========= 七耀暦1204年9月15日 =========
今日は士官学院の理事会、言い換えればⅦ組の運用についての会議が開かれた。
帝国の不穏な現状を考えると特別実習は中止されるかと思っていたが、全会一致で今月も実施されることに決まったようだ。
Ⅶ組の皆も気になっていたようで、その報せを聞いた時は全員胸を撫で下ろしていた。
正直、実習継続はありがたい話だ。
運が悪いと言うべきか良いと言うべきか、毎月の実習でかなり貴重な経験を得ることが出来ているのだから。
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========= 七耀暦1204年9月19日 =========
自由行動日。
今日は朝から街の外で生徒会の依頼をこなしていた。
魔獣討伐、セピス収集、素材採取、落とし物の捜索、導力灯の交換。
一日にこれだけ重なることは珍しく、全て終える頃には暗くなっていた。
「いっぱいお仕事頼んじゃってごめんね? 来月の学院祭の準備もあって、色々と回ってなくて……」
生徒会室でまだ仕事中だったトワ会長に報告をした際に、そんな事情を聞かされた。
学院祭と言えば、まだⅦ組も何をするか決まっていない状態だ。思いつきで射的などはどうかと提案してみたが、Ⅴ組が似たような出し物をするとのことでお蔵入りとなった。
トワ会長に何かいい案が無いかと相談してみると
「実は昨日の夜、リィン君にお買い物を手伝ってもらったんだ。その時にね、リィン君からも同じことを相談されて、それでさっきまで私たちが去年やった出し物の映像記録を見せてあげてたんだよ。データはもうリィン君に渡してあるから、よかったら明日Ⅶ組のみんなと見てみてね?」
とのこと。聞けば昨年先輩たち四人組は、飛び入りでステージイベントを実施し、結果として大いに盛り上がったのだとか。その時の映像記録が残っており、参考になればとリィンに渡したらしい。
「えへへへ。可愛い後輩のために、勇気を振り絞って一肌脱がせてもらったんだ。うう……でもやっぱりあれを見られちゃうのは恥ずかしいな。さっきもリィン君には寝顔を見られちゃったばっかりだし、生徒会長としての威厳がなくなっちゃうよ……」
誇らしげに胸を張ったかと思えば、今度は急に赤くなり恥ずかしそうに俯くトワ会長。
少し前から気になっていたが、トワ会長はリィンと随分と仲が良いようだ。
先月も随分と仲良くしていたとアンゼリカ先輩が言っていたし。
俯くトワ会長に対して咄嗟に言葉が出ずに何と返そうかと思い悩んでいると、会長が不思議そうに俺の顔を覗き込んで来た。
「あ、ごめんね……? 疲れてるのにこんな話しちゃって。私ももう今日の分は終わるから、一緒に帰ろっか?」
そんな提案をされたが、今日はまだ訓練をしたかったため、アドバイスのお礼だけ伝えてその場で会長とは別れた。
寮に戻ると、部屋の机に花が植わった鉢が置いてあった。
一緒に置いてあったメモによると、フィーが育てた花をおすそ分けしてくれたとのこと。
そう言えば、フィーは園芸部だった。
明日、お礼を言っておこう。
枯らさないように、忘れずに毎日水をあげなければ。
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========= 七耀暦1204年9月20日 =========
Ⅶ組の学院祭の出し物が決まった。
ステージ演奏だ。
どうしよう。
楽器も出来ないし、歌えもしない。音痴って、治せるものなのだろうか。
昨日トワ会長から聞いた飛び入り実施の出し物は、ロックというジャンルの演奏のことで、その映像記録を見た皆が迷いなく「これにしよう」と即決するくらいに凄いものだった。
俺自身、とても凄い演奏だったと思う。トワ会長の衣装が過激すぎて最初は気が気でなかったが、それでも最後には完全に聞き入ってしまっていた。
だが、落ち着いて考えれば致命的な状態だ。
かつて、ひどい音痴だからあまり人前では歌わない方が良いと言われたことがあるくらい、歌うことに自信がない。
