========= 七耀暦1204年8月1日 =========
帝都で無くした日記帳が戻ってきた。
記憶が薄れないうちに、帝都で起こったテロについて書いておく。
夏至祭初日。鉄道憲兵隊の読み通り、テロは起きた。
帝国開放戦線と名乗った彼らの目的は、革新派、ひいてはギリアス・オズボーン宰相の失墜。
三人の皇族が参加する帝都各地のイベント会場三箇所と、帝国政府中心バルフレイム宮の目前にあるドライケルス広場。その四ヶ所を同時多発的に、彼らは襲撃した。
鉄道憲兵隊によって警備が担当されていたイベント会場二箇所は、襲撃に対して問題なく対処がされた。
陽動目的で騒ぎが起こされた広場でも、テロを心配して様子を見に来ていたトワ会長指揮のもと、アンゼリカ先輩とクロウ先輩の活躍もあり、円滑な避難誘導、救助活動がなされた。
テロリスト集団の本命は、近衛隊と帝都憲兵隊によって警備が担当されていたマーテル公園、そこで開かれた園遊会に参加していたアルフィン皇女の身柄だった。
襲撃は成功。アルフィン皇女と、付人として一緒にいたリィンの妹は拉致された。
しかし、マーテル公園を遊軍として担当していたA班と、駆け付けた鉄道憲兵隊の活躍で拉致された二人の身柄は無事奪還に成功。テロリスト達は取り逃がしてしまったが、十分過ぎる成果と言える。
こうして無事とは言えないものの、最悪の事態だけは回避して夏至祭テロ事件は終息を迎えた。
日記帳は、薬品や弾薬類と共に入れている鞄ごと紛失していた。テロリストが安全に逃走を図るために、避難所の近くの地下に潜ませていた魔獣を解き放った際の騒動で。
だが、現場に居合わせたトワ会長が拾ってくれていたようだ。
破れてしまった鞄と一緒に手紙を添えて、寮の荷物受けに届けられていた。
荷物に名前なんて書いてなかったのだが、日記帳を読んだことで俺のものだと判別したと手紙に書いてあった。日記を読んだことについての謝罪と、話したいことがあるから明日会おうという旨と一緒に。
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========= 七耀暦1204年8月2日 =========
トワ会長と仲直り出来た。
「ごめんなさい! 先月のこと、勝手に日記を読んじゃったこと、それに、テロの時に助けてくれたこと……本当にごめんなさい!」
夕方、待ち合わせ場所の技術棟に着くなり、待っていたトワ会長から頭を下げられてしまった。
先月のことはただの主張の違いが原因な上、最初に怒鳴ってしまったのは俺だった。日記帳は落とした俺が悪いし、会長は荷物の落とし主を探すために読んだだけのこと。さらにテロの件は、俺には魔獣と戦うことしか出来なかったのだから適材適所だ。
だからトワ会長が謝ることはない。むしろ気まずくて俺の方が避けていたのだから、謝るのは俺の方だ。そう伝えたがトワ会長は、
「ううん。私、あの時はムキになっちゃってたんだ。自分だっていつも危険なことばかりしてるし、それに会ったこともない人のことを調べもせずに最初から疑ってかかるなんて悲しい……って、そう思ってたんだ。でも、違ったんだね。私のこと、みんなのこと、心配してくれてるだけだったんだね。私がどれだけ綺麗事を言ったって、どうしようもないくらい悪くて危険な人は世の中にいるんだって、ちゃんとそう知ってたから。それに、魔獣に命を奪われる人がいるってことも……。だからいつもあんなに頑張って訓練してて、それで手配魔獣と戦ってくれてたんだよね。日記を読んじゃって、私、それで酷いこと言っちゃったって、本当にそう思ったの」
だから、ごめんなさい。トワ会長は、そう言って再度頭を下げた。
だが、本当にそんなにトワ会長が謝ることじゃないのだ。強いて言うなら昔の日記を見られたことは恥ずかしいが、トワ会長は濫りに日記の内容を人に話すようなことはしないだろう。
だから、そこら辺含めて水に流して下さいと会長にお願いすれば、どうにか会長は頭を上げてくれた。
その後、トワ会長と色々なことを話した。
幼い時のこと、婆ちゃんのこと。
お世話になった店の皆のこと、老師に会ってからの修行のこと。
老師の仮住まいを出て、トリスタに来るまでの一年の旅のこと。
