拮抗という名の、火花が散る。
林を駆け、墓場でぶつかり、何処かも知らない場所で武器を振るう。レムは懐に果敢に飛び込むセイバーを迎え討つ。一振り一振りが地を粉砕し、目の前に突然現れているセイバーを、冴えるセンスで狙い叩く。
ほんのすこし前、正確には令呪による後押しがあるまではレムが圧倒していた。セイバーはその姿を捉えるよりも先に、レムの鉄球による攻撃がはやかった。
しかし、倒れない。止まらない。
何故か。今の彼には、令呪があった。過酷な痛みは和らぐことはないが、衝動に駆られた身体は止まらない。その働きは、レムとの差を一気に縮め、遂に曲がる線。明らかにセイバーの姿を捉えた動き。その剣は、鈍い音を発生させ苦悶を響かせる。
「しまっ……!がぁぁっ!!」
ドン、と。
レムの脇腹に、セイバーの剣が到達した。苦痛に目を見開き、宙に放り出されていた。
「がはっ」
上限を知らない巧みな技は、令呪のブーストを経て遂にレムに届いたのだ。風向きが変わった。
優位の立ち位置が、確実に反転した瞬間。最初で最後の攻守交代の合図。
脇腹を苦しそうにおさえるレムは、更に口から血を吐き出す。身体へのダメージを確認するように、右手を脇腹にあてる。苦しむ表情のまま、損傷がない事を痛みで判断。骨にヒビもない。肉もまだ腫れていない。
なのに。片膝を地面につけた。
驚くような事ではない。
五臓六腑に染み渡る、身体の外に突き出るような重い痛み。何十キロもある鉛玉を全身につるされている感覚。
自分が今、なにをしているのか分からなくなるような痛みに蝕まれる。口から血を吐いて、酸素を吸って、また血を冷たい地面にぶちまける。喉を通る血でまた傷つく。体力のほぼ全てを一瞬、一撃で削られた。残りの体力も、ジワリジワリと無くなっていく。
要するに、彼女は今、令呪で強化されたセイバーに勝ち筋が見えなくなってきている。
それでも。自らに治癒をかけ立ち上がる。
「レムは………!」
血で汚れた右手で、鎖を握りしめる。目の前の死に立ち向かう為に、まともに上がりそうになかった腕は、執念を神経に通して動かす。ギシリと、軋むような音が何処からか聞こえたが、無視する。支障があるなら、とっくの前に壊れている。
彼女が思いつく、打つ手は二つ。そのうちの一つはこの場にはいない。詰まる所、セイバーがこの窮地を脱するには残り一つ。
″宝具″の使用。しかし狂ってしまえば、マスターに負荷がかかってしまう。
彼の手助け。アーチャーがいれば、
「レム!!」
「っ!!」
可能性が生まれた。
目の前の脅威から、思わず目を逸らされる。此方を向けと、その呼びかけは巻き上がる雑音を掻い潜り、レムへと届く。
全ての意識が、レムの本能が次にどう動くのかを理解した瞬間。そして、セイバーがレムの頭へと剣を振り下ろす瞬間。
「ああああああああああ!!!」
鎖を握る腕が、冴え渡る。重い一撃を放つセイバーの攻撃に、歯を食いしばり鉄球を合わせて拮抗する。
それはほんの一瞬。レムの全てを消し飛ばさんと放たれた剛撃を、全身全霊で耐えた。崩れそうな身体、削れている精神。現にミシミシと音を立て、セイバーの一撃に苦痛の呻きを上げている。だからか、逆に今の彼女ならどんな攻撃でも崩せないと朧げな意識で確信した。
レムは、血に塗れた顔で、鋭い視線でセイバー見上げている。
「そこを離れろ、レム!」
渾身の一撃を耐えられたセイバーに待っていたのは、反撃。
「干将莫耶!」
アーチャーの手に持つ、一メートルはあろう白と黒の双剣がセイバーの全身に繰り出される。
その攻撃は斬るというよりも、突き飛ばすかのような身体が浮き上がる重さ。双剣を左右に切り開いただけで、セイバーはその巨体のバランスを崩された。
その隙を突き、アーチャーはよろめくレムを抱えて距離を取る。
「調子はどうだね」
ヨロりとふらつきながら、立ち上がるレム。
「アーチャー……遅い登場ですね。どこで道草を食っていたのですか。」
