凡人の軌跡   作:kuku_kuku

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士官学院における生活実態2

「喧嘩って……あー、日記が云々とか言ってたのがそれかよ」

 

「アッシュってば、ちゃんと聞いてなかったの?」

 

「俺が来る前に終わってた話をその場で掘り返しても仕方ねえだろ。それに流石に一流ってだけあって、メシも中々の味だったしな。一々そんなかったるい事してたら白けちまう」

 

 酒も美味かったしな、とアッシュが端的に感想を述べた。

 

「本当に神経図太いわよね。そのメンバーで高級ホテルで会食ってだけで緊張しそうなんだけど……」

 

 四大名門次期当主が三人。他にもRFグループの令嬢や七耀教会の重鎮、国際的な影響力を持つA級遊撃士。

 そして極めつけは、あの黄金の羅刹と魔女だ。

 

 全員知り合いではあるが、その中に一人だけただの学生として参加して悠々自適と晩餐を楽しめるアッシュの図太さに、ユウナは感心したような呆れたような溜息を吐いていた。

 

「分校長がいてアルコールはダメだろう……」

 

「まあ、貴族同士の会食と考えるとセーフなのでは? 慣例的に」

 

 同じく溜息を吐くクルトに、あまり興味なさそうに返すアルティナ。

 

 実際の所は心の底からアルコールを愛する者達の熱いフォローの賜物だったが、本題とは関係ない。

 頭痛が酷いのか頭を押さえるリィンのために、ミュゼは件の分校長が「社会勉強という事で許可しよう」と言っていたとだけフォローしておいた。

 

「グラン・シャリネが素晴らしかったのは私も同意見ですが、これ以上は教官に怒られてしまいそうなので続きを話しましょうか」

 

 今からはあの十月戦役に続くことになる、一連のテロ事件が本格的に始まりを迎えた頃の話だ。

 

「オリビエさんと再会したのも、丁度その事件の時なんですよね? オリビエさんがアガットさんと私に送ってくれたお手紙に、その時の事がちょっとだけ書かれてたんです」

 

 純粋に楽しそうに話を聞いてくれるティータに微笑みながら、ミュゼは再び語り始めた。

 

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 七耀暦1204年7月。

 

 それは《帝国解放戦線》と名乗るテロ組織が、帝都ヘイムダルにおいて皇族を狙ったテロ事件を巻き起こし、帝国全土へとその名を知らしめる切っ掛けとなった月だ。

 

 後の十月戦役へと続く事になるその事件については、帝都のアストライア女学院で過ごしていたミュゼにとっても他人事ではないものだった。

 

 何せ仕えるべき主君であり同時に愛すべき先輩でもあったアルフィン皇女と、同じく敬愛していたエリゼ・シュバルツァーが、件の帝国解放戦線に人質として誘拐されかけた事件だ。

 帝国解放戦線が二人を害する意志がなかったと確信できており、二人の身の安全が担保されていたとしても、それでも気が気ではなかった事は今でもよく覚えている。

 

 Ⅶ組はその事件の際、特別実習の一環として二班に別れてテロの対処に当たっていた。

 

 リィン、ラウラ、フィー、マキアス、エリオットで構成されたA班が成し遂げたアルフィン皇女の誘拐の阻止という快挙は、帝国時報にも取り上げられ民衆にも広く知られる所だ。

 B班についても、オリヴァルト皇子とセドリック皇子の救援、帝国解放戦線が逃走を図るために地下道から市街へと解き放った魔獣の対処など、大きな功績を残している。

 

 彼が所属していたのはB班だったが、彼は途中から一人別行動を取っている。

 トワの指揮の下でアンゼリカとクロウも避難誘導や安全経路の確保などに当たっていたため、その応援という形で派遣されていたようだ。

 

 それは市街に魔獣が出てきた際にオリヴァルト皇子が提案し、B班が総意を以て賛同した結果の事だったと言う。

 

 ワイングラスを揺らしながらガイウスが、

 

「あの時は珍しく随分と焦っていた。訳を聞けば、トワ会長達であれば絶対に対処に当たっているだろうが、戦力が足らず無茶をしている可能性があると言ってな」

 

 と、当時の事を微笑ましそうにそう教えてくれた。

 

 焦り落ち着かない様子で護衛を続ける彼にオリヴァルト皇子は、

 

「僕の銃と導力魔法の腕は君も知っているだろう? それにこの場には、君の友人も含めた十分な戦力が集まりつつある。今からセドリックと合流する事を考えれば過剰な程だ。だから僕の事は気にせずに、君は成すべき事をして来なさい。その銃をプレゼントしたのはそのためなのだからね。これは皇族としてではなく、君の友人のオリビエとしてのお願いだよ」

 

 と、嬉しそうに微笑みながら背中を押したらしい。

 

 皇子と、その意見に賛同したⅦ組に礼を言って、彼は一目散に駆けて行ったと言う。

 

「心配性にも程があると言いたくなる所だが、まあ、助かったのは事実だ。彼が来てくれたお陰で手広く動けるようになったからね」

 

 陽動のために皇城前広場を中心として仕掛けられた、地下水道の逆流を始めとした幾つかの騒ぎ。アンゼリカが言うには、当初彼女らは二手に分かれてその対処に当たっていたらしい。

 

 憲兵隊と連携して周辺住民の避難誘導の指揮を執っていたトワと、それを補助していたアンゼリカ。

 各地区を分断するように同時多発的に発動した様々な仕掛けと解き放たれた魔獣に対処すべく、各地の憲兵隊へのARCUSを活用した連絡役も兼ねて単独で駆け回っていたクロウ。

 

 そこに彼が駆け付けて来たため、トワの補助と護衛を任せ、アンゼリカもクロウと同様に単独で各地を走り回ることが出来たと言う。

 

 もっともクロウは憲兵隊の中に紛れていた帝国解放戦線の構成員と共に行動しているというアリバイの下で途中離脱し、帝国解放戦線リーダー《C》としてA班の前に堂々と姿を表していたようだが。

 

「《C》とか言うどこかの馬鹿が軍の戦力を誘導して逃走時間を確保するために、最終的に避難所の近くに魔獣が集まるように仕向けていたからね。彼は避難所を守るために迷わずにその魔獣の群れに突っ込み、何時も以上に傷だらけになりながらも、応援に来た軍人と一緒にその群れを片付けた。日記帳はその時の乱戦で落として、それを事後処理に当たったトワが拾い、後はまあ先程話した通りさ」

