我等の門   作:春夏秋冬(ひととせ)

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信仰

 

一体…僕らの神とは何だったのだろうか…

僕らは何故…これほどまでに操られていたのだろうか

何故…僕は嗤っているんだろうか

どうして…屍の上で嗤えるのだろうか

「あははははは…あははははは」

両手に剣を持った黒髪の少年は、涙をぼろぼろ零しながら、仲間だった人間たちの屍の上で笑っていた。

 

ーS-328年

ここは、神が実在する世界。彼らにとっての世界は、神が作ったとされる、球状の強力な結界の中の小さな国のこと。人々は神を崇め、神を中心として物事を動かし進める。

そんな、絶対的な存在である神を守るのは、神を崇める人々によって建国されたこの狭い世界につけられた名前、「ロンキー国」の民から選ばれた兵士と587年前に建設された、「東の門」「西の門」「右の門」「左の門」「北の門」「南の門」「上の門」「下の門」「中の門」の九つの門。神の姿を知る者はひとりとして無く、神に仕える王家ルーアンだけが神と会話することを許されていた。しかし、国外の者は不老不死の神の存在は人類の脅威だとして、国内に侵入し結界の継ぎ目である門を突破しようとする者は数え切れないほどいた。ロンキーの民はそういった神への反乱者を許さず、神をなによりも尊重し守るため、様々な制度を定め、門と結界の中の世界を守ることに全てを尽くした。それらの制度によって作られた、門を守る兵士に阻まれ、門の突破、ましてや神の討伐が叶うことはなかった。門を守る重要な存在である兵士は、ロンキー国の子供たちから候補生を選出して補われている。候補生は誰でもなれるわけではなく、学校での成績が優秀であるとか、名家の子供であるとかといった一定条件を満たした子供だけが候補生に選ばれる。

 

そして、ロンキーに住むひとりの少女、ラージュは門を守る兵士の候補生だった。

 

「ラージュ‼︎」

 

家の牧場にいる牛の為に集めてきた蒼い藁を抱えて立ったラージュに声をかけたのは、同じく候補生のオークス・プラインだった。

 

「ルーアンの新しい当主が立ったんだって」

 

ラージュのいる場所から少し遠くに着地したオークスが、小走りにラージュに近づきながら言った。神と会話する王であるルーアン家は、当主が死ぬと新たな当主を立てる。当主には第一子が立てられる決まりがあり、それは今まで男子のみだった。しかし、今度の当主はエイラ・ルーアンという史上初の女性当主である。

 

「エイラ様でしょ。知ってる…って、羽靴ガスは無駄遣いしないほうがいいよ?」

 

羽靴とは、それを履いて両足をぴったり合わせると、つま先の金属部分からガスが噴射され、背中に背負うガス噴射器と連動させてバランスをとることで自在に空を飛び回ることができる機器だ。ふつうは兵士が戦闘や見回り、伝言などに使用するのだが、羽靴を開発したのがオークスの祖父と父だったため、特別に候補生達に配られていた。オークスは父親の職業のお陰で、暮らしには困らない身だった。

 

「そんなに勿体無がらずに、ラージュも使えばいいのに。便利だよ」

 

右足を上げて、キラキラしたものを見るかのようなニヤけた顔で羽靴を見つめるオークスに、ラージュは落とした声で言った。

 

「今は資源が有り余ってるように見えるけど、戦争が起こったら私たちは当然兵糧攻めにされる。資源が不足するのも時間の問題。こんな狭い国の中なんだから、節約するに越したこと無いんじゃない?」

 

この国の兵士は、いくつかの役職に分かれて国を守っていて、球体の結界の中に築かれたロンキー国にある9つの門と9つの街に拠点を置いている。何から国を守るのかというと、至極簡単に言えば敵である。敵にあたるものは、結界の外にある地域、ニュフェイラからやってくる人々である。ニュフェイラの人々は、国の政治や働きの中心となっている国民全員が信仰している実在する神を倒すべくやってくる。国民全員が神を信仰しているが故に、神を守るべくして兵士が生まれたのである。ラージュは10歳で両親から勧められた事もあって自ら志願し、親譲りの優れた頭脳と運動能力が認められて、兵士候補生に選ばれた。兵士として認められるのは17歳以降。15歳の今は一人で生活していた。

 

「門は…ニュフェイラなんか野蛮人には壊されないよ。」

 

オークスは確信を持ったように言った。すると、ようやく眺めていた飛靴から目を離し、パッとラージュの方を見た。

 

「あ、思い出した。明日は先月の反乱で死んだ兵士の告別式だから…君の母さんの告別式でもあるから行くといいよ」

 

少し言いにくそうに、おずおずと言ったオークスを気遣うように、ラージュは朗らかに笑って言った。

 

「ありがとう。きっと行くね」

ヒュウウウウウウ

 

ラージュが言い終わるのとほとんど同時に、上空から何かが落下して来るような音がした。上を見上げれば、ラージュの住む東の街、ノルベル街と上下反対に位置するメルグル街が見える。

 

「あれは…ボール?落ちて来るんじゃないか…?」

 

ヒュウウウウウウ…と、少しずつ大きくなる音を立てて落下してきているのは、メルグル街の子供が高く蹴り上げすぎたボールだった。球体の中であるがゆえに、ものを高く放りすぎると、途中でものに掛かる重力が逆になってしまう。そしてそのボールは、ノルベル街、それもラージュのいるその場所に落下してきていた。

 

「ラージュ、よけろ」

 

