レイラズの隙を突き、明日菜は聖杯にサーヴァントを召喚させた。
だが、そのサーヴァントは明日菜の傍らに屈み、指示を仰いだ。
──まだ間に合う。そう判断し、レイラズは不快な蟲どもより明日菜本体を優先した。複製起源弾を装填し、倒れ伏した 動かない彼女の脳天目掛け、弾丸を打ち込もうとする。
だがそれが標的に届くことはない。ルーラーは顔を明日菜に向けたまま、鱗に覆われた手で銃弾を掴んで受け止める。
そのまま一瞥もすることなく、銃弾は投げ捨てられた。
サーヴァントと人間の間にある絶対的な差を見せつけられたレイラズの心には屈辱の感情が浮かぶ。
明日菜を直接殺そうとしても、ルーラーは平然と阻止してくるに違いない。彼女は他の手を選ぶしかなく、声を張り上げた。
「エリザベートッ! お、お願い、あいつを殺して……!」
レイラズの言葉を聞くやいなや、傷つく聖杯を呆然と見つめていたアサシンが動き出す。ルーラーへと急激に接近し、手にした槍を振り下ろす。対するルーラーはその柄を素手で掴み、アサシンを引っ張り込んで懐に蹴りを叩き込む。
まともに衝撃を食らった少女は口から血を吐いた。よろめきながら投擲されたナイフも鱗が切っ先を弾いたことでルーラーには突き刺さらず、そのまま組み付くことを許してしまう。
もがいても時すでに遅く、アサシンは側頭部から地面に激突する。ハイヒールを杭に変えて伸ばし放つ反撃の蹴りはルーラーの後頭部にヒットするが、その脚が掴まれ、肘打ちにより脛骨が叩き割られてしまう。
「ぁぐッ……!?」
呻き声をあげ表情を歪めるアサシンに対し、ルーラーはもう一度掴んで振り回し、レイラズの方へと投げ飛ばした。アサシンはマスターを下敷きにして着地し、起き上がろうとするも折れた脚がそれを阻み、また地面に倒れてしまう。
「だっ、大丈夫?」
レイラズが声をかけるが返事はなく、代わりに苦しそうな視線をちらりと向けるだけだった。
アサシンは直接戦闘に向いていないクラスのサーヴァントだということを差し引いても、ルーラーの戦闘能力は高い。正面からの撃破は難しいだろう。
そう予測を立て、レイラズはまた別の手を考え出そうと頭を回す。
──その時、ひらりとなにかがアサシンのもとへ舞い降りた。血に濡れた一枚の羊皮紙だ。それはドロレスからレイラズ、さらにレイラズから明日菜の手へと渡った聖杯への干渉を目的とした術式である。
アサシンの手に触れた途端、書かれた詩文が光を放ち、聖杯へと影響を与え始める。
その瞬間より大聖杯は動き出す。大量に備わったヒトの腕と指が引き伸ばされ、生暖かい触手となってレイラズとアサシンを絡めとり、引きずり呑み込んでしまおうとする。
「な、なにっ、これ……!?」
剣を振り回し銃弾を放ち、持てるすべての礼装で抵抗するレイラズ。半狂乱になった彼女の懐からは銃弾や死霊術の道具がこぼれ落ちる。
対するアサシンは虚空を見つめたまま無抵抗で、レイラズの努力も虚しく、二人の姿は聖杯の中へと消えていく。
「っ、こ、このっ、わ、私は、エリザベートのためにっ、か、勝たなくちゃ、勝たなくちゃ……っ!」
やがて触手に閉ざされ、レイラズの嘆きは聞こえなくなっていった。
◇
そうしてアサシンが視界から消えていくのを見送ると、ルーラーはまた明日菜のもとへ戻り、彼女に語りかけた。
「ごめんなさい。少し邪魔が入ってしまいましたね。私はなにをすればいいですか?」
明日菜は確信した。彼女であれば、あるいはバーサーカーを倒せるのではないか、と。そして、この場にいる他のサーヴァントたちなど、相手にならないのではないかと。
それを考えた時、明日菜は自然と口角が上がるのを抑えきれず、笑顔で答えることとなった。
「……この空洞にいるサーヴァントを倒して」
「ご命令ありがとうございます。ルーラー、承知いたしました」
そう言って動き出すルーラー。アサシンの宝具への対処を終えたばかりのサーヴァントたちのもとへ、彼女は優雅に歩み寄っていく。
その間に明日菜は這いずり、レイラズの落としていった礼装を拾い上げた。ドロレスを支配下に置くための礼装だ。それを通じ、明日菜はドロレスに命令を下す。
