ありがとうございました。
========= 七耀暦1207年3月3日 =========
この日記帳を開くのは、半年ぶりになる。
あの決戦の後、また三ヶ月も昏睡状態に陥ってしまっていたし、目が覚めた後も色々あった上に悩みも出来てしまったため、日記を書く気分にはなれなかったのだ。
だが、今日、今思えば下らないその悩みも解決した。
だから、あの決戦とその後の事、そして今日のオリビエさんとシェラさんの結婚式の事を書いて、この日記にも一区切りをつけようと思う。
去年の9月1日。
呪いを巡る戦いは、無事に終わった。
『翼の閃き』作戦は成功し、リィン達は誰一人欠けること無く全員が生き残り、その上でイシュメルガを滅ぼすことに成功した。
しかし結局、『大地の竜』を帝国内だけに留めることは叶わなかった。
必死の抵抗も虚しく、正午12:00には世界大戦が始まってしまったのだ。
だが始まってしまった世界大戦は、『光まとう翼』の活躍でイシュメルガという元凶が消失したため、開戦二日目にして終戦を迎えることが出来た。
そのお陰で、史上最大最悪の規模の戦争の被害者は、歴史上でも類を見ないほど少なかったという。
だけどあの日、世界大戦の被害がそれだけで済んだのは『光まとう翼』の皆の活躍だけが理由ではなかった。
帝国軍の内部から多くの軍人が反旗を翻して、自らの所属する部隊に呪いに負けるなと必死の説得を行ってくれた。
トワ会長が用意した十隻の飛行艇を用いて、多くの民間人がその身を盾として『大地の竜』の進軍を妨害してくれた。
呪いに侵され無尽蔵に戦う人々に、手術を終えたばかりのユーゲント陛下が、停戦を求める演説を行ってくれた。
そしてクロスベル戦線で帝国軍と戦い続けた結果、最終的には地を這うことしか出来なくなって、後は死を待つだけとなった俺の命を、呪いに侵されていた人達が、自らの意志でその呪いに打ち克ち、戦いの手を止めて助けてくれた。
だから、本当に取り返しのつかない悲劇を生み出す前に世界大戦を止めることが出来たのは、『光まとう翼』の皆の献身だでなく、その裏で多くの人達が『呪い』と向き合って戦ってくれたお陰だった。
遥か昔から帝国を育み、そして同時に蝕んできた、鋼の至宝という祝福と呪いと、それを生み出してしまった人の業。
帝国に生きる人達は、確かにあの日、自らの手でそれに打ち克ったのだ。
俺もその勝利にほんの少しだけだが貢献出来たと、今なら素直にそう思って、胸を張ることが出来る。
もっとも、目を覚ましたばかりの時は、そんな事を思える余裕など全くなかったが。
思い出すのは、決戦前夜の事だった。
あの宴会の後に、何かを決心したような表情で飛行艇に戻って来たトワ会長は、俺にこう言ってくれた。
「私ね、誰よりも優れた英雄なんていないと思うんだ。でもね、今の帝国はリィン君やクロウ君、ミリアムちゃんのような、こんな言い方は嫌だけど、運命に選ばれちゃった、まるで御伽噺に登場するような英雄達を必要としてしまっていて、実際にそんな英雄に帝国の運命を全部背負わせちゃおうとしてる。だけど、それじゃあダメだと思うんだ。だから私は明日、みんなが自分の意思で呪いと戦えるように、呪いと戦うための勇気をくれる『希望』をみんなに届ける翼になりたいって、そう思ってるの。そうしないと、本当の意味で私達が呪いに勝つことは、出来ないと思うから」
唐突に始まった会長の言葉に、最初は何を言われているか理解出来なかった。
そんな俺の手を取り、会長は続けた。