オークスに言われても、ラージュは面倒がってか、横に一歩、ずれるように動いただけだった。その瞬間、ラージュがいたその場所に、ボールがものすごい勢いで落ちた。

 

ドカーン…

 

空から落ちてきたのである、蹴られたボールが。脳天にでも直撃すれば死んでもおかしくはない。ボールは3メートルくらいに跳ね上がり、何度かバウンドして落ち着いた。こんな事は滅多に起こらないが、球体の内側に地面がある以上は仕方ない、高いところから蹴り上げでもしたのだろう、とラージュは諦め、あれほど勿体無がって使わなかった飛靴を履き、ボールを抱えて飛び立った。一人残され、呆然とするオークスの耳に、

 

「ごめんなさい‼︎」

 

と叫ぶ子供の声が響いた。その様子を見ていたオークスは、苦いものでも噛んだような顔をして呟いた。

 

「どんな怪力の子供なんだよ…」

 

 

東の門の側の墓場での告別式はごく厳かなもので、犠牲者を悼むとともに、勇敢なる死に感謝が捧げられた。東の門近くでの攻防戦は、反乱によって時折多大な犠牲者を生む。東の門近くの街に住んでいれば、いつしか慣れてしまうことだが、家族が涙を流さないことはなかった。共に過ごした時間など、記憶のないほど幼い頃しかないような、国に全てを捧げて死んでいった母を弔ったラージュは帰宅した。その直後だった、反逆者が1648人の軍隊となってロンキーを攻めてきたのは。

ニュフェイラの民の先頭に立つ黒髪の男が、その手に持つ剣を掲げて叫んだ。

 

「ロマアラの民を騙し続ける神を、我々の手で滅ぼしてやろう‼︎ロンキーに住む彼らを自由に導くのは神ではない、ニュフェイラの我等だ‼︎」

 

「おおおおおおおおおおおおおお‼︎」

 

反逆者の中心は、常としてニュフェイラ地方の人々だった。ニュフェイラ地方の人々の目的は、ロンキーの民の撲滅などではなく、ただ神を滅ぼすことだけだった。

 

 

ーその頃の「東の門」

 

「ニュフェイラの民よ‼︎我等の神を汚すことは許さない。今すぐ土地に帰りたまえ‼︎」

 

「東の門」の女隊長ラオサ・オーディンがニュフェイラの民に門の上から叫んでいるともいえる声量で言ったが、本人も分かっていた通りニュフェイラの民たちの勢いを削ぐには無意味だった。

 

「無意味のようですね」

 

副隊長のギュライ・ロイグルがラオサに駆け寄って言った。

 

「予想通りではあるが…不自然すぎるな。先月攻めてきたばかりなのに、どうしてこんな大勢で来られる…?」

 

ラオサは門を守っているパネルの爆破を進めるニュフェイラの民を見下ろして言った。パネルとは、門の表面に張り巡らされたバリアのようなものだ。可燃性のツルツルとした素材が使われており、どんなもので殴ろうと割れないが、特殊な爆弾を使用すると爆破によって破壊することができる。

 

「総長もその点が妙だと言っておられました」

 

「全く…我々にまた手を汚せと言うんだね、彼らは」

 

ラオサのため息交じりの言葉に、ギュライは覚悟したような眼差しでニュフェイラの民たちを見つめながら言った。

 

「仕方ありませんよ。我々と同じで、彼らも覚悟の上で自らの正義を貫きにやってきた'兵士'なのですから。」

 

 

ー候補生中央集会所

 

「それにしても…今まで兵士の制度が始まってから17歳より早く兵士になった人なんていなかったのに、まさか15歳の僕らがいきなり兵士なんてな…しかも配属が「上の門」だなんてさ」

 

候補生たちはこの非常事態を受けて、例外的に15歳で兵士となった。候補生らはそれぞれ配属される門を告げられ、すでに仕事も割り振られていた。

 

「ある意味ラッキー…でも、「上の門」って別名‘防衛の門’…「中の門」に次ぐ花形だし、それに今は副隊長が死んだばっかりで、私たちみたいなひよっこがいても大丈夫なのかな…」

 

羽靴と背中のタンクにそれぞれガスを充填し、「東の門」に配属された兵士達が最初に出発していった。

 

「ラージュ」

 

ガスを充填し、神の象徴である羆が描かれた紋章の入ったロングコートを着込んだラージュとオークスの後ろに、最高教官のドルダスが立っていた。

 

「少し遅れて出発してくれ。プラインは急ぎなさい」

 

「はい。じゃあ、後で」

 

オークスは一言、軽く手を上げて走っていった。ラージュはその姿を見送り、ドルダス教官の方を向いた。

 

「何でしょうか」

 

冷静に尋ねたラージュにドルダス教官は厳格な表情で言った。

 

「「上の門」の副隊長が死んだ事は知っているだろう。そこで、君に副隊長を務めて貰いたいと思う」

 

「はい?私に副隊長を務めろと?」

 

ドルダス教官の言葉にラージュは驚きのあまり言われたことをそのまま聞き返してしまった。

 

「そう言った。君に務まると見込んでの総長の判断だ。」

 

ラージュは、言うだけ言って立ち去ろうとするドルダスを慌てて止めた。

 

「いやいやいや、おかしいですよそんなの。」

 

「何がおかしいんだ?」

 

「私は正式な兵士とはいえ15歳です。私より優秀な兵士は大勢いるはずです。なぜ経験もない私が副隊長なのですか」

 

