========= 七耀暦1204年6月14日 =========
今日も雨だった。
ここ数日は中間試験が近いこともあり、先輩たちとの訓練は休みだ。
その代わり、技術棟でトワ会長から勉強を教わっている。普段から授業をサボりがちなクロウ先輩と共に。
アンゼリカ先輩とジョルジュ先輩も俺達に付き合ってくれていた。
最初は忙しいトワ会長の手を煩わせるわけには行かないと断りを入れたのだが、「いつも生徒会の依頼でお世話になってるし、これくらいはさせてほしいな」という言葉と笑顔に甘えてしまったのだ。
トワ会長の申し出は、正直助かった。一般科目は問題ない。しかし、士官学院特有の軍事学などの専門科目は良くない。正直に言って、授業だけではどうにもならなそうだった。
ある程度のやり取りだけで俺が何を理解できていないかを把握し、端的に分かりやすく要点を教えてくれる。おまけに各教科ごとの出題範囲の予想付き。至れり尽くせりだ。
「わざわざこうして後輩君の勉強に付き合ってやってるんだから、いい成績取れたら何か奢ってもらおうかね」
「クロウは今回、授業サボりすぎて高得点取らないと単位貰えないからだろう? 珍しく真面目に後輩の面倒を見てるかと思えば、その分授業には出なくなるし……」
「わざわざトワが割いてくれた時間を無駄にする気かい? 喋っていないで手を動かしたまえ」
「まあまあ、アンちゃんも落ち着いて。クロウ君も、もうちょっとだけ頑張ろう?」
勉強に飽きてきたクロウ先輩の軽口に、ジョルジュ先輩が大きく溜め息を吐き、アンゼリカ先輩が怒り、トワ会長が宥める。ここ数日繰り返されているやり取りだった。
「そう言えばお前、クラスの連中とは最近どうなんだよ」
しかしクロウ先輩が勉強には関係ないそんな質問をしてきた時だけ、意外なことに三人の先輩は止めず、むしろ興味深そうに俺の言葉を待っていた。
以前教えてもらったのだが、四人は昨年にⅦ組のカリキュラムのテスト運用メンバーだったとの話だ。俺に良くしてくれるのも、Ⅶ組を気にかけるのも、そのことが原因なのだろう。
先輩たちに、俺は最近のクラスの様子を語った。
先月の特別実習で色々あったようで、マキアスのユーシスとリィンに対する態度が軟化したこと。そんなマキアスについて、微笑ましいと委員長が語っていたこと。
フィーが自身の出身が猟兵であることを明かし、知っていなかったらしい皆が驚いていたこと。とは言え、特に問題は起きていないこと。
実は俺がラウラに嫌われていたこと。しかし先月の特別実習で会話をして距離が縮まり、互いに負けないように鍛錬に励もうと約束したこと。
そんな近況報告に先輩たちは少しほっとしたような様子で、アンゼリカ先輩も「よかったじゃないか」と頷いていた。
マキアスのことは先月、トワ会長も気にしていた。皆揃ってかなり心配していたようだ。
「あれ、そう言えばここに来る途中でⅦ組の子たちが勉強してるのを何組か見かけたけど、そっちに行かなくてよかったの?」
「ば、馬鹿っ……ジョルジュ、お前!」
「ジョルジュ君!!」
そんな質問をしてきたジョルジュ先輩に対し、何故か彼の頭を叩くクロウ先輩と慌てるトワ会長。この先輩達はいつも賑やかだ。
それにしても、クラスメイト達が集まって放課後に勉強をしているとは知らなかった。俺と違い皆は普段から自習を欠かしていないようだったが、やはりテスト前は気合を入れているようだ。
「明日は、クラスのみんなとお勉強してみるのはどうかな? ほ、ほら……互いに教え合うこともいい勉強になるんだよ! あ、でも……、無理はしなくていいからね? ゆっくりでも大丈夫だから!」
トワ会長に心配そうな顔でそんな提案をされた。自分では手応えを感じていたのだが、勉強の出来が実はかなり不味いのかもしれない。
勉強の後は何時も通り、今月から一人での探索が許可された旧校舎地下遺跡で魔獣と戦った。
その後、寮に戻ると、珍しくマキアスが一階のソファに座っていた。
テスト勉強をしていたが、疲れて休憩していたとのこと。根を詰めすぎるのは良くないと伝えたが、
「……こんな時間に帰ってくる君にだけは心配されたくない。それよりも、中間テストは大丈夫なのか?」
と、逆に心配された。マキアスからは嫌われていると思っていたので、心配されたことは意外だった。まあ、元はと言えば俺がマキアスのことを「貴族嫌いのラリった狂犬」と思って接していたせいだが。
