あしたのSchool Days (あしたのジョー×School Days)   作:ラバダブ

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1章 ミッドナイトウォーク

「なに~? 社会勉強のためにこれからはジムの手伝いをしたいだ~?」

 

丹下会長は継ぎ接ぎだらけのサンドバックを縫うのを止めてすっとんきょんな声をだした。

 

私は学校が終わると急ぎ足で真っ直ぐジムに向かい、丹下会長に2つのお願いをしようと。1つはジムの手伝いをさせて欲しいと切り出した。

 

「はい。決してお邪魔になるようなことはしません。暫くの間で良いです。掃除でも洗濯でもなんでもさせてください」

 

「いや~そうは言われてもよ~。見ての通り男2人だけのむさ苦しい、ワシが言うのもなんだが落ち目のジムで社会勉強って言われても」

 

丹下会長に深々と頭を下げる私に困ったように頭を掻き始め、あまり良くない反応をしている。

 

それはそうだろう。大切な試合を控えているのに社会勉強の為とはいえ、責任が伴う頼み事をされては困る筈。

 

けれどそれは百も承知の上での頼み。

 

建前では社会勉強、本当の目的は矢吹さんの事をもっとよく知りたい。近くで見ていたい。

 

誰が聴いても不純な動機だと言われてしまうだろう。。

 

あまり良くない空気が2人の間に静かにゆっくりと回っているのが分かる。

 

頭の中に〝駄目〟その文字二文字が浮かんだが直ぐに掻き消した。引く気は毛頭なかった。

 

これ以上遠くに行かれたらもう追い付けない。

 

厳しい顔をしてどう断ろうか思案している会長にその時。

 

「良いじゃねえかおっつぁんよ。勤勉な学生におっつぁんの敏腕コーチングとマネージメントって奴を勉強させてやんなよ」

 

パンチングボールをリズムよく叩いていた矢吹さんが私達2人の話を聴いていたようでおちゃらけた声で言った。

 

「お、おいジョー」

 

困惑した丹下会長に意にも返さず、矢吹さんは練習の手を止めずに続けて喋る。

 

「それによ西もいなくなって、寂しいだのなんだのとおっつぁんも言ってたじゃねえか」

 

丹下会長の事を冗談混じりで言うと、会長は照れと恥ずかしさが込み上げてきたのかみるみる内に顔が赤くなっていく。

 

「あ、アホ抜かせ! 誰がそんなこと言った!」

 

丹下会長は怖い顔をしてはいるが、それとは裏腹に優しい人なんだろう。引退した西さんの事を気に掛けているのが分かる。

 

会長の怒鳴り声と同時にパンチングボールを止めて私の元に駆け寄り手を引っ張りだした。

 

「や、矢吹さん!?」

 

「へへぇほらロードワークの時間だ。桂も行くぞ」

 

悪戯っ子の笑みを浮かばせてジムから飛び出した。

 

ああ矢吹さんのこういう時の表情は狡すぎる。

胸が高鳴る。

 

外に出ると矢吹さんは軽く屈伸運動始めた。

ロードワークに付いていくといっても、私と矢吹さんの体力は天と地の差がある。同じペースで走れる筈がない。ましてやスカートで。

どうすれば良いのだろうと困っていると。「自転車位は乗れんだろ」

 

聴かれて頷くと、矢吹さんは指を示すと其処に自転車が壁に立て掛けれていた。

 

自転車に乗れということだろう。

 

「よぉーしいくぞ、遅れんな。着いてこいよ」

 

屈伸運動が終わると、軽やかに走り始めた。

 

「ま、待ってくださーい」

 

そして矢吹さんと私の本格的な交流が始まった。

 

早いペースで走り、置いていかれないように必死にペダルを漕ぐ。

 

その背中に着いていくだけだ精一杯。

暫く走っては一端止まり、私には見えない相手に拳を繰り出し、また走り出す。

 

これがプロの練習。

 

休むことのない、繰り返し行われる練習出来る体力に驚きを隠せなかった。

 