たまに変なことを書いてしまっているこの日記を読まれたのだ。トワ会長に妙な誤解をされていないとも限らない。しっかりと補足しておかなければ気が済まなかった。
また一方でトワ会長も律儀で、お返しとばかりにトリスタに来るまでのことを色々と話してくれた。
亡くなられてしまった家族のことや、会長を引き取ってくれた親戚のことなど。
「お婆ちゃんっ子だったんだね。私はおじいちゃんっ子だったんだ」
最初は暫く会話していなかったからぎこちなかったが、最後には以前のように会長と何気ない会話が出来るようになっていた。トワ会長も、笑顔を見せてくれるようになっていた。
そして、一つ約束もした。
「一人で危険なことをやるのは、先月に言われちゃった通りやっぱり駄目だと思うんだ。でもね、私達しか頼れなくて仕方無しに出された依頼も、やっぱりあると思うの。だから、これからは少しでも危ないと思ったら、一緒にお願いしてもいいかな?」
そう首を傾げながら問いかけるトワ会長に勿論だと返せば、「じゃあ、逆に私のこともちゃんと頼ってね? お姉さんとの約束だよっ」と、背伸びした会長に両手で頬を挟まれて強制的に約束させられた。
かと思えば、
「むぐぐぐぐぐぐぐ! 私のトワに何をやっているんだい? いくら弟子とは言え、こればかりは見逃せないねえ」
「ああ、もう。アン、大人しく見守るって言ったのは君じゃないか」
「それとこれとは別だ! 私の天使に不埒な真似を、なんて羨まけしからん!」
「おいおい、本音ダダ漏れじゃねえか。むしろやってるのはトワの方だし、不埒と言うか大型犬と戯れる幼女の図にしか見えねえっての。つーかトワ、お前そういう男を誤解させるような真似はやめとけって言っただろ? はあ……それでやられた奴が何人いたことか」
三人組が乱入してきた。
「ア、アンちゃん!? ジョルジュ君にクロウ君も! ご、誤解って、私はただ先輩として後輩を……って、えっ!? もしかして聞いてたの!?」
「安心したまえ。この部屋の防音性はトワも知っているだろう? もしもの時にそなえて外から映像だけ繋いでいただけさ。そしたら案の定というわけさ! さあ弟子よ、表に出たまえ! ボコボコにしてやろうじゃないか!」
「え、映像だけって……! もう! 三人ともなにしてるのっ!?」
グダグダだった。
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========= 七耀暦1204年8月18日 =========
クロウ先輩と、ノルドで共闘した情報局員のミリアムがⅦ組に編入してきた。
意味がわからない。
「クロウ・アームブラストです。今日から皆さんと同じⅦ組に参加させてもらいます。――てなワケで、よろしく頼むわ」
「僕はミリアム・オライオンだよ。よろしくねー、Ⅶ組のみんなっ!」
そんな軽い挨拶といい笑顔で挨拶をする二人に、よろしくされたⅦ組の全員が困惑していた。
情報局員のミリアムに関しては目的が分からず、クロウ先輩に関しては意味が分からない。
ミリアムに関してはまだいい。目的は分からないが理由は分かっている。情報局の任務、もっと言うとオズボーン宰相の指示による編入とのことだ。任務の内容は知らないが、その判断力や戦闘力はノルドの件で十分に知っている。まだ十三歳という若さだが、有能な情報局員のようだ。
問題はクロウ先輩だ。
「いやー、これには非常に深刻かつデリケートな事情があってだな」
と言っていたが、聞けば一年時に落とした単位のための補習というだけのようだ。
アンゼリカ先輩は爆笑し、ジョルジュ先輩は呆れ、トワ会長は「気づいてあげられなかった」と悲しんでいた。
三者三様の反応だったが、トワ会長が教えてくれた「オズボーン宰相と情報局の思惑に対する学院側としての備えのため」と言うクロウ先輩の編入のもう一つの理由に関しては、皆納得していた。
クロウ先輩は、何かあった時には頼りになる人だ。
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========= 七耀暦1204年8月22日 =========
自由行動日。
今日は朝から旧校舎四階層に潜り、化勁を用いた実戦訓練に励んだ。
