪いをどうにかする手段はない。

 つまり、至宝の破壊という僅かな可能性を手繰り寄せるための最低条件として、先ずは世界が闘争の業火に包まれた状態で、最後の一体を決める最終相克に勝つ必要がある。

 至宝の破壊が可能かどうかは別として、少なくとも黒の騎神イシュメルガが鋼の至宝『巨イナル一』に至ることだけは、何がなんでも回避しなければならない。

 

 先日の星杯の一件で実感したが、黒の騎神イシュメルガの力は圧倒的だ。

 星杯と聖獣の力を利用して全ての騎神の相克を同時に実行することが出来ない今、相克は一対一で行わざるを得ない。

 その前提がある以上、灰と蒼の二体の騎神の力を相克によって一体に再錬成する事は、必須だったのだ。

 

 蒼と灰の騎神、クロウ先輩とリィンの一騎打ちの勝者は、リィンだった。

 

 素の実力では、クロウ先輩が勝っていただろう。

 だが挫折から立ち直ったリィンは、その精神力で『贄』として強まった呪いの力をも制御してみせ、勝利を手繰り寄せたのだという。

 

 相克の結果として蒼の騎神オルディーネさんは、灰の騎神ヴァリマールに吸収されてしまうはずだったが、灰の騎神の眷属となることで消滅は免れたようだ。

 

「無謀な起動者と準起動者を放って、一人で退場せずに済んだことは重畳だろう。最後の時まで共に戦うとしよう」

 

 と、念話で会話をしたオルディーネさんは、前と変わらない様子でそう約束してくれた。

 

 ちなみに、相克で激戦を繰り広げたリィンとクロウ先輩は消耗が激しく、現在は隠れ里で療養中との事だ。

 

 一方で、タイタス門とその先のリベールとの国境の堺にある緩衝地帯での俺の戦いは、今日、少しだけ進展があった。

 

 緩衝地帯で大規模演習を行っている軍隊との戦いは、今日まで難航していた。

 要塞ではその構造を完全に把握したトワ先輩のナビゲーションで迂回したり隠れたりと、無用な戦いを避ける方法があったが、野外の演習地ではそうは行かない。

 当然だが野外には隠れる場所などまともにないため、常に全員と戦い続けなければならず、本来の目的である呪いとの戦いがほぼ出来ていなかったのだ。

 

 そんな状態だったが、今朝からフィーが助っ人に来てくれた事により、状況は劇的に改善された。

 

「陽動による敵戦力の分散なら、私の得意分野」

 

 そう言って戦場を掻き回してくれたお陰で、俺は呪いに侵された人達との戦いにかなり集中する事が出来た。

 トワ先輩の見立てでは、そろそろ演習が一時中断されて俺達の撃退と捕縛に兵力が割かれる事になりそうなため、タイタス門での戦いは明日で切り上げるべきとの事だが、この調子であれば最後のチャンスである明日はもっと多くの人達と戦う事が出来るだろう。

 

「今更になっちゃうけど、フィーちゃん、本当によかったのかな? Ⅶ組のみんなの所から離れちゃうこともそうだけど、遊撃士協会の立場の問題もあると思うし」

 

 夜、俺の傷の治療をしてくれながらそう尋ねた先輩に、フィーは「ん、問題ない」と返答した。

 

「帝国政府の牽制があるから積極的には無理だけど、遊撃士協会としても呪いの影響を受けてる人の救助は出来る限りやってく方針。サラとアガットとも話して、私が代表でこっちに来ることになった」

 

 Ⅶ組の皆は、守護騎士となったガイウスが星杯騎士団から譲渡されたメルカバという名前の飛行艇で、主にラマール州で活動している。

 アガットさんはそんな皆と一緒に、トワ先輩の教え子でもあるティータという年下の恋人も伴って、行動を共にしているらしい。

 目的は、宰相達によって事実上の軟禁をされているプリシラ皇后と、アルフィン皇女の救出だ。

 

 明日にはドレックノール要塞に乗り込んで、軟禁されているアルフィン皇女の救出を行う予定とのこと。

 また、プリシラ皇后に関してはすでに先日解決済みで、オルディスの暫定統治者として中央政府から遠ざけられてしまったレーグニッツ知事の協力のもと、その身の安全を保証されているらしい。

 

