小説の中の僕たちは戦場のあとの楽園に沈む   作:ソウブ

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最終話 虚構は美しい

 

 

 絶体絶命。

 絶望。

 

 そんな言葉ばかりが頭を過ぎ去っていく。

 

 僕らは死ぬのか。

 いや死ぬことはないだろう。潰されるならそれまでと思っていたとしても、そんな意味のないバッドエンドで完結させるほど、アマチュア作家とはいえ馬鹿ではないはず。

 なるとしたら、大幅に改変された改稿だ。

 つまり世界が改変される。

 今までの僕とリーネと悠里ではいられなくなるかもしれない。

 関係や性格が変えられてしまうかもしれない。

 今までの思い出は確実に消えてしまうだろう。

 

 嫌だ。

 今を変えられたくない。

 このままの三人で、日々を続けていきたい。

 

「素名くん……」

「お兄ちゃん……」

 

「一つ、思いついたんだ」

 

 リーネと悠里は、戦いながら耳を傾けてくれている。

 

「こうなったらもう、ただ戦おう。潰れるならそれまでと思われてるなら、絶対に潰されてなんてやらない」

 僕も信緑の想剣(リーフカリバーン)を振って戦いながら言った。

「苦難の道だけど、一緒についてきてくれるか」

 

「もちろんだよ」

「みんな一緒なんだったら、ゆーりは耐えられます」

 

 絶望があるという事実を受け入れるところから救いは始まる。

 

 僕たちは絶望に立ち向かい続ける。戦い続ける。

 

 戦い続けられるように、鍛えた。

 

 鍛え続けて強くなり続ける。

 文章も少し弄って、成長促進もした。

 

 その最果てに、信緑の想剣(リーフカリバーン)の進化に成功した。

 異能力の最上位形態。

 地球で戦っていたころの異能力設定を最大まで研ぎ澄ませた結果。

 

 信緑の想剣(リーフカリバーン)・アーマードフォームへと至る。

 

 緑の剣を携え、頭までも覆う緑の鎧を纏う。これは信緑の想剣(リーフカリバーン)の攻撃力を鎧の防御力と装着者の体力に変換する力だ。これによって無限に戦える。

 荘厳なる緑の装甲。

 

 僕たちは宇宙人の大軍と戦うことを日常化していく。

 

 

 

「素名くん、また一緒にデュエルしてくれる?」

「もちろん」

 

 僕はまたカードゲームを始める。

 以前投げ捨ててしまったデッキを取って。

 

 何度もデュエルをする。

 何度目かの、デュエル。

 

「ドロー」

 

 宇宙人を破壊しつつ手札にカードを加える。

 

「トロールを召喚してターンエンド」

 

 同時に宇宙人の命もエンドさせた。

 戦いながらカードゲームだ。

 何度も繰り返して、敵を倒すのとデュエル進行の流れが自然になってきている。 

 

「いいねいいね慣れて来たね! わたしのっ、ターンっ!」

 リーネはドローしながらそのカードに緑色の光を纏わせて宇宙人を切り裂く。

 

 これが現代のデュエルだ。

 

「やっぱり、楽しいな」

 

 一度否定したけれど、やっぱりデュエルは楽しかった。

 僕は根っからのデュエリストなんだ。

 

 

 

「このクッキー美味しいな」

 リーネの作ったクッキーを咀嚼しながら宇宙人を殴り殺した。

「紅茶も美味しいです」

 悠里はミニガンを片手で乱射しながらティーカップを傾ける。

 

 戦いながら優雅なティータイムもこなしていく。

 

 

 

「ぐがー」

「すぴー」

「くぅー」

 

 寝ながらそれぞれの武器を無意識に振り回し宇宙人を殲滅。

 休めないという最大の問題も解決した。

 

 

 

 こうして僕たちは、戦闘を完全な日常化に成功した。

 どうだ。ざまあみろ。勝ってやったぞ。

 僕は作者や世界の理不尽に対して中指を立ててやった。

 