発勁と共にアンゼリカ先輩から伝授されていた技を、ようやく今月に入って実戦で多少は使えるレベルまで馴染ませることが出来たのだ。
相変わらず飲み込みが遅い。この調子だと使いこなせるようになるまで、何年かかることやら。
そうやって今まで散々呆れて来たアンゼリカ先輩にも、「技と呼ぶにはまだまだ全然功夫を練れていないが、使い所だけは見所がある」と称されたほど、今の戦い方とは相性がいい。
昼過ぎにはクロウ先輩からARCUSで連絡があり、今日から入れるようになった五階層の探索も行った。
メンバーは、クロウ先輩、リィン、ユーシス、ミリアム。ミリアムが騒ぎ、ユーシスが巻き込まれ、クロウ先輩が茶化し、リィンが宥める。そんな感じで、とにかく賑やかな探索だった。
夕方には旧校舎の探索を終えたその足で、クロウ先輩と共に技術棟を訪れた。約束通りジョルジュ先輩から指導を受けつつ、導力バイクの整備を手伝わせて貰った。
ジョルジュ先輩がほぼ一から形にした導力バイクは様々なノウハウの塊で、整備するだけでもかなり勉強になる。
「それにしても、まさか夕立とはね。やれやれ、こんなことならもっと早くにツーリングに行っておくべきだった」
「今日はサイドカーのテストもしたからね。このままもう少し詳細な状態も見たかったら、僕としては乗って行かれなくてよかったよ」
「ごめんね、アンちゃん。今日は私ばっかり楽しんじゃって」
「なに、トワとリィン君は貴重なテストデータを取ってくれたんだ。感謝こそすれ恨むわけ無いだろう?」
技術棟にはアンゼリカ先輩とトワ先輩もいて、聞けばどうやら、今日はリィンと会長をテスターとして、導力バイクとサイドカーのデータ取りをしていたようだ。
「えへへ、でも今日は本当に楽しかったな。後ろに乗せてもらうのとは違って眺めもすっごくいいし、気分爽快だったよ。リィン君の運転も上手だったし」
「悔しいが、なかなかいいコンビだな。それにどうやら、あの後は図書館でリィン君にお姫様抱っこされていたようじゃないか。満更でもなさそうにね」
「あ、あれは事故で、踏み台から落ちかけた私をリィン君が抱きとめてくれただけだよっ」
最近忙しくて疲れた顔をすることが多かったトワ会長は、今日一日でかなりリフレッシュできたようだ。
先月の帝都での活躍が政府に評価された会長は、クロスベルで開かれる通商会議に、行政スタッフの随行員として同行することになっている。その準備と生徒会の業務で、昨日までは顔色も良くない状態だったのだ。
図書館のくだりやサイドカーのくだりは興味ないし、トワ会長とリィンが何をしていようと俺には関係がないからどうでもいいが、元気になったのなら良かった。
「ん? どうしたどうした? 今日は何時にもまして無口な上に、ムスッとした面してんじゃねーか?」
何故かニヤニヤ笑ってくるクロウ先輩を無視して作業していると、何故かこちらもニヤニヤしているアンゼリカ先輩がペシペシと俺の頭を叩いてきた。
「そう言えば君はまだ導力バイクに乗ったことがなかったね。どうだい? 今度テストがてら誰か女の子でも誘って、ツーリングに行って来るといい」
「うん、いいね、それ。リィン君だけだとまだデータが足りなかったんだ。お礼も兼ねて、シャロンさんと一緒に行ってきなよ。導力バイクにも興味があるようだったし、最近わざわざ朝に特別に弁当を持たせてもらってるんだろう?」
そしてジョルジュ先輩の言葉に、先輩たちは「は?」「なに?」「え……」とそれぞれ虚を突かれたような声を出して何の話だと首を傾げた。
先月から、寮の朝食の数時間前には出かける俺のために、シャロンさんがわざわざ弁当を用意してくれるようになったのだ。本人に理由を聞いても「メイドの務めです」と言われるため、アリサに相談したところ「あんた、食生活というか特に最近は生活レベル全体が壊滅的じゃない? それが捨てられた野良犬みたいに見えて、何かこう、私がどうにかしてあげなきゃっ、てくるものがあったらしいわよ」と冗談を言われる始末。
「ははは、そう言えば、『メイドとして恥ずべき心持ちですが、これが野良犬に餌を与える気分なのでしょうか。悪くないです』なんて言ってたかな」