 

 避難所に雪崩込む可能性があった群れを一手に引き受け、軍が駆けつける時間を稼いで市民の命を救ったその時の功績を認められ、彼は翌月にクロスベルで開かれた通商会議の護衛任務に同行する事になる。

 

 実際の所は、彼が何もしなくても魔獣が避難所を襲う事はなかっただろう。

 

 帝国解放戦線の目的はあくまでも軍の戦力を魔獣討伐に裂く事で、避難所は言わば大事な人質だったのだから。

 

 事実として、帝都でのテロ騒動における被害は極めて小さなものだった。民間人での負傷者はほぼゼロに近い上に、軍関係者においても重傷者が少数いる程度。

 

 それは帝国解放戦線の目的がオズボーン宰相を中心とした革新派の信頼を失墜させる事に終始しており、民衆への被害が少なかった事は「あえて今回はそうしたのだ」と言うメッセージに他ならなかった。

 結果として彼らと結託していた貴族派の「テロリストが本気であれば被害はもっと大きかったはずだ。有事の際に当てにならない正規軍には任せておけない。近衛、領邦軍の軍拡が必要だ」と言う言葉を実行に移せるだけの大義名分を与える事に成功している。

 

 だが実際の所はその目的はスポンサーである貴族派のもので、帝国解放戦線、牽いては《C》であるクロウ・アームブラストの真の狙いは別にあった。

 

 市街に解き放たれた魔獣。地下水道の逆流。市街地の一部の崩落。そしてテロリストの潜入、潜伏、逃走経路。

 

 テロで使われたそれらの仕掛けは、全て帝都の地下道を起点としていた。

 

 帝国解放戦線の真の目的は、その地下道という帝都が抱える致命的な欠陥に思考を誘導する事で、有事の際の帝都防衛のための軍事力と意識を地下道に向けさせる事。

 全てはあの一発の弾丸、ミュゼの異能でも全ては読み切れず、そしてあのオズボーン宰相を以てして確かに「見事だ」と言わしめた超遠距離狙撃による暗殺を成功させるためだけの布石の一つだった。

 

「本題ではありませんが、改めて当事者から話を聞くと、クロウさんの手腕には流石と言わざるをえませんね。勿論全てが作戦通りと言う訳ではなかったのでしょうが、あのテロ事件において不確定因子でありその実は最重要因子であったⅦ組の皆さんとアンゼリカさん達の動きを全て読みきった上で、見事に目的を達成しているのですから」

 

「まあ、逃走経路上の小隊を集めるために用意した魔獣の群れに、単身で突っ込む困った子がいたのは想定外だったようだけれどね」

 

 皮肉でも何でもなく純粋な賞賛を口に出したミュゼに、楽しげにヴィータが笑った。

 

「珍しく頭を抱えて唸っていたわ。私の前で復讐者としてじゃない素顔を見せたのは、あの時が初めてだったんじゃないかしら」

 

 ヴィータ曰く、クロウは「あいつホント何なんだよ、頭おかしいだろ。普通そこは応援待ってから戦うだろ。当たりどころ悪かったら死んでたって……はあ……嘘だろ……」などと困り果てた顔でそんな事を言っていたらしい。

 

「以前から士官学院に入れ込み過ぎている様子はあったけど、ふとした時に私に素を見せてしまうくらいに絆されているのには流石に少し心配になったわ。本当に復讐とその後の内戦や私の計画を完遂出来るのかしら、とね。まあ結果的にはそういう変化がなければクロウと結婚なんて事にはなってなかったでしょうけど」

 

「あんた、ほんとに隙あらば惚気けてくるわね。もう酔ってるのかしら?」

 

「そう言う貴女は人生相談を始めない所を見ると、まだお酒が足りていないようね?」

 

「毎回言ってるけど、こっちはあんたが話したそうにしてるから聞いてあげてるんじゃない」

 

「あら、そんな事言っていいのかしら。もう相談に乗ってあげないわよ」

 

 挑発的に笑い合うヴィータとサラに、何事かと視線が集まる。それに答えたのはアンゼリカだった。

 

「休みを合わせてたまに帝都で飲む事があるのさ。普段はログナー、ハーシェル、クロチルダの三組の集まりなんだが、帝都で集まる時だけは例外でね。トワが同僚という事でリィン君を連れて来て、彼がそれならと同じ依頼に当たっていた教官を連れて来たのが始まりだったかな。まあ経緯はともかく、面白がってトワやあのうわばみを潰そうとして逆に潰されて、噛み合っているのか噛み合っていないのかよく分からない会話を何時も二人でしているのさ。ちなみにその集まりにはフィー君が来ることもあるし、前回はオーレリアさんも参加されていた」

 

「あまり部下のプライベートに顔を出すのもどうかとも思うが、ハーシェルが誘ってくれるのでな。楽しませてもらったぞ。流石にバレスタインに付き合って朝まで飲み歩きはしなかったが」

 

 全く想定していなかった話に、少し顔が引き攣るのを感じる。

 未だにわいわいと言い合っているヴィータとサラを挟んで、同じく危機感を露わにしているアリサと目が合った。

 

 

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「えっ!? ちょ、ちょっとストップ……! きょ、教官、休日にたまに朝帰りしてるのってあの人に付き合って一晩中模擬戦してたんじゃなかったんですか!?」

 

 狼狽えるユウナに、リィンは「ん? あの集まりに行った時は大抵サラ教官の付き添いだが、どうしたんだ?」と不思議そうに返す。

 

「分校長が参加された時なんか最後まで平然とした顔をしてたのはあいつと分校長だけで、起きているのもクロウとトワ先輩とサラ教官くらいだったからな。分校長を最終便で見送った後は酔いつぶれたメンバーをトワ先輩達の家に放り込んだんだが、その時も何時も通りもっと飲みたいって聞かないサラ教官に付き合わされたよ。はは、まあ途中でクロウが動けなくなってトワ先輩達は二人でそのクロウを連れて帰ったから、あの日だけは結局俺一人でサラ教官を見ないといけなかったんだが」

 

「不埒です」

 

 ばっさりと切り捨てたアルティナに、リィンは困ったように笑いながら、

 

