桂馬とちひろと洋菓子店   作:猿野ただすみ

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やっぱり月曜日に投稿出来なかった。


後編

脇道を登っていくと、一軒の家が見える。何となく天才無免許医が住んでいそうだが、それは多分、木造建築ですぐ先が海、という立地条件のせいだろう。

……ん?

 

「幸子さん、今日はかけっこ勝負しよー」

 

小学校低学年くらいの子供が、ニワトリと戯れてる。と、その子供がボクたちの事に気がつき、家の方に走っていく。

 

「せーじ君、お客さんだよぉ」

「ええっ!?」

 

その先にはメガネをかけた、ボクたちと同じくらいの年齢の男がいた。何だかものすごく驚いているが…?

 

「い、いらっしゃいませ!」

 

そう言って家の中へ駆け込み。

 

「兄さん、大夢(タイム)兄さーん! 2週間ぶりのお客さんですよぉ!」

 

…………。

 

「ねー、桂木。このお店、大丈夫なん?」

「知らん」

 

さすがにこれは、少しばかり不安になるな。とはいえ、せっかく来たんだ。それに「しらかわ」にも寄るから、ここがダメでも問題はないだろう。

ボクたちは、この家、いや、お店「菜花洋菓子店」へと足を踏み入れた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

お店に入ると、正面には商品ケースがある。ま、一般的なお店と同じだね。そこには、……え?

ケースの上に袋入りのクッキーが置いてあるほかは、スイーツが一種類置かれているだけ?

 

「ここのパティシエはやる気がないのか…?」

 

桂木が呟くように言ったけど、私も同感だ。

ええと、スイーツの名前は…、シブースト。値段は、……って。

 

「なんじゃコリャー!?」

 

思わず大きな声で叫んでしまった。でも、これは仕方がないと思う。

シブースト1ピース、9,000円。なんだ、このぼったくり。

……いや、ちょっと待てよ? そういや、噂で聞いたことがあるぞ。ひとつ七万円のクレームブリュレ。

あれっててっきり、なんかの冗談か都市伝説だとばかり思ってたけど、もしかしてこのお店のことだったのか?

 

ガチャリ

 

扉の開く音がして、さっきの男子に背中を圧されながら、目つきの悪い、背の高い男の人が現れた。

 

「あー、らっしゃいませー」

 

こいつ、やる気ねー。しかもくわえタバコ! 衣装からするとこの人がパティシエらしいけど、これはハズレかなー?

 

「ちょっと兄さん、真面目にやってください! 」

「えー、ボクは作るのが専門ですよ。接客は正路(セージ)君の仕事でしょう?」

「兄さんが真面目にやってくれれば、口出しなんかしませんよ!」

 

あー、なんてーか、苦労してそうだなー。

 

「おい、ちょっと聞くが」

 

おお、さすが桂木。空気も読まずに口を出した。

 

「このケーキ、パイか? 1ピース9,000円って、妥当な値段なのか?」

「そんなわけ、あるかー!!」

 

桂木、マジで言ってんのか!? 確かに1ピース数千円するような高級スイーツもあるけど。でも、言っちゃあなんだが、こういうお店で、そんな高級スイーツ出すとは到底思えない。

 

「あーーっ、兄さん! いつの間に(ゼロ)、書き加えたんですかーーー!!」

 

あー、やっぱり。つまりホントは900円だったわけだ。

 

「何言ってるんですか。お菓子作りの諸経費はもちろんのこと、我が家の光熱費や食費、衣類などを含めた生活費、それに正路(セージ)君、ぱせり君の学費を含めたら、あの額では到底やり繰りできませんよ?」

「だから、その分お菓子を作ってって言ってるじゃないですかっ!」

 

……何だか弟君が哀れに思えてきた。とはいえ、いくら奢りとはいえ、さすがに()()を買ってもらおうとは思わんが。

 

「……なるほど、そういう考え方もあるのか」

「桂木!?」

「お客さん!?」

 

ちょっと、ゲームのやり過ぎでおかしくなった!?

……あ、いや。もともとおかしいとこはあったか。

 

「言っとくが、別に商売として正しいって言ってるわけじゃない。ウチもカフェをやってるしな。

だが、もしそれでも需要があるんなら、そういう商売も成り立つっていう話だ」

「あー、まーそりゃそうだけどさー」

 

でも、どう見ても成り立ってないよね?

