レイラズの意識は暗い夢の中に沈んでいた。周囲を見回しても光はなく、無機質な石の壁と天井があるばかり。他にあるものといえば鉄格子だけ。
そんな部屋に閉じ込められる夢だった。
レイラズはそれがアサシンの記憶であると考えた。
マスターとサーヴァントは魔力のパスで繋がっており、混線してその記憶を垣間見ることがあるという。
これは恐らく、エリザベートが晩年幽閉されていた部屋なのだろう。そう推測を立て、レイラズは傍観者のつもりで冷たい地下牢の風景を眺めていた。
──その首に、なにかが触れる。
「……っ、な、なに!?」
予想外の感覚に驚き振り返るレイラズ。その先には暗闇と、そこから伸びる無数の土気色の腕の群れがあった。
あるものは爪を剥がれ、あるものは皮を剥がれ、あるものは壊死してしまっている。
たくさんの死体を扱ってきたレイラズには、その殆どが自分と同じような年代の少女のものだとわかってしまった。
彼女たちがレイラズの手足を掴む。逃げようとするレイラズだが、格子の中に逃げ場はなく、後ずさるうちに壁際にまで追い詰められる。為す術なく取り押さえられ、死人の指と牢の壁の冷たさがレイラズを挟み、彼女の背中に悪寒を走らせる。
どこからともなく、誰かが囁いた。
「冷たいの。苦しいの。痛いの。
ねえ、あなたはどう?
あなたも私たちと同じになればいい」
ふと、闇の向こうからなにかが歩いてくる足音が聴こえた。その主は病的なほどの白い肌──他ならぬアサシンだ。白髪ではなく鮮やかな赤の髪色で、手にはノコギリが握られ、薄い唇は無邪気な少女のような笑顔の形に歪む。
目元にはノイズが走っておりよく見えないが、混濁に淀んだあの光無い眼ではないとみえた。
これがエリザベートの記憶でないのなら、一体何なのか。理解も身動きもできないまま、アサシンが眼前に迫る。
右脚の太腿にノコギリの刃が触れた。そして、動き出す。
肉を抉り削るためのぎざぎざがレイラズの皮膚を引き裂いて、夢の中とは思えない痛みが襲う。目の前のエリザベートが頬を染め、舌なめずりをし、まとわりつく腕たちは逃げようとするレイラズをより強く押さえつける。
痛みに脳が混乱する。手に覆われた口では悲鳴をあげることも叶わない。死人の腕に絡みつかれたままで、自分が引き裂かれていくのを感じているしかない。
ノコギリが骨にさしかかる。それは肉を裂かれるのとは違う感覚、違う痛み。知らず知らずのうちに涙が流れ、エリザベートはそれを舐め取り、美味しそうに咀嚼する。
やがて、彼女はレイラズの口を塞ぐ手をどけると、自分の唇をレイラズの唇と重ねた。熱くて冷たい、痛くて恋しい、そんなキスだった。
体の内側に響くノコギリの振動は、やがて心地よいリズムになってゆく。キスをしながら加虐を行うエリザベートは美しくも可愛らしく、痛みも愛情となってゆく。
あぁ、そうか。私はこうなるために生まれてきたんだろう。
そんな結論にたどり着き、心の中に浮かべたとき、脚が切り落とされる感覚がした。蜘蛛の子を散らすように、脚に取り付いていた腕は闇の中に消えていった。
そのとき、レイラズは浮遊感を覚える。夢から浮上してしまうのだろうか。
もう、終わってしまうのか。このまま殺されてもよかったのに──。
レイラズはエリザベートに歪んだ恋をしたままで、名残惜しい悪夢から覚めていった。
◇
──レイラズ・プレストーンが己の工房にて目覚めたとき、彼女は真っ先に右の脚を確認した。ちゃんとくっついているのを見て、胸をなでおろしつつも、少し残念な気持ちになっていた。
レイラズは適当な一軒家を見繕い、家主を死霊術の
アサシンはその家の中を、物珍しそうに見て回っていた。
特に元家主の娘の部屋がお気に入りのようで、並べられたアイドルグループのグッズを手に取っては、ぼんやりと眺めていたりする。
