凡人の軌跡   作:kuku_kuku

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士官学院編:七耀暦1204年10月前半

 ========= 七耀暦1204年10月2日 =========

 

 老師からの手紙と、昔の日記を改めて読み直した。

 そして、一年間の旅とトールズに入ってからのことを思い返してみた。 

 

 ルーレでクロウ先輩から聞かれた「何のために強くなりたいのか」という問いに、答えを出すことができたと思う。

 

 昔はただ、強くないと生きることさえ出来ないから、そのために強くならないといけないとだけ思っていた。

 

 だけど今はそれだけじゃない。

 

 俺は、幸せになりたいんだと思う。

 お世話になった人たちや、クラスメイトや、先輩達。皆と一緒に、幸せになりたいんだ。

 そして何時か、婆ちゃんみたいに、困っている人を助けられるような人間になりたい。

 

 だからそのために、理不尽に全てを奪われないように、理不尽から皆を守れるように、強くなる。

 

 それが今の俺の原動力だ。

 

 そして今になってやっと、老師が、爺ちゃんが、俺を破門した理由を理解できた。

 

 爺ちゃんはあの時「剣の道を諦めた方が幸せになれる」と言った。俺はそれをずっと、剣だとこれ以上強くなることは難しいというだけの意味だと思っていた。

 

 だけど、ユミルで受け取った手紙を読んで、勘違いしていたと気づいた。

 

 爺ちゃんは、ただ俺を心配してくれていたのだ。

 

 手紙には「力を求めること以外の道を見つけろと言ったことを理解していなかったのか、この馬鹿孫が」と書かれていた。

 そしてつい最近アルゼイド子爵と会って、俺の成長を聞いたとも書かれていた。「生きる理由が見つかったのなら、もう無理に戦うことを止めはしない。今のお前が望むならば八葉を名乗ることも許可するし、卒業後にそれに見合うだけの剣を振るえるようになるまで、修行もつけてやる。だから一度くらいは顔を見せに来い、馬鹿孫よ」と、爺ちゃんは、そう言ってくれた。

 

 ただただ、嬉しかった。

 破門を解くと言ってくれたこともそうだが、俺が強くなる理由を見つけたことを、爺ちゃんが喜んでくれていることが、何よりも嬉しかった。

 

 だけど、八葉を名乗る許しは頂けたが、俺はもう八葉を名乗る気はない。

 昨日のリィンとの本気の試合は、そういう意味のけじめだった。

 

「八葉一刀流《中伝》リィン・シュバルツァー、参る」

 

 そう名乗りを上げたリィンに対して、俺は八葉ではなく、ただの俺として挑んだ。

 

 爺ちゃんもきっと、そうすることが正しかったと言ってくれるだろう。

 爺ちゃんが俺に授けてくれた伍ノ型は、『残月』。

 余計なものを全て捨てた後に残るものが、全てを失ってなおそこに残ったものこそが、真に大事なものだ。

 そう教えてくれたのは、爺ちゃんだ。だからこそ、剣を極める事が出来ない俺が、八葉の名に縋る必要はない。爺ちゃんが教えてくれた大事なことは、ちゃんと俺の中に根付いている。

 

 リィンとの試合は、俺の敗け。

 

 悔しくて悔しくて仕方がない。こうして日記を書いている今だって、すぐにでも鍛錬に行きたい気持ちになる。

 だけどそれでも、敗けたことで絶望することはなかった。絶望せずに、済むようになっていた。

 昔の俺なら、そうは行かなかっただろう。

 昔は己の弱さに絶望しては、全てに恐怖して、考えることをやめて、そしてただただ無意味に我武者羅に剣を振り回しては倒れて、老師に迷惑をかけることを繰り返していたのだから。

 

 だけど今なら、己の弱さに向き合い、次に繋げることができる。冷静に、どうすれば強くなることができるのかを考えることができている。

 リィンに敗けたことは悔しいが、生きる理由を見つけることが出来て、精神的にも少しは強くなることが出来たと、素直にそう思えるようになった。

 

 リィンとも、初めて腹を割って話すことが出来た。

 

 今まで俺は、リィンに対して引け目があった。もっともリィンの方も、

 