「ちなみに、Ⅶ組の代表も兼ねてる。自己犠牲ばっかりのリィンもⅦ組の大きな問題だけど、それ以上に無茶する困ったのがいるから」

 

 一通り事情を話してくれたフィーは、最後にそう言って俺を、そしてトワ先輩を強く睨んだ。

 

「Ⅶ組一番の問題児だけど、それでも大事な私の家族。だから姉としては、弟に無茶をさせる会長にはちょっと思う所がある。聞いてはいたけど、今日みたいな事を続けさせるつもりなら、力づくでも止めさせてもらうよ。会長もわかってるはず。今すぐちゃんと治療しないと、最悪、取り返しのつかないことになる」

 

 そんな事を言ってきたフィーに弟とは誰の事だと尋ねれば、俺の事だと返された。解せない。どちらかと言うと俺が兄だろうと言えば「ちょっと黙ってて。今、大事な話をしてる」と怒られた。解せない。

 色々と聞き捨てならない事を言われたが、それよりも何よりもフィーは何か思い違いをしていると指摘しようと思えば、トワ先輩が俺を制止して「うん、私も分かってるつもりだよ。今生きていてくれる事の方が、むしろ奇跡に近いって」とフィーに頷いて見せた。

 

 何でも無い事のように答えた先輩に、フィーは「だったら何で……!」と、珍しく語気を荒げた。

 

「Ⅶ組のみんなには……謝っても許してもらえるとは思えないし、何を言っても言い訳になっちゃうから、何も言えない。でも、死なせるつもりもないし、もしもその時が来ちゃった時は、私も責任を取るつもりだよ」

 

 そして続けられた意味の分からない言葉に、今度は俺が驚き何を言っているのかと思わず先輩を問詰めてしまった。

 そんな俺の反応を予想していたかのようにトワ先輩は「命を下さいって、お願いしたよね? だからもしも貰った命が無くなっちゃうなら、その時は私も死ぬのは当然だよ」と、淀み無く答えた。

 

 無茶苦茶な理屈に言葉を返せないでいると、唖然とする俺とは対象的に、フィーは小さく笑った。

 

「ごめんなさい。ちょっと意地悪だった。誰が言っても、どうせ止まらないのは知ってたけど、会長が止めてくれるのが一番可能性があると思ってたから。でも、そんな約束してるなら、下手に止めるのよりもよっぽど有効だと思う」

 

「ううん。一緒に戦ってってお願いしたのは私だから、やっぱりフィーちゃんに怒られちゃうのは当然だと思うんだ。だから、Ⅶ組のみんなを代表して、私を怒ってくれてありがとう」

 

 フィーと先輩は二人で勝手に分かりあったような雰囲気を出していたが、俺はまるで納得出来なかった。

 俺が戦って死ぬことと、トワ先輩がその責任を負って死ぬことは、まるで関係がない。

 

 そう反論したがフィーから「なら、無茶をしなければいいだけ」と、淡々と指摘された。

 言い返せずに口籠っていると「クロウからも聞いたから、呪いと戦うことで、私達を含めて不幸になる人を少しでも減らそうとしてくれてるのは分かる。でも、それで死なれたら、私やⅦ組のみんな、それに会長も不幸になる。それは忘れないで」と、フィーはそれだけ言って話を強引に終わらせた。

 

 元より俺だって、進んで死ぬつもりはなかった。

 

 だけど、皆を少しでも幸せにするために俺が出来ることとして、戦う道しか選べない以上、そして自らその道を選んだ以上、最低限の覚悟はしていた。

 だが、俺が死ぬことで不幸になると、フィーはそう言った。先輩もそれに同意した。

 

 そして俺が死ぬ時は一蓮托生だと言ってトワ先輩が自らの命を盾にする以上、絶対に死ねない。

 

 覚悟を新たにして黙る俺と、言いたいこと言って満足したかのように無言で食事を始めたフィーに、先輩は困ったように笑った。

 

「こうして改めて見てみると、本当に姉弟みたいだね。フィーちゃんみたいな綺麗な銀色じゃないけど、髪の色も似ちゃったし。うーん……お姉さん気分でいた私としては、何だかちょっと妬けちゃうな」

 

「え……本気で言ってる? 流石にちょっと、不憫」

 

 だから何故俺が弟なのだ。解せない。

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 ========= 七耀暦1206年8月25日 =========

