Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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点火──リトル・マッチガール・オーバーチュア

 ──アヴェンジャーと名乗る少女に、泥棒により殺されかけたのを助けてもらってから一夜。小夜は疲労のため、ベッドの上から動けなかった。

 正確に言えばただの疲労ではなく、開きたての魔術回路を働かせすぎたことが原因らしいのだが、そもそも小夜には魔術回路とやらがなにかもわからなかった。

 

 さて、疲労困憊の状態ではシスターのお勤めなど当然できないものだ。今日の仕事は代わってもらって、寮の自室でアヴェンジャーと二人で過ごしていた。

 といってもやる事があるわけでもないので、暇潰しにニュースを見たり、窓の外を眺めてたまにやってくる雀の可愛らしさに頬を綻ばせたり。

 

 その間、身の回りのことはなぜかアヴェンジャーがやってくれていた。汗を拭き、髪を梳かし、料理を持ってきて食べさせてくれる。

 最初は甘えていた小夜だったが、出会ったばかりの少女を働かせていると思うと急激に申し訳なくなり、今から食べるぞという瞬間にやっと口に出した。

 

「はい、あーん」

 

「えっと、そこまでやっていただかなくてもいいんですが」

 

「あら、そうかしら? でもお姉様(シスターさん)にはちゃんと食べて頂かないといけないわ」

 

 アヴェンジャーはそのまま小夜の口に味噌汁を流し込んだ。今日の当番シスターさんが作ってくれた味噌汁は安心する味だ。あんなぶっ飛んだことを体験しても、世界は変わらずに回っているんだと安堵できる。

 

「あ。アヴェンジャー……さんは、その、食べないんですか?」

 

「必要ないわ。だって私はサーヴァント、食事しなくても問題ないの」

 

「はぁ……」

 

 相変わらず、アヴェンジャーの言っていることはよくわからない。でも、それにしては彼女は痩せ細っており、心配になってしまう。

 意を決して、彼女に尋ねてみることにした。

 

「えっと、サーヴァントってなんですか?」

 

 アヴェンジャーは目を丸くし、そういえば説明してなかったわ、と照れ笑いを見せた。そこには昨夜出会った時の苛烈な炎の面影はなく、幼い容姿に違わぬ無邪気な少女の姿があった。

 

 だが、彼女の口から告げられたのは、まったく知らない言葉ばかりだった。

 英霊召喚がどうとか、聖杯がどうとか。魔術師と言われても、小夜の脳内は絵本に出てくる魔法使いしか出てこない。

 曰く、あの状況で助けに現れたのは、小夜が丁度持っていたあの絵本が触媒になったかららしいが。

 

「え、えっと、ということは、アヴェンジャーさんはマッチ売りの少女本人みたいな?」

 

「そうとも言えるし、違うとも言えるわ」

 

「えっ?」

 

 アヴェンジャーについてはよくわからない。

 それよりも、明瞭な問題は小夜の置かれている状況だった。

 

「私のことはなんでもいいわ。『聖杯戦争』はもう始まっているんだもの」

 

 聖杯戦争──それはサーヴァントを従えた七人のマスターが争い、勝ち残った一人だけが願いを叶える殺し合い。

 あの泥棒はその参加者で、彼を蹴り出して小夜が参戦することになってしまったんだとか。

 昨夜の超展開だけでもお腹いっぱいなのに、小夜はすでにその聖杯戦争に巻き込まれている。

 つまり、他のサーヴァントが襲ってくるかもしれないのだ。

 

「えっと、できれば参加したくないというか、迷惑をかけたくないんですが」

 

 話を聞く限り、小夜は偶然紛れ込んでしまった異物。クッキーの髪の毛、保護フィルムの中の気泡だ。

 万が一小夜が勝ち残ったところで、小夜には命を賭けるだけの大きな望みがあるわけでもない。

 それを告げると、アヴェンジャーは悲しそうな顔をして──直後、窓の外に向かって身構えた。

 小夜が振り向くと、そこにはすでに何者かの姿がある。それはふたり組の、小夜よりずっと幼い少女だった。

 

「ま、まったく、困ったマスターだ。外に出るなと言ったかと思えば、自分を護衛しろと言い出すなんて」

 

「この個体は替えが効かないので、仕方ないのです。令呪を持たぬマスターが無意味に死亡するのは、師の望むところではないでしょうし」

 

「君の倫理観は理解しかねます」

 

 それは金髪の少女と白髪の少女。本来ならば誰も脅威などとは見なさない可愛らしい外見だ。

 しかしアヴェンジャーは違った。二人を視界に入れるなり、気配が変わる。

 すぐさま床を蹴って窓に飛び込み突き破り、教会の裏庭に降り立った。

 

「──見つけた。私のお父様」

 

「は? な、何を隠そうにも、私は独身です。娘など持った覚えなど当然ありませんが」

 

「私の炎は真っ赤な舞踏会(ランシェ)。一緒に踊りましょう?」

 

