遭遇──ナチュラル・ディザスター(前)
次の日の朝は何事も無かったかのように訪れ、小夜は毎朝のお祈りを終えると、早速今日の仕事へ取り掛かった。
今日は孤児院で先生代わりのお手伝いをやるという。
同年代の子供たちがたくさんいるため、アヴェンジャーも連れていくことにして、早速出発する。
聞いた話によると、院長と連絡がつかないため、保育士の代理の人手として呼ばれたらしい。
教室、と札のついた部屋に入ると、子供たちはそれぞれ決まった席についていて、まるで学校みたいだ。
先生は先生でも、保育士代わりと教師代わりでは全然違う。小夜は急に緊張を覚えながら教壇に立った。
「え、えっと、あの、私、先生の、代理で来ました。ゆ、雪村、小夜……っていいます」
全然ダメだ。先生らしさというものが一切出ていない。これでは笑われる、舐められるくらい覚悟した方がいいかもしれない。
そうやって恐る恐る生徒たちを見てみると、驚くほどなんのリアクションも示していない。
いい子たちというより、十歳前後の子供たちにしては反応がなさすぎると言うべきだ。もっと、好奇心旺盛でもいいはずなのに。
すると、首を傾げる小夜の裾を引っ張り、アヴェンジャーが教室の端を指さした。
「……えっ!?」
小夜は驚く。前髪で目の隠れた少年の隣の席に座る、ひとりの少女。その容姿は、胸に風穴が空き、そこから植物が這い出ており、片腕はその植物で編み上げられているという異形だった。
アヴェンジャーに言われるまでもなく、あれがサーヴァントだと理解する。まさか、お仕事で赴いた孤児院にいるなんて。
でもお仕事はお仕事だ。ひとまず、先生の代役はちゃんと果たさねばならない。
「こ、こほん。まずは授業をしないと……」
「
「あっ! 今日はその、お友達がお手伝いに来てくれてます! ええと、ええと」
「私の名前はマチよ。気軽にマチって呼んでくれると嬉しいわ。みんな、よろしくね」
にこりと笑うアヴェンジャー、改めマチ。嘘の名前を名乗っているのは、あの植物少女にサーヴァントだとバレるとまずいからだろうか。
そんなこんなで、小夜の一日先生体験が始まった。
授業といっても主にやることは、各々が所持しているドリルをやらせる程度。皆が真面目に取り組んでいるのをぼんやり眺めていればそれでよく、小夜は自分で持ってきた絵本を読み返し始めるくらいには退屈であった。
そんな状態でアヴェンジャーの出番はもちろんなく、二人して読書に勤しむ。
そんな中、話しかけてくる少女がいて、小夜は慌てて顔を上げることになる。
「あの」
「あっ、は、はい! 私になにか……ッ!?」
小夜はまたしても驚いた。先程その姿に仰天したばかりの植物少女が視界に飛び込んできたからだった。隣の席に座っていた前髪の長い少年を連れ、作り物のような笑い顔を浮かべている。
「少しお話したくて。お外、いいですか?」
「……!」
突然のことに、咄嗟にアヴェンジャーに目配せして助けを求めた。
「えぇ、いいわよ。お話しましょう」
すかさず代わりに答えてくれて、小夜たち四人は中庭へ出ることになった。いい子にしててね、と言い残して教室を出たが、不気味な程に静かな教室に響き渡るばかりで、誰からの返事もなかった。
中庭にはウサギ小屋がある。子供たちでお世話しているのだろう。小夜はかわいいなあなんて感想を抱きつつ、植物少女たちと相対した。
「早速本題なんですけど……先生には、私、どう見えてますか?」
「ど、どうって……普通に……」
「見えてますよね。
少女の胸の穴の内側がもぞもぞと動き始めたかと思うと、アヴェンジャーにいきなり突き飛ばされる。見ると、さっきまで小夜の首があった場所まで枝が伸びており、アヴェンジャーが介入しなければその鋭利な先端が喉を貫いていただろうことがうかがえた。
つまり、彼女はこちらに明確な敵意を持っているということだ。