「老師から、もう一人弟子がいることは聞いていたんだ。だから最初はそっちに専念するために俺の修行も打ち切られたんじゃないかって、正直に言うと逆恨みもしていた。人伝に破門のことを聞いてからも、今度はどう声をかけていいか分からずに避けていたんだ。朝も昼も夜も、一瞬たりとも止まらずに進み続けてる姿を見て、それに比べて俺は何をやってるんだろうって、勝手に劣等感抱いちゃってさ」

 

 とのことで、それはお互い様だったようだが。

 

「触発されて、俺もこの半年で随分と成長できたと思う。今日この力を少しとは言え制御できたのは、間違いなくそのおかげだ。だから、ありがとう」

 

 リィンはそう言って、握手を求めてきた。

 俺もリィンの存在があったからこそ、負けないようにより強くなろうと思うことが出来た。そう伝えて、リィンと握手をした。

 

 入学時は、リィンとこうして話せるようになるとは思ってもいなかった。

 

 トールズ士官学院に入れて、本当によかった。

 そして、俺にこの道を示してくれた爺ちゃんには、本当に感謝してもしきれない。

 

 日記につらつらと思いつくままに書きなぐって、ようやく己の思いを整理出来た。

 

 後少しで、技術棟で先輩たちとアンゼリカ先輩の送別会だ。

 

 最後に、アンゼリカ先輩にちゃんと宣言しておこう。

 

 

 追記

 

「今までありがとうございました。トワ会長のことは俺が絶対に守ります。ゼリカ先輩の依頼とは別に、今は俺自身がそうしたいと思っているから。会長のことが好きなので」

 

 そうアンゼリカ先輩への感謝を伝え、ユミルでの約束を果たすと宣言したら、クロウ先輩から爆笑された。ジョルジュ部長は食べていたドーナッツを吹き出していた。トワ会長は固まっていた。

 アンゼリカ先輩は真顔で、

 

「ありのまま今起こった事を話す。弟子からお礼を言われていると思ったら、いつのまにかトワが告白されていた。何を言っているのかわからないと思うが、私も何が起きたのか分からなかった」

 

 などどよく分からないことを言っていた。

 解せない。

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 ========= 七耀暦1204年10月5日 =========

 

 帝国解放戦線が、壊滅したと報じられた。

 先日のルーレでの一件、幹部の死亡をもって帝国政府がそう判断したらしい。

 

 その結果、内戦間近だった緊張状態は、少しだが和らいでいる。

 帝国解放戦線と裏で繋がっていた貴族派は表立って大きな動きを取れなくなり、革新派もまたクロスベル独立問題の煽りを受けてその対処に追われているからだ。

 

 クロスベルの件は不安が残るが、内戦の危機が少しでも遠のいたことは素直に喜ばしいことだ。

 

 今のうちに、もっと力をつけよう。

 アンゼリカ先輩との約束を果たすために、そして俺が幸せになるために、もっと鍛錬をしなければ。

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 ========= 七耀暦1204年10月10日 =========

 

 トワ会長が、アップルパイを作ってくれた。

 婆ちゃんの味とは、たぶんちょっと違っていたけど、それでもとても美味しかった。

 

「あのね、アンちゃんの送別会のときのことなんだけど……」

 

 美味しく頂いた後、トワ会長からそう切り出された。

 

「えっとね? 好きって言ってくれたことは嬉しいんだけど、私にはちょっとまだそういうのは早いと思うんだ……! あ、嫌いなんじゃないんだよっ? でも、私にとっては大切な後輩というか弟というか……私、酷いこと言ってるかも知れないけど、もう少し今まで通りの関係のままじゃあ、ダメかな……?」

 

 不安そうに続けた会長。

 薄々不味いかもしれないと思っていたが、もしかしなくても、思いっきり誤解されていた。

 

 トワ会長と結婚したい思っているとか、そういう話ではない。

 

「えっ? あれ……え? 誤解……?」

 

 混乱する会長に、ちゃんと説明をした。

 

 トワ会長は悩んでいた俺の相談に乗ってくれたりしたいい人で、そして忘れかけていた初心を思い出させてくれた恩義のある人だ。

 婆ちゃんとの約束を、本当の意味で自分の意思でちゃんと果たしたいと思えるようになったのは、たぶん皆のために何時も頑張っているトワ会長の背中を見続けたからだ。

 