歌うくらいなら、何か今からでもできる簡単な楽器を練習した方がましかも知れない。
どうしよう。
とりあえず今からでもエリオットに相談してみよう。
追記。
相談したところ「とりあえず一回歌ってみようか」と言われたので歌ってみた結果、エリオットが頭を抱えて黙り込んでしまった。
そして最後には真顔で「何とか考えてみるよ。ごめん」と謝られた。
もうダメかも知れない。
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========= 七耀暦1204年9月22日 =========
実技テストで、サラ教官と模擬戦を行った。
最近は調子に乗っていたと深く反省させられた。気を引き締めなおし、これからは初心に返って鍛錬に励もうと思う。
今月のテストは、サラ教官対三人組での模擬戦だった。
ガイウス、エリオットと組んで、サラ教官に勝つこと自体は出来た。
三対一とは言え、あのサラ教官に勝てたことは快挙と言えるだろう。
半年という時間は、戦術リンクによる連携の練度を信じられないレベルで高めていたようだ。たかが三人で、達人級に迫ることが出来たのだから。
「半年でここまで来たか。まさかあれだけ息のあった連携を見せるまでに大きく成長していたとはね。ふふ、教官冥利に尽きるわね」
と、サラ教官からもⅦ組全員揃って最大級の賛辞を送られた。
だがしかし、俺個人としては反省すべき点が多い結果だった。
「まだまだ経験が足りないお年頃の小娘達には有効だったんでしょうが、お姉さんほどの実力者になるとそう簡単には決まらないわよ? それじゃあまだ、切り札と言うよりかは小手先の技ね」
フィー、ラウラ、アンゼリカ先輩には通じた居合いによる決め手を、教官にはあっさりと防がれたのだ。
「それに奥の手ってのは、滅多に使わないからこそ有効なんだってことを肝に銘じときなさい。何度も見せてたら、通用しなくなるわよ」
補習として行われたフィーとラウラとの個人戦では、サラ教官の指摘通りの結果となった。
追い詰められて、または隙を狙って決め手として放った小太刀による一閃はどちらも防がれ、それを起点に詰まされた。
「そこそこいい戦術であることは確かなのよ。並の相手、いえ、それこそ小娘二人組くらいの実力者にも初見ならある程度は有効な手でしょうね。でも、あんたが目指してるのはもっと先なんでしょう? なら、そこで思考を止めないことね」
反論の余地のない指摘だった。
思い返せば、アルゼイド子爵も言っていたではないか。言ってくれていたではないか。『無刀の剣士』と。
俺の強みは、あくまでも無手による超近距離戦闘、泰斗を代表する一般的な格闘術よりもさらに近い、零距離の間合いでの立ち回りだ。
銃や爆弾類を駆使し、相手の間合いを殺し、徹底的に己の間合いで戦闘を展開する。
それこそが強みで、唯一望みのある道だったはずだ。
その徹底した無手の間合い、そして相手の意識の外に、いつの間にか気付かれることなく鮮やかに浮かんでいるからこそ、『残月』は俺にとっての切り札と成り得るのだ。
それなのに、決め手として何度も中途半端に小太刀を抜いて何が『無刀』だ。
まだ相手の意識を釘付けに出来るほどの無手の巧夫もなく、そして相手の意識の外で完結できるほどの居合いの冴えもない。
これではただ、素手と小太刀を使い分けているだけの半端者ではないか。
「サラ、学院祭のステージに一緒に出られないこと、根に持ってる? 小娘小娘って、さっきからしつこい。サラがアラサーなのは事実だから、あと五歳若くても青春は無理」
「あんた勝手に私の年齢を四捨五入すんじゃないわよ! 何よいいじゃない! 女は二十代後半からが本番なのは事実だけど、私だってまだ青春できるわよ!」
深く反省している最中、そう怒りながら楽しそうにフィーを追いかけ回す教官を見て、さらに心が重くなった。
何時も不真面目な態度を崩さないサラ教官は、しかし実際にはこうして中途半端な技で調子に乗っている俺の状態を把握して、そして的確な指導をしてくれる。
