Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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英霊召喚──アサシン

 黒い手が伸びてくる。

 

 いくつもの腕、腕、腕。皮を剥がされ肉だけのもの、壊死により変色したもの、切り落とされて浮いているもの。大量の細い指が彼女へと伸びていった。

 嫌だ、やめてと泣き叫んでも、誰かに届くはずはない。ここは人の世界でなく、また腕の群れは憎悪の塊に過ぎないからだ。彼女という悪霊を喚ぶ過程で巻き込まれてしまった、誰かの見た悪夢の結晶なのだ。

 

 冷たい指が全身を這い回る。

 視界を覆い尽くした腕の群れが、おまえの居場所は暗い小さな部屋だと知らしめてくる。逃げるな、忘れるなと咽ぶ声が頭の中に染みついてくる。苦痛と絶望と死の記憶が次々と流れ込んでくる。

 自分が塗り潰されているのか、それとも鮮血の海に自分を塗りつけているのかさえわからない。

 

 聖杯が引きずり出したのは、そんな少女であった。

 

 ──某県にある霜ヶ崎市、郊外の墓地。時間は日付が変わった頃のことだ。闇に沈んだ墓地に突如眩しい光が放たれ、すぐに収まった。

 それは怪異によるものではなく、またリンの自然発火やプラズマによるものであるはずもない。召喚の儀が執り行われたのだ。

 

 儀式の実行者である女魔術師は、目の前の結果に薄気味の悪い笑みを浮かべている。闇に溶け込むような墨色の頭髪を掻き、嬉しそうに魔法陣の中央に声をかける。

 

「あ、あなた、だよね。わ、私のサーヴァント」

 

 光の晴れた後の暗闇には、病的に白く痩せ細った少女の後ろ姿がぼんやりと浮かんでいる。

 彼女は生気のない濁った瞳であらぬ方向を見つめ、ぶつぶつとなにかを呟いているばかりだ。

 

「あ、あのさ。け、契約、しないと、でしょ? ねぇ、返事、してくれてもいいんじゃ──」

 

 魔術師の女は先の問いが彼女に聴こえなかったと判断し、不用意にも左手を少女の肩に乗せようとする。

 

 次の瞬間、魔術師の左手からは親指のほかの指が消え、切断面から鮮血が迸った。

 見ると、いつの間にか少女の細い手がナイフを握っている。切っ先には血液が付着しており、そこまで認識してはじめて、魔術師は自分を襲う焼けつく痛みを味わった。

 

「──ッ!?」

 

「貴方は……(アタシ)に痛いことをするヒトなの? なら、殺さなきゃ……」

 

 魔術師は飛び退く。そんな彼女のほうを、体をねじって少女の虚ろな瞳が追った。彼女の衣服は肌の露出が多く、浮きあがった肋骨とは不釣り合いに大きく発育した胸が目につくが、今はそんなことは考えていられない。

 このままだと殺される。本能が悲鳴をあげる中、魔術師は自らの右手に浮かんでいるものを思い出した。

 

「れ、令呪を以て命ずる! やめて、話を聞いて!」

 

 聖痕の輝きが消費され、少女は一瞬だけ立ち止まった。それだけだった。濁りきった目は怯えた色のまま魔術師に迫り、ナイフの切っ先が向けられる。

 一画では足りないというのか。歯噛みしながら、二度目の命令を唱えるしかない。

 

「かっ、重ねて令呪を以て命ずる! 私の話を聞けっ!」

 

 彼女の動きが止まり、魔術師は呼吸を整え、語りかける。

 

「あ、貴女を召喚したのは私なの。つまり、ま、マスターってことになる」

 

「マスター……それって、私を殺さないヒト?」

 

「わ、私には貴女を殺せない。令呪ももう一画しかないもの。ね、ねぇ、貴女も聖杯が欲しいんでしょう?」

 

 少女は首を傾げた。

 

「わ、私と一緒に戦えば、なんでも願いが叶うの。ね、ねぇ、契約してくれない?」

 

 今度は頷いてくれたが、まだ安心できなかった。

 サーヴァントは召喚の際に聖杯から知識を与えられるはず。それなのにこんな様子で、迷わずに召喚者を殺そうとした。どういう訳だろう。魔術師は不安に襲われる。

 

 確認のため、目の前の少女のステータスを覗く。確かに彼女は自分のサーヴァントだ。クラスはアサシン。先程の話で契約は成立しているはず。

 確かに表示されるマスターの名は魔術師のもの、『レイラズ・プレストーン』となっている。

 

 レイラズは左手で胸を撫で下ろし、そのせいで着ていた白い服を血に汚す。まだ出血が止まっていなかったことを思い出した彼女は、慌てて止血を開始した。

 

「……ねぇ、マスター。私は誰なの? 私は何処なの?」

 

「ど、どういうこと? 貴女、エリザベート=バートリー(・・・・・・・・・・・・)でしょう……?」

 