 それはまあ、この先もトワ会長とずっと一緒に生きていけるのなら、生きていきたいと思うくらいに好きだ。

 だけど俺はまだ何の力もない学生で、トワ会長を幸せに出来る自信なんて無い。

 

 だから先日の宣言は、ただ俺が自分の意思でトワ会長を守るとアンゼリカ先輩と約束したかっただけだ。

 それにトワ会長がリィンを好いているのは知っている。

 

 そう会長に伝えると、しばらく首を傾げた後、激しく首を横に振られた。

 

「え? えっと……あれ……え? え? 誤解……? あれ……? リィン君……? って、ち、違うよっ! あれはアンちゃんとクロウ君の冗談で、リィン君のことが好きなわけじゃないよっ! リィン君もとってもいい子で、可愛い後輩だけど、とにかくそういうのじゃないからっ!」

 

 そしてトワ会長は赤くなってわたわたしながら「あ、私まだ学院祭の準備があるから、またねっ」と走り去っていった。

 

 色々と複雑な気分だ。

 とりあえず、夜の鍛錬をしよう。

 

 そして今夜こそは、委員長の猫を見つけ出そう。

 

 

 追記。

 

「流石だね。告白する前に振られるなんて」

 

 鍛錬終わり、黒猫は見つからなかったが、昼寝をし過ぎたから散歩中だというフィーは見つかった。

 そして昼間のことを話すと、「どんまい」と慰められた。

 

「と言うか、たぶん大丈夫。馬鹿なだけだから」

 

 そして何故か馬鹿にされた。解せない。

 悔しかったのでフィーこそラウラに負けるぞと返せば、無言で脛を蹴られた。

 

 フィーもラウラも、どうやらリィンのことを好いているらしい。

 二人から以前、リィンのことが好きなようだと相談された。

 フィーからは、思い出の花を育てるのを手伝ってくれたリィンに何かお返しをしたいと、相談を受けた。

 ラウラからは、リィンに弁当を作りたいから味見してくれと頼まれた。

 

 最終的に二人揃って「相談相手を間違えた」などと失礼極まりないことを言ってきたが、それから二人は武術だけでなくリィンに対しても良きライバルであるようだ。

 

 リィンも含めて、二人には幸せになってもらいたいと心から願えるが、最終的にどうなるか少し心配でもある。

 だけど、昼の件を考えると、そこに会長も混ざるのか。そう考えると、何か嫌な気分になってくる。

 

 そんなことを考えなから休憩がてらハーモニカの練習をしていると、久しぶりに憲兵の人に捕まった。

 

「最近新しい幽霊が出たなんて言うから来てみれば、またお前か。はあ……明日街の人に何時もの奴だって説明しとくよ」

 

 新しい幽霊ってなんだ。

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 ========= 七耀暦1204年10月22日 =========

 

 学院祭準備日、二日目。

 明日に迫った学院祭に向けて、昨日と今日はトリスタ全体を巻き込んだ準備日だった。

 

「それでは、これより学院祭の各種準備、設営を始めます! みんな、ケガをしないように元気に張り切って行きましょう!」

 

 トワ会長の掛け声と共に、各クラス、各部活動が一斉に準備を始めた。

 

 初日の午前中はトワ会長の手伝いで主に資材搬送を、午後からはジョルジュ部長の手伝いで導力器関係のトラブル対応に当たった。

 Ⅴ組の大掛かりなアトラクションにトラブルが発生し、一人で任されたこともあり、午後の大半はその対応に追われることになったが。

 

 夕方からは、Ⅶ組のステージ衣装の到着に遅れが出ているということで、急遽クロウ先輩と共に発注先である帝都の服屋に直接受け取りに行くことになった。

 導力バイクで帝都に向かう道中、先輩に先月の問いに対する答えを話した。

 

「なんつーか、お前はほんとに不器用ないい子ちゃんだな。……ま、いいと思うぜ。そういうの」

 

 先輩は苦笑しながらも、俺の背を押してくれた。

 

「俺にはできない生き方だが、お前ならやれるだろうさ。ま、トワの件含めて、頑張ってくれや」

 

 まあ、珍しく真面目な顔をしたかと思えば、結局はすぐに何時もの如く茶化しにかかって来たが。

 

