花にとまる蝶   作:夜野 桜

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花と蝶

 

 

 森の中で木々の隙間から洩れる月光に照らされるように現れたのは美しい1人の少女だった。

 

 

 髪の両端に揃いの大きな蝶の飾りを付けた彼女はともすれば街1番の美女と言われても可笑しくはない顔立ちをしている。腰に挿した刀さえなければ俺も鬼狩りかどうか判断に迷うところだった。

 

 

「……また鬼狩りさんですか。

こんな山中までわざわざご苦労なことですね」

 

 

 恐らく増援だろうがこの短時間に2回も鬼狩りと会敵することになるとは、今日はついていない。

 それにしてもいくら鬼狩りとはいえ女人が1人だけでこんな山中までやってくるとは度胸があるというか、それとも無謀と言うべきか。

 

 

「……貴方は、鬼、ですか?」

 

 

「…うん?勿論、そうですよ」

 

 

 この状況を見れば俺が鬼であることなど一目瞭然であろうに、わざわざ確認してくるというのは一体どういうつもりなのか。

 

 少女のその疑問に俺は思わず首を傾げてしまう。彼女の歳の頃は15か16かその辺りに見えるが、その年齢に見合わず立ち振る舞いにはあまり隙がない、つまり目の前の少女は先程の青年よりも明らかに強い。

 

 

 ならば尚更、俺が人ではないということなど気配で直ぐに気付きそうなものだが……

 

 

「彼は貴方が?」

 

 

「それは状況を見れば明らかでしょう、この青年を殺したのは俺で間違いありませんよ」

 

 

 青年の血で真っ赤に濡れた右腕を彼女によく見えるように挙げてそう告げれば、彼女はなかなかに面白い反応を見せてくれる。

 悲しげにその目を伏せたかと思えば次に開けた時にはもうその瞳からは感情を読見取ることができなくなっていた。

 

 鬼狩りというのはその多くが復讐という激情に駆られて動く者達だ。家族、愛する者、仲間、これらを失った人間はその原因を前にすれば得てして感情を抑えるということがなかなか出来ないものだが、どうやら彼女は自身の感情をしっかりと制御することができるようだ。

 

 

「……どうして、殺したのですか?」

 

 

「不思議なことを聞きますね、鬼である俺に何故人を殺すのかと問いますか?」

 

 

 本当に不思議なことを聞く少女だ、現れてからいきなり斬りかかってくる訳でもなく、ことの真偽を確かめるかのように彼女は俺に問いを重ねてくる。

 

 だがこれははっきりと答えるまでもない質問だ。俺は鬼なのだから、人を殺すのは勿論人を喰らう為だ。まあ今回に関していえば有無を言わさずに青年が斬りかかってきたので自衛の為にやむなしということだったのだが。

 

 

「……鬼であるから人を殺すのは当たり前、ということですか?」

 

 

 しかし尚も続いた彼女のこの質問には少々、苛立ちを感じた。

 鬼狩りはいつもこうだ。

 

 自分達は鬼を当たり前のように殺し、あまつさえ同族同士で散々殺し合っている癖に鬼が人を殺すことには声高々に避難の声をあげる。

 

 

「はぁ、貴方達鬼狩りはどうしていつもそうなんですかね?」

 

 

「……何が言いたいのですか?」

 

 

「鬼は確かに人を殺します、ですが貴方達鬼狩りに殺されもします。

 人を殺す俺は貴方達からすれば確かに悪でしょうとも。ですが、それは鬼を殺す貴方も同じこと。ならば俺達は互いに悪と言える。そのことに貴方は気がついてらっしゃいますか?」

 

 

 

 俺のこの問い返しに、目の前の少女は何かに気付いたようなハッとした表情をして此方を見つめてくる。

 

 

 鬼狩りはいつも自らが正義であるかのように腰に挿した刀を抜き放ち、その刃を振るう。彼等からすればそれは確かに当然の事なのだろう。鬼は殺さなければ人が死ぬのだ、その正当性は保証されていると言ってもいい。

 

 だが、それは人の都合であって鬼である俺達には関係のないことだ。

 彼等の正義は人を救う為にあり、人を守る為にあり、鬼された俺達に彼等の正義は適用されないのだから。

 

 だが、ならば鬼にされた俺達は、どうすれば良かったのだ?

 

 

 ある日突然、人を喰らうことを強制するかのようなこの欲求を与えられた俺達は一体どうすればよかったのだ?

