衛宮士郎
先程まで繰り広げられていた剣戟はついに終わった。
最早レムは満身創痍。
後はバーサーカーが止めの一撃を放てばそれで全てが終わる。レムの動きは難解で、アーチャーは横入りすることが出来なかった。
レムの数メートル後ろに士郎、その二、三歩後ろに凛とアーチャー。
セイバーが大剣を振りかぶる。
レムは立っているのもやっとな状態なのか、モーニングスターを構えようとするも、その動きは遅々としている。
「レムーーーーーーッ‼︎」
死の前の僅かな静寂。
その静寂を破る咆哮が全てをひっくり返した。
あまりの突然の事態に思考が停止した。
否、この事態に己を保ち得る者などいようものか。
凛が、レムが、アーチャーが、そしてイリヤスフィールでさえ呆然としている。
何が起きたのかと言うと、セイバーの大剣が振り下ろされる瞬間、士郎が雄叫びを挙げて突進。そしてレムの前に出て、その身に大剣を受けたのだ。
斬られた勢いそのままに、中身を撒き散らしながら数十メートル転がった士郎は、自身の血泥に身を沈めていた。
視界が真っ赤に染まる。痛みはもはや痛みとわからない。ごっそりと、脇腹の肉が持っていかれる。血が、中身が、漏れ出す。こぼれ落ちる。もったいない。血肉が。
「シローくん――!!」
悲鳴のような声が聞こえる。
聞こえた方に顔を上げようとしても、もう体が自由にならない。
意識が飛びかける。消えたとき、どうなるのかわからない。
痛い、苦しい、遠い、見えない、聞こえない、命がすり減る。
穴のあいた脇腹から、砂時計の砂のように命がこぼれ落ちていく。
消える、終わる、なにもかも――。
「死なないで、死なないで、死なないで――!」
泣きそうな声。
泣き声。
――。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんで…………?」
ぼんやりとイリヤスフィールが呟く。
「……………もういい。こんなのつまんない」
少女はしばらく呆然とした後、士郎の不可解な行動に気分を害したのか、イリヤスフィールはレムに止めを刺さずにセイバーを呼び戻した。
「リン、次に会ったら殺すから」
そう宣言して、少女はバーサーカーと共に立ち去って行った。
しばしの静寂。
「あ…あんた、何考えてるのよ!」
自我を取り戻した凛が士郎に駆け寄る。
レムは、我知らず士郎の下に駆けた。
次の句が出なかった。
中身を撒き散らし、大量に出血している士郎の状態は絶望的だった。
「ね、ねえレム…。あんたなら衛宮くんを…」
一縷の望みをかけたその問いは、しかし現実を覆すには細すぎた。
レムは肩を落とし、首を横に振って答えるより術が無かったのである。
士郎の状態は即死でもおかしくない。僅かばかり生き永らえていたようだが、肉体の損傷が激しすぎて力尽きることは必定だ。この状態から復活させるなど無理だった。
後悔ばかりが浮かんでくる。それと同時に、士郎に対する怒りが込み上がってくる。
サーヴァントの身代わりになるなど、何を考えているのか。
それと同時に、士郎のサーヴァントを道具としてではなく、人として扱ったという心の暖かさを知る。だが、無力な士郎が、思慮も分別もなく、ただ己の命を無駄に消費しただけにすぎない。 焦燥感に急かされる凛と同じく、レムもまた己の力足らずを悔しげに認める。しかし、彼女はすぐにその弱気を振り払うように首を振り、
「とにかく、気休めでも癒しの魔術をかけます。」
士郎を痛ましげに見やり、レムは地面に鉄の柄を使って円を刻んだ。
士郎をすっぽりと包み込む形の円、その縁にしゃがんで手を触れ、
「水の癒し、その祝福を与えたまえ――」
詠唱に続き、淡く青い光が粗末な円の中に浮かび上がり、士郎の体を柔らかに覆うと、その光をゆっくりと体内に沁み込ませていく。
その輝きが癒しの波動であるのだと感じられる、優しく柔和なきらめき。
時間が経つにつれて光は士郎の体に浸透し、次第に苦しげだった呼吸がわずかではあるが穏やかなものへと変わり始めた。
「なんだ、レム。大丈夫なんじゃない、これなら……」
「言ったはずです、気休めだと。こうして体内の魔力に語りかけられる内は大丈夫かもしれませんが、それが枯渇してしまえば応急処置にもなりません。一刻も早く…」
一刻も早く?なんなのだ。自分の見解でも彼が助からないのはわかっている。それでも、彼を助けたいとーーーー
「…………これは……!」
我が目を疑った。
短い間とは言え、己の主であった少年の死を悼むレムが士郎に触れた途端、その身に空いた大穴が塞がり始めたのだ。
「再生……している……?」
言葉通り、損傷した士郎の肉体は、まるで映像を逆再生させているかのように元の形に戻っていく。
「シローくんは、治癒魔術の心得が…?」
士郎の身体は、十分も経った頃には外見は元通りになっていた。
意識はまだ戻らないが、いずれ取り戻すだろう。先の出来事同様、これは再起の為の眠りだ。
「いいえ、衛宮くんがもしそうなら、彼を魔術師として認識できてたはずだわ」
魔術師とは、一定以上の魔力を帯びているからこそ魔術師たり得るのだ。
治癒魔術はそこそこの魔術師でも応急処置程度は可能だが、ここまで肉体が損壊するレベルからの再生、治癒ともなれば、名門の当主でさえそうは居ない。
顧みて、士郎はその一定以上に届かない魔術師だ。
結果、その答えは『わからない』。それだけだった。