Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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遭遇──ナチュラル・ディザスター(後)

 女神にはとても似つかわしくない平凡な家屋にて、ひとり目覚める少女がある。

 彼女はバーサーカーのサーヴァント。その真名()は▇▇▇。マスター、否、兄を助けるために戦う女神である。

 

 そんな彼女は、まず一糸まとわぬ体を起こし、魔力で再度装身具を編み上げた。女神の神核を持つ彼女にとって、汗や老廃物といった穢れは全く関わりがない。特別な支度も必要なく、その時から活動を開始する。

 

「人と同じように眠るのがこうも不愉快とは思わなかったわ」

 

 吐き捨てるような呟き。サーヴァントたる彼女の睡眠には理由がある。

 わざわざホムンクルスの器に入り切るまでに己を削ぎ落としての現界であるため、霊体化もできず、休息なしでの活動には限界があった。

 ゆえに睡眠をとらざるを得なかったのだ。

 そのことにやり場のない苛立ちを覚えつつも、バーサーカーはリビングへと向かう。

 

「おはよう、バーサーカー」

 

 春と明日菜は先に起床していた。春はバーサーカーが戦闘を行ったことによりふらついていたため、この日も明日菜が食事を作っている。

 このような穢らわしいモノが作ったものを口に運ぶのは腹立たしいが、下働きをさせるのが有効活用なのも事実。いつでも殺すのは容易である以上、今は下女でいさせてやるべきだろう。

 

 それよりも、他のサーヴァントどもの方が先決だ。バーサーカーは席に着くこともなく、春に訊ねた。

 

「お兄様。魔力の余裕はあるのかしら」

 

「……まだ死にはしないと思う」

 

 相次ぐ失神は人間の体に大きく負担がかかっていることの証明である。バーサーカーは大量に生贄の魂を食らっているが、それでは賄いきれていないのだ。

 

 他のサーヴァントどもは殺さなければならないが、春に死なれては困る。

 むしろ一瞬の負担で済むのならば、確実に殺すために宝具の開放も視野に入れるべきか。

 

 そうしてバーサーカーが思案しているうち、春が口を開いた。

 

「なあ。バーサーカーは何のために戦ってるんだ?」

 

 料理をしている明日菜の手が止まる。そんなもの、答えるまでもなく決まっていた。

 

「あなたのためよ、お兄様」

 

 ──先の睡眠の際、瀬古春の過去を見せられた。彼の歩んできた人生には、血の気配も争いの記憶もなく、バーサーカーにとって面白みのないものだった。

 支配する土地もなく、敵対する神もいない。彼が聖杯を手にした時なにを願うのか、バーサーカーにはわからなかった。

 

 それでも兄は兄だ。魂の形でわかる。だから、自分が戦ってやらなければいけないのだ。

 

 兄妹はまだなにか言いたげだったが、バーサーカーは一枚のトーストをくわえると、いってきますの言葉もないまま、さっさと瀬古家の玄関を出て、扉をくぐった。

 

「──お待ちしておりました。バーサーカー」

 

 その先に立っていたのは、真っ白な少女。確か、昨夜女神を侮辱した女だ。さっさと視界から消してしまおうかと思ったが、彼女が先に口を開く。

 

「我々はあなたに生贄を捧げるためにやって参りました」

 

「生贄? へえ、わかってるじゃない」

 

「今すぐにでも案内いたします。なにせ、活きがいいものですから」

 

 魂はどれだけ食らっても飽きることはない。贄は多いほどいい。血は浴びるほどに気分がいい。

 仮にこの白い女の誘いが罠だったとしても、ただの英霊、ましてや人間に女神が止められるはずがない。

 

「いいわ。乗ってあげる」

 

 ◇

 

 お仕事で赴いた先でランサーたちと遭遇した小夜だったが、ふたりとは和解することができ、何事もなかったかのように仕事に戻っていた。

 仕事と言っても、教室にいてもやることがないため、ランサーのマスターの手伝いをすることにしたのだけれど。

 

 ランサーのマスターは生き物係と呼ばれているそうで、中庭で飼われているウサギや植えてある花の世話を担当しているらしい。

 一方、ランサーは委員長と呼ばれ、生徒たちのリーダー的な存在だという。

 

 中庭でウサギの餌やりを手伝いつつ、この孤児院のことをいろいろ聞いてみる。

 

「えっと、生き物係……くん? 授業ってふだんはどんなことをしてるの?」

 

「……役割の仕事か……ドリルでお勉強するか。先生が来る時は、魔術を教えてくれる」

 

「魔術?」

 

 この孤児院で一番偉い人物である『先生』は魔術師であり、彼らは魔術を教えられている。名前のない子供たちといい、明らかにここは普通の孤児院じゃない。

 どころか、この子たちは小学校に通うような年齢でありながら、まったくどこかの学校に所属している素振りを見せなかった。どうしても、先生とやらが体よく支配しているふうに聴こえてしまう。

 

 それに、魔術師が関わっているのなら、これはただの大人には解決できない問題だ。

 だとすると──彼らのことはきっと、小夜が助けてあげないといけない。小夜は誰かの役に立たなくちゃいけないのだから。

 

「その先生はどこに……あ、今は連絡がないんだったっけ。えーと、じゃあ」

 

「──! お姉様(シスターさん)、なにか来るわ!」

 