「リィンと……まあ、一応、ユーシスへの先月までの態度は僕だって反省している。あの表現はどうかと思うが、今考えれば思うところがないわけではないさ。それに、君はわざわざ言う必要のない理由まで言って、その上で正直に謝罪までしたんだ。僕だって、謝らないわけにはいかないだろう。方向性はどうあれ、純粋に努力をしている君に向かって狂ってるなどと言ってすまなかった」
誰だ、これは。先月までとの差が大き過ぎて、少し気持ち悪い。委員長のように微笑ましいとは表現できない。そう伝えると、「君は……! まあ、いい。言われても仕方ない。それよりも、勉強は大丈夫なのか?」と、重ねて心配された。
テスト対策の状況と、トワ会長からのアドバイスの件を伝えると「そうか。なら、明日僕の復習につきあってくれないか? 生徒会長直々の対策というのも気になるし」と提案を受けたので、明日はマキアスと勉強することになった。
ありがたい。
======================================
========= 七耀暦1204年6月20日 =========
今日は自由行動日。
テストも無事終わったので、かねてからの約束通り夕方にサラ教官に試合をしてもらった。
正直に言って、想像以上の惨敗だ。
実力の差は分かりきっていたが、それ故になり振り構わず勝つことだけを考えて挑んだ。それにも関わらず、まともに有効打を入れることすら叶わなかった。
「正直驚いたわ。かなり強くなってきてるじゃない。破門されたって聞いてたけど、それだけ丁寧に土台を固めてくれてたんだから、良い師匠だったのね。まあ、君が腐らずに鍛錬を続けて来たからこその成果だけど」
サラ教官からはそんな慰めの言葉を貰ったが、これでは全然足りない。
最近、鍛錬の成果が出てきているのは自覚している。だが、フィーやラウラ、そしてリィンが勉強に使っている時間を鍛錬に回し、それでようやく引き離されない程度の成果だ。
入学時からの実力の差は、まだほんの少ししか埋まっていない。このままでは、何時までたっても追いつくことなんてできない。
「そう? 確かにまだあの三人には勝てないだろうけど、格上との戦い方は君が一番上手いと思うわよ」
しかし、サラ教官に自身の考えを伝えると、思っても見なかった言葉返ってきた。
「間合いの内で逃げるのが上手いというか、隙を突くのが上手いというか、生き汚い? うーん……同門のリィンともアンゼリカとも違うのよねえ。近いと言えば近いけど、猟兵の戦い方や暗殺術、隠密のそれほど完成されてるわけでもない。武術とか技術というよりかは、もっとセコくて小狡い変な戦い方って感じかしら。まあだけど、戦いにくいのは確かよ?」
散々な言われようだ。解せない。
「さっきも実際、何回かはそれでいい線いってたわよ。体に染み付いてるのか、咄嗟の時に出るみたいね。自覚はあるんでしょ? 変な癖なら直すべきなんだけど、ある意味自然な動きだから、無理に矯正するより意識的に伸ばしてみるのもいいと思うわよ」
解せないが、否定はできない。老師にも、似たようなことを言われたことがある。八葉一刀流の術理には合わないが、俺にはそっちの方があっていると。
だが、本当にそうなのだろうか。本当にそれで、老師のような強さを手に入れることができるのだろうか。正直、よく分からない。
「とは言っても、まだまだ根本的に実力不足よ。どうするか悩みながらでもいいわ。基礎は怠らず、もっともっと実戦も経験しなさい。ま、要するに今まで通り精進しなさいってことね」
総評を終えたサラ教官と別れた後は、トワ会長から受けた郊外での依頼をこなす傍ら、今日の試合と、そして教官のアドバイスを振り返りながら魔獣と戦った。
しかし最近では、トリスタ郊外に生息する魔獣とは戦い慣れすぎて、大した訓練にはならない。今後はフィーやラウラに頼み、試合を行うなり旧校舎に行くなりするべきだろう。
休憩がてらの日記もつけ終わったので、今からは学院に戻ってグラウンドで型の訓練に励もう。
追記。
寮に戻ったら、昨日から第三学生寮の管理人になったというシャロン・クルーガーさんに「門限はとうの昔に過ぎておりますが」と静かに怒られた。