まず最初に、明日菜への治療魔術の行使。レイラズにつけられた傷を塞がせた。ドロレスは無言で駆け寄り、無表情のまま錬金術を駆使し明日菜の体を治してゆく。
礼装の効能は本物だ。ドロレスは明日菜の手駒も同然。であれば、キャスターへの命令も思うがままだ。
明日菜はいいことを思いついた。にやつきが止まらないくらいに。
◇
突如乱入者が刃物を降らせたかと思うと、今度は見たことのない新たなサーヴァントが現界してしまった。
8騎目となる彼女は、アサシンを圧倒した後、真っ先にキャスターの方に向かって歩いてくるではないか。
彼女は見目麗しい少女だった。手足が鱗に覆われており、爬虫類のしっぽが生えている。そこがチャームポイントなんだろう。
先程の会話を横から聞いていたぶんには、どうやらクラスはルーラーのようだ。強敵に違いない。
キャスターは赤と白、二体の騎士を並べて彼女を迎え撃った。左右から同時に騎馬が迫り、槍が振るわれる。しかしルーラーは動じない。爪と鱗を用いて二本の槍を受け流し、腕を交差させるのみで赤の騎馬の突進を受け止め、むしろ馬の首を掴んで投げ飛ばす。
残る白の騎士も勇猛にルーラーへと向かっていくが、突撃を躱した彼女の放つボディーブローが馬を一撃で破壊し、投げ出された騎士には尾が鞭のように襲いかかり、彼は大きく吹き飛ばされた後消滅した。
なるほど、生半可な召喚物では彼女を相手取るのは不可能だろう。
強力な使い魔の召喚には多少の準備が必要だ。そう判断したキャスターは一旦後退すべくグリフォンを呼び、しかし直後、キャスターにとって予想外の声が響く。
「令呪を以て命ず。キャスターよ、動くな」
「──えっ?」
目の前にルーラーという大敵がいるにも関わらず、しかも令呪を使ってまで命じることなのか。
キャスターが疑問を抱いても、令呪の魔力には逆らえない。脚が地面に縫い止められたように動かなくなり、キャスターは仕方なくグリフォンをルーラーへと直接向かわせた。
いくら速度に優れる幻想種だとしても、所詮は劣化コピー。それ以上の神秘を持ったルーラーの放つ拳の一撃で、鷲の前半身を打ち砕かれ、地に落ちて消えていく。
「これは……ちょっと、まずいかもですね」
いくら足止めのために不思議の国の存在を呼び寄せようが、肝心のキャスター自身が動けないのでは意味がない。霊基の損傷を覚悟して、召喚術の根本にある宝具を最大解放すれば、多少はもつものが呼び寄せられるだろう。だがそれでも令呪による拘束が残り、まともに戦えるとはいえない。
そう考えているうちにも、一歩、また一歩とルーラーが迫る。
──そこへ、一本の矢が飛来し、ルーラーを貫こうとした。強烈なハイキックにより撃墜されるが、気が逸れれば十分だ。キャスターを抱え、ルーラーから一気に距離をとる存在が現れる。
「アーチャー……!?」
「……マスターはもういない、けど。なんとなく、行かなくちゃって思ったから」
アサシンの宝具による撹乱で確認出来ていなかったが、どうやらソラナンは何者かに殺害されたらしい。
そのうえで彼女が現界しているのは、アーチャークラスに付与される単独行動スキルによるものだろう。
ゆえに、彼女は命令でなく、己の意思で駆けつけてくれた。それを思うと、キャスターは少し嬉しくなる。
「それはそうと、大丈夫なのですか? あれを相手に……私、動けませんが」
「力持ちだから人ひとりくらい重くない。邪魔になるぶんはいつものへんてこ召喚物でカバーして。動けなくても、魔術は使えるでしょ」
アーチャーはキャスターを抱えたままルーラーの前に立ち、手元に矢を生成する。対するルーラーは徒手のまま、二騎のサーヴァントを同時に相手取るつもりのようだ。
「お話は終わりですか? では、命令を遂行させていただきますね」
メイド服のスカートの下で、少女の脚に力が込められる。同時にアーチャーも態勢を低くし、迎撃の姿勢に入る。
そしてルーラーが地面を蹴った瞬間、少女たちの激突は再び始まった。