 

 二日前にタイタス門での戦いを終えてフィーと別れた後、帝国東部を飛び回ってゲリラ戦を繰り返し行っていた。

 

 これまで徹底的に軍事拠点を狙って襲撃を繰り返した事で、ついに情報局管轄の討伐部隊を組まれてしまったため、いくらトワ先輩と言えど一箇所に留まっての作戦行動の継続は無理になってしまったのだ。

 

 奇襲がメインとなったため、その分、負荷は多少下がった。

 この調子なら、まだしばらくは戦えるだろう。

 

 それに今日は昼前で戦いを終えて、強制的に休息を取らされた。

 先輩曰く、「明日ね、ミュゼちゃんが進めてた計画について、各国の首脳がパンタグリュエルに集まって結論を出すみたいなの。オリヴァルト殿下やアガットさん達と一緒に『リベールの異変』を解決した遊撃士の人達や、クロスベルの特務支援課の人達、それにⅦ組のみんなにも参加の打診が来てるし、これから先の事が決まっちゃう場だから参加しておきたいんだ。あははは、正直に言っちゃうと、周辺諸国が協力しても覆せない程の軍事力が帝国に揃いつつある現状、結論は出ちゃってるようなものなんだけどね」との事。

 

 内戦の直後から次期カイエン公が進め、ヴィータさんも協力していた、世界の滅亡をどうにかするための最悪の手段。

 つまりは、百万を越える戦力にまで膨れ上がった帝国軍が進める侵攻作戦『大地の竜』に対して、それに迫る戦力を結集させた周辺諸国の連合軍による迎撃作戦『千の陽炎』。その二つの作戦のぶつかり合いである世界大戦が、ついに具体的に動き出してしまう日だと言うことらしい。

 

「それに、政府と結社が少し不穏な動きをしてるって情報も入って来てるから、もしもの時の保険としても参加は必須だと思う。表としても連合軍……ヴァイスランド決起軍の旗艦と、要のミュゼちゃんや分校長を失う事になっちゃうのは、取り返しがつかない痛手だし、もしも同席するリィン君に何かあれば、それこそ本当に全部が終わっちゃうから」

 

 各国の首脳が集う艦。

 その艦が「共和国の艦隊によって沈められた」という事にされてしまえば、更に呪いによる熱気は高まるだろう。

 

 先輩の船はあくまでも小型高速飛行艇だ。

 戦艦同士の戦いになれば戦況を覆す程の戦闘力はこの船にはないが、それでも見過ごすことは出来ない。

 

「多分ね、ミュゼちゃんも相手が明日に攻めてくる可能性は読んでると思う。その上で、自分たちを捨て石にしてでも、ヴァイスランド決起軍を成り立たせるために必要な最後の会合の場を設けようとしてるの。だけど元担当教官として、ミュゼちゃんのそんな行動は黙認出来ない」

 

 トワ先輩は「だからまた一緒に戦って下さい」と俺に頭を下げてきた。

 何度も言うが、既に俺の命の使い方はトワ先輩に預けている。だから一々許可など取らなくても先輩が戦うなら俺も戦うし、皆がそんな危険な場所にいるのなら、断るなど論外だ。

 そう返すと「何時もありがとう。明日を乗り越えたら、一度ちゃんと休憩しようね」と、トワ先輩は笑顔でお礼を言ってくれたが、その顔はやはり何時も通り心苦しそうだった。

 

 結社が総力をもって明日の会合の場で各国の首脳を殺しに来るとしたら、当然、ヴィータさんが前に言っていた結社が誇る世界最大の戦闘飛行空母や、飛行艇、神機も投入されるだろう。

 クロウ先輩とリィンの騎神を考慮しても戦力差は絶望敵な状況だが、そんな状況だからこそ、きっと明日は俺にとって、いや、俺達にとって重要な一日になるだろう。

 

 希望は、まだある。

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 ========= 七耀暦1206年8月27日 =========

 

 昨日の昼、エレボニア帝国、カルバート共和国、リベール王国の三国の国境上の緩衝地帯で、結社との戦いがあった。

 

