Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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プロローグ
英霊召喚──セイバー


 某空港にて。イギリス発の便から軽やかな足取りで降りてきた少女がひとり。

 桃色の髪をなびかせながら、人々の行き交うド真ん中で仁王立ちしていた。

 

「これにて到着。安全運転に感謝」

 

 手を合わせ、顔も知らぬパイロットに感謝を捧げ、しばらく動かなかったかと思うと急に機敏に動き出す。彼女の身の丈、つまり140センチほどあるスーツケースを傍らに、初めての土地をズカズカ歩いていく。

 

 彼女──ベルチェ・プラドラム23歳は魔術師である。魔術協会総本山たるロンドンの時計塔に所属し、探求の徒として魔術の発展を目指している。

 ──目指しているが、今は探求はお休みして、日本旅行中だったりする。

 

「待っているがいい、まだ見ぬ強敵(とも)よ」

 

 童顔なりに精一杯真面目な顔をして、薄紫の瞳にいっぱいの輝きを宿し、ベルチェは唐突に立ち止まって右手を天に掲げた。周りの人々はいきなりの行動に驚き、視線が集まる。

 その手には、不思議な紋様が刻まれていた。一般人はただの刺青だと思うだろう。それは違う。この紋様こそ、ベルチェが日本旅行を決めた要因なのだ。

 

 日を遡り、二週間ほど前のこと──

 

 ベルチェはじっとしていられない魔術師である。

 時計塔は十二の学科に分かれているのだが、そのうち鉱石、天体、降霊、考古学と転々としてきたが、どの雰囲気もやりにくかった。特に考古学科なんて引きこもってばかりなので、ベルチェには最もない選択肢だった。いまいち琴線に触れない。

 

 そんなベルチェが、次は現代魔術科あたりに移籍しようか、なんて考えていたある日だった。

 日課のお散歩中、通りがかった柴犬に舐め回された直後、彼女は現れたのだ。

 

 雪のような白い肌と髪、透き通る赤の瞳。確か錬金術によって造られる人造人間ってこんな感じだったよな、という容姿の小さな女の子。

 その子が突然路地裏に姿を見せ、ベルチェを手招きした。そしてこう言ったのだ。

 

「お前、叶えたい願いがあるだろう。

 我々は万能の願望器を降臨させる者。

 これより日本で聖杯戦争が行われる……参加する気はないか?」

 

 怪しい勧誘だ。万能の願望器だなんて胡散臭いにもほどがある。

 だが聖杯戦争というワードを、ベルチェは聞いたことがあった。

 

 数年前、日本にあった凄い魔術的ななにかを、ロード・エルメロイII世と御三家トオサカの当主が解体した。

 その解体したものは、かつて英霊を召喚して戦わせるバトルロイヤルを開催して奪い合った代物なんだとか。

 

 それを思い出したベルチェは表情を変えず、怪しいホムンクルス少女に向かって頷いてみせる。

 

「うん、とてもしたい」

 

 動機は単純だ。

 聖杯戦争、まず響きがカッコイイ。さらに生還した人間は時計塔に何人かいると聞くが、その名前はどれもベルチェの耳によく届くそうそうたるメンツばかり。

 つまり勝てば有名人になれる。そうしたら、ベルチェは一躍スーパースター。退屈しない日々が待っているに違いない。

 

 さらに英霊を召喚できるとあっては、もうやるしかない。歴史に名を残すほどの人間に会ってみたいと思ったことは一度や二度ではないし。

 

「そうだ。それでいい」

 

 そういった軽い気持ちでの参加表明であったが、少女はベルチェを認める証として右手に触れてきた。

 すると火傷のような痛みが走り、コイツやりやがったなと思った直後、手の甲には赤黒い紋章が浮かんでいた。

 形状は一本の剣へと複雑に絡み合う拘束具に見える。

 

「カッケェ……!?」

 

「それは令呪。これでお前はサーヴァントのマスターとなる資格を得た」

 

 ──というわけで、聖杯戦争へ参加するための日本旅行である。ちゃんと下調べを行い、触媒も用意してきた。完璧だ。

 ベルチェは自信満々で電車に乗り込み、聖杯戦争が行われるという都市『霜ヶ崎市』へと向かう。

 

 ベルチェの下調べによれば、霜ヶ崎市は自然の豊かな地方中小都市である。

 大きくはない。人口も面積に対しては子どもが多いかなという程度。なんでも、児童保育施設が充実しているのが売りだそうだ。

 あとは取り立てて特徴があるわけでもなかった。山があり川があり、畑がある。

 

 このような土地にも、いや、だからこそか魔術師の手が伸びている。根城にしている一族がいるのだ。

 

 なんでも、本家聖杯戦争の行われた冬木市と比べると落ちるものの、結構な霊脈があるらしい。

 となると恐らく、その一族もグルだ。あのホムンクルス少女を鋳造したのかもしれない。聖杯戦争に参加してくるだろう。警戒対象だ。

 

 やがて霜ヶ崎市に到着して、ベルチェは緊張しながら予約したホテルに向かった。チェックインを終え、スーツケースから小箱を引っ張り出し、そしてそれだけを小脇に出発する。

 ベルチェの未成熟な胸の中はドキドキとワクワクでいっぱいだった。

 

 さて、胸を期待にふくらませながら歩き回り、夜までかかって発見したベルチェと相性のいい霊脈ポイントは川の中洲だった。

 なんだかいまいち決まらない、テンションの下がる結論だが、ベルチェは生まれついての魔術属性として水の素質を持つ。儀式は安定すると思われた。

 

