小説の中の僕たちは戦場のあとの楽園に沈む   作:ソウブ

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3話 読者の視線。そんなものは存在しない。

 

 数日経った。

 僕たちは、リーネの部屋で三人過ごすことが日常化していた。

 

 二人と過ごせる時間は、奇跡みたいなものなのだろう。

 一度僕らは死に分かれているのだから。

 本来なら、二度とこんな時間は過ごせていないんだ。

 二人ともっと楽しく過ごしたい。

 といっても、やれることなんて今までと変わらないかな。

 

「どこかに旅行とか行けたらいいんだけどなあ」

「旅行、ですか? 流石にこんな塔に押し込められてる状態で無理なのでは?」

「行けるよ! いいね旅行。素名くんナイスアイデアだよー!」

「行けるんですか!?」

「この【タワー】は色んなフロアがあるからね。疑似的な旅行は何度でもできるよ!」

「それじゃあ三人で行こう」

「うんうんいつ行くー?」

「早ければ早いほどいいんじゃないかな」

「じゃあ今から行こー!」

「今からですか!?」

 

 

「と、いうわけで」

 

 照りつける陽射し。波の音。潮の香り。足裏から伝わる砂の感触。

 

「海だー!」

 

 両手を上げて走るリーネ。

 僕たちは海へとやって来ていた。

 この塔の十五階にあるビーチフロアだ。海の家までビーチに鎮座している。本当になんでもあるなこの塔。

 建物内のはずなのに海がどこまでも続いているもの不思議だ。

「実はこの水平線が張りぼての映像だとか?」

「そんなことはないよ。見えてる通りに全部海だよー!」

 

「でも旅行でなんで海なんですか?」

「まずは海でしょー。ねー素名くん?」

「意味がわかりません」

 

「ねえねえ素名くん」

「なに」

「ほら、水着姿! 水着回だよー!」

 

 リーネと悠里は水着姿になっている。リーネはエメラルド色のビキニで、悠里は薄いピンク色のスカートみたいなのがついたワンピースタイプの水着だ。

 リーネの胸は、結構ある。なにより形がいい。悠里は、平坦だった。いや、ちょっとは女の子らしいふくらみはある。多分。

 

「ねえ素名くん見て見て! このかわいさを見て―! そして楽しんで―!」

 リーネは僕の前でくるくる回る。

 黄緑色の綺麗な髪が躍る。踊る。おっぱいも揺れる。お尻も水着が食い込む白い肌が眩しい。

「かわいいよ」

「いいヒロインでしょ? わたしかわいいヒロインでしょ?」

 

「ゆーりの水着姿にも、なにか言うことないんですか?」

「ロリロリしくてかわいいよ」

「ロリロリしいってなんですか! いつかナイスバディになるんですからね!」

 

「さーてっ!」

 リーネがパンと音を立てて手を合わせて言う。

「萌え萌えラブコメを取り戻そうキャンペーンを実施するよ!」

「萌え萌えラブコメを取り戻そうキャンペーン?」

「なんですかそれは」

「元々は萌え萌えラブコメだったんだよ! だから軌道修正しないと!」

「だから元々ってなんなんだ。メタ発言なの?」

「事実だよ」

 リーネは軽く笑顔でそう言い放った。

 

 多分、リーネはメタみたいな発言が趣味なんだろうな。

 

「じゃあまずは、水のかけ合いっこしよっか!」

 

 

「えーい!」

 リーネが両手で海水を(すく)って僕にかけてくる。冷たい飛沫(ひまつ)が僕の体にかかった。

「食らえ!」

 僕もリーネに水をかける。

「ゆーりもっ」

 悠里が水を掬い上げてジャンプし、僕とリーネに水を浴びせた。

 

「あははははっ!」

「はっはっは」

「えへへへへへっ」

 

「これ何が楽しいんだ?」

「急に真顔にならないでください」

「好ましい相手とやるとテンションが上がるから意味があるんだよー!」

 

 

「次は泳ぎ競争だよー!」

 言いながらリーネが海に飛び込んで泳いでいってしまった。

「フライングすなー!」

 僕は急いで追いかけた。

 

 泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。

 リーネの背を追いかけ、泳ぎ続ける。

 結果。

 

「ぜえ……はあ……ぜえ……はあ」

 僕とリーネは砂場で大の字になってバテていた。

 ガチで泳ぎ過ぎて、危うく溺れかけてしまった。

 

「なにやってるんですか……」

 呆れたように見下ろしてくる悠里。垂れたピンクのお下げが揺れている。

「なんで悠里は疲れてないんだ……?」

「泳いでませんからね、ここで眺めてました」

「ずるいよー!」

「懸命だ……」

 僕もムキになって泳がず放っておけばよかった。ノリで追いかけたあと止めどきが見つからなかったのが良くない。

 

「次はビーチバレーしよう!」

「三人しかいないんですが」

「わたしは一人でもいいよ」

「随分な自信ですね。その鼻へし折ってやりますよ」

「ビーチボールはあるのか?」

「あるよっ」

 近くにあった海の家からビーチボールをリーネは取ってきた。

 