「何を想像しているかは知らないが、数軒回って教官が満足した後は遊撃士協会に連れて帰ったぞ。それに何時もは誰かしら一緒だしな」

 

「何か色々とズルい……ていうか、ミュゼも知ってて放置してたの?」

 

 焦るユウナにミュゼは「私は次回の集まりにハーシェル夫妻から招待されていますので」と返して、ユウナとアルティナの卑怯だやら姑息だやらと言った苦情を聞き流しながら強引に話を元に戻した。

 

 

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「まあ、教官には後で色々と聞かせてもらいましょう。それで、あの二人は放っておいて話を八月に進めちゃっていいかしら?」

 

 据わった目でサラを見ていたアリサが色々な思いを飲み込むようにした質問に、ミュゼは静かに首を横に振った。

 

「前半には同意ですが、後半は少し待って頂きたいです。折角ですので、帝国解放戦線関係の話をまとめてして頂ければと」

 

 七耀暦1204年7月から12月にかけて、帝国全土にその名を轟かせた帝国解放戦線。

 組織のリーダーたるクロウ・アームブラストが活動の足がかりとした学院、牽いては八月から所属していたクラスである事が主たる理由ではあるが、結果的にⅦ組は重要な局面で尽く帝国解放戦線と敵対している。

 

 様々な理由から公には語られていない彼らとの戦いの記録は、是が非でも当事者達から聞いておきたかった。

 何せ帝国解放戦線の活動は、帝国を根本からひっくり返しかけた一連の事件の発端なのだ。彼を共和国側のスパイと仮定する以上、避けては通れない。

 

「私達Ⅶ組が帝国解放戦線と関わったのは、ついさっきまで話していた七月の帝都での皇族誘拐未遂事件。それに八月のガレリア要塞での列車砲強奪、九月のザクセン鉱山占拠事件ね。そのうち八月の事件だけは、あいつだけクロスベルの通商会議に参加していたから現場にはいなかったわ。まあ、あっちはあっちで開催場所のオルキスタワーが帝国解放戦線に襲撃されてるから、同じ一連の事件だった訳だけれど」

 

「クロスベルの通商会議に護衛として参加された理由は、オリヴァルト殿下からの推薦という認識で合っていますか?」

 

 指折り順にテロを振り返るアリサに質問すれば、ユーシスが答えてくれた。

 

「ああ。殿下と数回手紙のやり取りをしている内に、そういう話になっていたな。本来なら二年から二名という話だったが、候補に挙がった二人がどこぞの四大名門の令嬢と実質留年しているような男だったせいで流れかけた話を、殿下が拾って来たらしい」

 

 彼とオリヴァルト皇子は、七月末に帝都で再会した後に個人的な手紙のやり取りをしていたらしい。

 それは日記にも書いてあったが、正直に言って彼が筆まめなのは意外だった。

 

 ユーシスがそれを知っていたのは、オリヴァルト皇子が秘密裏にプライベートで使っていた宛先が明らかに帝都とは異なるものであったため、本当に手紙が届くのか不安に思った彼から相談された事があったかららしい。

 

「ついでに万が一情報局に検閲されても、殿下が困るような内容を書いてしまっていないか確認してくれと言ってな。面倒極まりなかったが、何度か推敲もさせられた。もっともオリヴァルト殿下から送られて来る手紙の方が明け透け過ぎて、心配するだけ無駄だったがな」

 

 何故そういう無駄な所だけ常識的なんだ、とユーシスはぼやきながら事情を語ってくれた。そしてユーシスに続いて、補足する形でアンゼリカが口を開く。

 

「殿下からの推薦があったとは言え、本人は最初は参加を渋っていたよ。伸びて来ていた単純な戦闘能力だけならともかく、訓練された軍人の部隊にいきなり混じって要人の護衛を上手くこなせる程の卓越した実力も器用さもなかったからね。狂犬などと呼ばれているが、霊視なんて便利な力を持っていなかった当時からも、戦いに関する観察眼だけは確かだったよ。士官学院生に経験を積ませると言う名目であっても、自分がお門違いという事は本人が一番理解していたのさ」

 

「彼の日記にも書いてありましたが、それでも参加を決意されたのはやはり……」

 

「まあ、クロウがけしかけたからだね。テロリストがオルキスタワーの爆破を計画しているという噂がある、なんて言ってね。本人は護衛隊としての任務を十全に果たせなくても、最悪は他の全てを犠牲にしてもトワと殿下だけは助けるつもりでついて行くと言っていたよ」

 

 八月の事件の際、帝国解放戦線は共和国のテロリスト《反移民政策主義》の一派と共にオルキスタワーを直接襲撃して爆弾を仕掛けた上、ガレリア要塞の列車砲を奪取してオルキスタワーを砲撃するという二段構えの計画を実行した。

 

 帝都でのテロと同じくその二つの計画の真の目的は別の所にあり、最初から成功を度外視したものであったが、もし成功していたとしてもそれはそれで良かったのだろう。

 

 そして計画が成功してしまえば、通商会議に同行する事になっていたトワ・ハーシェルは間違いなくその命を落としていた。

 

 ミュゼは、オズボーン宰相がクロウの人間関係も把握した上で、トワを利用する形で通商会議に同行させていた可能性はかなり高いと踏んでいる。

 オズボーン宰相が《C》の正体を探るための判断材料、そして盾としてトワを利用したように、クロウはクロウでトワの命だけは助けるつもりで彼を送り込んでいたのだろう。

 

 結果として帝国解放戦線の計画は表向きは失敗し、オルキスタワーを襲撃した構成員の半数は死に、半数はクロスベル警察に捕えられ、列車砲がオルキスタワーを撃ち抜く事もなかった。

 

 しかしその実、彼らの裏の目的と、クロウの個人的な願いは共に達成されていた。

 

 つまりはオルキスタワーの襲撃を以って、クロスベル独立提唱、結社の《幻焔計画》開始の呼び水としてみせ、起動した《零の至宝》とクロスベルの神機によって、後の内戦において貴族連合の脅威と成り得た列車砲をガレリア要塞ごと消滅させる事に成功している。

 

 そしてトワ・ハーシェルと彼も、二人揃って無事にトールズ士官学院に生還している。

 

「八月の事件もほぼ完璧にクロウさんの目論見通りに進んだ、という事ですか」

 