 目の前に、一つのボタンが転がり出てきた。

『もうテーマを見せてもらったから、そんな戦いする必要はない』そう書かれたボタン。

 

「なんですかこれ?」 

「作者が転がしてきた、のかな?」

 悠里とリーネが首を傾げて赤色のボタンを見つめる。

 

「書かれていることからして、このボタンを押せば批判力はもう来なくなるってことかな」

「ゆーりたちの頑張りが認められたんですか!」

 悠里が顔を輝かせて万歳三唱しかけるのを、手を握って止めた。

「待って、これは罠だ」

 

 僕は剣を突き立て、ボタンをぶっ壊す。

 

「ああー!? お兄ちゃんなにするんですか! もう戦わなくてもよくなるところだったのに!!」

「違うんだ。絶望があるという事実を受け入れるところから救いは始まる。そして絶望と戦い続ける。それがこの小説のテーマの一つ」

「よくわかったね素名くん、この世界への適応率がわたしと同レベルになってるんじゃない?」

「うん。だから、そのテーマを崩すようなことをしたら、より悪い状況にされるってなんとなくわかる」

「そう、なんですか」

「もう戦い続ける覚悟はできてるんだから、これでいいんだ」

「はい……まあ、そうですね。三人一緒なら大丈夫です」

 悠里は持ち直してくれたようだ。

 

 僕たちは、この日常を続ける。

 

 ここが僕の場所なんだ、何が起こっても、僕は二人と共に在る。もう、それだけでいい。

 僕は小説の中の存在なんだから、その事実は受け止めなければならない。

 僕は小説の主人公で、読者とほぼ同一の存在だ。

 それを受け入れつつ、二人と一緒にいたい。

 それが今にも失われる可能性があるとしても。

 僕は、そういう法則がある世界に生まれてしまったんだから。

 

 

 

 

 おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってください!!!!!!!」

 

 悠里が叫んだ。

 

「あ、あのこれ、このままこの小説完結したら、ゆーりたちどうなってしまうんでしょうか」

「どうなるんだろうな」

「終わってしまうんじゃないですか。消えてしまうのと同じなんじゃないですか。死んでしまうのではないんですか」

「リーネ、どうなんだろう」

 ゆーりが今言ったようなことが、僕は嫌で嫌で仕方がなかったはずなのに、絶望を受け入れてから耐えられるようになっていた。

 戦い続けることは、もう決めたから。

 

「悠里ちゃん、物語が終わっても、消えるとか死ぬとかじゃないよ。終わっても生きてる。作者と読者の心に。読んだという記憶は、忘れたとしても消えたりしないんだよ」

「それ、『僕らの心の中で生きてる』とかいう、納得させる為だけの詭弁ですよね」

「違う。あらゆる物語、そこに生きている命、それは生まれた時点で永遠なんだよ。よく物語が終わっても登場人物たちはその先も生きていくっていうじゃない。その先を想像するのを楽しむ人だっている。だからわたしたちは永遠だよ」

 

 悠里は顔を歪めた。

 

「でも」

「でもぉ……」

「終わらせたくありません」

「終わらないでほしいです」

「二人と一緒にいたいです」

「ずっと過ごしていたいです」

「ずっと存在していたいです」

「本当は、ゆーりも真実を知った時、お兄ちゃんと一緒で嫌だったんです。でも我慢してただけなんです!」

「今この世界の終わりを前にして、急に怖くて怖くて仕方なくなってしまったんです」

「もう耐えられません! 無理です! 限界です!」

 

 悠里は納得しなかった。

 我慢していたものが、決壊したんだ。

 妹の瞳から涙が流れていた。

 

「うわああああああああああああああああああん」

 

 号泣してしまう。

 

 僕は大切な妹を抱きしめた。リーネも悠里を抱きしめた。

 

「ごめんな。大丈夫だからな。僕たちが一緒だから、大丈夫だ」

「よしよし、よしよし」

「こんなこと、知りたくなかったですよおおおおおおおお……」

 