彼女は今もそこにいるだろうか。無性に顔が見たくなって、部屋まで赴いてみる。すると、白髪で曇りきった瞳の、昨日と変わらぬアサシンの姿がそこにあった。
「お、おはよう。な、なに、してるの?」
アサシンは話しかけられているのを認識できない。ゆえに、レイラズの方を振り向いてはくれても、返答はなかった。
やはりそうかとレイラズが諦めかけたとき、ふとアサシンが声を出す。
「ねえ、アナタ……『アイドル』って知ってるかしら?」
「え? よ、よくは知らない……けど。容姿の整った人間が歌ったり踊ったりするんでしょう……?」
「えぇ、そう……それだけの馬鹿馬鹿しい概念よ。でも、
アサシンが頭を押さえる。生前からの頭痛だろうか。意識の混濁と同時に発生するそれは、サーヴァントのスキルにまで昇華されたものであり、レイラズの魔術による治療は意味をなさない。
だとしたら──今のアサシンに必要なのは、少女を拷問することだ。
「ま、待ってて。私、ちゃんと捕まえてくるから」
ここはマスターであるレイラズが、彼女のために働く番である。手頃な女の子を探し出し、生贄として捧げるのだ。
レイラズは急いで支度を整え、ローブの内側にいくつもの魔術礼装を用意し、外に出る。最悪、他のマスターに遭遇し魔術戦になる可能性もあるのだから。
住宅街の人通りはまばらで、たまに通りがかる人間もまるで少女ではない。おじさん、おばさん、お兄さん、といった具合だ。レイラズに物珍しいものを見る目を向けるものの、こちらの眼鏡に適うものはない。
だがレイラズにはひとつ、心当たりがあった。
「……見つけた」
あたりに人気はなくなり、人払いの結界も軽く張り巡らせた。あとは本命を捕獲するだけだ。
レイラズは不意討ちに拳銃を抜き放ち、家の影に向かって二発の銃弾を放った。
一発目は壁に着弾し、内部に込めた呪いが炸裂。コンクリートを破壊するとともに、周囲にある魔術の効果を無効化する。
続く二発目は内部より女性の毛髪を
「……見つかってしまったっす」
捕まえたのは白髪ショートカットの幼い少女。レイラズに令呪を与えたのとよく似た、否、髪型と話し方を除いた全てが同じである。
「わ、私が会ったことあるドロレスじゃ……ない、よね。あなた、何者?」
「この個体
同型のホムンクルスを量産している──ということか。それも、言葉から察するに五百体以上も。それをかき集めればどれだけでも拷問が楽しめるかもしれない。
「わ、私のこと、さっきから監視、してたでしょ?」
「だとしたら、どうするっすか?」
「目的、所属、その他もろもろ……吐いてもらう、よ」
「い、嫌っす! 聖杯のありかとか、キャスターの真名とか、死んでも明かさないっすからね!」
もがいても拘束は外れず、むしろ強固に彼女を縛り付ける。抵抗は逆効果だ。
レイラズには、五百三号がこぼした二つの事柄がひっかかっていた。
わざわざレイラズが会ったこともないのに、キャスターの真名を死んでも明かさないと言う。裏を返せば、このドロレスはキャスターを知っている。
この聖杯戦争を起こしている聖杯の本体を、主催者である彼女たちが確保しているのは頷ける。だが──もし、彼女たちドロレスのひとりが、マスターとして参加していたのなら。
主催者側への探りを入れることも、必要になってくるだろう。
「これは……ご、拷問、しなくっちゃ、いけないよね」
ドロレスは無表情だが、性格面においては感情豊かな個体であるらしい。間抜けな発言のことも併せ、レイラズは自分が幸運だとほくそ笑んだ。
「さあ。帰って拷問、だよ。アサシン、なにを見せてくれるかな」
喚く五百三号を引きずって、レイラズは工房への帰路につく。
愛しい愛しいエリザベートが、頭を抱えて待っていることだろうから。