単純な戦闘における強さだけではない。その洞察力においても、底をうかがい知ることが出来ない状態だ。
こんな調子で俺は、サラ教官のように強くなることが出来るのだろうか。三十になっても、サラ教官のような強さを身につけられている自信がない。
「だから三十じゃないって言ってるでしょ!」
そんな思いを漏らせば、最終的にフィーと一緒に正座させられた。
本当に今日は反省すべきことばかりだ。
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========= 七耀暦1204年9月25日 =========
特別実習一日目。
メンバーはクロウ先輩、フィー、リィン、エリオット、アリサの計六名。
実習先には導力列車でなら移動だけで半日以上はかかるところを、オリビエさんの高速巡洋艦の披露目のための処女飛行のついでに送ってもらった。
オリビエさんが指揮を取り建造したという高速巡洋艦カレイジャス。
お披露目という名目で各地を巡る、オリビエさんの、皇族であるオリヴァルト皇子の艦。中立派であるアルゼイド子爵を艦長に据えた第三勢力とも言えるその艦は、開戦間際とも言われる貴族派と革新派の両派閥を牽制するため、各地に睨みを効かせ、少しでも帝国のこの不穏な空気をましにすることを目的としていた。
今回の俺達の班の実習先である、ノルティア州の州都、鋼都ルーレ。四大名門ログナー侯爵家、アンゼリカ先輩の実家の本拠地で、しかもアリサの実家であるラインフォルトグループの拠点。
もう一班の実習地である、ラマール州の州都、貴族派筆頭四大名門カイエン公爵のお膝元、海都オルディス。
どちらの実習先も革新派と貴族派の対立が本格化しており、この時期に訪れるのは少々危険と思われる場所だったが、だからこそオリビエさんの言う『新たな風』を願って設立されたⅦ組の実習先として、そしてカレイジャスの経由地点として選ばれたのだろう。
ルーレでは案の定と言うべきか、両派閥の対立に巻き込まれた。テロリスト対策の名目で哨戒範囲を拡大している鉄道憲兵隊とルーレの領邦軍が睨み合い、装甲車まで持ち出す騒ぎになったのだ。
鉄道憲兵隊クレア大尉と、そしてログナー公爵家を訪れていたユーシスの兄ルーファス・アルバレアの取りなしもあり、街中での交戦にまでは至らなかったが、一歩間違えれば大惨事になっていただろう。
また、夕食を共にする予定だったRFグループ会長でもありアリサの母でもあるイリーナさんも、何かのトラブルに巻き込まれたようで夕食の件はキャンセルとなった。
昼間の騒ぎと言い、ログナー侯爵家もRFグループも巻き込んで、何かきな臭い事態になっているのは間違いないようだ。
宿泊先がアリサの実家だったこともあり同行して来ていたシャロンさん曰く、アリサの母の身に直接危険が及んでいるということではないようだが、安心は出来ない。
「俺はちょっと、あいつらに連絡入れとくわ。ゼリカが前から気にしてた通り、実家の方も絡んでそうだしな。鉄道憲兵隊も鉱山についてやたら調べてるようだったし、そこら辺含めてトワならいい感じに調べてくれるだろ」
クロウ先輩もやはり気になっていたようで、先輩たちに通信を入れていた。
俺も鍛錬のついでに、街で情報を集めてみた方がいいだろう。
何かあった時に情報を持っているのといないのでは大きな違いだ。
それに何よりも、ルーレはアンゼリカ先輩とアリサの故郷なのだ。大したことは出来ないが、二人の関係者が貴族派と革新派の争いに巻き込まれた時、少しでも多く助けたい。
追記。
外に出ようとしたらフィーに捕まり、一緒に情報収集することになった。「初めての街に来たら昼と夜を見るのがセオリー」とのこと。
鉱山で働く人たちがよく行くという居酒屋を回ったりしていると、きょろきょろと周囲の建物を見ながら歩くリィンの後ろ姿を見つけた。
「こんな時間に怪しい。誰かを探してるようだし、きっとデート。……は、冗談として、一人で今の街を彷徨くのは危険かも」
と、少し不機嫌になりながらもリィンを心配するフィーに強引に付き合わされ、リィンを尾行することになった。
