剣と剣が交錯し、血潮と火花が乱舞する。大振りの斬撃を弾き、逸らし、隙を見出しては斬り返す。幾重にも及ぶ応酬の合間でも、武蔵が呼吸の乱れを感じる瞬間はなかった。
「本当、とても助かるわ。悪鬼羅刹に立ち向かうなら、背中を支えられるのは心強い!」
玉藻の手による大結界は、時と共にすり減っていく戦う力を湧き上がらせる。詳しい原理はわからずとも、指の先々にまで漲る力で、武蔵は直感的な理解をしていた。
「とは言え、このままではやはりジリ貧、支えきれなくなります! こう、大剣豪らしく、ビームとか出してくださっても良いんですよ武蔵さん!」
戯れを交えたその言葉に、全て反応する余裕はない。鬼が振るう魔性の太刀は、肉骨を両断するだけでなく、鋒から迸る雷撃で臓腑さえも焼き焦がす。強引に傷を癒しながらの戦いは、流石の武蔵も味わう事のない苦痛があった。
飛び退って間合いを取ると、呼吸をひとつ。小刀を突き付けたまま、形の良い眉を寄せる。どうしたものかと呟く声は、わずかな弱気に曇っていた。
「如何に隙を突いても、斬るより前に力で追い付かれる。懸の先でも待の先でも、対々の先でも変わらない。鬼って、本当にやり辛いわ」
討ち取るための気合は十全、剣もこれ以上になく冴え渡っている。ただ、やれるかと己に問うても、応と答える己がいない。魔神が如き頼光の、その執念が破れない。
決め手が欲しいと、武蔵が思う。全身全霊の一の太刀、それを放つための決め手が。
思考の時間すら許さぬように、頼光が唸りを上げて地を爆ぜさせた。鋒が火花を散らしながら、岩肌を削り飛ばす。剣の構えすら忘れたかのように、鬼は走り牙を剥く。黒雷が地を舐め跳ねて、四方八方で小規模な爆発を引き起こした。
「この、これだから……ッ!」
放たれる下段突きは、峰を踏み抜き押し潰す。力と技で機は作り出せる、隙は突ける。それでも、振り下ろした大刀が頭蓋を砕き首を断つよりも、頼光が武蔵の身体を弾き飛ばす方が早かった。
結界によって傷は癒える、だが、そこから最後の一手に届かない。焦れる心を嘲笑うように、鬼の剣が空を断った。最早、技とも呼べない、手にした道具を力任せに振り回すだけの暴力。その暴力が今は、何よりも厄介な存在だ。人に非る怪力は、強さも速さも桁が違う。
張り詰めていく、重たい空気。それを粉砕したのは、素頓狂な玉藻の声だった。
「はい? えっ、ちょっと何ですか、はい、足を捻った? あの、待って何を仰ってるんですマスター、着地任せた、ってどういう事で──」
狐の耳が愛らしく揺れて、豊かな尻尾が波を打つ。その刹那、高らかなマシュの雄叫びが夜の山に響き渡った。
「や、ああぁぁぁあああっ!」
振り返った玉藻が見上げた先には、盾ではなく鵠佑を担いで斜面を駆け下りるマシュの姿。力強い踏み込みと共に、サーヴァントが己がマスターを砲弾のように発射する様を見て、玉藻は全てを理解した。
ガンドの構えを取った少年の身体が、宙に舞う。投げ飛ばされた加速のまま、岩肌に激突する事も恐れずに、鵠佑は礼装に照準を預けて滑空する。きっと玉藻が受け止めてくれると、それだけを信じて、鬼を撃つために身を投げ出したのだ。
新たな敵を察知した頼光が、刀を担いだ。刀身が纏っていただけの雷が、今は身体中の傷痕から、まるで溢れるように迸っている。剣へと収束する合間にも、白い肌が、黒い髪が、焼け爛れて焦げていく。
聖杯から受けた魔力が、暴走を始めていた。だと言うのに、己が身を崩壊させながら、それでも頼光は止まらない。言葉にならない唸り声を上げて、最後の一刀とばかりに構えを取った。獣に堕ちた鬼が、まるで、人に戻ったかのように。
