Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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魔手──リトル・ビーコン

 キャスターとアーチャーがルーラーとの交戦に突入する少し前のこと。アサシンの放った凶器の雨が止んだ直後だった。

 

 セイバーとアーチャーは再び武器を構え、対峙していた。先程の決戦はいつ再開されるかわからない睨み合い。まさに一触即発であった。

 しかし、少しの睨み合いの後、アーチャーは武器を下ろす。それから背後でルーラーに苦戦を強いられているキャスターを一瞥すると、あろうことかセイバーに背を向けた。

 

「私に聖杯にかける願いはないけど……アイツを守らなくちゃいけない、そんな気がする」

 

 彼女はそう呟いた。

 

 相手は敵だ。それも、セイバーのマスターを苦しめている呪いの元凶だ。ここで彼女を確実に仕留めれば、ベルチェは回復するであろう。

 だが、彼女の心は友を守ろうとしている。そんな相手を斬るのは、果たして正しいのだろうか。王ならば、親友ならばどうしただろう。

 剣を構えその躊躇いの中にいるうち、すでにアーチャーは駆け出していた。

 脳内にベルチェの呼びかけが響いて、やっと我に返る。

 

『──セイバー! あれを見て!』

 

 すぐさま振り向き、セイバーは迫り来る新たな脅威を視認する。それは聖杯にされた少年少女たちの腕が変化した触手どもであった。

 

 彼らはレイラズとアサシンを呑み込んでなお止まらず、今度は別のものに狙いを定めているらしい。

 ベルチェたちマスターのいる場所へと一直線に進んであるということは恐らく、聖杯の夢を見た張本人たる小夜を狙っているのだろうか。足りないなにかを渇望するように押し寄せているふうに見える。

 

 セイバーは余計な思考を止め、剣を構え飛び出した。そして蠢く触手めがけて振り下ろし、さらに剣から魔力の刃を飛ばし、攻撃を試みた。

 しかし触手はすぐさま再生し、勢いは衰えない。諦めず何度も斬りつけるが、焼け石に水だ。

 

 それどころか、すぐさまこちらを敵と判断し、触手の群れの矛先がセイバーへと向いた。咄嗟に迎撃するも勢いが少し減衰したのみだった。

 

「くッ……!」

 

 あわや絶体絶命かと思われた瞬間、二本の鎖が彼の体に巻き付き引っ張りあげる。ベルチェの魔術だ。

 

「悪い、助かった」

 

「マスターだから当然のこと。それよりセイバー、撤退の準備をしよう」

 

 仮にこのまま戦おうとすれば、聖杯に呑み込まれる危険性もある。仮に狙われている小夜だけを逃がしたとしても、今すぐルーラーの相手をするのは悪手とみえた。

 セイバーもすぐさま頷き、ベルチェを抱える。そして同様にマスターを抱き上げたランサー、アヴェンジャーとともに来た道を引き返すべく駆け出した。

 

 だが触手たちは諦めが悪かった。狭い地下道を埋め尽くすように、どこまでも追従してくる。

 恐らく彼らは魔力の尽きぬ限り小夜を狙ってくるだろう。そしてその魔力は、聖杯ゆえにほぼ無尽蔵と考えてもいい。ランサーが嘆く。

 

「しつこいわね。あんなになってまで、ヒトの執念が残っているのかしら」

 

 聖杯にされた子供たちは恐らく発狂している。生きたまま他人と繋ぎ合わされ、自我まで混ぜ合わされているのだから。

 そんな中で一人だけ正気のまま接続してしまった相手を見つければ、執着してくるのも不思議ではない。

 

「ここはやっぱり、やるしかないわ。

 ごめんなさい、お姉様(シスターさん)を少し預かってくださる?」

 

「了解。カモン、小夜!」

 

 ベルチェは体から展開した鎖を用いて、アヴェンジャーから小夜のことを受け取った。少女2人程度の重量、騎士たるセイバーには誤差である。

 そしてアヴェンジャーは体内から炎を滾らせ、追手に向けて解放してみせる。

 

「『陽炎の幻想(フレイム・ナイトメア)』」

 