結局は、到着地であるバーの前で立ち止まったリィンに「隠れてる二人。中まで入ってくるつもりなら、一緒に行こう」と気付かれたが。
「しまった。けっこう本気で気配を消した上に、囮まで用意したのに」
などとフィーはいじけていたが、囮扱いは酷いと思う。しかし今度フィーから、改めて潜入技術と気配察知について習おう。
リィンが八葉の『観の目』に習熟しているのは知っているが、こうも容易く気配を察知されるのは俺も悔しい。
リィンの待ち合わせの相手は、鉄道憲兵隊のクレア大尉だった。ルーレで起きていることの情報を渡すとの理由で、リィンに連絡をよこしたのだとか。
「リィンさんの護衛と、街の様子の確認でしょうか?」
バーでは私服のクレア大尉が待っており、予定外の来訪者である俺とフィーにそう問いかけてきた。
「私のこと、けっこう知ってる?」
「ええ、情報局方面から少々。まあ、貴方も含めて特に問題視しているわけではありませんから、ご安心下さい。リベール入りの時期の関係で少々経歴を疑われたようですが、別段大きな問題があるわけではないと判断されてますので」
少し警戒するフィーと、そして俺に対してクレア大尉は優しく微笑んだ。
その後、クレア大尉からはいくつかの事実を知らされた。
そして、同時に警告もされた。
帝国解放戦線と、貴族派に確かな繋がりがあること。
鉄道憲兵隊がラインフォルト第一製作所への強制捜査を計画していること。
RFグループも一枚岩でなく、貴族派の部門もあり、第一製作所もその一派であること。
アリサの母が、現在各部門の統制に追われていること。
そして鉄道憲兵隊の査察に対して領邦軍が露骨に牽制しており、今日の両軍の小競り合いの理由であること。
「各地でも緊張は高まっていますが、ルーレは別の導火線も抱えています。危機の輪郭を見極め、出来れば近寄らないで下さい。それが今回、皆さんが実習で学ぶべき経験でしょう」
俺達の実習期間中に、ルーレで今日の延長上の、そして今日以上の騒ぎが起きる可能性が高いということだろう。
鉄道憲兵隊と領邦軍、革新派と貴族派の争いに割って入る気は無いが、街の人が、そしてⅦ組の皆が被害を受ける事態になるかも知れないのだ。
準備は万全にしておこう。
再度追記。
部屋で銃とARCUSの整備をしていると、シャロンさんがスープを持ってきてくれた。
先程帰宅したイリーナ会長のために用意しておいた分の余りなのだとか。
「ついでにマッサージはいかがでしょうか? 丹念に心を込めて、疲れた体を癒やして差し上げますが」
「はいはーい。それって俺にもやってくれたりするんですかね?」
「私はなかなか懐かないワンちゃ殿方の方が好みですので」
「俺だってそう簡単には懐かないぜ?」
シャロンさんと、同室のクロウ先輩はそんなふざけたやり取りをしていたが、だから何で俺は犬扱いなのだろう。
だがしかし、マッサージは魅力的だ。今では多少は慣れたが、導力器の整備はやはり肩が凝るし疲れる。
そう思ってお願いしますと伝えたところ、クロウ先輩から頭を叩かれた。
「お前、トワに言いつけてもいいのかよ? 嫌われちまうぞ?」
正直意味が分からないがそれは困るので、素直に忠告に従ってシャロンさんに断りを入れた。
「あらあら、まるで私が人様のものを盗るかのようなお話になってますね。心外です」
「綺麗なお姉さんは大好きなんだが、こいつはうちのちっこいののお気に入りでね。勘弁してやってくれないですかね?」
「……ふふ、仲がよろしいのですね。私の思い違いだったようです。差し出がましい真似をしてしまって、申し訳ありませんでした」
意味深に笑ってシャロンさんは部屋から出ていった。
俺をダシにしてクロウ先輩と会話をしに来た様子だったが、クロウ先輩と何かあったのだろうか。
そう思って先輩に聞いてみたが、
「さあ、知らねえな。不良生徒が何かしでかさないか、気になったんじゃねえの?」
と、思い当たる節はない様子。
「それよりお前、気をつけろよ。トワのこととは別に、あのメイドさんのことあんまり信用すんじゃねえぞ? あれは手のひらで男を転がす悪女だ」