その言葉に、突如教官は笑った。

 

「ハハッ、君は評判通りだな」

 

突然笑ったドルダスに、ラージュは驚いてキョトンとした。

 

「君は、今期候補生の首席だ。そして様々な分野の記録を塗り替えてくれたというのに謙遜ばかりして。教官のフリクがつまらない子だと言っていたよ。君は判断力や技術だけでなく今までの兵士に少なかった協調性のある人間だ。さ、隊長が待ってるぞ。早く行きたまえ」

 

ドルダスが指差した方をラージュが振り返ると、後ろのシャッターに黒いコートに身を包んだ「上の門」の隊長クロングが、腕組みをして立っていた。

 

クロングはドルダスと同期らしかった。それ故か、「上の門」へと向かう道中、クロングは少し笑いながらラージュに話した。

 

「ドルダスは少しズレてるんだ。周りに同調しないし、大して技術があるわけでもないのに誰からも信用される。付き合ってて疲れないよ。」

 

かれこれ10年ほど隊長を務めているクロングは、厳しいところがあるが、部下思いだということで有名だった。

 

「本当に私が副隊長で良いんでしょうか?」

 

まだ不安げなラージュにクロングは微笑んで言った。

 

「「上の門」を守る兵士に重要な事は、何より勇気だ。」

 

クロングは黒いコートを翻して振り返った。

 

「君には、如何なる障害にも屈さない勇気があるか?」

 

クロングの笑みに、ラージュはごくりと唾を呑み…すぅ、とひとつ、大きく息を吸った。

 

「あります。」

 

強い覚悟を含んだ口調のラージュの答えに、クロングは満足したように頷いた。

 

「ここからでも飛べるな?」

 

無理だとは言わせない口調のクロングに対し、ラージュは少しキョトンとした顔で言い返した。

 

「当たり前じゃないですか。どうしてわざわざ聞くんです?」

 

そんな様子のラージュに対し、クロングは少し呆れたような顔で言った。

 

「結構いるんだよ、新兵に。平坦な所からじゃ飛べない奴が。」

 

首席であるお前はどこからでも飛べて当たり前だったな…と呟くクロングと、その様子を不思議そうにみるラージュはそんなくだりを終えて、「上の門」に立った。

 

「先ずは兵の仕組みを説明した方が良さそうだな。」

 

クロングは門の上を歩きながら説明を始めた。

 

「兵士は例外なく原則として9つの門もしくは12の街をを守ることに徹する。「中の門」と「東の門」を例外として、常に200人以上は各門に配属されるようになっている。その中で伝達係だけは各門を往来する。そして、結界の中の12の街を統治する兵士がいて…まあ統治長は覚えなくてもいい。大して関わりも無いだろう。」

 

クロングの分かりやすく長い説明は、常人なら覚えきれずにパンクするだろうが、首席であるラージュにとっては、常識的にもう知っている事だった。

 

「兵士は仕事によってコートの色が変わる。伝達係はカーキ、戦士部隊はブラウン、統治係がワインレッド、教官はグレー。そして総長、統治長、隊長、副隊長、支隊長、戦士長が黒。帽子の色もそれに連動していて、帽子にある数字が何期兵かを見分けるためにある。まあ参考程度に覚えててくれ」

 

クロングの説明に、ラージュは相槌を打つこともなく、単純に理解する事に徹していた。ちらりとラージュを見て、クロングは切り替えるように息を吸った。

 

「さて、仕事内容を説明しようか」

 

クロングはそう言って、614と、黒い帽子によく映える金色で刻まれた帽子を被り直した。

 

「君も知ってるだろうが、この「上の門」は一度も反逆者に破られた事は無い‘防衛の門’だ。つまり、これからも決して破られてはならない。反逆者の目に中央神殿が触れる事など、ロンキーの誇り高き歴史に背くことになる。」

 

クロングは、黒い手袋をはめ直した。

 

「副隊長の主な仕事は、この門を死守するにあたる作戦を練ること。だからここの副隊長になる奴は、候補生時代に筆記試験で2位未満になった奴は抜擢されない。とは言え、ここの防衛作戦を練るなんて事は稀だ。大抵は戦場になりやすい「東の門」の作戦に助言することになるだろう。」

 

ラージュはクロングの話を聞いているうち、何故だか彼の人格に少し興味が湧いた。

 

「隊長はどのような事を?」

 

その質問に、クロングはニヤッと笑って言った。

 

「ここの兵士全体の統治と、デルセンの監視だ」

 

「デルセンの監視…?」

 

初めて聞くその言葉に、ラージュは少し首を傾げた。

 

 

ー同じ頃「上の門」武器倉庫

オークス達新米兵士数人は武器倉庫で武器と銃弾の整理をしていた。

 

「銃弾を詰めるために兵士になったんじゃねえんだけどなぁー」

 

オークス、ラージュと同期の新兵であるブライロは手を止めず、ぼやくように言った。

 

「まあまあブライロ、そう言わず。俺たち627期にはラージュがいるんだから」

 

ブライロとオークスはピストルの弾込めをしていた。

 

「にしても…変だよなあ、どうしてラージュほどの兵士がここに配属されたんだ?「中の門」でもなんら問題ない働きができるはずだろ」

 

ブライロは情報通であったために、話題が尽きることがなかった。オークスは話し相手としても、友人としても彼のことが割と好きだった。

 