 答え合わせとばかりにヴィータを見れば、「二つばかり誤算はあったけどね」と頷かれた。

 

「一つは、計画が想定よりも遥かに正確にリークされていた事。当然全員覚悟の上で計画は実行されたけれど、それでもオズボーン宰相とロックスミス大統領が《赤い星座》と《黒月》を雇っていた事は事前情報になかったわ。もう一つは、あの二人を甘く見ていた事でしょうね。逃げるどころか、むしろ仕掛けられた爆弾を解除する方が確実なんて判断をされるなんて思っていなかったらしいわ。オルキスタワー制圧のための戦力は結社の機械人形で大半を賄っていたのだけれど、それが仇になった形ね。浸透勁と言ったかしら? 導力機構の内部からの破壊はお手の物だった彼を、あのトワが自由に動かせる状況だったのだから、タワー内の機械人形が想定よりもかなり早く全部壊されてしまったのよ。まあ、彼が一時的に所属していた小隊が、急に学生を受け入れた上で十分に機能するだけの実力を持ち合わせていた事も大きいのでしょうけどね。普通はいくら敵との相性が良いとは言え学生を主力にした戦術に踏み切れないし、ましてやARCUS以外の情報系統が断絶されていたとは言え、遠隔での戦略立案を学生に一任するなんて判断は出来ないでしょうから、随分と判断力の高い有能な指揮官だったようね。ヨルムンガンド戦役の時も、あの二人に真っ先に協力してくれた人のようだし。ふふ、こうして改めて考えてみると、あの二人の存在があったからこそ、特務支援課や風の剣聖さんが両国首脳の依頼を受けた猟兵とマフィアに先んじてテロリストを確保出来た、言い換えればテロリストの命だけは助けた形になると言えなくもないけど……まあ、結果論でしかないわね。少なくとも私には例の仮説に対する証明にも反証にも使えそうにないけれど、《指し手》たる貴女なら違うのかしら?」

 

「いえ、私も同じ意見です。彼の働きによって共和国側が大局的な利益を得たとは言えないでしょう。それに、トワ教官達がその場に居合わせなかった場合でも、そもそもロイドさん達やアリオスさんであれば両国に自治州法第十九条三項、公的執行権という名の事実上の治外法権を行使される前に、クロスベルの手だけで事態を解決できた可能性は十分にありえますしね」

 

 ミュゼが出した結論は、話を聞く前と変わらず、七月と同様に彼の存在が大局において影響を与えた可能性はほぼないというものだった。

 彼がいてもいなくても被害の大きさは変わらず、爆弾も無事に解除されていただろう。そもそもとして、かくあるべきものとして立案された計画だったのだから。

 

 唯一あるとすれば、ヴィータの言う通りテロリストの生存率に多少影響があった程度だろう。

 余談ではあるが、帝国解放戦線の生き残った半数の構成員は、昨年までクロスベルの牢獄に入っていた。しかしクロウとヴィータ両名の帝国とクロスベルへの貢献と、これから先の有事の際における両国への協力という取引により、今は恩赦として釈放されている。

 

「ありがとうございました。オルキスタワーの件に関してはもうこれくらいで十分です。次は九月のザクセン鉱山の件ですね」

 

 九月の末、帝国解放戦線はルーレのザクセン鉄鉱山を占拠した。

 

 表向きの目的はスポンサーである貴族派による大量の鉄鉱石の横流し、牽いては新型兵器である機甲兵を開発、大量生産した証拠を隠滅する事。

 そして帝国解放戦線の真の目的は、宰相暗殺を見据え、その事件による戦いの果てに《C》を始めとした幹部の死と組織の壊滅を偽装する事だった。

 

 その事件の際にルーレで特別実習を行っていたⅦ組は、首謀者の一角であったログナー侯爵家を継ぐ者の責任として、自らの手で人質にされた鉱員を助け出し落とし前をつけると宣言したアンゼリカに協力する形で事件に関与している。

 

 もっともクロウにとってⅦ組の介入は織り込み済みであり、結果としてⅦ組は組織壊滅の証人として帝国解放戦線に利用される形になっている。

 

 一通りアリサが説明してくれた事件の経緯は、ミュゼが把握している内容と相違なかった。

 

「九月の実習は鉱山占拠事件も含めてある意味で一番順調だったわ。まあ、最後の最後にあいつが入院が必要な程の大怪我をしちゃったけどね」

 

 実習では手配魔獣の討伐等の危険な課題もある。

 その上、帝国解放戦線による鉱山占拠の際の陽動として、ルーレ市内の軍需工場を全損させた結社の大型機械魔獣の対処や、占拠された鉱山に潜入しての人質に取られた鉱員の解放、その際の帝国解放戦線の幹部との戦いなど、大きな危険は幾つもあった。

 

 それらを踏まえた上でアリサは、それでも最も順調な演習だったと笑いながら話した。

 

「班の構成が良かったんでしょうね。帝国解放戦線の幹部以外には全く苦戦しなくて、私とエリオットは正直暇だったくらいよ」

 

 ルーレに赴いたメンバーは、彼、アリサ、エリオット、リィン、フィー、クロウの六人。

 中でもアリサとエリオット以外の戦闘に秀でた者達の連携が凄まじく、演習に至っては難易度が低すぎるという印象だったと言う。

 

 彼とリィンは当時はまだ距離があったようだが、それでも同じ流派を学んだ者同士、ARCUSによる戦術リンクがあれば抜群の連携を見せたという。

 そして彼とフィー、そしてクロウは、戦術リンクすら必要ないレベルで密な連携が可能だったらしい。

 

「あれだけ一緒に訓練してたからでしょうね。私が皆とあのレベルで戦えるようになったのなんて、本当に随分と後になってからだったわ。鉱山に潜入した時なんてそこにアンゼリカ先輩も加わった状態だったから、道中は逆に不安になるくらい危険を感じなかったわね。最後に戦うことになった幹部二人は例外だけど」

 

 自分達新Ⅶ組も人の事を言えないだろうが、その頃には毎月大事件に巻き込まれ続けた旧Ⅶ組の感覚はかなり狂って来ていたのだろうなと、ミュゼは少しばかりアリサに同情した。

 