 水やりをしていたアヴェンジャーが振り向き、突然叫んだ。直後、高速で飛来するなにかが建物に突っ込み、衝撃波により窓ガラスが割れ、破壊の音が響き渡る。

 緊急事態だ。二騎のサーヴァントが先行して飛び出し、小夜は呆然とする生き物係の手を引いて駆け出した。

 

「みんな、大丈夫っ……え?」

 

 教室へ入った瞬間目に飛び込んできた光景は、小夜には受け入れられないものだった。部屋の中心で繰り広げられる三騎のサーヴァントたちの戦い。そこから逃げようとする子供たち。そして床に転がる、首と胴体が切り離された遺骸が数体。

 殺戮の実行者は間違いなかった。アヴェンジャーとランサーが食い止めようとしている相手は、小柄な体躯で大剣を振り回す少女──バーサーカーだったのだ。

 先程の飛来物もまた彼女なんだろう。

 

 バーサーカーは返り血で頬を赤く染め上げながら口角をつりあげていた。ランサーとアヴェンジャーの二騎を相手にしてなお、二人による攻撃の隙をつき逃げ惑う子供の首を刎ねてみせる。

 

 小夜は生き物係を抱いて扉の影に隠れ、息を潜める。そうするしかなかった。下手に逃げ出せば、小夜も生き物係も、床の遺骸たちと同じになってしまうから。

 

「あぁ……やっぱり、血を浴びるのはいいわね。どれだけ下賎な輩でも、血の紅は綺麗だもの」

 

 聴こえてくる声は残酷に喜びを示していた。

 アヴェンジャーが壁に叩きつけられ、切り飛ばされたランサーの植物が目の前に降ってくる。バーサーカーの凶刃は、怯え震える少女をも慈悲なく切り裂く。

 きっとこれを戦いとは言わない。これは蹂躙だ。

 

 なにもできない小夜をよそに、一人また一人と命が潰え、サーヴァントたちは傷ついていく。それでも耐えて、隠れていようとした。ひとりでに涙が溢れ、小夜の頬を伝って生き物係の髪に落ちる。

 

 しかし──絶望は訪れる。

 

「あら。まだ残ってるじゃない。美味しそうな生贄が」

 

 目の前に投げ捨てられたのは、下半身をちぎり取られたランサーだった。顔を上げるとバーサーカーと目が合った。その向こうで、アヴェンジャーも倒れているのが目に映った。

 

 死を覚悟するのは何度目だろう。何度訪れても慣れないこの瞬間に、小夜は目を瞑ろうとして。

 

「させないわ……ッ!」

 

 放り捨てられていたランサーの体、その傷口から飛び出す枝。それらは高速の槍となって、油断したバーサーカーの腿と脇腹を刺し貫いていた。

 バーサーカーは口から血を吐き、直後にはランサーの枝を掴み、引き抜きにかかった。それらは返しとなるように枝分かれしており、彼女の肉を抉るが、そんなことには構っていられないらしい。

 

 バーサーカーが鮮血を散らしながら飛び退いた。もはや、その顔には狂喜は浮かんでいない。

 

「ッ、ふざけないで……! なぜ下等な英霊ごときに、この私の体が……!」

 

 見るからに深い傷からの出血は止まらず、バーサーカーはよろめきながら撤退を選択する。

 災厄が視界から消え、まさかの展開に小夜も生き物係も呆然とする中、ランサーから伸びる植物は分かたれた上半身と下半身を繋ぎ合わせ、元のように接合してしまう。

 

「一応、なんとかなったわね。油断してくれて助かったわ」

 

「……えぇ。運が良かったのね、私たち」

 

「……! アヴェンジャーさん!」

 

 小夜は目を覚ましたらしいアヴェンジャーのもとへと駆け寄った。肌を触ると火傷しそうなほど熱く、助け起こせなかったが、首はつながっている。気を失っているだけだったらしい。

 

「えぇ、生きてるわ。もうほとんど動けないけれど」

 

「よかった……でも……」

 

 小夜もアヴェンジャーも、生き物係もランサーも無事だった。だが、他の子供たちはそうもいかない。目を逸らしたくなるのをこらえ、小夜は周囲に転がる首と胴体を数えた。その両方の数が、この教室にいた子供たちの数と一致した時、小夜は無力感に襲われる。

 

「なんにも……できなかった」

 

「小夜が気に病むことじゃないわ。あれを前にどうにかできる人間はいないもの。

 ……それは私も同じよ」

 

 アヴェンジャーは生き物係のほうへと視線を向けた。さっきまで同じ屋根の下で生活していた相手がみんな無惨な死体にされてしまった彼は、呆然と立ち尽くしていた。

 

「あ……」

 

 出かかった上っ面だけの言葉を全部飲み込んだ。小夜なんかが、彼の悲しみになにをできるのだろう。どうしてもそう考えてしまい、小夜は止まってしまう。

 

お姉様(シスターさん)。弱りきったままここに留まっては危険だわ。

 そうね……騎士さんを頼りましょう?」

 

 サーヴァントが再び襲ってきたとしたら、アヴェンジャーは動けず、ランサーだけでは守りきれないかもしれない。

 それなら、同盟関係にある陣営を頼るべき。確かにそうかもしれない。休息の時間を与えるだけでも、それが彼らの助けになるのなら。

 

 小夜は頷き、深呼吸をして、ランサーたちの方に歩み出た。

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