========= 七耀暦1204年9月1日 =========
昨日の西ゼムリア通商会議では危うく死にかけたが、無事にトワ会長と共にトリスタに戻って来ることができた。
通商会議が開かれたクロスベルのオルキスタワーは、帝国のオズボーン宰相と共和国のロックスミス大統領の命を狙う『帝国解放戦線』と『反移民政策主義』を名乗るテロリストによって襲撃を受けた。
会議に参加していた俺とトワ会長、そしてオリビエさんもそのテロに巻き込まれ、タワーごと爆破されかける目にあったのだ。
クロウ先輩の冗談だったはずのアドバイスに従い二人だけでも抱えて逃げようかとも考えたが、トワ会長からの通信によって屋上に設置された爆弾を解除しようと動いている部隊がいること、そしてその部隊を追ってテロリスト達が用意した機械人形が妨害しようとしていることを知らされ、俺の所属する小隊は機械人形の殲滅を行うことになった。
タワー内に放たれた機械人形を全て排除しようと提案した際、小隊の三人からは「学生を危険に晒すわけにはいかない」と断られたが、何もしないせいで会長やオリビエさんを死なせるわけにはいかないと説得すれば、すぐに納得してくれた。
二日前にレグラムで討伐した機械人形と同系統のもので、分解して調べまでしているのだから弱点はすでに把握していた。
サラ教官曰く『結社』と呼ばれる組織が開発した兵器とのことで、自律行動する機械人形などふざけた技術力だとは思うが、相性もあり脅威には成りえない。発勁により機械人形の頭部にある自律駆動の中枢部分に衝撃を与えれば、それだけで無効化できる。
オルキスタワーの各所で屋上と地下へ移動しようとしていた機械人形を順次殲滅している最中に、無事に爆弾が解除されたと報せがあった。
また、詳細は知らされていないが、地下から逃亡しようとしていた帝国解放戦線の一団は、オズボーン宰相が事件を見越して雇っていた猟兵団『赤い星座』によって半数以上が殺されたとのこと。生き残りはクロスベル警察が拘束し、取り調べが行われている最中と聞いている。共和国側のテロリストも同様に、ロックスミス大統領が雇っていた民間会社によってほぼ全員が捕らえられたようだ。
テロによる被害は結局、重傷者、軽症者共に数名という、かなり小さなもので済んだ。トワ会長にも、オリビエさんにも怪我はなし。本当に良かった。
昨日は事後処理が遅くまで続き、そして今日はクロスベルを発つ前にアンゼリカ先輩の師匠キリカさんに稽古をつけてもらったこともあってか、もう眠たい。
夕食も取っていないが、今日はもう寝よう。
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========= 七耀暦1204年9月2日 =========
Ⅶ組の皆に命を救われていたことをサラ教官から教えてもらった。
トワ会長とともに今日の夕食の場で皆に感謝を伝えはしたが、皆には感謝してもしきれない。
クロスベルでのテロ事件の裏で、ガレリア要塞も帝国解放戦線によって襲撃されていたのだ。ガレリア要塞に配備されている列車砲によって、オルキスタワーを砲撃するために。
そして実習のため現場に居合わせた皆が、その目論見を未然に防いでくれていた。
多くの命を救ったことは当然として、下手をすれば周辺他国を巻き込んでの戦争の原因となってもおかしくない事件を未然に防いだのだ。
対外的な問題でこの事件が公表されることはないというが、その功績は計り知れない。
だが何よりも、皆がいなければ、トワ会長もオリビエさんもキリカさんも、皆死んでいたのだ。何度感謝しても足りない。
「……いい加減うざい。でも、貸し一」
フィーはそんなふうに言っていたが、一つの借りだけでは足りないだろう。そう思ったが、他の皆も気にするなと続いた。
「まあ、お前がいればもっと楽にどうにか出来ただろうな。次の実習ではその分存分に働いてもらうぞ」
「あれー? ユーシス顔赤くなってるよ? 照れてる照れてる!」
「うるさいぞガキ!」
ユーシスとミリアムは気にするなとジャレあい、