普段なら寮では晩酌中のサラ教官くらいにしか合うことがないので驚いていると、「昨夜はもう遅かったので呼び止めるのもどうかと思いましたが、二日続けてとなりますので」と追加で説明が入る。
そもそも管理人が来たことを知らなかったので、何故俺はいきなり怒られているのかと首を傾げ、シャロンさんは何故伝わらないのか眉根を寄せていたが、
「ああ、その子はいいのいいの。放っておいてちょうだい。外出許可証は出してるから、規則違反じゃないし、悪い子でもないのよ。色んな意味で頭は悪いけどね! あ、あんたもちゃんと挨拶しときなさいよ。この胡散臭そうな危険なメイドさんは、シャロンって言って、ラインフォルト家から来たこの寮の管理人兼アリサの護衛役よ!」
酒瓶を片手にロビーに下りてきたサラ教官の呂律の回ってない紹介で、互いに誤解は解けた。
当然だが、酔っ払いにいきなり暴言を浴びせられた俺とシャロンさんは苛立っていた。
シャロンさんの説明によると、実は今日から寮で朝夕の食事を提供してくれていたとのこと。Ⅶ組専用の寮である第三学生寮には、ユーシスやラウラ、リィンといった貴族生徒、さらにラインフォルトグループの令嬢もいるための措置だとか。
朝食は携帯食で済ませ、夜は訓練の途中で学生会館で済ませることが大半だったのでかなり助かる。主に金銭面で。
多少は夜が遅くなっても取り置きしておいてくれるとのことなので、明日から訓練終わりにお世話になろうとすると「夜食には対応しておりません」と笑顔で断られた。
======================================
========= 七耀暦1204年6月23日 =========
中間テストの結果が返ってきた。
トワ先輩とジョルジュ先輩には本当に頭が上がらない。
入学時よりも順位が少し上がっており、結果は40位。トワ会長のおかげで、致命的だった専門科目でも赤点は全て問題なく回避。一般科目と、ジョルジュ先輩から学んでいた導力学で総合点が底上げされた結果だ。テスト前日に、マキアスとエリオットと共に復習した範囲が出題されたことも大きい。
Ⅶ組の中ではフィーに次いで二番目に悪い成績だが、それでも半分よりは上の成績。トワ会長からは「次は専門科目ももうちょっと頑張ろうね!」と笑顔で慰められたが、十分すぎる結果だろう。
また、クラス毎の成績ではⅦ組が一位。俺とフィーの成績が多少足を引っ張ったものの、上位を独占していた他のメンバーが引き上げた平均点は十分すぎるほどだった。
「……負けた。本当に、勉強出来たんだね。ショック」
と、フィーに愚痴を言われたが、中等教育から始めて最下位でなかっただけでも驚きだと返せば「ぶい」とご満悦の様子だった。
午後からの実技テストでは、当初の予定から外れⅠ組の生徒四人と模擬戦を行った。
クラス成績で一位だったⅦ組、その中でも主に平民生徒に対して、「クラス交流の一環として、Ⅶ組に真の帝国貴族の気風を示す」という体で、実技によるリベンジを図ろうとしていたようだが、如何せん誘い方と、そして模擬戦後の負け惜しみが良くなかった。
養子であるリィンのことを浮浪児呼ばわりしたことから始まり、平民ごときがいい気になるなと怒鳴る。
そして、アリサを成り上がりの武器商人風情、フィーを猟兵上がり、ガイウスを蛮族呼ばわり。
挙句の果てには俺を指して、「そもそも何故貴様のような頭のおかしい変人がこの学院に通っているんだ!」と喚く。
何故俺だけ身分とかではなく、純粋な悪口を言われなければならないのか。解せない。
とは言え、四人共が幼い頃から宮廷剣術の英才教育を受けてきた実力者だったため、いい経験にはなった。宮廷剣術からも学ぶべき点は多い。
一番実力があったのは、負け惜しみで暴言を吐いていた四大名門ハイアームズ家の子息。
流石と言うべき剣の腕前ではあったのだが、流石にあの態度はいくら何でもどうなのだろう。アンゼリカ先輩を筆頭に、四大名門には変人が多いのかとユーシスに尋ねると「さっきの小物と一緒にするな。それに……あの先輩はベクトルが違いすぎる」と怒られた。
======================================
========= 七耀暦1204年6月27日 =========
六月の特別実習二日目。
リィン、アリサ、ガイウス、ユーシス、エマと共に六人でノルド高原に来ている。班の人数に偏りがあるが、B班の行き先であるブリオニア島側の都合で、このような形になったらしい。