 

「おや、お客さん。わかってますねー。お一つ如何ですか?」

「アッハッハ、まあ、ボクには釣り合ってないけどな」

「ハッハッハ、価値観は人それぞれですからねぇ」

「「ハハハハハ…」」

 

うわー、狐と狸ならぬ、神と悪魔の化かし合いだぁ。

 

「か、桂木ぃ。もういいから、帰ろ」

「まあ待て、ちひろ。

セージって言ったか? この法外な値段は無視するとして、これの価値はどれ位するんだ?」

「え…、そ、そうですね。このサイズだと、相場は大体6~700え…」

「そうじゃない」

 

え、桂木?

 

「ボクが聞いてるのは、この職人が作ったこのパイに、どれだけの価値があるか、だ!」

 

桂木の説明を聞いた瞬間、弟君の表情がとても真剣なものになった。

 

「兄さんが作ったシブーストなら、1,000円…、いや、1,200円です!」

 

彼は、本気でそう思ってるんだろう。だって、今、とてもキラキラしてるから。

 

「なら、その値段で二人分貰おう。ここで頂いてくから、ソフトドリンクのメニューも頼む」

「えっ、ホントにいいんですか!?」

 

私も思う。ホントにいいの? そもそも、甘い物苦手なクセに。

 

「それが、そのシブーストの価値なんだろう? なら、それ相応の額を支払うさ。あと、それほどの価値を付けられたシブーストに、ボクも興味が湧いたからな」

 

そう言って桂木は、そそくさとイートインコーナーへと歩いてった。……ひょっとして、照れてんのかなぁ?

 

 

 

 

 

二人そろってストレートティーを頼んでしばらくすると、弟君、いや、いい加減セージ君と呼ぼう。ともかく彼が、シブーストと紅茶を持ってきた。

 

「どうぞごゆっくり」

 

そう言ってセージ君は戻っていく。

さて、ではさっそく。

私はシブーストにフォークを入れる。すると表面がパリッと割れる音がする。

 

「ふーん。確かキャラメリゼって言ったっけ」

 

桂木、甘い物が苦手なクセに、そういうのは詳しいのな。……まあ、いいや。

切り取った部分にフォークを刺して、私は口へと運ぶ。……って。

 

「お、美味しいーっ!?」

「ほう。これはなかなか…。確かに甘いのに、甘い物が苦手なボクでも問題なく食べられる」

「し、信じらんない! あんなタバコ吹かしてるよーな人が、桂木でも食べられるような美味しいスイーツを作れるなんてっ!!」

「……おまえは相変わらず口が悪いな。いや、いつもよりは抑えてるのか?」

 

悪かったですね。どーせ私は、口の悪い女ですよっ。……って言うか、桂木も充分口が悪いと思うけどね。

 

「まあ、それは置いとくとして、あのパティシエが吸ってるのはタバコじゃないぞ?」

「えっ、そうなん?」

 

いや、どー見てもタバコなんだけど。

 

「タバコにもいろんな香りがあるらしいが、アレには特有の(ヤニ)臭さがないからな。むしろ…」

「むしろ?」

「……いや、何でもない」

 

なんだろ。ちょっと歯切れが悪いような?

 

 

 

 

 

あー、美味しかった。スイーツもそうだけど、紅茶も、香りはもちろん渋みもスイーツの味を引き立ててる。

建物の古臭さも、掃除が行き届いてるお陰でむしろオシャレな感じだし、海が近くて波の音が心地良い。

そして従業員のセージ君も人当たりがとっても良い。

うん。パティシエ以外はサイコーだね!

 

「ねー、桂木。またこのお店に連れて来てよ」

 

私のお願いに、桂木は。

 

いやだベンベン!

 

なんて言いやがった。なんだ、ベンベンって!

 

「ちひろ。まさか同じ条件で連れて来てもらおうとか、思ってないだろうな?」

「えっ、まままさかぁ!」

 

バ、バレてた。

 

「普通のスイーツデートなら、まあ、同じ条件で考えてやってもいい。だが、舞島から南雲じゃ、ちょっと遠いからな。次回もボクの好意で連れて来てもらえるなんて、思うなよ?」

 

うう、返す返すもその通りで。でも、だからって、私ひとりじゃそれこそ遠いし、良くも悪くも桂木との思い出のお店になったのに、歩美を誘うのは私も嫌だし歩美も気まずいと思う。

ううむ、それじゃあ…。

 

「そんだったら、桂木が私のことを素直に褒めたいって思ったとき、ご褒美としてここに連れて来てよ」

 

これでどうだ!?