簡単に説明した真偽のほどが定かでない情報は、しかしジョルジュ先輩によって事実だと認められてしまった。
「お前、マジで何ていうか、あれだな。つーか、ジョルジュ……」
「流石ジョルジュ。私達には言えないことを平然と言ってのける」
アンゼリカ先輩とクロウ先輩は真顔に戻った。
「ふーん。じゃあ今は飼い犬なんだ……よかったねっ!」
そして何故かトワ会長がすごくいい笑顔をしていた。
意味が分からないし、野良犬でもないし、飼い犬でもない。解せない。
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========= 七耀暦1204年8月26日 =========
今日は実技テストだった。
ランダムで二対二の試合を繰り返す内容で、ミリアムが操る機械人形、戦術殻アガートラームと戦うことが出来た。
今までも実技テストで戦術殻とは戦ってきたが、やはりミリアムが操るそれとは強さが全く違う。
一撃一撃が重く、そして動きは変幻自在。
しかし、この一ヶ月でようやく動きに馴染んできた硬功と化勁を駆使すれば、どうにかアガートラームと渡り合えた。
そして今日、初めてラウラとフィーのペアから一本を取れた。
まあ、四月からずっと訓練をつけてもらっているクロウ先輩とペアだったことが大きいが。
だが、放課後に一対一で再戦を挑まれた際には、やはりまだ敵わなかった。
しかし、決して遠いわけではない。実際、今日も惜しい所までは行った。
もっともっと、鍛錬に励もう。そして今まで以上に実戦を経験しよう。
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========= 七耀暦1204年8月28日 =========
後少しで手が届きそうだと思っていたリィンの背中が、今は遥か遠くに感じる。
一生を賭けても、リィンには勝てないかもしれないと、そう思ってしまった。
八葉一刀流の後継として認められた剣才と、そして今日見せた異能の力。
そして何より、老師が言うところの「己の中の鬼と向き合えず、未だ天然自然には程遠い」状態だったリィンは、今日その『鬼』と向き合う道を選んだ。
これからリィンは、急速に強くなるだろう。
八月度の特別実習日である今日、リィン、ユーシス、エマ、ミリアム、そしてラウラと共に、ラウラの故郷であるレグラムを訪れている。
課題を終えた夜、ラウラの父親でもある『光の剣匠』アルゼイド子爵と、リィンが手合わせを行ったのだ。
己の異能とそれに対する畏れを見抜いたアルゼイド子爵の胸を借り、リィンが決意と覚悟を試す形で。
手合わせ自体は、アルゼイド子爵の圧勝。だが、異能を使ったリィンの力は凄まじく、髪を白く目を赤く染めて剣を振るうその姿は、まさしく鬼のようだった。
これから先、八葉を極め理に至ったリィンがあの力を使えば、アルゼイド子爵をもってしても勝てなくなるのだろう。
そんなリィンに、俺は勝つことができるのだろうか。
駄目だ。今更悩んでも仕方がない。
もともと剣の才能もなければ、リィンのような特別な力がないなんてことは知っていたのだ。
それでも、強くならないといけないのだ。
こうして悩んでいる時間が勿体無い。
十分に休息は取れた。鍛錬をしよう。
追記。
「そなたもまた、悩んでいるようだな」
そう言って鍛錬場にやって来たアルゼイド子爵に、手合わせをしてもらった。
徹底的に手加減されたにも関わらず、一撃を入れるどころかまともに懐に入ることすらできなかった。
最後の最後でようやく横薙ぎの一閃を受け流し好機を得たが、それでもまだ無手の間合いの外。
悠長に銃を抜いて撃つ隙もなく、苦し紛れに反射的に抜き放った小太刀が、子爵の服をほんの少しだけ切り裂いただけに終わった。
「泰斗の流れを汲んではいるが、それにしては妙な体捌きをする武術家だと思えば……。死線を踏み越えた先に生を見出す在り方。そして最後の抜刀術、八葉の残月だったか。ユン殿が言われていた、拾った馬鹿孫とはそなたのことだったようだな」
仰向けに倒れる俺に、アルゼイド子爵はそんなことを言った。
馬鹿孫。老師は、俺のことを孫と言っていたのか。
「剣の道では幸せになれないと言っておられたが……ふふふふ、どうやらあの方でも見誤ることがあるらしいな」
