DQ11の世界でテリーになってました。いやマジでどうしよう。   作:こだわり和栗

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第三話

 大きく開いた扉から朝日が差し込んでくる。

 

 ほんの少し肌寒い風が吹き、目を細めると、木々の葉が擦れあう心地のよい音が広がった。辺りに目をやれば、小屋を取り囲むように生えた白い花が楽しげに揺らいでいる。

 大きく深呼吸すれば、胸いっぱいに広がる青々とした少し甘酸っぱい自然の香り。その奥にはツンとした埃と土、古木の匂いが混じっている。

 開けていた扉を閉めると、キイキイと蝶番が擦れる音が鳴った。その扉の表面は雨風に晒されて灰色に変色してしまっている。

 きっと、古ぼけた匂いは旅小屋のものだ。俺はこの匂いが嫌いではなかった。

 

 切り立った崖に囲まれた窪地にぽつんと佇むこの旅小屋が、俺が現在住まわせてもらっている場所である。

 

 

 ――ぬっと、山小屋の影から巨大な全身鎧が姿を現した。

 

 

 黒々とした表面には傷や汚れ一つもなく、太陽の光を受けて鋭い光沢を放っている。彼が現れるだけで、気持ちよい朝の陽気が一気に引き締まった。

 全身鎧は物音一つ立てずに小屋の正面へと歩く。

 一メートルちょっとある俺の身長を二つ並べても、その鎧の大きさには至らないだろう。初めて見た人は一体どんな大男が入っているのかと疑問に思うだろうか。

 バイザーで隠された奥には顔がないことを俺は知っている。何せ、直接この目で見たのだ。

 

 悪魔の騎士と呼ばれるモンスターがそこに居た。名前は、パシバル。

 

「おはようございます」

 

 俺はパシバルに向けて頭を下げる。

 彼は何を言うでもなく、巨大な手で俺の頭をそっと触った。

 

 彼が――俺の転機となった、モンスターだ。

 

 

 

 

「今朝もお願いしますッ!」

「……来い」

 

 ひのきの棒を持ってパシバルと対峙する。

 彼が構える武器も、俺に合わせてひのきの棒だ。巨大な体躯を持った悪魔の騎士がちっぽけなひのきの棒を持つと、まるでマッチ棒を武器として構えているようで少し違和感を感じてしまう。

 そんな事を思いながら、じりじりと擦り足をしてパシバルへと近寄る。

 

 まるで地面に突き刺さった大木のように、どっしりとした安心感と隙の無さだった。

 隙が無いからといって攻撃しないという選択肢はない。これは訓練なのだから。

 

「ふっ」

 

 小さく息を吐きながらパシバルへと駆け寄り、右手に持った武器で殴りかかる。パシバルは棒先に棒先を当ててするりと俺の攻撃をいなした。

 

「軸がぶれている。武器は腕で振るうのではない、体全身を使って振るうものだ」

 

 言うが否や、彼は正面に武器を構えた。

 来る。

 棒先から決して視線を逸らすことなく、パシバルへと意識を集中させる。視界の端が緩やかに流れ、水中を歩いているような、意識を限界まで薄く引き延ばしたような感覚。何度も浅く息を吸う自分の感覚だけがはっきりと確かなものだった。

 

 パシバルの一撃に合わせて反撃しようとし、焦燥感にも似た直感に従って、振るわれた攻撃を大げさに避ける。ビキリと引きつる筋肉を黙殺し、一歩強引に後退。

 ひのきの棒の軌跡は切り下ろしからの切り上げ。右か左に回避していたらなぎ払われて負けだった。

 

「ふむ」

 

 ひのきの棒を上段に構えながら、パシバルは心なしか満足そうな声色を漏らし――動いた。

 頑強な西洋鎧が棒を片手に迫る姿は巨大なダンプカーが迫ってきたかのような威圧感を放ち、ぶつかれば大人だろうと大ダメージは避けられないだろう。思わずふざけろッ! と心の中で悪態を吐く。

 

 そこからは滅茶苦茶だった。

 

 上下左右関係なしに振るわれるひのきの棒。一度でもかする事が許されない暴虐の嵐を必死に避け続ける。

 地面すれすれまで体を伏せてなぎ払い攻撃を避け、その隙をつくように攻撃を当てに行こうとするも、上体を起こす頃にはパシバルは武器を構えなおしていた。

 