 また、すでに夜は深まっていて、さらにこの中洲はちょうど橋の影になって、あたりの家屋からは見えにくかった。

 これなら神秘の秘匿的にもセーフのはず。自分に言い聞かせ、即席の祭壇を作り、用意した触媒を設置する。

 

 それは何年か前に大枚をはたいて購入した、古い騎士団の旗の切れっ端だ。

 買った理由は一目惚れだったが、八世紀ごろのフランク王国のものと推定される。きっとなにかの英雄にも通じているはずだ。

 

 続けて、鉱石科で以前使っていた宝石を溶かした液体で魔法陣を描いていく。

 消去の中に退去。退去の陣を四つ刻んで、さらに召喚の陣で囲む。

 

 あとは詠唱だ。躊躇う必要はない。殺し合いに身を投じるなんて、ベルチェにとっては些末な問題だ。

 彼女は川の水面に顔を出し、前髪を整え、それから改めて詠唱を始める。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 詠唱を初めてから、召喚を始めると魔法陣が光ってしまうので結局目立つことに気がついた。だが詠唱を止めるわけにもいかず、ベルチェはそのまま召喚の儀を続行する。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 ベルチェの体内で魔力が暴れ回っているのがわかる。迸る痛覚がそれを嫌ほど主張してくる。だが詠唱は続く。

 

「──告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 この世ならざる『座』との架け橋となるべく、少女の体は悲鳴をあげながら儀式を遂行する。毛細血管が破れて痣ができ、陣が放つ赤に照らされていた。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」

 

 大気から取り込まれる魔力の奔流がさらに加速する。目を開けていられない風圧と光の眩さに、ベルチェは踏ん張りどうにか耐え切った。

 そしてその光の渦の奥はどこかへと繋がり、現れるのは英雄の残影。鎧を纏い、煌めく聖剣を携えた騎士。

 

「──問おう。汝が私のマスターか?」

 

 光が収まり、あたりは再び静まり返った。同時にベルチェも我に返り、慌ててぶんぶん頷く。それにより、召喚されて現れた彼がベルチェのことをマスターと認識する。

 魔力の経路が繋がるのが感じられ、ベルチェは儀式は間違いなく成功したと確信した。

 

「よし、契約は成立だ。オレが喚ばれるってことは、アンタはたぶん変人か苦労人だと思うんだが……おい、アンタなにしてんだよ」

 

「確認している。すんすん、なるほど少年サーヴァントからは少年らしいにおいがするんだな」

 

「おいやめろ、ってか少年らしいにおいってなんだよ! くそ、そっち側の人間だったか……!」

 

 真っ先にベルチェがしたことといえば、顔を近づけて観察することだ。

 さらりとしたブラウンの髪、少し目つきのキツい顔立ち、身につけた騎士の鎧。宝石がはめて飾ってある西洋剣。

 全てにおいて繊細で完璧な造形だ。ベルチェは咄嗟に感想が出なかった。さすがはサーヴァント、カッコ良さに底が見えない。

 

「すごいな……鎧は味見しても?」

 

「なんでだよ!? アンタ、聖杯戦争のためにオレを喚んだんじゃなかったのか!?」

 

「そうだった。こほん、私はベルチェ・プラドラム。時計塔の魔術師」

 

「オレはサーヴァント、セイバーだ……まず人目につかない場所に移動しないか? 川の真ん中だぞここ、よくこんな場所で召喚したな」

 

「思ったより光った。ここが海だったら、今頃イカ取り放題だったと思う」

 

「どういう想定だよ!?」

 

 そんなセイバーとの初めての共同作業は、慌てて魔法陣や祭壇を片付け、ホテルに撤収することであった。念入りに証拠を隠滅し、触媒にした布は小箱に丁重にしまい、また小脇に抱えて川を渡った。

 

 部屋に戻り、改めて確認する。

 セイバーは茶髪の少年騎士の姿をとっている。だからといって子供時代に大活躍した英霊なのかと言われると、そうではないと言う。

 彼曰く、聖杯がどこかしら歪んでいて、全盛期が正しく算出されていないのではないか、とのこと。

 

「それで、貴方はどの騎士?」

 

「オレ個人を狙ったんじゃないのか。触媒は使ったのか?」

 

「これ」

 

 ベルチェがセイバーに見せたのは先程使用した旗の切れ端だ。彼は納得した様子で頷いた。

 

「アンタ、運がないな。かつて十二勇士が掲げた旗の切れ端を使ってオレが出てくるなんて。シャルルやローラン、オジェなんかを引いてたらもっと楽に勝ち抜けただろうに」

 

「ということはそのどれでもない?」

 

「あぁ。オレの真名は……オリヴィエって言うんだが」

 

「オリヴィエ!」

 

 セイバーが控えめに真名を告げるや否や、ベルチェは再び目を輝かせ、彼の手を取りぶんぶん上下に手を振った。

 

「オリヴィエ! オリヴィエ!」

 

「お、おい、がっかりとかしないのかよ、オレは他の奴らみたいに目立った武勇なんて」

 

「何を言う。貴方は英雄に間違いない。だってこんなにカッコイイじゃないか」

 

 彼は目を丸くし、しばしベルチェにされるがままであった。その隙に鎧の味見をされかけたのだけはさすがに止めたが。

 それからひとつ深呼吸をし、彼女の手を握り返した。そのスカイブルーの瞳に此度の主を映す。

 

「……決めた。オレがアンタの剣になる。だから一緒に戦ってくれ、ベルチェ」

 

「無論。負ける気はないし、全くしない」

 

 口を開け、にぱっと笑うベルチェ。セイバーはその姿に、かつて共に戦った仲間の顔を思い出し、つられて笑ってしまうのだった。

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