「喰らえッ! 三光花見酒月見酒ッ!」
「な、なんですって!? この私がまたしても見誤ったというの!?」
正しいこいこいの遊び方を説明した結果、一番のめり込んだのはセイバーとランサーだ。ときどきマスターと選手交代しつつも白熱する勝負を繰り広げ続け、セイバー陣営とランサー陣営はほぼ引き分けの戦績となっていた。
そんな微笑ましい光景をアヴェンジャーとともに見守っていた小夜もまた、時間を忘れて応援に熱中していた。
気がつけば外はもう暗い。
くるる、と誰かの腹の虫が鳴って、一行に夕食の時間になったことを知らせた。どうやら生き物係少年のものらしい。
教会に戻ればご飯はあるかもしれないが、六人全員で押しかけるわけにもいかないし、何よりあの孤児院の件を他のシスターになんと言えばいいのかがわからない。
「では、夕食の買い出しに行こうか」
小夜が黙っていると、ベルチェが立ち上がった。しかしその足取りは覚束無いもので、よろめき、セイバーに受け止められる。
「おい待てマスター。フラフラのくせに外に出ようとするな」
「しかし、では誰がお買い物に行く。特製ベルチェ鍋をみんなで囲もうと思っていたのに」
「なんだその料理……いいから休んでろよ」
「うぅ、ベルチェ鍋……」
彼女の名を冠した鍋とは一体どんなメニューなのか気になるものの、体調の悪いベルチェに無理をさせるわけにもいかない。
幸い、このホテルのルームサービスには付属のレストランから料理を運んでくれるものがある。それを利用しよう、とアヴェンジャーが提案し、ベルチェもそれを受け入れ、彼女が電話の受話器に手をかけた。
──その瞬間、突如電話の音が鳴り響く。まだベルチェは何の操作もしていないというのに、だ。
そのまるで見計らったかのようなタイミングに、小夜は真っ先に心霊現象を疑い、短い悲鳴をあげつつ縮こまった。
そんな小夜をよそに、ベルチェは平然と受話器をとる。
「……こちらベルチェ。何者だ?」
『──おう、元気そうだな貧乳鎖娘。儂だよ、儂』
「ッ、ソラナン・フィアーリア……!」
電話の向こう側から聞こえるのは老齢の男性の声だ。ベルチェよりも流暢な日本語であり、どこかで聞き覚えのある声のようにも思えた。
「今更私に何の用だ」
『なに。同じマスター同士、一度飲んでおきたいと思ってね。君のいるホテル、上層階にバーがついているだろう。そこで話そう。
そうそう、アヴェンジャーのマスターのお嬢さんも連れてな』
「……待て。どこまで知っているんだ」
『さあな。あぁ、逃げようとは思わないことだ。儂がこうして君に電話をかけているのがどういうことか、考えればすぐにわかることだがね』
それで言いたいことはすべて言い切ったのか、ソラナンと呼ばれた男は一方的に電話を切ってしまった。ベルチェはすぐさま受話器を手放し、大きな舌打ちをひとつする。
「誰だ? 今の爺は」
「元知り合いの魔術師。今の口振りだと、マスターの一人なんだと思う」
マスターの一人。つまり、聖杯戦争における敵だ。しかも相手はベルチェたちの所在も、小夜のことも知っている。これが危険な状況であることは、小夜にも本能的に理解出来る。
「バーに来い、ねぇ。どう考えても罠だが、どうする?」
「あのような男に従うのは癪だが……仕方がない。罠ごと食い破ってやるとしよう。
──小夜。少年。それにアヴェンジャーもランサーも。巻き込んですまないが、付き合ってくれるか?」
小夜が頷き、アヴェンジャーと生き物係がそれに続く。最後にランサーが、仕方なさそうに首を縦に振った。
◇
霜ヶ崎唯一の外国人向けホテルであるこの建物には、上層階にバーが存在している。高級なワインや、市内の酒蔵で作られた品が提供されており、このバー目当てでホテルにやってくる客もいるとかいないとか。
とはいえ小夜はまだ19歳と11ヶ月。お酒が飲めない年齢だ。つまり今までは、存在は知っていても、小夜にはまったく関わりのない施設であった。
いつ襲われるかわからない状況に警戒を強めながらエレベーターを降り、重い扉を開くと、そこには紫を基調とした店内が広がっている。客は1人のみで、スタッフの姿も見えない。
「おう、ちゃんと来たようだな」
唯一の客はカウンターに座っている、どこか見覚えのある赤毛の老人だ。電話から聞こえてきたのと同じ声で、彼がソラナンであるようだ。
傍らには銀髪で空色の瞳のサーヴァント、アーチャーが腰掛け、瓶から直接お酒を飲んでいる様子だった。
