ホテルの朝食を吐かない程度に頂き、気を紛らすために携帯音楽プレーヤーからテクノ音楽を垂れ流しにしつつ、ベルチェは使い魔の小鳥を飛ばしていた。
弱った魔術回路だが、ベルチェは支配の魔術をまあまあな得意分野としている。小鳥程度なら消費も少なく、ホテルから出ることなく偵察を続けている。
アーチャーの手がかりが掴めれば上々。そうでなくとも、他の陣営に対し情報的に優位に立てれば、呪いによる弱体化もすぐに取り返せるかもしれない。
なんて考えていたベルチェだったが、使い魔の視界とテクノ音楽に集中していたため、セイバーの呼び掛けに気が付いていなかった。肩を何度か叩かれ、やっと振り返ってイヤホンを外す。
「何かあった、セイバー……って、小夜。何かあったのはそっちか」
振り向くと、そこにいたのはセイバーだけでなく、先日同盟を結んだシスター・小夜と、そのサーヴァントであるアヴェンジャーが立っていた。
夕方頃にベルチェから出向こうと思っていたのだが、あちらから来てくれたようだ。
そのうえ、ベルチェの知らない相手を引き連れている。体の随所から植物が生えたりしている女の子と、前髪が長く目が隠れている男の子だ。
話を聞くと、植物少女はランサー、目隠れ少年は生き物係と呼ばれているらしい。
小夜によると、彼女とアヴェンジャーはランサーと和解したが、直後にバーサーカーが襲来。なんとか撃退したものの、彼らの拠点だった孤児院は破壊されており、二騎ともに疲弊している。ゆえに休息のため、安全な場所を求めてやってきたんだとか。
確かにベルチェの部屋には攻撃に反応する魔術が仕掛けられているし、合わせて三騎のサーヴァントが集うことになる。襲ってくるとしたら、それこそ理性のないバーサーカーくらいのものだろう。
「はじめまして。サーヴァント、ランサーよ。それと、
「よくわからないが……委員長? 私はベルチェ・プラドラムという。よろしく」
ベルチェが手を差し出すと、ランサーは植物で構成された側の腕で握手に応じてくれた。体温はないが、しっかりぎゅっと握られているのが変な感覚だった。
「避難場所を探しているとのことだけど。私は大いに歓迎する。むしろ、人がたくさんいて賑やかな方が助かる」
ひとりで黙っていると、どうしてもアーチャーの呪いの力に負けそうになる。そのためのテクノ音楽だが、誰かとわいわいできるに越したことはない。
「いいのかしら。小夜もそうだけど……私たちはいずれ敵になるのに」
「だがそれは今じゃない。万全の相手を倒した方がカッコイイに決まっている」
ベルチェが決まった、という顔をしていると、ランサーは首を傾げたがそれ以上なにも言わなかった。言ってくれてもいいのに。
そのまま次はマスターの方に握手を求め、彼が控えめに出す小さな手をとった。今度はちゃんと体温があり、ベルチェもそれを確かめるように優しく握る。
「安心するといい。ここにいる間、お姉さんは生き物係君の味方だ」
怯えているのだろうか。彼は弱々しく頷いたのみだった。いずれ敵になる者だとしても、もう少し心を開いてほしいのだが。
「しかし、このままただ休んでいるというのもおもしろくないだろう。私も退屈で死にそうだ。
そういうわけでセイバー、例のものを用意してもらえるか?」
「ん? おう」
セイバーが持ってきたのは黒いチャック付きの袋。そう、これこそが日本旅行には必携だとベルチェが持ってきた逸品である。
「では新たに聖杯戦争を始めよう!
この……ジャパニーズ・花札でっ!」
◇
ランサーと生き物係がベルチェに受け入れて貰えたことに、小夜は胸を撫で下ろしていた。
しかしその直後、予想だにしない方向から、安心してはいられない状況が襲ってくる。
ベルチェが受け取った袋から取り出したのは花札セットだった。何を言い出すかと思えば、それで遊ぼうという話だ。
「なんだ、そのカードの束」
「花札……って?」
しかし周りは一斉に首を傾げる。あんな閉鎖環境で暮らしていた生き物係やランサー、そして見るからに外国人であるセイバーとアヴェンジャー。皆、ルールを知っているはずがなかった。
よって、ベルチェはお手本を見せるためのエキシビションマッチを提案し、その対戦相手に小夜を指名してくる。
「これは日本の伝統的な遊びで……口頭で説明するより、やってるのを見せるのが早いだろう。
小夜、付き合ってくれる?」
「あ、は、はい」
思わず頷いた。否、頷いてしまった。
小夜は花札の存在は知っていても、どうやって遊ぶのか知らない。用語を少し聞いたことがあるかな、というくらいだ。
それでお手本が務まるのだろうか。
──まあ、なんとかなるだろう。私、日本人だし。
小夜はベルチェと向かいあわせで座った。その周りをサーヴァントたちと生き物係が囲む。
「ではまず……デッキから手札を引こう。確か七枚だったような」
ベルチェの視線がこちらを向いた。小夜に確認されてもわからないのだが、彼女がいうならたぶんそうだ。頷く。
小夜の手元にカードが七枚配られる。あぁ、この鶴とかお月様の絵柄は見たことがある。お洒落だなあ、と思う。
ベルチェも上から七枚を手札とし、にやりと笑った。
「では先攻はもらった! 私のターン!