 Ⅶ組にアンゼリカを加えた一行は占拠された鉱山に隠し通路から忍び込み、防衛戦力として放たれていた結社の人形兵器を殲滅しつつ、鉱員の救出を行ったと言う。

 そしてその鉱員達を外に逃がす役を買って出たクロウは、鉱山の崩落に巻き込まれたという理由で途中離脱し、残された人質の一団の解放を成し遂げようとする一行の前に再び《C》として立ち塞がった。

 

 アンゼリカが、当時の《C》との戦いを少し苦い顔で語ってくれた。

 

「向こうには大型の人形兵器二体がいたとは言え、数では圧倒的にこちらが勝っていた。それに我が弟子は、私とジョルジュが育てただけの事はあって、人形兵器相手にはめっぽう強かったからね。我ら師弟コンビだけでその二体は十分に対処出来ていたから、実質はクロウ対Ⅶ組の四人の戦いだった。そこに人形兵器を片付けた私達二人も加わったと言うのに、それでも完全には押し切れなかったよ。今の私ならあの頃のクロウ相手ならいい線まで行けるだろうが……まあ、正直私達の完敗と言う他ない結果だったね。何せ手加減までされていたのだから」

 

 アンゼリカが言うには、クロウは明確に手を抜いていたと言う。少なくとも誤ってⅦ組の面々を殺してしまわない程度には。

 悔しそうなアンゼリカに続いて、アリサが補足してくれた。

 

「最初にも言ったけど、あいつはその戦いで入院する程の怪我を負っているの。最後の最後、やっと追い詰めたと思った《C》に閃光弾を使われて、その時にね」

 

 追い詰めたと思った相手が一瞬の隙を突いて使った閃光弾に、不意を打たれた一行の目は眩まされた。

 当然最初は閃光弾であるという判断はつかず、誰もが爆発と思い反射的に防御姿勢を取る中、彼は一人《C》目掛けて突き進んでいたらしい。

 

 常日頃から自らがその戦術を用いるが故にその可能性が高いと踏んで、視界を奪われたⅦ組やアンゼリカを守ろうとしての行動だったと彼は語ったらしいが、そういう所が後に西部戦線の狂犬と呼ばれる事になる所以なのだろうと、ミュゼは苦笑した。

 

 追い詰められた《C》の自爆の可能性もあるし、仮に想定通りだったとしても敵は全員でかかってようやく追い詰めた強者なのだ。

 どちらにせよ自らの安全を度外視した行動は、常人からすれば狂っているとしか言いようがない。

 

 ちらりとヴィータを見れば、想像通り彼女は苦笑していた。

 

「お察しの通り、その時も頭を抱えてたわよ。あいつの頭どうなってんだよ、なんて言ってね。クロウは閃光弾を使う時にフェイクとして武器を手放すなんてパフォーマンスをしていたようだから、迷わずに距離を詰めてくる彼に一手先んじられて手加減する余裕もなかったみたい。反射的に切りつけたのをどうにか無理やり止めて、そのせいでまともに彼の攻撃を受けたらしいわ」

 

 Ⅶ組とアンゼリカとの戦いの後、クロウは坑道の崩落に巻き込まれた際に軽くはない怪我を負ったと偽り、その後に彼と共に病院に運び込まれる程度の重症の身で、事前の計画通り飛行艇で逃走すると見せかけ、その飛行艇を爆破し帝国解放戦線の壊滅という偽装工作を済ませたと言う。

 

 九月の事件においても完璧に作戦をやり遂げたクロウに唯一誤算があったとすれば、それはヴィータの語った通り彼の命がけの特攻だったのだろう。

 

「こうして一連の事件を聞いてみると、帝国解放戦線全体にとっては取るに足りないものでも、クロウさん個人にとっては彼にかなり計算を狂わされたようですね」

 

「毎回泥酔しながら私に愚痴を零す程度には頭を悩ませていたわ」

 

 ぽつりと呟いたミュゼの言葉に対するヴィータの返答に、その場にいた者達は全員苦笑した。

 

 

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「何と言うか、学生時代から自殺願望があったとしか思えない行動をされていたのですね」

 

「あ? どっちかっつーと真逆だろうが」

 

「ああ。俺もそう思うぞ」

 

 アルティナのそんな感想に、アッシュとリィンは笑いながら首を横に振った。

 

「仰る意味がよく分かりません。ミュゼさんの話では、少なくとも帝都とルーレでの事件の際は、無茶な行動のせいで死にかけていると思うのですが。それにそれ以降の事も、どう考えても自殺行為ばかりに思えます」

 

 不思議そう首を傾げるアルティナに、リィンは苦笑しながら続ける。

 

「絶対に生き残りたいと思っているからこそ、あいつは普通なら引いてしまう場面でも躊躇なく前に進むんだ。まあ、もう少しミュゼの話を聞かせてもらおう。多分その中で、あいつがどんな思いでこれまで戦って来たかも分かるだろうからな」

 

 微笑ましそう頭を撫でるリィンに、アルティナは納得した訳ではなさそうだったがとりあえずは疑問を飲み込んだようだ。

 

「学生時代のお話もあと少しで終わりかあ。でも、少し残念かな……。学院の人達からはずっと誤解されていたんだよね? 本当はすごく良い人なのに」

 

「ああ。確かに学業を疎かにし過ぎているのは否めないが、その行動理念も含めて一人の武人として素直に尊敬できるだけに、誤解されたままと言うのは僕も残念に思えるな」

 

 楽しげに続きを期待しながらも、しかし少し落ち込んだ様子を見せるティータと、それに同意するクルト。

 

「いや、だが仕方がないのか。確かに狂犬と呼ばれてもおかしくはない生活を送られていたようだし……。と言うか、今更だがあの渾名がまさか生活面から来ているとは思っていなかったな。完全に戦闘スタイルからそう呼ばれているものだと思いこんでいた」

 

 続けて唸るクルトに、「あ、それ私も勘違いしてた」とユウナが頷いた。

 

「何て言うか、周りにはあんまりいない希少な人だよね。うーん、野生児と言えば分校だとフレディが一番近いんだろうけど、またそれとはベクトルが違うもんね。フレディが自然の中で育って来た野生児だとすれば、あの人は……優先順位を色々間違えて結果的に人間らしさがなくなってる感じって言えばいいのかな?」

 

「そうだな。目標で見習うべき先達の一人には違いないが……流石に全てを真似するのは僕には無理かもしれない……」

 

