「やっと見つけたわ。お兄様の敵で間違いないわよね?」
アサシンとランサーによる戦闘の最中、突如現れた金色の装飾の少女。
彼女が上方へと投げ捨てたことにより、ランサーのちぎられた腕が宙を舞う。断面から残っていた返り血が溢れて撒き散らされ──その落下よりも迅く、少女の姿が消失する。
「間違ってても殺すけれど」
ランサーは襲撃を視認するより先に、自らの周囲に植物を展開した。木々で作られた壁が直後に少女のハイキックとぶつかり、砕かれる。間に合った。
反撃のため、壁の一部から鋭い枝をいくつも伸ばすランサー。しかし伸長は少女の速度よりも襲い。わずかに蠢いた瞬間に壁を蹴って大きく跳躍した少女は、すでに上空におり、そのまま急降下しながら拳が振り下ろされる。
ランサーもまた跳躍による回避を行い、それにより少女の拳は地面に叩きつけられた。小規模ながらクレーターが発生し、土塊が巻き上がる。
その様は聖杯による狂乱の付与ではなく、彼女が元より苛烈さを宿していた者だと理解するに十分であった。
ランサーは規格外の狂化スキルを持つバーサーカーという想定を弾き出し、自分ひとりでは分が悪いと判断する。
だがこの場には、もう一人のサーヴァントがいる。ランサーはバーサーカーの巻き上げた土塊の雨をくぐり抜け、アサシンの元へと急いだ。
「あいつ、1対1じゃ規格外だわ。手を組まないかしら?」
しかし、その提案も虚しく、アサシンはバーサーカーへと愚直にも向かっていってしまった。
次々と凶器を持ち替えながら何度も何度も振り下ろしていくアサシンだが、バーサーカーはそれをかわし続け、攻撃は一度も当たらない。
やがて反撃のためか、バーサーカーの手元には大剣が出現していた。その一薙ぎが凶器を打ち砕き、大振りな攻撃の合間に繰り出される蹴りや拳が内臓を破壊しにかかる。
たった十数秒ほどの、一瞬の攻防だった。しかし、アサシンが受けた攻撃は四発。肋骨が数本、腹には大きな痣、右腕はへし折られぶらり垂れ下がっている。
ランサーに受けた肩の傷も合わせ、アサシンはぼろぼろだ。
物陰に隠れていた彼女のマスターは、自らのサーヴァントの危機に姿を現していた。自らの右手と戦闘を交互に見つめて逡巡しているのがわかる。
ランサーは彼女のもとへ駆け寄り、声をかけた。アサシンには話が通じなかったが、マスターならば可能性はある。
「……っ! さ、サーヴァント……」
「身構えないで。私は貴方のアサシンより、あのバーサーカーが危険だと思うわ。ここは共闘しましょう?」
「へ、へぇ。それはありがたい、けど……使い魔を飛ばすにしても時間かかるし……アサシンは私の言うことを聞かないから、宝具の解放は彼女の自己判断。
それに、生憎とバーサーカーのマスターはここにはいない。使い魔を飛ばそうにも時間がかかる」
「その時間を稼げばいいじゃない。自分のサーヴァントを無駄死にさせたくはないでしょう?」
魔術師は頷くと、携行していた大きなカバンを開き、液体の詰められた瓶をいくつかランサーに手渡した。
「こ、これ、魔術師の心臓と脳漿をすり潰した液体。濃密な魔力をこめてあるから、アサシンに」
これを飲ませれば回復する、というわけか。それを了解したランサーは、瓶を受け取ると、バーサーカーとアサシンによる戦闘の真っ只中へと飛び込んでいく。
割って入ったランサーの攻撃にも怯まず、バーサーカーの反撃は襲い来るものの、多少の隙があればいい。
ランサーが攻撃をいなしながら、アサシンに瓶を投げ渡した。その中身が人体の成れの果てだと彼女は即座に理解したらしく、涎を拭ってひといきに飲み干してしまう。
バーサーカーの大剣が振り下ろされるのを避け、もう一度アサシンの方を見ると、傷の修復が始まっている。霊体の再構成とともに痣や骨折の痕跡が消え、もとの白く細い肢体が作り直されている。
ランサーはその他にも、魔術師が使い魔を用いる準備に取り掛かっているのを確認し、その後はバーサーカーとの戦いに集中した。
ランサーの体内に巣食う枝を大量に動員し、振り下ろされる大剣をどうにかせき止め、しかし横から高速で迫ってくる飛び蹴りに対応出来ず、木々の壁ごと吹き飛ばされる。
しかし、体から生える植物たちは、第三以降の手足として機能する。すぐさま体勢を立て直し、すでに攻撃態勢に入っているアサシンとともに襲撃を仕掛けていく。
槍の突撃と、鉈の投擲がバーサーカーに向かって放たれ、彼女はそれを前に笑っていた。
「あら、無謀な戦いが好きなのかしら? 奇遇だわ、私は貴女達みたいなのを叩き潰すのが趣味なのよ」
それはアサシンと同質であるようで異なる、根底から分かり合えない張り付いた笑いだった。
◇
一方、バーサーカーのマスター・春は、索敵をサーヴァントに一任し、妹探しに集中していた。
明日菜と喧嘩した時、彼女はだいたい家を飛び出して、全力で怒りながら街を練り歩く癖がある。
よって、明日菜の捜索する手段は、よく黄昏ている場所を巡ったり、親しい近所の人に聞き込みをしたりになる。
そんな努力を続けること数時間。やっと報われてか、彼女は曲がり角でひょっこりと姿を現したのだった。
「……お兄ちゃんっ!」
春を見るなり抱きついてくる明日菜。怖い目にでもあったのだろうか。見ると、脚に包帯を巻いており、怪我をしてしまったみたいだった。
「明日菜、それ」
「あ、これ? ううん、なんでもないの。本当だよ」
