夜鶴の夢、雷光の如し   作:しゃくなげ

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第2話

 ひゅう、と風を切る音が聞こえて、鵠佑は思わず頭上を見上げた。黒ずんだ鉛のような雨雲からは、雨粒がひっきりなしに落ちてくる。その最中、不意の稲光に、無数の影が浮き上がった。

「あ、──」

 それが、上空に放たれた矢の大群だと理解するよりも先、女剣士が踏み出した。大上段に構えた二刀を、膝下まで。斬撃一閃、空を割る雷のような剣により、破壊される無数の鏃。それでも全ては落とし切れず、だからこそ、大盾を構えたマシュが後へと続く。

「皆さん、私の後ろに──っ!」

 弾かれる矢雨は、さながら銃弾のような音を立てて散らされていく。一矢一撃が必殺の、盾を支える骨さえ砕かんとする重さが文字の通りに雨霰と降り注ぐ。胸の奥に潜む恐怖に屈し、悲鳴をあげそうになるのをマシュは必死に堪えていた。

「敵性サーヴァント、移動開始! 距離を詰められるぞ、迎え撃つんだ!」

 通信機越しのロマニの叫びに反応する余裕は、その場の誰にもなかった。首を跳ねる横薙ぎの剣閃は、二刀によって防がれながら真赤な火花を飛び散らせる。片腕一本でありながらも、ぎちぎちと鋼の軋む音。女剣士の涼やかな頬を、汗がひと筋、流れて落ちた。

「ああ、まったく……彼方も此方も、何処も彼処も虫ばかり。ひとつひとつ丁寧に潰していると言うのに、どうして湧いて来るのでしょう」

 嫋やかな、女の声。ほうと漏れた吐息は、艶かしささえ感じ取れた。これ程までに距離が狭まり、囁きさえも聞こえる距離で、ようやく鵠佑は敵対者の姿に意識を向けられた。それでも尚、濃密な死の臭いに中てられた思考は、鈍い。

 先手として放たれた矢の雨を凌ぎ切り、マシュが雄叫びと共に大盾を振るう。奇襲を凌いでからの、瞬きひとつも挟めない攻防。止まっていた時が動き出したように、玉藻の悲鳴と誰かの舌打ちが入り混じり、鬼が舞う。二刀を捌き虚空を斬らせ、三歩の距離まで大きく退がると、豊かな黒髪が尾を引くようにふわりと揺れた。

「あれが、鬼です。この島の生命を、ひとつ残さず摺り潰す……そういうもの、みたい。今の、腕一本は取ったと思ったんだけどね!」

「あらあら、まあ。私の腕一本とは、虫風情が思い上がりましたねえ。誅伐するのは当然ですが、念を入れる必要がありそうです」

 頬に手を添えて、ため息混じりに呟き、ゆるりと一度揺らす首。鬼の様は隙だらけに見えるのに、張り詰めた空気は呼吸さえも許さない。ともすれば、魔神柱と相対した時よりも、今の方が恐ろしい。多くの特異点を乗り越えた鵠佑の直感は、眼前の光景を前にして、そう訴えかけていた。

 肩で呼吸をしながらも、マシュはひとり、前へと踏み出した。身体ごと押し潰されてしまいそうな恐怖に抗い、己のマスターを護るため。盾を掲げる者として、ここで退いてはならないと、歯を食いしばってまた一歩。泥濘に靴底を沈めながら、大きく息を吐き出して呼吸を整える。

「応とも、上等じゃない。屍山血河を築いて回る悪鬼羅刹のその腕、必ず落としてみせましょう!」

 剣士が、駆ける。一足飛びに間を詰め、頭蓋を両断せんと右の大刀。雨雫を斬り裂く鋒を紙一重で躱した白い首へ、左の小刀が喰らい付いた。動作の起こりも二段の踏み込みも、強化された視力でさえ捉え切れない神速。それすら、鬼を断つには届かない。