「サーヴァント、ランサーね。人のマスターにいきなり手を出すなんて、礼儀がなってないわよ」
「礼儀……なんのために、そんなもの。人間ってわからないものだわ」
短いやり取りの後、植物少女──ランサーの体から伸びる植物の群れと、アヴェンジャーが放つ炎が激突する。無論、樹木は炎熱に耐えられない。焼き尽くされた枝はアヴェンジャーに届くことはなく、ランサーは防御さえままならない。
このまま戦闘が続けば、ランサーはアヴェンジャーにより焼き尽くされるだろう。聖杯戦争が殺し合いであるがゆえに、それが正しいのかもしれない。
けれど、小夜の目に映るのはサーヴァント同士の戦いだけでない。目の前で繰り広げられる戦いを、有り得ないものを見る目で呆然と眺めるほかにない少年がいる。
小夜はその姿を見つけると、サーヴァントたちに向かって叫んだ。
「お願い、止まって!」
突然声を張り上げたためか、ランサーもアヴェンジャーも攻撃の手を止め、小夜の方を見た。小夜はあの少年のことを見据え、問いかける。
「ね、ねぇ、君! 君の願いは……なに?」
小夜に願うものはない。だから、あんなに幼い子供に、命を賭けるほどのものがあるのなら、その願いを踏みにじりたくない。
そんな思いからの言葉だったが、少年は首を振って答えた。
「ぼ、僕には……そんなの、何もない……僕はただ、先生と委員長に従っただけで……」
その答えは、最も小夜の予想にない答えだった。相手は自分と同じように、巻き込まれただけの少年だ。そして、ランサーは彼を守るように立っている。
小夜はただでさえ頭がついていっていないというのに、よりどうすればいいのかわからず、立ち尽くしていた。
「……えぇ、そう! じゃあ、夢が見つかるまで戦うのは辞めましょうか!」
沈黙を破ったのはアヴェンジャーだ。ランサーが驚きの目を見せる。
「どうして? サーヴァントが勝機を逃してまで、私たちになにを求めるの?」
「あなた達にも夢を知って欲しい。そう願ってはいけないかしら?」
驚きの目が訝しげなものに変わる。
「……人間って、本当にわからないわ。勝てる相手をむざむざと見逃すなんて」
「人間って、そういうものよ」
アヴェンジャーはそう言いながら、小夜に向かってウインクしてみせた。小夜は我に返り、少年のもとへ駆け寄ると、手を差し出した。
「あ、あのね。お姉さんのわがままだけど……貴方や、ランサーとは戦いたくない。
だって、私にも貴方にも、戦う理由がないから。
もしお姉さんのわがままに付き合ってくれるなら、握手しよう」
少年は迷う間もなく小夜の手を取った。これが彼の意志よりも、ただ大人の言うことは聞かなければならないという強迫観念だとしても、これが自分の意思を持つ最初の一歩になってくれないだろうか。
なんて──なにもない人生を送ってきた小夜の傲慢だとわかっていても、思わずにはいられなかった。
◇
「なるほど──そうなりましたか」
ランサーの監視に当たっていたドロレスは呟いた。
小夜がこの孤児院に向かうように依頼したのは、他でもないドロレスだ。ランサーかアヴェンジャー、どちらか一方でも脱落しないものかと期待していたが、どうやらそううまくはいかないらしい。和解か、停戦協定か、ともかく生き物と小夜は握手を交わしている。
それならば──また別の手を講じよう。
「打つ手はありますから」
アヴェンジャーとランサー、特にアヴェンジャーはキャスターにとって大きな障害になる。ランサーの真名は未だ読めず、脅威に成りうる可能性もある。
一網打尽にできずとも、片方仕留められれば上々だろう。
「ですが……投入する駒は、最上級を用いましょう」
師の夢を叶えるためだ。獅子は兎を狩るのにも全力を出す。
計画を実行に移すため、ドロレスは己の思考を他の個体とのネットワークに乗せた。すぐにでも、他のドロレスが動き出すことだろう。