あしたのSchool Days (あしたのジョー×School Days) 作:ラバダブ
見るからに綺麗とは言えない家々。
木造で建てられた建物からは古臭くカビた臭いが漂い、中には側を通るだけで鼻を摘まみたくなるような異臭を放つ建物も有り、自然と歩く速度が早くなる。
しかし、其所に住む人たちに顔を向けると上部だけの感情の無い笑みでなく、印象深い温かい笑顔を向け、矢吹さんに話しかける。
「ジョー、次の試合は何時あるんだ? かかぁを質に入れてでも観に行くぞ」
「ジョー、一杯呑まねぇか。その可愛嬢ちゃんも一緒にどうだ」
「ジョー、また家の悪ガキが悪さしたんだよ、アンタからも言ってやってくれ。アンタなら言うこと聞くからさ」
矢吹さんが歩を進める度にその人達は気軽に矢吹さんにジョー、ジョーと口々に呼び、何気ない世間話しから子どもの悩みを言い、矢吹さんはそれに対して応える。
「次は1か月後だ応援頼むぜ、すまねえな旦那また今度な、へへぇ、女将さん悪戯は子どもの特権よ、大目にみてやんな」
お祭りのように活気づいた賑わいの声を聴いているうちに自然と私の顔も綻び、気がついたら歩く速度も自然とゆっくりとなっていた。
「楽しい人達ですね」
私は矢吹さんに話しかける。
「ああ、そうだな」
素っ気なく返された言い方だけれど、矢吹さんの顔は優しく、小さく含みのある、何か思い出しているのだろうか、慈しみのある笑みを浮かべている。
私はぼんやりとだが、分かったような気がした。
ここに住んでいる人達は生活は貧しくとも心は豊かに、損得の得よりも道徳の徳を選び、赤の他人の幸せを選ぶ。
だからあんなにも裏表の無い笑みが出来ることに。
街を出て私は1つ心に決める、またこの街に来ようと。
「なんだよ桂、嬉しそうな顔をして。なんか良いことでもあったのかよ」
「矢吹さんが人に優しいのはここで生まれ育ったからなんですね」
「優しい?俺がか?」
「ええとっても優しいです。会って間もない私にここまで良くしてくれて」
「まあ優しいかどうか分からねえけど。確かにここいらの連中はそうかもな。見も知らねえ俺を受け入れてくれたからな」
「見も知らない?矢吹さんは生まれはここではないんですか?」
「俺は生まれついての根なし草の風来坊って奴だ。どこで生まれたかも分からねえからな」
「…え?」
「聴いた話だとよ、生まれてばかりの赤ん坊が孤児院の前に捨てられていたらしくって。そいつは孤児院暮らしが嫌になって、全国津々浦々ふらついて、行き着いたのが台東区の泪橋って訳さ」
自分自身の事を話す矢吹さんはまるで他人事のように私に話してくれたが、ショックを受けて歩く足を止めてしまった。
「なんだよ。今度はなんて顔してんだ。俺は不幸だったなんて言ったか?自由気ままに旅して、そしてボクシングに出会ったんだ。これ程楽しい生活は中々出来ねぇぜ」
呆気らかんとした表情、矢吹さんはまたその場で空中に拳を放った。
「矢吹さんはボクシングが本当に好きなんですね」
「好きとは少し違うな。これは俺が生きる上で必要なもので…。俺が…、矢吹 丈であるためにする為の事さ」
「…私は」
「ん?」
「私は矢吹さんみたいに胸を張ってこれがやりたい。この先目指したいと言える物はありません。だから…」
そう、何故私が矢吹さんに惹かれているのが分かった。
矢吹さんの生き方が身体を熱くさせる。
「暫くの間、ジムに通いたいです。なにか、なにかを見つけられそうなんです。お願いします。ジムに通う許可を貰えませんか?お願いします」
頭を下げる私に困った顔をしているのがわかる。
「良くわかんねえけどよ。遊びに来るなら何時でも良いぜ。暫くは相手出来ねえけどな」
「あ、有難うございます!」