宿泊先はノルド出身のガイウスの実家だ。
ノルドについては獅子戦役時にドライケルス帝が挙兵した地であり、軍馬の名産地であるという帝国側の歴史と実益観点のことしか知らなかったが、この二日でとても良い場所だと思うようになった。
実習課題を通して巡った場所はどこも自然に溢れており長閑で、ノルドの集落に住む人も、帝国軍基地に務める軍人も、出会った人は皆良い人達ばかりだった。
特に、ガイウスの家族は良くしてくれた。温かな家庭というのは、こういう家族を指す言葉なのだろうとガイウスに話すと、
「そう言ってもらえると嬉しいな。俺も学院に入ってこの地を離れ、改めて家族のありがたさを実感していたところだ」
と、笑っていた。
一方で、アリサの家族は対照的に家族仲が良くない。
ノルドへの移動中に経由したルーレではアリサの母親に、そしてノルドではこの地で隠居している祖父に会った。
二人ともアリサのことを気にかけている良い人物に思えたが、家族の仲というのはそれだけでは上手くいかないらしい。
超巨大企業ラインフォルトグループの経営と理念を巡り、家族間に亀裂が入ったのだとか。
聞くつもりはなかったが、宴会中に外でガイウスと会話をしている最中、後からやってきたアリサとリィンが会話をしているのを聞いてしまったのだ。
結局、俺達の様子を見に来たユーシスと委員長も合流し、全員揃ってアリサの事情を盗み聞きしてしまう形になった。
その後、事情もあまり知らないまま噂だけで家出令嬢などと言って申し訳なかったとアリサに謝罪すれば、
「まあ、それは事実なんだから、もういいわよ。私も今まで避けててごめんなさい。私の事情を知ってるようだったから、実は母様の差し金なんじゃないかって最初はあんたのこと疑ってたの……」
と、逆に謝られた。続けて「でででで、でも、私とリィンの話を盗み聞きしたんだから、あんたも家族のこととか、ちょっとは自分のこと話しなさいよ!」との要望。
どう答えたものかと迷っていたが、「まあ、そう焦らずに今度ゆっくり話してくれ。それより宴会から主賓が全員揃って抜け出していることのほうが問題だ」と、その場はガイウスの取りなしで宴会に戻ることになった。
ノルドでの実習は、こう言っては何だが良い休暇になったように思う。
======================================
========= 七耀暦1204年6月29日 =========
鍛錬が足りない。力が足りない。
ノルドでのことを思い返しながら何度も想像上の敵と戦ったが、何度やっても上手くは行かなかった。根本的に力が足りていない。
昨日ノルドでは、帝国と共和国間の緊張状態が高まり、戦争になる一歩手前まで事態が深刻化していた。
もともと、帝国と共和国の境目にあるノルドを巡って、両軍は睨み合いを続けていたが、それはあくまでも形式的なもの。
実際は僻地であることからそこまで政治的には重要視されておらず、比較的穏やかな均衡状態が保たれていた。
だが、第三勢力が何らかの理由でその均衡を破ろうと暗躍したのだ。
彼らは両軍の軍事施設に夜襲を仕掛けることで、保たれていたはずの均衡を崩した。
ノルドでの戦争を回避するために実習の一環として調査を進めた俺達は、その第三勢力の存在を突き止めるに至った。
調査中に協力関係になった情報局員と思われるミリアムと共に、彼らを追い詰めはしたものの、しかし結局は黒幕を取り逃がしてしまった。
ギデオンと名乗った黒幕が引き連れていた実行犯である猟兵崩れを捉えたこと、そしてミリアムの同僚の情報局員の尽力のおかげて共和国との交渉は無事成功。戦争の勃発自体はどうにか回避できた。
しかし黒幕は、逃げた。逃げられてしまった。
もっと力があれば、あの場で逃げられることはなかったはずだ。
何が狙いなのかは知らないが、事実としては奴はノルドで戦争を引き起こそうとしていた。それにケルディックの一件も裏で糸を引いていたのは自分だと言っていた。
別に、どこで何をしようがどうでもいい。
だが、あの男を取り逃がしたせいで、お世話になった人たちが死ぬようなことになるのは、嫌だ。
もっと力がいる。
======================================