— 鬼は悪だ —
人は皆、口を揃えてそう言う
鬼は生きていてはいけないのだと
鬼は殺さなければいけないのだと
それが世界で唯一無二の真実であり、それこそが正しい行いなのだと言い聞かせる様にして人は鬼の首を刎ねる。
それはきっと人にとって間違いではない。
人を喰らうことでしか生きることの出来ない鬼は、大切な誰かとの幸せな生活を、訪れるはずだった未来を壊す鬼は、人間にとって間違いなく悪なのだろう。
ならば俺も人間にとって間違いなく悪だ。
自らもまた人を喰らう欲望にうちかつことのできなかった愚かな一匹の鬼に過ぎないのだから。
俺は鬼だ。
人が悪と定め、人が滅ぼさなければならないと願った禍いそのものなのだ。
もしも、俺が鬼でなければ、もしも俺が人を喰らうことを我慢できていたのなら、このような想いを抱くことはきっとなかったのだろう。
だが、今俺がいるこの場所はもしもの世界ではない。起きた事象も起こした罪も己の歩んだ時間であり、決して目を背けてはならない自身の道だ。
俺が喰らった彼らのその最期を忘れてはいけない。彼らの名前を忘れてはいけない。己の罪を忘れてはいけない。
悪はいずれ滅び、罪はいずれ裁かれる。
ならば俺もいつの日かきっと滅び、裁かれるときが来るのだろう。
だがそれは人も同じだ。
何かを奪い生きるものは皆等しく悪であり、罪だ。
人の命を奪い生きる鬼が悪であるように、鬼の命を奪い生きる人間もまた同等に悪だ。
だからこそ、俺はその行いが悪であろうとも他者の命を奪うことを躊躇うことはない。互いに同じく罪を背負い、悪になろうというのであれば、何方かが裁かれ、何方かが滅びるしかないのだ。
そうしてまた、罪を背負って悪が生きる。
◆
今日もまた、俺は罪を犯した。
月の光に優しく照らし出された深い山の中、自らの足元で事切れたその男の姿を
足元で事切れたその男は人の世で鬼狩りと言われる者達の1人。彼等は自らを鬼殺隊と名乗り、特殊な刀を使って俺のような人を喰らう鬼を狩る、人間にとってはまさしく救世主の様な存在。
いずれ自らの首を斬り落とすのも恐らくは彼等である筈だ。
しかし、残念ながらそれは今日ではなかったようだ。
自らの足元で血溜まりを作るのは、未だ青年と言っても良い年若い風貌をしている。歳の頃は18か19かそのようなものであろう。
しかし、俺の首を斬ろうと襲いかかってくる姿はその歳の若さには似合わない鬼気迫るものがあった。恐らくは鬼に身内か、大切な者を殺されたのだろう。
俺の腕に心臓を貫かれながらも震える腕で首元に力なく刀を当ててくる様子は彼が如何に鬼に対して壮絶な恨みを持っているのかを感じさせた。
鬼に対する執念とも言える程の憎しみ、怒り、そんな純然たる想いで生き延びて、刀を握りずっと努力してきたのだろう。
だが今日、その努力の刃が鬼の俺に届くことはなかった。
あまりにも憐れだ。殺したことには後悔などないが彼のその在り方には憐憫の感情を抱かずに入られない。しかし同情するわけにはいかない。最後のその姿こそ賞賛に値する程見事な気概だったが、この男もまた私怨で命を奪う咎人なのだから。
とはいえ、これで今日の食事は手に入った。特に消耗しているわけではないし飢餓感もないのだが、殺したからには喰わねばなるまい。それが醜い悪鬼となった俺の貫ける唯一の矜持なのだから。
そう思った時だった。不意に人が息を呑むような、そんな音が鬼となって強化された夕顔の耳へと届く。
夕顔がゆっくりと音の聞こえた方に顔を向ければ、そこに居たのは月の光に照らされた見た目麗しい1匹の蝶だった。
後で考えればきっとこの夜が、この出会いが……
— 俺の罰の始まりだった —
◆
あの美しい月の夜を私は忘れることができない。
あの時、あの出会いで私の想いは希望を持てた。
だけど同時にあの夜が……
— 私の罰の始まりだった —
暗い山の中、木々の隙間からもれるほのかな月の光と僅かな鬼の気配だけを頼りに、彼女、
彼女が今回共に指令を受けた隊士から鬼を発見したと連絡を受けて既に半刻以上が過ぎている。
急がなければならない、鬼を逃がさない為にも、その隊士の命を守る為にも。
何より今回共に指令を受けた彼はカナエの同期の中で唯一生き残っている隊士なのだ。
死なせたくない。死んで欲しくない。
そんな悲壮な思いを持って彼女は必死に走り続ける。
だけど世界は無情だ、いつだって私が着いた時には手遅れで、鬼はいつだって人の命を奪い、訪れたであろう未来も幸福も全て壊してしまっている。
乱雑に生えた木々を避けながら闇夜を切り裂くような速度で走っていく彼女の視界に木々の隙間から月光に照らし出されるようにその人影が映った時、カナエは徐々に足の速度を緩める。
……間に合わなかった。
立っている人影の足元に横たわる人の姿を見てカナエの心には暗雲が立ち込める。地面に血溜まりをつくって倒れ込んだ様子の彼はどう見ても既に事切れている。
何より彼の前で立っているのは間違いなく鬼だろう、少なくとも漂わせる気配は人のそれではない。鬼が死体の前に立っている、なら彼を殺したのは考えるまでもなく、その鬼だろう。
やはり人と鬼が仲良くするのは無理なのだろうか。
そうカナエが思った時、それは目に映った。
地面に横たわる彼を、悲しげに何処か疲れきったかのような表情で見つめるその鬼の姿が。
……どうして、そんな顔をするの?
貴方は鬼、鬼なら殺した人間に喜んで喰らいつくことはあっても、殺した人間にそんな顔はしない。これからありつける食事に愉悦に満ちた顔をするのでもなく、溢れる血臭に理性をなくすのでもなく、まるで、彼の死を悲しんでいるようにその鬼は亡骸となった彼をただ見つめている。
月の光に照らされたその鬼の姿はまるで懺悔しているかのようにすらカナエには見えて、思わず足を止めて息を呑んだ。
その音で此方に気付いたのか、ゆっくりとした動作で振り向くその鬼は闇夜のように黒い髪に真っ赤な羽織を羽織っていて、その出立はとても堂々としているのに、カナエには今にも消えてしまいそうな程儚くて切ない、悲しみに満ちた姿に見えた。
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