それから暫くして駅にたどり着き、 また家まで送ると矢吹さんは言ってくれたけれど、メールでお母さんが迎えに来てくれるから大丈夫ですと嘘を言い改札口で別れる。
試合を控えているのにこれ以上は迷惑は掛けられない、そう思って。
車窓から夜の街をボンヤリと眺めていると、軽く肩を2回叩かれ振り向くと同じ榊学園な制服を着ている女学生が驚いた顔をしている。
確か……三組の西園寺 世界さん。
合同授業の体育で見かける西園寺さんは活発で、楽しい話題で周りの人を盛り上げて、内気な私とは正反対の性格で私も西園寺さんみたいな性格なら良かったのにと何度も思ったことがある。
「やっぱり桂さんだ。こんな処で会うなんてスッゴい偶然だね〜」
西園寺さんはあまり関わりの無い私に気さくに話しかけてきてくれた。
「今、知り合……お友だちの家からの帰りなんです」
知り合いと言おうとした瞬間、咄嗟にお友だちと言い換えた。
そう、矢吹さんとはもう知り合いという関係にしたくない。
「へぇ〜そうなんだ〜。私も今同じ組の友達と遊んだ帰りなんだよね。でも桂さんが遅い時間まで遊ぶなんてちょっと以外」
「え、ええ少し話が弾んで」
「あ〜分かる、分かる。私もそろそろ帰ろう、帰ろうと思っても盛り上がると中々帰れなくなっちゃうんだよね」
西園寺さんはそのお友だち話し、勉強が難しくて涙目になったりと飽きさせない話題を次から次にし、私もこういう風に話せたら、もっと矢吹さんと楽しくなれるのに。
「でね……、桂さん?」
呆けていた私に、西園寺さんはどうしたのと言い、咄嗟に御免なさいと謝った。
「私も西園寺さんみたいに会話できたら良いなと思って」
いきなりの私のコトバに西園寺さんは困惑した表情を浮かべている。
「私口下手で、言いたいことも言えずに終わることが多いんです。西園寺さんみたいになれたら何でも言い合えるのに……」
「そ、そんな事無いよ!? 私も言えないことの方が多いよ」
西園寺さんの顔を見るとバツの悪い笑みで、頬をかいている。
「本当は正直に言いたいけど言ったら傷つくかもしれないと思うし、言ったら相手が気分悪くするんじゃないかって思ってわざとらしくお茶らけて盛り上げる事だってあるよ」
多分そういう人の方が多いんじゃないかなと西園寺さんは付け加え、不味い空気にしてしまいまた私は御免なさいとと謝ると西園寺さんは大丈夫、大丈夫と明るく言う。
もしかしたら矢吹さんもそうなのかなと考えたけれど、それはないと頭を振る。
矢吹さんが相手のご機嫌を伺う様な姿は想像ができない。
なんでもストレートに言える男の人だ。
「どうしたの桂さん? ニヤニヤしちゃって」
西園寺さんは悪戯なコトバで私に訊くと、カァっと顔が熱くなる。
「な、なんでもないです」
ふ〜んと意味深に西園寺さんは頷き、スカートのポケットから携帯を取り出した。
「桂さん、アドレス交換しない?」
言われて、私は慌ててポケットの中の携帯電話を取り出し、赤外線でアドレスを交換する。
「じゃあ今日にでもメールするね」
嬉しくなり、私もメールしますと思わず声を出して、周りの人に変な目で見られ恥ずかしくなり、西園寺さんと顔を見合せ笑い会う。
家の近くの駅で西園寺さんとは別れ、家まで歩くペースを上げて行く。
今日は吉日だな。
矢吹に話す話題がまた1つ出来たよ。
その日、西園寺さんから着たメールで初めて夜更かしをしてしまう。
私が浮かれている間に、いや知らない間に世間はある話題で盛り上がりを見せていた。
ベネズエラの太陽 カーロス・リベラ、エキシビジョンマッチの対戦相手喧嘩屋矢吹丈さんの話題に。
この時はまだ矢吹さん表の面しか見えておらず、その奥にある野性的の存在を思い知り、自分のこれから先の生き方を見つけられるとの甘い考えは、直ぐに砕けて、私のちっぽけで汚れた悲しみを知ることになるとは思いもしなかった。