 

「なるほど、そう来るか」

 

桂木は、感心した様子で私を見てる。

 

「そうだな。それこそこの間の賭けみたいな、ボクが提示した条件を除外するんなら、それで別に構わない」

 

そして不敵な笑みを浮かべて。

 

「だがそれは、ちひろがボクを攻略するのと変わらないんだぞ?

ボクは、感心する事はあっても、心から褒めることは無い、……とは言わないが、滅多に無いからな。難易度はMAXだと、心してかかって来いよ?」

 

しまった。桂木のゲーマー魂に火をつけてしまった。

……でも、まあ、これはこれで楽しいかもしんない。私が今、真剣に取り組んでるのはバンドだけど、好きな人と真剣に取り組める事があるってのは、また、別の楽しさがあると思うし。

……って、好きな人! うわっ、改めてそんなこと考えたら、めっちゃ恥ずかしくなってきたっ!

 

「……どうした、ちひろ?」

「な、何でもない!

それよか、その勝負受けてやろーじゃんか!」

 

誤魔化すように言ったけど、そう思ったのはホントのことだ。

 

「そうか。それじゃあ期待しないで待つとしよう」

 

尊大な態度で返してきたけど、少し楽しそうに見えるのは、私の思い上がりかな?

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

ボクが精算を済ませていると、あのパティシエ、タイムとか言ったか? ソイツがこっちを見ているのに気がついた。

 

「なんか用か?」

「いえ、相場よりも高い金額を出してまで、ウチのお菓子を食べていく変わり者に、少し興味を持っただけですよ」

 

高いって理解してたのか。しかしまあ、確かに興味を持つには充分な理由だな。

 

「そうだな。ゲームではお前みたいなクセの強いキャラは、実はとんでもない設定があったりするものだ。特に専門職に就いてるヤツは、見た目に反して、ものすごい才能の持ち主というのが定番だな」

「またゲームかよ!」

 

ちひろが突っ込むが、ボクにはこのやり方しか知らない。第一。

 

「だが、間違ってなかっただろ?」

 

セージが嬉しそうに頷いている。

 

「それで、ボクも聞きたいことがある。

お前は確かに、スイーツを作り販売している。だがそれに反して、提供しているようには見えない。それはどうしてなんだ?」

 

スイーツを一品、お持ち帰り用のクッキーを含めても二品しか出していない上、法外な値段をつけているって事は、元々売る気が無いとしか思えない。だが、一切手を抜いていないのは、このボクにでも、いや、甘い物が苦手なボクだからこそわかる。

 

「ボクのお菓子を食べてもらいたいのは、セージ君とぱせり君だけです。販売してるのは、そのついでですよ」

「なんですか、それはーーー! それじゃあボクたちは干上がっちゃいますよーー!?」

「だからその分値段を」

「それで売れなきゃ、意味ないじゃないですかっ!」

 

うむ。やっぱりリアルは(まま)ならないな。

 

 

 

 

 

お店をあとにして階段を下っていると、ちひろがボクに話しかけてきた。

 

「ねえ、桂木。さっきのって何?」

「さっきの? 何の事だ?」

 

ホントに心当たりは無いが…。

 

「タバコの話。途中ではぐらかしたでしょ?」

 

ああ、あれか。まあ、少しあからさまだったかもな。

 

「……ちひろ。他人(ひと)には言いふらすなよ?」

「え…、う、うん。わかった」

 

一瞬戸惑ったようだが、やっぱり好奇心が勝ったようだ。

 

「あのタバコみたいなものからは、(こう)、……と言うか、線香のような匂いがした」

「線香!? そりゃ、あんな場所じゃ言えんわな」

 

まあ、そうだな。とは言っても、別に縁起が悪いとか、そういう意味で言わなかったわけじゃない。それがあの家族の秘密である可能性があったからだ。

そうだった場合、あそこでそんなこと言ったら、最悪バッドエンドへ一直線! なんてこともありえる。

 

「実はあのタイムって人、幽霊だったりして。でもって、あのタバコもどきを吸ってれば実体化できるとか」

 

……なんだって?

 

「……なーんて、そんなこと言ったら、さすがに失礼だね」

 

などと軽い口調で自ら否定しているが。……これ、充分にありえるんじゃないのか?