「本当はね、私じゃないんだよ。『希望の翼』なんて呼ばれて、十月戦役で東部平定を成し遂げた英雄だなんて言われてるけど、本当の希望は私じゃないの。内戦の時、傷だらけになって、立ち上がれなくって、それでも必死に戦い続けて、沢山の人達を助けた男の子がいたんだ。北方戦役でも、誰もが恐れる機甲兵部隊にたった一人で挑み続けて、何度も何度も返り討ちにあって、それでも諦めないで、みんなが避難する時間を稼いだ男の人がいたんだ。たくさんの人を助けて、敵対してる相手にも戦う意味を問いかけ続けて、今もずっと戦い続けてくれてる、そんな凄い人がいるんだ。西部戦線の狂犬とか北方戦役の亡霊とか、そんな物騒な名前でばっかり呼ばれてるけど、助けられた人達はみんな、ボロボロになっても諦めないその人の背中に希望を見て、立ち上がる勇気をもらったんだ。だから本当の希望は私じゃなくて、その人なんだよ」
それは俺の事を言っているのかと訝しむ俺に「本当のことなんだよ? 私だって、助けられて、勇気をもらった一人なんだからねっ」と、会長は小さく笑っていた。
そして混乱する俺に、会長は言ってくれた。
「だからね、もう一度お願いさせて? 私にとっての希望を、呪いで苦しむ人達にも届けるために……ううん、これも本当の事だけど、ずるい言い方になっちゃうね。えっとね……うん……。私が幸せになるために、貴方の命を、人生を、私に下さい」
改めてお願いされるまでもなく、役に立つのなら俺の命は自由に使って下さいと返す俺に、トワ先輩は首を横に振った。
「これは、『希望の翼』とか先輩とかお姉ちゃんとか、そんなのじゃなくて、ただの我儘な私自身のお願いなの。私ね、今更だけど気付いちゃったんだ。今までずっと、誰よりも頑張り屋さんの自慢の後輩で、大切な弟で、一緒に命を賭けてくれる友達だって思い込もうとしてたけど……本当は誰にも渡したくないって思ってて、独占したいって思ってて、これからも私の大好きなこの国で、一緒に笑って幸せに生きて行きたいって思ってたって。だ、だからねっ……? もしも、もしもだよ……! 今更こんなこと言うなんてズルいって分かってるけど、それでも、アンちゃんの送別会の時や、その後に言ってくれた言葉、今でも変わってないなら……!」
そうやって急に恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして焦り始めたトワ会長に返す言葉なと、一つしかなかった。
そんな、当時は幸せと希望に満ちた大切な思い出だったはずのものが、目を覚ましてから今朝に至るまでは、どうしようもなく苦い思い出になっていた。
あの戦いの後、三ヶ月の昏睡状態だった間、俺は長い夢を見ていた。
Ⅶ組の皆がトールズ士官学院に入学してから、そして今日という日を迎えるまでの、長い長い夢だ。
だけどそこに、笑い合うⅦ組や先輩たちの輪の中に、俺の姿はなかった。
その世界は、俺が婆ちゃんに拾われなかったという因果の先にある、もう一つの可能性の世界だったのだろう。
その世界でもイシュメルガの呪いは存在していて、学生時代には内戦が起きて、そして半年前の世界大戦も起きた。
だけどその俺がいない世界でも、誰一人欠けること無く、今日という日を迎える事が出来ていた。
イシュメルガを倒し、呪いは晴れ、今日のオリビエさんとシェラさんの結婚式で、出席した全ての人達が幸せそうに笑い合っていた。
そしてトワ会長も、左目を失明するなんて大怪我をせず、皆と一緒に幸せそうに笑っていたのだ。
長い夢から覚めて、あの最後の戦いの際に、最前線で飛行艇を駆って戦い続けてくれたトワ会長が、怪我で左目を失明した事を知って、それから俺は今日までずっと後悔していた。
俺がいたから、トワ会長が取り返しのつかない大怪我を負ってしまったと、ずっとそう後悔していた。
俺がいない方が、トワ会長は幸せになれたのだと、絶望していた。
だから後ろめたさが拭いきれず、トワ会長になるべく合わないように、ずっと今日まで逃げ続けていた。
トワ会長はトールズの教官職に復帰すると同時に、混乱する帝国を立て直すための政府の要職に就いて忙しかったし、俺も俺で戦いで失ってしまった左腕の治療とリハビリで、基本的には隠れ里を離れる事が出来なかった。