 

 

 鬼が人を殺すことが悪だというのならそれも良い、人からすればそれは当然の事だ。

 

 だが、彼等は同時に理解するべきだ。

 

 鬼もまた嘗ては人だったのだということを。

 

 

 

 そしてそんな鬼を殺す鬼狩りも鬼からすれば悪なのだということを。

 

 

「命を奪う者は等しく悪ですよ。そこに鬼であるか人であるかなど些細な差でしかない。貴方が鬼を狩るという立場にあるのだとしたら、尚更その事を自覚するべきです。…俺も貴方も何も変わりはしない所詮はただの咎人なのだということを」

 

 

 そう言い終わるのと同時に俺は地に落ちた拳大の石ころを少女に向かって蹴りあげる。軽く蹴っただけだが、それでも鬼である俺の力は人間の比ではない。

 

 当たれば死ぬであろう速度で迫るその石ころを少女は軽く頭を傾けるだけで避けて見せる。そして次の瞬間にはいつ抜いたのか刀を片手に隙のない構えをとっている。

 

 

 流れるような自然な動作、やはり強い、一連の動きだけで、この少女が並の鬼狩りではないことはよく分かった。鬼である俺の言葉を何やら真剣な表情をして聞いているので変わった少女だとは思ったが実力もそこらの鬼狩りとは大きく異なるらしい。

 

 

 少女のそのあり様に夕顔(ゆうがお)の心は妙な高揚感に包まれていた。

 

 

 この少女ならもしかすると俺の罪を裁けるかもしれない。

 

 

 

 しかし、その夕顔の考えは思いもしない形で裏切られることになる。

 

 

 

 徐に少女が刀を下げて構えを解いたのだ。

 

 

 

「……そうですね、貴方のいう通り、私もまた、鬼になってしまった貴方達の首をはねることでしか止める術を持たない、ただの咎人なのでしょう」

 

 

 問答は終わりだという意味を込めた攻撃だったのだが、何故か目の前の少女は刀を下げて戦う意志を見せない。それどころか、この状況で未だに会話を続けようと試みてくる。

 

 

「……何故、刀を下ろすのですか?鬼を目前にしながら、鬼殺を掲げる貴方が、何故刀を構えない?この青年は貴方の大切な仲間ではないのですか?」

 

 

 ……解せない。

 自らの仲間の仇を前にして、鬼という彼等にとって至上の悪を前にして、何故戦おうとしないのか。

 何故この状況で会話をしようというのか。

 

 

「えぇ、とても大切な仲間です。私の最期の同期でもありました。

 仲間を守る為ならこの刀を貴方に振るうことに何の躊躇いもありません。……ですが私は間に合いませんでした。……私が刀を下ろしたのは単に貴方と少し話をしてみたかったからです」

 

 

「……鬼の俺と話をしたい?」

 

 

「はい、今まで貴方の様に人を喰らうことを罪だと認めた鬼に私は会ったことがありません。だから少し話をしてみたかったのです」

 

 

「……貴方、気は確かですか?」

 

 

 その言動に夕顔(ゆうがお)は目の前の少女の正気を疑った。

 

 ただの石ころだが、仮にも当たれば死ぬような攻撃を加えてきた相手を前に目の前の少女は先程の隙のない構えはなんだったのかと思うほど今の少女の佇まいは明らかに隙だらけだった。

 加えて人が、それも鬼を狩るということを生業とする彼女が鬼と話がしたいなどと訳の分からないことを言う。

 

 

「ふふっ、心配でもしてくれるんですか?」

 

 

 その上この言動だ、夕顔(ゆうがお)でなくてもどう考えても彼女はまともには見えなかっただろう。気を確かめるのが人の世で一般的な心配に当たるのかどうなのか、夕顔には判断が付かないが少なくともこの場において彼女が微笑みを浮かべれるような言葉を言ったつもりは微塵もないのだが。

 

 

「心配をしたつもりはないのですが……

 いえ、もう結構です。

 それで鬼狩りである貴方が俺と一体何の話をしたいと言うのですか?」

 

 

「先程の続きですよ。

 貴方の言う通り、私達鬼狩りも鬼となった人の命を奪う咎人です。

 ですが、貴方が罪を知るというのなら、どうかこれ以上の罪を重ねないでください。悪であり続けることを良しとしないでください。少なくとも私は、この瞬間どれだけ悪であったとしても、未来永劫に渡って悪であり続けたくはない。悪にならないでもいい道を探し続けたい」

 

 

 彼女がしたいと言った話を大人しく聞けばその内容はあまりにも滑稽なものだった。

 

 

「……鬼の私を説得でもしようというのですか?