「兵士は平等と言いながら、結局「中の門」に行けるのは頭脳と’金‘がある奴だからな…。あいつはそんな奴ら蹴散らせるくらいの頭脳はあるけど、一家全員兵士と来てるし、牧場をやってる一人暮らしじゃあな…」

 

オークスは苦笑いでそう言いながらも驚異的なスピードで弾込めをして、ついにブライロの分にも手を付けた。

 

「お前…弾込め速すぎるだろ…。どうすりゃそんな事になるんだよ」

 

顔を歪めて明らかに引いているブライロと、相変わらず手を止めないオークスの後ろにミューシィが現れた。

 

「オークスが速いのは、それがもう癖になってるから。そうだ、さっき伝達係が言いに来たけど、ラージュ副隊長だってね」

 

「副隊長⁉︎」

 

「ブライロ、驚くのは分かるけど手は止めないで。早く「西の門」に持っていかないとニュフェイラの野蛮人に突破されるよ」

 

ミューシィは驚きのあまり立ち上がったブライロの肩を押さえつけて座らせ、作業の続きを促した。オークスは、その様子を諦めたように笑ってみていた。

 

「まあ、僕らの後ろ盾ができたと考えようよ。」

 

そう言いながらもオークスは弾を込め続けていた。二人が顔に出さずに引いていることになど気がつかずに。

 

 

ー1時間前「西の門」

 

「隊長‼︎イェンセン隊長‼︎」

 

イェンセンは「西の門」隊長を務めて4年になる女性兵士で、副隊長共にクールなことが有名な人物である。

 

「大変です…「東の門」に攻めていたニュフェイラの一部がこちらに向かっています…‼︎」

 

イェンセンは、息急き切って走ってきた伝達係のキェイクの肩をポンと叩いた。

 

「御苦労」

 

と一言、隣に人形のように立っていた副隊長のリンダに声をかけた。

 

「作戦本部の設置、戦闘部隊の編成を頼む。全体への呼びかけはして来る」

 

イェンセンがそう言って国内側へと飛んでいくのとほぼ同時に、リンダは敬礼しながら堅苦しく言った。

 

「了解しました」

 

イェンセンを完全に見送ってから、キェイクはリンダに敬礼して尋ねた。

 

「副隊長、どうしますか?」

 

リンダはキェイクの方は向かずに、静かに言った。

 

「総長への伝言をお願いします」

 

はい、と言ったキェイクの声を聞いたか聞いていないか、リンダは「西の門」の兵士たちが集まる、門のすぐ下にある集会場に降りた。伝言を任されたキェイクは、神殿の下に位置する王都に向かった。

 

 

ー1時間後「上の門」門上

 

「クロング隊長、「西の門」にニュフェイラが向かっているそうです。伝達が入りました」

 

すっ飛んできた伝達係の兵士を適当に労ったクロングは、報告の内容を気にしないかのようにフッと笑った。

 

「全くアイツも真面目だな…。“ドレイク総長”か…あんまりいい響きじゃないな」

 

ラージュは副隊長であることを示す黒いコートに着替え、クロングに駆け寄った。

 

「武器の用意整いました。「西の門」の作戦本部に届けます」

 

ラージュは先程研いできた母親のナイフをポケットにしまった。

 

「そうか…随分速いな。」

 

クロングは言わずとも尋ねるような調子で言った。

 

「私の同期に弾込めの天才がいるんですよ。」

 

質問の意味があることを汲んでか、ラージュは手袋をはめながら淡々と言った。その様子に、変な笑顔を浮かべながらクロングはさらに尋ねた。

 

「興味あるな。そいつの名前は?」

 

ラージュは装備品を確認しながら片手間に言った。

 

「幼馴染のオークスです」

 

ラージュは感情を表に出さないのが上手い…というか表に出すのが下手なだけだが、兵士としては敵に素性がバレにくいため好都合だ。

 

「ほう。頭に入れておこう」

 

クロングの方も隊長になるだけの頭脳はあったので、わざわざ「幼馴染」と言った意味を何となく察した。ラージュはそれ以上何も言わず、心中でこの人が賢くて良かったと思っていた。

 

「’幼馴染‘のオークスか」

 

クロングが察したことは、例えば上官とオークスどちらかしか救えない時に、判断を誤る可能性があるということだった。幼馴染という関係故に緊急の状況において優先順位を間違えてしまうかもしれない、という事だ。

 

「今回は戦争に成りかねないな。今までは“反乱”で片付けられたが、そうはいかないらしい」

 

クロングは先程まで自分の頭で考えていたことはまるで気にしないかのような、独り言でもなく誰かに言うでもなく呟いた。

 

「同感です。我々の兵器がどこまで通用し、話し合いで落着するのかしないのか未知の部分が多すぎて…何とも言えませんし。」

 

しっかりクロングの言葉に応えたラージュの意見に、クロングはため息をついた。

 

「勝ち負けなど存在しなければ良いのだがな」

 

ラージュはその言葉に顔を顰めて即答した。

 

「我等の神は、かつて奴隷だった我等を救って下さった自由の象徴とも言える神です。誰もが我等の神を認め、忠誠を誓ってこそ真の平和が生まれるのです。」

 

クロングはラージュを一瞥した。

 

「随分な英才教育なこった…全く恐ろしいな」

 

と呆れるように言った。ラージュはクロングの視線には気付かず、装備を整えながら言った。

 

「まあ、今の状態が私にはよく分かりません。見たこともない存在に頭を下げ忠誠を誓う。信頼が多少なりとも欠けることであって、神の姿を描いた肖像画や歴史画が無い。神殿が建設される前には、姿を見た人がいたはずなのに誰一人描かないなんて不自然です。」