幸か不幸か、逃げるように打ち込み続けていた三ヶ月のリハビリの結果、ロゼさん達とジョルジュ部長が作ってくれた義手は、今では本物と遜色ないまでに動かせるようになったが。
だけどそんな、今では見当違いと言える不安と後悔と罪悪感は、今日久しぶりに再会したトワ会長が、たった一言で吹き飛ばしてくれた。
後悔に耐えきれずに、結婚式が始まる前に、トワ会長に全てを話して謝罪をした。
包み隠さず、俺の存在がなかった世界の話をして、会長は俺と一緒にいない方が幸せになれると伝えた。
しかし、謝る俺にトワ会長は、「もう、本当に困ったことばっかり言うんだから。仕方ないなあ」と笑った。
そして、
「ふふ、こんな日に自慢しちゃうと、殿下やシェラさんにはちょっとだけ申し訳ないけど、私は今、世界で一番幸せな自信があるよ? こうして二人揃って大怪我しちゃったけど、それでもちゃんと生きてる。良くわからないけど、もう一つの可能性の世界の私は、こんな幸せそうな顔してたのかな?」
そう言って笑ってくれたトワ会長は、本当に、本当に幸せそうな顔をしてくれていた。
失った左目を隠す眼帯は痛々しかったが、それでも先輩はそんなこと気にしていないとばかりに、綺麗に俺に微笑んでくれた。
不覚にも、会長のその言葉と笑顔で、俺は泣いてしまった。
そして思わず会長を抱き締めて、今までの事に対する謝罪と感謝、そしてこれから先の事を誓うと、「も、もう……! 前からそうだったけど、いきなりそんな事言うのは今後ぜったいに禁止ですっ! そ、それに……トワさんって言われるのも、まだちょっとだけ心臓に悪いかも。だ、だからね? もうちょっと慣れるまでは、前みたいに会長って呼んでほしいかな……? 実はそうやって呼んでもらうの、昔から大好きだったんだ」と、会長は恥ずかしがりながらもしっかりと俺を抱き締め返してくれた。
その後のオリビエさんとシェラさんの結婚式には、卑屈になっていたそれまでとは違い、純粋な気持ちで参加させて頂くことが出来た。
そして、俺を救ってくれたオリビエさんという恩人の晴れ舞台を、心の底から祝福する事が出来た。
オリビエさんとシェラさんの知人を全員招待したような結婚式は、皇族のそれにしてはささやかながらも、幸せに満ちた結婚式だった。
俺も多くの人と久しぶりに再会し、これまでの、そしてこれからの事をたくさん話した。
「あの日、目を離せば今にも自殺してしまいそうだった子が、ここまで大きくなるなんて考えもしなかったよ。いやー、トワ君との事と言い、実に感慨深いねえ! ここは僕とシェラ君の門出と、そして君達のこれからを祝して、愛に生きる詩人としては一曲披露させてもらうしかないじゃないか!」
「お姉ちゃんは大変感激してます! まさか弟に続いて、こんなかわいい妹まで出来ることになるなんて!」
オリビエさんとアネラスさんは、そう言って俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。
二人の標的がトワ会長に移った後は、アガットさんから「まあ、お前も……ハーシェルの見た目の事とかで世間からは強く言われる事もあるだろうが、俺は応援してるぜ」などと言われたが、会長はむしろ俺より歳上なのでアガットさんとは状況が違う。
だが、その事と同時に素直に感謝を伝えると、顔を引き攣らせて舌打ちをされながらも、
「遊撃士になるつもりなら、アドバイスくらいはしてやるよ。あの時のクソガキなら使い物にならなかっただろうが、今のお前なら……まあ、いいんじゃねえか?」
と、アガットさんはそう言ってくれた。
最終的にトワ会長に抱き付いて頬ずりを始めたアネラスさんと、一人でリュートを鳴らして歌い始めたオリビエさんは、「ちょっと、あんた達いい加減にしときなさいよ!」とシェラさんに襟首を掴まれて連行されて、アガットさんは年下の恋人と元執行者であるその友人に連れて行かれた。
そんな様子を隣で見ていたアルゼイド子爵はグラスを片手に、