 ビーチバレーが始まる。

「食らえわたしの、スマーーッシュッ!」

 勢いよくボールが飛んでくる。

「なんのー!」

 僕はトスの構えで受け止めた。が、ボールは横に跳ね飛んでいってしまった。

 

 悠里の顔にビーチボールがぶち当たる。後ろにドサッと倒れた。ビーチボールは軽いはずだけど、リーネの人外パワーで結構なダメージが入ったみたいだ。

 悠里はプルプル震えながら立ち上がる。

 

「ふーたーりーとーもーっ!」

「ごめんごめん! ごめんて!」

「怪我はなかったか?」

「痛いだけです! でも痛いんですー!」

 

 

「次は砂のお城を作ろー!」

 悠里は器用で、その道のプロではないかというほどの造詣が細かい城をを作った。

「すごーい!」

「ふふん。ゆーりは天才ですからね」

 リーネはおっぱいを作っていた。

 

 

「次はスイカ割り!」

「スイカはどこに?」

「ここに!」

 また海の家から取ってきた。

 

「割っちゃるよー!!!!!!!」

 リーネは外した。

「なら僕が割ってやる!!!!!!」

 僕も外した。

「なにやってるんですか」

 悠里が割った。

  

 

「ちょっときゅーけい。かき氷食べよ」

 海の家の飲食スペースに来た。古びた木の椅子とテーブルが風情あっていいな。

「素名くん、あーん!」

 リーネがメロン味のかき氷を乗せたスプーンを差し出してきた。

「なんで」

「なんでじゃないよ! あーんって言われたら疑問を持たずに口を開けるものだよっ!」

「わかったよ……」

 口を開けたらスプーンを入れられ、メロン味の冷たい感覚が広がった。

「おいしい?」

「おいしいよ」

 

「むむむっ……」

 悠里がいきなりスプーンを僕の口に突っ込んできた。

「もがっ」

 イチゴ味。

 でもスプーンが歯と口の中に思い切り当たって痛い。

 

「なにするんだ」

「お兄ちゃんが悪いです」

「なんでだ」

 

 リーネが僕の口にスプーンを突っ込んできた。

「だから痛いって!!」

「素名くんが悪い」

「突然物理ダメージを与えられてこの仕打ち」

 悪いのは人の口にスプーンを突っ込む趣味を持つ二人だ。

 

 また二人がスプーンで突きを放ってきたから、口を閉じてガードした。

 顔中氷塗れになった。

 もうかき氷ヤダ。

 

 

 夜。

「今日はめっちゃラブコメしたねー」

 三人で砂浜に寝っ転がって星空を眺めていた。

「あれはラブコメだったのか?」

「まごうことなき百パーセントラブコメだよ」

 

 綺麗な星空だ。

「でも、この星空って、本物じゃないよな」

 ここは外ではなくて、【タワー】という建物の中のはずだ。

「どうやってこの星空が見えてるんだろう」

「この【タワー】が創り出してくれてるんだよ。わたしたちの為に」

「僕たちの為?」

「だから、偽物だからって価値の無いものじゃなくて、わたしたちを想って用意してくれた、優しくて綺麗な星空なんだよ」

 

 もう一度星空を見る。

 そう言われれば、確かにそう見える。

 綺麗な星空だ。

 今度は素直に、そう思えた。

 

「あ、悠里ちゃん寝ちゃったね」

 横を見ると、悠里がすぅすぅと寝息を立てていた。

「このままじゃ風邪ひいてしまうし、帰るか」

「この【タワー】で風はひかないと思うよ」

 そうだ。僕たちは死んだんだっけ。

「じゃあ今日はここで寝るのもいいかな」

 

 こんな時間が永遠に続けばいい。

 退屈で閉鎖的な萌え萌えラブコメが。

 元々萌え萌えラブコメなんだってリーネも言ってたし。意味は分からないけど。

 

 

 

「雪だー!」

 

 リーネが雪だるまを作り始める。

 

 海で遊んだ次の日に、僕たちは雪山フロアへとやって来ていた。

 

「季節感死んでるね」

「この【タワー】はいつでもどの季節にも行けるのも売りなんだよ!」

「温度差で風邪ひきそうです」

「ここでは風邪ひかないから大丈夫ー!」

 

 視線。

 

 突然、リーネと悠里以外の視線を、感じた。

 

 振り向いても、誰も居ない。

 当然だ。リーネ曰くこの【タワー】には僕たち三人しか居ない。

 それなら敵か? 今まで襲って来た怪人に怪物のような、リーネが批判力と言っていた化け物たち。

 

 だけど、どれだけ見回しても誰も居ない。

 

「ねえ二人とも、なんか見られてない?」

「ん? 敵がいる様子はないけどー?」

 リーネも見回してくれるけど、何もいないみたいだ。

「自意識過剰お兄ちゃんになっちゃったんですか?」

「違う。確かに視線を感じたんだ」

 

 変な確信がある。不思議な視線だ。不気味とも違う、けれど心を覗かれるような、そんな視線。

 

「気にしない気にしない。それよりスキーしようよ!」

 

 言われるままにスキーをする。

 