 相手の話も聞かず、アヴェンジャーが金髪の少女に飛びかかっていく。手にはいつの間にか特大のマッチが握られており、先端には大きく炎が燃えている。

 まるで松明にも見えるそれを振り回し、襲いかかるアヴェンジャー。小夜は止めようと呼びかけたが、止まる様子はない。

 

 その間、もう一方の白髪少女が小夜の傍に寄っており、人形めいた無表情で語りかけてくる。

 

「自らのサーヴァントを制御できていないのですか、乱入者のマスター」

 

「どなたですか? っていうか、あれ止めてください!」

 

「我々はドロレス。我々のサーヴァントならば問題ないのです。あのような戦い方を前に、傷つくような英霊ではありませんので」

 

 無表情のまま胸を張って宣言した。直後、金髪少女が熱い助けてと叫ぶ声が聞こえてきたし、視界の端にエプロンドレスの裾に引火しているのが映ったりしたが、少女ドロレスは無視して話を続けた。

 

「アヴェンジャーはあの通り、戦う気でいるようですが……貴方はどうなのです、シスター。命を投げ出すだけの願いを、貴方は持っているのですか?」

 

 あの金髪がアヴェンジャーと同じサーヴァントなら、こっちの白髪はそのマスター。つまり、聖杯戦争の参加者だ。彼女は小夜が自らの敵かどうかを尋ねている。

 

「あの。先にひとつ聞いてもいいですか」

 

「どうしたのですか」

 

「私が聖杯戦争から降りたら、あの子は?」

 

「無論、サーヴァントが生き残っていては脱落にはならないのです。死んでいただくことになるでしょうね」

 

 小夜はやはりそうかと納得しつつも、言葉を失った。あんなに寂しそうで痩せ細った女の子が、小夜なんかのために死ななくてはならない。

 

「それは駄目……私は、あの子を見捨てられない」

 

 ──正直なところ、自分のことなどどうでもよかった。

 けれど、あの子がマッチ売りの少女なら。あの真っ直ぐで可愛らしい少女を幸せにしてあげたいと思うのは、小夜のエゴだろうか。

 

 小夜の呟きを聞き届け、ドロレスはため息をついた。

 

「そうですか。では、ご退場を願いましょう。我々の、師の夢のために」

 

 彼女が自らの髪の毛を数本引き抜くと、それは淡く光りながら宙に浮かび、縦横に輪を作り、やがて一羽の精巧な針金細工の鷹を作り上げていく。

 美しく、そして鋭利なそれは、彼女の内にある小夜への静かな殺意を映し出している。

 

 急降下する鷹を止める手立ては小夜にはなく、ただその嘴に貫かれるしかない。小夜の脳は事実を認識していながら、無意識のうちに手を突き出している。

 魔術回路とやらが小夜にもあるのなら、あるいは奇跡が起こるかもしれない、と。

 

「な、なんか出てくださいお願いします──!」

 

 それは詠唱でもなんでもない、ただの大博打。だからこそ、強い願いは繋がった(・・・・)

 その刹那、小夜の掌から放たれた魔力の渦が針金細工を破壊する。蒼白い輝きに包み込まれた鷹は凍りつき、自らの速度に耐えきれず、すぐさま空中で崩壊し塵となったのだ。

 

 奔流にて呑み込んだものを凍結させる、氷の魔力放出。それが雪村小夜の初めて行使した『魔術』だった。

 

「……!? これは予想外なのです……キャスター! 撤退なのですよ!」

 

 小夜が自分でもなにが起きたのか理解できていないうちに、ドロレスは振り返って自らのサーヴァントを呼びつけていた。アヴェンジャーに襲われる一方だったらしく、キャスターの衣装はところどころ燃えている。

 

「逃げるのですよ、さあ早く」

 

「言われなくても逃げますよ! ああもう髪の毛焦げちゃってるし!」

 

 キャスターはなにかの呪文らしきものを呟くと、虚空から突然巨大な鷲が現れた。いや、あれは鷲ではないのだろう。人を二人乗せても悠々と飛び上がれるだろう体躯に、下半身は猛禽よりもライオンに近い。

 羽毛に覆われたその背中に乗って、キャスターとドロレスは飛び去っていってしまう。

 

「あら駄目よ、お父様(マスター)。まだ炎の夢は終わっていないわ」

 

「えっ、ちょ、待って……!」

 

 それを追ってアヴェンジャーも走り出す。キャスターに対する敵意はまったく消えていない。先程までの彼女とは別人のように残酷な笑みとともに、髪の先は炎と一体化して燃え上がっている。

 

 小夜の制止も聞かないまま、アヴェンジャーは教会の敷地を飛び越えて、どこまでも追いかけていく。

 

 小夜もまたベッドから立ち上がった。まだ足元は覚束無い。

 だけど、あの子のあり方は炎のように歪んでいて、いつ尽きてしまうともわからない。小夜よりずっと不安定だ。どうしても、放っておけなかった。

 

 小夜は走り出した。靴下のままで草を踏み、揺らめく焔を追いかけて。

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