 夜からは、受け取った衣装を来て、旧校舎でステージ演奏のリハーサルに臨んだ。

 そこで初めて衣装のデザインを知ったのだが、貴族が着る正装のような服はなかなか動きにくい。

 だらしがないからとシャロンさんが切ってくれた短い髪にも慣れず、正直落ち着かなかった。

 

「あらあら、大変お似合いですわ。野良い野性味が消えてしまったのは残念ですが」

 

「白い装束、古い宮廷風の意匠も入っているようだな。ふふ、普段からちゃんとした格好をすればいいだろうに」

 

「エセ王子っぽいけど、悪くはないかも。馬子にも衣装」

 

 シャロンさん、ラウラ、フィーからは貶されているのか褒められているのかよく分からない感想を貰った。

 女性陣の衣装は、去年の会長ほどではないが露出の高いデザインだった。とは言え、皆よく似合っている。

 

 そんな会話をしている横では、ミリアムがユーシスの衣装を引っ張りながらジャレていた。

 

「僕たちと違って、デザインは同じなんだねー」

 

「野郎のステージ衣装なんざあんまり凝っても仕方ねえだろ。華は女子どもに持たせて、男子はあえてお揃いにする。これぞメリハリってやつだぜ」

 

 そんな適当な返答をするクロウ先輩に「なるほどねー」と返しながら、ミリアムは楽しそうに「ユーシス、似合ってるね!」とユーシスのネクタイを引っ張る。

 

「ええい、離せクソガキ。ふん、それにしてもこの手の衣装なら確かに俺は着慣れてなくもないが、お前が着ると正直、冗談にしか見えんな」

 

「ほ、放っておいてくれ! 誰が好き好んで、こんなエセ貴族風の格好を……。言っておくが、同じこの格好で僕と一緒に歌うということを忘れてるんじゃないだろうなっ!?」

 

「ぐっ……思い出させるな!」

 

 楽しそうなミリアムとは対象的に、ユーシスは巻き込んだマキアスと共に、揃ってげんなりしていた。

 

「みんな、遊んでる暇はないよ。今日を入れて一日半……もう本当に時間がないから。ノーミスで行かない限り、今夜は帰れないと思ってね?」

 

 そして笑顔で恐ろしいことを言うエリオットの指揮のもと、リハーサルが始まった。

 

 案の定俺はエリオットによって居残りを命じられ、付き合ってくれたガイウスと共に今朝の明け方まで徹底的に訓練した。

 ガイウスは「俺も慣れない楽器に苦戦していてな。渡りに船というやつだ」と言ってくれたが、単純に気を使ってくれただけだ。本当にありがたい。

 

 今日も朝からリハーサル。最終的に夕方にはどうにかエリオットから合格点を頂くことができ、後は本番で失敗しないようにするだけとなった。

 

 と思ったが、「おいおい、何を寝ぼけてるんだ? ステージにはサプライズとアンコールが付きもの。それでやっと他のクラスに勝てそうなダメ押しが狙えるんじゃねえか」と、クロウ先輩がいきなりそんなことを言い始めた。

 

「なぁに、聞いちまったらお前らだってやりたくなるだろ。メロディはシンプルかつ有名、歌詞もそれなりに知られてる。さぁて、時間もないことだし、段取りを説明させてもらおうか?」

 

 結果、すでにいっぱいいっぱいだった委員長が崩れ落ちた。

 

 夜にはどうにか練習も終わり、後は忘れないように復習するだけとなった。

 

 明日はアンゼリカ先輩も学院祭を見に来ると言っていた。

 トワ会長が連絡がつかないから心配だと言っていたが、あの人ならどうにかして来るだろう。

 色々な意味で失敗が出来ない。

 

 鍛錬を終えたら、しっかりと復習しておこう。

 

 

 追記。

 

 クロスベルが正式に独立宣言を行ったらしい。

 帝国と共和国はその宣言に対して、法的な正当性もないため断固認めないと声明を出しているという。

 雲行きが怪しくなってきた。

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 ========= 七耀暦1204年10月23日 =========

 

 学院祭一日目。

 Ⅶ組のステージは明日のため、今日は『生徒会&技術部』の腕章をつけて学院祭を回った。

 