「その様子であれば、もう道に迷う事もないだろう。ふふ、またの機会に是非とも剣を打ち合せてみたいものだ。なあ、無刀の剣士よ」
と声をかけてくれ、同席していてたオーレリア将軍からも、
「その時は私も是非とも参加させてもらうとしよう。非才の身でありながらそこまで練り上げた無刀とその可能性、そして次代を担う才媛にして大事な我が校の教官を手篭めにしたその手管、存分に堪能させてもらうぞ」
と、手合わせの申し出なのか苦情なのかよく分からない事を言われた。
だが、稽古を付けてくれるというのなら、断る理由はない。
この先もトワ会長を幸せにするためには、まだまだ力が足りないから是非ともお願いしますと、そう二人に申し出れば、アルゼイド子爵とオーレリア将軍からは苦笑された。
四人で話しているとアッシュがカクテルを持って来てくれて、「やっと収まる所に収まったようで、安心したぜ。アストレイの野郎も含め、俺も何とも不甲斐ねえ兄貴ばかりを持っちまったもんだな。まあ、あんまりてめえの悪口を言うと姉貴に説教されちまうんで、また姉貴がいねえ時に酒でも持って、改めて祝いに行ってやるよ」と、トワ会長が注意をするその前に、新Ⅶ組の同級生たちの元に早足で逃げて行った。
アッシュは皇帝陛下暗殺未遂の罪を、無事に陛下直々に許され、むしろ戦争を食い止める手助けをしたとして勲章を賜り、今もトールズで楽しそうに学生生活を送っている。
俺を兄と呼んで慕ってくれるアッシュも、あの内戦の時とは違って、年相応に笑って幸せそうに暮らせているようで、本当によかった。
アンゼリカ先輩とジョルジュ部長、そしてクロウ先輩とヴィータさん、ロゼさんが座るテーブルに戻れば、アンゼリカ先輩はトワ会長を隣に座らせ、俺とジョルジュ部長に飲み物やら食事の給仕を命じた。
「アンもあれからずっと二人のことを心配してたんだ。これで許してくれるって言うんだから、今はせいぜい女性陣をもてなすとしようじゃないか」
ジョルジュ部長のそんな言葉に「まったく……本当に世話の焼ける奴だぜ。つーか何で俺まで」と、何故か一緒に着いてきたクロウ先輩がボヤけば、
「何やったかは知らないけど、クロウは怒らせてしまったヴィータさんのご機嫌取りだろう?」
などとジョルジュ部長から冷たい目で見られていた。
ジョルジュ部長は給仕だけで許してくれると、そう言ってくれていたが、アンゼリカ先輩が当然その程度でトワ会長を不安にさせ続けた俺を許すはずもなく、先輩に料理を盛り付けた皿を手渡せば「次に私の天使を泣かせたら、その時は生まれてきた事を後悔させてあげよう」と説教された。
怒り狂っていたアンゼリカ先輩に返す言葉もなく説教を受けていると、「まあ、そのくらいにしておいてやれよ。こいつの三ヶ月間の死んだような顔を見て来た身としては、それ以上は流石に不憫に思っちまうぜ」とクロウ先輩が庇ってくれた。
そんな先輩ではあったが、
「あら? 私が散々あれほど多少強引にでも早く合わせた方がいいって忠告したのに、クロウは放っておけなんて言ってたような気がするのだけど? まあ、妻の気持ちは妻にしかわからないってことかしらね」
そうヴィータさんから指摘され、最終的にはクロウ先輩とジョルジュ部長も揃って一緒に、アンゼリカ先輩とヴィータさんから説教を受ける羽目になった。
最後はロゼさんが「まったく、そろそろやめてやらんか。過程はどうあれ、丸く納まったのならそれでいいじゃろう」と取りなしてくれて、アンゼリカ先輩とヴィータさんの説教は無事に終わりを迎えた。
Ⅶ組の皆とも、決戦前夜に約束したように、一緒に酒を飲み交わして色々な事を話した。
一人満足そうな笑顔で、木陰で黄昏れていたリィンの元にⅦ組の男メンバー全員で集まった際には、ガイウスとエリオットから、