何故かアルゼイド子爵はとても可笑しそうに笑いを噛み殺して、俺に問いかけて来た。
「八葉を捨て、何か道は見つかったか?」
無手と銃が、俺が強くなる道だと考えている。そう子爵に伝えれば、今度こそ大笑いされた。
「失礼した。あまりにも迷いなく言い切るのでな。やはりユン殿の千里眼も、孫のことになると曇るらしい。いや、聞いていたよりも随分と危なげない。トールズ士官学院に入って変わったのかな?」
老師が、俺のことをどう話していたのかは知らない。
だが、老師と別れて一年半。俺自身も、以前とは少し変わったとは思う。
一年の旅では苦労することもあったが、オリビエさんや、ユン老師の本当のお孫さん、他にも色々な人に出会うことができた。
トールズに入学してからは、変人揃いのクラスメイトや先輩たちを始め、最近では街の人とも仲良くなった。
そして、婆ちゃんのように、無償で誰かを助けられるような人にも出会えた。
だからこそ、あの頃よりも一層、強くなりたいと思うようになった。
そう言えば、再度大笑いされた。解せない。流石に失礼ではないだろうか。
「いや、すまないすまない。そなたの祖父の目論見は外れたようだが、願った通り健全には育っているようだ」
だから何故それで笑われるのか全く理解できない。俺のように才能が無い人間が強くなりたいと願うことがそんなに可笑しいのかと尋ねれば、子爵は否と首を横に振った。
「いや。その想いを笑う者がいれば、私が許さない。その想いは気高く尊いものだ」
倒れる俺を起こし、アルゼイド子爵は再度剣を構えた。
「そなたが捨てたと言う八葉の術理は、間違いなくそなたの中に深く根付いている。最後の一閃、あれは見事な技だった。故にもう一手、付き合ってもらおう。先程リィンにも言ったが、力は所詮、力。剣術も所詮は、一つの力。確かにそなたに八葉一刀流が向いていないことは事実だろう。だが、その全てをただ捨てるのではなく、己の糧とすることは出来る。さあ構えろ、無刀の剣士よ」
アルゼイド子爵は、そう言って明け方まで鍛錬に付き合ってくれた。
俺もまた、逃げていたのかも知れない。
破門された無才の身で、八葉に縋るその浅ましさに。
太刀を捨てた時に、八葉の影を追うことはしないと決めたなどと、勇ましいだけの言葉で誤魔化していただけなのかも知れない。
本当に強くなりたいのなら、全てを賭すべきだったのだ。
破門されても、一度は極めようとした太刀を捨てたとしても、身につけた八葉の動きは捨てようがない。
それがどれだけみっともないことでも、己が糧とすべきだったのだろう。
俺に、長大な太刀を自在に操り敵と戦う才覚はない。
繊細な太刀を己の手足の延長して、敵と切り結べはしない。
ただただ愚直に繰り返し鍛錬し続けた伍の型による居合いの剣速がどれだけ速かろうと、それだけで勝てるほど戦いは簡単ではない。
ならば、長大な太刀を使わなければいい。
己が手足で、敵と切り結べばいい。
そして、愚直に繰り返し鍛錬し続けたただ一つの技を、小太刀を以って戦いの切り札とすればいい。
八葉を捨てると誓ったあの時から、お守りとして小太刀を持ち歩くようになったあの時から、どこかもやもやした思いがあったが、ようやく目が覚めた気分だ。
アルゼイド子爵には、頭が上がらない。
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========= 七耀暦1204年8月29日 =========
実習二日目。
今日も実習課題は順調に終了したが、案の定今月もまた問題が起きた。
一つ。中立を保つアルゼイド子爵の所に、貴族派代表各である四大名門カイエン公爵が勧誘に来た。
ミリアムによると最近、革新派と貴族派の緊張感がかつてないほど高まっており、何時決壊してもおかしくない状態とのこと。
アルゼイド子爵はそんな状態の中、各地の中立派の貴族と連絡を取り自体の収拾を図らんとするため、突如旅立って行った。即断即決。流石である。
二つ。二人の子供が行方不明となった。
今は誰も住んでいない『槍の聖女』の居城として有名なローエングリン城に無断で忍び込み、帰って来なくなった。