 暗に人間として見習うのは流石に不味いと言っているユウナとクルトに、ティータは「あははは」と苦笑するしかないようだった。

 

 一方で彼と親しいアッシュとリィンは、その散々な評価に思わずと言った感じで笑い出していた。

 

「まあ、兄貴の頭がイッちまってるのは今に始まったことじゃねえが、それが今じゃあ一周回って家庭まで持ってんだから笑えるぜ。じゃじゃ馬もそういう所だけは見習った方がいいんじゃねえか?」

 

「う、うるさいわね! 自分でも分かってるわよ!」

 

 顔を赤くするユウナを、ある意味で自分が揶揄されている事にまるで気付いていないリィンが苦笑しながら宥める。

 

「極端な所があるからそこに目が行ってしまいがちだが、あれ程人間らしい人間もそういないと思うぞ。俺自身あいつの生き方から大事な事を教わったから、それは確かだ。それこそ、エリュシオンの一件を乗り越えられたのだってそのお陰だって思えるくらいのな」

 

 ユウナだけでなく、教え子全員にそう語りかけるリィン。

 リィンの台詞には各自思い当たる所があったのだろう、皆は少しだけ居住まいを正していた。

 

 頃合いだと判断し、ミュゼは小さく咳払いをして再び頁を一枚捲る。

 

「それでは、続けましょうか。ティータさんとクルトさんが気にされていた周囲からの悪評の件ですが、実は八月以降、その辺りの事情も少し変わってくるんですよ。それに、クルトさんが期待されている剣術のお話も出て来ますので、期待して下さい」

 

 ミュゼのそんな言葉に、ティータとクルトは分かりやすく嬉しそうにしていた。

 

 

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 帝国解放戦線に関する話題は終わり、話は八月以降のトールズ士官学院における日常に戻る。

 

「一言で言えば、まあ、渾名が変わって来たのが一番の変化だったんじゃないかしら。野良犬、野犬、狂犬なんて酷いものばっかりだったのが、番犬とか忠犬とかに」

 

 どちらにしろ酷い呼び名を口に出すアリサに、ミュゼは自分の感覚がおかしいのだろうかと首を傾げる。

 集まった人間達の中でまだまともな感性を持っていそうなアッシュを見れば、流石に少し複雑そうな顔をしていた。

 

 兄と呼び慕っている相手がそんな扱いをされていては、流石にどう反応していいのか分からなかったのだろう。

 

「八月頃からはまさに番犬って感じでトワ先輩にべったりで、学院内でも街でもよく一緒にいたし、帝都のテロでの活躍も結構噂になっていたから、少しずつ一応はまともな人間だって認識が広がって行ったんだと思うわ」

 

 言ってしまえば毎日血塗れになりながら魔獣と殺し合いをしている危険な人間と言う評価から、何時もその身を挺して魔獣という危険から誰かを守ろうとしていただけの人間という評価に変わったのだと言う。

 

「士官学院には相応しくない低俗で野蛮な男と見下していた貴族生徒達も、帝都の一件以降、生徒会の手伝いをしている事もあって徐々に考えを改めたようだったな。奴の行動もその理念も最初から何一つ変わらずブレていなかったのだから、自分の見る目が無く見当違いな誹謗中傷をしていたと謝罪する者までいた程だ。こぞって俺に仲介を頼むから面倒極まりなかったが」

 

 もっとも、ユーシス曰く急に貴族生徒から謝罪された彼自身は、本気で悪評を知らなかったようで「野蛮人……解せない……」と逆に少し落ち込んでいたようだが。

 

「Ⅶ組内で言えば、八月はクロウとミリアムが編入して来てやっと全員が揃った時期だったな」

 

 クロウは元より彼と師弟関係にあったし、クラスの中心にいたリィンとも親交があった。ミリアムはあの性格た。そのため二人共すぐにクラスに馴染んでいたようだ。

 クラス全員が揃っていた期間は八月から十月と三ヶ月にも満たない短い期間であったが、それでも旧Ⅶ組の面々は着実に親交を深めて行ったと、ガイウスが語ってくれた。

 

「アンゼリカ先輩達と五人組なんて言われて、一セットで扱われ始めたのも頃だったったと思うわ」

 

 アリサの言葉に、アンゼリカは楽しそうに頷く。

 

「まあ、そうだね。七月に一度は途絶えた訓練後の五人揃っての食事も再開したし、技術棟で導力バイクの仕上げをしたり、生徒会の依頼を皆で片付けた事もあった。何やかんやで四六時中五人で顔を合わせていたからね。ふふ、悪くない青春だったよ。まあ、私は九月に実家で暴れたせいで、十月以降は休学させられた訳だが」

 

 巻き込まれた事件だけを見れば悲惨だが、その実トリスタではある意味で真っ当な学生らしい時間を過ごしていたようだ。

 とは言え、鍛錬のついでに士官学院に通っているような破綻した生活は、入学当初から何も変化はしていなかったらしい。

 

 逆に言えば毎日安定して破綻した生活を送っていたが故に、本当に全てが鍛錬に直結しているだけの普通の一生徒であり、悪い人間でも危険な人間でもないという理解が徐々に得られて来たのだろうとの事だった。

 

「担任だった私としては、一番の問題児がやっとまともな人間扱いされるようになって心底安心したわ。まあ、当時は座学関係で最終的に卒業できないんじゃないかなんて不安はあったけど、そこはいい感じに中退してくれたから問題にならなかったし」

 

 お陰で助かったわと笑うサラに冷たい視線が集まるが、彼女の言う事にも一理あるとミュゼは苦笑した。

 トワが卒業してしまえばテスト対策が出来ずに、一部の科目で単位を落としていた可能性はかなり高いだろう。彼の性格上、勉学のために鍛錬の時間を減らす事はきっとありえない。

 

 それを裏付けるように、サラは苦笑しながら補足した。

 

「仕方ないでしょ。テロがあって以降、以前にも増して訓練に費やす時間が増えていたんだから。確かに強くはなって来ていたけど、それでもあの子が目指していたレベルには全然足りなかったみたいでね。毎回毎回テロが起きる度に、大した事が出来なかった事を随分と気にしていたわ」

 

 彼は帝国解放戦線との接触以降、貪欲にそれまで以上に強くなる事を渇望していたと言う。

 

