桂馬とちひろと洋菓子店   作:猿野ただすみ

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月曜日中に間に合わなかった。


前編

ボクの名前は桂木桂馬。6月6日生まれの17歳。

得意科目は体育と音楽を除く教科の全て。

好きなものは女子。ただし3次元のリアル女子ではなく、2次元のゲーム女子だ。

リアル女子なんて出来の悪い連中、くそ食らえ!

理想世界のゲーム女子、バンザーイ!

 

……と、半年前のボクなら言ってただろう。

いや、今でもリアル女子がゲーム女子に敵うなど、考えてはいない。いないのだが…。

 

「ねー、桂木。さっきから、何黙り込んでんのさ」

 

小阪ちひろ。ボクの、彼女だ。

全く、ゲーム世界で「落とし神」と言われたこのボクが、なんでリアル女中のリアル女であるちひろと付き合う羽目になったんだ!

……言っておくが、ちひろが嫌いなわけじゃない。とある女性の言葉を借りるなら、「ボクがリアルで、初めて本気で好きになった相手」なんだから。

ただボクは、ギャルゲーさえしてれば幸せだったはずなのに、今は現実(リアル)で本気の恋愛をしていることに対して、やるせない気持ちになっているだけだ。

 

「ちょっと、桂木ってば」

「ああ、すまない。少し、リアルの理不尽さについて考えてただけだ」

「ゲームしながら? ってか、それって私のこと?」

 

ちひろは少し腰を屈め、上目遣いに少し拗ねた表情で見つめる。

これが歩美辺りだと、結構本気で聞いてきたりするところだが、ちひろ相手だと全く読めない。もちろん本気の時もあるだろうし、ふざけてる時もある。本気半分冗談半分、なんて時もあるだろう。これらが同確率で存在してるのだから、まるでシュレディンガーの猫だ。

だが今回は、どの可能性でも無難に回避できる自信がある。

 

「安心しろ。ちひろを理不尽だなんて思っちゃいない。ただ、リアルを受け入れてるボク自身が理不尽だと思ってるだけさ」

 

そう。ちひろの推測自体が、間違ってただけなんだから。

 

「うーん。リア充が理不尽だってのも結構ショックだけど、今までゲームの世界に生きてた桂木じゃあ仕方ない、のか?」

「まあ、今は現実を見限ったりはしないから、しばらくはそれで手を打ってくれ」

「んー、ま、しゃーないか」

 

ちひろは、渋々といった感じで納得してくれた。

 

 

 

 

 

そう言えば、今の状況をまだ説明していなかったな。

ボクたちは今、下校の途中である。所謂、下校イベントの真っ最中だ。ザ・リアル女のちひろに、どの程度の効果があるのかは判らないが。

それでも最近は、こういった機会は増えている。大体はちひろたち軽音部の練習が無い日だが。

会話だって、ちひろがとりとめの無い話をしてボクがそれを黙って聞いてる、ということの繰り返しだ。ハッキリ言って、生産性なんて全くと言っていいほど有りゃしない。

だけど。最近は、そんなのも悪くないと思い始めている自分がいる。……全く、リアルのくせに生意気だ。

 

「あっ、そうだ。こないだの賭け、憶えてる!?」

 

ちひろが思い出したかのように尋ねてくる。いや、ちひろのことだから、ホントに今思い出したのかもしれない。

 

「賭け? 何の事だ?」

「ちょっと、忘れたっての!? 私が学年末テストで…!」

「冗談だ」

 

ちょっとからかうとすぐに食いつく。こういう所は、他の攻略女子と変わらないんだけどなぁ。

 

「お前がどれか1教科でも満点を取ったら1日スイーツ巡りデート、国語、数学、英語の3教科の平均が85点以上だったらデゼニーシーでデートだったな」

「お、おう。その通りだー!」

 

ハッキリ言ってご褒美としても、かなり破格の条件だ。だがこれは、ちひろにやる気を出させるためにボクが仕組んだものだ。

以前、英語のテストで100点を取るために、ちひろ、歩美、エルシィ…、多分記憶が改竄されて、えりということになっていると思うが、その3人と勉強会をしたことがある。

その時、ちひろと歩美は見事に100点を取っていたが、それをするにはボクの書いた問題文の予想を完全に丸暗記し、更にボクが教えたポイントをきっちり憶えないといけない。

つまりそれが出来たということは、勉強のやり方次第では、いい点が取れるだけのスペックがあるはずなのだ、ちひろには。そして。

 

「じゃーん! ちょっと変則だけど、満点取ったぞ!

