夢を見た。一体誰の記憶だろう。
――そのときに得た感情のことは、今でも深く覚えている。
振るわれる剣、飛び散る鮮血。
見慣れた景色が炎であぶられ、見知った人々が物言わぬ骸へと変わっていく。
終わっていく世界。閉じていた世界。報われない世界。
ただただ厳しくて、ただただ理不尽で、ただただ傷付けられるだけの、そんな世界。
手を伸ばし、指を動かし、唇を震わせて、それでも懇願する。
そんな救いのない世界であったとしても、自分にはそれしかなかったのだから。
ずっとずっと、目の前を塞いでくれる背中の後ろから、覗くだけだった世界。
その壁がふいに取り払われて、広がった世界の眩しさに目を細めて、肌を焼く炎の熱さと色を、焦げつく肉の臭いと色を、宙を舞う『角』の美しさとその色を、全てをその眼に、開き切っていなかった視界に刻みつけて――、
もう、終わってしまうかもしれない世界の中で、自分がなにを思っていたのか。
そのときに得てしまった感情――そのことを今も覚えているから。
それからの彼女の日々は全て、その感情への罪滅ぼしだけでできていた。
目が覚めた。飛び込んできた景色は、見慣れた自分の部屋だった。
口の中は血の味がする。
顔を洗おうと体を起こした途端、猛烈な気持ち悪さが襲い掛かってきた。
目眩はするし、体は重い。まるで胃に溶けた鉛を流し込まれたような感覚。
よろよろと壁を伝って洗面所に辿り着くと、洗面台で堪らず吐いた。
真っ赤な吐瀉物に、逆に顔が青ざめた。
一体俺の身体はどうなってるんだ?
ふと鏡を見たら、腹には包帯が巻かれていた。
「俺…寝る前に何してたんだろ……」
思い返そうとするも、思考がうまく回らない。
とにかく、腹が減ったな。
考えるのは後にして、まずは何か口にしよう。
なんか作り置きでもあったっけ?
そう考えながら居間に行くと…
「あら、目が覚めたのですね、シローくん。」
「おはよう。体はもういいみたいね」
居間にはレムと遠坂が座って紅茶を飲んでいた。
…………………………遠坂!?
「遠坂、お前どうしてここに…」
「どうしてって…大変だったわよ。レムと二人で衛宮君を担いでここまで運ぶの。ったく、あいつも手伝ってくれればいいものを…」
「あいつ?」
「ああ、こっちの話」
お茶を啜ってはぐらかす遠坂。
「とにかく、ありがとうな遠坂」
そう礼を述べると、なぜか遠坂は不機嫌そうに湯呑をダンッと置いた。
「待って、どうしてそこで礼なんか出るの?」
「あ、いや、助けてくれただろ?」
「敵にありがとうなんて言わないで。聖杯戦争は殺し合いで、私は敵なのよ?」
「なら、なんで遠坂は俺を殺さなかったんだ?」
「た、単に気分が乗らなかっただけよ!寝込みを襲うなんてフェアじゃないもの。それに……」
「それに?」
「何でもない!」
声を荒げプイっと顔を背ける遠坂は、一体何を考えているのか全く分からない。
なんというか、やはりこっちの方が地の遠坂なんだろうな。
「それじゃあ、衛宮くんの体も大丈夫なようだし、私はこれで帰るわね」
いったん落ち着いたであろう遠坂は、立ち上がって帰ろうとしていた。
「それじゃあ、今度会ったら敵同士だから、その時は覚悟しなさい。はっきり言って、今のあなたでは私に勝てないわ。死にたくなかったら学校は休むことね」
冷たく宣言して、遠坂は帰って行ってしまった。
そう、遠坂は敵なんだ。
聖杯戦争と言う殺し合いの相手。一度はそう思った。
だけど………やっぱり、そう簡単に割り切れるものじゃない。
それに、俺が戦うのは無関係な人達に危害を加えるマスターだけだ。