Fate/stay night Left   作:夜はねこ

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彼女の隣

 刹那、セイバーは数十メートルの距離と一飛びに詰める。

 その着地点に向け、レムもまた距離を詰める。

 岩塊を切り出したようなセイバーの大剣を、レムは鎖で受け止めていた。

 だが、純粋な力勝負ではレムには分が悪い。

 体格差ではなく、純粋にパラメーターにおいてセイバーはレムよりも上だ。

 悲しいかなマスターが魔術師としては聊か以上に劣っている為、本来は高いであろうパラメーターは、その悪影響を受けて下がっていると思われる。

 対するセイバーは、セイバーを従えることが出来れば、聖杯戦争は勝ったも同然」と言われるほど、「最優」と評されるクラスである。更に、マスターはあのアインツベルンの少女。セイバーを十全に活用するには、申し分ない才能を持っているといえる。

 それでも、今のレムは善戦していると言えるだろう。

 だがそれは、消極的な善戦だ。

 

 セイバーの一撃一撃は死の嵐とも形容できる。

 その暴風に絡めとられれば、待ち受けるのは死あるのみ。

 セイバーの大剣を鉄球と鎖で受け止め、時にはいなし、反撃の機会を窺っている。

 

 守りを固め、戦いの合間に活路を見出す事でしかレムに勝機はないというこの状況、裏を返せば相手の失策に因るしかなく、無策に等しいと言う事だ。

 

 セイバーが山崩れにも似た打ち下ろしの一撃を放つ。

 レムはそこに勝機を見出したのか、半歩後ろに下がってセイバーの大剣を躱す。

 地面に杭を打ったかのように沈んだセイバーの大剣。

 それを足場にして、レムが一気にその首に迫るも、セイバーはあっさりと大剣を手放し、後方宙返りでその鉄球を躱す。

 続けざまに見事な体術でレムを蹴り飛ばした。

 

「首を刎ねて殺しなさい」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 

 完全に詰める。怒涛の攻めで、押し切る。

あと二分もすれば、彼女の姿は魔力の塵となる。その姿を、彼女のマスターである彼と見てから、絶望に落ちた彼を捕まえるのだ。しかし、一体彼女のクラスは何なのだろうか。いや、もう良い。どうせ殺してしまうのだから、そんなことは気にしなくていいのだ。

 やや遠くで粉塵が夜空へと舞う。そこが、彼らが戦う場所を示している。そこへ向かい、終わりを見届けようと歩き出した。……その為の一歩目を、踏み出した瞬間に、イリヤの背後に気配が降りたった。

 

 咄嗟に取った行動は、魔力で強化した足でその場から離れる事だった。

 

「くっ…」

 

 離れた場所に突き刺さる矢。それを視認して、アーチャーのモノだと理解した時。

 

「諦めろ、セイバーのマスターよ。いくらレムといえど、厄災のような破壊力のある英雄を相手ではそう長くは持たないだろう。

なにより、あのヒヨコがマスターなんだからな」

 

 ソレは、イリヤの首に双剣王手をかける。顎下で止まる刃。

 後ろを向く事が躊躇う程の殺気を浴びる。それは落ち着きという優しい皮に包まれる、執拗的な鋭さ。執着を感じる雰囲気が、背後に立つアーチャーの瞳から感じる。明確な理由を持ったソレは、イリヤに親しみさえも与える程のモノ。

 

「あら、護衛のいないレディーを襲うなんて、貴方、生前は相当な女たらしね?」

 

「それにはノーアンサーだ。恥ずかしくて言えない、という訳ではない。なに、此方の身勝手な都合が大きい。いつ私の情報が露見するかわかったものではないからな」

 

「慎重な正確は好きよ。けど、堅すぎる姿勢は嫌われるわ」

 

「ふん、否定出来ない自分の口が憎いよ。だが、あまり時間を取りたくないのでね。これ以上の抵抗は何も生まない。″盲目的なまでの君の殺意″は、些かアレには荷が重い」

 

 アーチャーは、マスターと共に逃げたか、又は狙撃場所を探しに行ったかのどちらかと決めつけていた。

 

「…何の事かまるで分からない」

 

 それが仇となって、この現状を産んだ。

聖杯戦争で最も早く、最も効率的な方法。マスターの殺害を、アーチャーは選んだに過ぎないのだと理解した。

 

「……マスターを狙うのは、私だけじゃなかったのね」

 

「当然だ。君はマスターとしての自覚が足りないな。殺すと殺されるのは、相互関係だろ?セイバーはレムの相手で手一杯。もうここで倒すのは困難だ、ならば必然的に、君を殺す選択肢が出てくる」