 鵠佑の目には、大蛇の如き黒髪が雨雲の下で波打ったように見えた。それが十文字の斬撃を躱した軌跡であると理解するまでに、鋼を削るような、耳障りな金属音が雷鳴さえもかき消していく。独楽のように中空で翻り、回転の勢いを乗せた鉈のような重たい一撃。回避と反撃が一体となった、およそ尋常な剣術と呼べるものでないそれは、まるで鬼の爪の様。剣士もまた、二刀を盾に地を蹴って、鬼の死角へ潜り込む。刀の擦れ合う音と、真っ赤な火花が幾度も散った。

「宮本武蔵と言いましたね、確か。鬼たちが騒いでいたのも納得致しました、これだけ生き汚い虫は初めてですよ」

「源氏の総大将、童子切の源頼光……ここまで来ると、信じざるを得ないわね! これなら、斬り返せるか!」

 鍔迫り合いの最中、鵠佑たちの耳に届いた名は、あまりにも有名な英雄のもの。その真偽を問うのであれば、ふたりの切り結ぶ光景が全ての答えだった。膂力で劣る武蔵は、離れ側の頼光の剣を寸で躱し、裏へと回る足運びから二刀を振るう。地表から跳ね上げた鋒がそれを弾き飛ばし、雷めいた身のこなしで喉笛に喰らい付かんと頼光が奔る。肌を裂かれるも肉は斬らせず、舞い散る髪と共に刃を返す。骨を断たんと放たれた一閃を受け止めて、拳さえも武器へと変えて、骨を臓物を砕きにかかる。

 息つく間もない応酬の中、天稟と呼ぶに相応しい才が、鬼神と呼ぶに相応しい力が、そこかしこに垣間見える。英霊たちの戦いを目の当たりにしてきた少年が見惚れてしまいそうになる程に、目の前で繰り広げられる剣戟は恐ろしく美しい。肺腑を空にするように息を吐き出すと、鵠佑もまた、荒れ狂う鋼の嵐へと向き合った。傍観者であってはならないと、己を叱咤するように。

「マシュ、あの人を……武蔵さんを、助けるよ。玉藻さん、目眩しでいいので足止めお願いします! 武蔵さんが離脱できたら一度撤退しよう。このままだとジリ貧だ、霊脈を見つけて、皆を喚ばなきゃ間に合わない!」

「ちょっとマスター、私が足止めってもしかしなくても本気ですか! 私つい今し方、素っ首を落とされそうになったのですけれど!」

 呪符を十指に挟みながらの、悲鳴に近い玉藻の叫び。無双の神秘殺し、源頼光との相性の悪さを熟知しているからこそのそれは、当然と言えば当然の危惧ではある。しかしながら、駆け出すマシュの後ろ姿と、何より力強く頷いた鵠佑の反応に、玉藻も結局は眉尻を落としながら頷くしかなかった。

「ああ、もう! 皆々様から話には聞いていましたけれど、マスターったら本当に無茶しがちですねぇ!」

 叫び声を合図にマシュの身体がぐんと沈み、剣戟の只中へと一直線に跳ぶ。急加速を殺さずに、盾面を打ち付けるのは頼光の胴。重く鋭い衝撃に鬼はたたらを踏むものの、弾き飛ばすには至らない。返す刀で首を断つ、その動作を当然のように行おうとする頼光に、次いで襲い掛かるのは大蛇の如き紅蓮の炎だった。忌々しげに舌を打つ音が、マシュの耳に届く。

「武蔵さん、退きましょう! 今のままでは危険だと、マスターが……っ!」

 呪符による足止めを紙のように引き裂いて、頼光の振り上げた一刀が大盾を斬り付ける。生身で受ければ脳天から股下までを容易く両断されると、持ち手に伝わる衝撃がマシュに斬撃の鋭さを実感させた。悲鳴を上げながらも、背中を伝う冷たい汗から目を背け、盾持ちの少女は泥に沈んだ足を踏み出した。退かず、前に。誰よりも前に出なければ、鬼の刃は止められない。それを知っているから、マシュは必死に歯を食い縛る。それは本人さえも知らない、今までの特異点で身に付けた、誇り高い勇気の現れだった。