 午前中はⅠ組の舞台装置が故障したとのことで、ジョルジュ部長と共に突貫で修理対応。

 数ヶ月前に暴言を吐かれたⅠ組のパトリック・ハイアームズからは「本当に、本当に大丈夫なんだろうな!? いや、先日もⅤ組の導力機器を修理したのは聞いてるが……本当に修理なんてできるんだろうな!? いや、違う……悪気がないのはわかっている……だが心配で……」とまたしても酷いことを言われたが、修理は無事完了した。

 

 昼前には、一人で正門付近で屋台の導力コンロの修理対応。

 クレープの屋台を開いていた一年のヒューゴとは初めて会話をしたが「助かるよ、このままじゃあベッキーのやつに売上逆転されてしまうところだったからな。それにしても……本当に直しに来てくれたんだよな? 壊しにとかじゃなく……」と、またしても失礼なことを言われた。

 

 トワ会長が「今日はこれを付けていった方がいいと思うんだ。ジョルジュ君のお手伝いもしてくれてること、まだ知ってる人って少ないと思うから」と無理やり腕章を付けてくれたが、そういうことだったのかと感心した。

 流石トワ会長だ。

 

 昼からは、トワ会長と共にⅡ組のプラネタリウムのメンテナンス。小さな子どもが誤って機器を落としてしまったらしく、問題なく動いているが念の為調べてくれとの依頼があったのだ。

 

「もう、初めての学院祭なんだから楽しまなくちゃダメだよ? 放っておいたらお仕事だけして帰って来ちゃうから、なるべく一緒に楽しんで来てあげてってジョルジュ君にお願いしてたのに、酷いよ」

 

 会長はそんなことを言っていたが、クロウ先輩とジョルジュ部長から直前に「放っておいたらトワは仕事だけしかしないから、頼んだよ」とお願いされたばかりなので、何も言えなかった。

 

 幸い、プラネタリウム用の導力機器は壊れてはいなかった。ここまで複雑なものになると点検はできても修理なんて出来ないので助かった。

 

「それにしても綺麗な星空だよね。去年の導入テストで、アンちゃん達と大きな原っぱに寝転がって星を見上げたこと思い出しちゃうな」

 

 会長は星を見るのが好きだと以前に言っていた。お爺さんの趣味だったから自然と好きになったらしい。

 訓練終わりに一緒に帰る時、会長はよく星について教えてくれながら転けそうになっている。

 今度からはちゃんと寝転んで見るべきだろう。

 

「もうっ! お姉さんを子ども扱いしないのっ!」

 

 そう返せば、会長から叱られた。

 誤魔化し気味に、星空と言えばノルド高原の星空は素晴らしかったと話せば、

 

「すっごく綺麗らしいねえ。いつかみんなで見に行ってみたいな。その時はもちろんアンちゃんも一緒にね!」

 

 会長は機嫌を直してくれて、そんな約束をした。

 

 その後は、見回りも兼ねてⅦ組のメンバーの部活の出し物を見物した。

 ガイウスの絵の展示会、エリオットの音楽教室、ミリアムの料理教室、マキアスのチェス教室、委員長の文芸部の部誌の展示、フィーの園芸部の販売会場。

 皆、存分に学院祭を楽しんでいた。俺も楽しかった。

 

 夕方にはトワ会長と別れ、技術棟でジョルジュ部長とクロウ先輩と合流。

 明日のステージ演奏のために、講堂に楽器や機材を運び込みステージの準備を行った。

 しばらくしてⅦ組のメンバーも合流し、楽器のチューニングを実施。

 

 俺はまだ鍛錬をするので、寮に戻るという皆とはそこで別れた。

 

「あははは、ブレないね……」

 

 エリオットからは苦笑されたが、日課を欠かすと調子がでないと返すと「まあ、明日の本番は普段通りの心持ちで望むほうがいいからね。ケガだけは気をつけて」と、快く送り出してもらえた。

 

 ちなみに夕食は、焼きそば。夕方に、ヒューゴと屋台の売上で勝負をしていたという一年のベッキーから「あんなことで勝負に負けたって言い訳されたらかなわんからなあ。これはそのお礼や」と渡されたものだ。

 冷めていたが美味しかった。

 

 そろそろ食事後の休憩も済んだし、旧校舎に行こう。

 

 

 

 追記。

 

 旧校舎で異変が起きた。不思議なことが多過ぎて頭が痛くなる。

 