笑いながらそう忠告するクロウ先輩に、それは失礼なのではないかと返す。ついでに、トワ会長のお気に入りはリィンだと訂正も入れておいた。会長はいつもリィンのことばかり話しているし。
「あーはいはい、青春青春、純情純情。これだからお前らは面倒なんだよ……」
あくびをしながら俺はもう寝ると言い残して、先輩はベッドに横になった。
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========= 七耀暦1204年9月26日 =========
帝国解放戦線のリーダー、『C』と名乗っていた男が死んだ。
その唐突な最期に、正直未だ現実のことと思うことができない。
凄まじい使い手だった『C』に傷つけられた肩の傷は、本来なら俺の命を断っていてもおかしくなかった。
俺は今日『C』に手心を加えられ生き残り、そしてその彼は、高速飛行艇の爆発に巻き込まれて命を落としたのだ。
その呆気ないまでの最期に、何故かやるせない気持ちになってしまう。
特別実習二日目である今日、帝国解放戦線によってザクセン鉄鉱山が多数の人質を取られた上で占拠された。
占拠の目的は、第一製作所による鉄鉱石の横流し、それも数年間でおよそ戦車2000台分もの量となる大規模な犯罪の証拠隠滅のため。
ログナー侯爵家率いる領邦軍、RFグループ第一製作所、帝国解放戦線。裏で繋がっていたその三者によって、今回の鉱山の占拠は引き起こされた。
事件直後、俺達はその鉱山占拠の目的を、昨日のクレア大尉の情報と、クロウ先輩からの連絡を受けてルーレに急遽やって来たアンゼリカ先輩とジョルジュ先輩から齎された情報を突き合わせることによって知るに至った。
RFグループ第一製作所の取締役はアンゼリカ先輩の叔父であり、先輩は今月に入ってから独自にその調査を行っていたと言う。アンゼリカ先輩の情報をもとに、トワ会長が各方面のデータから横流しの事実の裏付けを取ったらしい。
ルーレを取り仕切る侯爵家が裏にいる以上、領邦軍が事態の収拾に乗り出すことはない。実際、解決に乗り出そうとした鉄道憲兵隊を「人質の安全のため」という理由で妨害する始末。
そのような状況下でアンゼリカ先輩は「ログナー侯爵家の人間として、実家の不始末は自身でつける。知り合いである人質に取られた鉱員たちは、自身の手で助ける」と、そう強く宣言した。
俺達Ⅶ組のメンバーも先輩に協力することになり、アリサの母親の協力もあってルーレ市街から鉱山に直結する非常連絡を通ることで、領邦軍によって封鎖された鉱山に侵入。
順次人質を開放していく最中、帝国解放戦線の幹部『V』と、そして最終的にはリーダー『C』と戦闘になった。
それぞれと交戦経験のあったフィーから聞いていた通り、両者とも凄まじいまでの使い手だった。
数の理と戦術リンクによる連携によってどうにか追い込みはしたものの、一瞬の隙をつかれ閃光弾を使われた。
目を潰されてはその隙に誰かが殺される可能性もあると判断し、『C』に特攻をかけ一撃を入れたところで、俺の意識は途絶えた。
気づいた時にはもう夜で、全ては終わっていた。
閃光弾を使った直後に、潜ませていた高速飛行艇に乗って鉱山から脱出しようとした『C』は、その飛行艇こと何者かの銃撃によって撃ち抜かれ、爆発に巻き込まれて死んだ。
その後は、事態を聞いて駆け付けてくれたオリビエさんが、共犯だった領邦軍のことも含め全て対処してくれた。人質に取られていた鉱員たちは全員無事だったが、横流しの証拠は結局処分された後だったという。
つい先程、事件の顛末について、クロウ先輩からそう聞かされた。
救出した人質の脱出のための護衛に回っていたクロウ先輩は、鉱山の崩落に巻き込まれた。
通信時は「大した怪我はしていない」などと言っていたが、俺と同じく病院のベッドで寝ているくらいには、怪我を負っていたらしい。
本当に生きていてくれてよかった。
「聞いたぜ。お前、『C』とかいう仮面野郎に単身突っ込んだんだってな。何でまたそんな無茶したんだよ」