 パシバルと視線が合う。

 俺と彼の距離は2メートルちょっと。相手は一歩前に踏み出して腕を伸ばせば攻撃があたる間合いだが、俺は相当踏み込まないと攻撃が当たらない。

 戦闘中に生まれた小さな時間を逃さないように、体全体に魔力を行き渡らせる。心臓の鼓動に合わせて、めぐらせた魔力も脈動する。やってやらあと――右手に力を込めた。

 

 硬直した時間は一瞬だった。

 どうせ読まれているだろうが、右足で強く地面を蹴って、パシバルへと距離を詰める。やってみろと言わんばかりに、パシバルは武器を構えた。好都合だ。見よう見まねのフェイントを狙って、一歩踏み込むタイミングをわざとずらし、ここで――!

 踏み込んだ俺の一歩は、普通ならば数秒は掛かるだろう距離を一瞬で詰めた。体から溢れた魔力がバチバチと音を立てて地面をかき乱す。

 

 懐近くまでもぐりこんだあと、急激な角度を描いてパシバルの背後を取る。体を捻らせ、両手でひのきの棒を握り締め、狙うは首筋の部分。

 

「疾、風、突きいいいッ!」

 

 俺は疾風の如く切りつけた。

 当てたッ!

 そう思った瞬間、ぞくりと首筋に嫌な感覚が走る。

 パシバルが振り返った。盾を持たない左腕で俺の攻撃を受け止め、いなされ、

 

 ――空が近かった。

 

 思考が混乱する。

 透き通るような青い空が視界一杯に広がり、一体何から疑問に思えばいいのかわからなくなり、重力に従って背中から落ち始めたあたりで全てを理解した。

 投げられた。

 せめて頭だけはと首を曲げて来るべき衝撃に備えるも、ぽすっとパシバルにキャッチされる。

 

「ぐえっ」

 

 落下の衝撃で一気に息が漏れた。

 ゴツンと頭にひのきの棒を当てられ――朝の鍛錬は終了を告げる。

 

 魔物と人間による奇妙な師弟関係が出来てから25日が経過していた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 その日、俺は一先ずの食料として薬草を両手に抱えて山小屋へと戻っている途中だった。

 薄布のような夜霧がかかる中、息を必死に押し殺して夜の帳に紛れ込む。たいていの魔物は眠るが、一部の強い魔物などは夜にこそ活発に活動する。そういう魔物に付け狙われる前に山小屋に戻らなくては、辺りに気を配る。

 

 遅くなってしまった理由は、群生した薬草の生息地域を見つけたからだった。

 俺の知識なんぞは悲しいモノで、安全に食べられる物として心当たりがあるのは薬草のみ。罠猟のやり方もわからず常にすきっ腹を抱えていた。大量の薬草を前に、腹いっぱい食えそうだヒャッホーイ薬草パーティーだとぶちぶち抜いては確保を繰り返していたら……。

 我に返る頃にはすっかり太陽も沈みかけていて、必死の祈りも通じずに訪れた夜闇の中を隠れ進んでいるのだった。

 帰路を進むにつれてじわじわと違和感が湧き上がり、危機感となって俺を駆り立てる。

 

 魔物が居ない。

 

 普段ならばアンデッドマンやメイジドラキー、ドラゴンといったモンスターが闇の世界の覇者だというのに、その姿がまるで見えない。

 陶器質の岩肌が露出した地面を避け、足音を誤魔化してくれる草むらを進む。川の立てる水音が大きくなり、旅小屋へと続く石橋が月明かりにぼんやり照らされているのを見て、やっと肩の力が抜けた。

 

 ……と。金属片がぶつかり擦れ合うような、ギャリッと甲高い音がした。

 鋭敏になった感覚が拾った微かな物音に、飛び跳ねるように音のなったほうを見れば、そこには金属の鎧が倒れこんでいた。

 

 ――人!?