「──っ! 目を覚ましなさい、源頼光!」
玉藻は、叫んだ。鵠佑を受け止めるためでもあったが、何より、頼光の剣を止めるために。
強靭な肉体は持たずとも、この時だけは玉藻も駆けた。あの少年を、斬らせるわけにはいかない。ただ、その一心で。
「母がっ! 母が息子を斬るのですか、頼光っ!」
それは、玉藻の真摯な祈りだ。そうなって欲しくないと、心の底から祈った願い。言葉を解するかも知れない頼光に、力の限りに、声の限りに、己が祈りを投げかける。
返事を待つ余裕はない、受け止めなければ彼が死ぬ。だから、そこから先、玉藻は考えるのを止めた。故に知れなかった。
頼光の剣が、動かぬ事を。
「ガンド、発射!」
耳に届いたのは少年の叫びと、甲高い、弦が擦れるような発射音。力の限りに跳躍し、頼光の頭上へと舞い上がる。斬られたならば、それはその時、それまでの事だ。そんな捨鉢にも似た心持ちでありながら、玉藻の心は何処か軽い。
激突の瞬間は、痛みと衝撃が全身を襲った。多少の呻きを漏らしながら、玉藻は鵠佑を抱き締める。落ちたら壊れてしまう、卵のように脆い身体。それを落としてしまわぬように、自分の背中を盾にするように。
「武蔵さん、今だ……!」
玉藻に抱かれながら、鵠佑が叫ぶ。頼光を射った黒弾は、振り抜く半ばで、その剣を縫い止めた。
強かに打ち付けられる背中が痛み、玉藻が小さな悲鳴を上げる。岩山を転げ落ちながら、上下も見えなくなる視界の中で、鵠佑は確かに彼女を見た。月も見えない夜空、厚く立ち込める雷雲の下、仁王立ちするその様を。
身動きが取れぬままの頼光が、叫ぶ。言葉にならないその声は、慟哭にも似た悲痛なもの。もう良いでしょうと返した武蔵の囁きは、黒風に掻き消された。
「南無。天満大、自在天神。仁王倶利伽羅、衝天象──」
黒弾による拘束が解けて尚、鬼は、頼光は、頭上を飛び越える物体へと剣を振るう事はなかった。それが何か、理解してはいなかったのかも知れない。ただ、黒髪の合間から覗いた瞳は確かに、ひとりの少年を見上げていた。
武蔵、開眼。無手、刀を納めたままであっても、迸る剣気には不動明王を思わせる気魄が宿る。嵐を蹴散らし雷を跳ね除け、鬼の叫びも嘆きも、何もかもを封じるよう。引き抜いた一刀を八双に構え、武蔵が頼光の元へ肉薄する。
「──行くぞ、剣豪抜刀! 伊舎那大天象!」
鋭く速く、重たい踏み込み。ただ真っ直ぐに、最短の距離を最速で。全ての無駄を削ぎ落とし、究極に研ぎ澄ませた一の太刀。非業、宿業、呪い、悲運、あらゆる因果を一刀両断する仏の剣。
それはまさに、狂気に囚われた頼光を救うためにある、明鏡止水の一撃だった。微塵の狂いもなく、正中線を股下まで鋒三寸が斬り抜ける。大空を斬り裂いたかのように、雲の切れ間から差し込む月光が決着の様を嫋々と照らす。荒れ狂っていた嵐は、いつの間にか止んでいた。ひと時の寂静は、先の激闘を忘れさせてしまうかのよう。
頼光の身体が崩れ落ち、とうとう、その場に膝を突く。童子切が、聖杯が、虚しい音を立てて地に落ちた。
死に体の頼光にとどめを刺すか、否か。その選択を問われた時、鵠佑は幾許かの迷いをみせた後に首を振った。
少年の決定に反発する者はなく、一方でそれを肯定する者もない。誰もが距離を置いたまま、無言でふたりを見つめていた。
「……烏が、……鳴いて……います、ね……私、驚いて、しまいました……」
弱々しく掠れた声は、狂気に呑まれた鬼のものではない。かと言って正常とも呼べず、今にも消え入りそうな儚さしかなかった。何処か曖昧な視線を受け止めて、鵠佑の目尻から滴が落ちる。
