大空洞での戦闘から時を遡り、朝のこと。瀬古明日菜は、ひとり台所に立っていた。
昨日はバーサーカーが負傷し、また魔力の消費が大きく春は疲弊している。よって、引き続き明日菜が家事を担当していた。
聖杯戦争が始まってからずっとそうだった。明日菜は機会が訪れるまで、じっと耐えて兄とバーサーカーに尽くすしかない。
全ては聖杯戦争に参加するためだ。
そう思うと、家事は些事になる。父が遺した瀬古家のマスターとなる日は、刻一刻と近づいているはずだ。
狭いキッチンから誰もいないリビングまで、無音の空間に目玉焼きを焼く音を響かせながら、明日菜はいつ訪れるとも知らない希望に想いを馳せていた。
「……うん、もういい頃でしょう。では次は……確かじゃがいもが……」
目玉焼きを皿に移し、冷蔵庫を開けて食材を取り出そうとする明日菜。
──その瞬間、突如なにかが砕け散る音が響き渡った。反射的にびくりと体を震わせたのち、すぐさま構える。
明日菜は警戒しつつリビングを見回した。人影はないものの、窓ガラスが割られている。先程の音の原因はこれだろう。だが、付近に石やボールに類するものは見当たらない。
「侵入者……?」
脳裏に過ぎった可能性を呟いた。
だがどうやって? 瀬古家には数代前から続く強固な魔術結界が張り巡らされており、生半可な魔術では解除する前に反応し迎撃するはず。
不可思議な現象を前に首を傾げつつ、明日菜は台所に戻ろうと一歩踏み出しかけた。
──その瞬間に感じた急激な殺気に、少女は立ち止まる。
「……や、やっと、気づいてくれた。ま、また会ったね、明日菜ちゃん」
いつの間にか喉元にガラスの破片が突きつけられている。一歩でも歩いていれば喉を裂かれていただろう。死角から伸びてきた手とかけられた声は間違いなくレイラズのものだ。
「……いきなり押し掛けて何の用ですか」
「ふ、ふふ、そう警戒しないで。いい話を持ってきたの」
喉に凶器を突きつけている状況で警戒するなと言われても不可能だ。そう思っても口には出さず、歯を食いしばって、レイラズの言ういい話とやらを待った。
「あ、あのね。捕まえたドロレスから、大聖杯の場所を聞き出したの」
彼女の言う通りにすれば、直接大聖杯の場所へ赴ける。あわよくば、その起動を狙うこともできるだろう。
ドロレスによる口約束などという不確かなものに縋らずとも、自分自身が実行すれば確実だ。
明日菜は聖杯戦争に参加しなければならないのだ。より確率の高い手段を選ぶのが道理であろう。
しかし、レイラズにとって明日菜を連れていくメリットがあるのだろうか。それを尋ねると、レイラズは凶器を突きつけたまま話す。
「相手はドロレスだけじゃない……万が一魔術師同士の戦闘になったら、戦力は多い方がいい」
瀬古家の他にも同盟を組んで運営側に回っているマスターがいると、レイラズに告げたのは他でもない明日菜だった。
さらに実戦用の魔術を習得しており、なおかつ言うことを聞かせられる相手を探した時、レイラズは明日菜に思い当たったのだろう。
「ど、どう、する? も、もちろん、拒否しても、いいけど。そうなったらこの場で──」
「行きます」
「──ふふ、迷う理由はなかった、かな。じゃあ、一緒に行こうか」
そうして、明日菜は割れたガラスの破片を掃除することも、作りかけの朝食に手をつけることもなく、大空洞へと出発したのだった。
◇
──それからレイラズと明日菜はひっそりと大空洞に潜り込んだ。
セイバーたちとアーチャーたちの戦闘がある程度激化するのを待ち、アサシンを放り込んで混乱を演出する。
その隙にドロレスを支配下に置き、ソラナンを殺害し、聖杯起動のためのスクロールを手にする。この時点で、サーヴァントたちはまだアサシンの宝具に対処するので精一杯だ。
それら全ての作戦を、レイラズは滞りなく進めた。そうして手に入れたのはまたとない好機である。彼女はドロレスに命令し、詩文の記された羊皮紙を自分に手渡させると、今度は明日菜のもとへ歩み寄った。
「こ、ここまで、うまくいくとは、思わなかったな。ねえ、明日菜ちゃん」
「……そうですね」