 無駄なことをされるな。鬼と人、どうやってもこの二つの存在が分かり合うなど不可能なことだ」

 

 

 そう、不可能に過ぎる。鬼が人を殺さずに生き続けることなど有り得ない、そしてそれが出来ない以上、人と鬼が分かり合うことなど決してできない、不可能なのだ。

 

 この欲求は、この呪いはそう簡単に解けるものでも、我慢できるものでもない。

 

 そして何より根本的に彼女は思い違いをしている。

 

 

「それに、どうやら貴方は大きな勘違いをしているようですね。

 一度でも悪となった者が悪でなくなることなどありはしません。犯した罪は消えず、踏み倒してきた命の無念も何もなくなりはしない。貴方がどれだけ奪わない道を探そうとも、貴方が奪ったという事実は何一つとして消えないのですよ」

 

 罪を犯したものがその罪から逃れることなど出来はしない。

 例えその後にどんな善行を行おうとも、罪が覆ることなどない。

 

 俺が10人の人を助けたとしても俺が殺した100人の命は戻ってこない。だから、彼女が一度でも鬼を狩りその命を摘み取ったいうのなら、彼女がもう悪にならないで良い道などもうないのだ。

 

 

 だが、諭すようなその言葉にも彼女は一切夕顔(ゆうがお)から視線を逸らすことなく、首を横に振って否定の意を露わにする。

 

 

「私は、私が悪でなくなることを望んでいるのではありません。私が貴方のいう罪を望まないように、悪になりたくて悪になったのではない者達がいること知っています。鬼になったが故に、殺さなければならなかった無念があることを私は知っています。

 ……貴方はどうですか?貴方は鬼になる前から人を喰らうことを望んでいたのですか?」

 

 

「……もしも喰らわなくても良かったのなら、喰らいたくなどなかったかもしれませんね。

 ですがそれを言ってどうなると言うのですか?もしもの世界などこの場所にはない、あるのは毅然とした事実のみです。

 この身はすでに鬼となり、数多の人を喰らい、その未来を奪った正しく悪鬼だ。貴方がここで俺を裁けないのなら、これから先も俺は裁きを受けるその時まで、また多くの人を喰らう悪鬼として生き続けることになりますよ?」

 

 

 嘗てどうだったのかなど、今のこの状況にはなんの意味も無さない。

 本当はどうしたかったのかなど何の役にも立たない。

 

 

 あの日、俺はあの絶望の中で鬼となった。

 鬼となって、鬼にされて、多くの命を奪った。

 敵も味方も関係なく、ただ人を害する悪鬼となって殺して殺して、喰らい尽くした。その後もずっと同じだ。罪のない者を、未来ある彼等をあの飢餓感に耐えられず殺して喰らった。

 

 

 俺が殺した彼等に俺がどうしたかったなどそんなことは関係ない。この罪に俺の想いなど関係ないのだ。

 だから過去がどうだったかとか、もしもの世界を語ることになんの意味もありはしない。

 

 

「貴方の言う罪とは死によってのみ裁かれるものなのですか?」

 

 

「無論、その通りです。

 俺は生きる為に喰らい続けてきました。生を望む者に死が与えられるのであればそれは正しく罰となるでしょう」

 

 

 ずっとそうだった、俺は生きる為に喰らってきた。

 生きるために、死にたくなかった彼等を殺してきたのだ。

 

 

 そうでなくてはいけないと、まるでそれが義務であるかのように夕顔(ゆうがお)はカナエに語りかける。

 

 

 この欲求に抗えば抗うほど飢餓感は暴走し、自らの理性を抑えることが困難になる。

 そうなれば、喰らう必要のない者まで殺してしまう。

 

 

 だからこの飢餓感を抑える為に必要な量の人間だけを喰らう、それが俺にとっての生であり、鬼として生きるということなのだ。

 

 

「貴方は……本当に生きることを望んでいるのですか?