「この先、教会で式を上げるつもりならば、是非俺に司祭を勤めさせてくれ。正式な身分は守護騎士ではあるが、教会に身を置く者としてその資格も持っている。友の晴れ舞台の一助となるなら、これほど嬉しいことはない」
「じゃあ僕も余興で演奏させてもらおうかな。この殿下のご結婚パーティーも素敵だけど、それに負けないくらい盛り上げてみせるよ」
と、トワ会長との事を祝福してもらえた。
マキアスは少し酔っていたのかクロウ先輩の空いたグラスにワインを淡々と注ぎ続け、「あの『蒼の歌姫』と結婚していた事を黙っていた事は、正直まだ許したわけじゃない。いや、この先も許せないだろう」と絡んでいた。
蒼の歌姫ではなく、蛇の使徒の第二柱『蒼の深淵』の間違いではないかと正せば「は? 君はまさかあの歌姫を知らないのか!?」と、何故か怒りの矛先が俺に向けられた。
本当に解せない。ヴィータさんが趣味でオペラ歌手をしていて、マキアスがそのファンだったなんて、知るわけがない。
マキアスがヴィータさんの魅力を語り、それを気まずそうなクロウ先輩と共に聞いてる最中、リィンから、
「はは。それにしても、ちょっと悪口みたいになってしまうが、まさかクロウに続いてⅦ組で一番最初に結婚する事になるなんて思わなかったな。それもあのトワ先輩となんて」
と、そんな事を言われた。
俺自身、まさかトワ会長と結婚してもらえる事になるなんて、それこそ半年前は夢にも思っていなかった。
むしろトワ会長はリィンと結婚するのだと勘違いしていたと話せば、リィンは「いや、そんなはずないだろう……。第一俺は結婚なんて、まだ全く考えられないぞ? そんな相手もいないし」と苦笑していたが、
「は?」「正気か?」「リィン……」「き、君は何を言ってるんだ……」「こればかりは擁護できないな」
クロウ先輩、ユーシス、エリオット、マキアス、ガイウス、つまりは全員から唖然とした表情でそんな事を言われていた。
よくわからないが、リィンを巡るフィーやラウラの戦いは、まだ終わっていないらしい。
「ねえねえユーシス! 見て見て、僕、こんなの貰っちゃった! 知ってた? ブーケを取った人が次は結婚するんだって! 次は僕の番みたいだよ! ねえ、ユーシス、どうしよう!」
「ええい、わかったから飛び乗るな! ワインが溢れるだろう!」
そんな事を話していると、シェラさんが投げたブーケを見事に手に入れていたミリアムが、ユーシスの背中に飛びついて来た。
ミリアムは、ジョルジュ部長と、そして地精の長であったアルベリヒ、正確に言うと、アルベリヒという人格に乗っ取られていたアリサの父が秘密裏に用意していた、バックアップの身体によって、終末の剣から生身へと復活していた。
学生時代と同じようにそうやってじゃれ合う二人を見ながら、エリオットは「まあ、順当に行くと次はあの二人かな」と笑い、ガイウスも「俺もしばらくは司祭の仕事が忙しくなりそうだ」と答えていた。
ミリアムに続いて、フィー、ラウラ、アリサ、委員長、サラ教官、シャロンさん、セリーヌさんもやって来た。
サラ教官からはいきなり、
「聞いたわよ? あんた昔、ボースの遊撃士協会で殿下と一緒に、と言うか殿下相手にやらかした事があるくらい、ザルだそうじゃない。そこの似非メイド共々、今日は存分に付き合ってもらうわよ。何と言っても殿下と同僚のお祝いの席、飲まない方が失礼ってもんでしょう」
と、肩を組まれてグラスにワインを注がれた。
シャロンさんは「あらあら。サラ様、いけませんわ。可愛いらしい婚約者がいらっしゃる殿方にそんなに情熱的に密着してしまうなんて」そう言って、一応は止めてくれる素振りを見せていたが、
「あんたも分かってるでしょ? 一番の問題児だった教え子のお祝いも兼ねてるのよ。それともまだ逃したペットに未練でもあるのかしら?」
「ふふ、どうでしょうね? でも、祝福しているのは本当ですよ。もうほとんど思い出せないくらい昔に見た、死にかけの子犬……に、どこか似ている気もする野良いもとい殿方が、こんなに立派になられたのですから。あら、お二人ともグラスが空いてらっしゃいますわ」