正直に言うと、もう足がつりそうな位身体が悲鳴を上げている。

 

「少しばかし休むか」

 

ロードワークが始まって20分くらいだろうか。

 

立ち止まってそう言ってくれた。

 

肩で息をする私を見かねてそう言ってくれたが、迷惑を掛けるわけにいかない。練習の邪魔をしてはいけない。

 

「だ、大丈夫です。私の事は気にしないで続けてください」

 

息も切れ切れで、傍目から見ても大丈夫には見えないけれどもそんな私に。

 

「へへ、良いんだよ無理すんな。今日はもうシャツ4枚取り替えたからな。それにしてもお前さんは見掛けによらず根性あるんだな」

 

「こんじょうですか?」

 

とても根性があるように見えないように見えない私にそう言ってくれた。

 

「ああ何時だか夢だかなんだか見つけたい、これからも来たいって言ってたよな」

 

「え…ええ」

 

憶えてくれてたんだ。小娘が言う戯言、忘れているだろうと思っていた。

 

「正直口だけだと思って、もう来ねぇだろうなと流してたがまさかほんとに来るとはな。案外根性あるよお前さんは」

 

褒められるとは想定しなかった私は嬉しさに飛び上がりそうだった。

 

少し認めてくれたんだろう。

 

ようやく遥か遠くにいた彼が見えた気がした。

 

矢吹さんにお礼をしようとした時。またあの口笛が聴こえた。

 

私を助けてくれた口笛、泣いている私を慰めてくれた口笛。

 

夕日に向かって、吹く口笛は矢吹さんの表情はジムにいた時の子供っぽい、悪戯っ子の笑みをしていたのとは対照的に儚げさと寂しさが入り交じった何とも言えない大人の雰囲気を醸し出している。

 

理屈抜きにその佇まい、その姿にまた胸が高まる。

 

何時までもその姿を見つめていたい。眼に焼き付けたい。

 

「さーて、そろそろ戻るか」

 

「は、はい!」

 

「へへ良い返事だ。それじゃあ行くぞ」

 

そのままジムに帰ると怒りが収まっていた丹下会長がいた。

 

「会長無理を言ってすいません」

「あぁなぁに。まぁ良いってことよ。じゃあこれからもよろしく頼む」

 

丹下会長は独特な笑い声を出してそう言った。

 

「それとはもう1つ会長にお願いがあります」

 

「あぁなんだ言ってみな」

 

もう1つのお願い。それは。

 

「今度の矢吹さんの試合に応援に行かせて下さい」

 

会長はキョトンとした顔をした後、大きな笑い声をだした。

 

「ははは! なんだそんな事か。神妙な顔をするから何事かと思ったわい。ああええぞ、応援はいくらあっても良いくらいじゃからな。ドヤ街のガキどもと一緒にくれば良かろう」

 

女が来る処じゃねぇと一喝すると思っていたが快く快諾してくれて、ホッと一安心。

 

「おいジョー。桂ちゃんを送っていかんか。年頃の娘さんを守るのもワシらの責任だからな」

 

「はい、はい。ほら行くぞ桂」

 

いつもの駅まで送ってくれて、そこで別れると電車の中で昨日色々読んだネットの記事が不意に浮かび上がった。

 

血に飢えた狼。…違う。断じて違う。

矢吹さんは血に飢えていない。だって矢吹さんは優しいもの。誰よりも。

 

矢吹さんは違う。何度も自分に言い聞かせて納得させていた。

 

それからは学校終わりにジムに通う日々が続いた。

 

掃除、洗濯、ロードワークの付き添い、子供達の勉強を見ていた。

 

そして日に日に丹下会長は次の試合の事で重い悩んでいるのか口数が少なくなっていく。

 

対象的に矢吹さんは「おっつぁんは心配性なんだよ。たかだがエキシビションなのによ。まぁいつものことさ」と試合の事はどこ吹く風と掴み所の無い飄々としていた。

 

それが逆に私の中に燻る不安を駆り立てていた。

 

そして試合当日の日が来た。

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