 辺りへの警戒も忘れて走りよれば、そこに倒れていた鎧は惨憺たる有様だった。

 

 大の字に倒れこんだ鎧の心臓部位には巨大な力で切られたような裂傷が入り、その傷から全身に皹が広がっている。月明かりに照らされ、切り口が鋭く光を反射している。不思議と中は伺い知ることが出来なかった。

 

「お、おい、大丈夫か」

 

 嫌に冷たい顔装備をペチペチ叩くが反応はない。薬草を食べさせなければと思い、バイザーの下に指をかけ、一気に引き下ろす。

 そこには人の顔が――なかった。ただ、渦巻くように蠢く闇のみが、あった。

 飛び散った鎧の破片が小さく震え、鎧の内側から一気に瘴気があふれ出す。

 糸で吊られたように破片が浮かび上がり、むくりと鎧が上半身を起こした辺りで、俺は全てを理解した。

 

 ヤバい。ヤバい。ヤバい。魔物だ、これ。

 

「――何故、近づいた」

 

 声をかけられたのだと理解するまでに、ほんの少しの時間を必要とした。

 鎧の内側から放たれた声はくぐもり、反響し、不思議な声色だった。

 魔物からのアクションで頭の一部が冷え、その心が今すぐ逃げろと囁いたが、何故だか逃げる気にはならずに問いに答えを返す。

 

「……人だと思った」

「何故、逃げぬ」

「……」

 

 自分でもわからん。わからんが、それでもわかる事があった。魔物の声色に敵意や殺意がない。俺はすっかり人だと思って近づいたのだから、殺すのであればいくらでも隙があった。いくら大ダメージを負っているとはいえ、子供の一人や二人、きゅっと簡単に害せるだろう。俺の手には薬草がある、それを見逃すような相手だとは思えない。

 それどころか、どこか様子を伺うように声をかけて来たその姿は、なんとなく悪い魔物ではないのだろうと考えた。

 

 

 ーー正気を疑うような発想が浮かんだ。

 

 

 確かにゲーム中にも人と争わない魔物というのは登場する。だからといって、目の前の魔物がそうだとは……。だが。

 

「わからない」

 

 返事とも自問とも取れる言葉が漏れ、握り締めた薬草を顔の位置にある蠢く闇の中に投げ入れる。鎧の一部が巻き戻されたように修復されるのを見るや否や、手にした薬草を全て突っ込んだ。

 

「――むう」

 

 すっかり全修復された鎧の姿を見て、やっとその魔物の名前を理解する。悪魔の騎士、だ。

 理解不能と言わんばかりの様子で俺をねめつけるその姿に小さく笑いを溢すと、正座をする。

 そして深々と頭を下げた。

 

「お願いがあります。俺を、鍛えてくださいッ!」

 

 返ってきた答えは、

 

「ハ、ハ、ハ、ハッ!」

 

 引きつるような大笑いであった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 頭のコブにホイミをかけながら地べたに直接寝っ転がる。体の熱が地面に吸い取られ、訓練で湯だった体にはとても気持ちがよい。

 

 パシバルが俺の近くに寄りドシンと腰を下ろした。

 慌てて上体を起こし、その場に座りなおす。

 

「子供の体故に仕方ないが、お前の攻撃は、軽い。ならばこそ魔法剣はお前の力になるだろう。ただし慢心はせぬよう。今のお前の実力では、少しでも心得がある者には通じない。動物のような魔物には通じるだろうが、スタミナ不足が目立つ。数匹でも倒せば動けなくなるだろう」

 

 今の俺にとって値千金にも等しいその言葉を聞き逃さぬようにしっかりと胸に刻む。

 

「しかし、お前の集中力と反射速度は見事だ。立派な武器足りえる。無理に力を伸ばすより、生まれ持った強みを生かせ。それがお前のためになる」

 

 コクコクと何度も頷けば、ここ最近ですっかりおなじみとなった不思議なものを見るような目で――パシバルに目は無いから勿論比喩表現だが、見られる。

 

「まずは、最優先でスタミナをつけるのだ」

 

 そう言うとパシバルは鎧の隙間に手を入れ、兎の死骸を取り出した。

 

「後で、食え。剥き方は覚えたな」

「――今日もありがとうございます師匠ッ!」

 

 本当に師匠様々である。朝飯も食べたと言うのに新鮮な肉を見た腹が空腹を訴え、涎と、涙が溢れそうになった。

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