 肩で息を始めていた武蔵は、その後ろ姿に頷きを返した。小刀を納めながら、視線は決して外さない。野生の猛獣と相対した時よりも慎重に、地獄の牛頭もかくやと言わん頼光の剣圧を見取り見定めるように。力強く支えられた盾によって、魔性の鋒が弾かれる、その刹那。走りますと叫んだ武蔵の声は、撤退を開始する狼煙となった。

 武蔵が、マシュが、頼光から距離を取る。その姿を見て、鵠佑は一度、大きく息を吸い込んだ。人差し指を突き付けるように、拳銃の形を真似するように。ほんの一撃、皆が無事に逃げる時間が欲しい。今のままでは追い付かれる、そう判断したからこその、実戦投入。通信機から聞こえる慌ただしい声は、レオナルドを筆頭にしたカルデア技術班のそれだった。

「工程の六番までを全てカット、静止目標じゃなく偏差射撃だからね、予測される標的の未来位置から着弾地点を再計算させるんだ! 標的の行動パターン、相対速度、未来位置予測、どれも完了次第に入力してくれたまえ! よーし、演算照準セットアップ、全工程オールクリア! いくよ鵠佑くん、準備はいいか!」

 狙いを付ける右腕に、何かが乗り移ったかのように、魔術礼装が鵠佑自身の腕を操作し始める。駆け、跳び、舞い、そして荒れ狂う頼光を決して逃さない。蛇が獲物を喰らうかのような、執念さえも感じる自動照準。いけますと、雷鳴に負けないように鵠佑は叫んだ。それを皮切りに、礼装に充填された魔力が指先の一点に収束し、渦を巻きながら黒点を成す。

「ガンドシステム、最終セーフティ解除! さあいけ、いつでも撃てる!」

「いきます! ガンド、発射します!」

 レオナルドの掛け声に応じて、鵠佑の叫びが雨空に響いた。銃声とはまた違う、胡弓にも似た甲高い発射音。撃ち出された黒弾が、虚空を切り裂き疾駆するその軌跡を、鵠佑は吐息を漏らしながら視線で追った。じりじりと後退する武蔵の傍を抜くようにして、魔力の弾丸が頼光に迫る。

 最初に鵠佑が思い描いたのは、忌々しげに膝を突く鬼の姿だ。傷を付けるには至らなくとも、動きを止めるには十二分の威力がある。マシュと玉藻に武蔵を加え、一度身を隠してから管制室の指示を仰ぐ。計画としては当たり前で、だからこそ信頼のできる内容だ。そして同時に、そうなって欲しかったからこそ、現実との違いを脳が受け入れるまでに時間を要した。

 聞こえたのは、短く鋭い呼吸音。振り上げられた一刀から、幾重もの紫電が迸る。真昼のように眩い閃光が視界を裂いて、周囲を真白に染め上げる。その、何もかもが塗り潰される寸前に、鵠佑は見た。薙ぎ払われる頼光の一撃と、解き放たれた荒れ狂う雷と、武蔵と玉藻を庇うため盾を構えた少女の姿を。地を舐めるように雷撃が奔り、其処彼処で不規則に爆ぜて土砂と粉塵を巻き上げる。

「なっ……魔力放出で、打ち消したのか! まずい、頭を──」

 切羽詰まったレオナルドの声は、途切れてしまって最後までは届かない。爆風のように猛烈な衝撃に吹き飛ばされて、ぐるぐると視界が回った。中空に投げ出された鵠佑の身体は、大きく吹き飛ばされてから、焦げた地表に打ち付けられた。戦闘服の外装が致命傷から保護してくれるものの、身体中に痛みが走り呻きが漏れる。轟音のせいできんと耳の奥が鳴って、聴覚が一時的に奪われたのを感じた。