結局は教官の言葉に楽しそうに首を傾げるだけで、むしろ逆に、何処からか取り出したウィスキーをなみなみと俺と教官の空いたグラスに注いでいた。
シャロンさんが言った死にかけの子犬という言葉について、少しだけ聞いてみたいような気持ちもあったが、やめておいた。
代わりにシャロンさんのグラスと、ついでに教官のグラスにもワインを注ぎ返して、お礼を言った。
それにしても今になって改めて思うが、ウィスキーはワイングラスに注いでいいものではないだろう。
「シャロン、程々にしておいてあげなさいよ? 貴女、ミシュラムでサラ教官を潰しちゃったこと、忘れてないわよね?」
しばらくサラ教官に付き合って何度もグラスを空にしていると、見かねたアリサがそうやって止めてくれた。
次の獲物を見つけたシャロンさんとサラ教官は、「さあ、お嬢様も一杯如何ですか?」「あんたもちょっとは酔ってからあの朴念仁に迫ったほうがいいんじゃない?」と、そんな事を言いながら楽しそうにアリサを捕獲していた。
邪魔になってはいけないと退散しようとしたら、
「ちょ、ちょっと! 私を見捨てるつもり!? サラ教官はともかく、まだあなたは全然平気そうじゃない!」
とアリサに言われたが、トワ会長からあんまり飲みすぎないように言われていると返せば「ああ、そうですか! お幸せにね! シャロン、もう一杯よ!」と、祝福の言葉をもらえた。
短期間に飲まされ続けてしまい、一度水を飲もうとしていた所に、フィーとラウラが水が入ったグラスを持って来てくれた。
食事の皿まで渡してくれたのでお礼を言うと、フィーから「お礼は、会長に渡りをつけてくれればそれでいい」と言われた。
少し物騒な雰囲気を出す二人に何事かと尋ね、普通に会長に頼めばいいのではないかと聞くと、フィーは「難しい交渉になるから、先ずは外堀を埋めようと」と返して来た。
続いてラウラまでも、
「うむ。つまり、鈍感朴念仁を相手取る場合の戦術について、先達である会長殿に指南頂こうというわけだ」
と、意味の分からない言葉を続け、
「もっと言うと、リィンを落とすにはどうすればいいか、実体験を元に相談にのってもらいたい。だけど普通に頼んでも、多分、会長は恥ずかしがって教えてくれない」
最終的にフィーが、狙いを暴露した。
しかし俺はリィンのような鈍感朴念仁ではないと返すと、「確かに……鈍感なのは一緒だけど、元から会長一筋で拗らせてただけだから、リィンのあれとはちょっと方向性が違う気もする」「もしや我らは、また相談相手を間違えたか?」などと失礼な事を言われた。
解せない。流石にいくら何でも酷いだろう。
しばらく二人から暴言と共に、リィンに対する相談を受けていると、クロウ先輩と委員長とセリーヌさんがやって来た。
「リィンの奴、ここまで来るとある意味尊敬するしかねえな……。サラの親父趣味も変えちまったって話だし」
そして、アリサと共にサラ教官に絡まれているリィンを見ながら、珍しくもクロウ先輩が真顔でそうしみじみと呟いたかと思えば、すぐに何時もの何か企んでるような悪い笑顔を浮かべて、「だけどまあ、俺は妹を応援させてもらうぜ!」と、エマ委員長の肩を叩いていた。
委員長は「ちょ、ちょっとクロウさん! 絶対に面白がってるだけでしょう!?」と慌てていたが、フィーやラウラからしたらリィンの事よりも、
「それにしても、義理とは言え、まさかこの男がエマの兄になる日が来るとは思っていなかったわ」
というセリーヌさんの呟きに対して思う所があるようで、「うん、違和感だらけ」「正直、何時までたっても慣れる気がしない」と、何度も頷いて同意を示していた。
それにしても、今日まで全く知らなかったが、リィンを取り巻く人間関係は一体どうなっているのだろう。