春日楠。駆け魂を捕まえるために、ボクが五番目に攻略した女子。彼女は武闘家としての道を進むため、女としての自分を圧し殺していた。それが心のスキマとなって駆け魂が入り込み、楠の女の部分が分離する。

楠が投げ捨てようとした猫を救ったり、ボクの攻略が佳境に入ったときには、本体である武闘家の楠と、分身である女としての楠が拳を交えていた。つまり実体化していたということだ。

また、楠の姉である春日檜。彼女もまた、駆け魂の持ち主だったが、楠の時よりもさらに酷い。妹に対して大きな自分を見せたかった檜は、駆け魂の気で大きな姿を作り上げていた。

そして何かが切っ掛けとなって、その気は実体化し、周りの人間にも見えるようになり、また、物理干渉が出来るようになったんだ。

こんな前例があるんなら、人為的に霊を実体化することも出来るのではないか。もちろん、生半可なことではないが、可能性なら充分にあるだろう。

それにこの推測が正しいのなら、あのパティシエ、タイムがスイーツを売る気が無いのも納得できる。幽霊がやってる店を、有名にするわけにはいかないからだ。

今の世の中、どこから秘密が漏れるかわかったものでは無いのだから。

 

「どーしたん、桂木。難しい顔して」

「……いや、よくそんなトンデモ話、思い浮かぶもんだと思ってな」

「なんだとー!?」

 

ちひろには、この話はしないことにした。結局これは、推測の話でしかない。

シュレディンガーの猫は、確認しなければどの可能性も等しく存在し、確認した瞬間に他の可能性は消失するという量子力学の考えだ。だが、海外にはこんなことわざもある。

好奇心は猫を殺す。

自らの好奇心のために、自分の未来の可能性を消失させたら、あまりにも馬鹿馬鹿しい。

ボクにもリアルで好きな人が出来た。そしてこれからも、ボクにとって予想外のことが起きるだろう。良いことも、悪いことも。それは煩わしくもあるが、きっとやり甲斐のあるゲームに違いない。

 

「桂木。しらかわが見えたよ」

 

ボクには、危険なスリルは必要ない。ただ、何を仕出かすかわからない、びっくり箱のような彼女が紡ぎ出すスリルで充分だ。

 

「あ、ねえ、桂木。さっきの勝負だけど、菜花洋菓子店としらかわのセットに変えてもいいかな?」

「別に構わないぞ。精々頑張れよ」

「おう!」

 

ボクは、そう思わせてくれる、ちひろが好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

「え…」

「お前は」

「あ、桂木!? あと、オマエは確か、ちひろ!?」

 

しらかわに並ぶ列に、ハクアがいた。

 

「ちょっとオマエたち。南雲市(こんなとこ)で何してんのよ!?」

「えっ、あの、桂木とデート…」

「デ、デート!? ……へー、ほー、ふぅん?」

 

なぜか蔑むような、怒りの隠った眼差しでボクを見つめるハクア。

 

「ハクアこそ、なんでしらかわ(ここ)にいる。お前に和菓子のイメージは無いんだが」

「ああ、ゆき…、私のバディーには世話になったからね。お礼に買いに来たのよ」

 

ゆき…、雪枝さんか。しかし、少し気になる言葉が出てきたな。

 

「世話に()()()?」

「桂木。ヴィンテージ、そしてサテュロスと繋がってた駆け魂隊も、いよいよ解体されて新しい組織へ移行するのよ。

私も当然再編されるから、地獄に戻らなきゃならないって訳」

 

そうか。地獄ではそんなことになってたのか。

 

「それじゃあボクたちが会うのも、これが最後かもしれないな」

「ええ、そうね。……桂木、色々とありがとう」

「ああ、どういたしまして」

 

ハクアが差し出した右手を、ボクは強く握り返し(ねぎら)った。

 

 

 

 

 

「ちょっと、なんでオマエたちまで並んでるのよ!」

「ボクたちは元々、しらかわに寄るつもりだったからな」

「うん」

「これじゃあさっきの別れの挨拶が、台無しじゃないのよ!」

 

ハクアの叫びが、空へいっぱいに広がった。




今回の話は、若木先生の新連載記念に書いたのですが、前書きにも書いたとおり、月曜日に投稿出来ず。しかも前後編。
ハクアはオチ要員にしてしまいましたが、これもまた良し(オイ!)。
なのはは、1話目のあと、2話目の前、という想定です。
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