 

ラージュは最もらしい事を言った。ラージュにはいろんな意味で勇気があった。もちろん、どんな敵や障害にも立ち向かうという勇気もあるが、たとえ上官であろうと納得できなければ何度でも物申すところや、不祥事などは後からどれだけ恨まれようが絶対に見逃さない。そんなところもますます兵士にはいいのだ。

 

「ラージュ!オークス達がもう仕事ないかってうるさいんだよ。あいつら暇すぎねえか?」

 

伝達係となったラージュと同期のカイロが呆れながらラージュの方へ来た。

 

「暇なんじゃないよ。オークスは仕事するのが癖なんだよ。見つけたことからやっていくような感じだから。掃除でもさせたらいいんだよ」

 

ラージュは珍しくクスッと笑いながら言った。しかし、ラージュに対してカイロは微妙な顔だった。

 

「掃除でもありゃいいけどな…支隊長のティアナさんが潔癖症だから掃除場所も無えんだよ」

 

ラージュはカイロの来ているカーキのコートを見て、少し着てみたいな、などとどうでもいい事を思いながら、

 

「そうなんだ。じゃあさっき壊れた馬車の修理でいいんじゃない?オークスはオールマイティだから」

 

オークス達のことを気にかけているようで雑用のように使うラージュにカイロは若干呆れつつ、

 

「まあ、それなら速い方がいいし。取り敢えず頼んでくるよ」

 

「ありがとう」

 

同期にはまだ感情を表すラージュを、クロングは遠目に見ていた。少しでも自然な状態のラージュを知っておいた方が良いと思ったからだった。

 

 

ー「東の門」

 

「隊長~ラオサ隊長~」

 

「東の門」においてはトップである自分に掛けられる声にしては緊張感に欠けるそれに、ラオサは門下で蠢くニュフェイラの民を見ながら、

 

「何?」

 

と言った。カーキのコートを着たその兵士は、敬礼こそしながらも軽い口調で言った。

 

「伝達係のニアです。「西の門」に武器が到着しました。あと、「上の門」の新しい副隊長、新兵のラージュって人だそうです」

 

ラオサは何故かニアを見ようとせず、丁寧で的確なラオサの性格からはなかなか想像しにくい軽々しく答えた。

 

「まあ、妥当なんじゃない」

 

ラオサの態度を見たニアは、カッチリした態度から急に腑抜けた態度に変わった。

 

「あのね…一期早いからって調子乗ってんなよ姉貴」

 

「一期の違いを思い知れ。あんたは下の愚民どもを片付けられんのか」

 

噛み付くように反抗してきたニアを、ラオサは笑って一蹴した。ニアは諦めたようにため息をついてぼやいた。

 

「あー、こんなんなら「東の門」の担当なんて嫌だー。他のところがよかったよー」

 

門の上で戦争間近な状況を無視した姉妹喧嘩が行われている最中も、ニュフェイラの民は着々と爆破を進めていた。悲しいのは、ニュフェイラの民が何故こうも敗戦を重ねても神を殺しに来るかということに、ロンキーの民と兵士達が気づかないことだった。

 

 

ー「北の門」

 

「新しい候補生を集めろ?無理だね。ただでさえ忙しいのにこんな状況なんだ、誰も暇じゃない」

 

「そんなの分かってる。でも、集めておかないとあんなデカい軍隊と本格な戦争が起こったりすれば大勢兵士を失うことになる。」

 

「北の門」隊長のルルカと、門のすぐそばにあるメルグル街の統治長ピートは門の上で話し合いをしていた。話し合い…もとい、言い争いを。

 

「アンタは候補生を死ぬ兵士のストックとしか思ってないらしいな」

 

「そんなわけ無いだろ‼︎俺だって誰も死なせたかねえよ」

 

嘲笑うかのようなルルカの言葉に、ピートは憤慨し声を荒げた。ルルカはサバサバした性格を誰にでも適応する。

 

「いちいち怒るなピート。兵士候補なんかすぐ集まるさ。今みたいな状況だ、子供たちは正義感に飢えてるだろうよ。そこから選んでいくだけさ。」

 

はるか遠方のニュフェイラ地方のほうを見つめながら言ったルルカに、ピートはホッと息をついた。

 

「全く、こうだから犬猿の仲なんて勘違いされるんだ。リリン隊長あたりにでも言ってくるよ」

 

ルルカは、落ち着いた声で言ったピートに相変わらずの笑みを向け、

 

「癒されてこい」

 

と言った。

 

 

ー「左の門」

ピートは安定した着地をした。

 

「よっと、リリン隊長!」

 

「左の門」についたピートは早速リリンを探し始めた。しかし、探すまでもなく本人が門の下からひょっこり顔を出した。

 

「あ、ピートじゃないか。どうしたんだい?」

 

ピートだと分かると、飛靴で門の上に乗った。リリン・フェンネル。信じられないほどほのぼのしてゆっくりした口調には誰もが巻き込まれる。しかし極少数がそのカタツムリペースに巻き込まれずに会話ができた。ピートは巻き込まれない少数派の一人であったため、いつもリリンの兵士的な寿命を不安に思うのだった。しかし10年ほど前に巻き起こった“「東の門」大暴動”の際に臨時で派遣された彼女の闘いぶりというのは、恐ろしいほどに強さと美しさを見せつけたのである。

 

