あしたのSchool Days (あしたのジョー×School Days) 作:ラバダブ
彼女の存在感はジムに入った瞬間、室内の全てを支配していた。
今の今まではしゃいでいた子ども達も黙りこき、俯いて気まずそうに椅子に座った。
何事かと、子供達の顔に目を向けているとキノコ君が私の肘突っついて小さな声で「ジョー兄ぃの天敵でやんす」と耳打ちした。
天敵?
矢吹さんの天敵と確かに聴こえた。
「貴方はここら辺では見ない顔ね。初めまして」
「か…桂 言葉です…。この子達の…。えっと友達?…です。丹下会長は今用事で出掛けています」
咄嗟に言えたのはそれだけ。
「そう。よろしくね。矢吹君はいないようだけど練習かしら」
「は…はい。走りに行くと言っていたのでまだ戻ってこないと思います」
「そう。会長も矢吹君もいないようだし、今日は失礼します。今日はもう暗いし貴方も帰った方がいいわ。近くまで送って差し上げます」
外に車を止めているらしく、彼女は綺麗な黒髪を風に靡かせてジムを後にした。
時が止まった空間で、子ども達にまた勉強を教えますね。
精一杯の笑顔で言ったつもりだったが、子供達は何処か気まずそうにしていた。
あの余裕のある大人の言葉使いと、美貌。
なにより矢吹さんの事を矢吹君と呼んでいる彼女の事で頭が一杯であった。
〝ジョー兄ぃの天敵でやんす。〟
天敵と言うことはそれだけ関係も深い。
私の知らない矢吹さんの事を知っている。
子供達も知っていて、私だけが仲間外れにされている気がした。
土手にはドヤ街には浮いている高級な外国車に乗っている白木さんが乗っていた。
とても絵になる光景に私はそれだけで打ちのめされた気分になる。
「さぁ、乗って」
言われるがまま助手席に乗り、お互い口を開かない車のエンジン音だけがなる沈黙が続いた。
「貴方、ここら辺に住んでる人ではないわね」
「は、はい。少し前に矢吹さんと知り合ってそれからジムに遊びに行っています」
「そう…。ではまた顔を会わせることがあるかも知れないわね。私は白木ボクシングジムの会長。試合のプロモーターを勤めています。今度の矢吹君の試合もプロモートします。宜しく桂さん」
女性がボクシングジムの会長。
試合のプロモーター。
その肩書きだけで、一言こう思った。
敵わない。
矢吹さんの姿を見て、今後の自分の存方、熱くなれるものを見つけたい。
そう考えていた私は、今更ながら凄く子ども染みていたのに気づき、スケールの大きさに圧倒されてしまった。
聞きたいことは沢山あるけれどそれを聞けるほど私は口達者ではなく、これ程自分は子どもだと痛感するのは後にも先にも初めてだろうと思い知る。
重い気分を引きずりつつ気が付くと駅に着いていた。
ありがとうございます。
そう言うだけで精一杯。
「気を付けてね。それと」
サングラスを取って、綺麗な寂しい瞳で私に向けられて続けた言葉は、この先の人生で生涯忘れないだろう。
ー今後も矢吹君と会うのなら覚悟を決めた方がいいわ。
「……え? それはどういう…」
「いえなんでもないわ。気になさらないで。それともし記者になにか聞かれたら白木の名前を出しなさい。それとマネージメント…、社会勉強の為の見習いと言っておいた方がいいわ。記者には私からもそれとなく伝えておきます。それではお休みなさい」
聞き返すもまもなく、車を走らせ後には、たった1人残された私しか残っていない。
それは酷く、貴方はこの輪には入れないと言われたような気がして、身体の奥底に重く残ってる。
電車の中で彼女の名前を検索すると、1発でヒットした。
曰く白木財閥の令嬢にして、女性にしては異例のボクシング経営に携わり業界のトップに立っている。
大波のような後から後から出てくる情報をボンヤリと眺めるように見ていると、ある一文にキュッと心臓が締め付けられ、私だけが時が止まり周囲の喧騒が静寂に変わった。