「ふむ、それは申し訳ない。それよりも、大丈夫かね?それでは君の現界が危ういだろう?ここは一つ、私に華を持たせてはくれないか?」
「…華を持たせる?一体、何を考えているのですか。死にますよ。」
まだ身体は動く。
ここから立ち直るのは難しくても、アーチャーとの連携次第では、セイバーを倒せる。
二人でようやく、勝ち筋が見えたのに。アーチャーは何をするつもりなのか。それを聞こうとした時、
「慌てるな。君はそこで休んでいろ、と言ったんだよ。つまりは、アイツを私一人で何とかやってやろう、とな。先程まで堂々とサボっていたんだ、少しは働いておかないと凛が何をするか分かったものではなくてね。それに、アイツに言われっぱなしは、ゴメンなんだ。」
その目を見て、レムは口を閉じた。アーチャーが、アイツという言葉を言った時の含みある目に、何かの決意を感じたから。しかし、
「……レムがどのぐらいで回復できるかもわかりません。最悪、合流できないことだって……」
アーチャーの判断が受け入れ難いのか、レムはアーチャーの袖を掴んで言い募る。
こちらの身を案じているのか、それとも純粋に無謀なアーチャーの案を飲み込むことができないのか。
前者だと嬉しいなと思いながら、アーチャーは苦笑して彼女の指を袖から外す。それから外れた彼女の指を取り、
「なに、見失ったりしないさ」
「なにを根拠に……」
「根拠ならあるとも」
笑い、アーチャーは、
「鼻に自信があるだろう?」
押し黙り、目を見開くレム。
「どうして、知って……?」
「さて、どうしてだろうね。英霊のカンというやつかもしれないぞ。」
レムは煙に巻かれたような顔をする。そんな彼女の反応を仕方ないと思う反面、このことを笑い話にできる自分の心境にそこそこ驚嘆する。
なんともまぁ、図太い神経に仕上がったものだと自分で自分を褒めてやりたい。
「君が私に聞きたいことがあるみたいに、私も君に聞きたいことがある。全てがーーー聖杯戦争で残り二人になるまで。だから、約束、だ。」
らしくもない。だがしかし、そうして無理やり、手に取ったままだった彼女の指と己の指を絡める。
小指と小指が絡んだ状態で、レムはアーチャーを戸惑いの瞳で見る。そんなレムの前でアーチャーは大きくその絡めた指を上下に振り、
「指切った、と」
「い、今のは……?」
「東洋での、約束の儀式だ。聖杯から知識は得てないかね?破ると針を千本飲まされる羽目になる。」
困惑に困惑を重ねて言葉もないレムに、アーチャーは「つまるところ」と前置きして、
「
ついに堪え切れず、レムが呆れのため息をこぼしながら力なく笑う。
そのまま笑いの衝動を殺し切れず、レムは小さく笑い続け、それにつられたようにアーチャーもまた声を殺したまま笑う。
そうしてひとしきり笑い、笑い終えて、顔を上げたレムは、
「約束、しましたよ。――本当に、色々と聞かせてもらいますからね」
「ああ、もちろんだとも。」
レムはまた、真剣な面差しで、
「すぐに戻ります。決して、無茶はしないでください。お客様に怒られてしまいます。」
「私も凛に怒られるのはごめんだ、気をつけよう。まぁ大丈夫だろう。今日の俺・は、だいぶーーー『鬼がかっている』からな。」
「鬼、がかる……?」
「神がかるの鬼バージョンだ。…また、あとで。」
そう言って微笑んだアーチャーの顔はーーー。アーチャーが去ったあとしばらくして、レムはアーチャーの顔の既視感を思い出した。
「――――シローくん?」
ーーーー
「さてセイバーよ。折角の戦い中に割り込んですまないな。しかしこちらも、彼女に死なれては困る。今日は、私が幕を降ろさせてもらう!!」
鷹の如き瞳はセイバーを捉える。あまりにも勇敢すぎる。
令呪によるブーストの動きに慣れていない筈。アーチャーの自信の正体を、間も無く目撃する。
初見での敵崩しは、どう決着を迎えるのか。
途中です。