明日菜にとっても予想外だ。これなら、令呪を手に入れてサーヴァントを召喚することも有り得るかもしれない。
期待を胸に、明日菜はレイラズの言葉に頷いて答えた。
対する彼女は笑顔を見せる。手にした蛇腹剣を鞭のように振るって老人の血を払い、そして振り上げ──明日菜の体に突き立てた。
「──え?」
刃は肉を切り裂き、明日菜の体にはまるで真っ赤な襷をかけているような、生々しい裂傷が描かれる。溢れ出す体液は生暖かく、撒き散らされたそれはレイラズの手の羊皮紙にも降りかかった。
「かはっ、な、なんで」
「な、なんでって……最初からこのつもりだったに、決まってるでしょう? なにに目が眩んだのか知らないけど、ありがとう、逃げ出さないでくれて」
なぜおかしいと思わなかったのか。レイラズは元からドロレスを封じるつもりであの礼装を手にしていた。なら、戦力の増強などまるで必要がなかった。
残る可能性は黒魔術と死霊術の材料。即ち生贄だ。
血を滴らせ倒れ込みながら、明日菜の血とソラナンの首を用い、術式を起動させてゆくレイラズ。アサシンの宝具を受け傷ついた聖杯はより早く脈動し、吐き散らされる赤黒い液体は明日菜にも降り掛かってくる。
明日菜の意識は朦朧としていった。思い浮かぶのは父の声。敬愛する父親に告げられた、お前は聖杯に至るために生まれた子だ、必ず手に入れろと、脳裏に刻み込まれた言葉。
兄への怒りと恋慕も、バーサーカーへの憎悪も、全部、ここで終わらせたくなかった。
「……さ、さあ。聖杯よ、私の呼び声に応え、私のアサシンに与えた呪いを解きなさい」
レイラズが詠唱を開始し、一方で明日菜は倒れ込んだまま魔術を行使する。
傷口から這い出てくるのは明日菜の体内で魔術回路の役目を果たしていた存在──蟲の使い魔だ。数十体がレイラズへと這い寄っていき、一斉に飛びかかる。
彼女は突然のことに血に染った羊皮紙を取り落とした。そしてめちゃくちゃに武器を振り回して蟲から逃れようとする。
「っ、な、このっ、寄るなっ、穢れた虫め……!」
蟲に気を取られている隙に、素早い百足型の1匹が、羊皮紙を咥えて明日菜のもとへと持ち帰った。そうだ、これでいい。レイラズのおかげで、すでに詩文は術式として機能している。明日菜が紡ぐのは簡単な詠唱と、ぶつける感情だけでいい。
「聖杯よ、お願い──私の願いを叶えて!」
「ッ!? お、お前、なんて、なんてことッ……!」
明日菜の声に呼応して、聖杯が動き出す。体内の蟲たちと魔術回路が一斉に悲鳴をあげ、しかし明日菜自身にとってそれはまるで祝福であった。
詩文は強烈な光を放ち、この世とこの世ならざる領域を繋げ、その向こうよりなにかを呼び寄せる。
光が晴れそこに立っていたのは、四肢を蒼い鱗に覆われ、メイド服に身を包み、スカートからしなやかな尾を覗かせた幼い少女。
其れは英霊の魂であり、明日菜が最も望んでいたモノ。従来のルールから逸脱した8騎目のサーヴァントだった。
「──サーヴァント、
なんだかいろいろ、大変なところに来てしまったようですね。
そこのヒト。私、なにをすればいいですか?」
彼女は毛先だけが黒い白髪のロングヘアを揺らし、倒れ伏す明日菜の前に屈み、鈴の鳴るような声で話しかけてくるのだった。
【CLASS】ルーラー
【真名】
【性別】女性
【身長・体重(尻尾含まず)】141cm/35kg
【属性】混沌・善・天
【ステータス】
筋力B++
耐久A
敏捷B+
魔力A
幸運D-
宝具A++
【クラス別スキル】
対魔力:EX
魔術への抵抗力。精神干渉に効果がないかわり、それ以外の魔術干渉を一切シャットアウトする。
真名看破:B
ルーラーとして召喚されることで、直接遭遇した全てのサーヴァントの真名及びステータス情報が自動的に明かされる。ただし、隠蔽能力を持つサーヴァントに対しては幸運判定が必要となる。
【保有スキル】
神性:E-
怪物に転じたためほぼ消滅している。
▇▇の獣皮:A++
ルーラーが身につけているメイド服の裏地。
▇▇:B++
【宝具】
『▇▇▇▇▇▇▇▇』
ランク:A++
種別:対神宝具
『▇▇▇▇▇▇▇▇▇』
ランク:EX
種別:対▇宝具