文句は無いよね?」

「ああ。ボクの出した条件は満たしてるからな」

 

ちひろが出したテスト用紙。それは5()0()()()()()()()()のテスト用紙で、赤く50と記されていた。

 

「あーあ、3教科もあとちょっとだったのになー」

 

3教科は小数点以下切り捨てで、平均83点。確かに惜しいが、約束は約束だ。

 

「ちひろ、残念だが…」

「ま、しゃーないか。デゼニーシーはまたの機会って事で!

……ん? 桂木、どうしたん?」

 

だから、せっかくのイベントを潰すんじゃない!

……いや、今更コイツの仕様に難癖つけても仕方がない。

 

「いや、ちひろが納得しているならそれでいい。

それじゃあ今度の日曜日、9時に舞島駅北口前でいいか?」

「え、ああ、うん。わかった…」

 

今度は急にしおらしくなる。ホントに、押しが強いのか弱いのか、ハッキリしないヤツだ。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

日曜日の午前8時30分。私、小阪ちひろは、約束の時間の30分前に舞島駅の北口へやって来た。

普段から「個性がない」だの「いいかげん」だの言われてるけど、さすがにデートで相手を待たせるほど非常識じゃない。ないんだけど。

 

「あ、ちひろ」

「えっ、桂木!?」

 

まさか、おんなじタイミングでやって来るとは思わんかった。桂木の表情からすると、どうやらそれは、向こうも同じだったみたいだ。

 

「お前にしては、早い到着だな?」

 

おいこら、ずいぶんと失礼だな。いや、普段の私が原因なのは、わかってんだけどさ。でも、言われっぱなしは気に食わん。

 

「私だってこういう時は、気を遣って早く来るってもんさ」

「そういうもんか?」

「そういうもんなの」

 

まったく、私をなんだと思ってんだ。

 

「……よし、それじゃあ少し早いが、行くか?」

「いや、それよか先に、言うことがあるっしょ?」

「ん? 何かあるか?」

 

何かって、この男は!

 

「私のこの格好を見て、なんも思わんのか?」

 

ハッキリ言おう。今日の私は、しっかりとめかし込んできてる。さすがにまだ寒いから上に一枚羽織ってるけど、それでもいつもより、おしゃれな格好してんのはわかるはずだ。

 

「……そういや、いつもと雰囲気が違うな?」

 

わかんなかったのか、こいつは。

 

「ちょっとぉ。初めてまともなデートするんだからさ、少しくらい気を利かせてくれたっていいじゃんか」

 

私だって女の子だ。こういう時は、ふつーに褒められたいってもんだ。

すると桂木は、首を傾げる。

 

「初めてか? 舞校祭の前夜祭にもデートしただろ?」

 

……ほぉ?

 

「桂木はあれを、真っ当なデートと言うんだ?」

「……すまん。確かにあれはない。心から謝る。すまなかった!」

 

どうやら自分が仕出かしたことを思い出したようだ。

前夜祭のデート。そこで桂木は、私のことをこっぴどく振っているのだ。

結局あれは、歩美の中の女神を復活させるために、私が邪魔だったって事らしいけど、桂木はそこんところを未だもって説明してくんない。多分、厄介事に私を巻き込みたくないんだろうってのはわかるんだけど、私としては出来る範囲で、もっと桂木の支えになってあげたい。

……きっと桂木は、そんなこと望んでないんだろうけど。

 

「……ちひろ?」

「ん、何でもない。さ、行こ!」

「あ、ああ…」

 

