ベルチェは己の使い魔である小鳥を飛ばし、ホテルの部屋からじっと戦況を見守っていた。気をまぎらすために童謡を延々と口ずさみ続け、日が沈んで吐き気にも慣れてきた頃、彼女はそれを見つけた。
そこには四騎のサーヴァントが集い、今まさに乱戦が繰り広げられている。
大剣やトランプの兵隊、煌々と燃え盛る炎、そしてあの忌々しい呪いの矢が飛び交い、激突と爆発を繰り返しているではないか。
これは紛れもなく好機だと、ベルチェは考えた。すぐさま剣の手入れをしていたセイバーの方を振り返り、呼びつける。
「セイバー、出番!」
「……おう。アンタに負担かけない程度に頑張ってくるよ」
ベルチェは親指を立てて彼を見送り、念話を用いて戦場までの道のりをナビゲートしていく。
──恐らくは、ここでアーチャーを倒すか、なにかしら呪いを低減するものを得られなければ、ベルチェは聖杯戦争から脱落することになるだろう。
だがそんなカッコ悪いことにはならないと、彼女は勝手に思っている。
あの少年騎士は、必ずやいい知らせを持ってくると。
「きっと大丈夫。きっと」
己に言い聞かせ、心を平静に保つ。戦いはこれからだ。
◇
「あっ、熱い! 熱いですってば!」
戦場に響くキャスターの声は半ば悲鳴だった。突如現れたアヴェンジャーによる猛攻、その炎が再び彼女の長い金髪に引火し、燃えながら逃げ惑っているからだ。
次々と放たれる火球はキャスターを追い立て、休ませることは無い。しかも引火している炎は疾走によって新鮮な空気を供給され、より勢いが強くなる。
切羽詰まったキャスターは不本意でありながらも、わざと石に躓き転がってみせた。前転を繰り返して土まみれになりながらも炎をかわし、髪の毛の鎮火に成功する。
「あぁまったく、せっかく可愛い服着てるのに……自慢の金髪も台無し! 私、泣きそうです!」
文句と共に立ち止まり、迫り来るアヴェンジャーの方を振り向くキャスター。焦げて縮れた髪が振り乱され、目じりからは一粒の涙が宙を舞う。
それがすでにキャスターの魔術であると、アヴェンジャーは気づいていなかった。
「──さあ、並々と満ち溢れろ!」
たった一滴の雫が瞬く間に膨らんでいく。キャスターの魔術による水の召喚、壁の形成が行われる。そうして現れた壁からは、水で形作られた鳥や獣が飛び出し、アヴェンジャーの放つ炎を受け止めながら彼女に向かっていく。
「あら、お父様のお友達ね。私も精一杯おもてなしするわ!」
アヴェンジャーは手にしたマッチを振るう。三十センチはあるそれの先端に輝く炎がより強く燃え盛り、キャスターの繰り出す水の獣を接触した瞬間に蒸発させてしまう。
少女は踊るようにそれを繰り返し、互いに攻撃を相殺するばかりで、戦況は膠着してばかりだ。
「あの役立たず……!」
一方、アーチャーはバーサーカーの振り回す大剣をかわしながら、舌打ちまじりに吐き捨てる。
焦燥も当然だ。アヴェンジャーには第一宝具を破られ、バーサーカーに第二宝具は通用しなかった。特にバーサーカーについては、キャスターによる援護がなければ力で押し切られる可能性もある。
どうにかキャスターに戻ってもらうか、この場から撤退することを考えなければ。
「あら、目の前にこの私がいるというのに、他の人のことを考えていていいのかしら」
キャスターに向けていた思考を戻した瞬間、眼前にはバーサーカーの拳が迫っている。両腕を交差させて防御し、なんとか踏みとどまるが、本命の大剣が振り下ろされる。
アーチャーは息をつく間もなく右方へ跳躍し、反撃に矢を投擲した。相手は片手で払ってそのまま突っ込んでくる。叩き落とされるのは予想の範疇だったが、剣による高速の突きは想定外だ。アーチャーは回避を選び、できる限りの上空へと跳躍した。
「そこのロリコン! 今すぐ退避!」
キャスターに向けて叫びながら急速に魔力を充填していく。多少の懸念は残っていても、状況を打開するためには宝具を使う他にない。水の壁を使っていた彼女がグリフォンに切り替え、攻撃範囲から離脱していくのを確認し、アーチャーは手にした矢とそこに宿る雷を解放する。
「我が名の下に荒れ狂え!