城の中は、旧校舎の地下の遺跡のような状態に変貌しており、捜索は困難を極めた。おまけに委員長によると『結界』という何らかの力によって、城の中に閉じ込められる始末。
明らかにその不可思議な現象について詳しい様子の委員長のお陰で、城の奥でどうにか子供達を発見することはできた。そして城の結界を解く術も判明。
しかし、結界の鍵である宝珠を守る、委員長曰く『不死の王』なる魔獣を撃退した後、宝珠自体の不可思議な力によって窮地に陥ることとなった。
自滅覚悟で爆弾で宝珠を破壊しようかと考えた時、何者かが投擲した槍によって宝珠は砕かれ、全員無事に城から生きて帰ることはできた。
正直、助けがなければ死んでいてもおかしくなかった。ラウラは助けてくれたのが『槍の聖女』だったなどと言っていたが、超常的な現象を体験した今となっては、否定できない。
理解の及ばない現象は、怖い。理不尽な力が存在していると考えるだけでも恐ろしい。
昨日の超常的な力に対抗する手段や、委員長がたまに使っている導力魔法とは異なる魔法を教えてくれないかと委員長に頼めば「ひぇっ……! 困ります!!」と謎の声とともに全力で拒否された。
委員長が腹話術で遊んでいるのだと思っていた猫も、実はそういう超常的な現象の一種なのかも知れない。あの猫に頼めば教えて貰えるだろうかと聞けば「ぴゃっ……! セ、セリーヌは違います!」とまたしても全力で否定された。
怪しいので、トリスタに戻ったら猫を探してみよう。
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========= 七耀暦1204年8月30日 =========
実習三日目。
朝にレグラムを出発し、途中でB班と合流した後は、ガレリア要塞で軍事演習を見学。
その後俺だけ、要塞からすぐ近くのクロスベルに移動した。
今日の夕方から俺だけ特別メニューだ。
トワ会長と一緒に、クロスベルで明日開催される通商会議に参加する。
会長のように随行団の一員としてではなく、護衛部隊の雑用係としてだが。
先月、避難所を救った功績を認められてという体だが、実質はオリビエさんの独断とゴリ押しだ。
手紙で通商会議のことをやり取りしたかと思えば、「護衛部隊の方にも一人士官学院の生徒を参加させてみるという話が出ていたが、候補者が四大名門の令嬢と留年してしまった子で、話が流れてしまってね。折角だから、空いた枠に彼女と親交のある君を推薦しておいた」と、気づけばいつの間にか正式に学院側に話が下りてきていた。
参加すべきか迷っていたが「最近、通商会議を狙ってテロリストが行動を起こすんじゃねえかって噂だからな。万が一の時はトワだけでも抱えて、さっさと逃げるんだぞ」という留年してしまった子の不吉かつ笑えない冗談と、「私の師匠もどうやら参加するようでね。話は通しておくから、少し稽古をつけてもらってきたまえ。あと、トワに何かあれば容赦しない」という四大名門の令嬢の言葉もあり、結局はオリビエさんの提案に乗らせてもらうことにした。
護衛部隊と言っても、実際に俺が護衛任務につくわけではないと先ほど教えてもらった。連携も取れない学生が部隊に入っても邪魔にしかならないから、当然の話だ。
護衛任務の見学と簡単な雑用、そして重要度の低い箇所の形だけの見回りが主な仕事だ。
夜の見回りを終える頃には、俺のお目付け役という面倒を押し付けられていた三人の小隊員とも、多少は打ち解けることができた。
明日は通商会議当日だ。各所で囁かれる通り、不穏な噂もある。
万が一に備えて、万全の準備を整えよう。
追記。
日課の鍛錬をしていると「うるせえ! いい加減に寝やがれ!」と同室の三人に怒られた。
まだ寝るには早いのではないだろうかと返せば「お前の体力と生活リズムどうなってんだよ!」と本気で怒鳴られた。
軍人と学生では生活リズムが違うのは当然だし、俺が来る前から三人は任務に当たっていたのだから、疲れの度合いも当然違うに決まっている。そんな当たり前の配慮もできず申し訳ないと謝罪すれば、三人からは呆れたように笑われたが、一応快く許してもらえた。反省だ。
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