溜息を吐きながらも真面目に俺を叱るクロウ先輩に、素直に理由を話した。
「だからってお前、下手したら……まあ、いいや。これ以上は俺の役目じゃねえだろ。トリスタに戻ったら、せいぜいトワに叱られるんだな」
珍しくも一瞬怒りを露わにしたクロウ先輩に、俺は何も言い返せなかった。
今回のこの怪我は、完全に俺の早とちりが原因なのだから。
実際あの『C』という男は、端から人質を、そして俺達を傷つける気はなかったのだ。
気を失う前、確かに俺は『C』のダブルセイバーが明確な意思をもって振り抜かれなかったのを見た。
だからこそ『C』は、はるか格下の俺の拳を受けたのだから。
『V』は、元猟兵ヴァルカンは語った。オズボーン宰相を脅す任務を受け、逆に宰相に猟兵団を皆殺しにされた。その復讐として、宰相の命を狙っているのだと。
そして、それが完全な逆恨みであると、自身でそう語っていた。
『C』にも、何か理由があったのだろう。あれほどの実力と、そして帝国政府を手玉に取れるほどの智謀を持ち、テロリストとして生涯を終える生き方を選んだのだ。
そこには何か、譲れない想いがあったのだろう。
オルキスタワーで、トワ会長を、オリビエさんを、キリカさんを、数多くの人を巻き込んで宰相を殺そうと企てた彼らを、擁護する気なんてない。
だけど、全ては宰相への復讐が動機と聞かされると、そしてどこか非情に徹しきれない彼らを思うと、やるせない気持ちになる。
俺も、あのクズ共に復讐したいと考えたことがある。婆ちゃんの言葉がなければ、そして旦那様の教えがなければ、復讐を選んでいただろう。
だから、何と言うか、やるせない。
ぽつりぽつりと、クロウ先輩にそんな支離滅裂な思いを呟いていると、クロウ先輩が真面目な顔で問いかけてきた。
「なんつーか……いや、普段の頭おかしい訓練っぷりとか、トワの様子見てたら嫌でも気づいちまうが、お前も色々あるんだな。強くなりたいってのは復讐とかそういうのかとも最初は思ってたけどよ、実際何のためなんだ?」
何のため。改めてそう問われると、何と返して良いのか言葉に出来なかった。
老師のもとで修行を始めた時であれば即答できていただろうが、しかし今はそれだけではない。
「何でお前が首を傾げて不思議そうな面すんだよ……。ま、いいか。そのうち聞かせてくれよ」
じゃあ俺は寝るわ、と昨日と同じくあくび混じりにクロウ先輩は布団を被り直した。
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========= 七耀暦1204年9月29日 =========
今日はリィンの故郷でもあるユミルに温泉旅行に来ていた。Ⅶ組と教官、先輩たちも一緒に。
先月のガレリア要塞と、先日のザクセン鉄鉱山の件。それらの功績を皇帝陛下から讃えられ、皇族ゆかりの温泉郷であるユミルへと招待されたのだ。
その件で皆は昨日、帝都のバルフレイム宮で皇帝陛下に拝謁したと聞くが、俺はまだルーレで入院中だったため、今日は実家に残って先日の事後処理をしていたアンゼリカ先輩と二人で現地集合となった。
入院中は訓練を禁じられていたため、ただひたすらエリオットから課題として渡されていたハーモニカの練習を続けた。来月の学院祭でのステージで、俺はハーモニカを担当することになったのだ。エリオットからは「これしか生きる道はないから頑張って」と恐ろしい笑顔で言われたため、必死で練習した。
ただ、医者からは「入院しているという意味を判っているのか」と怒られたため、色々とままならない。
駅では数日ぶりに会うトワ会長に、涙目で思い切り抱きつかれた。
「心配したんだから……! あれほど無茶はしないでって言ったのにっ」
クロウ先輩からは「トワから存分に叱られろ」と言われたが、正直叱られる方が余程ましだ。罪悪感が凄い。
宿では、学院祭のステージ演奏の内容が、詳細を詰めていたリィンとエリオットから発表された。
リィン、アリサがギター、ガイウスがベース、ラウラがドラム、エリオットがキーボードという楽器を担当。俺はハーモニカ担当。