何を掴もうとしたのか、血に濡れた手が伸びる。空を目指して震えるそれを、少年は両手で強く握り返した。ほんのわずかに曲げられた指には、もう、少しの力も感じ取れない。投げ出された側の指先は、徐々に煌めく粒子へと解け始めていた。
「……嗚呼、貴方を……金時に、会わせてあげたかった……きっと、良い兄弟になれたでしょうに……」
頼光の濡れた瞳は、その時、初めて名も知らない少年を見つめた。彼女の目から零れた涙の本当の意味は、鵠佑にはわからない。はらはらと崩れて消えていく、冷たい手の感触を握り締めるしかできなかった。
「もう、良いんです。……たくさん待って、待ちくたびれたでしょう。だから、少し眠って休んでください──」
一拍、置いた小さな間。曖昧ながら夢現のような表情が頼光の顔に浮かんだのは、自分の言葉が通じたのだろうと踏んで、鵠佑はゆっくりと息を吸い込んだ。
「──お母さん」
聖杯の回収を終えたマシュが、ようやく人心地と言うようにため息を漏らす。厚い雷雲は風に流されその面積を減らし、月明かりがカルデアの面々を柔らかく照らしていた。
捻った足首を動かせず、座り込んだままの鵠佑の元へ、剣を納めた武蔵が歩み寄る。立ち上がろうとする少年を片手で制し、剣士もまた地べたに座り込んで視線を合わせた。年齢を感じさせない朗らかな笑みは、人懐こい犬のようにも見えた。
「お疲れ様でした、鵠佑君。色々語りたい事があるのだけれど、もう直ぐ、お別れなのでしょう?」
肯定の声は、静かなもの。勝利の余韻に浸るでもなければ、生き長らえた幸運を喜ぶでもない。あるとすれば、皆が無事で良かったと、控えめな言葉を漏らす程度。
その反応を見るだけで、武蔵は直ぐに理解する。この少年は今までも、こんな旅路を続けてきたのだと。
「……世界の命運がどうだとか、難しい事は私にはわかりません。けれど、これだけは言えるわ。貴方と一緒に戦えて、とても心強かったし……うん、何より楽しかった。戦いばかりのこの島で、君は確かに、私の道標になってくれました」
「あはは、そう言われると……少し、照れます。助けて貰ってばっかりで、何もできてないと思ってました。ほら、捕まったりしてましたし」
思い出した失態を口にしては、くすくすと笑い合う。話したい事が山ほどあるのに、言葉にならない。そんな感覚に陥りながら、鵠佑は不意に差し出された手に瞬きを繰り返した。少しの間をおいて、その手を強く握り返す。
「普通なら、これでお別れなのでしょうけれど……君とは、そうなってしまわない事を祈っています。もしも、また君と会えたなら。その時は、また君と一緒に戦える事を期待しています。だから、うん、是非とも私の剣を役立ててね、鵠佑君」
カルデアの在り方を知る武蔵は、そうやって笑顔と共に言葉を結んだ。いつか何処かで、何かの拍子の再会を夢見て。
短い時間ではあるものの、得難い縁でありました。夜空の満月を見上げながらの、武蔵の言葉。それが引金であったかのように、水平線が煌めいた。
「また、一緒に戦える日があったら。その時は、きっとまた、助けて貰うと思います。本当にありがとうございました、武蔵さん」
崩れていく特異点を見るのは、鵠佑にとって初めての事ではない。この世界の終焉が訪れた事を察すると、少年は言わねばならない言葉を探して、結局ありきたりな台詞を口にした。それを受けて武蔵も微笑み、今一度の握手を交わす。
「悪い夢も、これで覚めるわね。私もきっと、何処かへ流れていくのでしょう。……ありがとう、鵠佑君。君は頼光だけでなく、私の悪夢も、あの雲のように払ってくれました。こんな島には、もう二度と訪れたくないものだわ」