 レイラズが出したその名前は『血の伯爵夫人』と称された連続殺人鬼であり、後世においては吸血鬼ともされた人物だ。数多の少女たちに凄惨な拷問を行い、殺害してきた反英霊である。

 この召喚に使われた触媒とは、そんな彼女が拷問に使用したといわれる凶器の一本だった。レイラズは追加詠唱にてアサシンのクラスを選び、エリザベートを召喚しようとしたのだ。

 その結果が、手指四本に令呪二画もの損失であったわけだが。

 

 呪われた名を耳にして、アサシンは虚ろな瞳のまま自らのマスターを見つめている。彼女の唇はひっきりなしになにかを呟き続ける。

 

「エリザベート……そう……そうだわ。私はエリザ。ラインフェルトでもローラでもカーミラでもないわ……そうよエリザ、しっかりしなさい……」

 

 聞き取るのも精一杯で、なにかに苦しめられているみたいに早口だった。だが、彼女が頭痛持ちで、誰かの悲鳴を耳にしている間だけは和らいだという逸話もある。

 そういう人物なんだろう、とレイラズは認識した。

 

「い、一応、自己紹介、しておくね。私、レイラズ・プレストーン。一族が全滅しちゃって、その再興を賭けた聖杯戦争なんだよね。私には、正直どうでもいいんだけど。貴女に会いたかっただけだから」

 

 アサシンからの返事はない。レイラズもあるとは思っていないだろう。代わりに、召喚陣の傍らに置いてあった大きな荷物から念入りに拘束されたひとりの女の子を乱雑に取り出し、アサシンに見せた。

 

「この子ね。私の一族の滅亡に関わってて──」

 

 レイラズの話を聞くことなく、アサシンの手が少女に伸びていく。濁った目は拘束された女を視認した瞬間に、彼女を獲物だと認識したらしい。

 彼女の拘束具は涙をはじめとした体液で濡れていた。レイラズとアサシンのやりとりを聞かされ、目の前の相手が殺人鬼のサーヴァントだと理解してしまっているのだ。

 

 アサシンはナイフで少女を覆う布を剥ぎ取っていき、哀れな獲物の頬を撫で、そして胸に刃を突き立てる。

 夜の墓地に悲鳴が響き、その音色にアサシンは身をぶるると震わせた。アサシンの声色が明るく変わり、彼女の表情に束の間の生気が宿る。

 

「怖いでしょう、痛いでしょう? 知っているわ。教えられてしまったもの。だからこうするの。こうするしかないの」

 

 胸から剥ぎ取られた未成熟な脂肪の塊をねぶり、鮮血を舐めとった。

 血の味も、呻く声も、歪む表情も、アサシンの下腹部を疼かせるばかり。これは魂食いではない快楽に過ぎず、彼女にとっての精神安定剤。ただの陵辱である。

 

「まだ、まだ足りないわ! ブタみたいに泣き叫んで、リスみたいに踊り狂いなさい! 惨めに死んで、私は殺人鬼エリザベートだって突きつけてよ!」

 

 もう片方の胸が摘出され、放り捨てられ、続けて刃は下腹部に伸びた。今度は子を孕むためのモノが取り出される。その次は卵子を造る器官。女を貪り尽くすような虐待が繰り返される。

 乱雑な解剖に尿道が壊れ、被害者は失禁すら許されなかった。彼女はもはや、自分が早く死ぬことを祈っていたことだろう。

 

 時折、被害者は助けを求めてレイラズに視線を向ける。だが、彼女が救いの手を差し伸べてくれるはずがない。

 

 レイラズは切り取られた人体の部品を拾い集めていた。自分の指も含めて、死霊術も修める彼女にとって、魔術師の残骸は優秀な素材足り得るからだ。

 同時にアサシンの凶行から目が離せないらしく、よく手が止まっていた。アサシンの手元を見つめる瞳は、紛れもなく憧れの視線である。

 

 やがて少女は絶命し、大量の血痕だけを残して動かなくなる。遺骸はレイラズにより回収され、後に再利用されるであろう。

 中身がバラバラになり詰めやすくなったためか、レイラズの荷物はもとより少し小さくなっていた。

 

「か、解体、ありがとう。おかげで、加工しやすくなったと思う」

 

 深く頭を下げるレイラズ。

 白い肌を返り血に汚したアサシンは、怯えながら笑っていた。主の言葉が聞こえていたのかどうか、定かではない。

 

「もっと、もっと殺さないといけないわ。だってこれは戦争なんだもの。どんなに痛くても……どんなに苦しくても……これは悪いことじゃないわ」

 

 彼女にとっての聖杯戦争とは、拷問の免罪符でしかないのだろうか。エリザベートは聖杯になにを願うのだろう。

 

 ──まあ、そのくらい、どうでもいいか。

 

 レイラズが頭に浮かべた疑念は、すぐに振り払われていった。

 

 かくして、血の伯爵夫人と、彼女に憧れる零落した魔術師の聖杯戦争(ひとごろし)が始まることになる。

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