歌担当は一曲目はユーシスとマキアス、二曲目は委員長。フィーとミリアムは、その横で踊るとのこと。
各自思う所があって色々とごねていたが、笑顔のエリオットの「出来るまでやればいいだけのことだよ」という発言に、全員押し黙った。
俺は二日間の特訓の成果を披露させられたが「本当に真面目に練習やってたの?」と笑顔で威圧されたので、一応医者に怒られるまではやったと返答すれば、「こっちもダメだったなんて、ごめん」と真顔で返された。
やはりもうダメかも知れない。
その後は湯治もかねて温泉に入ったり、リィンの父シュバルツァー男爵が獲ったという鴨を使った夕食を頂いたり、皆と遊びに興じたりと、凄い贅沢をさせて頂いた。
皆はつかれたのか、まだ早いのに一人また一人と静かに眠っていった。色々あった実習が終わってすぐに皇帝陛下に拝謁し、そして今日は旅行で存分に羽目を外したから、疲れが溜まっていたのだろう。
俺ももう寝ようかと考えたが、退院してからまだまともに体を動かせていない。
体の様子見も兼ねて軽く鍛錬をして、せっかくなので露天風呂をもう一度楽しませてもらおう。
追記。
アンゼリカ先輩が、退学すると聞かされた。
正直、かなりショックを受けている。
訓練終わり、露天風呂に向かおうとしている最中に、廊下でアンゼリカ先輩に話があると捕まったのだ。
「今回の件で、親父殿を怒らせてしまったようでね。覚悟はしていたから、仕方ないさ」
何でもないように言うアンゼリカ先輩に、俺は突然のこと過ぎて「まだ先輩には教えてもらいたいことが沢山あるから、困る」としか返すことが出来なかった。
「もう君に私が教えられることはないさ。先日、見事に師匠を越えたばかりだろう?」
それは偶然だと反論したが、先輩は笑って首を振った。
「ふふふ、最初にあった時は弱くて才能もなく、危なっかしいだけの退屈な後輩だと思っていたんだがね。君の強さは、決して折れないその心だろう。引き続き慢心することなく、巧夫を積みたまえ。今の君になら、私の代わりにトワを任せることができる。この帝国はまだ、いつ爆発してもおかしくない火薬庫のようなものだ。何かあった時は、頼んだよ」
俺の肩を叩いて、先輩は歩いていった。そして「ああ、そうだ」と背中越しに、
「導力バイクは、君が預かってくれたまえ。一年時は、トワ、ジョルジュ、クロウ。そして二年になって、君が来た。五人で過ごした時間は、私にとって掛け替えのない時間だったよ。皆も異存はないだろう」
そう言い残して去って行った。
アンゼリカ先輩が、学院を去る。
学院に入って半年、思えば俺の学院生活には常に先輩がいた。
泰斗の師として、頼れる先輩として。
技術棟で五人で過ごすことも、もう出来なくなってしまうのか。
改めて実感した。俺は、学院生活を楽しんでいた。先輩のおかげて、楽しめていた。
だから今、少し悲しい。
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========= 七耀暦1204年9月30日 =========
ユミルでちょっとした事件に巻き込まれた。
結社『身喰らう蛇』の一員である怪盗ブルブランが個人的な興味でリィンの異能を見極めるために、魔獣を操って季節外れの大雪を降らしたのだ。迷惑な話だ。
異能に向き会い異能を制御したリィンの活躍もあり、怪盗は取り逃がしはしたものの魔獣は撃退。季節外れの大雪も、無事降り止んだ。
ユミルを後にする際、リィンの覚悟を聞いたシュバルツァー男爵は、老師から預かっていたという八葉一刀流の中伝目録をリィンに授けた。
そして俺にも、老師から預かっていたという手紙を渡してくれた。
老師の手紙を読んで、改めて決心した。
先日はクロウ先輩の問いに答える事が出来なかったが、今なら迷いなく答えることが出来るだろう。
明日、リィンに本気の手合わせを挑もう。
そして、アンゼリカ先輩が安心して学院を去れるように、けじめをつけよう。
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