快活に笑いながら、武蔵がゆるりと腰を上げる。その手を借りて身を起こしながら、鵠佑はふと思い出した。彼女は如何にしてこの島へ訪れて、どれだけの間、戦っていたのだろう。それらの疑問を、何ひとつとして聞いていなかった事を。
握り締めていた手指の感触がふっと消え、指の先が空を掴む。人懐こそうな武蔵の笑みを瞼の裏に焼き付けたまま、鵠佑の視界が闇へと転じた。ふわりとした、慣れてしまった浮遊感。カルデアへの帰り路は、いつもより少しだけ、ほんの少しだけ寂しい感じがした。
帰還した三人を迎えたのは、管制室の局員だけでなく、鵠佑に召喚された英霊たちも含めた大所帯であった。
多くの大人たちから現場での活躍を褒め称える言葉を贈られながら、そこで緊張の糸が切れたように意識を手放した鵠佑が医務室へと担ぎ込まれたのが三時間ばかり前。ようやく覚醒した少年の顔を見て、満面の笑みを浮かべたのは私服に着替えたマシュだった。
「おはようございます、先輩! 先輩の就寝中に、ドクターによるメディカルチェックが行われました。結果につきましては、血圧、脳波、共に異常なしとの事です。足首の捻挫は既に治療済みですので、退院は今からでも問題ありません」
帰還後、彼女は眠ったのだろうかと心配する程には、その場でずっと待っていたと思わしき痕跡はある。だと言うのに、マシュの声は溌剌として、付け加えるならば上機嫌なものだった。
身体を起こして寝台へ腰掛ける形になり、おはようと返して鵠佑が笑う。へにゃりとした、特異点では見せる事のない柔和な顔。年相応の、幼さも残るその表情を見るのがマシュは好きだった。
「ちょっと寝過ぎちゃったかなあ、失敗した。あ、ここに運んでくれたのは、マシュ? ごめんね、最後の最後で情けない所を見せちゃって。それからありがとう、おかげでぐっすり眠れました」
礼を言われて、照れたマシュの頬に赤みが差す。勢い良く首を振る仕草は、多少なりと大袈裟にも見えるものの、彼女の心の勢いそのままなのだろう。初めてカルデアで出会った時には、そんな仕草は見られなかった。いつかの過去を思い出して、ふっと鵠佑が口角を持ち上げる。
おかえりなさい、ただいま。そんなやり取りが、自然と互いに口を衝く。穏やかなはにかみは鏡写しで、穏やかなもの。
懐かしさを感じるそれは、クラスメイトか、それとも鵠佑が育った施設の子供たちか。どちらも似ているしどちらも似ていない、曖昧な感覚に鵠佑の視線が遠くなる。こうして笑い合える関係を、慈しむように。
その様子にマシュが小首を傾げたが、鵠佑は何でもないと濁して、着替えのためにカーテンを引いた。仕切りの向こうへ、ふと問いかける。
「ダ・ヴィンチちゃん、怒ってた?」
幸いな事に、目覚めの時にはこの場にいなかった天才の名を口にすると、なんとも言い辛そうな空気を感じる。それだけでああと漏れた声は、この後に待ち受ける運命を察して悲観するようでもあったろう。
「……はい、それはもう、大層に。眠り続ける先輩の横で『超高速移動中にガンドを撃つのは仕様外』などと、カンカンの様子でした。ドクターがなだめていたのですが、たぶん、お説教は免れないかと……」
暫しの、無言。支給の制服に袖を通しながら、眉を八の字にした鵠佑がカーテンの隙間から顔を出す。行きましょうと促され、ぐいと腕を引っ張られて、少年は渋々ながらもマシュの隣を歩き出した。
廊下ですれ違う局員と挨拶を交わし、ささやかな雑談を交えながらの道行き。特異点で離れ離れになっていた時の状況など、ふたりの間に話題は尽きない。そこに割って入る声はこれもまた、楽しそうに弾んだものだった。