次期カイエン公やミリアムの妹などの教え子も関わっているとクロウ先輩が教えてくれたが、まだそれだけでは終わらないとの事。流石に意味が分からない。
リィンについての話をクロウ先輩から聞いている最中に、フィーとラウラは「勝負だね」「ああ、負けないぞ」とリィンの方に歩いていった。
委員長とセリーヌさんも、
「それじゃあ、私も皆さんの所に行ってきますね。あ、それとお二人とも、今日はお婆ちゃんが飲みすぎないようにしっかりと頼みますよ? お婆ちゃん、私が言っても全然聞いてくれないんだから」
「はあ……。まったく、ロゼにも困ったものね。それにしても今日は子供の姿なんだから、無理にお酒なんて飲む必要ないでしょうに。あんなの、何が美味しいんだか」
と、溜息を吐きながら、二人の後を追って行った。
しばらくして、リィン達の方からミリアムとユーシスとマキアスがやって来た。
リィンを中心に笑う女性陣を見ながら、マキアスは「まったく。リィンもそろそろ爆発したほうがいいだろう」と物騒な事を言っていた。
「あ? ミリアム、お前せっかく取ったブーケ、どうしちまったんだよ?」
クロウ先輩の言葉にミリアムを見てみれば、白い花束はもう無くなっており、代わりにミリアムの頭には白い一輪の花が付けられていた。
「みんなにも幸せのおすそ分けしたんだよ!」
ミリアムが指差す方を見てみれば、Ⅶ組の女性陣全員の髪にも同じ花が。
「ねえねえ二人共! 結婚式、何時やるの? 次も僕がブーケ取るんだ!」
「君にはもう必要ないだろうが! ユーシス、サラ教官のためにもきちんと君が責任を持ってミリアムを止めないか! というか、このメンバーだと何の話もない僕が惨めになってくるな……。いや、確かにめでたいのだが……」
「貴様、大人しくしていればさっきから好き勝手言いおって……というか、貴様にもあの喧しい幼馴染がいるだろうが」
そして無邪気に笑うミリアムにマキアスが怒って落ち込んで、そしてユーシスが頭を抱えていた。
ちなみにマキアスはその後、引き攣った笑顔のサラ教官に連れ去られて行った。
しばらく四人で雑談をしていると、ユーシスが咳払いをして、少しいいかと切り出してきた。
「今まで機会がなかったが、改めてお前には礼を言っておこう。ミリアムが今こうして生きているのは、あの時、お前が聖獣の前に立ちはだかってくれたからだ」
「あははは、そうだね。結局は剣になっちゃったけど、あの時助けてくれてありがとう!」
ユーシスとミリアムは、そう言って俺に頭を下げてくれた。
その後も、もう日記には書ききれない程、色々な事を皆と話した。
八葉の奥伝を授かり『剣聖』となったリィンと、手合わせの約束もした。
途中で心配して見に来てくれたトワ会長達も交えて、改めてオリビエさんとシェラさんを皆で祝福もした。
アネラスさんとトワ会長と一緒に、爺ちゃんに挨拶に行く約束もした。
パーティーが終わった後も、そのまま皆で帝都の酒屋に流れ込み、日が変わるまで飲んで語り明かした。
これで何度目になるかもう分からないが、本当に今日は楽しくて、そして幸せな一日だった。
追記。
今日の結婚式の写真をトワ会長と一緒に見返していると、トールズ関係者で集まって撮った一枚の写真を見て、ふと、長かった夢の最後にも、似たような写真を見たことを思い出した。
リィンを中心に新旧Ⅶ組のメンバーが集まり、オリビエさんやシェラさん、アルフィン皇女やリィンの妹、シャロンさんやオーレリア将軍、セリーヌさん、そして先輩たちも映った、全員が笑顔を浮かべるその写真。
夢で見たその写真には、俺の姿はなかった。
だけど今手元にある写真には、楽しそうに笑うアンゼリカ先輩とジョルジュ部長の視線の先、クロウ先輩から二人揃って頭に手を置かれて、トワ会長の隣で笑っている俺が映っている。
そしてトワ会長の笑顔も、夢で見たあの写真より、幸せそうだった。
======================================