(本当にこの人が隊長で大丈夫なのかよ…すぐ死ぬ気がしてならない)

 

大暴動があった当時はまだ幼かったピートには、噂で聞いていても、リリンのそんな姿はどうしても考えられなかった。

 

「リリン隊長、候補生の募集についてなのですが」

 

ピートの言葉にリリンはニッコリと笑って、

 

「ああ、そうだね。まずは君のいるメルグル街で募集したらいいと思うよ…その次は門の近くかなぁ?」

 

こんな口調のせいであまり格好良くはないが、いつも割と的を射た意見を言ってくるのがリリンだった。…格好良くはない。

 

「ダメだなぁー、ボンヤリしちゃうやぁ。昨日徹夜で資料整理手伝ったからなぁ」

 

リリンの場合は徹夜、というより徹朝といった方が正しかった。

 

「隊長今日3時間ぐらいしか寝てないですよね、そのお顔だと。」

 

げんなりしたような呆れたような顔でピートが言うと、リリンはほんわかした笑顔になった。

 

「敬語なんてやめてよぉ、統治長も隊長も地位的には同じじゃない」

 

相変わらずな笑顔のリリンを少し落ち着けてから、ピートはリリンを休憩所まで連行した。

 

「「左の門」に敵は来ません!少なくとも本日中は!だからあなたは寝てください!お願いしますよ」

 

リリンをベッドに押し込み、言い聞かせると、

 

「ふぁーい」

 

リリンはあくびと混ざった返事をした。

 

スー…スー…

「寝入るの早すぎだろ…」

 

そう言って呆れながらも、ピートはリリンに毛布をかけた。微笑みながら眠るリリンの顔は、無防備であまりにも癒される光景だった。

 

「こんな人が隊長だなんて、物騒なもんだよ…あの噂、617期より前の人は全員本当だって言ってるけど…信じられないな…」

 

そう言って、ピートは「左の門」を去った。

 

 

ー王宮 総長室

 

「ああ~、ミュイリオ総長…なんで私が総長なんでしょうか…貴方のような方が私なんかを選ぶ理由を到底理解できそうにありません」

 

第157代総長のリアン・ドレイクは、今は亡き前総長のユーラス・ミュイリオに嘆いていた。

 

「人並みの判断しかできず、今まで主席をキープできたこともない私が、なぜなんでしょうか…全く分かりません。貴方の意図も、私の正解も」

 

文机に突っ伏してわんわん嘆くドレイクの後ろで、見兼ねたらしい副総長のフュイメイがそっと口を開いた。

 

「リアン。心配しなくても大丈夫。総長って、なりたては皆そんなもんだからさ、安心しなよ」

 

たいへん穏やかな口調で言ったフュイメイに、ドレイクはまるで投げ出すように言った。

 

「皆そうだって、誰情報?あんたがミュイリオ総長の時勤めてたの5、6年の話でしょ?」

 

フュイメイはニコッと笑って続けた。

 

「そうね。でも、テネシーさんは嘘をつく方だとは思わないけど」

 

フュイメイはミュイリオから生前時期総長の任命書を預かり、死後、ドレイクに総長の勲章を引き渡した。前副総長テネシーは伝説的な模範生で、兵士の鑑とも言われたほどの人物だったが、結果的には自然災害から民衆を守り抜いた挙句暴騰を起こした輩に殺害された。

 

「そんなこと分かってるけどさぁー、なんで私にこんな大役を…ねえ、理由知らない?」

 

だらりと机に項垂れながら、ドレイクは呟くように言った。

 

「うーん…私にはそれを聞けるほどの権利はないからなあ…」

 

「私は上官という地位に見合ってないよ…どうしてクロングやラオサを隊長に留めて私が総長?」

 

「ティアナよりは適任だったんじゃない?まあ頑張ってよ」

 

嘆き続けるドレイクを、フュイメイはそう励ましたものの、ドレイクは机に突っ伏してしまった。

 

「キャパオーバーでーす。ごめんねラージュちゃん、頑張ってー」

 

「くれぐれも過労で死なないでね…」

 

フュイメイは困り眉になりながらドレイクを励ました。

 

 

ー「中の門」

 

「ルーアン様のお通り!」

 

「中の門」に配属されたエリート兵士たちは完璧な、揃いすぎた敬礼を決めた。「中の門」に続く中央大通りを、ターコイズのロングコートを纏い、白い絹の手袋に、艶のある金髪といった美しい容姿のエイラ・ルーアンが兵士に小さくジェスチャーして、抑揚のある声で一言、

 

「全員敬礼を解き、楽な姿勢を」

 

その声が終わると同時に、兵士は敬礼を解き、気をつけの姿勢になった。揃いすぎたその動きは不自然とも言え、エイラはそれが嫌いだった。何より彼女の性格というのが、個性的でありユーモラスだったからだ。

 

「ルーアン様、どういったご用件で」

 

丁重に、軽く礼をしつつ敬礼をして、「中の門」隊長のナッティスがエイラに尋ねた。

 

「新しく就任されたラージュという方にお会いしたいのだけれど。」

 

僅かに微笑みながら…微笑みと言っているのに僅かなのだからそれは分からないほどのごく僅かな笑みで…エイラは丁寧に告げた。

 

「今すぐに、でございますか」

 

少し驚いた内心を包み込むようにナッティスがゆっくり尋ねた。

 

「いいえ、私が次にここへ来るときで構いません。ラージュさんとは少しお話しできればそれで構いませんから、そのようにお伝えください」

 