私は桂木の手を引き、歩き出した。

 

 

 

 

 

最初にやって来たのは、パーラーグリム。そこで食べたのは、歩美推薦の舞浜ロールだ。

ふんわりとしたスポンジ生地で、しっかりと泡立てた生クリームを巻いてあるんだけど、とっても舌触りが良くって、しかも甘めに仕上げてあるのがストレートティーによく合ってる。歩美が勧めるのも納得だ。

ちなみに桂木は、ストレートティーだけ飲んでる。甘いものが苦手なら、こんな条件出さなきゃいいのに。

 

 

 

 

 

口直しにコンビニの豚まん食べて、電車に乗って鳴沢市へ。ラ・ネージュのザッハトルテがまた、濃厚で美味しい。なんか桂木が、

 

「なんでラ・ネージュでザッハトルテなんだよ!

ラ・ネージュはフランス語で、ザッハトルテはオーストリアのお菓子だろ!?」

 

なんて言ってるけど、美味しきゃなんでもいーじゃん。

さらに私は、間々(あいだあいだ)に豚まんを挟みながら、シャーウッドのプレミアムバウムクーヘン、ラ・ビ・アン・ローズのミルフィーユ、洋菓子なるさわの苺ショートなんかを食べた。どれもこれも、とても美味しい! ……んだけど。

 

「うっぷ…」

 

かなりお腹にきた。

 

「おかしい。いつもなら、もっといけるのに…」

 

そう呟くと、桂木が呆れた表情で私に言った。

 

「どう考えても、肉まんが原因だろ?」

 

豚まんが原因?

 

「何言ってんの? 豚まんなんておやつじゃんか」

 

私が言い返すと、桂木は深くため息をつく。

 

「言っとくが、中華饅頭は主食に位置するからな?

考えてもみろ。皮はパン生地を蒸したものだし、中身は豚挽き肉を味付けしたものだ。どう考えても、惣菜パンのカテゴリーに入るじゃないか」

 

……言われてみたら、確かに。

 

「でも、それじゃあなんで、注意してくんなかったのさ」

「いや、ちひろがどれだけ食べられるのか、純粋に興味があった」

 

何それ! ゲーム以外の興味が、私の食欲ってか?

ようし、そんな桂木には…。

 

「なっ、ちひろ!?」

「ほーれ、抱きつきの刑じゃあ!」

 

私は思いっきり抱きついてやった。桂木ってば、顔を真っ赤にしてアタフタしてる。エリーからの情報通り、桂木は攻めには弱いみたいだ。ようし、これからも時々からかってやろう!

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

ちひろは先程から、顔を真っ赤にして俯きながら歩いている。街中で異性に抱きついてるのに気がついて、急に恥ずかしくなったらしい。

 

「……まったく。後先考えず、勢い任せで行動するからだぞ」

だって、桂木があんなこと言うから…

「……まあ、確かにデリカシーのない発言だったことは認める」

 

ボクは、人の心はわからないが、あれがデリカシーのないものだった事くらいはわかる。

……他人からすれば、さっきのあれは、古い言葉で言うところのバカップルというヤツに見えるんだろうな。いや、実際バカップルなのかも知れない。ううむ、自分のことなのに、よくわからん。

まあ、いい。とにかく、今はちひろの事だ。

 

「ちひろ。どうせしばらくは、スイーツなんて入らないだろ? だったら、ここから少し電車に乗って、別の街のお店に行ってみないか?」

「別の街? てか、桂木がスイーツのお店を?」

 

ちひろが意外なものを見る目でボクを見る。まあ、ボクらしくないのは自覚している。ちひろの反応も、当然のものだろう。

 

「知ってると言っても、偶々変わったところに店を出してるのを知っただけだ。通り過ぎただけで、立ち寄ったわけじゃない」

 

ハッキリ言って、たった今思い出したくらいだ。

 

「ふうん、変わった場所かぁ。……よし、行ってみよー!」

 

即断だな。ま、ノリで行動するのが、ちひろらしいが。

 

 

 

 

 

しばらく電車に揺られ、さらに隣の南雲(なぐも)市に入る。そこから数駅行った「南雲駅」で下車した。

 

「ちひろ、ここからバスで10分程だ」

「うん、それは構わないんだけど。なんで桂木はこんなとこに? ゲーム関連以外じゃ、フットワークが()()のに」

 

もっともな疑問だ。が。

 

「ゲーム関連以外って、なんでそんなことまで知ってんだ?」

「エリーから聞いた」

 

あのバグ(まい)が!