手札からイノシシを召喚ッ!」
高らかに宣言するベルチェ。場に勢いよく叩きつけられるイノシシのカード。
そこへ座って見学していたアヴェンジャーがいきなり声を出す。
「
するとベルチェの視線がちらりと小夜を向いた。なにかを促しているらしい。
……イノシシと同様に、動物が書いてあるのを置けばいいのだろうか?
「えっと、鶴を召喚?」
「なに!? くっ、だが私のカードはその程度では止まらん! ゆけちょうちょ!」
「えっ、じゃ、じゃあ、お月様!」
突然並べられた蝶に対抗し、小夜も月の札を出した。それを見てベルチェは歯噛みし、手札から一枚を選び、山札の横に置く。お花のカードだった。
「いい調子よ! がんばって!」
「くっ! だが私の猪鹿蝶コンボが完成すればこの程度……! ターンエンド!」
アヴェンジャーの応援を受け、小夜もなんだか花札がわかったような気がしてきた。
「えと、私のターン!」
「うむ。ドローするがいい。こう、シュバッと」
ベルチェに促され、山札から一枚を引く。地平線しか書いてないハズレカードだったので、図柄の下半分が同じお月様の下に重ねた。
「じゃあえっと、この……鳥さんを出します!」
「何の! 『あのよろし』発動! 鳥を破壊する!」
小鳥が場から取り除かれ、山札の隣に置かれる。
「それなら……いけ、なんかすごそうな鳥さんっ!」
「なにっ!? フェニックス戦法だと!? くっ、嵌められたか……!」
「あれはフェニックス戦法! 鳥さんがより強力になって復活したのね!」
アヴェンジャーによる解説が入ってもよくわからないが、小夜は戦術的なことをしたらしい。しかし残り三枚は全部葉っぱやとげとげ山しか書かれていないカードばかり。
小夜はその三枚を一気に並べ、フェニックスの下に重ねる。
「え、えと、三枚のカードでフェニックスさんを強化して、ターンエンドです!」
「く……まさかこの私をここまで追い詰めるとはな……! だがちょうちょの回避率は35%! いくらフェニックスでも確率には抗えまい!」
怪しげに笑うベルチェ。そう、まだ花札は始まったばかり。まだまだ気は抜けない……!
◇
「全然わからん!」
「ここが正念場ね! 猪鹿蝶コンボをどう凌ぐかが問題になってくるわ……!」
セイバーは思わず呟いた。つられてランサーがまた首を傾げた。
しかしアヴェンジャーは声援を送り、戦況の解説もしている。
残る生き物係からも反応はなく、ランサーの陰に隠れてばかりだった。
「現代人はみんなこんな感じで遊んでるのか……?」
「人間の遊戯ってわからないものね……」
セイバーはランサーとふたつのため息をついた。
そこへすかさずベルチェが指をさしてくる。
「そこ! 花札は考えるものでは無い、感じるものだ! 小夜を見るがいい、彼女とアヴェンジャーは今適当に作った遊び方に乗っかってくれているではないか!」
「正しい遊び方じゃないのかよ!」
大方そんなことだろうとは思った。小夜とアヴェンジャーまで乗っかってくるとは思わなかっただけで。
「え……い、今適当に作ったんですか!?」
小夜の顔が真っ赤になる。彼女はこれが本物のルールだと思い込んでいたらしい。なんだかセイバーは罪悪感を覚えてしまった。
「まあ、今のは軽いジョークだ。正しいルールを教えよう。今度はボケない」
「……本当か?」
ベルチェはランサーと生き物係を手招きし、近くに座らせた。セイバーも傍らに腰を下ろす。不安だが、己の主を信じることにしよう。
「さて。花札の遊び方……ここでは『こいこい』というゲームになるが、これから正しいルールを説明しよう。
まずは札の説明だ──」
──セイバーはまだ知らない。
彼がこの後、負けず嫌いのランサーとの激突を繰り返し、夜までこいこいを遊び倒すことになると。