 

 

 失敗した。溺れた。自惚れた。失念していた。

復讐で己を忘れていた。怒りで唇を噛むが、もう収まらなかった。死ぬ覚悟はあった。

けど、士郎を殺す方が先に来るはずだった。

ここで、イリヤは終わるのだ。イリヤの心は、復讐で満たされるはずだったのに。

 

 

「やめろアーチャー!」

 

 

 喉元に当たっていた刃が離れるのを、肌で感じた。

 頬に伝わる涙が、目を開けろとくすぐる。聞こえてきた怒号は、どうしてかイリヤには暖かく感じられた。

 

「…貴様」

 

 衛宮士郎が、アーチャーを睨んでいた。イリヤを庇うように左手は、イリヤの身体をアーチャーから隠そうとしている。切断されるはずだった首元に、士郎の左手が回る。その腕のせいで、死ぬ恐怖は四散していた。

 予想外だった。こんな虫も殺せないような人間が、イリヤの首を落とそうとするアーチャーの手を、ガッシリと掴んでいた。そんな彼の横顔に、イリヤは。

 

「……」

 

 それでも、湧き出る殺意を抑えながら、見つめていた。

 更に、殺意とは違う感情が産まれている。何が何なのか、分からない。

 アーチャーを止める右手を、鋭く睨みながら。

 

(……どうして?)

 

 イリヤとアーチャーとの間に、どうして割って入ってくるのか。その理由が、理解出来なかった。

 

 

 真夜中に生まれる緊張感にしては、その言葉はあまりにも似つかわしくなかった。冷たい風は殺気を運び、士郎の全身に圧迫するように吹いている。

 ……違う。士郎にだけ感じ取れる風が吹いている。目的は一つ。彼の殺意を運ぶためだろう。その為に、自分を脅そうと、自然が警鐘を鳴らしているよう。

 アーチャーだけではなく、自然にすら彼女、イリヤスフィールは嫌われている。それを見放せと。きっとこれは、善意からの囁きだ。

 

「やめろ、アーチャー!」

 

 だけど、自分が死んででもイリヤを守りたい。

 どうしてそう思ったのかは、よく分からない。よく分からないけど、分かっている。正直言えば、死を覚悟している。今、一人の少女を殺める為に、黒い剣を振り下ろすアーチャーの手を制止したのだから。

 掴んだ瞬間、風は止んだ。代わりに、制止した手から伝わる殺意に、僅かに息が締まる。自然の警鐘がいかに優しいものかを知った。

 こちらを射殺さんと睨むアーチャーを、睨み返す。

 

「何をしている…?貴様は、今のこの状況が分かっていないのか!」

「何をしているだと?それはこっちのセリフだ!どうして殺さないといけないんだ、まだ話し合いすらしていないのに!」

 

 手に熱がこもる。声に張りが出ている。目が、必死に訴える。

 後ろで呆然と立っているイリヤスフィール。イリヤは、きっと士郎以上に死を感じたに違いない。マスターだとか、彼女自身が士郎を殺しにくるとかどうでもいいのだ。

 目から溢れた涙は、誰よりも人間らしい。

紛れもない、一人の女の子だ。

 

「お前は聞いていなかっただろうが、そこのマスターと今、話して理解したよ。危険だ、とね。私がこれ程までに危険視した、理由はこれで十分だ。先程まで有利に立ち回っていた彼女だが、そこのマスターが令呪を使ったせいで徐々に、押され始めている。このままでは負ける、そう思わないかね?」

 

 確かにそうだ。

 それは誰が見ても覆らない事実。士郎には想像できない世界である。

……だけど。どうして、レムが負ける姿なんて想像しなければいけないんだ。

 

「俺がレムやアンタの戦いに、口を出せるはずはない。まともに殺意を浴びれば、身体が震えて仕方がない。けど、そうじゃないんだ」

 

 アーチャーの殺意にガタガタと震える感情。

 それを押し殺す。上っ面だけでもいい、兎に角、普段通りを見せなければいけない。

 

「殺すのも選択肢かもしれない。アンタは、レムの事を死なせないようにしたいんだろう?だから、イリヤを殺そうとした」

 

 普段通り。

 誰かを救うなら、それは日頃から変わらない意志に違いない。

 正義の味方として、弱きを助け悪事を挫くと決めているなら、尚更。

 士郎は、アーチャーの行動に一つの結論を求めた。

 

「アーチャー。ならアンタは何故、レムを黙って見ていた?」

 

 遠坂と、どう話し合いをして、結果こうなったのかは知らない。

 イリヤを殺そうという行為は、レムの事を考えてだろう。アーチャーはレムを助けようと、死なせまいとイリヤの命を狙った。ここが、アーチャーを止められた決心の一つ。疑問が背中を押したんだ。それだけが解決方法なはずがない。