「あ、ぅ……ぐ……!」

 立ち上がろうとしても、膝から下の感覚が鈍くて、まるで力が入らない。咳き込みながらも腕だけで地面を這い、泥を掻いて前へと逃げる。耳鳴りから回復し始めた鵠佑の聴覚が、背後から歩み寄る足音を捉えたのはその時だった。

「あら、まあ。()()ですね、まあ!」

 嬉しげな頼光の声に、鵠佑の肩が大きく跳ねる。肩越しに見上げた先には、膝を折って身を屈める長身。奈落のような双眸は、這いつくばる少年を見ているのかいないのか、それすら曖昧なもの。先ほどまでの荒ぶる姿とは真逆の優しげな笑みが空恐ろしくて、鵠佑はもがくように地を掻く。逃げられるはずもない事を、頭の片隅で理解しながら。

「花の世話をしていたのでしょう、良い子ですね。ああ……ですが、あまり水を撒きすぎてもいけませんよ、根腐れをしてしまいますから」

 必死の逃走を見た頼光の言葉に、変化はない。嘲るでも怒るでもなく、子供に言い聞かせるような柔い声。まるで、何か違う光景でも見ているかのように曖昧なもの。鵠佑の元へ伸びてくるのは、意外にも刀を持たない空手。手首を取られ、引かれる。ただそれだけなのに、万力で固定されたように抜け出せない。多少の抵抗など意に介さず、頼光は鵠佑の身体を引きずりながら歩み出した。

「水撒きも十分でしょうから、日陰へ行きますよ。このままだと、花壇の土より先に貴方が干上がってしまいそうですもの。ああ、そうですね、西瓜を切りましょうか。川で冷やしておいたから、きっと美味しいですよ」

 この時点で、鵠佑は確信した。彼女は、頼光は、自分と違う光景を見て、自分と違う音を聞いているのだ。

 そういうサーヴァントは、確かに、これまでの特異点でも存在した。敵として戦う事も、味方として助け合う事もあった。誰も彼もが異なる世界を見ていたのも、おぼろげながら知っている。かのクラスが如何なるものか、それを理解できるだけの知識が蓄えられたからこその判断だった。

「バーサーカーだ、彼女のクラスは、バーサーカーだ……!」

 通信機から聞こえるのはノイズばかりで、この声が管制室に届いているかはわからない。だが、視界の端に見える彼女には届いていると信じて、鵠佑は必死に告げた。

 経路(パス)の通ったサーヴァントへの指示は、どんなに拙い言語中枢の持ち主であっても魔術礼装が最適化する。そう、カルデアの技術力の一端を教えてくれたオルガマリーの言葉を、鵠佑は今でも確と覚えている。だからこそ教わった通りに、立ち上がろうとするマシュの姿を見つめて、遠ざかりながらも指示を出す。それが、マスターとしての自分の責務だと信じて。

「無理に飛び込まないで、隙を見つけて……ぼくも、どうにか状況を伝える。だから、──」

 無茶はしないで。そう言葉にする寸前で、今すぐに駆け出そうとする盾持ちの少女が、踏み止まるのを見た。皆は言わずとも伝わったのを、礼装の機能が無事である事を知れて、鵠佑の胸にささやかな希望が生まれた。

 何処かへと向かう頼光を、視線だけで見上げる。その様子から察するに、既に彼女たちを意識してすらいない事がわかる。今の声も、聞いてすらいないのかも知れない。もがいたところで逃げ出せそうにないと悟ると、鵠佑は身を預けるようにして体力を温存する事を選択した。

 鬱蒼とした森の中を、引きずられていく。肩の付け根に感じる痛みも、今は意識を失わせないための気付けのようなものだと受け入れて、鵠佑は時折小さく吐息を漏らした。狂化のスキルを付与されたサーヴァントは、理性があるように見えても、何をするのか予想がつかない。自分ひとりで相手取れるものではない故に、刺激をしないよう、細心の注意を払うしかなかった。

 

 

 

 頼光に引かれるままの鵠佑が森の深部に至る頃には、跡を追っていたマシュたちの姿も見えなくなっていた。合間合間で挟まれる頼光の独白めいた言葉は、最初こそ捉え所がないものだと思っていたが、おぼろげながら全貌を感じ取れるようになっていた。