エイラは今度はしっかりと微笑んで、ナッティスに柔らかに告げた。

 

「わかりました。総長にも念のためお伝えしておきます。」

 

「よろしくお願いします。」

 

もう一度頭を下げたナッティスにエイラは真顔に戻って、踵を返した。

エイラが新兵のラージュに会いたいと言った理由は、エイラが女性初のルーアン家当主であり、同じ女性のラージュに興味があったからだった。幼い頃にエイラはよく城を抜け出して外に遊びに言っていたので、城下町の人々とは気さくな中で、広場に近いところに住んでいたラオサとは友人だった。

ナッティスは後ろ姿に敬礼し、右足を引いて背を向け、通りから静かに飛び立った。その音を送ったエイラは、見上げるのも叶わないほど高く聳える門に張り巡らされたパネルの紋章が並べられた錠前を手に取り、紋章を手に取り、紋章を手際よく並べ替えた。

 

ガタン、ガタン

 

と音を立てて、パネルは門と壁の隙間に収納された。やがて露わになった木造の門は、ゆっくりと開いた。これほどまでに緻密な計算の基で、幼子には数え方も分からぬほどの昔の人々が造り上げたのだと言うのだから、誰でも驚かずにはいられなかった。

 

「偉大なる神、どうか我に御許しを」

 

そう言ってエイラは右掌を掲げながら門の中へ足を進めた。

 

「我が神聖なる神…我に新たな御言葉をお授けください…」

 

エイラは深く深く頭を垂れ、神に向かって一心に祈りを捧げた。すると、目の前に聳え立つ人知を越えた神殿の奥から、響くように厳かで低い声がした。

 

「そなたを我が名のもと、ロンキーの女王とする」

 

深く落ち着いた声で、神は告げた。エイラは心の中で、これが神の声かと、一種の感動と優越感に浸る心地だった。

 

「有難き御言葉、此の身にお預かり致します。」

 

誰も姿を拝む事が出来ないその神に跪く事に対し、誰にも躊躇いを感じさせない程、神は人々にとって絶大な存在となっていた。神を失えば、人々は悲しみに暮れるどころではないと誰もが感じているほどだった。実際、この狭い結界の中のロンキーを結束させているのも神という存在であった。

 

 

ー「東の門」

 

「ラオサ隊長」

 

「何ですか」

 

聞き慣れた声だと分かっていたにしては、ラオサは随分珍しく敬語で応えた。

 

「エイラさんが、正式に当主になったそうで」

 

副隊長のその言葉に、新鮮味を覚えないかのような呆れた顔で言った。

 

「こんなタイミングで就任とは随分と強気の姿勢なもんだ。あのヤンチャ娘は何を考えてんだか」

 

ラオサからすれば、国王にあたるエイラでも一人の友人に過ぎなかった。そのため、蔑む事も無ければ、評価する事も無かった。

 

「まあ、こんな状況でルーアンの当主が仮だなんてのもおかしな話ではありますけどね」

 

「敵さんからすれば王も何も関係ないさ。お目当は真ん中の神さまだけだ」

 

ラオサは鼻で笑うように言った。

 

「隊長って、親御さんはどちらで?」

 

副隊長は罪の無い、興味本位で尋ねていたようだった。

 

「ああ…考えた事もなかった、会えないと思ってたから。ま、孤児院だろうが妹と気の合う奴がいれば十分だよ」

 

少し思い出すような仕草をして、最後は自嘲気味に笑った。

 

「あ、そうなんですか。私は2歳で捨てられちゃったんで、隊長よりはマシですね」

 

副隊長も、ラオサと似たような笑いを浮かべた。

 

「まあ、結局この中の子供ってのはは責任感もクソも無い平和な陳腐野郎の遊び道具ってことだね」

 

「遊びのオマケじゃないですか?」

 

「ああ、そうかも」

 

ラオサは少しだけ後輩である副隊長とは随分気を許し合った仲だった。

 

 

ー「下の門」

 

「へえ、そうなのか」

 

「下の門」隊長のショアは、つまらなさげに返答した。

 

「今日は重要なことしか報告してませんけど、何故そんな驚きもしない返事ばかりなんですか」

 

副隊長のアリスが、呆れたような怒ったような口調で問いかけた。

 

「そう言われてもな。新しい武器の賛否を決めかねているんだ、余裕が無くてね」

 

当然のように答えるショアに、アリスはため息をついた。

 

「ああ、いらない。物理学はそんなに大切ですか。私には不必要に見えますね。それに、心理学なんて趣味の境地じゃありませんか。」

 

おや、と言う顔をして、ショアは即座に反論した。

 

「そんな事はないさ。僕の学問の先生は、君も知ってるだろ?「刃渡り」なんだから」

 

「刃渡り」というのは、四年ほど前に死んだ前戦士長のことで、ベンガーという男だった。なぜそんな名前がつけられたかというと、彼の掲げた刃は、他のものに比べて、明らかに刃渡りが短かったからだ。

 

「「刃渡り」⁉︎どうしてあの人と関わりがあるんですか、もう亡くなってらっしゃるし…」

 

「刃渡り」は戦士長であったことも加わって、大変な頭脳の持ち主であったため、有名だった。彼も親の無い立場で、苦しい現実ばかりを見てきた者だからこそ兵士として素晴らしい働きを見せたのだった。

 

「遠い親戚なんだよ。彼の方が私より少し歳上だったから、彼は非常に良い先生だったよ」

 