 国境上空を飛ぶパンタグリュエルの中では、先輩の予想通り、各国の首脳達の秘密裏の会合によって世界大戦という最悪の選択肢が満場一致で採択された。

 正確に表現するなら、呪いに侵された帝国の現状によって、強制的にその選択肢を選ばざるを得ない状況に追い込まれていたと言うべきなのだろうが。

 

 そしてその決定を待っていたかのように、ヴァイスランド決起軍の旗艦パンタグリュエルは、結社の飛行艦隊によって襲撃を受けた。

 

 指揮を執るのはセドリック皇子。

 敵の戦力は『紅の方舟』と呼ばれる結社の戦闘飛行空母に、戦闘用の飛行艇が八隻。そして、結社の使徒、執行者、構成員の面々に、赤い星座や西風の旅団、『鉄血の子供たち』の一人である情報局のレクター少佐。

 そしてその場には、ジョルジュ部長とアンゼリカ先輩、結社に戻ったというシャロンさんも敵として立っていた。

 

 目的はこちらも当初の想定通り、各国首脳の殺害と、それを共和国の仕業と偽装することによる呪いの促進、戦争の激化だ。

 通信を聞く限りでは宰相達の目論見と言うよりかは、呪いに侵された皇子の独断に近いようだったが、宰相達はあえて皇子を泳がせて闘争を煽っていたのだろう。

 

 会合が開かれていたパンタグリュエルに乗ってリィンに近づいてしまう訳にも行かず、また飛行艇を無人にする訳には行かなかった俺は、予定通り結社の構成員が駆る飛行艇に対して、武装強化したトワ先輩の飛行艇をどうにか操りながら応戦した。

 

 途中で各国の首脳達と共にパンタグリュエルから脱出してきたトワ先輩を拾って、その後は操舵以外は全て先輩に任せて、ただひたすら敵の飛行艇と戦い続けた。

 

 パンタグリュエルでは、甲板に直接乗り込んできた敵と、それを迎え撃つ新旧Ⅶ組の一部のメンバーと、リベールの遊撃士、特務支援課の面々達との戦いが繰り広げられていた。

 飛行艇同士の戦いも、甲板上での総力戦も拮抗して戦場が膠着した頃、しかし紅の方舟から三体の神機が現れ、戦況は大きく敵側に傾いた。

 クロウ先輩とリィンも騎神を呼び出し神機に対抗しようとするが、しかしセドリック皇子と猟兵王もそれぞれ騎神を呼び出すことで二人の動きを牽制し、完全に状況は詰んだ。

 

 そしてそんな状況に、パンタグリュエルからの通信回線が開かれた。

 

 流れてくる一方的な作戦内容は、つまりはパンタグリュエルを敵空母にぶつけ、強制的にこの戦いを終わらせるという酷いものだった。

 パンタグリュエルを操るのは、次期カイエン公、オーレリア将軍、ウォレス将軍、そしてその配下の兵士たち。

 

 オーレリア将軍とウォレス将軍が甲板で敵を引き受け、その隙に今戦っている皆を委員長の転移術で回収して、残された一隻の揚陸艇で脱出。

 その後、パンタグリュエルによる自爆前提の特攻を実施。

 

 それが、予めこの最悪な事態を打開するために次期カイエン公が決めていた、唯一の手段だという。

 

 何故そんな自殺前提の策を実行するのだと問う新Ⅶ組の同級生に、

 

「名高きかの剣聖カシウス中将に最高司令官をお任せした時点で、私の作戦は完成しています。決起軍の主力も別に待機、ヴィータさんも助けてくれるでしょう。元より、この状況に陥ればオーレリア将軍たちに付き合うと決めていました。数百万の犠牲を世界に強いる手を世界に強いてしまった身ですから。……それに私、もともとメンタルが強い方ではないんです」

 

 次期カイエン公は、そうやって明るく笑った。

 

 通信回線越しにも伝わる絶望感に皆が口を閉ざしている中、オーレリア将軍と次期カイエン公による作戦開始の命令が下された。

 

「さあ、揚陸艇に急ぐが良い。……さもなくばこの場で斬る」

 

 渋る皆を強引にでも逃がそうとオーレリア将軍が剣を抜いたその時、『因果が視える』という力を持つクロスベルのキーアという少女が「ううん。行く必要、無いんじゃないかな」と、嬉しげな声を上げた。

 

 そしてその声に、八葉一刀流の兄弟子にも当たるリベールの剣聖カシウス中将が「ああ、どうやらそのようだ」と合意する。

 

