闇夜に浮かぶ少女たちの影。金色、銀色、白色──わずかな光を反射して輝く彼女たちの髪は、暗闇の中に忽然と現れるようにして佇んでいる。
ドロレスが住まいキャスターが書斎を構えている邸宅より、十キロほど離れた裏山。夜中に人が近づくことなどほとんどないその場所にて、ドロレスはキャスターとアーチャーを侍らせ、あるサーヴァントを待っていた。
「呼ばれてちゃんと来てやったわよ。光栄に思うことね」
黄金の装飾を身にまとい、艶やかな黒髪を靡かせて現れる少女──バーサーカー。彼女は瀬古春により召喚されたサーヴァントだが、ドロレスたちとは連絡をとっていない。
むしろ、彼女を排除しようとする瀬古明日菜からの接触があった。そこから推察するに、春は彼女を制御できていないのだろう。
「貴女がバーサーカーで間違いないのです?」
「えぇ。狂戦士だなんて不名誉だけれど、確かにその器を使わせてもらったわ」
狂化によって理性が喪失しているようには見えない。よって交渉の意義はあると判断し、ドロレスは話を続ける。
「我々はこの聖杯戦争を開催するもの。師の考えを受け継ぎ、全ての人間に永遠の若さを与えるのが目的です。
あなたのマスターもまた、我々と志を同じくする魔術師の子孫なのです。
我々に手を貸していただけませんか?」
バーサーカーは品定めするようにじろじろと、ドロレス、キャスター、アーチャーへと次々に視線を向ける。そして、退屈そうなため息をつき──次の瞬間には、身の丈よりも大きな剣を振り上げていた。
アーチャーが攻撃の気配を察知し、ドロレスとキャスターを抱きかかえて跳躍する。そのままバーサーカーの大剣は地面を抉り、先程までドロレスたちの立っていた場所には破壊の痕跡が作られる。
「永遠の若さですって。そんなもの、女神はとうに持っているわよ。
もっと有意義な話をしましょう? 例えば……私は今飢えてるの。昨日殺せなかったランサーとアサシンのぶん……生贄が欲しくてたまらないのよ」
血に飢えた獣を思わせるバーサーカーの歯を剥き出しにした笑顔に、ドロレスは己の失態を自覚した。
聖杯戦争の主催者として、ドロレスは多数の
ドロレス同士が連絡を取り合うことで、神秘の秘匿性を守り、聖杯戦争を運営しているのだ。
そのドロレスのネットワークの中から、令呪を持つ五百八十七号に情報が伝えられる。神秘の秘匿をしようともしない陣営がいる、と。
日常生活に溶け込もうとしているランサーやアヴェンジャーよりも、殺戮の痕跡を隠滅するアサシンよりも厄介なもの。それは、マスターすら伺い知らぬところで、衝動的に殺戮を行うサーヴァント。
それが目の前にいるバーサーカーの本性だ。ドロレスは認識を誤っていた。
「キャスター! アーチャー!」
ドロレスが呼びかけるまでもなく、サーヴァントたちは戦闘態勢だ。キャスターの周囲には使い魔たるトランプの兵隊が侍り、アーチャーは第二宝具である矢を手にして構える。
「あぁ、結局こうなってしまうのですね」
「元々戦う予定だったでしょ。バーサーカーに話が通じるわけないんだし」
「いやまあそうですが……麗しいお嬢さんと戦うのは不本意でして」
「それ、この聖杯戦争だとセイバーとしか戦えないんじゃない?」
無駄口を叩きながらアーチャーが矢を投げつけ、それを皮切りに戦況が動き出す。キャスターの指揮するトランプ兵が散開し、一斉にバーサーカーへと向かっていく。
それらを大剣の一薙ぎで一掃し、バーサーカーは大地を蹴った。アーチャーのもとへ急接近し、大剣を振りかぶり、身を逸らそうとするアーチャーの側頭部に回し蹴りを浴びせ、回転の勢いを保ったまま大剣も叩き込もうとしてくる。
そうして襲い来る鉄塊を前に、アーチャーは手元に出現させた矢を爆裂させながら地面に叩きつけ、強引に己を上空へ吹き飛ばす。だがバーサーカーも避けられたと認識すると同時に飛び上がり、アーチャーを追う。
そこへ飛び込んでくるのは一羽の鷲──否、幻想種グリフォンに跨ったキャスターだ。高速の突進はバーサーカーの拳が届く前に彼女を地面に引き戻す。
バーサーカーは反撃に大剣を投げつけ、グリフォンからキャスターを叩き落としたが、アーチャーが体勢を整えるのを許してしまった。
立ち上がりながら飛来するアーチャーの矢を掴んで止め、投げ捨てて、不服そうに呟く。
「……不敬なサーヴァントですこと」
彼女は大剣を手元に再構成し、アーチャーへと向かって斬り掛かった。射撃による迎撃はかわし、かわしきれなければ撃墜し、一気に距離を詰めていく。
アーチャーを間合いに捉え、大剣を振り下ろす──その直前でキャスターがトランプ兵をバーサーカーの眼前に展開。割り込まれたことにより、大剣が両断したのはハートの兵隊たちだけだった。そこにアーチャーの姿はない。
「こっちだよ、お姉ちゃん」
肉壁により姿を眩ませていた少女の声がする。振り向いたバーサーカーの目に、迫り来るいくつもの矢が映る。払い落とすべく剣を手にし、一矢を防いだ時、アーチャーの紡ぐ詠唱が響き渡り始めた。
「我が手の下に響き渡れ!