 知りたくなかった、か。

 そうだよな。こんな事実、知りたくない。

 知らなくていいことがこの世にはある。

 でも知ってしまった。苦しいよな。辛いよな。何もかも嫌になるよな。

 僕だって、知らないままならその方が良かったかもしれない。

 でも知ったからには、僕は知ったままでいたい。

 知ったままで、希望を掴みたい。

 でも、悠里はそう思えないんだろう。

 辛くて辛くて堪らないんだろう。

 知ることで絶望しかなくなってしまったんだ。

 知ることで。

 

 ――――。

 そうか。悠里を救う手はある。

 

 僕は文章を弄った。

 

 "悠里の記憶からこの世界が小説だということに関するものは消失した"

 

 この文章を、僕は生み出し、現実にする。

 

 

 

「あれ……? なんでゆーり泣いてるんですか? それでなんで抱きしめられてるんですかね?」

「かわいい妹を抱きしめたくなったからだよ。それよりお菓子でも食べるか?」

「なんだかすごく誤魔化されてる感がありますけれど、とりあえずショートケーキが食べたいです」

 

 悠里は笑ってくれた。

 思えば、久しぶりに見る妹の笑顔だった。

 この世界が小説だということを知ってから、悠里は笑えなくなっていたのだろう。

 

 リーネがショートケーキを作って、悠里が「おいしいです」とケーキに夢中になっている内に、リーネと話す。

「これで、ハッピーエンド、だよね?」

「わたしは、そうだと思う。みんな笑えてる。この時間は永遠だよ」

 

 絶望と戦い続けることがこの小説のテーマの一つだけど、絶望に耐えられない人だっている。

 絶望を受け入れられなくて死んでしまう人がいる。

 悠里もその一人だった。

 なら、絶望を知らないままでいい。考えなくていい。

 救われることが、第一なんだ。

 

「これで、この小説も終わりか……」

「うん。終わりだね」

「本当に、終わったらどうなるんだろう」

「大丈夫だよ。わたしたちはこの【タワー】で過ごしていける。多分、変わらない永遠の幸せが待ってるよ」

「そうかな……」

「信じられない?」

「んー……どうかな」

 

「素名くん好きだよ」

「急になに?」

「相棒の剣としても、異性としても好きだよ。この想いは、わたしの存在理由でもあるからね」

「つまり?」

「この愛をどう思う? 小説の中のわたしの愛を、どう思う?」

 

 リーネは、僕という読者を愛する。

 そういう存在として生まれた。

 けれど、そう強固に定義づけられて僕を好きという感情を強く持っているのである。

 それは曖昧な脳の誤作動、電気信号に過ぎない僕の定義する三次元という現実と呼ばれる場所での愛とは一線を画した真実の愛ではないかと思える。

 そもそも現実というのが曖昧で、強固に価値のある認識の方を現実とするのなら、この世界こそが現実ではないか、リーネの愛こそが現実の事実ではないかと思うのだ。

 

 絶望を受け入れた僕に、その考えは希望としてあった。

 今ここにある希望。

 いつか消えてしまうかもしれなくても、変えられてしまうかもしれなくても、読み終わって忘れ去られてしまったとしても、今ここに確実に存在している愛。

 いや、この小説が完結された時点で、改稿は為されない。

 だったら、消えることもない、変わることのない、摩耗したりしない永遠の愛。

 確実な愛。

 

 僕はリーネの問いに答える。

 

「真実の愛」

「うん」

「虚構は美しい」

「うん」

 

 リーネは満面の笑みを浮かべた。

 

「わたしたちは変わらない永遠の幸せ。だからこの小説が終わっても、わたしたちは幸せなままでい続けることができるんだよ」

 

 

 

 

「最後に、ここまで読んでくれてありがとう! この小説(世界)を選んでくれたときから愛してるよ、読者さん(素名くん)!」

 

 

 

 

 

 

 

 


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