 そしてトワ先輩も俺に「来てくれたよっ! また無茶をさせちゃうけど、お願いね! きっとあの二人も助けてくれるから!!」と、歓喜の声を上げて、俺に作戦実行の合図を送った。

 その言葉に頷き、操舵を先輩に受け渡し、対物ライフルを持って甲板へ出る。

 

 その裏では、何故今になって作戦を中断するのかと問う次期カイエン公に、カシウス中将が「確かに貴女は傑物だ。世界の命運すら動かすほどに。だが私同様、少々見誤っていたようですな。第三の可能性、その光の担い手たる翼を」と嬉しそうに苦笑しながら応えるが声が。

 

 皆がその言葉に「まさか」と驚くと同時、懐かしい機関音が戦闘空域に鳴り響いた。

 

 その低く頼もしい音に、敵味方が動きを止める。

 

 そして一瞬の静寂を斬り裂くように高速で飛来した光学迷彩を纏った戦艦、『紅き翼』カレイジャスⅡが、強襲と同時に敵飛行艇と神機に砲撃を放った。

 

 そしてカレイジャスからパンタグリュエル甲板に飛び降りた遊撃士のシェラさん、トールズの同級生だったパトリック・ハイアームズ、そしてヴィータさんと執行者の怪盗ブルブラン、最後にトヴァルさんが、敵戦力と神機を抑えることで、一気に流れを引き戻した。

 

 カレイジャスⅡの登場と、増援の到着に揺れる中、緋の騎神に乗ったセドリック皇子が戸惑いの声を上げた。

 

「どうして、どうしてカレイジャスに乗っていた貴方がそこにいる……!?」

 

「ま、情けは人の為ならずってヤツかねえ。よ、久しぶりだな、リィン。エステルにヨシュアたちも。煉獄の底から這い上がってきたぜ」

 

 セドリック皇子の動揺の原因であるトヴァルさんは、そう冗談めかしてリィンやリベールの遊撃士達に呑気に声をかけた。

 そして、一月前に爆散したカレイジャスに乗っていたトヴァルさんが生きているということは、と皆が期待と共にカレイジャスⅡを見上げる。

 それに応えるように、通信回線とカレイジャスⅡの拡声器から、オリビエさんの声が空に響き渡った。

 

「ああ、みんなの想像通りさ。放蕩皇子ことオリヴァルト・ライゼ・アルノール、正真正銘死に損なったその本人さ。遅れてしまってすまないね」

 

 皆がオリビエさんの生存に歓喜の声を上げる中、壊れたように笑ったセドリック皇子が「ご無事で良かった……本当に……。ですが、『大地の竜』は動き始め、小賢しい『千の陽炎』も走り始めた! 今更そのような艦を持ち出して何をしようというのです、兄上!?」と、一転して今度は怒り狂ったように、でも泣きそうな声で叫んだ。

 

「ふふ、もしや『千の陽炎』に参加されるおつもりですか?」

 

 結社の第三使徒、クロスベルの錬金術師マリアベルの楽しそうな問いかけに、オリビエさんは「いや、そちらはミュゼ君や首脳方、カシウスさんに任せるつもりだ」と何時になく真面目に返す。

 

 そして、この場に集まった全員に宣言した。

 

「僕が……僕たちがこのタイミングで現れた理由。それは第三の道のための翼を提供する事に他ならない。『大地の竜』に『千の陽炎』、避けられぬ巨大な二つの流れ。その狭間にあっても諦めず、希望の光を見出さんとする人々。リィン君たちにロイド君たち、そしてエステル君たち。彼らを助けようとする決して少なくない人々の存在。それとは全く別に、大陸各地で心在る人達も動き始めている。それらの人々を繋ぐ翼に、僕たちはなると心に決めた。帝国の呪いを乗り越えるため、何よりも手を繋ぎ合おうとする人々にお互いの光を届けるために。そして僕とはまた違う希望を信じた、もう一翼たる彼女に笑われないためにも。故に僕たちは名乗ろう。内戦時に名乗った『紅き翼』でもなく、西部で名乗った『自由への風』でもなく、『光まとう翼』という、第三の名前を!」

 

 絶望だらけの現状を打ち壊すような、そんな希望に満ちたオリビエさんの宣言に、皆の張り詰めていた表情が和らぐ。

 