──『
アーチャーの手元にある一本から巻き起こる、鏃たちの連鎖爆発。矢に内包された呪いを解き放ったことにより、赤子の悲鳴にも似た絶叫を響き渡らせながら衝撃と炎がバーサーカーを襲う。その光景を前に、キャスターもドロレスも思わず耳を塞ぎ、バーサーカーは退避という判断を下す。
跳躍による離脱を試み地面を蹴るバーサーカー。だが足元にあるのは地面ではなく、キャスターの出現させた巨大卵──ハンプティ・ダンプティだった。それを蹴り破ったことにより巻き起こる爆発がアーチャーの宝具と重なり、幾重にも折り重なってバーサーカーを呑み込んでいく。
それは逃れる場所のない爆発の檻だった。キャスター程度の耐久ランクなら力尽きているだろう。
──それでもなお、バーサーカーは消滅へと至ってはいなかった。
「あの火力で、たったそれだけ……ですか」
キャスターが驚くのも無理はない。火傷と擦り傷、装飾品の破損がいくつか見られるものの、ダメージは軽度だ。
それでも、宝具である矢とその爆発による呪いは機能しているはず。
アーチャーが飛びかかり、手にした矢を振り下ろし、突き刺そうとする。その手は掴んで阻まれ、バーサーカーの瞳がアーチャーを捉えた。
「なんて下品な音……これが怪鳥ソロヴェイを射抜いた矢なのね、『イリヤ・ムーロメツ』さん」
「あら、女神さまにお名前呼んでもらえるなんて。でもね、私が信じているのは聖伝なのよ」
「関係ないわ。生贄にすれば人間は人間だもの!」
単純な筋力ならば弓兵──即ちロシアの大英雄、イリヤの方が上だ。ふたりのサーヴァントは腕力で拮抗し、睨み合う。
キャスターはその補助のため召喚した兵隊を向かわせた。スペードの兵士たちが槍を手に突進していく中、それを察知したバーサーカーが掴んだ少女を大きく振り回し、勢いをつけてキャスターめがけて投げつける。
アーチャーはトランプ兵を吹っ飛ばしながら、キャスターをクッションにして着地した。
「いたた……あ、キャスター。私の宝具、効いてなさそうだよ」
「こ、これが……アーチャー君の尻に敷かれる感覚……はっ!? そ、そうですね。恐らく彼女が女神そのものであるがゆえ、呪いのようなものでは揺らぐことはないのかと」
「なあんだ、残念」
セイバーのマスターのようにうまくはいかなかったようだ。アーチャーはつまらなさそうにキャスターの上から立ち上がり、矢を握りしめ低く構えた。
キャスターも立ち上がり、傍らに不気味な笑い顔の猫を作り上げ、バーサーカーの攻撃に備えさせる。
だが次の瞬間、猫は突如飛来した火球により燃え尽き、空中で消滅する。目を見開いてキャスターが振り向くと、そこには今最も会いたくない相手の姿があった。
「昨日ぶりね、お父様。会えて
「アヴェンジャー……ッ!」
四人のサーヴァントが集い、戦場の夜はまだ続く──。