〝白木ジム所属 力石 徹 試合に勝利するもライバル喧嘩屋ジョーに殺される!〟
〝減量苦と強打が招いた悲劇のテンプル!〟
〝矢吹 丈引退か 試合中に嘔吐〟
次から次に表示される批判的な情報が受け取れ着れずに視界が歪み、目眩が起きそうになった。
この事だったんだ。この事を言っていたんだ。
批判的な記事は読み流すことは出来ても、写真でみる試合最中の矢吹さんの嘔吐。
力石 徹という人に放ったテンプルで失わせてしまった矢吹さんの心はボロボロになっていたのだろう。
あの明るく、優しい矢吹さんそんな状態になっているとは思わずポツポツと涙が零れ落ちてしまう。
そして白木さんはこの中心にいたに違いない。
その日の夜。白木さんが寂しさ混じりに呟いたあの言葉が頭の中から離れず、リフレインし続け結局一睡も出来ずに朝方まで起きてしまった。
ー覚悟を決めた方がいいわ。
私は何時もと同じ様に会えるのだろうか。
結局覚悟は持てなかった。矢吹さんに付いていくという。
朝、学校の校門を潜るとすれ違う人は皆、私をみて驚いていた。よっぽど酷い顔をしていたのだろう。
「桂さーんおはよーってどうしたの?!顔色悪いよ!なにかあったの?!」
振り向く私の顔をみるなり、西園寺さんも他の人と同じリアクションをしていたが西園寺さんの明るい声に助けられたような、鬱屈していた気持ちが少しだけ落ち落ち和らいだ。
「おはようございます。西園寺さん」
「大丈夫桂さん? なにかあったの?」
相談に乗るよと言ってくれた西園寺さん。
その日の昼食も一緒に取ろうと約束してその場を後にしすると、友達が少ない私にとってはこれほど嬉しいことはない。
「それでどうしたの? 私で良ければ相談に乗るよ」
屋上でお弁当を食べつつ、訊いてくる西園寺さんには申し訳ないがどう答えて、どう説明すれればのかあぐねていると。
「もしかして、昨日話していた桂さんが気になる人の関係?」
小さく頷くと西園寺さんは眉間に手を当てた。
深く考えた後。
「もしかして振られた?」
「ち、違います!」
「ごめんごめん。そういえばうちの高校じゃないって言ってたけど、何処の高校生?」
「…高校生ではないんです」
そもそもあの口ぶりだと学校にすら言ってないような気がする
「え!?じゃあ社会人?何してる人?!」
矢継ぎ早に飛んで来る質問にこれなら答えても良いだろう。
「ボクシングをやってます。プロの。凄く格好良くて、凄く優しくて、男声が苦手な私でも引き込まれてしまうような魅力ある凄く強い人です」
すらすらと出てくる言葉に自分でも驚いてていた。
私は矢吹さんの事をこう想っていたのか。
それに反して、昨日の写真と白木さんが身体の奥底から思い出してしまう。
しかし聴いていた西園寺さんは惚気ていると勘違いしたのかニヤニヤしている。
「そっかーボクシングしている人か~。じゃあさ試合もあるんでしょ」
「ええ。近々あると言ってました」
「じゃあさ応援に行きなよ」
「おうえんですか?」
「そう。応援。桂さんがする応援を見ればきっと振り向いてくれるよ」
その案はなかったと驚いていると西園寺さんは立ち上がりこう言ってくれた。
「私は…応援するよ桂さんのこと」
「西園寺さん?」
「ほら私もアイツが気になるって知ってるでしょ。だから一緒に頑張ろう。ね!」
心底西園寺さんの性格が羨ましいと思った。
昼休みが終わるチャイムが鳴り、次は移動教室があるからと告げて急ぎ足でその場を後にした。
ー 応援に行こう。
試合を見れば少しは近づけるかもしれない。
心強い友達も出来た。
昨日から朝に掛けてあった暗い気持ちが薄まった気がする。
1人残された西園寺は携帯の待受画面を見て、薄く笑ってい、か細い静かな声で呟いた。
「良かった。桂さんが脈なしで」