 流石オリビエさんだと、本当に誇らしく、自分の事のように嬉しく思った。

 

 オリビエさんがいてくれれば、そしてそんなオリビエさんとかつてリベールの異変を解決に導いたリベールの人達、クロスベルの英雄である特務支援課、そしてイシュメルガに対する希望であるリィンとⅦ組の皆が協力すれば、きっとどうにかなるだろうと、根拠もなくそう信じてしまった。

 

「ククク……いいでしょう。茶番はここまでです」

 

 そんな希望に満ちた時間を壊すように、セドリック皇子の狂ったような笑い声が響く。

 

「結社に地精の皆さん、殲滅の再開を」

 

 そしてどこまでも呪いに侵され闘争を求めるセドリック皇子には、兄であるオリビエさんの決意すら響かず、「やめてセドリック! お兄様が無事戻って来たのに、どうしてそんな事を……!」と泣いて止めようとするアルフィン皇女の声も届かなかった。

 

「兄上が生きていたのは嬉しい! だが、それは弱さなんだ! 世界を終わらせて新たなる秩序を作る! その偉業の前に弱さは敵だ……! オズボーン閣下に任された身として、僕は断固たる決断をする! 相克に必要なのはリィンさんだけだ! だから首脳達と兄上達には、ここで生贄となってもらう!!」

 

 セドリック皇子の指示で、再び戦闘態勢を取る敵戦力。ヴィータさんの魔術で無理やり縛り付けていた神機も、錬金術師マリアベルの術でその自由を取り戻した。

 カレイジャスⅡが援軍に来てくれはしたが、それでもまだ戦力は敵が勝っている。

 

 再び突き付けられる絶望的状況に、しかしオリビエさんは笑った。

 

「ふふ、もう少しスポットライトを独占していたい気持ちもあるが、第一幕である僕たちの熱く華麗な復活劇はここまでとしようか。それでは、今からが第二幕の始まりだ!」

 

 だから俺は、薄っぺらい偽物の言葉を吐く、本当の意味で戦う覚悟もないままただ呪いに理不尽に突き動かされるセドリック皇子が乗る騎神に向かって、足場としていた結界を蹴って、上空から駆け落ちた。

 

「な、何を……!?」

 

 同時に、俺を上空に運んでくれた後、急降下していたトワ先輩が駆る飛行艇が、ありったけの機銃や砲弾を緋の騎神に打ち込む。

 千の武器の能力でそれを迎撃した緋の騎神に、致命的な隙が生まれる。

 その千載一遇の好機に、再度展開した足場を蹴り加速し、ヴァルター師匠が完成させてくれた寸勁を騎神の脳天に打ち込んだ。

 

 『無明・朔月』と名付けたニの太刀を考えない全身全霊の一撃は内部まで届き、そして大きく騎神をぐらつかせ、膝をつかせる。

 そしてヴィータさんが投げて寄越してくれた本当に最後の一発である特殊弾を対物ライフルに装填し、騎神の頭の上に立って銃口を操縦席でもある騎神の核に突き付けた。

 

「おっと、全員動くなよ! チェックメイトだ」

 

 強襲にすぐさま反応した猟兵王や執行者達に、クロウ先輩が鋭く牽制を飛ばす。

 セドリック皇子の命を盾にされた敵は流石に行動を躊躇い、一瞬だけ硬直状態となったが、しかしその均衡はすぐに崩される。

 

 突如宙に浮かんだ映像から、黒のアルベリヒと名乗る地精の長が、猟兵王に向かって指示を出した。

 

「つくづく詰めの甘い連中だ。猟兵王殿、かまわない、殺れ。例え撃たれても、殿下は不死者として蘇る。我らの計画を幾度となく邪魔する蒼の騎士と野良犬、それに魔女の眷属は、ここで確実に殺せ」

 

 その言葉に紫の騎神と、そして結社の三体の神機が再び動き出そうとするが、しかしその四体の機体は突如内部から爆炎を上げ、強制的にその動きを止められた。

 

「な、何が……!?」

 

「へえ……結社が誇る神機が、たかが爆発如きで行動不能に陥るなんて、面白いわね」

 

 驚愕するアルベリヒと、感心する錬金術師の前に進み出たのは、ジョルジュ部長だった。

 