「これはこれは、おふたり様。その様子ですと、今から管制室への報告ですか? 私は今し方みこっと終わらせて参りましたので、これより有給消化のためにも、自由時間を満喫させて頂きますね☆」
片手をひらりと揺らしつつ、玉藻は鼻歌混じりにウインクを飛ばす。
「はい、了解です。玉藻さんも、ありがとうございました。最後のあれ……痛かったろうなあって、我ながら思ってます」
「あの、先輩を投擲したのはわたしですので、衝撃が強すぎた場合の責任はわたしにありますから……!」
ふたりの謝罪を諸手で制して、お気になさらずにと付け加えてから、玉藻が咳払いを挟む。居住まいを正す仕草に、ついつい鵠佑とマシュの背筋も伸びた。
「マスター、私、やはり貴方が嫌いです。嫌いと申しましても、貴方の人となりではないのです。貴方自身ではどうしようもできない、宿命とでも申すべき部分が、どうしたって好きになれません」
ひとつひとつ、言葉を選ぶように、玉藻は語る。傷付ける意思も、敵対する意思もない。それが声色や言葉選びから読み取れたから、鵠佑もマシュもただただ彼女の言葉に聞き入っていた。
「ですが、その一方で思いました。たとえ好きになれなくとも、辛い旅路を助けて差し上げるのは吝かでないと。貴方の御役目が果たされるまで、私はこのカルデアで、貴方の力になると致しましょう。そんな決意を胸に秘めて、マスターとの絆をちょっとだけ育んだ玉藻ちゃんなのでした、まる」
それではお暇させて頂きますねと、玉藻はふたりが来た道を、気ままな様子で歩み行く。
その後ろ姿を見送りながら、マシュと鵠佑は目を交わす。玉藻の言葉の全ては理解できずとも、そこにある想いは汲み取れたから、ふたりは顔色を明るくした。
ありがとうと呼びかける鵠佑の言葉が、玉藻に届いたかは定かではない。それでも、尖った耳が愛らしく揺れて、豊かな毛並みを持つ狐の尾が左右に波を打っていた。
回収した聖杯をリソースに変換し、カルデア運営のための必要経費を控除して、手元に残る幾許か。それらの総量が一定に達した時に、ようやく一枚の呼符が作り出される。
金色の触媒はいつしか鵠佑の手に馴染み、そして英霊を喚ぶ詠唱もまた、祈りを紡ぐための言葉となって少年の心に刻まれる。
立ち込めるオゾン臭に、展開される魔法陣。目も眩む閃光が、抑止の輪へと語りかけているように明滅を繰り返す。
「霊基グラフ、パターン安定しています。エーテル粒子、霊基形成初期段階に到達。召喚予測クラス、バーサーカー!」
それは、必然であったのかも知れない。少年の優しさに、最後にかけられたその言葉に、彼女が救いを見出したのであれば、そうなるのは当然であったのかも知れない。
「霊基形成、完了。全工程、オールクリア。サーヴァント、来ます!」
シーケンスを読み上げる、カルデア局員の声。紫電を迸らせる光輪が収束し、視界を奪って消えていく。
女が、ひとり。
黒く長い艶やかな髪、透き通るような白い肌。凛々しさとあどけなさの入り混じる美貌に、召喚室の局員たちは、その誰もが見惚れていた。
「こんにちは、愛らしい魔術師さん。サーヴァント、セイバー……あら? あれ? 私、セイバーではなくて……まあ」
芍薬、牡丹、百合の花。そういうものに形容される美しさと、何処となく漂う泡沫のような馨しさと。
「あの…… 源頼光と申します。大将として、いまだ至らない身ではありますが、どうかよろしくお願いしますね?」
ひと片の危うさ、そして妖しさを纏い、彼女は確かにそこにいた。微笑が鵠佑へと向けられて、目覚めのように頼光の目が丸くなる。
「あら、まあ、ふふ……私、素敵なマスターに出会えたようです。とても素敵な、幸せな夢を見ているみたい──」