 小夜のために小規模に抑えてはいるが、炎の饗宴は追手を押し留めんと現れる。地下道が明るく照らされ、人体の焼ける匂いに満ち、その中を急いだ。アヴェンジャーの宝具により勢いが弱まっているこの瞬間は好機であった。

 

 ──そうして走り続けること数分。セイバーたちはなんとか病院から脱出することに成功した。

 セイバー、ベルチェ、ランサー、生き物係、アヴェンジャー、そして小夜。誰ひとりとして欠けることなく、大空洞から逃れられたのだ。

 

 小夜も聖杯から離れたことで少し気分がよくなったのか、アヴェンジャーの肩を借りつつも自分の足で立ち上がる。

 

「……ごめんなさい。私のせいで、迷惑を」

 

「小夜はなにも悪くないだろう。あの爺が悪い。そしてあの爺は死んだ。それでこの話は終わりにしよう」

 

 アーチャーたちとの決着はつけられなかったが、それは仕方がない。もし彼女たちがルーラーから逃れられたなら、また雌雄を決すればいい。

 そう言って、ベルチェは気丈に振舞った。まだ呪いの力はまとわりついているだろうに。

 

 ひとまず、小夜を休養させるため、セイバーたち一行はホテルへ戻ることを決めた。

 空は分厚い曇り空だったが、各々の足で歩き出していこうとする。

 

 ──その瞬間だった。足元のコンクリートが崩壊し、大量の腕が出迎えるように現れたのは。

 

「なっ──!?」

 

 あまりに突然の出来事。炎によって押し止められたように思われた聖杯の執念は、ずっと機会を窺っていたのだ。警戒を解くのが早すぎた。

 そんな中、ベルチェは咄嗟に魔術を発動する。

 

「こうなったら手荒にやるしか……ッ!」

 

 ベルチェは体から鎖を伸ばし、アヴェンジャーと小夜に巻き付けた。そうしてなにかの術式を起動したかと思うと、ベルチェが己から切り離した鎖ごと、小夜とアヴェンジャーは声をあげる間もなく宙に放り出され、さらに鎖に引っ張られどこかへ飛ばされていく。

 

「これぞベルチェ式強制脱出装置、名付けて『弾丸特急連鎖(トラベル・チェイン)』だ!」

 

「言ってる場合かよ!」

 

 今まさに、ベルチェもセイバーも聖杯に呑み込まれようとしている。

 飲み込まれればどうなるかはわからない。もしかしたら、ここでセイバーたちの聖杯戦争は終わりを告げてしまうのかもしれない。

 すると傍らの少女は、おかしなことに笑顔を見せた。

 

「これは非常に我々に都合のいい仮説だが──小夜の見た夢が、意識や魂に類するものを聖杯の中に飛ばしたものだったとしたら、これもまた同様の現象ではないだろうか」

 

「聖杯の夢を見せられる、ってか? 根拠は?」

 

「ない。しかしそうだな、アヴェンジャーの言葉を借りるならば、信ずるものは報われる、と言ったところか」

 

「結局は分の悪い賭けってわけだ。まったく、オレもとんだマスターを持ったもんだ」

 

 ベルチェの見せるその笑みに、どこか懐かしい感触を覚えつつも、セイバーの視界は腕の群れに染められていく。

 

 ──その一方で、ランサーと生き物係もまた、聖杯の伸ばす魔の手に絡め取られている。抵抗もなく、沈んでいくのに身を任せるばかりだ。

 セイバーを見送った後、ベルチェは振り返って語りかける。

 

「……すまないな、少年。こんなことになってしまって」

 

 しかし、謝罪に少年は答えなかった。口を固く結んだままで、視線の先も髪に隠れて見えない。

 その様を見たランサーは植物を伸ばし、抱きしめるように彼を包み込んだ。

 

「……この先、恐らく結界が待っているわ。()の体が聖杯の材料と近いからかしら、薄らと感じるの。

 貴女の仮説、間違ってないかもね。ねぇ、いっちゃん」

 

 生き物係は口を開かなかったが、ランサーの言葉にこくりと頷いた。そうしてその言葉を最後に、少年と少女の姿は見えなくなる。

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