「ゲオルグ、貴様……!! まさかオリヴァルト皇子の件も……!? ロスヴァイセ、ゲオルグを捕らえろ!」

 

 怒りを露わにして怒鳴るアルベリヒが仮面を被ったアンゼリカ先輩に指示を出すが、アンゼリカ先輩はジョルジュ部長の横に並び立ち、その仮面を取って空に投げ捨てた。

 

「ロスヴァイセとは誰のことだい? 私は昔も今もこれからも、アンゼリカ・ログナーさ。そして彼も」

 

「昔は銅のゲオルグだったが、今ただのジョルジュ・ノームさ」

 

 並び立つ二人は、笑っていた。

 

「な、何を言っている!? 貴様、もしや暗示が完全に解除されていないのか!? 貴様は地精の一族の生まれ、ジョルジュ・ノームは蒼の起動者と灰の騎神を探るために学院に潜入するために作り上げた偽装の記憶だ!」

 

 怒鳴るアルベリヒに対して、ジョルジュ部長は冷静に返した。

 

「いいえ、記憶はもう戻っています。僕は地精の生まれで、工房長、貴方の教えを受けて、そして地精の主であるイシュメルガに忠誠を誓っていたゲオルグです」

 

「だったら、だったら何故このような巫山戯た真似を……!!」

 

 問われたジョルジュ部長は、大きく息を吸い込んで、懐に隠していたリモコンのスイッチを押す。

 そして結社の空母のエンジンが爆発する轟音と共に、今まで我慢してきたものを吐き出すように、大声で叫んだ。

 

「僕が今は、ジョルジュ・ノームだからだ! ジョルジュ・ノームとしてありたいと、そう思ってるからだ! 僕は元トールズ士官学院の学生で、一人で勝手にテロなんて企んで最後には死にそうになってた、カッコばっかりつけるくせに一度もちゃんとキメきれたことがない馬鹿なお調子者に! 頭がいいくせに自分の事は顧みないし、ほわほわしてるくせに言い出したら聞かないどうしようもないほど馬鹿な頑固者! それに貴族の令嬢のくせに破天荒過ぎて問題ばかり起こして、挙句遠慮なしに勝手に土足で人の心に踏み込んでくる愛おしいじゃじゃ馬の同級生で! 色々残念で頭も要領も悪くて、毎日死にそうになりながら訓練してるくせに大して強くもない残念なだけの捨て犬みたいな後輩の先輩だ! 僕はゲオルグだけど……同時に、そんなどいつもこいつもどうしようもなく放っておけない困った友人を持ってしまった、ジョルジュ・ノームだ! クロウは半分死んでるし! トワもトワで一番の馬鹿に感化されて意味分かんない動き始めるし! アンは放置してたら黒の工房のこと探り始めるし!! 一番残念な後輩はまた当然のように死にかけてノーザンブリアで戦争に参加してるし!! じゃあ、誰がやるって言うんだよ!? 僕がやらなきゃ、全員好き勝手やって一人で満足して死んじゃうだろうが!! そんなの、地精の使命になんて構ってる暇ないだろうが!!!」

 

 叫びきったジョルジュ部長に、そしてエンジンから炎を上げる敵の空母に、地精の長アルベリヒは何かを言おうとして開けた口を閉め忘れたまま唖然とし、そしてその他の誰も何一つ言葉を発することも、動くことも出来なくなってしまった。

 

 そんな中、

 

「アハハハハハ! ジョルジュ君に全て持って行かれてしまったねえ! うーん、やはり青春は素晴らしい」

 

「カッコばっかりつけるくせに……一度もちゃんとキメきれたことがないお調子者……」

 

「ほわほわしてるくせに……言い出したら聞かないどうようもないほど馬鹿な頑固者……」

 

「ん? ん? あれ? 私、今、さらっと告白をされてしまったような気がするが……うーん、可愛い天使たちだけでなく、ジョルジュにまで愛を囁かれてしまうとは。流石私だ」

 

 楽しそうに笑うオリビエさんと、落ち込むクロウ先輩とトワ先輩、そしてニヤニヤと笑うアンゼリカ先輩のそんな声だけが、嫌にはっきりと響いた。

 だが、俺も納得が行っていない。何度も何度も残念と言われた。解せない。ジョルジュ部長は俺のことをそんなに残念だと思っていたのか。ショックだ。

 