「ちょっと思い詰め過ぎなんじゃないかとも不安にもなったけど、それでも入学当初に比べたら随分とマシだったわ。鍛錬の密度や時間自体は確かにそれまで以上に頭がおかしいとしか言えなくなっていたけど、昔のような危うさは逆になくなっていたから、私も無理には止めずにむしろそれまでは敢えて避けていた実戦訓練にもたまに付き合ってあげるようにしていたわね。最初の頃なんてあの子、実力差なんて端から分かりきっている私に敗けただけで、悔しいとかそういう感情を通り越してるとしか思えないくらい顔を青褪めさせて、倒れるまで一人で延々とその時の戦闘を振り返りながら訓練を続けていたんだけど……ん? でも、そう言えば相変わらず倒れるまで似たような感じで訓練はしていたわね……まあとにかく狂気染みた必死さが、少しだけ健全な感じになってたからダイジョブかなって判断したのよ」

 

 サラが言いたいことは、ミュゼにも何となく理解出来た。

 

 日記に書いてあったように、八月、九月は彼が己の変化を徐々に自覚した時期でもある。

 

 己が無力なせいで義理の祖母と両親を奪われたと信じている彼は、自分にはどうすることも出来ない理不尽全てを憎んで恐怖していた。

 そしてその理不尽に抗い生き残るための拠り所として、己の命を救った八葉一刀流に縋ってただただ力を求めていた。

 

 だけど彼はリベールではオリヴァルト達と、そしてトリスタではⅦ組や四人の先輩に出会い、共に生活を送る中で徐々に変わって行く。

 

 死なないために生きていた彼は、何時しか「幸せになりたい」と言うどこまでも純粋で、そしてそれ故に強い願いを持てるようになっていた。

 

「私も教官に同意だね。特に八月末の実習が終わってトリスタに戻って来た時には精神面も含めて一回りも二回りも強くなっていた」

 

 八月の実習で、彼は二人の達人と立ち会っている。

 

 一人は、帝国最高の剣士でもある《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイド子爵。

 実習先であるレグラムにおいてアルゼイド子爵と試合った彼は、一度は捨てたはずの八葉の剣術を、己が手足と小太刀を以って別の形で再び振るうようになった。

 

 一人は、アンゼリカの師でもある泰斗流奥義皆伝キリカ・ロウラン。

 通商会議が開催されたクロスベルの地で彼は、無刀の剣士としての土台の上に成り立つ形で泰斗の極意の一端を彼女から授けれた。

 

 急激な成長は、間違いなくその二人あってこそのものだったとアンゼリカは語った。

 

「ふふ、戻って来た彼と立ち会った時は本当に驚いたよ。我が師に引き合わせて泰斗の発勁と化勁の極地を体験させておこうとクロスベルに送り出したと思ったら、何故か体捌きが八葉一刀流の剣術のそれになっていた上に、小太刀まで使うようになっていたのだからね。あの狂気じみた徹底した零距離の間合いでの立ち回りはそのままに、化勁と八葉の《残月》の型による返し技で相手の手を尽く封じ、間合いを取ろうと離れれば小太刀によるあの神速と言っても過言ではない抜刀術で斬り捨てる。手数が増えたなんて単純なものじゃなく、戦闘スタイルそのものの完成度がそれまでとは段違いになっていた。今の彼の型、《無月》と言ったかな。たった数日でその原型が出来ていたのだから、あの達人二人には笑うしか……いや、今のは違うね。訂正させてもらおう。学院に来る前の彼が文字通り全ての時間を費やして来た剣術があったからこそ、飛躍的に強くなれたのだろう」

 

 彼の中に深く根付いていた八葉の動きをアルゼイド子爵がその剣で以って強引に引き出し、泰斗を極めたキリカがその技の極意だけを別の流派という異なる土台の上に再構築するための骨組みを作った。

 その剣で《理》に至った剣士と、泰斗の奥義を極めた拳士だからこそ成せた業である事は間違いないが、それは彼が積み重ねた時間がなければ決して成し得なかっただろうとアンゼリカは嬉しそうに笑った。

 

「一度組手をしてみて直感した。当時は奥伝にも至っていたなかった私が、これ以上師として教えられる事なんてもう殆どないとね。そして実際に九月の半ばに彼と初めて本気の試合をして、彼は確かに私を越えた。ふふ、弟子に負けて悔しいやら情けないやら色々と思う所はあったが、それ以上に嬉しかった事はよく覚えているよ」

 

「完成度はまだまだだったけど、初見殺しとしては当時でもかなりのレベルになっていたわ。それこそフィーやラウラにも最初の数回は勝ち越してたし、私もちょっとだけ焦る場面はあったしね。まあ、その後の内戦でどうにか生き残れたのは、その初見殺し的な超短期決戦のスタイルがゲリラ戦と噛み合った事が大きいでしょうね」

 

 サラの補足に、旧Ⅶ組の面々は懐かしそうに頷いていた。

 

「あの二人、初めて敗けた日はかなり悔しそうにしてたわね。二人して夕食の時間になっても帰って来ないから心配して探しに行ってみれば、練武場でずっとあいつ相手の対策を練ってたなんて事があったわ」

 

「まあ、あの二人だけでなくⅦ組全体が自主訓練を増やしていたな。あの背中を見ていると、何もせずには居られなくなったものだ」

 

「それを知った奴は、敗けていられないなどと言って更に鍛錬を増やしていたがな。授業の合間の僅かな休憩時間にまで素振りを始めた時は流石にどうかとも思ったが……今思えば意味が分からないが、暫くすると普通に日常風景になっていた」

 

 授業が終わる度に中庭で訓練を始める彼の姿は、当時のトールズ士官学院で思ったよりもすんなりと受け入れられたとユーシスが教えてくれた。

 

 慣れとは恐ろしいものだと、改めてミュゼはそう思う。

 その頃には士官学院全体が徐々に毒されていたのだろう。少なくとも今の分校でそのような極端な行動をする者がいれば色々な意味で心配されるだろうが、当時の学院では「ああ、またあいつか」程度で片付けられるようになっていたと言うのだから。

 

 何と表現すれば良いのか少しばかり悩むミュゼに苦笑しながら、アンゼリカが「さて、そろそろ学院生活について総評させてもらうとしようか」と口を開いた。

 