包帯の真ん中、太腿に大きく血が滲んでいる。ただ転んだのではないのかもしれない。ともあれ、応急処置がしてあるのなら、あとは彼女自身の魔術などでどうにかなるだろう。
それよりも問題なのは、彼女とバーサーカーの関係であった。バーサーカーは明日菜を見下しており、明日菜はバーサーカーのそんな態度が気に入らない。このままだと、ギクシャクしたまま戦うことになってしまう。
それをなんとかするため、春には双方の説得が求められていた。
「な、なぁ、明日菜。バーサーカーのこと、なんだけどさ」
その名前を聞いても、明日菜はきょとんとしただけだった。もっと気まずくなるかと思っていたため、意外で春の調子が狂う。
「いやえっと、あいつには俺から言っておくからさ。マスターの俺の言うことなら、ちゃんと聞くはずだろ?」
真っ当なバーサーカーならばそうとは限らないが、彼女のステータス表記における狂化ランクは規格外を示すEX。しかも彼女の場合、影響はほぼゼロに近いという意味での規格外だ。
普通に頼み込めば、まあなんとかなるだろう、と春は思っていた。
「そう簡単にいくかなぁ」
明日菜は冗談めかして首を傾げた。その様子を見る限り、もうあんまり怒ってはいないらしい。
春にとって、それは幸いだと思う。
あまりお説教をせずとも、普段の明日菜なら受け入れてくれるはずだ。物分りがいいのは今までの兄妹付き合いの中でよく知っている。
そうなったら、はやく一緒に帰って、バーサーカーにも話をしよう。
春は明日菜を連れ、自宅への帰路につこうとする。
だが、明日菜はその場から動こうとせず、むしろ春の方を引き止めた。
「……どうしたんだ?」
「あのね。ヘアピンをこの辺りに落としちゃったかもしれなくて」
言われてやっと気がついた。いつの間にか、明日菜がよくつけている髪飾りがなくなっている。よくつけているということは彼女のお気に入りに違いない。兄として一緒に探してやらないと。
春は明日菜とともに、今度は妹本人ではなくそのアクセサリーを探し始めた。地面に屈み、物陰や道の隅など、見落としのないように見て回り、しかしなかなか髪飾りは見つからない。
そのまま数分間探し続け、ここじゃなかったんじゃないか、と思い、明日菜のほうを振り返る。
──その瞬間にはじめて、春は迫り来る魔力に気がついた。
「明日菜、危ないッ!」
春は飛び込み、飛来するモノから妹を守ろうと、彼女を抱いてかばった。
飛来物の正体とは、魔術による生成物にほかならない。他のマスターからの襲撃である。
一度目は小規模な爆発。地面に叩きつけられる同時に破裂、強い呪いが撒き散らされ、春に降りかかる。
二度目は数体同時に地に降り立った。それは魔術師が使う人形ではなく、ゴーレムに近い代物だ。人体を材料に作られたそれは、ほとんどが腐肉であり、まさにゾンビといった外見。
彼らは明日菜をかばう春を標的としており、長く鋭い爪で引っ掻き、リミッターの外れた顎で噛み付いてくる。
「っく……大丈夫、大丈夫だからな、明日菜……!」
バーサーカーのスキルによる影響だろうか。痛みや傷もあまり深くなく、呪いへの抵抗力も増している気がする。
しかし、明日菜にその加護はない。よって、戦闘用の魔術を得手としない春は、攻撃を耐え、隙を見て逃げ出そうとするほかにできることはないのだった。
──だが、明日菜は兄に守られている間、選択を迫られていた。彼女の懐には、レイラズから渡された、黒魔術の刻んであるナイフがある。
それを心臓に突き立てれば、兄はすぐに死に至るだろう。
実のところ、先程の爆発も、今まさに春を襲っているゾンビも、レイラズの仕向けたものである。
元々は、春からバーサーカーを引き離し、明日菜を人質として彼に令呪を使わせ、バーサーカーを自害させるという計画だった。
だが、レイラズがサーヴァント同士の戦闘の跡を察知して調査に向かい、その結果バーサーカーに出くわしてしまった。
アサシンではバーサーカーを殺しきれず、よって、マスターである春の殺害を実行すると決まったのである。
ここで兄を刺し殺せば、目的は達成される。バーサーカーも消え、邪魔者はいなくなり、今度こそ明日菜がマスターとして聖杯戦争へ臨むことができる。
だが。目の前の彼は、敵に襲われながらも明日菜を抱きしめ、大丈夫だと声をかけてくれるただ一人の兄だ。
明日菜は春の殺害を躊躇った。
そして──春を襲う脅威を取り除くため、彼のサーヴァントが現れる。
「お兄様! 無事かしら!?」
ヒトの運動能力を遥かに超えた跳躍、そして着地と同時に叩きつけられる大剣。それはレイラズの使い魔を塵も残さず一撃の元に消し飛ばし、春は攻撃から解放される。
「ありがとうバーサーカー、助かったよ」
「えぇ、もちろん。お兄様に降りかかる火の粉はすべて、私が払ってみせるわ」
バーサーカーの表情はまるで恋する乙女であった。このサーヴァントの目の前で春を刺殺しようとすれば、彼女の逆鱗に触れ、明日菜は先程の使い魔のように一瞬のうちに死亡するに違いない。
「ひどい傷……! 早く治療しないといけないわ、一度工房に戻りましょう?」
「あぁ。明日菜も帰ろう、そろそろ晩飯の時間だしさ」
「え……あ、うん、そうだね、お兄ちゃん」
明日菜がナイフを取り出すことはないまま、彼女は帰路に着く。胸の中に、殺意と親愛を秘めたまま。