 風を感じながら滑っている時、また視線を感じた。

 スキーに慣れていない僕は、気が散って操作を誤り転んだ。

 ゴロゴロと転がる。

 視界は回る。滅茶苦茶。

 

「素名くんが雪だるまになってくー!?」

「何ですかあの状態!? 一昔前のギャグ漫画ですか!?」

 

 

 雪の中からリーネに助け出された後、山荘であったかくしていることにした。

 暖炉の火が、暖かい。

「はいお兄ちゃん。コーヒーです」

「ありがとう」

 砂糖を入れたコーヒーが体に染み渡って美味しい。

 

 ふと窓を見ると、影が横切ったような気がした。

 

「敵か!?」

 驚いて立ち上がったら、コーヒーカップの落としてしまった。黒い液体がテーブルとカーペットを濡らしていく。

 

「なにもいないよ。大丈夫」

 リーネはいつも通りの調子でそう言った。

 

「いや、だって、影が見えたんだって」

「気のせいだよ」

「どうしてそんな暢気なんだよ!? また敵かもしれないだろ!」

「落ち着いてよ素名くん。大丈夫だから」

「落ち着けって……」

 そうだ。僕はリーネを信じると決めたじゃないか。

 リーネが大丈夫といったなら、信じるべきだ。

 きっとリーネは何かを知っているのだろうし、知っているうえでそういうのなら、本当に大丈夫なんだ。

 

 そうは思っても、不安は拭えなかった。

 

 

 寝ている時も、視線が消えなかった。

 

 ガサゴソ。ガタゴト。

 

 物音が聞こえた。

 

「リーネ? それとも悠里?」

 

 返事はない。

 

 ガサゴソ。ガタゴト。

 

 僕は部屋を出た。電気をつける。誰も居ない。

 

 この視線は、いつまでたっても襲いかかってくるわけでもない。見られているだけだ。意味がわからない。

 

「くそっ……なんなんだよ……」

 

 精神は蝕まれる。

 恐怖が広がっていく。

 

 ずっと見られている精神的負荷がストレスを増大させていく。

 

 苦しくて、うずくまる。

 

「誰か……助けて……」

 

「――素名くん」

 

 顔を上げると、リーネがいた。

 

「素名くん、よく聞いて」

 

 リーネは膝を突いて視線の高さを合わせ、僕の肩を掴んで顔を間近で見つめて来た。

 

「素名くん、読者はね、主人公なんだよ」

 

「……なにを、いってるんだ?」

 

「素名くんはギャルゲーをやるときどの視点から楽しむ? ラノベを読むときどの視点から楽しむ? 主人公として、女の子と過ごすのが楽しいんでしょ?」

 

「ギャルゲー? ラノベ? なぜ急にそんな話に……?」

 

「ハーレムだって、自分が二次元美少女から好意を向けられるのが楽しい。(はた)から見てるだけとか苦痛でしかないよ」

 

 リーネは僕の戸惑いも置いてきぼりにして話し続ける。

 

「あなたがどんな容姿や年齢や性格や性別や名前をしていても、その世界を楽しんでいる間は、その容姿でその年齢でその性格でその性別でその名前でいるのが真実」

「それ以外の楽しみ方をしている人は除外するね。少なくともこの世界(小説)では関係ないから」

「自分がその世界で過ごせてこそだよ。見ているだけなんてもどかしくて苦しくて辛くてやってられない」

「だから、自分は主人公であり、すべての読者であるという意識を強く持つんだよ。そうすればその視線は消える」

 

 最後の言葉だけは、強い意味を持って僕の心に浸透した。

 この視線が、消える。

 その方法を、リーネは伝えてくれていたんだ。

 

「僕が主人公で、僕はすべての読者であるって、思えば良いんだね?」

「うん。そう。そうすれば、素名くんを今苦しめている視線は消えて無くなるよ」

「……やってみる」

 

 

 僕は、僕である。

 僕は橘素名である。

 僕は読者である。

 読者は僕である。

 僕は僕でしかなく、読者は僕であり、この世界では読者は僕以外にはありえない。

 

 世界は主観。僕の視界は読者の視界。僕の思いは読者の思いとなり、読者の思いはこの世界には関係がない。この世界で読者は僕として生きる。僕という生命。読者という精神と同一となり僕の生命を通して読者はこの世界を感じる。

 

 強く思い込もうとする。完全にそう思えなくてもいい。思おうとすることが大事なんだ。

 そう思って、その認識で世界を見る。

 僕は読者だ。読者は僕だ。

 そう思ってこの世界を生きるんだ。

 

「…………」

 

 視線は、驚くほど簡単に消えた。

 影も見えない。物音も聞こえない。

 

「ありがとう、リーネ」

 さっきまで蝕まれていた精神が嘘のようにスッキリとしている。

「素名くんが元気になってくれてよかったよ」

 リーネは笑顔で、安心したといった風に一息ついた。

 

 僕は、さっきまでのリーネの言葉から一つ思った。

 

「ねえ、ここって……」

 この世界って。

 

 僕はそれ以上、訊くことができなかった。

 

 

 

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