「これもそなたとの鍛錬の成果だ。感謝してくれるなら、これからも鍛錬に付き合ってくれればいい」
「ああ、俺も好敵手がいなくなるのは嫌だからな。それにトワ会長には何時もお世話になっているんだ。少しは恩返しができてよかったよ」
ラウラとリィンは気にするくらいなら埋め合わせに手合わせをしろと言ってくれ、
「わ、私だって別にあんたのためだけに頑張ったんじゃないんだから、お礼を言われる筋合いはないわよ! まあ、それはちょっとは気にはかけたけど……? あんただってⅦ組の仲間なんだし、それにシャロンがえ」
「お嬢様?」
「ははは……でも、無事でよかったよ。そっちも大変だったんでしょ?」
「ああ、俺達もガレリア要塞で戦ったが、機械人形を大量に相手取ったと聞いたぞ。槍がなかなか通らず苦労したが、怪我はなかったか?」
アリサ、シャロンさん、エリオット、ガイウスも逆に俺の心配をしてくれた。
「無事に生きて帰って来てくれてよかったです。また数日前みたいに自滅覚悟で、なんてことをしてないか心配でしたから」
「ああ、君は加減を知らないからな。テロに巻き込まれたことより、その後に何かをしでかさなかったかが心配だ」
そして最終的にはエマ委員長とマキアス副委員長に注意された。解せない。
「まあまあ、一番の問題児も含めてクラスの仲がここまで良くなったことは先生とっても嬉しいけど、そこら辺にしときなさい。ご飯が冷めちゃうわよ」
サラ教官のそんな締めの言葉でこの件は一旦終わりとなったが、何時か皆にこの借りを返そうと、そう決意した。
夕食後、トワ会長を第二学生寮に送り届けたついでに鍛錬をしていると、付き合ってくれていたクロウ先輩から珍しく真面目な顔でお礼を言われた。
「あのよ……トワのこと、ありがとな。トワから聞いたぜ。最初は本当にトワと皇子だけでも連れて逃げようとしてくれたって。最終的には体張って、爆弾解除の手伝いしたらしいが」
テロリストは爆弾でも仕掛けるつもりかも知れないから、万が一の時はすぐにでも逃げろとアドバイスをくれたのはクロウ先輩なのに、今更何を言ってるのだと問うと、「本気にするとは思わねえよ」と呆れた顔で返された。
俺だってまさか本当にテロが起きるとは思わなかったし、本当に爆殺されかけるとは思わなかった。
これからは、高位導力魔法の訓練も本格的にすべきかも知れない。中には駆動に時間がかかるが、それでも一定範囲であれば爆発を防ぎ切れるような導力魔法もあると聞く。
そう言えば、委員長の猫も探さなければならないし、やらなければならないことだらけだ。
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========= 七耀暦1204年9月6日 =========
最近は連日、帝国内外の不穏な空気について報じられている。
通商会議の場を襲撃までしたテロ組織帝国解放戦線の組織力と実行力、何よりもその執念。
テロ対策として正規軍と鉄道憲兵隊の増強を行うと発表し、多方面に睨みを効かせる帝国政府、革新派。
同様の理由により、こちらも軍備増強を宣言し、さらには猟兵団をも私兵に取り込もうとする動きまである貴族派。
同じテロ対策という理由ではあるが、そもそも革新派と宰相を狙うテロリストは貴族派と協力関係にあるとまで噂されており、いつ帝国内において内戦が始まってもおかしくないという状況だ。
帝国外においても、クロスベルの支配権を巡って周辺諸国間の緊張が一気に高まりつつある。
通商会議の場で行われた、クロスベルの代表による独立宣言がその契機だ。
テロを許したクロスベル自治州政府の安全保障体制の脆弱性を問い、クロスベル警備隊の規模を縮小し、帝国と共和国が軍を駐留させるという、実質はクロスベルの自治権を大幅に奪う提案をする帝国と共和国に対して、クロスベル自治州代表が『クロスベルの国家独立』を宣言したのだ。
戦争。正直、現実味がわかない。
帝国で学生としてぬくぬくとした生活を享受させて貰っている身で言えたことではないが、他国やクロスベルを犠牲にした上での国家の繁栄なんてどうかしていると思う。