……ちっ、まあいい。

 

「……ちひろは、ハクアを覚えてるか?」

「えーと、舞校祭の時に、桂木と一緒に歩美の中の女神を復活させようとしてた人、ってか、悪魔だっけか?」

 

やっぱり、あの時の記憶は消去されてないんだな。まあ、駆け魂狩りじゃなかったし、ボクたち以外、ちひろが一緒に行動してたことを知ってる奴も、いなかったんだろう。

 

「そのハクアが人間のセカイで、どんな人物の家に厄介になってたのか、気になってつけたことがある」

 

正確には、ハクアの協力者(バディー)、丸井雪枝さんも一緒だったが。

 

「それ、ストーカー…」

「断じて違う!」

 

確かにそう思われても仕方がない行為だが、ボクはただ、ボク以外の協力者(バディー)がどんな人物か知りたかっただけだ。……ボクが協力者(バディー)だったことを、話す気もないが。

 

「とにかくだ。ハクアがこの駅に降りて、ボクは尾行を続けたってわけだ」

「ちょいと待った。ハクア、さんは、あの鎌持って電車に乗ったワケ!?

そもそも、あの人なら、飛んでった方が楽なんじゃないの!?」

 

ほう? 中々の着眼点だな。ちひろも、思ったよりやるじゃないか。

 

「きっと錯覚魔法だか何かで、周りに見えないようにしてたんだろう。おそらくだが」

「そーいや、私たちも姿消してたもんね」

 

思い出したように言うちひろに、ボクは頷き話を続ける。

 

「あと、あいつは勤勉だから、人間のセカイの勉強のために、電車を使ったんじゃないか? これに関しては、完全に推測でしかないがな」

「なるほどー」

 

雪枝さんのことを伏せ、それらしい説明をしたら、ちひろはあっさりと信じた。

……ちなみにナイショだが、例のお店を見つけたのは、ハクアと別れて帰るときに、道を間違えたのが切っ掛けだ。ふん! 神にだって間違いはあるものさ!

 

 

 

 

 

バスを降り、右手に海を望んだ一般道の上り坂を数分歩いていくと、下りに差しかかると同時に海は途切れ、代わりに丘の上へと続く脇道が現れる。その入り口には、【菜花(なのは)洋菓子店】と書かれた木の看板が立てられていた。

 

「なるほど。こりゃあ確かに変わった場所だ」

 

ちひろは納得して頷く。

一般道は歩道のない坂道で、人通りは少ない。さらにそこから脇道を上っていった先に、その店はあるのだ。

隠れ家的、と言えば聞こえはいいが、ハッキリ言って辺鄙(へんぴ)な場所と言った方がいい。

ボクたちだって、ちょっとした気まぐれを起こさなければ、こんな所に来ることはなかっただろう。……そもそも、ボク一人なら来る気もないが。

ついでに言うと、道を挟んで反対側には和菓子屋があり、こちらは一般道に面しているためか、非常に繁盛している。

 

「あれ? ここって和菓子しらかわ?」

「なんだ? 有名なのか?」

「雑誌やテレビでも紹介されてる有名店だよ。南雲市にあるのは知ってたけど、ここだったんだ」

「ふーん」

 

我ながら気のない返事を返す。甘い物が苦手なボクには、まるっきり縁の無いセカイだからな。

 

「……桂木」

「あー、わかったわかった。帰りに寄るか」

「サンキュー、桂木!」

 

なるほど。甘い物好きの女子なら、こういう状況(シチュエーション)で似たような反応をするが、それはちひろも例外ではないんだな。

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