 何がきっかけでそうなったのかはわからないが、彼女は、自分を幼子だと認識している。鵠佑の推測を裏付けるように、語りかける声は静かに優しく、敵対心も感じなければ捕虜への扱いともまた異なっていた。いつ変貌するかはわからなくとも、今はこの、薄氷のような態度に従うしかない。そうやって腹を括るまで、時間は要さなかった。

「……まあ、もう、こんな時間。いつの間にやら烏が鳴いていますね、私、驚いてしまいました」

 不意に足を止めると、木々に覆われた頭上を見上げながら頼光がため息を漏らした。鵠佑に聞こえるのは風と雷鳴ばかりで、烏どころか虫の声も聞こえはしない。やはり彼女は、別の何かを見ているのだ。故に、慎重に言葉を選ぶ。

「どうして、止まってしまうのですか。……ここが目的地では、ないんですよね?」

 問いかける声に、返答はない。ただ、片手に握り締めたままの刀を振り下ろされる事もなかった。何かを考えているような、無言の間。重苦しい沈黙は、唾を飲む音さえ森の中に響くよう。恐怖心から跳ねる心臓を宥めるように、鵠佑はゆっくりとした細い呼吸を繰り返す。

 くるりと、踵を返すようにして頼光が向き直る。黒い髪が優雅に揺れて、屈み込むと互いの顔が近付く。整った目鼻立ちは神々しさすら感じる美貌ながら、その目はやはり奈落、漣すら立たない凪いだ水面のよう。ひとつひとつを観察しながら、全身の毛が逆立つのを感じ、鵠佑は息が詰まりそうになるのを必死に落ち着かせた。刺激をしてはいけないと、それだけを考えて。

「もう、夕暮れですもの。母上の元へ、お帰りなさい。あまり遅くなると、心配してしまいますよ。男児たるもの、母を悲しませてはいけません」

 囁くような、甘い声。解放を匂わせる言葉の裏側で、白く細い指先は、礼装の上からでも手首をぎちぎちと締め付ける。壊さぬように加減をしているのかもしれないが、骨が軋む痛みに耐えかねるように、鵠佑の額に脂汗が滲んだ。恐怖感から、上下の歯が音を立てそうになるのを食い縛って堪えた。

 手首から這い上がる苦痛は、止まない。喉の奥を迫り上がる悲鳴を噛み殺して、ゆっくりと首を振るう少年に、鬼は不思議そうに小首を傾げていた。

「お母さんは、いないんです。お父さんも、いないんです」

 それは、事実だった。帰りを待つ両親も、不帰を悲しむ両親もいない。世界を探せば何処かにいるのかも知れないけれど、鵠佑に帰るべき家はない。それが皮肉にも、嘘が苦手な彼にも駆け引きとして利用できる生い立ちだった。少年の言葉を解したのか、頼光の顔が、ぱあと輝くような笑みに彩られるのを見た。

「まあ、そうだったのですか。それは、困ってしまいましたね。貴方をここにひとりで置いて行くわけにはいきませんし……」

 そう言うと、歩みは再開される。手を離す事はなく、むしろ今までよりも、ずっと力強く掴まえるようですらあった。上機嫌な声色に、生命を繋ぎ止める事には成功したのだと、今の鵠佑にはそう自分を慰めるしかなかった。

「ならば、今から私が貴方の母となりましょう。もう直ぐ金時も帰る頃、きっと貴方の兄になってくれますからね。ふたりで遊んで、たくさんご飯を食べて、ゆっくり眠りなさい」

 母になるとは、どういう意味なのか。金時とは、かの坂田金時の事だろうか。考えた所で答えは出せず、打開策はまだ見つからない。握り締められた手首から、鋭い痛みが電撃のように全身に走り、そこで鵠佑は意識を手放した。

 ほんの、一瞬。とても優しい、本物の家族のような幻影を、閉ざされる意識の中に垣間見ながら。

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