 ジョルジュ部長とアンゼリカ先輩の仕込みのお陰で、再度完全に逆転した形勢の中、

 

「ふふ、ここまでのようですな。今回も、我々の敗けだ。セドリック皇子殿下、ここは素直に引くとしましょう」

 

 宙に新たな映像通信が展開され、そこに映ったオズボーン宰相がこの空域での戦闘の停止を提案して来た。

 

 宰相はその言葉の裏にまだ予備戦力が控えている事をほのめかしながら、各国の首脳達やオリビエさん、そしてリベール、クロスベルの英雄たち、ヴァイスランド決起軍の面々、ヴィータさんにトワ先輩、そしてリィンを始めとするⅦ組に嫌に丁寧に挨拶をした。まるでこの場で戦いなどなかったと、そう思わせる程落ち着いた口取りで。

 

 そして一通りの挨拶を終えた宰相は、『大地の竜』が決行されるその日、つまりは世界大戦の始まる日について告げた。

 6日後、9月1日、帝国軍は共和国に向けて進軍すると。

 それと同時に、騎神の相克についても本格的に始めさせてもらうつもりだ、とも。

 

「それでは方々、世界が戦火に包まれるまで残り僅かな日々、互いに最後まで微力を尽くすとしましょう」

 

 そうして宰相のその言葉を最後に、戦いは終わった。一応は、こちらの勝ちという形で。

 

 黒キ星杯が顕現したあの日、黄昏において一番の障害になると判断されたため、命を狙われてしまったオリビエさん。

 そしてそんなオリビエさん達を密かに救出して、今まで敵として息を潜めていてたジョルジュ部長とアンゼリカ先輩。

 

 そんな三人を始めとする多くの人達の力が合わさり、どうにか拾い上げる事が出来た勝利だった。

 

 オリビエさんとカレイジャスⅡの事は、前からトワ先輩が情報を入手していたため、ある意味助けに来てくれる事は確定していた。

 しかし、ジョルジュ部長とアンゼリカ先輩の敵からの離反は、事前調整なしの、ある意味賭けに近い一手だった。

 

 だけど、俺もトワ先輩もクロウ先輩も、黒キ星杯の時からもずっと二人を疑うことはなかった。

 かつての内戦の集結の際、蒼の騎神オルディーネさんの準起動者として繋がり、そして文字通り命を共有した仲だ。

 あの日確かに、ジョルジュ部長が、ただのジョルジュ・ノームでなかった事には気付いた。本人すらも、暗示とやらが解けた際は、動揺していたのを感じた。

 だけど例えジョルジュ部長の出自がどうであれ、ジョルジュ部長は俺達の事を心の底から心配して、そして助けてくれていたのだから、裏切るはずがないと確信を持っていた。

 

 そしてクロウ先輩に説得されたヴィータさんと、爆破されたカレイジャスからジョルジュ部長の仕込みで助けられ、そしてトワ先輩と共に一緒に説得したオリビエさんも、二人を最後まで信じてその上で計画に協力してくれた。

 

 だから、誰一人死ぬこと無くあの戦いを乗り切れたのは、紛れもなくジョルジュ部長がいてくれたお陰に他ならなかった。

 

 まあ、俺のミスでセドリック皇子の呪いを払う事には失敗してしまったが。そのことについては、本当にオリビエさんに対して申し訳ないとしか言えない。

 

 

 敵が撤退していくのを確認したのを最後に、気が抜けて今までの無理の反動が一気に来たようで、俺はその場で意識を失ってしまったようだ。

 

 意識を取り戻した時には、もう今日の深夜で、隠れ里のロゼさんの家の、俺がずっと使わせてもらっていた部屋に寝かされていた。

 

 寝ている間に、緋の騎神に放った全力の寸勁によって開いてしまった全身の傷も、誰かがしっかりと縫合してくれていた。

 傷口にも里の霊薬が塗られており、ここ数日の中では最も体調が良い状態にまで回復している。

 

 日記を書いているうちに頭もはっきりしてきたし、体内を巡る霊力がまだ完全に回復仕切っていないことにやっと気付いた。

 

 先日の事も書き終えたので、先ずは温泉に行って来よう。

 

 それで少しはマシになるはずだ。

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