「先程も言った通り、私は十月から一度休学していね。だから九月が、あの二人と過ごした最後の月だったのさ」

 

 十月に、アンゼリカは一度学院を去った。そしてその月の終わりには内戦が始まり、彼とクロウはその戦争によって命を落とし、学院どころか表舞台から一度姿を消す事になる。

 故に九月が、アンゼリカ達にとって全員が揃っていた最後の学院生活だったのだ。

 

「食事の前にも話した事だが、最初の印象は平凡で退屈で、危なっかしいだけの少年だったよ。だけど彼は、何があってもその歩みを止めず、そして絶対に折れない心を持っていた。実際、才能だけで言うと天と地ほど差があったこの私を、九月には確かに越えて見せたんだ。だから学院を去る時には、自慢の愛弟子で尊敬できる友になっていた。あの何時何が起きてもおかしくない火薬庫のようだった時期に、愛しのトワを彼になら任せられると断言出来る程にはね。ふふ、彼も私の送別会の時に、真面目な顔をして『トワ会長のことは俺が絶対に守ります。会長のことが好きなので』なんて宣言をしてくれたものだから、安心して学院を去れたよ。ちなみにあの時のあの宣言がなければ、トワも彼の事を異性として意識し始める事もなかっただろうから、我が弟子には切っ掛けを与えてくれた師にもっと恩義を感じてもらいたいものだね」

 

「アンゼリカ……貴女、さらりと嘘を混ぜるのは辞めなさい。その後で色々あってプロポーズみたいな事を言われたなんて相談しに来たトワに本気で焦って、異性としてではなく先輩や姉に対する感情だなんて吹き込んだらしいじゃない」

 

 良い事を言ったと言わんばかりの雰囲気を出しながらワイングラスを揺らしていたアンゼリカに、ヴィータが冷たい視線を送る。

 居た堪れない空気になりかけたが「え、何そのプロポーズって。あの奇跡が起きていつの間にか可愛い奥さんが出来てた人生大逆転ゴール野良犬が、そんなフィクションみたいな青春送ってたなんて話、私知らないんだけど」と暴言を吐きながら拗ねるサラに、ヴィータは少し面倒くさそうに溜息を吐きながら答えた。

 

「私も酔ったトワから聞いただけだから、あんまり深くは知らないわよ? その送別会の時にいきなり好きとか言われたから律儀に返事しないとと思ったらしくてね。後日改まって、まだ暫くは今の関係でいたいって伝えたらしいのよ。そうしたら『誤解です』から始まったくせに、『この先もトワ会長とずっと一緒に生きていけるのなら、生きていきたいと思うくらいに好き』とか言われたらしく、恥ずかしいやら嬉しいやらで本当に意味が分からなくなってアンゼリカに通信で相談したら、『弟や後輩としての好きに決まっている』って断言されたって言っていたわね。あの子が紛らわしいのが悪い……とも思ったけど、まあ、本心だったのでしょうね」

 

「アンゼリカ、あんた本当に碌な事しないわね」

 

 そう結論づけたサラの言葉で今度こそ冗談抜きで居た堪れない空気になったが、続けて思わずと言ったように呟かれた「八葉一刀流ってのは、そういう紛らわしい言い回しでも教えてるのかしら」という言葉に、ミュゼとアリサが反応した。

 

「教官? い、今のはどう言う意味ですか?」

 

「どう言う意味って……え、あ、ちょっと今のナシで。本当に、本当に何でもないから、今のはナシで」

 

 

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「きょ、教官……」

 

「不埒です。よく分かりませんが不埒です」

 

 泣きそうになっているユウナとアルティナ。

 そして無言でニコニコとしている、敢えてその話をしたミュゼ。

 

 そんな三人の鬼気迫る様子に対して冷や汗をかいているリィンは、

 

「いや、正直何の事か良く分からな……あ」

 

「何か思い当たる所があるんですね?」

 

「違うぞ。あれは俺じゃなく、むしろあいつが変なことを言うから妙な空気になっただけだ」

 

 自ら墓穴を掘って、大きく溜息を吐いていた。

 

 そんな四人には興味を示さずに「別の流派の上に極意をのせる、か……。それが可能な程柔軟な八葉一刀流も、そして泰斗流も素晴らしい。ヴァンダールの剣も負けてはいないと思うが、東方の術理は聞けば聞くほど奥が深いな」と、クルトは一人楽しそうに頷いている。

 

「リィン教官とサラさん、何かあったんでしょうか?」

 

 苦笑しながらそんな彼らの様子を見ているティータに、アッシュが鼻を鳴らして小さく答える。

 

「ま、シュバルツァーにしてもバレスタインにしても同僚が結婚して行くのを見て無駄に焦ってるってだけの話らしいがな。原因の一端はお前とクロスナーにもあるって訳だ」

 

「アッシュさん、事情をご存知なんですか?」

 

「問題になった酒の席に兄貴もいた……つーか、半分以上はあいつがまた妙な所でド正論を言って炎上させたせいらしく、そっちの話をクロウパイセン経由で聞いたんだよ。シュバルツァーが何考えてんのかは正直分からねえが、少なくともバレスタインはシュバルツァーに親父趣味のままだって勘違いされてるらしく、苦しんでるんだとよ」

 

 アッシュから小声でその時のサラとリィンのやり取りを教えてもらったティータは「リィン教官……」と少し顔を引き攣らせていた。

 

 ミュゼとしては二人の会話の詳細を聞き漏らした事は痛かったが、炎上させた本人であればしっかりと教えてくれるだろう。

 最近、全体的に彼に己の恋路を尽く邪魔されている事が判明しつつあるが、逆に言えば彼を味方につければ本気で己の異能を以ってしても先が見えない争いにおいて有利に立てる気がしている。

 

 ヴィータもそういう意味で彼には感謝していたようだし、師弟揃ってお世話になるのも悪くはない。

 

 まだ面白おかしく語る事が出来た彼の学院生活については、これでもうほぼ終わりだ。

 

 ここからは血に濡れた戦いの軌跡になるため、少しばかり気持ちを切り替える必要がある。

 

 未だにユウナとアルティナから問い詰められて困っているリィンを見て和みながら、ミュゼは十月戦役における西部戦線の記録に視線を落としたのだった。

 

 

 

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