Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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日没──ビリーヴ

 使い魔からの視覚のフィードバックが途切れ、レイラズは舌打ちをした。

 

 共有の先は、バーサーカーのマスターである瀬古春を殺すために放った使い魔だった。死体の継ぎ接ぎを簡易的にゴーレムに仕立てあげた急増品だったが、呪いを撒き散らしながら爆発したり、一定の攻撃能力は備えていた。

 だが、バーサーカーが主の元へ駆けつけたことにより、排除は失敗していた。

 

 苛立ちの矛先は自分自身だ。自身の判断ミスが招いた結果だと自覚しているがゆえの苛立ちだった。

 

 彼と明日菜が合流してくれたことにより、バーサーカーのマスターの居所は割れていた。だが、殺しきれなかった。

 恐らく、保険のために明日菜に与えたナイフ型の礼装も使われていないだろう。バーサーカーの目の前で兄を殺せば復讐の矛先が自分に向くと、明日菜も理解しているはずだ。

 アサシンは大きなダメージを受け、しかしバーサーカーはいまだ健在。脱落は免れても、それだけだ。

 

 こうして徒に魔力と素材を浪費してしまったのは、バーサーカーを甘く見ていたせいだろう。

 アサシンとランサーの二騎を相手取る戦闘能力に、狂気の中にありながら対話を可能とする精神。

 どちらにしても、弱い英霊の理性と引き換えにステータスを強化する、というセオリーにはそぐわない。

 

 第一、アサシンが他人の話を一切聞かないため、戦略を立てマスターを狙うこともできないのだ。派手に動くべきではなかったのは明白だ。

 

 ランサーとの激突を見る限り、ただの殺人鬼とは思えないほどの白兵戦能力を見せていたが、それはそれ。

 ランサー側も戦い慣れしていないようであり、彼女の攻撃性がランサーに隙を作っただけかもしれない。

 

 レイラズはそのように、ひととおり脳内で反省した後、バーサーカーが去ったあとも睨み合うランサーとアサシンの方を見た。

 相手は一時停戦はすでに終わっていると考えているかもしれない。今すぐに激突が始まり、レイラズに枝が飛来しないとも限らない。

 苛立つ感情の八つ当たりをアサシンに託しても、二の舞になるだけだ。

 

 レイラズは深呼吸をし、自らの鞄から漂う血の匂いで心を落ち着かせると、サーヴァントたちの様子に集中する。

 そのままランサーに最大限の警戒を向けていたが──彼女の次の行動は攻撃でなく、微笑んで話しかけることだった。

 

「今日はこの辺にしておきましょう。雌雄はいずれ決するってことで」

 

「……いいの? ボロボロの相手を放っておいて」

 

「私の魔力だって有限だもの」

 

 ランサーのマスターの姿は見えないが、一方でレイラズとアサシンには死霊術による吸血に近い回復方法がある。消耗したままでは分が悪いと判断しているようだ。

 レイラズは背を向け去っていくランサーを追うことはなく、自らも撤退を選択する。

 

「わ、私たちも、行こうか」

 

 病的に細い手をとって、届かないとわかっていながら声をかけた。アサシンはぼんやりと、小さくなっていくランサーの背中を眺めてばかりだ。

 

 アサシンに付与されたスキルには、エリザベートが生来持っている慢性頭痛を元としたものがある。その効果は自分に対する精神的な干渉のほとんどを認知出来ないというものだ。

 

 令呪の影響により、辛うじてアサシンはレイラズが危害を加えてくる人間ではないと認識してくれているらしく、刃は向けない。それにこうして手を引けばついてきてくれる。

 だが、その目は濁りきり、加虐性を露わにしていない彼女はまるで人形のよう。

 レイラズの憧れていた『殺人鬼エリザベート』像とは、かなりズレている。

 

 ──けれど。

 

「やだ……置いていかないでよ」

 

 そういってレイラズの手を握り返すアサシンの姿はまるで幼い子供のようで、それもまた可愛らしい。指四本と令呪二画を支払った甲斐がある。

 

「お、置いてなんて、いかない。私たち、一緒だよ、エリザベート」

 