帝国には確かに思い入れがある。帝国の皇子であるオリビエさんを始め、Ⅶ組や先輩たちの故郷なのだ。豊かになればいいとは思う。
だが、リベールやクロスベル、カルバートにもお世話になった人がいるのだ。戦争なんて起きないにこしたことはない。
だが、俺に戦争をどうにかする力なんて、当然だがない。
力があってもどうしようもない事もあるという老師の言葉が、今になってようやく腹に落ちた。
だがそれでも、強さを求めることは間違えていないとも思う。
力があれば、戦争によって理不尽な目に会う人を、少しでも助けることが出来るかも知れないのだから。
もう寝ようかとも思ったが、やはり少しでも鍛錬に時間を使うべきだろう。
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========= 七耀暦1204年9月11日 =========
放課後、試合をした。
そしてフィーとラウラに、初めて勝つことが出来た。
「……ショック……ショック」
「……悔しいが、賞賛するしかない。先月の父上との手合わせで、殻を破ったようだな」
昔の経験、泰斗と八葉の技、銃や閃光弾による戦術。それらが合わさりようやく実を結んだ。
確かな手応えに静かに喜びを噛みしめていると、フィーに足を蹴られた。
「もう一戦。勝ち逃げは許さない」
その後も数度手合わせをし、最終的にはフィーとラウラのペアにボコボコにされた。
「その……すまない。ちょっとした余興だと思ったが、想像以上に粘られるので、つい……」
ラウラからは謝られたが、フィーは気が晴れた様子で少し満足気に頷いていた。
流石にひどい。
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========= 七耀暦1204年9月12日 =========
自由行動日。
アンゼリカ先輩から、お互い本気での手合わせを申し込まれた。
「最近ちょっとした気がかりに頭を悩ませているところでね。そろそろ一番の気がかりだった愛弟子の成長を見て、心配事を一つ片付けておこうという訳さ。今日は泰斗の技だけに縛る必要はない。全力できたまえ」
泰斗の師であるアンゼリカ先輩に、泰斗の技だけではまだ到底敵わない。
だが、持ちうる全てを出しきれば、決して届かない訳ではなかった。
「ふふ、四月に君に訓練をつけるようになって半年。私自身、君に釣られてかつて無いほど功夫を積めていたのだが、ついに追い抜かれてしまったか」
アンゼリカ先輩は、強かった。紙一重の勝利であり、負けていた可能性のほうが遥かに高かっただろう。
「なに、最後の一撃を決められたのは、紛れもない君の実力だろうさ。そう言えば色々あって聞けていなかったが、我が師匠から初伝は授けられたのかい? 泰斗流においても君はもう十分その域にあると思って紹介したんだが」
クロスベルで稽古をつけてくれた先輩の師匠キリカさんは、泰斗流奥義皆伝者だった。最初は先輩の言う通りそういう話の流れだったが、結局は「中伝にはまだ少し早いけど、初伝くらいならすぐにでもあげてもいいわ。でもその様子だと、別に嬉しくはないでしょう? 泰斗流として武を極めたいわけでも、ましてや名乗りたいわけでも無さそうなあなたには」と、俺の考えも筒抜けだったようで、正式に泰斗流を名乗ることは辞めることにした。その代わりと言って、死にそうになるまで泰斗の技を叩き込んでもらえはしたが。
アンゼリカ先輩は「やはりそうなったか」と可笑しそうに笑って、鍛錬に戻ろうとした俺を無理やり技術棟に連れ込んだ。
そこには案の定三人の先輩が待ち構えており、強制的に『祝・トリスタ帰還&弟子に負けたゼリカを慰める会』なる席に参加させられた。
当然のように後半の言葉はクロウ先輩の仕業で、当然のようにアンゼリカ先輩にぶん殴られていたが。
「でも、まさかアンに勝つ日がこんなにも早いとはね。泰斗流の飲み込みだって、アンに言わせればまだまだって話だったし」
「私だって素手での戦いならまだ負けない自信があるさ。クロウ仕込みの面倒な早撃ちや、絶妙な間合いからの居合いがどうにも厄介でね」