『
地上から追ってくるバーサーカーにとって、すでに回避は間に合わない。雷撃の雨が降り注ぎ、周囲は稲光に包まれる。
それでもバーサーカーの勢いは止まらず、四肢の先が焼け焦げていながらも、彼女はアーチャーのもとに迫ってくる。大剣が振り抜かれ、鉄塊によって内臓が破壊される感覚を味わいながら、アーチャーは次の瞬間には地面へと叩きつけられていた。
衝撃に血を吐き、アーチャーの衣服が赤く染まる。
それでも息をついている暇はない。バーサーカーは上空からこちらに狙いを定めており、今すぐ動かなければ真っ二つだ。
そこへ颯爽と現れるのがキャスターだ。彼女の乗り回しているグリフォンのしっぽはアヴェンジャーに掴まれており、下半身は炎に包まれている。
どころか、時折アヴェンジャーからは火球が放たれ、キャスターはそれを必死にかわしているらしかった。
どうやらアーチャーの宝具が放たれる時、アヴェンジャーもグリフォンにくっついて移動していたようで、見る限り目立ったダメージは受けていないらしい。
「あーっ! めっちゃ燃えてる! やばいですって! アーチャー、本当にこれでいいんですか!?」
「うるさい……」
アヴェンジャーが宝具を避けていたのは予想外だが、むしろ好都合だ。
目の前ではバーサーカーが上空から落下、着地と同時にこちらへ距離を詰めてくる。グリフォンと正面から激突するような軌道である。それでいい。
「ちょっと!? 向こうからとんでもないの来てますよ、このままだと大事故」
「黙って」
「ぐぇっ!?」
アーチャーはキャスターの首元の襟を引っ掴み、グリフォンから飛び降りた。
高速で飛行するグリフォンに向かって刃を振るうバーサーカー。その剣は鷲の首を刎ねるが、尾に掴まっていたアヴェンジャーからは外れた軌道だった。
彼女は炎を放ったままバーサーカーを焼きながらすれ違い、グリフォンの消滅とともに地面に投げ出される。
「ほら、もう一回出す!」
「あ、は、はいっ! 出します!」
キャスターの呼び出すそれは幻想種の模造品に過ぎないが、並の英霊では追いつけない速度を誇る。再び出現させたグリフォンに乗り、キャスターとアーチャーは戦場からの離脱を試みる。
「あら……逃がさないわ」
追おうと動き出すアヴェンジャーだが、その手をバーサーカーが掴み、引き止める。
「それはこっちの台詞よ、
大量の火傷を負いつつ、冷酷な目で大剣を振り上げるバーサーカー。
小さくなっていくその光景を後目に、グリフォンは飛翔し、アーチャーとキャスターは離脱してゆく。
◇
小夜はずっと隠れて震えていた。昨日見せつけられた、もはや兵器どうしの戦争の域にある戦い。
己の中にある虚無感など忘れるほどに死が間近にあって、無力な小夜は怯えるばかり。
そうこうしているうちに、アヴェンジャーが殺さなければならないと言っていた少女は戦場から離れ、いなくなってしまった。
残ったのは、傷だらけでも圧倒的な威圧感を放ち、大きな鉄の塊を振り回す少女、バーサーカーだった。アヴェンジャーが逃亡者を追いかけるのを止めたかと思うと、一発の回し蹴りでアヴェンジャーを数メートルは吹き飛ばしてしまった。
さらに攻撃は続き、倒れているアヴェンジャーを振り回し、叩きつけ、みるみるうちに傷だらけになっていく。
でも、小夜に助けることはできない。できるのは、どうか助けに来てくれる騎士様が現れますようにと、願うほかにない。
──その願いは、偶然にも叶えられるわけだが。
「その子を離せ──ッ!」
飛び込んでいったのは、鎧に身を包み、きらびやかな剣を手にした少年騎士。
黒く淀んだオーラを纏わせた斬撃によってバーサーカーを怯ませると、ぼろぼろのアヴェンジャーを拾い上げ、すぐさま跳躍してバーサーカーから距離をとる。
今度は彼とバーサーカーの戦いになるのだろう。
小夜がそう思ったその時、背後からいきなり誰かの声がした。
『お姉さん、こんばんは』
「きゃっ!? え、だ、誰!?」
『こっち、こっち。この鳥ちゃんの飼い主です』
その高く可愛らしい声の主は一羽の小鳥──ではなく、その足にくくりつけてある小型スピーカーだった。
『お姉さん、あの燃えてる幼女のマスター?』
「……! は、はい、そうです、が」
このスピーカーを介して話している人物は聖杯戦争の関係者なんだろう。小夜を殺しに来た相手かもしれない。きゅうに小鳥の小さなくちばしが凶器に見えてきて、少し後ずさる。
『怖がらないで。私はあの少年騎士、セイバーのマスターだ。ひとつ、取引をしないか? 鳥だけに』
「取引……?」
『私のセイバーがあなたのサーヴァントを助ける。そしたら、ひとつ私の頼みに応えてくれないだろうか』
それで彼女が助けられるのなら。小夜はすぐさま頷いた。
『オーケイ、取引成立。では、ベルチェ特製スタンボム隊、かかれ!』
スピーカーの向こうの彼女の合図で、バーサーカーとセイバーの戦況に動きがあった。
ドローンだろうか。荷物を吊り下げた飛行物体が、上空からなにか手のひらサイズの物体を大量に降らせ──小夜はそこでスタンボムという名前を思い出し、咄嗟に目を覆う。
瞬間、眩しすぎる光が周囲を満たした。のだと思われる。スピーカーからのもう大丈夫という合図でやっと目を覆っていた手を離したので、その間なにが起きていたのかわからない。
しかし、戦場にはバーサーカーがひとり残されているだけで、セイバーとアヴェンジャーの姿はなかった。八つ当たりに何度か大剣で地面を抉り、気が済んだのか、数分後にはバーサーカーも去っていく。
『さて。ではこちらの要求を飲んでもらおうか。直接話そう。私は市内某所のホテルにいる。案内するよ』
鳥は小夜を誘導するように飛び立った。スピーカーの向こうの女は怪しさに満ちているが、従うしかない。
暗い森の中、小鳥を追いかけて、小夜は歩き出した。