 レイラズが精一杯の微笑みを向け、アサシンは頷いた。その暗い瞳に映るレイラズの輪郭はぼやけている。

 これが聖杯による呪いなら、それを解くのもまた聖杯の祝福に違いない。

 

 血に塗れた少女を引き連れて、日の落ちた道を行くレイラズは、彼女のために戦おうと決意する。

 それが本当にエリザベートの救いになるのか、エリザベートの望みが何であるのか、わからないままに。

 

 ◇

 

 アーチャーと戦った後、ホテルに戻ったベルチェを待っていたのは、脳内に響く雑音と強烈な吐き気だった。

 ベッドで安静にしているはずなのに繰り返し襲ってくるそれらに対し、彼女は為す術なく、一時間おきにお手洗いに駆け込んではわずかな胃酸だけを吐き出すのを繰り返している。

 シーツも衣服も汗でぐっしょりと濡れており、霊体化しつつ見守るセイバーは心配で落ち着かない様子であった。

 

『お、おい、本当に大丈夫なのかよ!?』

 

「ちょっとヤバいかもしれない……めちゃくちゃ気持ち悪い……」

 

 原因はどう考えても、昼に受けたアーチャーの攻撃だ。矢が破裂して発生した衝撃波のあと、明らかに魔術回路の調子がおかしくなった。

 それだけでもベルチェとセイバーにとっては痛手なのに、さらにこの吐き気と頭痛。嫌がらせだろうか。

 しかし、まだセイバーをこの世に留めることはできている。それに魔力の暴走により全身が破壊されるなんて大惨事には至っていないのが不幸中の幸いだ。

 

『な、なぁマスター、オレになんとかできないか?』

 

「心配してくれるのは嬉しいけど……アーチャーを倒さないと、解呪されないと思う」

 

 サーヴァントが扱う強力な呪いに対し、現代の魔術師がどうこうしようなんて無理な話に決まっている。

 そのうえ、魔力供給が十全でない以上、いくら最優のクラスたるセイバーでもあのアーチャーには敵わないだろう。

 

「しばらくは戦況をみる。使い魔飛ばすくらいならなんとかなるし。吐くかもしれないけど」

 

 嘔吐というのは物凄く体力を使う。

 ベルチェが力尽きるのが先か、打破する方法が見つかるのが先か。

 分の悪い賭けだったが、それでこそカッコイイ。ベルチェは頭の中に響く呪われた叫びから意識を逸らすように、自分にそう言い聞かせた。

 

 ──なにがカッコイイだ、一族の面汚しめ。

 

 しかし、脳裏に浮かぶのは、なによりも聞きたくない声。思い起こされる視線は冷ややかで、誰もがベルチェに後ろ指をさし、否定する。

 そんな昔の嫌な出来事を思い出してしまうのは、きっと呪いのせいだ。そうに違いない。

 

『おいマスター、さっきより顔色悪くなってるぜ』

 

「……心配無用。がんばる」

 

 夜は深まりゆき、やがて日付が変わるだろう。夜闇に紛れ、それぞれの思惑も動き出すかもしれない。

 

「そうだ、セイバー。膝枕してくれない? それならしっかり休めそう」

 

『確かに密着すりゃ魔力供給の効率も上がるだろうが……いいのか、オレが実体化してて』

 

「癒しの方が大事」

 

 引きこもって寝ているだけで勝ち抜けるほど、聖杯戦争は甘くない。だが、今のベルチェに必要なものは体力の温存。魔力自体にはまだ余裕があるけれど、体力に余裕はない。

 

 ベルチェは口の中に残った酸っぱい胃酸を洗い流すと、すぐさまベッドの方へ戻っていく。そこには実体化したセイバーが、昼間購入した服に着替えて待っていた。

 

 赤毛の少年のすこし筋肉質な太腿に頭を乗せ、深く息を吐きながら目を閉じた。

 

 ──ひとりぼっちより、ふたりぼっちの方が寂しくない。

 セイバーが桃色の髪を撫でて見守ってくれているから、ベルチェは乱れた苦しげな呼吸をしながらも、心を落ち着かせていられたのだった。

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