「まあ座るといい。酒と飯は儂が奢ろう」
「……なんのつもりだ」
ベルチェの問いに答える代わりに、彼は隣の椅子を引いて着席を促した。さらにカウンターの奥から真っ白な女の子たちが現れ、ベルチェと小夜の手を引き、ソラナンの隣に座らせようとしてくる。
渋々その誘導に従って、ベルチェと小夜はカウンター席に着いた。
他の面々はまた別のボックス席に案内されており、サーヴァントたちが警戒を解かずにこちらを監視してくれているのが見えた。
「夕食がまだだったな。好きなのを頼むといい。案ずるな、ドロレス嬢たちは料理も達者だ」
小夜はスタッフらしい真っ白な女の子からメニューとお水を受け取った。どちらも、普通のレストランと変わらないものだ。ひとまず水を飲んでから、空腹を満たすためになにか頼もうと考える。
一方、ベルチェは目の前に置かれたメニューには目もくれず、ソラナンのことを睨んでいた。
「まさか貴方がアーチャーのマスターだったとは。奇遇ですね、ソラナン
先生──つまり、ソラナンとベルチェはかつて教師と教え子の関係だったんだろうか。
小夜はスタッフにパスタを頼むと、あとは隣で行われる会話を横から聞くことに集中する。
「奇遇もなにも、君をマスターに推薦したのは儂だよ。そして見込み通り、君は儂のサーヴァントに呪いを受けてなお、二つもの陣営を従えている。その点は賞賛に値すると思っているとも」
「……貴方もマスターではないのか」
「あぁ。だからこそ、対戦相手には敬意を表する。なにかおかしいかね?」
「なにも。私が勝手に気味悪がっているだけ」
ソラナンが肩に置いてきた手を払い除け、ベルチェは嫌そうに吐き捨てた。過去になにがあったのやら、見るからに居心地が悪そうだ。
そんな彼女に、ソラナンは一杯のグラスを差し出してくる。なみなみとワインが注がれ、照明を受けて煌めいていた。
「まあ飲めよ。それともジュースがよかったか?」
ベルチェは苛立ちを隠さず、奪い取ってひといきに飲み干してしまう。
「子供扱いをやめろ。私はもう23歳だ」
「えっ、年上!?」
「……小夜、今まで年下だと思っていたのか」
思わず声に出してしまったが、どうやらベルチェはとうにお酒が飲める年齢らしい。認識を改めないと。
「ハハッ、こいつは面白い。ロンドンにいた頃から幼児体型だからな、こいつは。
あの頃もよくガキみたいに泣いてたもんなあ」
「……思い出話をしに来たんじゃないだろう、ジジイ」
「ああ、そうだな。今回わざわざ呼び出したのは、決闘の約束をしておこうと思ってのことだ。
儂のアーチャーと君たちのサーヴァント、決着をつけようじゃないか」
アーチャーの撃破はベルチェとセイバーにとっては最優先事項である。それを見越した上で話を持ちかけてきているのだ。目的は読めない。
だが、ここを逃せば、ベルチェが力尽きるまでに再びアーチャーと出会えるとも限らない。
ベルチェは小夜やセイバーたちに目配せし、少しの逡巡を経て、答える。
「……わかった。受けよう、その決闘」
「賢明だ。では、そのようにな」
大量の酒瓶をカウンターに残し、ソラナンとアーチャーは立ち上がった。用を終えたのだろう。結局、彼はただセイバーとアーチャーの決闘を仕組みに来ただけなのだろうか。
たったそれだけだとしたら、わざわざ姿を晒し、バーを貸切にまでする必要があったんだろうか。
考えてもわからない謎に首を傾げていると──ふと、遠ざかっていく彼の背中に、小夜はまた既視感を覚えた。
思わず立ち上がり、今しかないと呼びかける。
「あ、あの。私たち、どこかでお会い、してましたでしょうか」
「……それは儂を口説いているのか? いいとも、歓迎しよう」
「いえ、そういうことではなくて、なんていうか本当に、見覚えがあるような」
うまく言語化できない小夜の問いかけに対し、ソラナンはにやりと笑ってみせる。
「なに。その答えはじきにわかるさ」
ソラナンが指を鳴らす。その瞬間、小夜の中でなにかが目を覚ましたような気がして、直後に強い目眩が襲ってくる。
「え──?」
小夜の体になにが起きているのだろう。立っていられないほどに意識が揺さぶられ、よろめき、誰かが受け止めてくれた感触の後、小夜は逆らえず瞼を閉じる。
「『来るべきその日』はもうすぐやってくるだろう。これはその準備だよ」
ソラナンのその声を最後に、小夜の意識は奥底へと引きずりこまれていった。