「お、ゼリカ、珍しく負け惜しみか? なんたってこの俺がギャンブルの時間削ってまで面倒見たんだ、当然の結果だぜ」
「いやはや、流石ダブった男は言うことが違うね。お見逸れしたよ」
「だからまだダブってねえよ!」
ジョルジュ先輩の言葉にどこか拗ねたようにアンゼリカ先輩が返せば、クロウ先輩が早速茶化しにかかる。拗ねたアンゼリカ先輩は珍しいが、何時もの賑やかな光景だった。
「でもクロウ君も、Ⅶ組の子たちと仲良くなったみたいで安心したよ。最近は気軽に呼び捨てで呼び合ってるし、ほんとにクラスメイトみたいだね。あ、違うからねっ! 留年したって意味じゃないからねっ!」
「わかってるっての。ま、こいつみたいにまだ先輩呼びしてくるやつもいるけどな」
「ふふ、それはまだクロウが弟子から心を開かれてない証拠さ。ほら、師匠を越えた記念もかねて、君も今日からは私のことを親しみを込めて、アンちゃん先輩とでもアンさんとでもゼリカ様とでも好きなように呼んで良いのだよ? ただし前にも言ったように、師匠呼びは許さないが」
何故かそんな話になったので素直にかねてからのイメージ通り「ゼリカの兄貴」と呼んでみれば、ぶん殴られた。クロウ先輩は爆笑していた。解せない。
「もう! アンちゃんは確かにかっこよくて頼れる人だけど、女の子なんだよ? そんな呼び方したらだダメだよ」
「いや、トワ。別にそこは構わないのだけど、下っ端感に耐えかねてついね」
「ククク、似合ってんのにもったいないじゃねえか。その調子で俺のことも他の奴みたいに気安くクロウって……いや、でも何かお前に呼び捨てにされんのはちょっとイメージと違うな。じゃあ今日から俺のことはクロウ先生とでも呼んでもらおうか!」
「じゃあ僕はジョルジュ部長にしとこうかな。技術部は結局後輩が入ってこなかったから、誰もそう呼んでくれないんだよね」
「えー、みんなだけずるいなぁ……」
紆余曲折あって、ゼリカ先輩、クロウ先輩、ジョルジュ部長、トワ会長に落ち着いた。俺が出した「ゼリカの兄貴」「クロウの兄貴」「ジョルジュの親方」などの案は尽く却下された。それも瞬時に。解せない。
技術棟に持ち込まれていた食料をあらかた食べ終える頃には、窓の外はすでに暗くなっていた。
今日はあまり鍛錬は出来なかったが、それでも何と言うか、すごく楽しかったからたまにはいいかと考えながら、たくさん持ち込まれていた林檎を齧っていると、トワ会長が楽しそうに「えへへへ」と優しく笑っていた。
「楽しんでくれたみたいでよかった。最近ずっと無理してそうだったから、心配してたんだ。それにしても、やっぱり林檎が好きだったんだね。前からよく食べてたから、そうなんじゃないかって思ってたくさん用意しておいたんだよ」
林檎は好物だ。婆ちゃんに初めてもらったのが林檎で、体に良いと教えてもらってからは、よく好んで食べている。婆ちゃんが作ってくれたアップルパイも好きだった。嬉しそうに胸を張るトワ会長にそう返せば、
「じゃあ今度はリンゴパイ作ってあげるね。あ、で、でもやっぱり今の話はなしで! 思い出の料理なんだよね? 私なんかが作った料理じゃ、せっかくの思い出壊しちゃうよね」
と、今度は何故か落ち込んでしまったトワ会長。そんなこと気にしなくていいのにと伝えれば「ほんとに……? じゃあ、あんまり美味しくはできないかもだけど、今度作ってくるね!」と言ってくれた。
「トワ……思うんだが、最近ちょっと甘やかし過ぎじゃねーか? 前から思ってたけどお前、なんとなく将来ダメ男にひっかかるというか、ダメ男を製造してそうだよな。お兄さん心配」
「折角懐いたと思ってたら、いつの間にか別の人に餌付けされてたペットの気を惹こうと必死な少女の図。尊い」
「クロウ君! アンちゃんも何言ってるのっ!? ち、違うよ……それはちょっとはそう思ったけど……」
小さくそう聞こえてしまった。
何だろう。前から気にはしていたが、シャロンさんだけでなくトワ会長も俺のことを犬扱いしているんだろうか。解せない。
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