 アーチャーが出来るのは、これだけのはずがないのだ。

 

「初めは私も狙撃を試みたさ。だがね、彼女はとても変わっている。貴様も見ただろう?彼女の動きを」

「…一瞬で頭を吹き飛ばしたのは、すごい。アーチャーが狙撃をしないのも、レムの邪魔をしたくないってのは分かる。だが、それとこれは別だ!」

 

 ソレを指摘しようと、舌に言葉が飛び乗った時。

 

「二人とも、私を放っておいて勝手に話を…」

 

 イリヤスフィールが、士郎の後ろで声を上げた。

 この状況、士郎の後ろで黙っている事に耐えきれない。どうして殺したい相手セイバーのマスターに守られないといけないのか。

 言いたい事は色々とあるだろう。けど、士郎にとっては、その行動はアーチャーを刺激するだけにしか思えない。事実、アーチャーは目を細めた。

 

「動くな。話すな。次に動けば、問答無用で首をはねる」

 

 本当に殺るだろう。やらせるものかと、意識をこちらに戻そうとして。アーチャーは更に続ける。

 

「お前の恩人、衛宮士郎共々な。いや、それは酷というものか。イリヤスフィールは、衛宮 士郎を殺す事も聖杯戦争へと参加した理由の一つ。まあ、ヤケを起こすのは勝手だ」

 

 イリヤに喋れば殺す、と言っておいて、この言い様。誰でもない、殺意を殺意で脅す矛盾を作り誘うやり方は、イリヤの感情を刺激している。現にイリヤは、怒りの声を喉元で押しとどめていた。

 士郎も、もうプツリときていた。

 一人の少女に、ここまでの殺気を振る舞える行動に頭にきた。

 

「あのような跳躍は、下手な宝具では敵わない。私といえど、あれにはついていけなくてね。狙撃は非常にシビアかつハードなんだよ。君は別問題と言うが、違う。だからこそ、私はより確実な方法を選ぶ。彼女がセイバーとの戦闘で、徐々に押され始めた今だからこそ、事は早く終わらせる。セイバーのマスターを殺して、聖杯戦争は始まるのだ」

 

 言葉一つ一つを、アーチャーは深く知ったかのように選んでいる。そう感じ取れる。マスターを殺せばサーヴァントも消える。分かる、言いたい事は分かる。けど、解りたくはない。

 

「じゃあ…」

 

 士郎には、だからこそ解らない。

アーチャーの出来る、それの意味。彼が出来る事についてを指している。つまりは。

 

「お前は、剣を使える。ランサーと互角に渡り合えたのに、どうしてレムの横に立ってやれないんだ!?どうして、その剣で彼女を殺す選択を真っ先に取ったんだ、アーチャー!」

「……隣に、立つ……」

 

ピシッ

 

「私に、彼女の横に立てと………」

 

 それが、士郎の意見。考えだ。

 士郎は、犠牲者を出さない為に聖杯戦争に参加した。例え、敵のマスターとは言っても、死んでほしくない。

 何より、レムの為に動くなら、レムに分かる形でセイバーを相手にした方が良い。こんな、影でコソコソと、夜の裏路地を彷徨う殺人鬼のような真似は、絶対にレムは喜ばない。きっと彼は、これも方法の一つだと言って、心の中では落胆するのではないだろうか?

 

「あぁ。レムの為に動くなら、レムの横に立つ方がきっと喜ぶぞ」

 

 だから、絶対にここは譲らない。斬られても、意地で立ってやる。

 

「……」

 

 アーチャーは士郎とイリヤスフィールを交互に二度、見た後。手に握る剣を四散させた。

 同時に、鳴り止む警鐘。

 目の前で夜空を見上げる男を、士郎は黙って見ていた。

 何か満足そうに息を吐くと、彼は鼻を鳴らした。

 

「フン、貴様は過去選りすぐりのバカ魔術師だと言っておこう。非常に癪ではあるが、これ以上バカに付き合う時間はない」

「それはこっちも同じだ」

 

 とても濃い殺気漂う話し合いは、アーチャーの「生意気な」という呟きと共に終わりを告げた。

 アーチャーは立ち去る時、言葉に表す事はなかったが、横顔はとても晴れ晴れとしているように見えたのは、どういう意味だろう。

 

「勝手な真似かもしれないけど、文句は受け付けないからな」

 

 何はともあれ、俺も行かなければ。

 

 俯いたイリヤを置いて、レムのいるであろう場所へと急ぐ。

 

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