 その言い方ではまるで罰を与えて欲しがっているように聞こえますよ」

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 彼女のこの鋭い質問に夕顔(ゆうがお)が思わず息を呑んだ。

 

 言葉尻を捉えればそれは確かに罰を与えてもらいたがっているようにも聞こえる。生を望むと言いながら夕顔(ゆうがお)の様子は酷く矛盾していてカナエに強烈な違和感を与えたのだ。

 

 

「貴方が本当に望んでいるのは生ではなく、死ではないのですか?」

 

 

「……さて、どうでしょうね。

 おや、少しお喋りが過ぎたようですよ、綺麗な鬼狩りさん。

 間もなく日が登ります。ご存知の通り、我ら鬼は陽光が大の苦手ですから。罪がいずれ裁かれることを確かに俺は望んでいるのやも知れませんが、陽光で消滅するのは俺の望む裁きではありません。かと言って簡単にはこの命を差し出すことは出来ませんので、今回はこれで失礼することにしましょう」

 

 

 もう間も無くこの暗闇の世界が終わりを告げようとしている。

 そうなれば鬼である自らの活動時間は終わる。急いでこの場を離れなければならない。

 

 生きる為に殺してきた。

 その為に殺してきたのだ、自らに湧き上がる欲望に身を委ね、多勢の人を喰らってきた。死にたくなかった彼等を殺して生きながらえた俺が簡単に死ぬことは赦されない。

 この命の全力を持って抵抗し、それでも尚自らの首元に刃を振るわれた時、初めて俺の罪は裁かれたといえる。だから簡単に首を撥ねられる訳にはいかないし、陽光で死ぬなどもっての他だ。

 

 

「あ、待ってください!貴方のお名前は!?」

 

 

 そのまま去ろうとする夕顔(ゆうがお)を焦ったようにしながら、彼女は尚も対話を試みようとしてくる。

 

 

 名前、そんなものを聞かれるのは随分と久しぶりだ。

 無論、名はあるが名乗ることなど鬼なってからというものとんと無かった。まして、相手は鬼である自らを殺しにきている鬼狩りだ。

 

 

 いつかは殺すことになる相手の名を聞くなど、彼女はまるで嘗ての武士のようだ。昔は殺す相手の名を聞くことなどよくあったことだが今の時代でそのようなことをするものなどまず居まい。

 

 

「鬼狩りが鬼に名前を聞くなんて、本当に貴方は随分と変わった方ですね。

 ……俺の名前は、夕顔(ゆうがお)といいます。綺麗な鬼狩さんのお前の名は何いうのですか?」

 

 

「鬼殺隊、階級甲 胡蝶(こちょう)カナエと申します」

 

 まあ、聞かれれば名乗るのも悪くはない。自分も昔はよくそうして名乗り合っていたものだ。そう思って彼女にも昔の名残から遂名前を聞いてしまっただけなのだが、殊の外彼女は礼儀正しく頭を下げながら名を教えてくれる。

 

 

 ……鬼に頭を下げる鬼狩りとはこれ如何に。

 そもそも何故斬りかかってこないのか、このまま俺を逃してもいいのか?

 

 普通は鬼が逃げ出そうとしているのだから焦って首を斬ろうとしてくるだろう。このままではまた誰かが殺されることになると言うのに、何故彼女は俺がそのまま去ろうとすることを良しとしているのか。

 

 

 結局そのまま彼女が後ろから斬り掛かってくることもなく、俺は夜明け前に寝ぐらにしている洞窟の中に戻ることが出来てしまった。

 

 彼女については疑問が尽きない。

 何故鬼である自分を見逃したのか、何故対話を試みてきたのか。何よりそんなことをして彼女の立場は大丈夫なのだろうか?

 

 

 そこまで考えて夕顔(ゆうがお)はハッとした表情をして勢いよく首を左右に振る。

 何故鬼狩りである彼女の立場を鬼である自分が考えなければいけないのか。

 

 

 洞窟に帰っても夕顔(ゆうがお)の中にはもやもやとした妙な感覚がなかなか消えなかった。

 

 ……たしか、胡蝶(こちょう)カナエと名乗っていましたね。

 全く持って理解できない、本当にやりにくい少女だった。

 

 しかし、意味のわからないところは多々あれど、あの鬼狩りの少女はなかなかに強そうだった。

 もしかしたら次に会う時には彼女が俺の罪を裁けるかもしれない。

 

 

 そう思い直して何とかもやもやとした感覚を消す夕顔(ゆうがお)だったがそんな期待は、僅か数日後に彼女の思わぬ行動で打ち砕かれることになる。

 

 

 




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