 六階層で魔獣と戦っていると、床や壁が光だし、建物全体が揺れ、そして鐘の音が鳴り響いてかなり驚いた。

 まるで数ヶ月前のローエングリン城での異変時のような空気だ。

 

 危機感を覚え一度外に出ようとしてみたが、旧校舎全体を覆うように何時かの『結界』と同じものが発生して閉じ込められた。

 『結界』を叩いたり撃ったり、導力魔法を打ち込んでみたりしたが、まるで効果がない。

 

 どこかに抜け穴はないかと念入りに調べながら結界沿いに旧校舎を一周していると、どうやってか結界の中に入ってきたⅦ組の皆と合流した。

 

 外にはトワ会長、ジョルジュ部長、サラ教官、学院長、トマス教官まで。

 

「すみません、学院長。あれは、あれだけは本当に私の育て方が悪かったです。反省してます」

 

「いや……うむ、まあ、仕方ないじゃろう」

 

 そして突然サラ教官から死んだような目で見られ、学院長からも溜息を吐かれた。解せない。

 

 聞けば、何故かⅦ組だけが結界の中に入ることが出来たという。

 そして明日の学院祭を続行するために、旧校舎を探索して異変の原因を突き止めようという話になっていた。

 危険だと反対する教官達を説得したⅦ組のメンバーが意を決して突入し、それを教官と先輩たちが送り出そうとしたそのタイミングで、俺が現れたのだとか。

 やはり解せない。タイミングが悪いだけで、俺は悪くないだろう。

 

 旧校舎地下七階は、想像以上の空間になっていた。

 宙にに浮かぶ回廊が続く、まるでお伽噺じみた空間だった。

 

 やはりと言うべきか、事情を知っている様子の委員長の忠告がありはしたものの、Ⅶ組の意思は固く、最終的には委員長も折れて、

 

「トールズ士官学院Ⅶ組、総員十二名。旧校舎の異変を食い止めるべく、これより第七層の探索を開始する。各自、全力を尽くしてくれ!」

 

 そんなリィンの号令と共に探索は開始された。

 

 道中は黒猫のセリーヌさんも一緒で、ずっと様子を見ていると「あんた、いい加減しつこいのよ。後で少しだけ付き合ってあげるから、今は黙ってリィン・シュバルツァーの手助けをしておきなさい。私が喋れること、誰にも言うんじゃないわよ。話がこじれるから」と、俺の肩に乗って小さく耳打ちをして来てくれた。

 最初は少し驚きはしたものの、今まで追いかけ回した謝罪をすれば「ふみゃん」と快く許してくれた。

 

 遺跡の奥に進むと「起動者候補に告げる。これなるは巨いなる力の欠片。手にする資格が汝にありしか、最後の試しを執行する」という謎の声が頭に鳴り響き、気づいた時には、無数の剣と槍が墓標のように突き刺さった、灰の荒野に立っていた。

 そして、『最後の試し』として巨大な人型の影と戦闘になった。

 

 巨大な影は、強かった。十二人がかりでも、その圧倒的な力に何度となく窮地に追い込まれた。

 

「これにて最後の試しを終了する。起動者よ、心せよ。これなるは巨いなる力の欠片。世界を呑み込む焔にして顎なり」

 

 どうにか撃退した後は、そんな声を最後に、気づけば旧校舎七階の入口に戻っていた。

 そして、来た時には開かなかった扉が勝手に開きだし、そこには巨大な灰色の人型の機械があった。

 

 色々と理解が追いつかない。

 だがしかし、今度落ち着いたらセリーヌさんが説明してくれると約束してくれた。

 あの機械人形のことも、ローエングリン城と旧校舎の不思議な現象、そして委員長の不思議な力のことも。

 

 ならば今、分からないことを考えても仕方がない。

 今はできることだけをやろう。

 あの巨大な影との戦いでは、学ぶべきことが多かった。

 

 ああいった大型の敵と戦う時は、やはり強力な一撃が必要になってくる。

 俺に磨くことが出来るのは、発勁と斬撃だけだ。

 発勁にはまだ改善の余地がある。斬撃も、老師の剣であればあの影も切り裂けていただろう。

 

 今までは素早い立ち回りを重視して技を磨いてきたが、これからは別の視点からも技を磨いておくべきだ。

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