彼は勿論死ぬときには一人だったのだが、この世界では、親戚がいるのでも随分恵まれたもので、独り身で死んでいくなど普通のことであって、決して不幸だとかそんな風には考えられることも無かった。

 

「まあ、確かに彼は心理学と物理学で勝利した戦士長でしたね」

 

彼は学者の息子だったわけでもなく、勉学に大変興味のあるたちだったというだけで、中でも心理学と物理学にはとびきりの興味を示して、成人して兵士になってからもそれを応用してロマアラの勝利に大いに貢献したのである。しかし、国内に忍び込んでいたニュフェイラの人間に主戦力であったにも関わらず32歳という若さで暗殺されてしまった。

 

「その通り。私は彼と同じ景色で戦いたいのだよ。彼の晴らしきれなかった雪辱なんかも晴らすためにね。」

 

彼の死に関しては、非常に大きな衝撃が走ったと誰もが言うだろう。そんな彼自身は大して屈辱など感じていなかったのだけれど、そんな事誰が知り得るのか。彼の屈辱を晴らすだの何だのと言って、彼が死んだ年は、今までに例を見ないほど兵士が集まったという。

 

「そんな繋がりがあったとは初耳です。ほら、言うじゃないですか、黒いコートの地位に就く人は大抵身寄りがないって。私もそうですけど」

 

アリスはニュフェイラとのハーフで、そのニュフェイラの民の母親は神を信じていたのだが、受け入れられずロマアラの民の父親も殺されてしまった。親を失ったアリスはニュフェイラの民の血があるとはいえ思考自体は神を信じていたため孤児院に送られ、兵士になった。

 

「全ては噂だということだ。噂や蔑みへの人々の飛びつき方は、まるで灯を求める蛾のようだ」

 

実際、その噂は本当とも言えるほど当てはまっていたが、それこそショアのように親がいなくても親戚がいるという兵士は勿論いて、それは噂というふうに片付けられるのであった。

 

「隊長の言うことって、まるで短い詩のようですね」

 

アリスが黒い帽子を被り直しながら言った。

 

「素敵な褒め言葉だね」

 

「ありがとうございます」

 

ショアが微笑んで言うと、アリスはそう言って会釈した。

 

 

ー「東の門」

 

東の門では、ニュフェイラの爆撃が勢いを増していた。

 

ドンッ、ドンッ、ドンッ

 

「隊長、パネルがどんどん爆破されています!」

 

「黙れ、そんなことは見ていれば分かる!いいから私の指示に従って動け」

 

門の表面が見え始めたこともあって、ラオサは指示に追われていた。門の上は兵士が走り回って慌ただしく、門の下はニュフェイラの民の咆哮で揺れていた。

 

「ラオサ!戦士はもう動ける」

 

「爆破が一旦止んだら、直ぐに門を越えさせてくれ!躊躇わず、殺せ」

 

「分かった。」

 

同期であるユリアがラオサの指示を仰ぎ、銃を握って門の内側に待機する戦士たちの元へ行った。ラオサは息を大きく吸って、揺らす勢いで声を響かせた。

 

「全体、大砲用意!」

 

「あの男を殺せえええ!」

 

 

ーニュフェイラ

 

「ロンキーの民よ…今こそその闇から解き放たれろ!」

 

「行っけえええええ‼︎‼︎」

 

「デルセンを…目覚めさせろ‼︎」

 

そう言った男は、銃口を門の上に向けていた。

 

「今だ、もう一度爆破しろ」

 

バンッ

 

彼が弾丸を放ったのと、パネルを爆破する爆弾が破裂したのは、ほとんど同時の事だった。彼と銃を熱風に置き去りにして、弾丸は門の上の一人の人物に向かって空を切った。

 

 

「ラオサ‼︎」

 

 

ー「上の門」

 

「ラージュ、副隊長になったんだろ?おめでとう。」

 

門の上に座り込んでいたラージュの耳に、聞き慣れた声が響いた。

 

「…オークスか。ありがとう。…でも、私にはまだ、何の力もない。今のところ、隊長のお荷物でしかないと思う」

 

数日ぶりに会った、最も古い友人であるオークスに、ふう、と落ち着いた息を吐きながら、ラージュは東の方を見つめて言った。

 

「ラージュ‼︎」

 

すると、ボロボロになった「東の門」の伝達係のセローが息急き切って走ってきた。

 

「っどうした、セロー」

 

立ち上がったラージュに向かい、セローは中腰になって息を整えながら告げた。

 

「ラージュ‼︎…「東の門」のパネルが、完全に壊された」

 

「なっ…」

 

「そんな事が‼︎」

 

ラージュとオークスは驚きのあまり声を漏らした。

 

「早く…中央集会場に行ってくれ…‼︎」

 

ラージュは何も答えず、門の上を走って、大きく飛び降りるようにガスを噴射した。

 

 

ーーーー

 

「隊長‼︎起きてください‼︎お願いですから‼︎隊長‼︎」

 

「起きろ‼︎死ぬんじゃない‼︎お前が死んだら誰がここを纏める⁉︎」

 

門の直ぐ側で、大勢が一人の兵士の体を揺さぶっていた。兵士の胸からは血が流れ、起き上がるだろうとは思えない。

 

「頼むよ…ラオサ‼︎」

 

ラオサの目は、堅く閉じられたままであった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

To be continued…

 

ハーメルンでは初めまして。夢小説をメインに書いていましたが、完全創作の話を書いちゃったのでこちらに投稿してみました。

いや、登場人物多すぎな。


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